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18 地下組織、始動する

少し間が空いてしまいました。

これからもマイペース更新にお付き合いください。(開き直り)


語られる、勇者の力の真実……!

 王都エーヴィヒカイトにある天上教の総本山エファンゲーリウム大聖堂。およそ2時間近くも熱心に祈りを捧げてから立ち去っていく勇者の背中を冷ややかに見つめる司祭がいた。


「リーベ神父、こちらです」

「ああ……今行く」


 歴史ある天上教には二つの巨大派閥がある。

 一つはかつて人間族を創造し導いた天上の存在イーオンを崇拝するイーオン派。そしてもう一つ、各地に様々な理由で潜んでいた反体制的思考の持ち主を吸収し、ここ百年程の間に急速に発展した地下組織。

 かつてイーオンに手駒として利用された人間族。それに滅ぼされる以前、妖魔族を束ね歴史上初めてこの大陸を支配していた妖魔の王、アエテルニタス・ノックス。かの存在こそがこの世界の正統な王であるとする一派、ノックス派。


 ここイーオン派の本拠地エファンゲーリウム大聖堂にも、多数のノックス派が潜み、日々情報交換などを行っている。

 今日はそのノックス派の主要人物を招集した重要な集会が開かれることになっていた。


「勇者の奴が何か嗅ぎつけたかと思ったが、杞憂であったか」

「はい。勇者のスキル《天上の目》には最大限の警戒を払っておりますが、今のところは例の人魚の妖魔や先日スラムに現れたという強力な妖魔の痕跡をたどっているに過ぎません」

「くれぐれも油断はするなよ。今日の集会で皆理解するだろうが、今まさに我らの願いが成就されようとしている。この機会を邪魔される訳にはいかんのだ」

「それでは、やはりついに……」

「ああ、ようやくこの時がきたのだ」


 司祭たちが時間をずらし一日もの時間をかけて少しずつ集結したそこは、大聖堂の地下に作られた結界の間。

 誰がいつ、どのような方法で建設したかは伝わっていない、人間技とは思えぬ巨大な聖堂が地下深くに存在していた。そしてここへ至るには、代々ノックス派に伝わるとあるアイテムを使用し結界を通過するしかない。


 時刻は深夜。

 地下聖堂のサンクチュアリには聖卓を挟んで信徒席のノックス派幹部たちと向かい合う一人の女性がいた。

 

「あれは……どこぞのシスターか? なぜ、あのような末端の構成員が、あのような場所に……!」

「口を慎め。今やあのお方は我々の指導者であり、アエテルニタス・ノックス様と唯一交信を許された存在だ」

「そんな……ありえない……」


 既に一部の事実を知る幹部に対して、まだ重要な情報を知らされる立場にない司祭の一部がざわめく。

 そしてその喧騒を貫くように、芯の通った声が地下聖堂に鳴り響く。


「本日はよくお集まりくださいました。私はシスタークラーウィス。この天上教の中でも、地下組織ノックス派の中でも、取るに足らない末端の信徒にすぎなかった私が、なぜこの地下聖堂のサンクチュアリに立ち入りを許されているのか。なぜ皆さんの前に立ち話すことを許されているのか。疑問に思っている方も多いでしょう。まずは順を追って話しましょう。私がこの世界の王、アエテルニタス・ノックス様との謁見を果たし、この組織の指導者として選定された経緯を」



   卍   卍   卍



 その日は間違いなく、天上教の歴史に刻まれる転換点となった。

 ただのシスターの戯言と、誰も断じることができなかった。

 なぜなら、祭壇の彼女シスタークラーウィスから滲み出る妖気はまさに高貴な妖魔のそれであり、さらには彼女の傍らに浮かぶ妖気の塊が、あまりにも美しく甘美な光を放ち信徒を魅了したからだ。

 その妖気の塊は、信徒の目視を許さなかった。しかしその場に集った彼らには、たしかに美しい少女のような姿を幻視させた。


「よくできたわ、クラーウィス。人間族にしておくには勿体ないくらい、あなたの妖気は綺麗だわ」

「そんな……畏れ多いですわ。私めのような下賤の者に、そのような……」


 ノックス派信徒の大半が捌け、幹部のみが残った地下聖堂で、それはようやく姿を現した。


「御機嫌よう、人間族の中にあって()()()()()()()()()


 彼女がそう声を発すると、その場に居た全ての者が静かに跪く。


「この場に残した者には、私の前で声を発することを許すわ。けれど、私に逆らうことは許されない。そしてそれは、このクラーウィスに対しても。これより彼女の言葉は、私の発言の次に優先されるわ。異論はないかしら?」


 幹部たちは一様に、恍惚とした表情を浮かべ彼女とクラーウィスへ忠誠の意を示す。


「まさか、またこうしてお会いできるだなんて……。アウローラ様。私めは、かつて幼少の頃に貴女様より教わったとおり、一心にこの血を磨いて参りました。その努力が、ついに報われたのですね……」


「そうよ。貴女はあのお方のお口に合うまでに血を磨きぬいた。そして、運命の導きによりあのお方と巡り会えた。ただの人間にはどうあっても不可能なことよ。私の見込んだ通り、貴女は特別だったわ」


 全ての罪が赦されたと錯覚するような微笑みを向けて、アウローラはクラーウィスを祝福する。 


「私はまだ、表の世界に出ていくわけにはいかないの。天上に潜むイーオンがあのお方を狙う限り、あのお方のお側に居てはお守りできない。私は、イーオンに存在を悟られることなく、あのお方のお力にならなければいけないのよ。その為には、貴方たちには同族を滅ぼすという業を背負って貰わなくてはならないわ」


「元より同族とは思っておりませぬ。真なる王の為、その罪を背負う覚悟は、とうに済ませておりますゆえ」


 クラーウィスの登場以前にはノックス派を束ねる立場にあったリーベ神父は、アウローラの妖気に心臓を掴まれる中ようやくの思いで発言した。


「よろしい。ならばまずは、愚かにもイーオンの手先となり妖魔族を嗅ぎまわる下賤の犬、勇者一味を追い込むのよ」


「追い込む……とは? 恐れながら、かの勇者一味と戦って敵う存在は、我々人間族にはおりませぬ」


 リーベ神父は冷や汗を垂らしながら、アウローラの考えを理解しようと全力で思考を巡らせつつ尋ねる。


「それは正面から武力により衝突した場合に過ぎないわ。イーオンの助けを得たといっても、所詮は人間。私はこの千年もの間、人間族を観察してきたわ。そして気づいたの。貴方たち人間族は、孤立して生きることができないということに」

「孤立……。勇者一味を、人間族社会から孤立させるということですか。しかし、奴らと敵対すれば、我々などひとたまりもなく……」


「勇者の力。イーオンの加護。貴方たち人間族がそのように崇める力の正体を、考えたことはあるかしら」


 アウローラは全てを見透かしたような眼差しで、信徒たちと目を合わせていく。見つめられた信徒は慌てて答えようとするが、そもそもそのようなことは考えたこともない。


「ただ、人間族を生み出したイーオンの力、としか……」


 クラーウィスが己の無知を恥じながら答える。


「そう。貴方たちはイーオンの正体に迫ることについて、考えることを許されない。それは貴方たちの先祖にかけられた呪い。だからこそ、私が導いてあげるわ。イーオンの力の正体。それは、人間族から集めた信仰……とは名ばかりの、生命力」


「せ、生命力……?」


 これにはさすがの信徒たちもうろたえ、ざわめきが起こる。


「すごく簡単なことよ。なぜ、同じ人間族である勇者が、イーオンに選ばれたというだけで超人的な力を得るのか。なぜ、かつて天上の存在たるイーオンをも怖れさせた妖魔族が、人間族如きに敗れたか。それは、貴方たち人間族全体から吸い上げた生命力を、極一部の者に与えているにすぎないの」


 アウローラの言葉に、誰一人として反応を示すことができない。

 彼女の言葉を聞いた途端に、それまで霧がかっていたものが晴れていくように、彼らの頭は冴えていく。

 なぜ今までそれについて考えなかったのかと、自らを疑いたくなる程に、その言葉はしっくりと頭の一部に収まった。

 それと同時に彼女の言わんとすることも、稲妻が走るようにして彼らの頭を駆け巡った。


「つまり……。我々人間族がイーオンへの信仰を捨てれば、勇者の力は消え去る……」


「うふふ。そういうことよ」


 不敵に笑うアウローラの目は、けれど彼ら信徒を嘲笑っていた。

 人間族の生命力がイーオンに力を与えている。

 その事実から導き出されるもう一つの回答に、彼らが辿り着くことはない。それはアウローラの術によるものか、あるいはそれに気付くことを自ら避けているためか。


「貴方たちの手によって、イーオンの力を削ぎ、勇者を弱らせ、そしてイーオンの威を借る勇者を孤立させるのよ。そうすれば、勇者なんて単なるゴミに成り下がるわ」


 アウローラの透き通ったガラス玉のような目は、もはや目の前の人間族を捉えていない。

 彼女はただ、はるか西の地に感じる彼の妖気を見つめていた。



お読みいただきありがとうございました。

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