No.6 女の子の正体
『ドッペルゲンガー』
同じ人物が、同時に複数の場所で目撃される超常現象。
「かの有名な、リンカーンや芥川龍之介も経験したらしい」
それには様々な説があるが、この際はっきりとした重要事項はこれだーー
『オリジナルを狙って襲ってくる』
「ドッペルゲンガーにはこういう言い伝えがある。ドッペルゲンガーを『理解』した者には、”死”が訪れる。都市伝説に関する知識なら、俺様に知らないことはない」
※
偽物から逃げ隠れるできる場所へと、色葉の案でとあるビルに案内されていた。
そこは都内にただずんでる高層ビル。
入口には何台もの監視カメラと守衛の人数。
建物の中も、各部屋には厳重なセキュリティが施されていた。
色葉が俺たちを招き入れたのは、中でも特別厳重な部屋だった。
まるで銀行の貸金庫のような防火扉。
色葉の説明では、外からのあらゆる破壊攻撃に耐え、火災から内部を守る耐火性をも兼ね備えているとのこと。
そんな特殊構造の部屋で、色葉は手慣れた付きでパスコードを入力し、なんの障害も無く俺たちを中に入れた。
「……な、なんだよここ!?」
当然俺とリーベは戸惑っていた。
しかし色葉はため息混じりで答える。
「……ここはパパが使っているオフィスの一つよ」
「なんだよそりゃ……!?」
「パパはあちこちにこんなビルを建てていて、ここはその中でも最高のセキュリティが整ったオフィスよ。昔は金庫としても使用していたみたい。周りに仕事で使う重要な書類やデータがあるから、あんまり勝手に触れないでね?」
かなり広いオフィスといった印象で、パソコンなどが置かれたデスクが規則正しく並べられていた。
しばらく使われていない様子で、飾られていたカレンダーも数ヶ月前のページで止まっている。
しかしここの設備は、どれもこの時代の最新機種ばかりで、この所有ビルといいーー色葉の父親が大物であることが容易に想像できた。
「……何者だよお前ん家」
「外には電子ロック。この部屋にたどり着くには、パスコード入力と指紋センサー、そしてピッキング不可能なシリンダー錠を突破しなくてはならないの。それら全てを開けられるのは、今この地球上で私とパパだけよ」
「なんでお前も開けられるんだよ?」
「頼んだらくれたの」
「親バカなのか?こんな部屋貰ってどうすんだ?」
「女子高生っていう生き物はね。誰にも見られたくない秘密が一つや二つあるのよ。それを隠すにはちょうどいいわ」
「どんな大掛かりな秘密だよ」
それを聞いていたリーベは、尻尾を楽しそうに振りながら辺りを物色し始めた。
「エロ本とか玩具とか探すにゃーん!」
「久しぶりに会いに来たしつこく絡んでくるタイプの親戚のおばちゃんかお前は!何がにゃーんだ!」
「えへへー色葉ちゃんは彼氏とかいるのー?」
「だからおばちゃんかよって!」
「ここでパパには言えないあんなことやこんなことしちゃうのー?」
「おばちゃんだろってそれは!いいから黙れお前!」
リーベの頭を取り押さえて拘束する。
ーー時と場合を考えろ。
色葉はリーベの連続ボケに、赤面しながら恥ずかしそうに答えた。
「……い、いないけど彼氏なんか……!いた事もないし……!」
「答えなくていいんだよお前も!この猫の言うこといちいち答えてたら疲れ死ぬぞ!」
俺の方が既に疲れてきているーー
はぁとため息を吐きこぼす俺に、色葉はそういえばと思い出して問いかけた。
「貴方……ライルだっけ?さっき不思議な水を使ったけどあれは?」
聖水の事を指していた。
俺は懐に入っている瓶ボトルを何本も見せてやった。
「これか?これは都市伝説の奴らを祓うために作られた聖水ーー『エクソサイズ』だ!」
「……ワンツー。ワンツーってやる?」
キョトンとした表情でストレッチをする色葉に、俺は強く言い返す。
「『エクソサイズ』!!お前のやってるそれエクササイズな!!一人でアキレス腱でも伸ばしてろ!!」
『エクソサイズ』とは”悪魔を祓う”という意味から付けられている。
様々な色の種類があり、それぞれを色葉に見せつけながら続けて言った。
「ーー色によって効果が違い、さっきやって見せたのは離れた水のある所へ転移できる能力だ!未来から俺達が転移してきた時も、これの別種類のやつを使った!」
「水……マンホールのやつはそういう事だったのね」
そこで色葉は、俺たちとの今日一日のやり取りを思い出していた。
生まれた感情は、単純に罪悪感だった。
「ごめんねライル……!私貴方のこと、何も信じてあげなかった……!」
「……いや、確かにこんな話を素直に信じろって言う方も無理な話だ。現実味が無さすぎる」
「現実味……?」
「都市伝説ってのはさ、やはりその現実味の無さから、いつも誰にも信じてもらえず笑われるものだ。だから気にすんな。話を信じてもらえないなんて、もう慣れてる」
話の途中で、リーベは俺の背後から抱きついて言った。
「そうだよー。ボクもライルも、世界が滅ぶ前はよく笑われた」
そんな俺たち二人を見て、色葉はぼそっと台詞を口に出す。
「現実味がない話、か……」
「紅色葉?」
「ねぇ、私の現実味がないけど本当の話……ちょっと聞いて?」
かなり真剣な表情だった。
真っ直ぐとしたその瞳に、俺は首を縦に振って答える。
「話してみろ。聞いてやる」
「私の思い出の話……誰にも信じてもらえなかった話があるの。私ね。小さい頃から家が引越しの連続で、日本あちこちーー時には海外にもいた事があるの」
「転勤族ってやつだな?」
「まだ小さかった私は、家から出ないで両親の帰りを待っていた。一人でね。遊ぶような友達がいなかったから」
「引越し続き……ましてや言葉も話せない所となると余計だな」
「うん。けどね?いつしか誰も居ないはずの部屋で『おしゃべり』をするようになったの……」
「『おしゃべり』?電話する相手でもいたのか?」
「……違うの。独り言でもない。けど私には、誰も居ないはずの部屋で、確かに何かと『おしゃべり』していた記憶がある。」
『おしゃべり』に気がついた母親が、幼少期の色葉に問いかけた時ーー
《色葉……!?誰と『おしゃべり』してるの……!?》
決まって色葉はこう答えたらしいーー
《何言ってるのママ!?”シロちゃん”だよ!!》
色葉は家を出て誰かと遊んだことは無い。
そして誰も、色葉の言う”シロちゃん”という人物を見たことは無い。
今現在色葉は、当時のことをあまり覚えていない。
けれど顔も思い出さないその”シロちゃん”が、夢に何度も出てくることを俺に話した。
ここまでが色葉の言う、現実味がない本当の話。
しかしプリーストの俺は、この話に心当たりがあったーー
「『イマジナリーフレンド』だなこれは……!」
「えっ!?いまじ……何!?」
「『イマジナリーフレンド』だ!直訳すると、”空想の友達”。自分自身が生み出した、幻の友達の事を指す」
「想像ってこと!?」
「別に恥ずかしがらなくていい。子供なら誰でもそんな経験があるし、物心ついた時に勝手に消滅するものだ。そしてーー」
これによって生み出された『都市伝説』に、俺は心当たりがあった。
「『イマジナリーフレンド』が具現化……!それが『ドッペルゲンガー』の正体だな!」
『ドッペルゲンガー』には諸説あるが、その一つとして『イマジナリーフレンド』に意思が生まれ、形を作り動き出した可能性がかなり大きい。
「そんな……!」
「だとするとあの『ドッペルゲンガー』は……!」
全て俺の考察通りなら、最悪の事態を意味していた。
その瞬間ーー
様々なセキュリティを突破する電信音が聞こえ、硬い鉄扉がゆっくり開く。
そこにはもう一人の紅色葉ーー『ドッペルゲンガー』がニタリと笑って立っていた。
「……みぃつけた」
いつもご愛読ありがとうございます!