ヤリたいエロ漫画家と帰りたいアシくん
「いやー。ヤリてーなぁ」
閉じられた部屋の中で隣のデスクに座る彼女はさも当然のようにその言葉を呟く。俺はその言葉を無視して、眼前の作業を続ける。
「ヤリてー」
またしても彼女は呟く。さっきと同じ気の抜けたテンションで。その「ヤリたい」という意味はもちろん『あの行為』のことを差すのだろう。
「おい聞いてんのかよアシくぅ~ん」
アシくんというのは俺を呼ぶときに彼女が用いる二人称のことだ。単純に俺が彼女のアシスタントをしているからアシくんと呼ばれている。
そう、さっきからこの人は俺に対してずっと話しかけているのだ。1対のつがいが密閉された空間で黙々と作業をしている。そういう状況下だ。
俺も彼女も20代で、性欲を持て余す頃合いだろう。エッチしないと出られない部屋という訳でもないけど密閉された空間につがいが集えばそういう意識をしてしまうこともあるだろう。
そんなこんなで彼女は絶賛発情中なのだが、これは割としょっちゅうある出来事だ。割と口癖のようにヤリたいと連呼をしている。
「またいつものですか」
努めて冷静に言葉を発する。ただでさえ密閉された湿度の低い空間だ、久しぶりに声を出したからガッサガサの声が出た。
「違うよアシくん。あたしは気持ちいいことがしたいわけよ、こう白いのがね…」
「一緒じゃないですか。気持ちいいことって」
「やだぁ。アシくんなにを想像してるのかなぁ?あたしはオセロがしたいだけだよぉ?こうね、いっぱいひっくり返して白一色の列が出来上がったら気持ちいいじゃん?」
彼女が嘲笑してこちらを見ている。ウザい。とりあえず無視しよ。目線を眼前にモニターへと移す。
「麻雀で緑一色のことをリューイーソーって言うけど、もし白一色って役があったらハクイーソーになるのかな?」
しかも意味わかんないこと言い始めた。なんだよハクイーソーって。どうやって成立させんだよその役。
彼女が顔を近づけて返答を待っていたので、冷淡な声色で言葉を返す。
「口動かさずに手を動かしてください」
「アシくんは口より手がいいん?」
ただ、彼女はなかなか手ごわい。何が手ごわいって返答をすべて下ネタで返せるという意味不明の特技を持っているからだ。
「そんなこと言ってないですよね。手を動かして作業を進めてください」
そんな特技もこの職種においては役に立っているのかもしれない。
エロ漫画家。それが彼女の職業だ。そして俺がそのアシスタントをしているわけだ。彼女のアシスタントを始めて2カ月。思えばいろいろなことがあった。けれどほぼ毎日のように二人きりでいると、段々と慣れてしまい今の俺は機械のように冷淡な声色で返答するようになってしまった。
「いやね、アシくん。あたしにだって理由があるんだからね」
炭酸の抜けた炭酸飲料のようだった声色から少しばかし居住まいを正した彼女は真剣なトーンで語り始めた。
「なんですか、理由って」
「今すぐにあたしはロールスロイスをされてみたいってことさ」
「ふーん」
そうして俺は作業を継続すべくモニターへと視線を移す。早く仕事終わらせて帰りてーな。腹減ったし帰りにはラーメンでも食べに行こう。なにラーメンがいいかなぁ。やっぱ横浜家系が最強だよなぁ。昨日はコンビニのラーメンを食べたけど、最近はコンビニのラーメンも飛躍を遂げていて美味しいよなぁ。見たらついつい買ってしまうほどには好きだ。そう言えば今度行ってみたい店があるんだった。せっかくだし今日行こうかなぁ。やっぱ早く仕事終わらせよ。
「……って。ふーんじゃないでしょ!!!!」
1分ほどの静寂の後、わなわなと震えていた彼女が叫び始めた。
「なにあたしの発言を鼻でふーんって言ってスルーしといて、勝手にラーメンの話広げてんのよ!」
「いやあんたこそなんで俺がラーメンのこと考えてたって分かったんだよ!!」
「そりゃあんたがあたしの脳にまで妄想を飛ばしてくるからでしょ!」
「俺そんなギガロマニアックスみたいな能力持ってねえから!」
持っていたとしたら今ごろ悪の組織から渋谷を救っている。
「アシくんがラーメンを食べたいように、あたしだってアシくんのザーメンいただきたいんだわ!」
「そんなに大胆に宣言されても困る!!」
「いやね、実はこの後の話の展開上どうしてもロールスロイスを使いたいんだけど、あたしされたことないから分かんないのよ」
そう、俺と彼女は今まさにエロ漫画を描いている最中なのだ。彼女のこだわりとしてトップオブザヘッドで描くことだそうで、描きながら考える。ネームなんてもんは、あるにはあるんだが、実際創り上げた原稿はまったく別のものになっているなんてことばかり。
「なんでまたそんな珍しい体位を」
俺はぼりぼりと頬を掻きながら彼女に訊く。だがこうやって話を振ってしまうと彼女のエンジンがかかってしまう。もうすでに俺は彼女に乗せられているという訳だ。案の定彼女は目を輝かせて前のめりになる。待ってましたと言わんばかりの反応。
「だって!!お洒落そうじゃん!!」
「内容薄っ!」
「どれぐらい?サ○ミコンドームぐらい?」
「うぜえ…」
はぁ…とため息が出てしまう。あぁ逃げていく俺の幸せ…。
「だいたい先生可愛いんですから、駅で適当な男捕まえて2時間ぐらいでヤッてくればいいんじゃないですかぁ?」
提案する。
「アシくんはぜんっぜん分かってないなぁ。それじゃあ一流のエロ漫画家にはなれないよ。やっぱりシチュエーションというものが大切な訳さ。こんな薄暗い密室の中ふたりでエッチなものを創っている若い男女。そんなつがいが徐々にほてり出した若い肉体を持て余している。お互いの緊張感がピークに達したときにふたりは濃厚なキスを始めてそのまま男が女を押し倒して本番スタート。みたいなねぇ」
「話長げぇ…」
「ちなみに今のはあたしの理想だから。アシくんは今話したような感じで始めてくれると嬉しいな!」
「だとしたら俺の緊張感がピークには達しないと思うんで大丈夫でーす」
極めて冷淡な声色で返答する。
「いーや。アシくんは今日絶対あたしとえっちするって決まってるんだよ?」
「それ誰が決めたんすか」
「神」
どこの神だよ!文句言いてえ。例えその宗教の信徒すべてを敵に回しても文句言いてえ。
「じゃあアシくんは、あたしとすることのどこが不満なわけ?」
「そりゃ先生って一度始めたら5時間ぐらいはフル稼働じゃないっすか」
なにを隠そう。俺と彼女の間には既に肉体関係が存在している。初めても今日のように彼女がヤリたいだとか言いだして、恥ずかしながらその時は嬉々としてヤッてしまった。
彼女は先述の通り、美少女なのだ。茶色に染められた長い髪はちょっとしたビッチ臭をくすぐるし、均整のとれた顔のパース、大きな目、筋の通った鼻、嗜虐的な微笑みの似合う唇などなど。それに彼女のグラマラスな体型は引きこもりがちの彼女ゆえの薄着でよく目立つのだ。初めてした時は元々ノーブラで薄いTシャツから突起物が浮いていたし…それを見せられた俺も異常に興奮していた。
そんな彼女が自分の愚息を欲していると知ったとき、俺の愚息はすぐさま臨戦態勢を整えたわけだ。そしていざ合戦が始まると5時間という長丁場の末に、我が軍の精気がすべて搾取されるほど圧倒されてしまった。事の終わった彼女はむしろ生気に満ち溢れていた。
はて、そんな肉体関係が何回か続いて俺はもう彼女とはそういうことはしたくないと思ってしまった。
「じゃあ分かった。さきっちょ、さきっちょだけでいいから!とりあえずさきっちょだけ挿れよっ!」
彼女は両の手を合わせて希う。
「それって男性が女性とヤリたい時に言う常套句ですよ。あとそんなこと言われても勃ってないんで入らないですし」
「じゃあ勃たせればいいわけね」
別にそういう訳じゃないんだけどなぁ。しかし俺の言葉を聞いた彼女は立ち上がって俺に近づいてきた。顔を俺の耳に近づけて、彼女の鼻が俺の耳に当たるぐらいの近さまで近づいてきた。耳でも舐められるのかな。
「ぼっき♡」
彼女は俺の耳へと囁いてきた。やたらとセクシーに。でもってなんで言葉のチョイスがそれなのか意味は分からない。もっと直接的に喘ぎ声を出すとかでもいいのに。とはいえ彼女のセクシーボイスを耳元で聞いてしまうと少しばかし体は反応してしまう。
「とっき♡」
間髪入れずに二言目。突起物ってこと?勃たせるために長いものを連想させようとしているのだろうか。
「そっき♡」
どういうこと!?速記?韻を踏んでる!?母音が一緒…?ボインがいいっしょ?ってことか!?そこを連想させて勃たせようとしてる?なんちゅう高度な南中高度。
「即イキ♡」
ちゃんと母音守ってきたぁぁあああああああああああああ!!でもでもなんでこの人常に韻踏んでんのインフェルノ。
「葬式♡」
「意味わからん!!」
ちょっと勃ちかけたけど余裕で萎えたわ!危ない、危ない。葬式ってハートマークつけて言う言葉ではないでしょ。
「なんでこれで勃たないの!?アシくんってEDなの?ED-KINGなの?」
「なにそのめちゃめちゃ不名誉な称号!あと名前の似てる某グループに失礼だろ!」
「まあアシくんのチ○ンポはビンビンで感度抜群って知ってるからいいけどね」
そういうこと言われる方が反応する。
「ともかく俺は原稿終わらせて早く帰りたいんですよ」
そう言うと、彼女はなにか考えた後に真剣な眼差しでこちらを見てきた。
「分かった。妥協点として今からアシくんにフリをしてもらおうかな」
「フリ?ロールスロイスの格好を再現する的なことですか?」
それなら3分くらいで終わりそうだ。妥協点としては十分だろう。
「まあそういうことだね。もうちょっと飛躍するとエア・セ○ロス」
「えっ一通り全部するんですか?」
「そうじゃないとサンプルにはならないでしょー」
当たり前でしょ!?的な顔をされた。いや変なこと言ってるのあなたですからね?
「実際的に先生はロールスロイスを使いたいんですか?」
「ロールスロイスで突かれたいんですよ」
「微妙に言葉変えるのやめてください。参考資料ならネットで検索すれば出てきますよ。ほら!」
スマホで検索して彼女に見せる。
「いやね。そりゃ見ればわかるよアシくん。けどねあたしはこう、リアル感を追求したいのよ。ロールスロイスをされた時にどんな感じで喘ぐのかとかね。どこがどう気持ちいいのかとかね。そういうのを知りたいわけよ。まさに体当たり取材」
そう言ってグッとこぶしを握る。その決め台詞に絶対的な自信があるようだ。たしかに上手い気もするのが癪だ。
「なにもわざわざ今回の原稿じゃなくてもいいじゃないですか。また次の原稿でーとか」
「うーん。じゃあなんの体位がいいと思うのアシくんは?」
「無難に正常位とか、ロールスロイスに似てるのなら後背位でいいじゃないんですか?」
「いやあ。なんだかあたし今、奇をてらいたくてね」
いらないこだわりきたぁ。別にエロ漫画で、後背位で書いてあってもロールスロイスで書いてあっても変わんねえと思うんですけどね。
「ちょっと前に聞いた『せいぜん?たいい?』ってのはどんな体位かアシくん知ってる?」
は?なにそれ。もしかして生前退位のこと?
「そんな体位ねえよ!!」
「アシくん、世間知らずだなぁ。ちょっと前ニュースで話題になってたでしょ」
「そんなニュースやらねえよ!!」
「あれ、じゃあ即位かな?」
「あの、即位は体位の一種ではないですよ」
「即位の儀式でエッチしちゃったみたいなニュースなかったっけ?」
「それ花山天皇!西暦984年の出来事だから!いつの時代のニュースだよ!」
ツッコミすぎて息切れてきた。密閉されてて酸素薄いから疲れやすいな。
「え?そろそろツッコミたいって?」
「あんたなんで俺の頭の中まで分かるの!?」
しかもツッコミたいじゃなくてもうツッコミ疲れたよ…。
「だいたい、先生もこれだけ話したらもう性欲収まっていませんか?萎える的な」
「いやむしろキュンキュンですよ。異性と猥談してるんだからテンション上がってる訳ですよ!」
「猥談に仕向けてるの先生じゃないですか」
そうとなれば猥談にならなそうな話題を振って彼女の性欲を収めればいいのでは。
「じゃあ先生、野球の話でもしますか?」
「アシくんのタイ・カッブ型のバットを見たらあたし投手は四球を見せちゃうな♡」
「うぜえ」
しかもやたらと詳しいし。つーか俺のバットってタイ・カッブ型なの!?初めて知ったわ。今度確認しよ…。
「じゃあ先生、経済の話でもしますか?」
「経済ねぇ…」
彼女はふっと目線を落とし、顎に手を当てて神妙に考え始めた。さすがに経済から猥談に話を持っていくのは不可能だろう。
彼女は下を向いたままぼそぼそと呟き始めた。
「経済、つまりは正式名称、経世済民。あたしもアシくんを催眠で落として…でもあたしは責められたいからそこから形成逆転してもらわなきゃ…」
「ちょっ、ぼそぼそ言ってるけどはっきり聞こえてますよ!なんか怖いこと考えてますね!」
経済の正式名称が経世済民だから催眠って割と彼女の中のルールは広い。同音異義語でも成立する。さすがどんなことも下ネタに変換する異能の持ち主。エロ漫画家、彼女にとって天職すぎるだろう。
「でも実際、催眠術ってかかるのかな?」
「分からないですけど、かかりやすい人とかかりづらい人もいるみたいですよ」
「アシくんはどうなの?」
「かけられたことないんで分からないですよ」
その言葉を聞いた彼女は、その言葉を待っていたようで、満を持してがさがさと胸元からなにかを取り出す。ってなんで胸元になにかはいってるんだよ。そんなシーン創作物でしか見たことないぞ。
「では、ちょっと試してみない?」
そう言って彼女は胸元から取り出したそれを広げた手の平に置いてみせた。そこにあるものはたらりと長い糸がついた5円玉。なんでそんなもの用意してあるんだよと突っ込みたくなったが、少しばかり疲れてきたのである程度のことは許容する。
彼女は5円玉を振り子のように揺らして催眠を掛けるという古典的な催眠術を俺に試したいようだ。
「まあそれぐらいだったら…」
「おっ、今日初めてアシくんからOKいただきましたねぇ。それじゃ、今から揺らすから5円玉をずっと目で追い続けててね」
口上も催眠術師のそれのような最初から用意してあったような言葉だ。この人催眠術とかも興味があったんだろうか。あるいはエロ漫画家ならネタになりそうなことは話のストックとして蓄えていたのだろうか。
彼女が糸の先端をつまむと5円玉は緩やかに左右に揺れ動く。俺は双眸でその動きを追う。まさかこんな古典的なもので催眠にかかるわけがないと高を括っていたのだが、揺れ動くペンデュラムを追っていると、頭がぼーっとしてきた。頭から理性が乖離していくような、そんな感覚を覚える。もう視界には動く5円玉しか見えない。仕事場の風景も見えない、彼女の肢体も見えない。
なにもかも…。
真っ白な閃光が一度見えると、その後視界がぼんやりと見え始める。俺はベッドの上にいるようだ。対面には彼女がいる。仕事場の隣の部屋にある寝室の、彼女がいつも寝ているベッド。あっ結局そうなっちゃったのか。催眠に掛けられてベッドに…。
「はい、あたしの勝ちー!!」
眼下を覗くとそこにはなんかボードがある。なにこれ…見覚えがある。真っ白だ。これがハクイーソーってやつか…。
「ってオセロじゃねえか!!」
「だってオセロやりたいって言ったじゃーん」
「って先生なんで全裸なの?」
そのたわわな乳房が顕わになっていた。女の子座りで可愛くベッドの上に座っている。
彼女は無言でピースサインをする。まったく状況は飲み込めない。
「全部あたしの言ったとおりになるの」
自分の体を見ると、はぁそういうことか…。俺も服を着ていなかった。
「それじゃオセロも勝負ついたことだし。3回戦目イキますかー」
「もう、どうでもいいや…」
結局、5回戦をこなすことになり、もちろん5時間ほど時間がぶっ飛んだのだった。けど、なにもかも空っぽになった状態で食べたラーメンは格別美味しかったのだった。
やっぱり横浜家系が最強!!
初めまして、ご一読いただきありがとうございます。
リハビリに短い話でも書こうと思い4時間ぐらいで書いたものがこれですね。
作中に出てくる先生同様トップオブザヘッドな作品です。クオリティ?知らない言葉ですねぇ…。
誤字脱字衍字や読みづらい箇所などなどいろいろとあると思います。勢いで書きました。
それでも一応頑張って書いたので評価などしていただけたら幸いです。
今後は長編を書きつつも短い作品をいろいろと投稿できたらなぁと思っています。
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