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20 妖魔の君、行商人に化ける

そういや主人公あんまり出てないな……城に籠もってちゃな……ということで、ちょっと外出させてみました。

「ほう、随分と質のいい紙ですね。ここらの羊皮紙より柔らかで薄く、色は濁っているが臭みもない。これなら曲げ伸ばしも気にせず何かと便利そうだ」


 サートゥマアルクスの庶民街にある雑貨屋で、長身を藍染の装束と頭巾で覆い隠した怪しい男が店主に語りかける。


「……なんか用かい。うちは堅気の店だ。面倒ごとはゴメンだよ」


 中年を過ぎたあたりの小柄な店主が訝しげに目の前の男をねめつける。カウンターの下では護身用の毒ナイフを握りしめながら、目の前の男の出方を伺っているようだ。


「そう警戒するな。こうして珍しい品を仕入れては売り歩くのが俺の仕事なんだ」


 男は芝居がかった話し方でおどけてみせ、頭巾をずらし顔を晒す。

 だが藍染の下から現れた素顔を見る間もなく、その怪しく金色に輝く双眸に射抜かれた店主は男の妖気に魅了された。


「ああ……なんと甘美な輝き……。私めにお答えできることであれば、なんなりと」


 腰から背筋を駆け上るような快感に包まれた店主は、静かに男の前に跪いた。



   卍   卍   卍



 あっけないな。

 この時代の人間族というものは、妖術に対してなんの抵抗も示さない。イーオンの加護とやらも末端の庶民には行き渡っていないのか。

 おかげで今やサートゥマアルクス付近までなら安心して出歩けるようになった。

 やっぱり部下の報告だけじゃなく生の情報ってのも欲しいからなぁ。それにずっと城に籠もってるのも退屈だし。

 ん? まてよ……。

 こんなに妖術に耐性が無いなら、可愛子ちゃんを見つけて魅了しまくれば……。ちょっと気分転換に、人間族ハーレムも作っちゃう? 腹が減ったらそのまま首筋にかぶりついて……な〜んて……。ぐふ。


「楽しそうですわね? 主様?」


 突然背後から金玉が縮み上がるような寒気が俺を襲う。

 なんだこの殺気は……。こいつこんなに強かったか……?

 振り返って確認するまでもなく、背後には凍てつく波動を携えたロサ・ルーベルが居た。

 ちなみに店主は泡を吹いて転がってしまった。


「ロサ。そのような殺気を安易に振りまくな。勇者の仲間にでも気付かれたらどうする」

「あら、それは失礼しましたわ。なにやら主様がとても楽しそうなお顔をされてましたので、つい」

「俺が楽しそうにしてたら殺気を飛ばすのか、お前は。なんだヤキモチか?」

「ばっ……はぁっ?! なななんですの?! 誰が誰にヤキモチなんて! 勘違いも甚だしいですわっ!」


 ロサは先程の射殺すような表情から一変、耳まで真っ赤に染まり顔をそらす。

 うんうん、やはり日に一度はこれだなぁ。これを見ないことには俺の一日は始まらない。


「店主よ、目覚めるのだ」


 ロサのせいで店主が気絶しているので、すこし妖気を当てて肝を冷やしてやる。

 すると、一度大きく痙攣したあとに脂汗をかいた店主が飛び起きた。


「は、ははっ。お呼びでしょうか。……ここは? ……ああ、ワシの店か。ん? ……あ、こ、これは、主様、ご機嫌うるわしゅう……」


「うーん。あまり耐性がないのも考えものだな。この調子ならすぐに壊れそうだぞ」

「主様の妖気を受けて死ねるのならこの者は幸せですわ。壊れた後は街の者に気付かれ騒ぎになる前に、失火で焼かれて貰いますわ」


 そういえば先日の報告でこの街の火消しを牛耳ったとか言ってたな。

 火事は様々な痕跡も消せるし、火消しのコントロールを握るというのも何かと便利でいいな。


「はて、壊れる? 焼かれる?」

 店主は少々混乱の目立つ様子で俺とロサを交互に見ている。その手にはちゃっかり毒ナイフなんか握っているが、アンデッドたる俺に毒で対抗しようとしていたとは、どこまでもついてない奴だ。


「この紙はどこで手に入れた。ここらでは見ない品だが。それと他に何か珍しい品は無いのか」


 行商人をやっているというのは何も出任せではない。日光を避ける為この格好で怪しまれるが、一応人間の行商人としての立場をそれなりに築いていく予定だ。

 少し話を聞くだけで妖術を使用していては、今回のように相手が壊れてしまい始末の手間が増える。

 それに街の中に溶け込み生活しているだけでも得られる情報というものはある。街でぶらついていても許される立場を築くのは取っ掛かりとしては大事なことだ。

 そのため、それなりに行商人らしく見える知識もつけなければならない。


「はぁ、その紙でしたら、最近オクネーリア様の研究に使うために王都の方で開発されたとかなんとか。どっから手に入れたのか知りませんが、こないだのキャラバンに乗ってた奴が少しだけ持ってるってんで、勇者御一行様のお墨付きなら金になると思って、買えるだけ買い取ったんです」


「オクネーリア……」

 たしか勇者の仲間で学者かなんかやってる奴か。

 先日ロサ達が争った際に謎の神聖魔法を使用したのもそいつだったな。


「あの糞人間ですわね。忌々しいですわ」


「しかしそんな国家機密に触れかねない品が、こんな国境付近まで流れてくるとはな」


 たしかに良い品だ。

 勇者関連というのが癪だが、俺のコレクションに加えてもいいくらいの出来だ。


「この紙はいい品だが、そういった由来なら人前に出すには少しはばかられるな。他にもう少し行商人として自然な出自で珍しい品は無いのか」


「はぁ、それなら、こっちの地図なんかどうでしょうか。どっかの貴族が冒険者に依頼して大陸中を歩き回らせて作った地図の写しらしいんですが、なかなか貴重で手に入りませんよ。ちょっと古いですが」


 店主がカウンターの奥の床下から、何枚もの羊皮紙を縫い合わせた巨大な地図を引っ張り出してきた。

 地図か……。

 俺が上空を飛び回って確認すればすむ話ではあるが、人間族にはそれなりに貴重な物なんだろう。


「それはいいな。しかしこんな庶民街のありふれた雑貨屋に、なぜこうも珍しい品が揃っているんだ」


「なにを仰っているんですか。商売がどうにもならなくなった時の食い扶持に、こういう珍しい品をこっそり持っとくのは常識ですよ。ワシら税やなんやかんやで現金はあまり手元に持てないんですから、物で持っとかないと。……ん? ここは……、ああ、ワシの店か。なんだお前は。やや! 主様、ご機嫌うるわしゅう……」


「そういうものか。なるほど、参考になるな」


 さて、そろそろこいつも壊れてきたな。

 いい品も手に入ったし、このあたりで退散するか。


「ロサ、あとは任せたぞ。俺はもう少し街を見てからスケレトゥスの報告を受けに城へ戻る」


「わかりましたわ。街には警護の者を潜ませておりますが、くれぐれもお気をつけてですわ」

「わかっている」


 さて、ネブラの方は無事だとは思うが、天上教の地下組織の方はどうなってるかな。

 勇者の仲間が使ったらしい神聖魔法について何か情報が得られればいいんだが。

 なにから手を付けていいやら、昔みたいに力づくで進められないというのは難しいもんだな。



お読みいただきありがとうございました。

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