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17 勇者、やはりチート持ちだった

勇者はチートを持つものである。

 王都エーヴィヒカイトの中心地広場に空を覆い隠すようにしてそびえ立つゴシック建築の巨塔。人間族統一国家クフエドゥヴァ王国の国教であり、人間族最古の宗教でもある天上教の総本山、エファンゲーリウム大聖堂。

 天を貫くように伸びた尖塔は人々を監視するように見おろし、頑丈なカマボコ型(リヴ・ヴォールト)飛梁(フライングバットレス)に支えられた巨大な胴体や、神話をモチーフにした色鮮やかなステンドグラス、そしてぽっかりと開いた尖頭アーチの入り口は、訪れた者をその腹に収めようと大口を開いたドラゴンのような威容である。


 この国を治めるワガトゥーク王家の宮殿よりも大きな、まさに人類の象徴たるこの大聖堂には、絶えることなく信者が訪れる。

 その中には、天上の存在イーオンに選定され勇者と唄われる人類の守り手、ヒュペレーパニアの姿もあった。

 彼は困ったことがあると必ずここへ訪れ、イーオンに祈りを捧げ、その導きを請うのだ。

 

 通常、人間族に天上族の操る古代言語を理解することはできず、その声を聞き取ることすら叶わない。しかし、神聖魔法を極めし一部の者やイーオンに選ばれた者は、祈りを捧げることによりイーオンの声を聞くことができると言われていた。


 勇者ヒュペレーパニアもその一人である。

 

「イーオン様。今この世界には、かつて妖魔の王と戦った時代に匹敵しうる巨悪が生まれつつある……いや、まさにその妖魔の王そのものが復活を果たそうとしているのではないでしょうか。近頃の強力な妖魔の出現や、妖魔族の行動に見られる不可解な点、さらには西の空より時折感じる異様な妖気……。これは……」


『聞け。妖魔の王。甦った。妖魔。人間。溶け込む。人間同士。争う。なる。お前の仲間。敗れた。天使の輪。見られた。妖魔の王。恐ろしい。もう一人。妖魔の王。この世界。終わる。人間族。終わる。我々。終わる。全て。終わる』


「なっ……、そん……な……」


 もう既に、復活していると言うのか……? 妖魔が人間族に紛れ込んでいる……? いや、それよりも、俺の仲間が敗れた? 妖魔に? そんな話は……。もし天使の輪が見られ対策を練られたとすれば、俺たちの切り札は無くなる……。

 だが、そんなバカな。俺が選び集めた奴らがそう易々と妖魔に敗れるはずがない。それに、仮にあの人魚の妖魔に匹敵する強敵が現れたとしても、天使の輪さえ発動させれば捕り逃すことはない。

 しかし……イーオン様は、見られたと仰った。恐ろしき妖魔の王に、見られたと。

 そして……

 

 もう一人、妖魔の王……?

 この世界が、人間族が、イーオン様までもが、終わる?


 何を……仰りたいのか。

 ダメだ。理解できない。


 この世界を支配すべきは我々人間族だ。

 天上から世界を見守ってきたイーオン様により生み出され、この大陸へ導かれ、妖魔族を打倒しここまで繁栄してきた、我々人間族こそが、この世界の支配者。

 

 たとえ妖魔の王が勇者に匹敵するほどの力を持っていたとしても、イーオン様の加護を受けた俺が負けるはずがない。


 くそっ……!

 せっかくイーオン様のお言葉を賜ったというのに、なぜ理解できない。

 イーオン様は、俺を試されているのか?

 その試練を乗り越え認められなければ、我々人間族は終わると仰りたいのだろうか。


 つまり、選ばれし俺の行動に、人間族の未来がかかっている……。そう、仰りたいのだろう。


 ならばこの試練、なんとしても乗り越えてみせる……っ!!

 まずは間抜けを晒しイーオン様を失望させた、俺の仲間とやらの粛正からだ。

 俺の覚悟をイーオン様に示さなければならない。


 勇者ヒュペレーパニアは決心を新たに、迷いの消えた晴れやかな笑顔で大聖堂を後にした。

 


  卍   卍   卍



「お前か、オクネーリア。妖魔如きに敗れ、さらには切り札となる天使の輪の情報までも妖魔族へ漏らした、大罪人は」


 オウミテッラでの戦闘を生き延び、その驚異的な強さを誇る妖魔の存在を勇者へ報告したガストリマルギアは、こうなることを予想していた。

 勇者ヒュペレーパニアは、イーオンへ祈りを捧げることで神託を受け、この世界のあらゆる情報を得ることができる、天上の目という能力を持っている。そのため、自分たちの失態も既に知られているものと考え、勇者から逃げるという選択肢を放棄したガストリマルギアは、包み隠さず経緯を報告したのだ。

 その結果、切り札たる天使の輪を晒したオクネーリアについては、その場で切り捨てられる可能性もあるだろうと、ガストリマルギアは冷めた頭で考えていた。

 問題は、その裁きの剣が自分の方へ向かない為にはどうすればよいか。そればかりを必死に考え続ける彼の隣では、勇者の圧倒的な殺気を受けているにも関わらず、頭に血が上り状況を理解できないオクネーリアがわめき散らしていた。


「そうさ! アタイの指をっ、指を!! あいつがっ! アタイの大事な指を!! そのあたりの愚民どもの指じゃないんだぞっ! この世で最も崇高な研究に使われる、アタイの指を切り落としたんだ!! 絶対に許さねぇ!! あの妖魔ぁ!!」


 勇者ヒュペレーパニアは冷めた目でそれを眺め、左腰の聖剣を抜き放つ。


「あーあ、切り札ばらしてもーて。対策されたらどないすんねや」

「勇者七傑の恥曝しが!」

「あーしもそう思いまーす、てか喚くなよウザ」


 勇者の周りに侍るアプレースティア、プトノス、ラグネイアが口々にオクネーリアを糾弾する。彼女らも、今は勇者の評価を稼ぐ言動だけを真剣に計算しながら、目の前でこれからオクネーリアが斬られるのを冷めた頭で受け入れている。


「うるっせぇぞ!! てめぇらみてーな戦いと消費しか頭にない愚民にはわからねぇんだ! アタイの研究の素晴らしさが! 理解できねぇのさ! アタイの指の価値が……ぐぅぇっ」


 オクネーリアが言い終わるのも待たず、聖剣の突きがその腹を貫く。すると貫かれた部分から光の爆発が起こり、オクネーリアは一滴の血も流すことなく、腹のあった場所を消失させた。


「いぎゃぁあああああああ!! あああ、ああああああ!!」


 胸から上と腰から下に別れたオクネーリアは、脳天を駆け抜ける痛みに発狂しかけ、しかしなぜか意識を保ったまま泣き叫んでいた。


 切断面は何かに包まれたように発光しており、その光がじりじりと残りの肉体を浸食していく。

 光に飲まれた部分は塵のように霧散していき、その度耐え難い痛みに叫ぶオクネーリアをあえて少しずつ削り取ってゆく。


 そうしてたっぷり10分ほどかけて、オクネーリアは首だけの存在になった。

 しかしなぜか、既に心臓も存在しないオクネーリアの意識は保たれている。声を発することも叶わず、表情を動かすこともなく、ただオクネーリアは痛みに耐え続ける。


「これは勇者にのみ与えられた神聖魔法奥義、断罪の光。お前の魂は永遠に捕らわれ、そこで罪を償い続けるんだ。

 そう、お前の目指した不死の肉体だよ。忌々しい妖魔やアンデッドを研究するという異端を犯してまで目指したんだ。うれしいだろ? 

 これもイーオン様の御慈悲だよ。お前は未来永劫そこで感謝し続けることを赦されたんだ。あはははははははははは」


 勇者ヒュペレーパニアは晴れやかな顔で、仲間の門出を見送った。




お読みいただきありがとうございました。

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