永久の
あの事があってから
帝都に呪いが蔓延し、リュカが人々から呪いを奪っていってからの話だ。
僕はこの災害の終息に奮闘していた。
ジルドには逐一ゲルヴァイン王国の現状を報告して貰っているが、エリアスさんが遺跡から出て帰って来た頃、突然遺跡周りの村や街に蔓延っていた呪いが全て消えて無くなったそうだ。
それは呪いに侵されて体が黒くなってしまった人達もそうで、突然体から黒い部分が消えて無くなっていき、元の何もなかった状態へと変わっていったと報告していた。
それはエリアスさんが呪いを解除できたと言うことだった。
この事に最も喜んだのは他でもないシグリッド陛下だった。
官僚達からは、たまたま効力を失っただけではないか、と反論の声が上がったが、
「それならば遺跡に行き、自身で確認してみせよ!」
と言い放ったシグリッド陛下に、誰も何も言えない状態だったと言う。
今回の事でシグリッド陛下は確実に大きく成長されたのだ。
しかし、亡くなった人達が多くいたのも事実で、人以外に被害はないものの、これからの対策をしっかり取っていかなくてはならない。
それにはジルドの他にも、オルギアン帝国からは人員を派遣する事となり、ゲルヴァイン王国を立て直すのにも尽力する事となった。
まだ同盟を結ぶとまではいかないが、友好を築く事が出来たからだ。
もちろん僕もゲルヴァイン王国の復興の手助けには力を惜しまないつもりでいるし、それによりオルギアン帝国も潤うようにしていくつもりだ。
少しずつだが、ゲルヴァイン王国はより良い国へと変わっていける筈だ。
まだ悪い膿を吐き出す作業は残っているが、それは僕がどうとでも出来るから問題はない。
あれからエリアスさんとリュカの姿を、この帝城でも見ることは叶わなかった。
幾度となくピンクの石を握るけれど、エリアスさんからの返事はないままに時は過ぎていった。
仕事部屋の窓から外を眺めながら、不意に今までのことを思い出しながら考える。
僕は最善を尽くせたのか
どこがいけなかったのか
なぜ助けられなかったのか
今頃エリアスさんは……
「ゾラン様、お茶が入りました」
「あぁ、マドリーネ、ありがとう」
「またエリアスさんとリュカさんの事を考えていらっしゃったのですか?」
「……そう、だね……」
「私はあの時……リュカさんを止める事が出来ませんでした……ゾラン様の部屋に突然現れたリュカさんの姿は真っ黒で……お顔だけが黒くなくて……ですがあまりの事にその場から動けなくなってしまったので……」
「僕もそうだよ。リュカのあの姿を見て、一瞬躊躇ってしまったんだ。その僅かな時間がリュカを助けられる唯一の瞬間だったのに……」
「誰も……誰も悪くなんかないんでしょう……ですがあまりにも……あまりにもリュカさんが可哀想で……っ!」
「うん……そうだね……きっと誰も悪くないんだ。もちろん帰って来れなかったエリアスさんもね。だけどきっと、エリアスさんは自分を許せないんだろうね……」
「酷すぎます……! こんな事って……!」
「どうして助けてあげられなかったんだろう……僕がもっと早くに気づくべきだったんだ……」
「いえ! いいえ! ゾラン様の責任ではありません! 申し訳ございません!」
「いいよ、マドリーネ……ごめん、一人にして貰っていいかな……」
「はい……承知致しました……」
あの日リュカは、執事のダミアと会って呪いに侵されたメイドや使用人の体から呪いを奪った。そこでも六人程の呪いを体に受け入れている。
段々と黒くなっていったリュカを見てダミア達は驚いて、その時初めてとんでもない事をさせてしまったのだと気づいたそうだ。
リュカの事を考えると胸が痛くなる。自分の至らなさが情けなくて、悔やむ事しか頭に浮かばない……
僕でさえこうであるのに、エリアスさんならもっと自身を責めているだろう。
こうなって、現状誰がエリアスさんの事を救えるんだ?
誰が何を言っても、今はエリアスさんを救う事なんてできやしない。
エリアスさんは今まで多くの人を助けてきた。孤児になった子供達も多く救い、仕事の無い者には仕事を与え、しっかり自立させるようにも手助けしている。
エリアスさんのしてきた事は、簡単に誰もが真似できる事じゃなく、助けた後の人生をも考えて行動している。
なのに、エリアスさんは多くを望まない。
望む事はただ一つ。
愛する人との平穏な日常だけだった。
そんな、誰もが当たり前に望む生活を、ただ普通に何でもない日常を過ごす事だけを望む事を、どうしてこんなにも無情に取り上げてしまうのか……!
この国の英雄を……いや、この世界の英雄を、なぜこうも無惨に叩きつけるのだろうか……?!
僕は悔しくて、悔しくて悔しくて、けれどどうする事も出来なくて……
そうやって三ヶ月程経った頃、不意にエリアスさんが僕の前に現れた。
その姿に生気はなく、ただそこに立っている、といった状態だった。
けれど、僕はエリアスさんが来てくれた事が嬉しくて、すぐにでも何処かに消えてしまいそうなエリアスさんを繋ぎ止めるように、思わず抱きついてしまった。
「エリアスさんっ! ご無事でしたか!」
「なんでゾランに抱きつかれなきゃなんねぇんだよ」
「嬉しくて……エリアスさんが来てくれた事が嬉しくて……! ありがとうございます!」
「ハハ……相変わらずだな……」
「エリアスさん、すごく痩せられました! 今食事を用意させます! あ、それともまずはお茶でもどうですか!? とにかくひとまずゆっくりしましょう! ソファーでくつろいで下さい! あ、ここよりエリアスさんの部屋が良いですか?! すぐに移動しましょうか?!」
「ゾラン、俺の事はいいから落ち着けよ」
「ですがエリアスさん……!」
「なんで泣いてんだよ?……すまなかったな……ずっと来なくて」
「いいえ! いいえ! 良いんです! そんな事は!」
聞かなくても、この期間どうしていたのかが分かる程に、エリアスさんは憔悴しきっていた。
こんなエリアスさんを見るのはアシュリーさんを失った頃以来……いや、それ以上だ……
それでも僕の前ではエリアスさんは弱音を吐かない。それが余計に僕の胸を締め付ける。
「ゾラン……俺をオルギアン帝国のSランク冒険者から除名してくれねぇか?」
「え?! 何故ですか?!」
「仕事が……出来そうにねぇ……」
「そんな事! どうでも良いです!」
「んな訳にはいかねぇだろ? 契約期間内だってんなら、違約金とかいるんだっけか? それが必要なら……」
「そんなんじゃありません! エリアスさんはこれまでに多大な功績を上げてこられています! 契約とか関係なく、エリアスさんは永久にオルギアン帝国のSランク冒険者でいて貰います! これは絶対です!」
「それはいくら何でも……」
「ダメです! 辞めるなんて絶対に許しません! オルギアン帝国はエリアスさんを手放したりしません!」
「力になれねぇかも知れなくてもか?」
「良いです! そんな事くらい! 利益だけでそうして貰っていた訳ではありません! お願いですからそんな事言わないでください!」
「分かったよ……だから泣くなって」
「こうやって……時々で良いので顔を見せに来てください……それだけで結構ですので……」
「あぁ……分かった」
力なく微笑むエリアスさんを見て、僕は涙を止める事が出来なかった。
それがエリアスさんに会った最後の日となった
それ以来、僕はエリアスさんに会える事はなかった




