NO.7 シロちゃん
「……みぃつけた」
紅色葉の偽物ーードッペルゲンガーが不敵な笑みを浮かべて現れた。
最高レベルのセキュリティに守られているはずだが、偽物は容易にそれを突破し、俺たちを追い詰める。
「……やっぱりここを見つけたか!ドッペルゲンガー!」
ドッペルゲンガーの正体が、紅色葉が創り出した『イマジナリーフレンド』だと仮定するなら、ここのセキュリティ突破も頷ける。何故ならーー
セキュリティに自信のあった色葉は、当然戸惑いながら所持していたICカードを確認する。
「どうしてここが……!?それにこの部屋の扉は、私とパパ以外開けない……!そして今、この扉を開く最後の鍵は、世界に一つしかないこのICカード……!ここにあるこれだけのはずなのに!」
ここにあるこの一枚限りーー
その台詞を嘲笑うように、偽物の色葉は手に持っていたそれを見せつけた。
それは世界に一枚しかないはずのICカードだった。
「私は貴女……!貴女は私……!」
「そんな……!このカードはスペアも造れないオリジナルなのに……!」
どれだけ最高レベルのセキュリティで、この世に唯一の鍵を使おうがーー紅色葉が持つことで無意味となる。
俺は色葉の腕を掴んで下がりながら、『ドッペルゲンガー』の概要を話す。
「『ドッペルゲンガー』は記憶や身に着けているものまで全て、本物のお前から引き継がれ具現化する……!」
「記憶や物全て……!?」
首を傾げる色葉に、リーベが前に出て答えた。
尻尾を素早く振って、敵を見つけた猫のように偽物に威嚇しながら警戒する。
「そう……!だから奴には居場所は筒抜けだし、色葉が開けられるならどんな鍵でも開けられる……!」
これが紅色葉が幼少期に妄想した、『イマジナリーフレンド』の正体だ。
色葉の場合、強い孤独感から現実と妄想の区別がつかず、このように『ドッペルゲンガー』として意志を思って具現化した。
目の前の自分の偽物に、色葉は恐る恐る昔の呼び名で問い掛ける。
「貴女……シロちゃん、なの……!?」
「ねぇ……?どうして貴女は色葉って名前で呼ばれてるのに、私はシロちゃんって呼ばれなきゃいけないの……?」
悲しそうな表情を浮かべながら、背中の後ろに隠していた包丁を前に出す。
包丁の平を舌でスーッとなぞり、恍惚の笑みを浮かべて続けて言った。
「貴女が……!”本物”がいると、私はいつまでもいつまでも”偽物”のまま……!」
明らかな不気味な殺意が伝わってくる。
「シロちゃん止めて!」
「私に代われぇぇぇ!!!」
偽物に代わるーーそれは本物の死を意味している。
包丁を振り上げながら、偽物が本物の色葉に急接近。
そんな時、俺は誰よりも早く動いて対応していた。
瓶ボトルの蓋を指で飛ばし、中からクリアブルーの聖水をその場に散布する。
もう一つの手で、ぶちまけた聖水を掴むように握り締める。
すると次の瞬間ーー掴んだ聖水が形を変え、1本の蒼い刀となった。
『クアルツ・サーベル』
これは武器に変換する聖水。
この技術によって、質量を変えなければ様々なソリッドに変換するのことが可能である。
極端に長い刀や、元々の聖水の質量を超える固形物には、変換は不可能である。
俺は咄嗟に蒼い刀で、敵の包丁を受け止めた。
「ちょっと自分勝手が過ぎるんじゃねぇのか!?えぇ!?都市伝説!!」
「邪魔しないで……!いつもそう、本物のその子には誰かがいて、偽物の私には誰もいない……!私が偽物だから!?そんなのーー」
下を俯きながら、不気味な笑みを浮かべたまま、憎悪の台詞を吐き出している。
そしてドッペルゲンガーである彼女は、俺たちに怪奇的な異能力を見せ付けた。
左手に黒い影の塊を発生させ、それを思いの形に具現化させる。
色は黒い影そのものだが、形状のそれが俺の『クオルツ・サーベル』と酷似した物だった。
「ーー不幸を呪ってやる……!!」
続けて言ったその殺意のある台詞と、容赦のない攻撃で俺を襲う。
ドスッ!!!
影の刀で俺の腹部を貫いた。
ーーこれは影で作った俺様の剣……!?
ドサッと後ろに倒れ、酷い出血の中悶え苦しむ俺を見てニヤリと笑う。
これが不幸を呪った偽物の怨み。
「ライル!!」
俺の名を叫ぶリーベと色葉だったが、既に俺は虫の息ーー
偽物がまた再び悲しそうな顔を浮かべて、本物の色葉に視線を移す。
「……皮肉な事に、オリジナルの貴女の『記憶、意識、経験』が、私の力に反映されるの……!ねぇ?分かるかしら?物心ついた頃から自分がーー化け物で偽物なんだって思い知らされていくあの感覚……!」
「シロちゃん……!」
「私は所詮シロちゃんなんだって……!」
「お願いシロちゃん……!止めて……!助けて……!」
怯えながら泣き崩れる色葉に近づいて、ニコッと満面の笑みで言い返した。
「色葉ちゃん……幸せそうなオリジナルの貴女が憎いの……!殺すね……!」
色葉の髪をガシッと掴み、包丁を喉元に近付けたーー
それを見ていたリーベが、シャーと威嚇する猫の声を出していった。
「お前……!よくもライルを……!」
「……貴女もこっち側の存在よね?どうして人間の味方してるの?」
「人間は……!ライルは!ボクに幸せを分けてくれる人なんだ!」
「幸せを?同じ化け物が何言ってるの?夢見てるの?次殺してあげるから黙ってて」
その瞬間ーー俺が部屋中に響き渡る大声で怒鳴り散らした。
「ふざけたこと言ってんじゃねぇ!!!」
虫の息だったはずの俺が立ち上がる。
腹に大穴が空いた俺だったが、”聖水”の力で復活する。
『レストレーション』
緑色の聖水を傷に掛け、瞬時に治癒能力を大幅に向上させる能力を働かせた。
心臓や脳を殺られない限り、この”聖水”を使って回復できる。
痛みや苦しみはあるが、それより俺は目の前の都市伝説に腹を立てていた。
「笑わせんな!てめぇ一人のくだらねぇ嫉妬に、他人の命勝手に決めんじゃねぇよ!」
傷を塞ぐ聖水と、俺の復活に驚いた偽物は、急いで色葉から俺に注意を向ける。
「こいつが私を不幸にしたんだ!勝手に生んで!勝手に切り離して!勝手に偽物にしたーー身勝手だ!」
「だからって、それこそ自分勝手に、そいつの幸せ奪っていい理由になるわけねぇだろうが!!」
俺は泣いていた色葉に視線を向け、もう大丈夫俺がいるとーー想いを込めて頷いた。
「……ライル」
刀を構え、”赤い聖水”の入った瓶ボトルを左に持ち、偽物に容赦のない台詞を放った。
「さぁ、懺悔を始めるぞ……!『都市伝説』!!」
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