1.二人は説教される。
5月11日金曜日…
「あ、おはようカズマ!」
「おぅ」
短い朝の挨拶を交わし、二人は歩き出す。
「あ、そうだ…なんか今朝、お母さんが(しばらくはお仕事お休みよ)って言ってた。」
「退魔の仕事が休み?なんで…」
「魔族を倒したから、魔物も警戒してるんだってぇ」
「へぇ…なら、しばらくは羽根を伸ばせるじゃん!やったね!」
一真はバッグを持ったまま、両手を天に突き上げる。
「休みの間何しよう…どうしよっかなぁ…帰りに新しい小説でも買いに行こうか…」
「本ッ当にカズマって小説好きよね?しかもファンタジー物ばっかり」
「憧れるじゃん、剣と魔法の世界!」
「実際にあんたはその世界の住人じゃない!魔法使いのくせに何を言うか!」
「いやいや、考えが甘いぞリク…そういった本を読む事で、新しい魔法のヒントをだなぁ…」
「カズマの魔法って、小説が出本なわけ?」
「ん~まぁ、少しはな?あぁ、ピエールに使ったフレイム・バーストなんかは、前に読んだ小説に出てきた魔法だよ。描写がないから、全く一緒じゃないと思うけど」
「へぇ…他にも何か、小説から得た新しい魔法ってあるの?」
「ん~…小説の魔法って、ほとんどが魔法陣とか長ったらしい呪文があるから、覚えんのめんどいんだよねぇ…」
一真は歩きながら、左手を前にのばした。
「簡単な呪文なら…(風の使者を介し、我に風の力を…"エア・ショット")」
一真の左手から、無色透明の風の玉が放たれる。
梨紅には見えないのだが、風圧や音で、何かが放たれた事はわかった。
「へぇ…いつもは長い呪文とか言わないよね?」
「そりゃあ、戦ってる最中に呪文なんか言ってらんないさ…言わないと使えないなら仕方ないけど、言わなくても使えるし、威力も十分だ…」
「あだ!!」
一真と梨紅の前方で、誰かが頬を押さえて立っていた。
「おぉダン、何してんだ?」
それは、紛れもなく川島暖その人だった。
「カズマじゃん、おはよ…今さ、十字路から出た瞬間頬に何かが当たって…」
ピンポイントで身に覚えがある一真…
「あ~…虫じゃね?」
「なんだ虫か…あ、そうだカズマ…」
虫で納得できる暖は、ある意味で強者かもしれない…
今日は珍しく遅刻せずに登校できた。
下駄箱で上履きに履き替え、教室へと向かう。
「…でさぁ!そいつのネタが全ッ然面白くねぇのよ…なんで客席があんなに沸いてんのかがわからねぇ…」
「はぁ!?あれだろそれ、運動会のネタだろ?最高じゃんあれ!オレ、リビングで爆笑してたから」
「お前、笑いのツボが浅いなぁ…今城は見たか?」
「あ~…私、動物のやつ見てたかも」
「動物のって…動物園の日常ってやつ?」
「そうそれ!」
「あれって…一昨日じゃね?」
「…あれ?」
そんな話をしているうちに教室へ着いた。
それぞれの机にバッグを置き、一真と梨紅はなんとなく暖の席へ向かった。
暖の席には既に沙織が来ていた。
「あ!リクぅ、おはよ~。昨日の動物のやつ見た?」
「ほらぁ!やっぱり昨日じゃん、動物のやつ!おはようサオリ♪」
「あれぇ?っかしいなぁ…カズマ、一昨日じゃなかったっけ?」
「…お前が言ってんのはあれだろ?一昨日やってたジャングルで食える動物のやつ」
「それそれ!あのオカピとかいう鹿の丸焼きが美味そうで…」
「「ダン君最ッ低!!」」
「空気読めよ…オカピの丸焼きの話なんかしてねぇし興味ねぇ」
「あの動物園の子ウサギ、めちゃめちゃ可愛かったよね!」
「うんうん!あ、私、番組終わった後パソコンで調べたんだけどさ、あの動物園ってここから結構近いのよ!」
「ホントに!?サオリ偉い!よく調べてくれた!」
「しかも!ウサギを抱っこして写真も撮れるって!」
「凄いじゃん!行こうよ!今度の休み!てか明日!明日行こう?」
「…あ、そういえば野うさぎのローストも美味そ…」
「「死ねぇ!!」」
空気を読まない暖は、女の子二人に殴り飛ばされる。
「おぉ…か、カズマ…回復魔法を…」
「自業自得だアホ…ジャングルで原住民と狩りでもしてろ」
「…」
「馬鹿野郎…ちょっと良いかも?みたいな面してんじゃねぇよ…」
「お、お前…エスパーか?」
「いや…魔法使いだ!」
一真と暖は、右手と右手でハイタッチを交わし、久しぶりのこのやり取りに喜びを分かち合った。
「リク…またやってるよ、あれ」
「もう、放っておこうよ…馬鹿が移るわ」
「おいカズマ…あんな事言ってるぞ?」
「聞き捨てならねぇなぁリク…オレとダンを一緒にするんじゃねぇ!!」
「そうだそう…って、おぉい!まさかの裏切り!?」
「…てかさ、二人が話してるのって、M市の動物園だろ?」
「シカトかよ…もう良いよ、慣れたし…」
「そうだよ?久城君、知ってるの?」
「知ってるってか…オレ達、月末の校外学習でM市周辺の散策するじゃん?ゴールデンウィーク前にもらったプリントに書いてあったし…」
「プリントって、これか?」
暖が自分の机からくしゃくしゃのプリントを取り出す。
「あ~それそれ…班別行動とかあるし、動物園も行けるんじゃね?」
「へぇ…じゃあ、わざわざ予定たてなくても、月末には子ウサギと写真撮れるんだね?」
「まぁ、二人の行き先が動物園ならな?行く場所は、班のメンバーで決めるらしいし」
「ちなみに、メンバーの人数は?」
「4人以上…だったかな?男女は自由のはずだ」
「なら、行き先は動物園に決まりね!」
「ウサギと写真決定~♪」
女の子二人は満面の笑みを浮かべ、動物園に行く妄想を膨らませている。
しかし、なんだか浮に落ちない男子が二人…
「…なんで決定?」
「メンバーも決まってないのに…」
「え?メンバーなら、たった今決まったじゃない♪ねぇ?」
「うん♪」
「?…げ…」
一真は気付いた…二人の女の子の考えに…
「…念のため聞くけど…リクの班のメンバーって?」
「そりゃあもちろん…」
「リクと」
「サオリと」
「ダン君と?」
「カズマ♪」
「「冗ッッ談じゃねぇぇ!!!」」
独裁者二人に立ち向かうべく…彼らは立ち上がった。
暖は椅子から立ち上がり、一真に至ってはもとから立っていた。
「なんでオレ達が入ってんだ!」
「動物好きの女子でも見つけて班組めよ!!」
「いやぁ、今…たった今思い出したんだけどね?ね?サオリ♪」
「うん♪女の子はみんな、M市で…えっと、食べ歩きするって言ってたのよ!」
「そうそう♪だからぁ、私たちとしてはぁ、心の底から不本意ながらぁ…」
「二人を誘ってあげようかなぁ?って、思ったわけよ♪」
「全力でお断りだ…」
「子ウサギ焼いて食うぞ?」
「君に拒否権は無いのだよ、久城君…」
「ダン君はこの私が、絶対にウサギに触らせませんから」
二人の目はマジだ…
その後すぐ、担任が来てこの話はうやむやになったが…
…一真と暖の、運命は決まった。
月末、四人で子ウサギと写真を取ろうツアー開催だ…
「一限目から数学とかやってらんねぇ…」
「なら、何限目なら良いんだよ」
「昼休みあけの五限目」
「それって、ただ寝たいだけでしょ?」
「さすがに一限目から寝れないっつの…なぁ?」
「オレは何限目でも寝ないし」
一限目、数学…
数学担当の佐々木先生…その授業は少し特殊で、生徒を四人一組に分けて授業するのだ。
水曜日の授業では、佐々木先生の個人的な都合で代理の先生が来たのだが…今日から復活したそうだ。
一真の班は、梨紅、暖、沙織…いつものメンバーだ。
「久城君、ここって…」
「そこは…三乗の公式使うんだよ、教科書の三番目のやつ」
「…あ、これ?」
「そう」
「あ~もぉ!頭ん中ぐちゃぐちゃぁ…」
「…オレ、眠くなってきた…」
「結局寝れそうじゃねぇか」
「…今寝たら、何寝になるんだ?朝寝?」
「二度寝じゃない?」
「あ~…それだ、今城頭良いな」
「まぁね♪」
「…お前ら二人とも馬鹿だから…」
「ひでぇなぁ…あまりにも眠くて、反論するのもめんどくせぇや」
「一限目で力尽きそう…」
「お前ら早くやれよ…」
「「あ~い…」」
二限目、飛ばして三限目、体育
「クラス全員でバスケットボールだってさ…」
「なんでバスケ…普通、この時期は体力測定でしょ?」
「六月に球技大会があるからだろ?確か、種目バスケだったし」
「…あんた、学校行事に詳しいわね?」
「日程もらった時に見てるだけだっつの」
「ちなみに、球技大会って何日やるの?」
「3日間。1クラス8チームで、10クラス80チームのトーナメント…」
「う~わぁ…え?この学校ってバスケのコートいくつあったよ?」
「えっと…4つだったと思うよ?」
「1試合10分、移動が5分で、1時間4試合…」
「4コートだから、1時間16試合ね…80チームのトーナメントだから…79試合?」
「…約5時間?」
「それが各学年だよ…全部終わるのに15時間…」
「…1日5時間、1日バスケ…」
「どんな学校だ!っつ~話だな…」
「ちなみに、チーム構成は男女混合だ」
「カズマ、やっぱり詳しい…」
「だって調べたし」
「あんた、昔から学校行事好きねぇ…」
「当たり前じゃん、1日中遊んでられるんだぞ?球技大会なんか、3日間遊びみたいなもんだ!」
「でもさぁ、待ってる時間めちゃめちゃ暇じゃない?」
「その暇な時間をダラダラ過ごすのが良いんだろ?」
「ダン…わかってるじゃん」
一真と暖は拳と拳を軽くぶつけあう。
「はぁ…めんどくさい…なぁ!」
梨紅は沙織にボールをパスする。
「楽しみなくせに~、リクの顔、にやけてる…よ!」
沙織が梨紅にボールを返す。
「そんな事無いよ…あ!」
「パスカ~~ット!!」
沙織からのパスを、暖が奪い取る。
「ちょっとぉ!」
「カズマ、パ~ス!」
「おぅ!」
暖からのパスを受け、一真は綺麗にレイアップシュートを決める。
「こらぁ!!久城に川島!今城、山中!!誰がシュートして良いと言ったぁ!」
体育担当の阿部先生(24歳嫁入り前)は、パイプ椅子に座りながら4人に激を飛ばす。
「「「「すいませ~ん」」」」
「…って、なんで私たちまで!?」
「久城君達が悪いのに…」
「違うよ、阿部先生昨日…彼氏と別れ…痛!」
パイプ椅子から飛んで来たボールが、暖の後頭部を直撃する。
「川島ぁ!!後で教科室に来い!四限目は休め!!」
「えぇ!?」
「うわぁ…ダン君、拷問受けるんだ…」
「話の出所、早めに白状したほうが良いよ?」
「…てか、阿部先生めちゃくちゃ地獄耳だな…それにあの性格…絶対に婚期逃すね…痛!」
「久城!お前もだ!」
「えぇ!?」
「久城君も拷問か…」
「白状のしようが無いね…」
「…四限目って何だっけ?」
「家庭科よ」
「リク、放課後にプリント見せてな?」
「…カズマ、お前なんでそんなに余裕なんだ?」
「考え方を変えろ、ダン…」
「?」
三限目、終了…
四限目、家庭科…授業開始から5分。
一真から梨紅へ連絡が入った。
(リク?)
(ん…カズマ、お説教は?)
(あ~…まぁ、終わったかな?)
(ちょっと早すぎない?あんた、阿部先生に何かしたでしょ)
(いや、二言三言会話しただけだよ。まぁ、後でゆっくり教えてやるから)
(そう…で?四限目出るの?)
(んなわけねぇだろ!せっかく阿部先生が直直に授業をサボらせてくれてんだぞ?)
(だったら何の為に私に通信してきたのよ…)
(あ、そうだった…リクお前、今日の昼は?)
(え?学食で買い食いだけど…何?)
(いや、教科室から学食って近いわけよ…オレも買い弁だし、ついでにお前のも買ってってやろうかと)
(本当!?じゃあ、焼きそばパン2つにフルーツ・オレ、あとプリンもお願いね!)
(了~解、代金は後で請求するから)
(おごれよ!)
(おごらねぇよ!今月ピンチだ馬鹿野郎!)
(今月って…まだ半分以上あるじゃない?)
(北海道行きが響いてんの!)
(あ~、なるほど…じゃあ仕方ないね)
(んじゃ、阿部先生が騒ぎ出したから切るぞ?)
(ん、昼ごはんよろしくね!)
(おぅ)
放課後、部室にて。
家庭科のプリントを写す一真の隣の席で、暖が一真の武勇伝を語っていた。
「いやぁ…まさに魔法だった…」
「え?カズマ…」
「使ってねぇぞ?」
「なら久城君、どうやって阿部先生を…」
体育終了後、体育教科室にて…
「さて…久城、川島…」
机に両肘を着き、床に正座する2人を見つめる阿部先生…
一真と暖は大人しく正座してはいるが、一真は余裕の表情を崩さない。
「まず川島…お前、その情報をどこで入手した?」
「…今朝、職員室の前を通った時に偶然…」
「ほぅ…じゃあ、誰が言ったかはわからないと…」
「はい…」
「ふ~ん…まぁいい」
そして阿部先生は、殺気を込めた視線を一真に向けた…
「あぁ、あの時は魔物並の殺気を感じたね、マジで…」
「気にしてたんだなぁ、阿部先生…」
「良いから続けて」
「久城?」
「はい」
「お前さっき…なんて言った?」
「阿部先生は婚期を逃すと…」
「そうだな…確かに言ったな」
阿部先生は持っていたボールペンを片手で握り潰し、一真にさらに殺気を込めた視線を送る…
「…で?何か言いたい事は?」
「ありません」
「無い?」
「はい」
「否定も…謝罪も?」
「ありませんねぇ」
阿部先生は椅子から立ち上がり、一真の目の前に屈み、一真の顔にズイッと詰め寄る。
「良い度胸だな久城…先生を罵倒しといて謝罪すら無…」
「罵倒?先生、それは勘違いですよ」
「勘違い?」
これには阿部先生だけでなく、暖も唖然とした表情になった。
「オレが言いたかったのは、このままだと先生は婚期を逃すと…」
「罵倒じゃないか…」
「このままだと!ですよ?改善の余地があるってことです。」
「ほぅ…続けてみろ」
「先生が結婚出来ない理由…彼氏が出来ても別れてしまう理由って、なんだと思いますか?」
「…」
「…ダン、何だと思う?」
「えっと…性格?」
「あぁ!?」
「すいません!」
「いや、その通りだ…先生の性格に問題があるんだから」
「お前…先生に向かっ…」
「落ち着いて下さい…良いですか?先生の悪い所は、性格だけなんですよ」
「…つまり?」
「性格以外は問題無い…ルックスだけを言えば、先生は誰もが羨む素敵な奥さんになれる器を持っているんです。」
阿部先生の表情が変わったのに、暖は気付いた。
「先生が彼氏と付き合ってから別れるまでの日数…1、2ヶ月ってとこじゃないですか?」
「…なんで知って…」
「彼氏が先生の内面に気付くまでにかかる日数が、そんなもんだからです。」
阿部先生は何度か頷き、ジャージのポケットからメモ帳を取り出し、一真の前に正座する。
「ちなみに、先生の趣味は?」
一真は真顔で阿部先生に接していたが、内心では自分の口の上手さに舌を巻いていた。
「…特に無い」
一真の質問に、阿部先生は忠実に答えた。
「そうですか…趣味はあるに越したことはありませんよ、例えば…スポーツ観戦が趣味だとします」
阿部先生は数回頷き、メモに何事かを書き出す
「野球やサッカー、ボクシング等、観客席があって尚且つ興奮するスポーツの観戦だと、自然と観客のボルテージも上がります」
「ふむふむ…それで?」
阿部先生の食付きが凄まじい…まさに必死だ。
「ボルテージが上がれば、自然と口調も荒くなり、その人間の素が露になります」
「…つまり、付き合う前に本当の自分を晒すわけか?」
「そうです。これなら、先生の性格を直す必要も、無理に本性を偽る必要もありません」
阿部先生は眉を細めて考え始めた。
「だが、本当にそれで旦那が見つかるのか?私みたいな性格の悪い女でも?無理にでも性格を偽る方が…」
「駄目です!」
一真は正座している足を崩し、胡座をかいた。ちなみに暖は、既に胡座をかいて欠伸までしている。
「先生…偽りの上に、本当の幸せはありえないんですよ?」
「!!!」
阿部先生の顔はまさに驚愕…暖の目には、一真に後光が射して見えたとか。
「自分の全てを受け入れてくれる人は、必ずいます。自分を必要としてくれる人が、必ず…なぁ、暖!」
「え?あ…えぇ、絶対!絶対にいますよ阿部先生!」
突然同意を求められた暖は軽く焦ったが、力強く一真に肯定した。
「久城…川島…お前らってやつらは…」
阿部先生は目に涙を溜め、2人の手を握った。
(…あ、オレが梨紅にテレパシー送ったのはちょうどこの場面だよ)
「ありがとう、2人とも…先生の事をこんなに考えてくれる生徒がいてくれて、先生は本当に嬉しいぞ!」
阿部先生は感動の涙を流し、鼻水を頻繁に吸い上げる。
「先生…これで涙を拭いて下さい」
暖はポケットからハンカチを取り出し、阿部先生に差し出した。
「ありがと…ちょっと借りるよ」
阿部先生は暖からハンカチを受け取り、涙を拭いて、思いっきり鼻をかんだ。
「…洗って返すから」
「いえ、差し上げますよ」
暖は苦笑いで言った。
「…で、その後はひたすら先生の趣味探索に時間を費やしたわけさ」
暖の話が終わり、一真もようやくプリントを写し終えた。
「終わった、梨紅サンキュ」
「うん…で、結局先生の趣味は何になったの?」
一真からプリントを受け取り、梨紅は暖に言った。
「あぁ、なんだかんだで結局…野球観戦に落ち着いたよ」
「へぇ、良かったね阿部先生。出会いがありそうじゃない?」
沙織の言葉に、一真と暖はため息をついた。
「観戦は観戦でも、室内で…だから」
「…え?」
暖は机に肘を付き、苦笑いで言った。
「野球を、自宅で、ビール飲みながら、テレビで観戦…」
「「駄目じゃん!」」
阿部先生、結婚への道のりは…果てしなく遠い。
帰り道、4人は寄り道の相談をしていた。
「朝までカラオケ!」
「馬鹿、オレ達まだ18歳以下だから無理だし」
暖の意見を正論で除外し、一真は女子の意見に合わせる体制をとった。
「でもカラオケは捨てがたいよね、オールは無理だけど」
「無難にゲーセンは?」
「…あ、オレ達本屋の中で待ってるわ」
議論が長引きそうなので、野郎2人は本屋へ暇つぶしに入った。
「…お!一真、あの子」
暖の指差す方向を見ると、ツインテールの女の子が料理本のコーナーで立ち読みをしていた。
「…あの子が何?」
「めちゃめちゃ可愛いだろ?あれ、隣のクラスの重野さんだぜ?」
その後すぐ、重野さんは後ろから眼鏡を掛けた男に肩を叩かれ、そいつに満面の笑みを浮かべ、2人で本屋から出て行った。
「…ち!彼氏持ちかよ」
「残念でした~―――――あ、この本買おうかな」
一真は(魔女の予告状)と言う本を買って、暖と一緒に本屋から出て来た。
「どこ行くか決まったか~?」
「…てか、なんでアイス食ってんの?」
一真と暖が本屋から出て来ると、2人は向かいのアイス屋の野外テーブルで、ソフトクリームを食べていた。
「…食べたかったから」
「美味しいよ?巨峰ソフト」
一真は財布の中を覗き、すぐに顔を上げて梨紅に言った。
「1口くれ」
「いやよ、自分で買いなさい!」
梨紅は一真からソフトクリームを遠ざけ、一真に向かって舌を出して見せた。それを見て、一真は口をへの字に曲げて梨紅に言った。
「オレは1口だけ食べたいわけよ…だから、1つまるごと買うのはもったいないな~って」
「そんなの知ったこっちゃ無いよ~」
梨紅はわざと一真に見せつけるように、ペロペロと巨峰ソフトを舐める。
「…で、結局どこに行くわけ?」
暖が梨紅に言った。
「ん…最初にゲーセンで、次にカラオ…あぁぁぁぁぁ!!!!!」
梨紅の一瞬の隙を突き、一真が梨紅のソフトクリームを人差し指で少しだけすくった。それを舐める一真…実に達成感に満ちた顔をしていた。
「ん~♪美味いな、巨峰ソフト」
「何すんのよバカァ!!」
梨紅は一真の脛を思いっきり蹴っ飛ばした。
「イ!ッッッてぇよ馬鹿!ちょっとぐらい良いじゃんかよ!」
「…ふん!」
梨紅は頬を膨らませ、一真から顔を背けた。
「そんなに怒らなくても…」
(…せっかく、今度2人で来た時の楽しみにしといてあげようと思ったのに…)
(へぇ…じゃあ、楽しみにしてましょうかね?)
「!!!」
梨紅は再び、一真の脛を思いっきり蹴っ飛ばした。
「!!~~~~~~~な…何故蹴る?」
一真は脛を抑え、言葉にならない叫びを上げた。
「…知らない」
梨紅は顔を真っ赤にして、巨峰ソフトを一気に食べ終えた。
梨紅の向かい側の席では、暖がプラスチックのスプーンで、沙織の巨峰ソフトを分けてもらっていた。
「…オレ達の存在、忘れられてない?」
「仕方ないよ、2人の邪魔しちゃ悪いし…」
2人はしばらく、梨紅を見て苦笑する一真と、そっぽを向いて顔を真っ赤にしている梨紅を、退屈そうに見つめていた。
「ゲーセンだ!」
暖のテンションが異様に高いが…なにはともあれ、ゲーセンに着いた。
「何する?プリ?」
「プリは…あ!空いてるじゃん♪ラッキ~」
4人は1台のゲーム機に入り、何度か撮影を繰り返して出てきた。
「次は?」
「「音ゲー!」」
一真と梨紅は同時に言った。何を隠そう、2人は音ゲーが大の得意だ。何故なら実は、一真はピアノ、梨紅はフルートを演奏出来たりするからだ。
「どうするよ…ポップン?ギター?太鼓?」
「ん~…ポップンにしようよ、10倍速♪」
曲が始まると、一真と梨紅はもの凄い勢いでボタンを押し始めた。その凄さに、暖と沙織は後ろで唖然とするしかなかったぐらいだ。
「…っしゃ!自己新♪」
「負けたぁ…彼処でパーフェクトを取れてればぁぁ…」
音ゲーは、一真の勝利に終わった。
第2回戦…格ゲー
《You、WIN!!》
「買った~♪一真弱~い」
「…次!」
第3回戦…全国対戦型クイズゲーム(4人で)
「…2だ!」
「え?1だよ!」
「いやいや、3だろ?」
「4じゃないの?」
…引き分け?
続いて、カラオケ…
「きぃぃみのぉぉぉ、せおぉたぁさぁだぁめ~…」
「恐ろしく音痴だな、暖…」
「「わぁたしさくらんぼ~~~、、愛し合う~~ふぅたぁぁありぃ、しぃ~あわせの~空~…」」
「やっぱり華があるなぁ…女子は!」
「歌も上手いしな!…お前と違って」
「え?何!?聞こえねぇよ!」
「見つめる世界ぃが痛ぁすぎて~、伸ばした前髪目を塞ぐ~、無口な町並ぁみ華ぁや~いで~、真昼の名残ぃを着きぃつ~け~たぁ…」
「…上手いな、一真」
「一真は長年歌ってるからね、この曲…」
「次は何歌おっかなぁ…」
その後、2時間…4人は歌い続けた。
時刻は夜9時。4人はようやくカラオケ屋から出てきた。
「さぁ!次はどこに行こうか?」
「え…帰るんじゃねぇの?」
先頭にいた一真は、3人に振り向いた。
「まぁ、確かに高校生が行く所はもう…」
「よし!」
梨紅の言葉に、暖が割り込んで来た。
「一真ん家で騒ごう!」
「却下」
が、即座に一真に却下された。
「じゃ、解散しよっか?」
「そうだね…じゃあまた、学校で!」
4人はその場で別れ、それぞれの家に帰って行った。
一真と梨紅は、二人で歩いていた…二人の間に会話は無い。しかし、決して二人が喧嘩をしているわけではないのだ。問題は、一昨日の屋上での出来事…
(…なんか…)
(…なんか…)
((…気まずい))
二人は一昨日の夜…互いに告白しあい、キスまでしたのだ。そして昨日の喧嘩…結局、今の二人は幼なじみのまま、進展らしい進展は無いのだ。
「…一真?」
突然、梨紅が一真に声をかけた。
「…ん?」
(なんだ?なんだ!?)
平静を装っているように見えるが、一真は内心焦っていた。
「…なんでもない」
「えぇ!?」
梨紅の言葉に一真は驚き、一真の驚いた声に、梨紅が驚いた。
「なんで驚くのよ…」
「いや、なん…となく?」
一真は冷や汗をダラダラ流し、梨紅の顔を見つめる。
「…やっぱり言うわ」
「なんなんだよお前…」
梨紅は一度だけ目を瞑り、意を決したように目を開き、一真に言った。
「…一昨日の屋上での話…無しね?」
「…え?」
一真は、梨紅の予想外の言葉に、一瞬混乱した。
「だからぁ、一真が死にそうになった時から、き…キスするまでの事を無かった事にしようって…」
「いや、わかってる…けど…」
呆けている一真と、顔を真っ赤に染めている梨紅…
「…あんなの、告白じゃないんだからね?キスだって…ふぁ、ファーストキスじゃないんだから…」
「…いや、ファーストキスはファーストキスだろ…」
梨紅が、持っていたバックで一真の顔を殴った。
「違うってんでしょうがぁ!!!」
「…ぁい」
それだけ言うと、梨紅は一真を置いて歩いて行ってしまった。取り残された一真は、殴られた頬を撫でながら考える。
(…結局、進展無し…あの時のセリフが本心かも解らず仕舞いか…聞いたら殴られそうだし…)
梨紅も一真同様、歩きながら考えていた。
(…やっぱ、告白するにしても、してもらうにしても、もっと良い感じのシチュエーションが良いわよね…そう、もっと感動的な…)
両想いなのに結ばれない…真面目に深く考えすぎな一真と、シチュエーションにこだわる理想の高い梨紅…
二人が結ばれる日は来るのだろうか…結ばれるチャンスが来ても自らチャンスをぶち壊しそうな、この二人に…
その答えを知るものは、誰もいない。
ただ、夜空に浮かぶ、雲に隠れる寸前の月だけが…
二人の若者の、青春と葛藤を見て微笑むように揺らいで見えた。
場面は再び今城 幸太郎の部屋に戻る。
「若者がぁ!9時までカラオケとは何事かぁ!!」
幸太郎はもの凄い形相で二人を怒鳴りつけた…
「…ごめんなさい」
「いやいや…高校生ならこのぐらい全然…」
一真の反発に、幸太郎はさらに凄まじい形相になって…
「口答えをするんじゃない!!!!」
一真は顔をひきつらせる。あまりにも退屈な一真は、梨紅にテレパシーで愚痴をこぼす。
(…マジだりぃ)
(我慢我慢…)
梨紅はただただ黙って聞いている。
(てか、親父さん頭の中…昭和で止まってんじゃね?)
(さぁ…まぁ、大人しくはいはい言ってれば割りと早く終わるわよ…)
一真は思わずため息をもらす。それを見た幸太郎は、さらにさらに凄まじい形相に…
「聞いとんのか一真ぁぁぁぁ!!!」
「聞いてるって…」
一真は、勘弁してくれよ…と言った具合に、項垂れた。
「まったく…夜遊びなんて5年早いわ!」
「へぇ…二十歳になったら良いんだ?」
一真は心底意外そうに言った。
「成人すりゃあもう何も言わん!」
「「嘘つけ…」」
思わず梨紅も幸太郎に突っ込んでしまった。幸太郎はそれに、顔を赤く染める。
「説教はまだ終わってないぞ!!」
「まぁだ続くのかよ…」
幸太郎は立ち上がり、遂に覇流鹿を鞘から抜いた。
「一番けしからんのが…これだ!!」
幸太郎は一真に、覇流鹿を降り下ろした。
「うわ!」
一真は思わず目を瞑った…しかし、いくら待っても斬られた痛みを感じない。一真はゆっくりと目を開いた。
「…おぉ!」
幸太郎の降り下ろした覇流鹿は、何処からか現れた紅蓮・華颶夜姫によって防がれていた。
「…退魔刀は、何時如何なる時でもその持ち主を守る。」
幸太郎はそのまま、覇流鹿で梨紅を斬りつけようとした。しかし、紅蓮・華颶夜姫が瞬時に華颶夜に戻り、梨紅を守った。
「…華颶夜は、二人を守った…つまり、一真も華颶夜の持ち主になったわけだ…」
幸太郎は覇流鹿を鞘に収め、腕を組んで二人を見下ろす。
「一真…お前、梨紅の血を飲んだな?」
「…ぅん」
一真は素直に頷いた。
「しかも…しかも梨紅とキ…キッスまでしおってからに!!」
幸太郎は突如、号泣…それを見た梨紅も、顔を真っ赤に染めて今にも泣きそうだ。
「キッスって…」
一真がツッコミを入れようとした時だ…
「これで…せっかく一真にかけた"封印"も…あ!」
幸太郎が、口を滑らせた。
「封印?あの、物凄い魔力の事か?」
一真の問いに、幸太郎は驚きを隠せない。
「…どうして知っている」
「どうしてって、あの時その魔力と紅蓮・華颶夜姫が無かったら、オレ達魔族に殺されてたし…」
「魔族!?」
幸太郎は台所にいる華子に声をかけた。
「母さん!!オレは魔族の事聞いとらんぞ!?」
「言いましたよ~?あなたが聞いて無かっただけです」
台所から、華子が返答した。
「…」
幸太郎は呆然と立ちすくんでいた。
「…梨紅、オレ帰るわ…そろそろ飯だ。」
「うん、じゃあね一真」
一真と梨紅は、幸太郎を残して部屋から出ていく。
「華子さん、おじゃましました」
「あら、もう?美由希ちゃんによろしくね?」
一真は華子に笑顔を見せて頷き、今城家を後にした。
「…"紅蓮化"と"天使化"…こんなに早く、説明しないとならんとは…」
二人のいなくなった部屋で、幸太郎は独り言のように呟いた。