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19 霧の妖魔、人間社会に溶け込む

なんとなく気楽な回です。

「ふんふんっスー」

「あら、随分とご機嫌じゃないかい、()()()ちゃん」


 ここは王都エーヴィヒカイトとオウミテッラの間にある宿場町のひとつ、バッフ。この街には貴族向けのホテルから旅人向けの素泊り小屋まで様々な宿があり、その中でも行商人や冒険者などから人気の酒場兼食堂一体型宿屋〈陽だまり亭〉に、ネブラは滞在していた。


「いやー、ちょーっと休んでくだけのつもりだったんスけどねー。こんなにお茶も飯もうまいんじゃ、なかなか出ていけないっスよー」

「あらー、嬉しいこと言ってくれるわ。お茶のおかわりいるかい?」

「いただくっスよー」


 そう答えてネブラはここ最近お気に入りになっているハーブティーのカップを差し出しつつ、周囲の会話に耳を傾ける。


『聞いたか……オウミテッラで例の、ガストリマルギアとオクネーリアが暴れたって話』

『ああ……なんでも街一番の飯屋でもてなされたのに、料理が気に入らないって店ごとぶっ潰したとか』

『ええ? 俺が聞いた話じゃ、グールが出たって噂の調査に来たはいいが見失って、腹いせに暴れ回ったって話だぜ』


『アタイ見たのよ……、オクネーリアの奴がさ、なんだか気味の悪い頭巾で顔隠した輩に襲われて、いいようにやられっぱなしだったの』

『ははは、何を馬鹿な。あのオクネーリアを圧倒できるような戦力があれば、とっくに王家に召抱えられてるだろうさ』


『儂はな……、こう見えて若い頃は結構モテたんじゃよ』

『まーた始まったよ』


『ガストリマルギアの野郎が食事中についに襲撃されたって? がっはっは! ざまぁみろってんだ!』

『あんたそんな大声で、誰かに聞かれたらどーすんのさ』

『かまやしねぇよ。あいつら庇うようなお人好しがどこにいるってんだ』

『まぁ、それもそうだねぇ』


「はいよ、特別にレモンもつけといたよ!」

 目の前にネブラの倍はある太い腕が伸びてきてサービスのハーブティーを豪快に置かれたことで、ネブラの意識は覚醒する。


「おー! 気が利くっスねぇ」

 ネブラは適温に冷まされて出てきたハーブティーに、添えられたレモンを絞り風味を確認する。

 お気に入りの味に柑橘の酸味が加わり、より爽やかになったことに楽しみを覚え、こういった楽しみ方もあるのかとネブラのグルメ脳が更新される。


(にしても……)


 ここ数日、体を癒やしほとぼりが冷めるのを待つついでに情報収集を行ってみたが、どうにも聞こえてくる話では勇者御一行の嫌われ方がすごい。

 かつて人間族を率いてこの大陸に乗り込み、妖魔族との戦いでも率先して活躍した勇者一味は、それはそれは人間族から憧れの的のように扱われていた。

 霧の妖魔という特性を活かし諜報活動の真似事も担当したネブラは、当時の熱狂具合をその目で見ている。

 だからこそ、この時代の勇者たちに対する軽蔑ぶりには心底驚いていた。


(勇者ってのは、人間族のまとめ役みたいなもんじゃなかったんスかね……。王都の方ではもうちょっと、勇者に対しては好意的な感じだったっスけど)


 そんなふうにぼんやりと周囲の会話を聞きながらハーブティーを楽しんでいると、ふと見知った気配を感じ取った。

 どうやら迎えが来たらしい。


「うーん。ちょっと残念っスけど、そろそろ行くっスよ。お茶、うまかったっス」

「あいよ! またいつでもおいで! ()()()ちゃん」


 ネブラは懐からチップの大銅貨を一枚取り出しテーブルに置くと、珍しく気に入った人間族に微笑みを向け、足音もなく立ち去った。その歩法に幾人かの冒険者が目を見張るが、二度と訪れることのないネブラには構わなかった。


 宿から離れ路地裏へ行くと、隅のゴミ置き場から蠢くニ頭身の骸骨が現れる。


「お邪魔でしたかな?」

「なーに言ってんスか。待ちくたびれたっスよ」

「ホホホ。それにしても随分と人間族の社会に溶け込むのがお上手ですな。おかげで街の外ばかり探していた部下には良い訓練となりました。そちらの貨幣などは人間族から奪ったとしても、使い方などはどちらで?」

「なんスか? 人間族の暮らしなんかに興味あるんスか? 意外っスね」


 ネブラはこのスケレトゥスというアンデッドがいまいち好きではなかった。そのため、つい素っ気ない対応になってしまう。


「これからの我々の活動には必要な情報ですので。どうか包み隠さずご教授願いたいものですな」

「まぁ、うちの得意分野ってことで」

「なるほど。ではウカミなる偽名の由来などはいかがですかな」

「しつこいっスね。ま、名前の方は教えてやってもいいっスけど。うちは霧になって周りを伺い見て情報収集をするのが得意っスから」

「ほほう。伺い見るからウカミですか。なかなか良い名前ではないですか。ホホホ」


 こいつがホホホと笑う時はろくな事を考えていない。

 そう思いながらネブラは、先程のハーブティーの味を思い出し、目の前の骸骨から意識を逸らすのであった。


(うーん。あのお茶をもう飲めないのはちょっと惜しいっスね。どっかで手に入らないっスかねー)


 ネブラはそのハーブの名すら聞かず立ち去ったことを、少し後悔していた。





お読みいただきありがとうございました。

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