01 妖魔の君、帰宅する
とりあえず勢いのまま書いていきます。
この大陸が天上の存在に認知され〈クレプスクルム大陸〉と名付けられてから2万年余り。かつては自我を持たない魑魅魍魎が跋扈するだけの不毛な土地であった。
しかし時折自我を持つ存在が現れ、そのたびに徐々に文明が築かれては破壊され、各地に派閥が生まれ、争いの絶えない地へと変わっていった。
今から2926年前に生まれたアエテルニタス・ノックスも、そういった自我のない存在の一人にすぎなかったが、1400年程前、突如自我が覚醒し、瞬く間に大陸中の魑魅魍魎を従えていった。
そうして出来たのが、大陸史上初の国家であり妖魔の国〈プールガートーリウム〉だった。
着実に繁栄していく妖魔の存在に怖れを抱いた天上の存在は、天使族を使いプールガートーリウムの破壊を試みた。
直接ノックスを討とうと送り込まれた天使族は虐殺され、一部の者はノックスの力に魅入られ堕落した。
しかし他の大陸から送り込んだ勇者率いる人間族の活躍により、アエテルニタス・ノックスは瀕死の重傷を負い姿をくらます。
これを機に天上の助けを得た人間族がクレプスクルム大陸への侵略を広げていき、今や妖魔族は大陸の西側へと追いやられ、人間族の国家が乱立。
つい最近になってようやくワガトゥーク王家による統一が成った。
人間族がまとまったことにより、大陸の北を占拠するドラゴン率いる一派と西の妖魔族、東の人間族が三竦みの関係に落ち着いてしまい、大陸に流れる血はかつてないほど少なくなっていた。
そうした中、裏切りのアウローラの消息は不明ながら、人間族の王家が密かに妖魔の王に関係する品を発見したとの情報を掴み、ロサ・ルーベルは他の捜索隊2名と協力してこの場所にたどり着いたのである。
「――のですわっ!」
実に長かった解説がようやく終わったらしい。
プールガートーリウムに向かう道すがら、これまでの経緯を説明してくれと言ったら、なぜか大陸の成り立ちから懇切丁寧に説明された。
こいつただお喋りしたかっただけだろ。
俺は記憶喪失でもボケでもねーぞ。
「実に分かりやすい解説をありがとう、ロサ」
「べ、別に主様のためではありませんわっ! ただ記憶の乱れや情報の齟齬があってはこれからの活動に支障を来す恐れがありますので仕方なく……」
すげー早口でツンデレ定型文を並べるのはやめろ。
「もうじき到着しますわ」
なんだろう。俺の記憶と違いすぎてまったく帰ってきた気がしないな。
大陸中央部の山脈を越えたあたりから大小様々な街が並びプールガートーリウムまで迷う心配もなかったもんだが、今眼下に広がる光景は……遺跡と言えば聞こえはいいが、ただ自然に浸食された何かの残骸と不毛の地。
果てしなく虚しい。
俺が、俺たちが夢を抱き築き上げた妖魔の国が、わずか千年で見る影もないとはな。
外から突然やってきた侵略者共に好き勝手蹂躙されて。
まぁ負けちゃった俺が悪いんだが。
だってなんか神聖なエネルギーに満ちあふれた勇者とか言う奴ら、強すぎるんだもん。
近付いただけで不死の体がボロボロ崩れるんだもん。
無理ですわ。
流石に人間族の寿命からして当時の勇者が生き残っているとは思えんが、当代の勇者が居てもおかしくない。
正面から復讐はリスクが高すぎる。
とはいえこのまま妖魔族が衰退していくなんてことは認められるはずもない。
まずは情報収集だ。人間族の急所を探り、当代の勇者に察知される前にケリをつけるか……
いや、それよりも奴らの不和を煽り自滅を狙うほうがより手堅いか。
なにより厄介なのは天上の存在だが……
今考えたところで、打開策が浮かぶはずもない。
それに裏切りのアウローラ・カーリタースの消息も気に掛かる。
「……さま」
こちらの体勢が整うまで、我ら妖魔族の存在を隠す必要があるな。
木を隠すなら森。
一つところに固まっているよりも、人間族の中に溶け込む方が安全かもしれん。
「主様っ!」
「な、なんだ突然大声を出して」
「もうっ! 先ほどから何度もお呼びしておりますのに! お応え下さらないからですわっ!」
なにやらロサがプリプリと怒っている。
相変わらず感情表現の大袈裟な奴だ。
「着きましたわよ! ここがプールガートーリウムの遺跡ですわ」
「ここが……」
俺の王城がほぼ跡形もないんだが……
かろうじて幾つかの城壁や堀の跡、崩れた塔、そして城の一部と思しき瓦礫が残っているだけだ。
しかし……
「なにか……結界が張ってあるな。邪魔するぞ」
かつての王城の領域に結界が張られていたので侵入してみた。
「さ、流石は主様ですわ……。我々が総力を結集して作り上げ勇者すら騙し通した結界を、いともたやすく……」
「おお……これは、素晴らしい……」
結界の中に入るとそこには、かつて栄光を誇ったプールガートーリウム城の輝かしい姿が健在であった。
結構覚悟してたから、なんかうるっとくるな……
よかった……残ってて……
懐かしい城門の前に降り立ち、そっと押し開けてみる。
「これは、修復……したのか?」
「ですわ。人間族に破壊された姿を結界に写し込み、その中で長きにわたり密かに修復を重ね、元の王城を再現したのでありますわ」
なんという……偉業……
資材の調達や搬入、労働者の管理、食料の調達や保管、日々の生活、人間族との争い。
一度壊滅まで追い込まれた妖魔族がここまでくるのにどれほどの苦労があったのか。
俺には想像もつかない。
俺は、素晴らしい仲間に恵まれていたんだな……
「ありが……」
「あぁぁぁるぅぅぅじぃぃぃさぁぁぁまぁぁぁあああっっ!!」
ズガァァァンッッ!!
なにかが途轍もない勢いで突進してきた。
「ちょっ! 主様!?」
驚くロサの顔が高速で流れていく……
油断していたため、10メートル程押し出されてしまった。
そして突撃してきたバカの後ろからもう一人、大柄で筋肉質な女性が歩いてくる。
俺の背は平均的な人間族の成人男性より頭一つ高い程度だったと記憶しているが、それより更に頭二つ程高い身長にゴリラのような肩幅。全身が筋肉の塊というに相応しいムキムキマッチョマンの変態だ。いや変態かどうかは知らんけど。
赤く腰まであるロングヘアーと褐色肌がいかにも活発で、長いまつげの下にある大きなつり目は常に何か獲物を狙っている猛禽類を思わせる。
だがその野性的な印象に不釣り合いなほど整った顔と溢れんばかりの巨乳を小さなシャツで押さえ込んだヘソ出しルックには、思わず生唾を飲み込んでしまう艶めかしさがある。
「あーあ、やっぱり我慢できなかったか」
頭をポリポリと掻きながらゴリラが宣った。
「なんか今、失礼なこと考えてないかい……主様?」
「いや、千年ぶりだというのに相変わらずの美貌だと思ってな、ハハ……」
「ふーん、嬉しいこと言ってくれるじゃないか。千年間溜まったもんを今晩吐き出させてあげようかしら、うふ」
あ、やっぱり変態だわ。
「ずるーい! 抜け駆けは許さないよ! 主様はボクと寝るんだからね! フランマは筋トレでもしてたらいいさ!」
突撃して俺の腹にアツい接吻をかましていたバカが吠える。
先ほどのゴリ……フランマ・エールプティオーとは対照的に、俺の胸より低い身長と華奢な体躯。短めに切りそろえたオレンジ気味の金髪がサラサラと揺れるような体全体を使った大きな動き。
しかし子供っぽい見た目に反して短パンから延びる白い太股はむちっとした肉感があり、今にもむしゃぶりつきたくなる色気を放つ。顔はバカのそれだ。
くりっとした丸く大きな目がチャーミングなバカだ。
「あー! 主様ボクにも何か失礼なこと考えてるでしょ! 分かるんだからね!」
わかってしまったか。
こいつにフォローはせん。調子に乗るからな。
「失礼なのはどっちかしら……? カニス・ルプス? それともバカ犬と呼んだ方がお似合いかしら」
額に青筋を浮かべたロサが、静かにバカニス……じゃなかったカニスの背後から頭を両手で掴む。
「犬じゃない! 狼だって何度言えば覚えるのさ! この堕落天使!」
「だ・て・ん・し! アンタこそいい加減覚えなさいな!」
「あははは! アンタら相変わらずだねぇ。主様がいない間はあんなに大人しかったのにさ」
「う、うるさいですわ!」
「ボ、ボクはいつも通りだし!」
「主様が戻ってきて二人とも嬉しいんだよ。もちろんアタシもさ」
ああ、なんか懐かしいなーこの感じ。
やっと帰ってきたって感じだ。
眠ってる間は、なんか長い夢でも見てるような気分だったけど……
やっぱりここが俺の居場所なんだな。
こいつらの為にも、俺の居場所の為にも、絶対に妖魔族をもう一度繁栄に導いてやるさ。
もう二度と、手放すもんか。
お読みいただきありがとうございました。