No.1 俺たちの未来
「はい!今度はシロちゃんが逃げる番ね!私が鬼やるから!」
5歳の少女がマンションの一室で遊んでいた。
少女は様々な遊びを自分で考えながら、毎日両親の帰りを待っていた。
帰りが遅くなることも多々あったが、少女は泣かずに待つことができた。
初めはやはり、寂しさのあまり泣き出すこともあったーー
しかし次第に泣く回数が減り、母親が家に帰った時には笑顔すら見せることもあったという。
「いい子にしてたかしら?」
母親は笑顔の娘にそう問うと、少女はその日の楽しかった思い出を話して聞かせてくれる。
「うん!ずっと遊んでたの!」
「あら!何して遊んでたの?」
「うーんとね!鬼ごっこしてたの!」
鬼ごっこと聞いて、母親の頭に疑問がよぎる。
「鬼ごっこ?一人で走り回ってたの?」
鬼ごっことは通常、逃げる側とーー鬼と呼ばれる追い掛ける側の人間がいる。
複数人いなければ成立する遊びのため、一人で走り回ってたのだとしたら、それは鬼ごっことは言えない。
しかし少女は満面の笑みで言うーー
「1人じゃないよ!シロちゃんと遊んでたの!」
少女が口にするシロちゃんと言う存在。
きっとそう呼ばれる友達がいるのだろうと、当初母親はそこまで深追いしなかった。
けれどーー
少女の家族が、この後何度も日本あちこちへ引越しする事になるのだがーー
何キロ離れた場所だろうがどこへ引越しても、母親が家に帰ると、娘は笑顔で決まって言うんだ。
「おかえり!今日もシロちゃんと遊んでたの!」
「……シロちゃんってだあれ?」
1度だけ母親がシロちゃんについて訪ねたことがある。
すると少女は、とても芝居とは思えない素振りで、何も無い”壁”に向かって話し掛けた。
「ここにいるじゃない。ね、シロちゃん」
※
「なんで……世界が滅んでるんだよ……!」
荒れ果てた都市で、俺ーーライル・クルーエルは”生き残っていた”。
「俺様はまだ17歳だ……!こんな所で、死んでたまるか……!」
ーーある日唐突に人類が”滅亡”した。
『外敵』の侵略により、人類は唐突に絶滅の危機に瀕した。
俺は崩壊したビルの跡地を、瓦礫を避けながら歩いていた。
暗闇の中、こぼれた月明かりを頼りに進んでいく。
「誰か……!誰かいないか!?」
”生存者”を探して闇雲に歩き、足場の悪い崩壊寸前の建物を登って行く。
以前、人で栄えていた時は、都心の立派な駅だった場所。
構内に様々なショップが建ち並び、地下鉄や路線が交わることもあって人でごった返していた。
ーーそれも人類滅亡以前の話。
「くそっ……!やはりここも超絶壊滅的か……!」
崩れた瓦礫で足場が悪く、前に進むだけで危険だった。
真っ暗な動かないエスカレーターを歩いて登った先で、灰色の猫と遭遇したーー
灰色の身体に、ブラウンの瞳。
整った毛並みをしたその猫は、瓦礫を華麗に渡り歩いて、俺の目の前まで近づいた。
ニャー。
俺を呼ぶように鳴くと、次の瞬間ーー猫は突如身体に現れた蒼い炎に包まれた。
しかしそれを既に見慣れていた俺は、燃え盛る猫相手に軽口を吐いた。
「こんな所にいたのかよ。探したぞ」
すると蒼い炎は天まで登り、一本の火柱となって辺りを灯す。
そして炎がパッと消えると、猫がいたはずの所に一人の”少女”が姿を現した。
「猫使いが荒いぞライル」
身長153センチと小柄で、かなり短く際どいホットパンツと、だぼだぼなTシャツを着用していた。
元々は俺が過去に着ていたTシャツのお下がりで、少女の体型には大きすぎる。
先程の猫と同色の、グレーの腰まで伸びたロングヘアー。
そして猫耳と細い尻尾、白い八重歯が特徴の少女だ。
「まだ俺のTシャツ着てんのか?分かってると思うが、お前動くと結構隙間から胸とか色々見えてるんだからな?」
「ふふふん。彼シャツってやつだ。ずーっと愛用するに決まってるだろ」
「ははは。そいつはおもしれぇや”リーベ”。それだと俺がお前の彼氏みたいだろ。猫が何言ってんだ?冗談言ってねぇで、とっとと生存者探すぞ」
”リーベ”と呼ばれた少女は人間ではない。
見た目や登場の仕方を見て一目瞭然だが、ではリーベは果たして真っ当な猫とも言えなかった。
少女に擬態した猫の妖怪ーー”キャスパリーグ”である。
「ボクにそんな口聞いてもいいのー?呪い殺しちゃうぞ?」
キャスパリーグとは数多の伝説に登場する妖怪猫であり、時には幻獣とも呼ばれる獰猛かつ凶悪な存在。
しかし俺に懐くように行動を共にするこいつは、耳や尻尾があれど、それ以外はいたって普通の美少女の容姿をしている。
そして伝説では、巨大な猫と伝えられているが、リーベは正反対とも言える低身長で童顔の少女だった。
リーベは様々な妖術を使い、俺と出会う以前は人を欺く都市伝説の一部ーー
時には猫の姿で、そしてこの美少女の姿を使って人を襲う。
けれど対都市伝説の戦闘に特化した俺には、どれも赤子同然に対処できる。
「ノープロブレムだリーベ。俺様に呪いの類は通用しない。いいからとっとと仕事に戻るぞ。生存者がもしかしたら残ってるかもしれないだろ」
「でもこの辺りに人間は、ライル以外誰もいなかったよ?」
「それを素直に承知してたら、俺様はこの仕事をやってねぇ。ダメ元でもいいから探すんだ」
俺の仕事ーーそれは着ている白と黒の服装と関係がある。
首に掛けていた十字架のネックレスが、月明かりに反射してキラリと光る。
俺ーーライル・クルーエルはある専門職に務める17歳。
白髪で、目付きが怖いとよく言われるツリ目だが、赤い眼鏡を掛けて誤魔化している。
ーー誤魔化せているかは手応え微妙という感じだが……
口調もよく他人から悪いと指摘されるが、そんな俺に何故か妖怪猫であるリーベは懐いている。
「……ん!?あれは!?」
開いたエレベーターの中で、壁にもたれて座り込む人影を発見。
長い髪で隠れて顔が見えないが、スカートとワンピース姿から若い女性であると見て取れる。
「おいリーベ!人だ!」
ぐったりした様子で座り込む女に、俺は急いで駆け寄った。
「大丈夫か!?」
中に入り、女に触れて息を確かめようとした所でーー
遠くで見ていたリーベがその異変に気が付いた。
「ライル!ダメだ!逃げて!」
リーベの声を聞いた時には、既に事態は始まっていたーー
俺を乗せたエレベーターのドアが急に閉まり、先程まで動かなかった目の前の女が、ぐるりと首を上げて不気味に微笑んだ。
「あはぁっ!もう遅い!」
そして次の瞬間、俺の真上ーーエレベーターを支えていたロープが激しい音をたてて切れた。
「なっ!?」
支えがなくなったらエレベーターが、急激に最下層めがけて落下を開始する。
エレベーター内は激しい揺れと浮遊感に見舞われ、真っ直ぐ立つことが困難。
目の前で女がスっと立ち上がり、不気味な笑みで俺に言う。
「貴方はここで死ぬの……!」
女の身体が、酷く焼け焦げていることに気がついたーー
平気で立っている様子を見ると、こいつはもう”既に人間じゃない”。
このまま最下層に落下すれば、上から掛る急激な重力でエレベーターは中をぺしゃんこに押し潰す。
密閉された空間で、落下まであと僅かというこの状況。
これも目の前の女ーーではない何かが、俺を誘い込み殺すための罠。
しかし俺だけは、この状況下であろうとも乗り越える術を持っている。
「死ぬ?そんなのてめぇ一人でやってくれ」
俺はすかさず懐から、一本の瓶ボトルを取り出していた。
ボトルを自分の足元に投げ、割れた中から青い液体が広がった。
次の瞬間ーーエレベーターが最下層に到達し、圧縮するように崩壊した。
その激しい音を上から聞いたリーベは、俺の安否を心配する訳でもなく、近くのお手洗いを探し出す。
「ライルー?生きてるー?」
俺の名を呼ぶと、男子トイレの中からーーずぶ濡れ姿の俺を発見した。
「し、死んでたまるか……!ゲホゲホっ!ってか!お前もっと俺様の心配しろよ!」
「だってライル。”聖水”持ってるの知ってるし」
”聖水”と呼ばれる特殊な水を入れた瓶ボトルを、俺は何本も所持していた。
これらを使って、いくつもの敵を滅していく。
それが俺の専門職ーー
「だからってちょっとは心配しろよ!」
「まぁまぁ無事だったんだからよかったじゃん。にしても凄いよねその”聖水”。なんとかって言ったっけ?」
「『オーデ・テレポート《転移の聖水》』な。こいつは浴びると近くの水のある所に転移できる。コレ作ったやつに文句言いてぇよ。トイレは止めろってな」
先程エレベーター内で咄嗟にこれを使い、転移して脱出したという訳だ。
リーベを連れてトイレを出ると、そこにはもう1つの地獄が広がっていた。
俺たち2人を取り囲むように、複数の化け物で溢れていた。
妖怪や幽霊、様々な『都市伝説』と呼ばれる存在が、今俺たちを殺そうと取り囲んでいる。
「囲まれてる……!どうするライル!?」
ーー幽霊や悪魔や妖怪……!そんな小説やアニメでこっそり人間を襲ってる奴らが、ある日突然人間を絶滅させようと暴れ出した!
「……『都市伝説』って、信憑性のない噂話だってよく人に話すと笑われる。それが今勢揃い!」
ゴーストやゾンビや怪異が、今俺たちに押し寄せて来る。
俺はさらに新しい”聖水”の瓶ボトルを取り出した。
ーー奴ら『都市伝説』を滅することが出来るのは、俺たち神父……『プリースト』だけ!
「戦うのライル!?」
「いいかよく聞けリーベ!幽霊や妖怪が溢れかえり、人間がほとんど死滅した今……!世界を救えるのは俺だけだ!」
「分かってる!ボクはキャスパリーグだけど……ライルが死ぬのは嫌だ!」
リーベは俺に恋慕のような感情を抱いてくれている。
それだけではなく、リーベは妖怪猫になる以前は、俺が大切に飼っていた元々捨てられていた猫だった。
俺に恩返しをしたい……そんな感情と未練から、リーベはキャスパリーグとなって降臨した。
「俺が……いや、俺たちが世界を救うんだ!」
そして新たに取り出した”聖水”。
これが……!この絶望的世界を打開する『大逆転』!
「この”聖水”で、俺は真相を突き止める!」
手に持つこの”聖水”は、先程とは違う翠の水。
「こいつも水のある場所に転移できる!だがな!こいつの転移先はーーお前たち『都市伝説』に滅ぼされる一年前の世界だ!」
これは『都市伝説』は一年前のある日、突如人間を絶滅させようと暴れだしたと言う話だ。
その詳しい真相は解明されていない。
なぜこいつらが暴れだしたのかーー
なぜ人間を滅ぼす必要があったのかーー
その原因を、過去に戻って見つけ出す。
”聖水”の瓶ボトルを、足元目掛けて投げつけた。
いつもありがとうございます。