過去
水晶の中に佇むように少女はいた。
膝を折って祈るような姿でいるその少女は、ゆっくりと目を開けて顔をあげる。
次の瞬間、水晶が大きな音を立てて弾け飛ぶようにして粉々になって割れた……!
その欠片が俺の顔をかすめて小さな傷を幾つも作っていく。けど、その傷痕は少しずつ小さくなって消えていく。
俺は暫く呆然とその少女を見ていたが、ハッとして近寄り、膝を折って様子を伺う。
「大丈夫か? なんでこんな所に……」
そう言って顔をみる。ゆっくり俺の顔を見たその少女は全てが白かった。そう感じた。透き通るように美しく白い肌。髪も真っ白だったが、瞳は右が薄い水色で左が赤色のオッドアイだった。儚く脆そうで、触れたら壊れてしまいそうな感じがする。
その少女はゆっくりと俺に抱きついてきた。
と思ったら、フッと姿を消した。
いや、違う……俺の中に入ったんだ……
精霊……だったのか……?
そう感じた途端に、その精霊の記憶が脳に浮かび上がってきた。
この精霊は……呪いと浄化の精霊か……
ボタメミアの城の王についていた精霊……この国の繁栄と人々の幸福を何より願っていた王が大好きだったんだな……
それが反逆……謀反を起こされたのか。
この時に魔術師は国の文献や宝を守る為に魔法陣を設置した。
それは最も信用していた家臣で、孤児から育て上げ面倒を見、目をかけていた者だった。
王の目の前で王妃、幼き王女や王子も無惨に殺されていく……
子供たちは何度も何度も剣で切りつけられ、王妃は男共に嬲られ、弄ばれるようにされてから殺されていった……
王は捕らえられ、この牢獄へと送り込まれた。宝や文献を封じ込めた魔術師は既に殺されてしまったが、そうしてしまったが為にそれを手にする事が出来なくなった事を王に詰め寄った。
何とか宝を手に入れたいと、その解除方法を拷問する事で吐かせようとしたが、王は分からないの一点張りだ。
そりゃそうだ。魔術師の作る術式を王だからと分かる訳がねぇ。
人相手であれば勝てた家臣率いる逆賊は、魔術師が召喚する魔物には勝てなかったのだろう。
酷い拷問が続いた。妻と子を殺されて、自身も拷問で酷く傷つけられて、自我が崩壊してもおかしくなかった状態だった。
それに精霊は強く憤った。
そこで呪いを発動したか……!
あまりに強い憎しみだったが為に、その呪いは強大となり、広範囲へと広がってゆく。
しかしそれを止めたのは王だ。
元よりこの精霊の力を熟知し、自分の力として使っていた王だ。呪う力を使ったことはなかったが、その力が如何程かは分かっていたのだろう。
凄まじい怒りでその精霊は自分の姿を水晶へ閉じ込めてしまった。そうなればもう声は届かない。それを知った王が仕方なくこの水晶を封印した。しかし、呪いは王をも蝕んでいた。強烈な呪いは王の命をも奪ってしまったのだ。
我を失って強力な呪いを発動させて、最愛の王を死なせてしまった精霊の悲しみと、この状況を作り出した者への憎しみは絶え間無く続く。
その時に天変地異が起きた。火山が噴火してまったんだな。
この文明は魔物に襲われて滅亡したと言われていたが、そうじゃなかった。城は逆賊に襲われ、呪いで誰もが命を絶たれ、そんな状態の時に火山灰がここを襲った……これが事実だ。
精霊の名はウルスラ
ウルスラは今も悲しみに濡れている。
絶え間無く俺の脳裏にその感情が流れ込んでくる。
膝を抱えて泣いている姿がずっと頭にあって、それは俺の気持ちにも大きく影響する。
すっげぇ悲しくなって切なくなって、ウルスラに俺も同調してしまう。
踞っているウルスラを抱き包むようにして、同じように悲しみを分かち合う。
それは意識の中でそうした感じだったが、実際に体感しているようにも感じられる。
こうしていると分かる。ウルスラは心優しい精霊だ。呪いと浄化の精霊だが、私利私欲で力を使う事など無かった筈なんだ。それはボタメミアの王もそうだ。だからウルスラは王と共にあったんだろう。
優しく包み込み、ウルスラに話しかける。
今、呪いで苦しんでいる人達がいるんだ。何の罪もない人達だよ。俺はその人達を救いたい。力を貸してくんねぇか?
そう言うと、ウルスラはゆっくりと顔を上げた。それから俺にしがみつくようにしてくる。
そうか……
ありがとな……
ウルスラの力が俺に宿った。
意識の中にいた自分から我に返った。
すぐに魔素をかき集めて広範囲にウルスラの力である呪いの浄化を放っていく。
それは俺から波紋を広げていくようにして広範囲に広がっていき、呪いに侵された人や土地なんかを浄化していく。
それがなんとも心地良い。俺自身からも悪いモンが出ていってる感じがする。って、何にも侵されてなかったけどな。
しかし、最後に奪った術式の効果は何だったんだ? あの時は清々しい感じがして、前に奪った術式の感じとは違ったんだ。他に体になんか変化がないか今は分かんねぇけど、状態は悪くねぇから、とりあえずは問題無しとしとこう。
ここは暗い牢獄の中だ。けど、さっきあった呪いの禍々しい空気は無くなっていて、優しい空気がここにはあった。浄化が効いてるって事だな。
空間移動で外に出る。難なく出ることが出来た。
不意に気になって首に着けていたピンクの石に触れようとする。けど、そこにピンクの石は無かった。
もしかして、さっき頭がぶっ飛んだ時にどっかいっちまったか?!
もう一度牢獄へ行こうとした時、ゾラン用のピンクの石が光った。因みにゾラン用のは腕輪にしてる。
『エリアスさん! 聞こえますか?!』
「あぁ、ゾラン、聞こえてるぞ。やっとな、遺跡から出てこれたんだ」
『心配したんですよ! 何日も連絡が取れなくてっ! 無事ですか?!』
「あぁ、何とかな。……って、何日もって、あれから何日経ったんだ?!」
『エリアスさんと最後に話してから一週間です! 早く……早く帰って来てくださいっ! リュカがっ!』
「えっ?! 一週間っ?! そんなにか! ってか、リュカがどうしたんだよ?!」
『とにかく! すぐに帰って来てくださいっ!』
「分かった!」
なんだ?! リュカに何があった!
俺には数時間程の事だったのに、一週間経ってたって……!
リュカに体力も生命力も補充出来てねぇ!
いや、一週間やそこらじゃ問題無い筈だ。けど、ゾランがあんなに動揺してるって、どういう事だ?!
リュカ、ごめん!
待たせてごめん!
すぐに帰るっ!




