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07 利用対象のシスター、邪教徒だった

 村の門番に案内させてたどり着いた教会は、既に廃棄されてから100年くらい経ってます、と言われた方が納得できる程の荒れ具合であった。

 ラテン十字の屋根は穴を塞がず木材が腐ったまま、壁は周囲の森に浸食され、窓には汚い木材が適当に打ち付けられているのみ。

 入り口の扉は辛うじて繋がっているような状態で、とても野盗や猛獣の侵入を防げるとは思えない。建物内に入ると身廊(しんろう)は意外にも綺麗に掃除されており、足跡などはつかない。しかし側廊(そくろう)には落ち葉や枝が降り積もっている。

 内陣(ないじん)や主祭壇はさすがに清められており、対照的にベンチの座席は何かの動物の糞や泥にまみれていた。


「これは……当てが外れたかね」


 フランマは呆れた様子で身廊を東に進みながら、南北にクロスする翼廊(よくろう)の辺りで神聖属性の気配を探る。うっかり内陣に踏み込んだところでこの規模の教会ならばフランマを害する事はないが、念のためである。

 しかし、この建物からは神聖も清浄も感じられない。あるのはむしろ邪悪。なにやら心地よさすら覚えるほどの邪悪な気が漲っている。


「とりあえず案内ご苦労さん。魔眼にかかってる間の記憶は消えるし、生きて返してやってもいいんだけどね」


 そう言いながらフランマは案内役の男に触れると頭から押さえつけ、踵まで一気に押し潰した。

 しかし骨の砕ける音が響いたり血や臓物が飛び散るようなことは無かった。

 彼女は押し潰すと同時に得意の火炎魔法で対象を燃焼させ、跡形も無く消失させるという離れ技をやってのけたのである。


「あーあ、殺しちゃった。村人が気付いたら面倒になるだけじゃないか。いつもなら焦げ跡も付けないのに今日は失敗してるし。何をそんなに怒ってんだか」


「うるさいね。いいじゃないか、人間族の一人や二人殺したって罰は当たんないよ」


 たしかにフランマは怒っていた。サキュバスとして異性を誘惑するのは技の特性上仕方のない事であるが、それでもノックスの為に鍛え上げた肉体を、人間族の男に欲情をもって見られるのは我慢ならなかった。


「自分で仕掛けといて、見たから殺すって……歩く災害じゃないか」


「アンタだって、主様に女として見られたくて耳や尻尾を隠してるんだろ? その姿を人間族の男なんかに可愛いとか言われたら、我慢できるのかい?」


「あはは、殺すに決まってんじゃん! あ、そっか。そういう気持ちなんだ。納得」


 カニスは嫌な想像をして思わず漏れ出た殺気を隠しながら、先ほどから気になっていた主祭壇の方へ移動する。


「なんかさっきからこの辺、ほらここの下の方から、人間族っぽい匂いがするんだけど……」


「ふぅん? アタシらの接近に気付いて地下室にでも隠れたか? こりゃ予定が狂ったね。最初は普通に旅の聖職者の振りでもして、まずは変装が聖職者相手に通用するか確かめる手筈だったのにさ」


「んーでも、なーんか普通の人間族っぽく無いっていうか、あまり嫌いじゃない臭いが混じってるんだよね。とりあえずさ、バレるまで聖職者の振りして行ってみよ!」


「なんだいそりゃ。まぁ元々その予定だったんだからいいけどさ」


 カニスが鼻をすんすんと鳴らす机をフランマがおもむろに持ち上げ、ずらして置く。


「お、この四角く切れ目が入ってる床板、いかにも入り口だね。どれ、こんなもん簡単に……」


 フランマは床板の切れ目に指を突っ込み持ち上げようとするが、中から施錠されており開かない。


「うーん、あまり襲撃の跡は残すなって言われたしね。ぶち破る訳にもいかないか。カニス、頼んだよ」


「え? ボクにどーしろってのさ」


「アンタねぇ、鍵開けくらいできないのかい」


「無茶言わないでよ! ボクをなんだと思ってるのさ!」


「うーん、火炎魔法で溶かしても跡が残っちまうし、どーしたもんかね。そもそもこんなボロい教会のシスターが消えたところで、領主が気にするのかい?」


「既に一人殺しちゃったしね、フランマが! でもさ、中に誰かいるのは間違いないし、ここで待ってれば出てくるんじゃないの? 適当に祈ってる振りでもしてさ!」


「それもそうだね。じゃあアタシはその辺で筋トレでもしてるから、出てきそうになったら教えとくれよ」


「こんなとこでも筋トレ? ブレないなぁ。じゃあボクは定時報告って奴を済まそうかな」


 カニスは腰に付けた袋から小さなコウモリを一匹取り出し、左の翼をむしり取る。コウモリは痛みを感じていないのか、作り物のように動かない。

 これはノックスの考案した定時報告専用のコウモリである。

 遠く離れたノックスへメッセージを送るような魔法もあるにはあるが、いまだ検証の最中であるため人間族に気付かれるリスクを考慮し、ノックスの眷族を利用する形を取ったのである。

 眷族の状態を具に把握出来るノックスは、このコウモリの生存はもちろん、どこの部位が損傷しているかも手に取るようにわかる。しかし全ての眷族を把握出来るわけではなく、予めこうして連絡用に定めたコウモリだからこそこのような細かな把握が可能なのだ。

 シンプルながら、むしり取る部位と順番によってある程度の内容を伝えられるのが利点である。

 今回は左の翼が開始位置であり、まず教会を発見したどり着いた時点でむしり取る。そこから時計回りに、一日に二度各部意を損壊することで定時報告とする。この定時報告が途絶えると、所有者は死亡あるいは窮地に陥ったものとしてノックスが対処する取り決めだ。

 その際にはノックスから一度だけコウモリを介して干渉することができるのだが、これをやると連絡用コウモリはノックスの介入に耐えきれず霧散してしまうので、最終手段である。


 二人が地下室から注意を逸らしたその時、どこかでカチリと小さな金属音が響いた。

 それを聞いた瞬間二人はそれぞれの場所で即座に跪き、内陣の方に対して祈っているような姿をとる。

 天上の存在に対しては妖魔族として思うところもあるが、目の前の相手はただの偶像であり、任務の為演じる必要があると理解している二人にとってはさほど迷いはなかった。

 しかしそうしてからフランマは己の失態に気付く。そう、地下室の入り口から退かした机を戻していなかったのだ。そもそもこんなにすぐに地下の人物が出てくるとは思っておらず、すっかり油断していた。

 カニスもそれに気付いているが、今まさに地下室から現れる何者かを見つめながら、もはやどうすることもできない。

 

 斯くして地下室から現れたのは、穏やかな表情をたたえ童顔で肌艶の良い、栗色の癖毛を背中のあたりで束ねた一人のシスターだった。


「お待ちしておりました。ついに、ついに私めを喰らいに来て下さったのですね……妖魔の君アエテルニタス・ノックス様」


 そう言いながらシスターは祭壇を背に跪き、穏やかに目を閉じて祈りの姿勢をとる。


 彼女の予想だにしなかった言動に、カニスとフランマは互いに見つめ合い、どうするべきか考える。

 しかしカニスには一つだけ、聞き捨てならない言葉があった。


「……妖魔の君アエテルニタス・ノックス様と言ったね。その名を人間族如きが口にすることを、許されるとでも思っているのかな?」


 カニスは滲み出す殺気を隠そうともせずシスターに歩み寄る。


「ああっ……!! その無慈悲な殺気! 邪悪なる妖気!! まさに、まさに私めの恋い焦がれた、妖魔の君!! 貴女様が、アエテルニタス・ノックス様なのですね?!」


「ボクなんかをあのお方と間違えるなんて……よっぽど死にたいらしいね。でもさ、簡単に死ねるとは思わないでよね」


 カニスは床を蹴り稲妻のような早さでシスターの左耳をむしり取りながら駆け抜け、振り返りながら背中の肉を抉ろうと手を伸ばす。

 しかしそこへ横から伸びてきた丸太のような足に脇腹を蹴られ、カニスはたまらず壁まで吹き飛んでいく。


「ちぃっ……痛いじゃないか、フランマ。まさかこの無礼者を庇うってんじゃないよね。それならフランマ相手でも容赦しないよ、ボク」


「落ち着きな! アタシらは今、主様から任務を受けてここにいるんだよ。そして、その人間はこの任務における重要人物だ。変装の検証も情報収集もしないうちに殺して、それでアンタ主様になんて報告する気だい? 主様の名を人間族に呼ばれたから話しも聞かずに殺しましたってか? それで主様が喜ぶと、本気で思っているのかい!? どうなんだい!? カニス・ルプス!!」


 フランマは追撃を加えようとするカニスを捌きながら、あえてカニスの忠誠心をくすぐるようにまくし立てる。

 その効果は覿面で、沸騰した頭に主というワードが飛び込み、怒りに染まっていたカニスの思考が冴えていく。


「……ごめんなさい。ボクは主様の作戦を潰すところだった。こいつには、話を聞かなくちゃならない」


「分かればいいのさ。アンタの忠誠心は主様も理解してくれてるよ。でも今は、やるべき事をやんな」


「……うん。フランマ」


「ん? なんだい」


「……なんでもないや。えへへ」


 落ち着いたカニスの傍らで、シスターは上気した顔に口から涎を垂らし、痙攣した股からは湯気の立つ尿を垂らしながら気絶していた。



お読みいただきありがとうございます。

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