6.神の居ない世界。
「…"ファルクス・神皇・フィノ=セイルラ-無限と虚無の果て-"!」
瞬間、暖の身体が光り輝いた。
暖の放つ光から、金色の、巨大な、神々しい鳥が現れる。一真の魔法とは、全てが違っていた。
「…暖君って、何者なの?」
「わからない…真眼では"普通の人間"としか出ないんだけど…」
言いながら、一真は目を細める。
「…だけど、もしかしたら…"異常と異常が相殺した上での普通"なのかも」
「…どういう意味?」
「…ちょっと待ってろ、今からオレらがやることが良い例だから」
一真は梨紅にそう言って、魔法陣に魔力が貯まるのを待つ。
一方、暖の放つファルクスは、キメラからの攻撃を全て防いでいた。
まるで、キメラの攻撃が全て、ファルクスに吸収されているようだ。
だが、一番異質な点は、ファルクスが魔法陣に吸い込まれない点だろう。
暖が何者なのか…一真の真眼でもわからないそれは…
この世の、全ての謎のどれよりも、難解な物で…
下手をすれば、世の理をぶち壊す物であるのだが…
一真はそれに気付けない。
それゆえ一真は、苦悩する。だがそれは、まだ先の話…
「…そろそろだ」
そう呟き、一真は右手から、紅蓮・華颶夜姫を取り出す。
「…"蒼姫・華颶夜"!」
一真に習い、梨紅も蒼姫・華颶夜を取り出した。
「…もしかして、"槍魔刃"?」
「あぁ…あれが1番、威力が高いからな」
言いながら、一真は左手を自分の額に押し付ける。
「…"ドラグレア"」
一真が呼ぶと、一真の左手が蒼い炎を纏う。
それを見た梨紅も、右手で自分の額に手を押し付け…
「…"リラケルプ"」
同時に、梨紅の右手が水に包まれる。
「梨紅、ここからは"シンクロ"で…」
「"フル"?」
「槍魔刃に繋げるから左右対称で…久々だけど、出来るか?」
「もちろん!」
一真と梨紅は、目を閉じる。
『…炎と水、相反せし元素…魔力と退魔力…相反せし力』
言って、2人は目を見開く。炎と水を纏ったそれぞれの手を、剣にかざす。
『相反は表裏…最も遠く、最も近き物』
2人の手から、炎と水が剣に移る。
それぞれの華颶夜が炎と水に包まれる中、2人は同時に剣を振り上げ、交える。
すると、剣の炎と水が飛び散り、形の変化した剣が姿を現した。全く同じ形をした、2本の剣…
『"ドラグ・リルアーク・デリス=キャバル-聖魔の隔たりを断つ双刃-"』
名を呼ばれた剣は、太陽のように激しく、輝き出す。
それを合図に、一真と梨紅は左右対称にリルアークを構える。
同時に、魔法陣への力の供給が終わった。その力は直ぐ様、膨大な退魔力に変換される。
『…暖!ファルクスを退避!』
2人が叫び、暖は咄嗟に、ファルクスを急上昇させる。
『"双月連携"!』
剣に込められた力を、2人が解き放つ…左右対称に回転した後、一真は右上に、梨紅は左上に、全力で振り抜いた。
『"真・槍魔刃"!!!』
聖剣リルアークと、魔剣リルアーク…2本の剣から放たれた三日月型の刃は、1つの槍になり、魔法陣に吸い込まれた。
「…聖なる魔を引金に」
「…聖なる魔を放つ」
剣を振り抜いた余韻の中で、一真と梨紅が言う。魔法陣の脈動は凄まじく、まるで衝撃波のように、辺りに広がっていく。
『"アーク・キャバリアー・ノア-世界を導く咆哮-"!』
轟音は無かった。ただただ、強烈な光がキメラに向かって放たれた。
ヴェルミンティアで放った、麻美の魔法を引金にしたディバイン・クロス・ブレイカー…一真と梨紅のアーク・キャバリアー・ノアは、全てにおいてその上を行く物だった。
「…なんだこれ」
自分の頭上を越えて行く光線を見て、暖は唖然とした様子で言った。
暖は恐らく、MBSFメンバーの誰よりも多く、2人の力を見て来たはずだ。
だが、今回のこれは過去に例が無い。それほどの威力だった。
「人間が使える"ヴィルフェイラ-雫-"の限界を越えている…エリル様とナイトメアのヴィルフェイラが円熟したのか?」
「いや、円熟の期はまだ先のはず…加速する要因が無いよ」
「けど、ナイト君の"ヘイムルギアン-転生体-"である彼は異世界帰りだよ?しかも、ナイト君のヴィルフェイラをあまり感じられないし…」
「…あれ?オレ、何を…」
暖は頭を抱え、顔を伏せる。全て、暖の口から出た言葉だった。
「…なんだよ、怖いじゃんかよ…どうしたんだよ、オレ…」
暖の目から、涙が流れる。だが、それすらも異常だった。
暖の涙は、虹色だったのだ。
「…この子もまだ、覚醒には早いみたいだ…心が壊れちゃうよ」
「我々のヘイムルギアンは、貧弱で困るな」
「仕方ないだろう。彼はただの人間…無理があるのは承知の上だ」
「…けど、まだ壊れられちゃ困るよ?何の為にこんな無理をしてると思ってるのさ」
「そうだな…我々は"サンクチュアリ-聖域-"を取り戻さねばならん」
「まだ"復讐"を成し遂げてはいない…ナイトメアのヘイムルギアンが真に覚醒するまでは」
「あんまり出て来ないようにしなきゃね…"虚無"も"無限"も、出たがりだから」
「それをお前が言うのか?"笑与"、彼に一番影響を及ぼしているのはお前だろう」
「仕方ないじゃん、力が有り余ってるんだから…まぁ、今まで通りで良いんじゃない?虚無、この子の記憶、ちょっと消しちゃってよ」
「世話がやけるな…我々のヘイムルギアンは」
それ以降、暖の口から"3人"の声は聞こえて来なくなった。ファルクスも消え、暖の意識は、記憶と共に途切れていた。
だが、一連の流れを一真も梨紅も見聞きしておらず…この会話のことを知る者は、誰も居ない…
アーク・キャバリアー・ノアは、真っ直ぐにキメラに向かって行く。
キメラも、光線や弾丸で応戦するが…無駄の一言だ。逆に吸収され、威力が上がるだけだった。
程無くして、アーク・キャバリアー・ノアはキメラに達した。直撃したと言うよりも、突き抜けた…すり抜けたようにも見える。
接触から貫通までの、タイムラグが無いのだ。まるで、元々空いていた穴をすり抜けたようだ。
キメラが光線に触れると同時に、触れた部分が分解されるのだ。
だが、貫通しても光線は止まらない…地上から見ると極太の流れ星に見えるそれは、長い時間をかけ、キメラの全てを…魔界との繋がりまでも、粉砕した。
「…終わったか」
「…うん、終わったね」
バイクの荷台に横になり、一真と梨紅は宇宙を見上げていた。
暖の意識が無いことを確認した2人は、暖の脈拍と呼吸だけ確認し、休ませてやることにしたのだ。
しばしの休息…無言のままの、時間が過ぎる…
「…不安にさせたよな」
唐突に、一真が言った。
「ちょっとだけ…でも、信じるって決めたから…」
梨紅は直ぐにそう答える。すると、一真の右手が梨紅の左手を握った。
「強くなったよな…梨紅」
「何言ってんの、一真に比べたら全然…」
「いや…心の話」
言いながら、2人は手をしっかりと握り合う。
「必ず帰るって言ったけど…帰り方なんかわからなかった。帰れるかもわからない中、魔法が使えなくなったり、正体もわからない奴らと戦ったり、世界を救うとか、そんな話に巻き込まれたり…」
話す一真の表情は、苦笑い…特大のため息でも吐きそうな印象だ。
「ずっと皆に…梨紅に会いたくて仕方なかった」
「…一真っ」
梨紅は一真の名を呟き、一真に抱き着いた。
一真はそれに応えるように、梨紅を抱き締める。
『…ずっと、こうしたかった』
互いの温もりを感じながら…2人は目を閉じる。
大切な人と一緒に居ることが出来ること…幸せを、噛み締める。
「…星の数と、どっちが多いかはわからない…無数にある、他の世界…」
「…うん」
「これから先、オレはまた…他の世界に行くことがあるかもしれない」
「…うん」
「けど、必ず戻る…約束する」
ただただ頷く梨紅を、一真は更に抱き締める。
「…信じるよ」
梨紅が呟く。更に強く、一真に抱き着きながら…
「だって…一真、帰って来てくれたもん」
瞬間…梨紅はふっ…と力を抜き、一真の腕から身を抜き、自分の顔を、一真の顔に近づける。
その顔を見た一真は、思わず…
(…梨紅の顔、リラケルプと全然違うじゃねぇか)
苦笑した。
「なんでここで笑うの!?」
「いや、ごめん…」
謝りながら、一真は梨紅の怒り顔をまじまじと見つめる。
目を…鼻を…口を…
髪を…耳を…頬を…
リラケルプ・ジオ・アロア=ウェンド-一真の作った幻想-とは違う…
「…ただいま、梨紅」
一真の…1番愛しい人が、そこに居る。
梨紅は一瞬、呆けた顔をしたが…
「…おかえり、一真」
満面の笑みで、一真を迎えた。
そして、どちらからともなく…
「…なるほど、ファイル"サンクチュアリ-聖域-"…天界の謎の中心か…」
貴ノ葉高校、生徒会室…生徒会長の水無月恵は、天界のネットワークの深淵に居た。
「天界…天国…聖なる地と名高い場所に、おおっぴらに出来ない謎がこんなに…」
そのファイルの中は、凄まじい量のデータが入っていた。
その全てが、天地創造計画-アマテラス-関連だ。
そして…
「一番の秘密…か…まさか、この世界が神様の"居ない"世界なんてね」
恵はそう呟き、ため息を吐きながら…
パソコンの電源を切った。




