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黒龍の娘  作者: レクフル
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人間の言葉

 

レオンは、ユアが言葉が分からないと理解すると、見える物を指差して、その名前を教えてくれた。



「これは、檻。」


「お、るぃ」


「はは、そうそう。で、これが服。」


「ふく」


「えっと、あ、髪」


「えとあ、あみ」


「あ、違うんだ!……髪」


「あみ」


「か、だよ。それから、……目」


「め?」


「うん。ここは……鼻」


「はな」


「で、……口」


「く、つぃ」


「うん、口、だよ」


「く、ち」



 辿々しく二人で言葉の練習をする。レオンは優しくて、ユアを見ると嬉しそうに微笑んだ。ユアもやっと気持ちが落ち着いて、同じように微笑むことができた。


 そうしていると、突然大きな音をたてて扉が開いた。ビックリして檻の中の二人は体をビクつかせ、自分を守るように檻の隅へと移動する。



「今回はこれだけだ。たが、極上品だ。黒髪で黒目の女は希少種だ。これ以上傷付けるな。怪我を治したらすぐに売り飛ばすぞ。」


「はい、分かりやした!」



 部屋に入って来た男達はユアを見ると下衆な笑いを浮かべて、それからまた部屋から出て行った。


 ユアは男達が何を言っているのか分からなかった。けれど、レオンは悔しそうな顔をしてユアを見る。



「ユア、どうにかして逃げないと!ユアは可愛いから、きっと酷い目に遭う!」


「レオン?」


「あぁ、そうだな、分からないね!ユア、逃げる。」


「にげる」


「そう、逃げる。けどどうすれば……この檻、どうにかならないかな……」


「お、るぃ」


「あ、うん、檻。邪魔なんだ。」


「じゃま……お、り、じゃま」



 ユアは木で出来た檻を見て、手のひらから炎を出した。一瞬にして炎が檻を焼き付くし、檻だけではなく飛び火した炎が部屋中を焼いていく。



「ユア!凄い!けど、ここにいたら危ない!急いで逃げよう!」


「にげ、よう」



 レオンがユアの手を取って急いで扉まで向かうけれど、扉は鍵がかかっていて開かない。レオンが扉を押したり引いたりしてガタガタさせるけれど、扉は開かなかった。



「くそっ!開かないっ!」


「あ、あない」


「火が……!」



 ユアがドアノブに手をかけて一気に押しやると、扉は勢いよく開いた。レオンは驚いた顔をしてユアを見るけれど、とにかく急いでその場を離れることにする。


 

「なんだ?!あ、お前らっ!何逃げ出して……うわぁっ!火事だっ!」


「水だっ!水を……!」


「それより、このガキ共捕まえろっ!!」



 男達はレオンとユアに向かってくる。二人は手を繋いで、それをかわすように部屋の中を走り回る。一人の男が、レオンの襟ぐりを引っ付かんで持ち上げた。と同時に、レオンはユアの手を離す。



「レオン!」


「ユアっ!逃げろ!」


「にげろ!」


「こいつ……!おい、そいつは絶対に逃がすな!早く捕まえろっ!」


「ユア!」


「レオン!」


「お前っ!うるさいぞっ!」



 男がレオンの腹部に拳を勢いよく食らわすと、レオンは「うっ!」と一声言ってから、グッタリした。レオンが死んじゃう、ユアはそう思った。コイツ達はあの魔物と同じだ。父をボロボロにした、アイツと同じだ。そうユアは思った。


 父の姿が頭に浮かぶ。許せない。あんな事をする奴等は絶対に許せない……!そう感じたユアは、キッと男達を睨み付けた。


 その途端、男達は凍り付いたように動かなくなった。


 レオンを抱え上げてる男の元まで走って行き、ユアは手をグーにして男の太もも辺りを打ち付ける。男はすぐに体勢を崩し、その場にドンっと尻餅をついた。


 レオンを掴んでいる男の手首をギュッと握ると、ゴキッ!と音がして、その手は力を無くした。男の手から離れたレオンを抱えるも、重くって支えられそうにない。



「レオン!レオン!にげる!」


「……え……あ、ユア……あ、そうだ!逃げないと!……え?」



 自分達の周りにはまだ男達がいて、けれど何もせずにただそこにいるだけの状態で、それにレオンは戸惑ったけれど、すぐに思い立ってユアの手を取り、出口へと急いだ。


 二人で走って、捕らえられていた山小屋らしき場所から飛び出して、それからも出来るだけ遠くまで離れるように、レオンは走り続け、それに合わせるようにユアも走った。

山小屋は火に覆い尽くされていき、中にいる男達もろとも焼き尽くしていった。



「ハァ……ハァ……ここまで来たら……もういいかな……ユア……大丈夫か?」


「だい、じょー、か」


「ハハ、大丈夫?」


「だいじょうぶ?」


「うん、俺は大丈夫だよ。」


「だよ」


「ユア、可愛いなぁ」


「あぁいい、なぁ」


「可愛い。ユアの事だよ」


「ユア、か、かぁいい?」


「そうだよ。」



 お互い笑いあって、それからレオンとユアは二人で手を繋いで森を歩く。ユアはどこに向かっているのか分からなかったけれど、元よりユアには行く場所等無かったのだから、レオンが進む道をただ同じように進んで行くしか出来なかった。そして、その事に何も疑問も戸惑いも無かった。



「俺の村がもう少し先にあるんだ。一人で狩りに出たら、盗賊に合って連れ去られたんだよ。」


「だよ」


「ハハハ、そう。外は怖いな。」


「こあい、な」


「ユアは何処から来たんだろう?」


「だろう?」


「言葉も分かってないし……遠くから連れ去られて来たのかな?」


「か、かな?」


「不安だよね。大丈夫だからね。俺がずっとそばにいるからね。」


「だいじょうぶ」


「うん、大丈夫だ!」



 レオンに連れられて、ユアは歩く。けれど、少しずつレオンが疲れたような感じになって、段々歩けなくなってきた。



「ユア、ごめん、ちょっと休ませて。なんか、凄く疲れたんだ。」


「レオン、だいじょうぶ?」


「大丈夫だよ。少し休めば、また元気になるから。」



 息を荒くして、レオンはグッタリしていた。木を背にして、二人並んで座る。レオンの様子がおかしい。凄く疲れているようだ。ユアは手のひらに水を出し、それをレオンに差し出した。



「レオン」


「え?あれ、水……どこで……?」


「どこ、で」


「あ、ううん、いいよ。ありがとう。」


「ありあとう」


「うん、ありがとう。ユアは良い子だね。」


「あり、が、とう、いいこ」



 レオンが微笑んで、ユアの手から水を飲む。それから目を閉じて、レオンは眠ったようだった。寄り添うように二人はいて、ユアはレオンが目覚めるのを待った。けれど、それからレオンは目を覚まさなかった。ゆっくり傾いて、ユアの肩に頭をのせたレオンの温かかった体が、少しずつ冷たくなっていく。


 外はもう暗くなっていた。空には星が輝いていて、でもそれは木々に阻まれてあまり見えなかった。父といた山では遮るものは何もなくて、雲よりも高い場所にあった龍の親子の棲み家からは、いつも満天の星空を眺める事が出来た。


 今まで当たり前にそれはあって、それまでなんとも思わなかったその景色が、今は恋しくて仕方がなかった。



「レオン?レオン……」



 動かないレオンのそばを離れる事が出来なくて、ユアは不安な気持ちを押し殺して、ただそこから動けずにレオンが目覚めるのを待つしか無かった。


 けれど、レオンは目覚めなった。


 夜は魔物の気配があちこちにある。怖くなってドキドキして、辺りをキョロキョロ見渡す。山を出てから、まだ何も口にしていなくて、ユアは凄くお腹も空いていた。きっと、レオンもお腹が空いているから元気がないんだ。そう考えたユアは、食料を探しに行くことにする。


 父に、木の実は食べられる、と聞いた事がある。けれど、そんな物では腹は満たない、と笑っていた。だから、何か魔物を狩ろう。さっきから気配は感じる。この気配の魔物くらいであれば、自分でも倒せる筈だ。


 ユアは走って、魔物の気配がする方まで走って行った。そこには、大きな熊のような魔物がいた。ユアを見付けた魔物は、威嚇してから大きな呻き声を上げて、勢いよく襲い掛かってきた。


 ユアは走って魔物の懐に即座に入り込み、飛び上がってグーにした手で腹部を殴りつけた。それは一瞬の事で、その一発を食らった魔物が、唸り声を上げると大きく後ろへと倒れ、それから動かなくなった。


 ユアは龍の姿に変わり、その爪で父がしていたように魔物を解体していく。魔物の毛皮は、寒い夜には丁度良い、と感じて、皮を剥いで空間収納へと片付けた。他に捌いた肉も、収納してその場を後にした。


 急いでレオンの所まで戻ろう。肉を食べたら、レオンはきっと元気になる。また言葉を教えてくれる。早く食べさせてあげよう。


 そう思って、急いでレオンのいた場所まで戻ってきた。しかしそこには、無惨に食い散らかされたレオンと思われる姿があっただけだった。レオンは魔物に食われたのだ。



「うぁぁぁー!あーっ!レオン!うわぁーん!レオンー!」



 悲しくなって涙が出るけれど、レオンも父のように、もう形を成していなかった。悲しかった。せっかく仲良くなったのに、優しかったレオンも魔物にやっつけられたのだ。


 腹が立った。


 魔物は私から大事な人を奪っていく。


 だから、魔物を全部やっつけたい。そう思った。


 木々に阻まれて見えにくくなった星空を見上げて、まだ生まれて7年程しか経っていない幼いユアは、ひとり泣いてそう思ったのだった。


 





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