09 妖魔の君、人間族の手下を得る
ちょっと長くなってしまいました。
「あ! 主様!」
さっそくカニスに見つかってしまったか。
やはりこの格好で気配を絶っていても匂いや妖気までは誤魔化せないかな。
「主様、なんですかその格好! 新しい変装?」
「おや、主様じゃないかい。てっきり日が暮れてから飛んでくるもんだと思ってたのに」
何やら骨? を埋めていたカニスに見つかり、離れて筋トレをしていたフランマも寄ってきた。それよりなんかいい匂いがするな。
「ああ、スケレトゥスの奴が新たな装備を用意してくれたのでな。そのテストも兼ねて日光の元を飛んでみた。露出した目の部分は少し痒いが、まぁ不快感はかなり軽減されるようだ。これならば、俺も日中の行動に気を使うことはないだろう」
「スケレトゥスの奴……またポイント稼ぎやがったね……執事なんて立場を利用しやがって……」
「でもそんな格好じゃ翼が出せないんじゃないの? ボクの尻尾もズボンはいてちゃ出せないよ?」
そう。この衣装に着替えいざ飛ぼうとしたら翼が出せなくて焦った。だが、スケレトゥスの奴がそのあたりを見落とす筈がない。少し背中側を探ると、ちゃんと翼を出せる穴が用意されていたのだ。背中に肩胛骨の位置で左右二本縦長い切り込みが腰のあたりまで入っており、そこから翼を出せる。さらに穴の部分は外側の布が少し被さって二重になるように作られており、翼を収納すれば穴の存在は分からない。
「この通りだ」
実際に翼を出して見せてみる。
「ぶっ……」
「うっ……」
すると何故かカニスが鼻血を吹き出し、フランマは前屈みになり血走った目を見開いた。
「ど、どうした二人とも」
「いやー、はは。ご飯食べ過ぎちゃったかな?」
「あ、ああ、アタシもさ。ちょっと食べ過ぎたみたいだね」
「なんだ二人とも、いい匂いがすると思ったら食事をしていたのか。これは出遅れてしまったな。新鮮な人間を捕らえていたのだろう? 残念だ」
「あ、主様の分はちゃんと確保してるよ! ほら、あっちの教会に置いてるから! そうだ、例の聖職者もあの教会にいるんだ! いこいこ!」
「そうだね、そろそろ目覚める頃だよ。あ、主様、ほら行くよ!」
まじか! 流石気が利くなぁ。この前寝起きに新鮮な血を吸ったときの美味さが忘れられなくて困ってたんだ。部下に運ばれてくる餌はどれも鮮度が落ちててイマイチだったしな。やはり血は現地調達に限るな!
「ああ……ぶわっときたよぶわっと……主様のニオイ……うへへぇ」
「チラッと見えた主様の美しい背中……うっ……サキュバスの血が騒ぐね……落ち着かないとね……」
なにやら二人の様子がおかしい。
主に目が血走っていて怖い。いったいどんな精の付く飯を食えばああなるんだ。
俺の食事への期待感は否応無く上がっていく。
二人に先導されて小汚い教会に入ると、動物の糞にまみれたベンチにシスターが一人寝かされていた。
こいつが例の聖職者か。
……なんで下半身がむき出しなんだ? 痴女か?
いや、それより注目すべきは身廊に無造作に転がされたもう一人の人間族。
こいつは……随分と身なりがいいな。年はまだ若く美味そうな少女だ。
「こっちのは頂いてもいいのかな?」
「うん! 主様の為に、若くて血の良さそうなのを取っといたんだ!」
「流石はカニス。実に気が利くな! いい子だ」
俺は嬉しくなってカニスの頭をわしゃわしゃと撫でてやる。
「わ、わふぅ~」
カニスは赤くなって茹で上がってしまった。
こいつは昔から撫でられるのが好きだったな。
「フランマ、そのシスターを起こしてくれ。食事がすんだら話を聞こう」
「いいけどさ、アタシには、その。……ないのかい」
「ん? ああ、お前もご苦労だったな」
こいつも撫でられるの好きだっけか?
まぁいいや。
フランマは背が高くて頭が撫でにくいからな。ハグでいいか。
お、流石がっしりしてるな。安定感がある。
「うっ! ……ななな、抱きしめ……う、うおおおお!!」
「ぶへぁっ」
撫でる代わりにハグしてやったら渾身のレバーブローが飛んできた……
俺じゃなかったら死ぬぞ……筋肉ゴリラめ……
「お、お前……照れているのか? いつもは余裕ぶって夜の相手とか言っているではないか……ハグくらいでなぜ照れる」
「うううるさいよ! 自分から誘うのといきなりされるのとじゃ、勝手が違うんだよ! まったく、こ、こんな筋肉ダルマ抱いても固いだけだろ! そういうのはロサにでもしてやんな!」
なにを怒っているんだフランマは。
そんなに頭を撫でて欲しかったのか?
お前の身長じゃ無理だぞ。諦めろ。
まぁよい。それよりも今は、久々の新鮮な血だ。
そう思って餌の方を見ると、側廊のベンチで寝ていたはずのシスターと目があった。
なにやら身を起こした姿勢のまま驚愕の表情で固まっている。
こいつもなかなか若くて血が美味そうだな。
しかし、聖職者の割に神聖な気配を感じない。というか、むしろ妖気に近い気配を纏っているな。こいつ本当に人間族か?
「目が覚めたか。少しそこで大人しくしていろ。俺はこれから食事なんだ」
「はっはひぃぃい!! わかっておりますとも!! ついに、ついについについにぃい! この私めを喰らいに来て下さったのですね?! 妖魔の君アエテルニタス・ノックス様ぁっ!!」
「は?」
なんだこの女。イカレてるぞ。
俺がこいつを喰らいにきた? 俺の名を知っている?
なんなんだこいつは。
妖魔族を統一する際にもいろいろなキワモノと出会ったが、こいつの雰囲気も負けてないぞ。
「俺が頂くのはそちらで寝ている女だ。お前には後で話を聞かせて貰う。なぜ俺の」
「そんなぁ!! なぜ、なぜその女なのですか?! 私めは食べて下さらないのですか?! この日のために、血を磨いてきたというのに!!」
「話を聞け。何故俺の……ん? 血を磨いてきた? どれ、少し味見してやろうか」
血を磨いてきたと言われては、これは味をみない訳にもいくまい。俺にもヴァンパイアとしての矜持がある。
「ぜ、ぜひ! 味見といわず、私めの全ては貴方様に捧げます! 我らの主、アエテルニタス・ノックス様!!」
俺はその健康的に日焼けした細い首にかぶりつく。
芳醇な血の香りが鼻を抜け、たまらず思い切り吸い上げる。
ああ、なんて美味い血だ。先日の山賊共も美味かったが、こちらは格が違う。正真正銘、磨き抜かれた処女の血だ。
もはや我慢ならん。
「ああ……これでついに私めも、妖魔族の一員になれるのですね……。我らが君、アエテルニタス・ノックス様。お慕いしております……」
ん? いかん。こいつは何か重要な情報を握っている感じがする。このまま吸い尽くしてしまっては、またとない機会を逃すかもしれんぞ。
ここは我慢だ! これほど美味い血を吸い尽くさないのは矜持に反するが、今は情報が優先だ。俺はヴァンパイアである前に、妖魔族の王なのだ。我慢しなくては……。
「ふう。実に美味だったぞ。しかしお前を妖魔族の一員にする訳にはいかん」
「そ、そんな……。なぜ、なぜそのままお吸いになられないのですか? 私めの血は全て貴方様のものです! もしやお口に合いませんでしたか?!」
「うるさいよ! お前のような人間族が、主様に血を吸われただけでも光栄に思いな!」
「そうだよ! キミみたいな人間族如きが、妖魔族になれるだなんて、思い上がりもいいとこだね!」
俺の食事に気を使ってか静かに控えていた二人が、シスターの言動に反応して騒ぎ出した。
「それで、なぜ俺の名を知っている? 妖魔族の一員になるとは? 詳しく聴かせて貰おうか、人間族のシスターよ」
「ノックス様……そうですね……。ご挨拶もまだだったというのに、私ったら……」
ようやく落ち着いてきたのか、このシスターと初めて会話が成立した気がする。血を抜いたおかげでいい具合に力が抜けたか? そういえばさっきより顔色は青ざめて汗もかいている。弱ってきてようやく会話が成るとは、こいつも相当だな。
「我ら天上教会は、かつて我々人間族を創造した天上の存在イーオンを信仰する、歴史ある宗教です。しかし、それは奴ら天上族が人間族を支配する為の、偽りの信仰だったのです。
天上の存在イーオンに操られた我らの先祖は、天に導かれたという勇者なる人物に先導されこの大陸を侵略しました。それは、かつてこの大陸を支配していた妖魔族が、天上族にとって脅威だったからです。
もともと人間族を洗脳し支配してきた天上族にとって、暗示が通用せず派遣した天使族すら支配してしまう妖魔族の存在は、あまりに恐ろしいものだったのでしょう。
しかしそれも当然です。この世界に最古から存在すると言われる天上族をも凌ぐ力を持って生まれ、自我を覚醒させ王国を築いた妖魔族のアエテルニタス・ノックス様。貴方様こそが、この世界を支配すべき真の王だったのですから」
ものすごくどこかで聴いたことのある話っぷりだ。
なるほど、彼女が裏にいたのか……。どうりで事が拗れるわけだ。
「そのぶっ飛んだ妄想……。お前は、アウローラ・カーリタースの手の者か?」
「!! ……やはり、アウローラ様をご存じなのですね!?」
「こちらこそ、やはり、だ……」
アウローラ・カーリタース。
かつて勇者に敗れ眠りについた俺の依代を持ち出したとされる、裏切りの妖魔。
彼女とは古い付き合いだが、いつからか熱に浮かされたようにあのような妄想を語るようになっていた。
しかし千年前の裏切りから消息が掴めぬ彼女が、なぜよりにもよって宿敵天上教会のシスターを洗脳しているのか。
「アウローラは今、どこにいる」
「それは……わかりません」
「言え」
こいつに痛みは通用しそうにない。ならば魔眼により精神支配するまでだ。
「ああ! なんて冷酷な眼差し!!」
「……は?」
あれ、魔眼発動してるよな……。
なぜ効かないんだ。聖職者といえど勇者でもないこいつの魔眼耐性など……いや、そうか。先手を打たれたか。
「主様! こんな奴ちょっと痛めつければすぐ喋るよ! ボクに任せてよ!」
「いや、おそらくアウローラの術に掛かっている。
こいつは厄介だな……。シスターよ、お前のようにアウローラと接触し何やら吹き込まれた者は、他にもいるのか?」
「はい。アウローラ様は妖魔の君アエテルニタス・ノックス様の復活が近付いていたことを察知し、我々天上教会の中でも一部の選ばれし〈見込みのある人材〉にのみ真実をお伝え下さりました」
まずいな。
俺の復活が人間族側に知られれば、妖魔族の組織的行動を警戒される恐れがある。
「それはどのくらいの規模になる」
「私がお会いしたのはまだ小さな頃でしたが……その時既に天上教会内でノックス派と呼ばれる派閥が大きくなっていると噂にはなっておりました。今ではイーオン派からの内部調査と粛正にも屈さず、巨大な地下組織に成長しております」
「ええー……」
ノックス派て。
勝手に担ぎ上げられてるぞ……。おかしい。かつての宿敵天上教会から信仰されるなんて、間違ってる。
アウローラ……お前は何が狙いなんだ。
昔から、お前の考えていることはよく分からなかった。
自我が覚醒してから毎日飽きもせず戦いを挑んできたと思えば、返り討ちにし続けている内に俺をつけ回すようになって……
手下になった後も、何かと俺を束縛しようと策を巡らせ、相手にしなければ周囲を巻き込んで自殺紛いの騒動を起こす。
ああ、今でも鮮明に思い出せる。
俺の出会った中で間違いなく最も厄介で、面倒で、苦手な女だった。
「なるほど、事情はわかった。だが、今はまだ人間族に俺の復活を知られる訳にはいかん。お前たちのような存在は都合が悪いな」
「ご心配には及びません。我らノックス派は貴方様が世界を治めることを願っております。その邪魔になるようなことは決して致しません」
「そのような一派が存在すること事態が邪魔なんだが……。まぁ、利用価値が無いわけでもないか。これから我ら妖魔族が行う復讐を、お前たちの手柄にしてやろう。お前たちが人間族の敵となり、影から人間族同士を争わせるのだ。我ら妖魔族の身代わりとなれ。それならば生かしておいてもいいだろう」
「ああ! なんと狡猾で無慈悲なご判断!! 流石は真の王たるノックス様です!!」
「お前、実は俺のこと嫌ってないか?」
「そんな! 私めは幼き頃より、貴方様に喰らわれることを夢見てこの血を磨いてきたのです」
「そういえば、なぜ俺がノックスだと思う。強力な妖魔ならばここにいる二人もそうだろう」
「主様ったら、強力な妖魔だなんて……えへへっ」
「世辞とわかってても嬉しいねえ」
いや、カニスもフランマも十分強力な妖魔だろう。
人間族から見ればこの中の誰がノックスでもおかしくないはずだ。
「それは……なんと言うんでしょうか。貴方様を見た瞬間、自然と理解してしまったのです。ああ、このお方こそが、私の待ち焦がれていた妖魔の君なのだと」
「……ボクを主様と間違えてたくせに。よく言うよね」
「ああっ! その凍てつくような殺気!! 貴女様のお名前もぜひお教えください!」
「えー……カニスだけど。なんか調子狂うなぁ」
「あはは、いいじゃないさ。主様の役に立つってんなら、名前くらい呼ばせてやりなよ」
「他人事だからって……」
そういえばカニスにやられたと言っていたっけか。
あの左耳がそうかな。
あれじゃ目立ちすぎるか。治してやるべきか?
「シスターよ、その左耳は少々目立ちすぎる。治してやろうか?」
「いえっ! このままで結構です!! これは、カニス様から頂いた大切な傷ですので」
「うえー! やっぱりこいつヘンだよ! ボクこいつ嫌い!」
「あははは! こいつは傑作だね! カニスが人間族にビビるなんてねぇ」
「びびってないし! 気持ち悪いだけだし!」
「まぁそれでいいなら無理に治すことはせんが。
ではまずお前たち一派の代表者と接触を図りたい。どこに行けば会えるかな?」
「その必要はございません。なぜならノックス様から直々に血を吸われ、カニス様より聖痕を与えられた私こそが、ノックス派の代表に相応しいのですから」
「うん? そういうものか?」
「聖痕だってさ、カニス……ぶふっ」
「もー! フランマは黙っててよー! それに焼いたのはフランマでしょー!」
「すぐに私がノックス派を纏めてご覧に入れます。作戦のご指示は、私めに」
「そうか。ならば派閥がまとまったら連絡をよこせ。だがこのままこの教会からお前が消えれば領主からいらぬ調査が入る可能性もある。お前は自然に失踪できるようある程度時間をかけ周囲に印象付けた上で行動を起こせ。連絡の手段はお前が考えろ。あまり使えぬようなら切る」
「はい! お任せください!」
アウローラが何のつもりでこのような組織を作ったのかはわからんが、利用できるなら利用するまでだ。
それにこいつらと繋がりを持っておけば、アウローラの消息も掴めるかもしれん。
結局、変装が見破られるかの検証はできなかったな。また別の作戦を考える必要があるか。それとも例の一派が纏まれば検証にも利用できるか? あまり危険な方法は取りたくない。自称味方の聖職者で検証できるならそれにこしたことはないんだが。
勇者の存在も確認したいしな。
なんだ、案外利用価値のありそうな組織じゃないか。
さて、遅くなったがメインの食事といこうか。
先ほど中途半端に吸血を中断したせいで、余計に腹が減ってしまった。
お読みいただきありがとうございます。