プロローグ ー妖魔の君、目覚めるー
初投稿です。
スマホで書いてるので見づらかったらすみません。
2019/10/25:設定が固まってきたので矛盾点を改稿しました。
王都エーヴィヒカイトから500km程西南にある大きな湖〈ヴィワラクス〉。
その近辺に栄える商業都市オウミテッラから王都を目指す一台の馬車があった。
日の出と共に出立した一団は、今日中には危険な山道を抜け、100km程先にある宿場町へ到着する予定であった。
そのため大量の貨物を輸送するキャラバンには4頭の馬をつけ、周囲を歩く護衛は僅か4人の少数精鋭であった。
しかしそれが裏目に出た。
道のぬかるみにキャラバンの車輪がはまり、抜け出せなくなってしまったのである。
最大積載量ぎりぎりまで詰め込んだキャラバンは6トン近くもの重量となり、護衛の4人と奴隷1人の力ではどうにもならない。
馬車を押す護衛達の態度もどこかやる気が無いように見え、商人は焦り奴隷に当たり散らす。
4頭立てのキャラバンとはいえ積載量もあり時速10kmも出ていない。
道によっては時速5km程で走行していたのだ。だというのに辺りは既に日が傾き始めており、予定の宿場町まではまだ30kmはある。
このままでは、よりによって一番警戒していたこの山道で一夜を明かすことになりかねない。そして日が暮れれば恐らくは……
その夜、オウミテッラから東に70km程にある山道で、一台の馬車が襲われた。地元で悪名高い山賊団〈ヴロミコ〉の仕業であった。
そして争いのさなか流血を浴びた一つの貨物が妖しく光る。それはかつて人間族の王国が統一される遙か昔、妖魔の国と畏れられた〈プールガートーリウム〉の遺跡から出土されたとされる、どす黒く硫化した銀の鏡であった。
王国歴108年、世界の運命が変わった瞬間であることを知る者はいない。
卍 卍 卍
「ふあーぁぁ、あー、よく寝たなぁ」
途方もなく長い夢を見ていた気がする。
目が覚めた瞬間、夢と現実の記憶がごっちゃになり、状況がうまく掴めない。
自然と腕が上がり背中の筋を伸ばすと、肩や首からコキコキと音が鳴る。
なんとも気持ちのいい目覚めだ。
あれからどうなったのだろう。
大陸の外から侵略してきた人間族、そして奴らを率いた勇者と天上の存在。
今、この周囲には奴らの気配は感じられない。
しかし我々妖魔族の気配もない。いや、かすかに残り香のようなものは感じるが。
戦乱は収まったんだろうか。
王である俺が勇者に敗れたのだ。妖魔族も無事ではあるまい。
いったいどれほどの時間が経っているのか。
辺りを見渡すと、何やら木材でできた狭い部屋の中にいるらしい。
暗くて湿り気があって、生臭いような気がする。
傍らには商人風の男が倒れている。
血は大量に流れてしまっており、エサにはなりそうもない。
部屋の壁があちこち壊れていて外が見える。
外は見覚えのない森、時刻は幸いにも夜だ。
月は……上弦の月、ということはまだ夜は浅いな。
活動時間の猶予があるのはいいことだ。
休眠の依代を務めた銀の鏡はどす黒く変色し粉々に砕けている。
まぁ、急ごしらえの品だったしな。もった方だろう。
それより腹が減った。
先ほどからエサの匂いが近寄ってきている。
「おー、何だぁ? まだ生きてる奴がいたか」
なかなか活きの良さそうなエサが現れた。
だが、まずは軽く情報収集といくかな。
「おい、生き残りだぁ!」
「ひゃっはー! 俺にやらせろー!」
気配が集まってきているな。31人、なかなか豪勢な夕食になりそうだ。
「今は……大陸歴何年だ? 妖魔族と人間族の争いはどうなった。ここはどこだ」
無駄だろうが一応コミュニケーションを取ってみる。
とりあえず反応を見るため質問を並べてみたが、どうやら上手く伝わっていないかな。
「なんだぁこいつは。どっかのボンボンかー? 変な格好しやがって、今の状況もわかんねーとは哀れだなぁ」
「頭! コイツ結構良さそうな生地の服でさ! 服は殺した奴のモンにしましょーや!」
「そりゃーいいぜ! 頭ぁっ! 頼んまさぁ!」
「ったく、しゃーねぇなぁ。俺は男ひんむく趣味はねぇんだ。てめぇら勝手にしろ」
「しゃっはぁ! つーか男ってもかなり美形じゃねーかよ! これなら全然ありだぜぇ!」
「ぎゃはは言えてるぜぇ」
はなからまともなコミュニケーションは期待してなかったが、この格好も時代遅れなのかな?
奴らのみすぼらしい姿を見るに、人間族の中でも貧困層だとは思うが。
それとも人間族ではこれが一般的な質なのか……
当時は争ってばかりで奴らの生活なんぞ見なかったからな。よくわからん。
まぁいいや。
そろそろ腹ごしらえといこうか。
卍 卍 卍
「おぎゃいえええあああああっっ!!」
近くから男の断末魔が聞こえてくる。さっきからこれでもう7度目だ。
B級に昇格して最初の仕事だってのに、ツイてない。
冒険者ガスターは己の不運を嘆かずにはいられなかった。
後ろをびくびくと付いてくる白いローブの小柄な女性、アンナに気を使いながら、先導するライアンの背中を見つめる。
そもそも、今回の依頼は王家からの密命であり、数多くの冒険者が駆り出される一大プロジェクトだ。
断れるはずもないし、断るほど危険な内容でもなかった。
ガスターの組は、オウミテッラから近くの宿場町へ急行する馬車の護衛……ではなく、彼らの様子見にすぎない。
護衛にはB級の中でも戦闘力のあるベテラン4人がついており、たとえトラブルに巻き込まれても心配はなかった。
ただ一カ所、途中の山道には一級指定山賊団ヴロミコが出没する恐れがあり、そのためガスターの他にも多くの冒険者が組に別れ、周囲の警戒や馬車の追跡を行っていた。
これだけの戦力があれば、たとえヴロミコの襲撃にあってもガスター達が死ぬ危険は無いだろうし、何事もなければこの程度の安全な仕事で破格の報酬と名誉を得られる。
そしてこの仕事が終われば、後ろを付いてくる華奢で可憐な(ガスター視点の評価だが)アンナと籍を入れ、得られた報酬で王都に家を買う予定だ。
あと少し、あと少しで全てが上手く行く。
そう思い見守っていたガスターの期待はいとも容易く裏切られ、馬車がぬかるみにはまり、商人達が焦っているうちに示し合わせたようにヴロミコの一団が現れた。
すると護衛に付いていたベテラン冒険者4人はなぜかヴロミコと共謀して商人を襲いだし、援護に駆けつけた冒険者達と争い始めた。
ガスターは目の前で起こっていることが理解できなかった。
いや、護衛の4人は初めからヴロミコと通じていたのだ。そんなことは理解できる。しかし、受け入れられなかった。
とにかく、この事態は手に余る。
直ちに宿場町で控えている上役に報告しなければ。
そう考え退却しようとしたガスターが目にしたのは、一足先に同じ考えに至った他の冒険者達による裏切りであった。
ヴロミコ側にも周辺の冒険者達の情報は漏れている。そのため、このままただ退却するより誰かを囮にして一部の者が報告に走る方が合理的だ。ただ、知らず囮にされた他の冒険者達は納得できるものではない。
囮の側に回ってしまったガスター達は、閃光と共に派手な黄色の煙を上げる発煙筒を後方の味方から投げつけられ、ヴロミコの注目を集める。
襲ってきたヴロミコを必死に切り捨てながら後退し、味方だった者達の断末魔の叫びをききながら木々の陰に隠れているうち、あたりは静かになっていった。
ヴロミコ達が馬車の方に集まっていく気配を感じる。
どうやら召集がかかったらしい。
生き延びた。
ガスターとアンナは互いに目を合わせ、安堵の息をつく。
だがヴロミコと馬車の様子を確認しに行ったライアンが戻ってこない。
遠く前方に見える彼の様子を伺うと、何かを見つめて固まっている。
いつも周囲の気配に敏感なライアンが、こちらの合図にも気づいていないことに疑問を覚える。
右足の痛みに表情を歪めながらガスターはアンナを先導してライアンの方へ近づく。
そしてその先に広がる地獄のような光景に、ライアンと同じくただ固まるしかなかった。
足が竦み息がうまくできない。顔から異常な汗がわき出る。視界が明滅する。
極度の緊張状態に陥り、もはや逃げるだとかそう言った考えは頭の中から消え失せていた。
馬車の近くに集まったヴロミコ達。
悲鳴一つあげることなく石のように固まった彼らの首筋に食らいつく、あまりにも現実味の無い眉目秀麗な男。
肌は死人のように青白く、鼻はこの辺りで見ないほど高く、口からは牙のような犬歯が伸び、白目の部分は赤黒く染まっている。
それはこの時代において伝承の中の化け物。
人間族がこの大陸東部を統治する遙か昔、西の地に妖魔の国と畏れられた〈プールガートーリウム〉。そこで歴史上初めて大陸中を蔓延る魑魅魍魎を束ねた妖魔の君。
人間達の理解の外にある存在が復活を果たした、まさにその瞬間に立ち会ってしまったのであった。
卍 卍 卍
久々の食事は実に美味だった。
太く新鮮な首筋にかぶりつき、吸う。この喉ごしがたまらない。
嚥下して胃袋に落ちた新鮮な血の香りが、食道を上ってきて鼻から抜ける。どろりとした食感が喉に残る。
おっと、まだ生き残りがいたかな。
木々の隙間から複数人の気配がして食事を中断する。
「がすたぁ、あれって……」
「おそらくだが……いや、ありえんが、しかし……! あれは、伝承にあるヴァンパイアではないのか……」
「まじかよ……勇者に殺されて滅んだんじゃなかったのかよ……!」
なにやら怯えた様子の小柄なローブ姿の女性が目の前の大男に尋ねた。
大男の隣ではひょろ長い体躯のロン毛な青年が青ざめている。
大男は甲冑に野太刀のようなものを身につけており、ひょろ長は皮の鎧のようなものを装備し弓と矢筒を背負っている。
先ほどの山賊らしい奴らよりは、いくらか話が通じそうな気配がある。
「今は大陸歴何年だ? このあたりは誰が治めている」
「え、えと」
「惑わされるな! 奴らはああして意味不明な言葉で巧みに人心を惑わすと聞く! 術にかかる前に、やるしかない!」
「は、はい!」
「まじかぁ……やるしかねぇのかよ!」
「このまま逃げられるものかよ! とにかく隙を作るんだ!」
はぁ、こいつらも話が通じんぞ。
ちょっと眠ってる間に言語まで変わっちまったか?
「ぎゃっ」
おっと、弓なんか構えるから切り裂いてしまった。
「ライアンッ!!」
「うそっ、あんな距離から……どうやって……」
ん? ヴァンパイアと戦うのは初めてなのか?
そういや先ほど滅んだとかなんとか聞こえたな。
この程度の距離は何の意味もなさないんだよなー、悪いけど。
「お前にも俺の血をくれてやろうか。手下が欲しかったところだ」
切り裂いてしまい血を吸えそうもないので、この弓兵には血を分けてグールにでもしておこう。
知能が消えるから情報の引き出しには使えんが、何かの役にたつかもしれん。
「血が……青い……っ」
「やはり本物かっ!」
え? そこ驚くとこ?
こいつら妖魔族見たこともないのか? 血が青かったり紫だったりいくらでも居るぞ。
いったいどうやって今まで生きてきたんだ……
いや、もしや俺が眠っている間に妖魔族が滅びたとか?
だとしたら結構ショックだぞ……
かつてあれほどの繁栄を誇ったのに。
よく俺も無事だったもんだ。
やはり依代に籠もって眠っていて正解だったな。
「ガスター! 上になにかっがはっ……」
「あ、アンナ!! がはぁっ」
なにやら上空から懐かしい匂いが漂ってきたと思ったら、天から降り注ぐ光の槍に貫かれエサ共がやられていた。
今の技は、たしかかつて仕えてくれた堕天使の……
「間に合ってよかったですわ……」
絶世の美女が空から降りたった。
白く透き通るような肌に薄く染まった頬。そして少し乱れた艶やかな緑色の髪は肩に掛かり、シンプルで体のラインが際立つ紫のドレスに包まれた豊満な胸と折れそうな腰、きゅっと引き締まった尻からのびる肉付きのよい太股。
鮮血のような赤い瞳が俺を射抜く。
「お迎えに上がりましたわ。
我らが妖魔の君、アエテルニタス・ノックス様」
やはり彼女だったか。
なんだか少し雰囲気が変わったかな。
「久しいな。相変わらず美しい」
「は……はあ!? ば、ばっかじゃないの!! ぶっ殺しますわよ!!」
うんうん、やはりこの反応がないと彼女らしくない。
白い顔を耳まで真っ赤に染めて狼狽える、生粋のツンデレ堕天使ちゃん。
「ロサ・ルーベルよ。まずは落ち着ける場所へ案内してくれないか。夜が明ける前にな」
「もう……急に真面目な顔にならないでくださいまし。ズルいですわ、千年ぶりにお会いできたといいますのに」
「せ、せんねんっ!?」
「あら、そのようなお顔もなさりますのね、主様」
まじかー。
千年て、流石に寝過ぎだろ、俺。
こいつらの前ではちょっとキャラ作ってんのに、素でリアクションしちゃったよ。
「そういえば、他の奴らはどうしている? まさかロサが最後の生き残りというわけではあるまい?」
「もちろん、みな息災ですわ。今はプールガートーリウムにて主の復活の時を待ち眠りについておりますわ」
「今活動しているのはロサだけか?」
「私を含めて5名、内2名がプールガートーリウムの守備、残りが主様の依代を捜索しておりましたわ」
「依代を捜索? そういえば俺はプールガートーリウムで眠りについたはずだが」
「……裏切られたのですわ。あの忌々しき怨敵、アウローラ・カーリタースに……っ!!」
アウローラ・カーリタース……
あのヤンデレちゃんか……やりかねんなー……。
大方俺が眠りにつくのが許せず無理心中でもしようとしたんだろう。
だが急ごしらえとはいえ、俺の余力を全て注いだあの依代はそう簡単に破壊できるものではない。
「なぜ人間族の手に渡ったかは分からんが……まぁ、だいたいの事情はわかった。千年も探し回るとは、お前にも苦労をかけたな、ロサ」
「い、いえ。この程度、当然のことですわっ! わ、我らが主様の為ならば、千年など……その、長かったですけど……」
鮮血のロサ・ルーベルが涙目に……
そりゃー千年は長いよな。
俺でも堪えるわ。
「では、まずはプールガートーリウムに眠る仲間達を目覚めさせるとするか」
「はいですわっ!」
お読みいただきありがとうございました。