No.3 脱がされた ※挿絵あり
ーーこれは紅色葉が、幼い頃の薄らと残る記憶の断片。
「また明日も遊ぼうね!」
夕暮れのマンションのワンルームで、両親が帰ってくるほんの少し前。
色葉にとって、この光景が既に当たり前で、物心着いたばかりの少女には違和感の判断が出来なかった。
当たり前にそこにいて、親が仕事に出かけると不意に部屋に現れる”遊び相手”
例えそれが非現実な光景だろうと、物心着く前から日常的にそこにいるものならば、それを当たり前として受け入れている。
ガチャリ。
家の鍵が開けられる音が聞こえると、大好きな母親が帰ってきた合図。
同時にこの音が聞こえれば、非現実のそれがいなくなる瞬間でもある。
色葉は急いでそれに別れを告げたーー
「また明日も遊ぼうね!シロちゃん!」
何も無い壁に向かって、満面の笑みを浮かべてそう言った。
※
ガバッ!
色葉が意識を戻し、勢いよく跳ね起きる。
ここが自分の部屋のベットの上であることに気が付き、先程までは幼少期の頃の夢を見ていたと理解した。
すごい汗をかいていたーー
「ハァ……!ハァ……!い、今のは昔の夢……!?」
幼少期の頃の記憶は薄らとしか覚えていない。
いつも両親の帰りを待つ日々で、具体的な思い出はほとんどない。
何を話したか、どんな遊びをしていたかーー
覚えているのはせいぜい小学生の頃の記憶。
それも断片的な記憶で、思い出すことはあまりない。
しかしこれだけは言えるーー
ーー紅色葉は親の転勤で引越しが多く、固定的な友達は一人もいなかった。
夢に出てくるまで忘れていたーー
「……シロちゃんって、誰……!?」
姿や形、顔も存在も何もかも、全く思い出せない。
いや、今思えばーーあれは何だったのか……!
当時の幼かった色葉は、あれに違和感を抱くことをしなかったが、確かに誰かもう一人と遊んでいた。
色葉が一人になると現れ、人が来ると消えてしまう。
「なんだろう……!怖い……!」
思い出そうとするが、何故かとても怖い存在である気がしてならなかった。
色葉はそう言ったところで、ベットの隣にいたーー俺の存在に気がついた。
「大丈夫か?頭でも打ったか?まだ夢でも見てんのか?」
表紙に十字架が描かれている聖書を読みながらーーケーキを美味そうに食べる俺は、バタンと閉じて色葉に問う。
すると何故か色葉は、血相を変えた表情で立ち上がり、俺を思い切り容赦なく蹴り飛ばした。
「悪夢はあんたよ!何勝手に食べてるのよー!」
そう叫んで繰り出された蹴りによって、俺の身体は沢山積まれたぬいぐるみの山にドサッと倒れ込む。
「がはっ!」
色葉はこの後俺にもう一撃を考えたが、すぐに自身の身体の違和感に気が付いたーー
ひんやりと風が体全体に感じる爽快感。
首から下を見るとーー衣服が全て剥がされ、全身裸になっていたことに気が付いた。
「いやぁぁぁぁ!!!」
下着一枚身につけていなく、男の俺を前にして胸や局部を含めた全身裸姿を晒してしまった。
細身だが豊満に育っているバストーー
色葉はこれまで他人に裸を見せたことが一度もなかった。
咄嗟に先程まで被っていたベットのシーツで胸を隠し、部屋の隅に離れて距離を取る。
「なんなのあんた!?私に何をしたの!?」
恥ずかしさのあまり、表情だけでなく全身赤く染めていた。
俺はすぐに立ち上がり、必死に自身の誤解を解こうと説得した。
「ま、待て!落ち着け!お前の服全身水被ってずぶ濡れだったから!」
「だからってあんたが全部脱がせたの!?」
「違う!いいから聞け!俺は一切触れてない!脱がせたのはこいつだ!」
そう言って窓の縁に座っていた、猫の姿をしたリーベを指さした。
リーベは雌のキャスパリーグだ。
同じ女同士なら問題は無いはずーー
そう思ったが、この猫の姿をしたリーベを、初見の色葉が理解できるはずもなかった。
苦し紛れの言い訳と誤解され、余計に不信感を抱かせる結果となる。
「猫のせいにするなんてあんた最低ね!」
「違うんだって!ほんとにこいつが!」
俺のそれを聞いた猫の姿のリーベは、ニヤリと笑って猫を演じて鳴いた。
ニャー!
どうやら俺を助ける気がないらしく、この状況を面白おかしく楽しんでいる。
「てめぇこの野郎!なに呑気に鳴いてんだ!?泣きてぇのはこっちだ!」
そんな俺の叫びも、色葉にとっては野良猫に怒鳴るヤバい奴。
俺の姿を不振な視線で観察すると、思わず怯えながら聞いてきた。
「その格好は何……!?コスプレ!?やっぱり不審者なのね!?」
どうやら俺の神父服の事を差しているらしい。
「不審者がご丁寧に家まで運ぶかよ……!?いい加減そのクレイジーな誤解を止めろ!」
「どうして私の家を……!?はっ!まさかストーカー!?」
「てめえの鞄に入ってた学生証を調べたんだよ!紅色葉って言うんだろお前!?悪用もしないから信用しろ!」
「こんな裸にさせられて信用しろなんて無理!」
埒が明かない話にうんざりしていた俺は、先程落とした聖書を開い上げて見せつけた。
「俺様の名はライル・クルーエル!都市伝説によって世界が滅ぼされた未来から来た!」
「……は!?」
「プリーストだ!」
「は!?は!?」
口をポカーンと開ける色葉に、聞こえなかったのか俺はもう一度言ってやることにした。
「プリーストだ!」
「いや聞こえてないわけじゃないから!」
「じゃあなんとか言ったらどうだ?言いたいことがあるなら遠慮なく言え」
「分かった!じゃあ言いたいこと言うね!この電波系不審者ー!!」
「違ぇよ!電波系とか言うなー!」
「目的は何!?私の身体!?それとも身代金!?」
「だから違ぇって言ってんだろうが!」
だんだんこの女の相手に面倒を感じ、俺は本来の仕事を優先させる。
キョロキョロと辺りを見渡し、探していたのはカレンダーだった。
この部屋には置いてないらしく、俺は色葉に問いかける。
「今は何年何月何日の時間だ!?」
「でましたー!未来人キャラが真っ先に言う台詞ー!」
「キャラとか言ってんじゃねぇ!」
俺がそう言い返したところで、色葉のカバンから突如メロディが流れ出した。
その音を聞いた色葉は、すぐに大切な予定を思い出す。
「電話!」
「あ?」
「多分愛菜かも!お願い帰って不審者さん!私引越しばっかりで、やっと出来た友達なの!」
「電話なら出れば?」
メロディは止まずに鳴り響いている。
「鬼畜!?あんたがいなくならないと私動けないの!電話取りに行けないの!!」
「ん?なんで?」
「誰かさんが裸にしたからよ!」
そう言って色葉は、赤面しながらとにかく近くの物を片っ端から俺めがけて投げ付けた。
すぐに慌てて俺は、部屋の外に飛び出した。
マンションの外で、この階の住人と思える人物とすれ違い、俺は咄嗟に声を掛けた。
「ちょっと失礼」
「はい?」
「今日は何年何月何日だ?」
「今日?えっと……2020年7月20日ですけど?」
「分かった!礼を言う!」
そう言ってすぐに聖書を開く。
ここには過去ーーすなわちこの世界における都市伝説の概要が書かれている。
2020年7月20日の記事を見つけ、そこに書かれていた内容ーーすなわちこの日に起こる事件の全容に、俺は思わず絶句する。
それは衝撃で、偶然が重なった内容だったーー
「2020年7月20日……女子高生怪奇事件……!被害者ーー紅色葉……!」
次回投稿は年内には!!




