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12 当代の勇者、妖魔族を探る

ちょっと勇者サイドも出したかったので。

 王都エーヴィヒカイトの壁外に作られたスラム街。その中でもとりわけガラの悪い地域に一人の青年が立ち尽くしていた。


「遅かったか……」


 彼はしゃがみこみ、足下の痕跡を調べる。

 とくに変わった跡はない。普通の人間が、目で見る限りでは。

 しかし、一部の神聖魔法を極めし者には察知することができる。かすかに残る、禍々しい妖気の残滓とでもいうべき気配が。


 つい先ほどまで、ここには確かに妖魔がいた。それもかなり高位の、一匹でこの王都を混乱に陥れる力を持つであろう存在が、おそらく複数。

 一匹は露骨に邪悪な妖気を纏う、まさに人間族の敵。しかしそれ以外にも、なにやら神聖と邪悪が混じり合ったような奇妙な気配もある。

 伝承によれば、かつて妖魔族打倒を試みた天上族の手下である天使族は、その大半が妖魔の王により虐殺されたが、一部はその妖気に取り込まれ堕落したという。

 その時の堕天使が今も妖魔族と共に行動しているとすれば、これは恐るべき事態だ。妖魔族への有効打と成りうる神聖魔法に対しての情報や弱点が妖魔族に知れ渡れば、人間族にとっての攻撃手段はかなり限定されることになる。


 さらに妙なのは、かつての妖魔の王が当時の勇者に殺されてから、妖魔族は統率を失いそれぞれが好き勝手に人間族を襲う化け物となり果てたはず。

 最近まで目撃されていた妖魔など、たいした知能も持たずろくな連携もとらず、少し厄介な猛獣といった印象にすぎなかった。

 それが先日死闘の果てに討伐した人魚の妖魔は、なにやら妖魔族に関わる大事な物を探している様子だった。

 その切羽詰まった様子や会話にたえる知能、そして先ほどまでこのスラム街に潜んでいた強力な妖魔の存在……。


 明らかに、今までの猛獣扱いされてきた妖魔とは質が違う。

 まるで、伝承の中に記されたかつての妖魔王に統率されていた、人間族のように社会や組織を形成しているような、そんな違和感。


 これといった証拠はない。勇者の直感とでもいうべき、あまりに説得力のない妄想。

 しかし彼、人間族より天上の存在イーオンに選定された当代の勇者は、その馬鹿げた妄想を否定できないでいた。


「これまで約千年もの間統率を失っていたはずの妖魔族が、急に統率されるなんてありえるか? ……いや、まさか」


 まさか。

 当時勇者に殺されたと記録されている妖魔の王。

 それが実は生き残っていたとすれば。


 この千年もの間、どこかに潜み傷を癒していた?

 それが終わり、妖魔族が再び統率された?


 いや、ならばあの人魚の妖魔は何を探していた?

 妖魔の王を、探していた?

 なぜ? 妖魔の王は妖魔族の保護の中で傷を癒していたのでは?


「わからない……。なにか、真実に近いようでいて、なにか決定的な要素が抜けているような……。いずれにしろ、あの人魚の妖魔と並ぶ程強力な妖魔がこの街に潜伏していたとすれば、これは一大事だ。しかし、国や軍を動かすような証拠もない。まずは、なにか決定的な手がかりを掴まなければ」


 そんなことを考え立ち尽くしていた勇者を取り囲むようにして路地裏からわいてくる影があった。


「はーいボクー? どこのボンクラか知らねーが、ここがどこだか分かってんのかい? 知らなかったとしても逃がしてやんねーけどな! ゲヒャヒャ!」

「おいおいビビって固まってんじゃねーか! ほら、オジサン達怖くないよー? 大人しく出すもん出せばなぁ! アヒャ!」


 この地域を縄張りとするゴロツキは先ほど全員ネブラの腹に納まっている。そのため、なぜか仕切り役が消えたと気づいた他のゴロツキ達がこぞってこの辺りを徘徊し始めていた。

 

 勇者は国から伯爵位を授かった正式な貴族でもあり、その身なりはまさに金持ちの青年である。

 貴族を最も憎むスラムの住人からすれば、まさに飛んで火に入る夏の虫である。

 この場合当然火に飛び込んでいるのはゴロツキ達だが、そういった実力差を見抜ける武人などそもそもここにはいない。


「しまった。つい考えに集中してしまったか。スラムのゴロツキとはいえ殺すわけにもいかないしな……。少々面倒だが峰打ちですますか」


「相変わらず甘いことゆーてんなぁ、勇者さんは!」


 勇者が片刃の剣を逆向きに持ち構えたところに、建物の屋根から飛び込んできた女が近くのゴロツキを巨大なハンマーで叩き潰しながら着地した。


「全くだ。それが勇者殿の美点でもあるのだが、犯罪者に舐められては仕事にも差し支えるぞ!」


 続いて路地裏から走り込んできた女騎士が、次々とゴロツキ達を斬り伏せながら勇者の前を陣取る。


「あーしの魔法も忘れんじゃねーぞっと!」


 そして建物の上に潜んでいた魔法使いが杖を振るうと、突然の事態に固まっていたゴロツキを炎の渦が包み込む。

 そのまま炎は近くの建物に燃え移ることなく、徐々に収束していき小さく爆ぜた。


「みんな、なんでここに……」


 峰打ちで立ち回ろうとしていた勇者は、突然現れた仲間達に驚いたようなリアクションをとる。しかしその反応はどこか芝居がかって見えた。


「あんなー、わざとらしいてゆーてるやろ! その反応!」

「そうだぞ。どうせ我々の気配などとっくに気づいていたくせに」

「あ、ちょっと待って! あーしも話にいれて! 今降りるから!」


 ゴロツキ達を瞬く間に皆殺しにしてしまった仲間達が勇者を取り囲む。


「あー、いや、ごめんごめん。どうも誰かに見られてるんじゃないかと思ってさ、こういうキャラ作っちゃうんだ。ほら、完璧な勇者よりも隙があったほうが、親しみやすいだろ?」


「まーたそれかいな。妖魔がアホになってから勇者って存在の人気が落ちたゆーても、まだまだ人気やん。千年近くろくに妖魔族と戦争せんでも、ドラゴンとかはぐれ妖魔とかの討伐で活躍してるんやし」


「あーしは勇者様のそんなずる賢いとこも好きだぜー!」


 魔法使いがそそくさと勇者の腕を抱きしめ、そのじゃじゃ馬な胸を押しつける。


「なっ! ラグネイアきさま! 勇者殿から離れろ!」

「うっせ脳筋」

「きっさまぁ!」


 女騎士が魔法使いラグネイアに掴みかかるが、すかさず下から伸びてきた小さな手に受け止められる。


「やめやプトノス! こんなところで。ラグネイアのあれはいつものことやん、あんたが一々反応するけん面白がってやるんや」

「くっ……相変わらずその小さな体に見合わん怪力だな、アプレースティア。仕方ない、今回は見逃してやる。しかしラグネイアのような不埒な女が勇者殿の近くにいれば、勇者殿の名に傷がつくぞ。このまま放っておくと思わんことだ」

「はいはい、ほら勇者さん、プトノスの頭でもナデナデしてやりや! それでおさまるんやから!」

「なっ! 私はそんな単純ではない! それに、誰がナデナデなど……」


 目の前で繰り広げられるいつもの騒ぎを上の空で眺め、勇者ヒュペレーパニアは先ほどの想像を繰り返す。


「とりあえず何か証拠を見つけないとな。イーオン様に祈りを捧げよう。そうすれば、何か策が浮かぶかもしれない」


 教会へ向かおうとして勇者は、ふと他の仲間の行動が気になって聞いてみる。


「そういえば、王都にいるのはおまえ達だけか? 他の奴らはどうしたんだ。今はあまり分散せず強力な妖魔に備えると伝えたはずだけど」


「ああ、ガストリマルギアとオクネーリアはなんかオウミテッラの方に調査で呼ばれてるわ。なんでもグールが突然出たとかなんとかで。あんなん千年前の大戦でほとんど絶滅して最近まで目撃もされてないのに、眉唾もんのつまらん噂やと思うけどな」


「グールが……やはり、妖魔の王が……? オルゲーの奴はどうしてる?」


「知らんわ。あいつは何考えとんのかよーわからんけんな。でも戦いになったら呼ばんでも来るやろ」

「ああ、奴は戦いにしか興味がないからな。奴もまた勇者殿のそばに置くには品性が足らん」

「はいはい、もうええわ」


「ねーん勇者様ー、難しい話は後にしてさ、この前いい感じの店見つけたんだぜ。この後、あーしと二人っきりで、ね?」


「ラグネイアきさまぁっ!! やはり許せん!! 今この場で討ち取ってくれる!」


「あーあもう、こいつらめんどいわ。あたしは先にいくでー。ほら勇者さんもはよしてやー」


 もはやこの場で調べるべきことは無くなった勇者は、足下に転がる死体を踏みつけながら、考えをまとめるため教会へと向かった。

 その日は日が完全に落ちるまで、スラム街の一郭で女騎士と魔法使いが激しく争い、このスラム街の実に三割もの区画が焼失したという。

 しかし彼女らが罪に問われることは無かった。



お読みいただきありがとうございます。

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