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魔法使いの苦悩  作者: 黒緋クロア
第七章 魔族襲来 後編
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4.守られた約束。


「…"夜空の月から湖面の月へ、落ちた雫は我が剣"…」


華颶夜を両手で掴み、前に突き出しながら、梨紅が詠唱する。


「"月下を照らす…蒼き姫"」


詠唱が終わると、華颶夜が蒼い光に包まれ、形を変える。


「"蒼姫・華颶夜"!」


水を思わせるしなやかな形のそれを、梨紅はそう呼び、左手に持ち変え、キメラに向かって振り抜いた。


蒼姫から放たれた巨大な蒼い三日月…"蒼の三日月"は、キメラの顔に向かって真っ直ぐ飛んで行く。


キメラはそれを、地に着いていた右手を動かし、手の平で受ける。


だが、梨紅から視線を外したのがいけなかった。蒼の三日月に気を取られている内に、梨紅はキメラの左腕を駆け登り、跳躍していた。


「はっ!」


気合い一閃…梨紅はキメラの右手首を蒼姫で切り落とす。更に…


「"破魔の月明かり"」


空いている自分の右手を、切り落としたキメラの右手に向け、退魔力を放つ。


キメラの右手は退魔力を受け、消失する。


その光景に怒りを露にしたのか、キメラは右腕を振り、梨紅を叩き潰そうとする。


だが梨紅は、蒼姫から瞬間的に退魔力を放出し、後退…キメラの攻撃を避け、仲間の元に戻った。


『…』


一連の流れに、他の7人は唖然としていた。


「…あれ?皆、どうしたの?」


梨紅が不思議そうに首をかしげる中、沙織が7人を代表して呟く。


「…梨紅、かなり強くなってない?」


他の6人が、それに頷く。


「そうかな…まぁ、色々やってたからね」


梨紅は微笑み、だが瞬時に、真面目な表情に切り替える。


「皆、避けて!」


梨紅の声に、8人が飛び退く。キメラが、右手首を叩き下ろしたのだ。


「うわ…痛くないのかしら、あれ」


「感覚が無いのかもしれないわね、造られた魔物ならそのぐらい有り得るんじゃない?」


沙織の言葉に、愛が答える。


「オレたちもやるぞ!正義、重野!」


「あぁ」


「梨紅ちゃんに負けてられないもんね!」


言うや否や、3人は陣形を組む。先頭は正義、それを起点に三角形を作るように勇気と恋華だ。


「行くぞ…"風化"!」


「"雷化"!」


「"重化"!」


正義の掛け声と同時に、正義は黄緑、勇気は黄色、恋華は黒の光の球体になる。


するとキメラは、再び右腕を振り上げた。


そこで、正義扮する黄緑の球体が動いた。


凄まじい突風となって、キメラの右腕をその風力で抑えたのだ。


続けざまに、黄色の球体から極太の雷が放たれ、キメラの右腕を包み込む。


最後は、黒い球体だ。黒い球体はそのまま、キメラに向かって飛んで行く。


キメラの右腕の肘まで飛んで行くと、黒い球体…ブラックホールは拡大した。


キメラの傷ついた右腕の付け根まで呑み込み、再び縮小…


消え去った右腕に、さすがに焦ったのか、キメラが左腕で黒い球体を殴る。


「きゃあ!」


黒い球体は意外なことに、弾き飛ばされた。だが、突風がそれを押さえ、仲間たちの元に押し戻す。


「重野!」


「恋華!大丈夫か?」


雷化と風化を解いた2人が、重化から強制的に戻ってしまった恋華に駆け寄る。


恋華は、気絶していた。恋華の重化は、完全な物では無かったのだ。



「"治癒の判子<治>"」


恋華の額に、愛が判子を押し付ける。途端に、恋華の身体が淡く光り始めた。


「応急処置レベルだけど、大丈夫かしら…」


「呼吸も落ち着いて来たから、大丈夫よ」


愛の言葉に、沙織が答える。


敵を目前に、こんな悠長にしていて大丈夫なものか?いや、もちろん…気絶した恋華を避難させるべく、沙織と愛…そして暖が、少し後退している。


他の4人は、今も戦い続けている。


「…暖君、恋華ちゃんをお願いね」


「ここだとまだ近いから、もっと遠くまで行きなさい」


沙織と愛は、言うだけ言って駆け出した。


残された暖は、勇気から借りているバイクを乗り捨て、恋華を背負い、2人とは逆方向に駆け出す。


その目は虚で、何処か遠くを見ているような感じだ。そもそも、先程まであんなに叫んでいた暖が、恋華が気絶してから一言も喋っていない。


びびっているのだろうか。怖すぎて、意識が飛んでいるのかもしれない。だが、身体は動いている。無意識だろうか…恐怖で気絶しながらも、仲間の為に身体を張っているのかもしれない。




暖は走る…恋華を背負い、あまり揺れないように、器用に…器用に?



何かが不自然だった。暖の何かが不自然だった。誰も気付かない…何故なら、誰にも余裕が無いから。


誰も気付かない…


淡く光っている恋華を背負っているから、尚更に誰も気付かない。



暖の身体の、発光に…










梨紅たちに、作戦なんてものは無かった。ただがむしゃらに、攻撃をするだけだった。


だが、効いている。キメラが目に見えてボロボロになって行くのがわかる。


片足は膝から下がない。


右腕は肩から無い。


胴体も所々に削れ、左手は親指以外残っていない。


勇気の雷がキメラを焦がす。


正義の風がキメラを刻む。


梨紅の華颶夜がキメラを斬る。


豊の霊力がキメラを捕らえる。




駆けて来た沙織と愛も加勢する。


巨大な判子を投げる愛…


凄まじい勢いで鎌の刃を放つ沙織…


その全てが、キメラの力を削ぎ落としていく。


誰もが思った。




勝てる…こんなやつ、でかいだけだ。




慢心だろうか…だとしても仕方ない。そう言える程に、キメラはボロボロに見えた。


「もう一息だ!」


勇気が言った。誰もがその言葉を疑わなかった。その根拠の無い言葉を聞いて、更に攻撃を加える。


攻撃を入れる前の、「はあっ!」だの「やぁ!」と言った、気合いを入れる声しか聞こえない。


誰もが、今を見ていた。先を見る余裕が無かった。


必死だった。


だからこそ、事は起こった。


キメラが、一切の動きを止めたのだ。


梨紅たちの顔に、微かな笑みが浮かぶ。「やった…倒した」。そう思ったのだろう。


まだ、倒れても居ない相手に気を抜いた。


そして…


「ブォォォォォォォ!」


キメラは咆哮と共に、黒い光に包まれる。




「ようやくか…」


ラバラドルはそれを見下ろし、ニヤリッと笑う。


「ザンデスベルガの真の姿を見せてやる!」


「…」


興奮するラバラドルを、リエルは冷めた目で見つめる。


子供じみた発言、行動…彼を魔王にするために、やることがありすぎる。


いや、問題はそこじゃない。


(…あの子たちに、倒せるのかしら)


リエルは、敵とは思えぬ程に心配そうな顔で梨紅たちを見つめる。




全力で戦っていた梨紅たちの目の前で、キメラは漆黒の卵へと形を変えた。




漆黒の卵の脈動が、衝撃となって辺りを襲う。


放たれる黒い波動…ビルの窓ガラスが震え、一斉に砕ける。


「何?どうなってんのよ?」


「さぁな…少なくともオレには、とてつもなくヤバいことになってるようにしか見えない」


愛の呟きに、勇気が皮肉を交えつつ答える。


黒い波動は、梨紅たちにも襲いかかる。それはまるで、突風の如く…梨紅たちはふらつきながら、なんとかその場に踏み止まっていた。


「…ん?」


黒い卵を見据えていた梨紅は、その変化にいち速く気付いた。


卵の正面が形を変え、巨大な銃口のようになったのだ。更に、銃口は梨紅たちに向けられており…


「皆、避けて!」


梨紅が叫んだ時には、既に手遅れだった。


銃口から放たれた巨大な魔力の弾丸は、真っ直ぐ梨紅たちに向かって来る。


「"ゲイル・ストライク"!」


「"ライトニング・ストライク"!」


「"天使化"!"蒼夜天の三日月"!」


正義、勇気、梨紅が同時に放った攻撃は、魔力の弾丸の威力を削ぎ、止め、真っ二つに切り裂いた。


「次、来るよ!」


休む暇無く、次弾が放たれる。


しかも、1発では無い。連射だ。


「逃げて!」


叫びながら、梨紅は巨大な三日月を放ち、時間を稼ぐ。


全員が後退する中、梨紅は翼を広げて舞い上がる。


銃口は梨紅を追い、空へ向けられた。


高速で飛行し、梨紅は弾丸を避け続ける。


梨紅の時間稼ぎを無駄にしてはならない…正義たちは地上から、黒い卵を狙う。


残された力の全てを、一撃に込める心構えで…


「"ゲイル・ストライク"!」


「"ライトニング・ストライク"!」


「"スピリガン"!」


「"排撃の判子<排>"!」


「"魔竜の咆哮"!」


未だかつて無い程の全力攻撃…音速を超える疾風迅雷、全てを排除する威力を持つ判子、巨大な霊力の弾丸、小さな村なら一撃で焼き払う咆哮…更に、その全てが退魔効果を持つ。


威力で言うなら、一真のバスターを越えている。それ即ち、一撃必殺と言っても過言では無い…


だが、結果としてそれは過言に終わる。


黒い卵の銃口が梨紅を狙う中、新たな銃口が現れ、正義たちを狙っていた。


銃口から放たれたのは、弾丸では無く光線だった。


それも、凄まじい密度の魔力光線…


正義たちの攻撃を持ってしても、光線の方向をずらすことしか出来なかった。


光線は正義たちの手前のアスファルトに当たり、地面を爆発させる。


爆発に巻き込まれ、正義たちは叫ぶ間もなく吹き飛ばされた。


「みんっ…あぅっ!」


正義たちに視線を向けた梨紅は、隙を突かれ、右腕に弾丸をかすらせた。


(かすっただけでこれって…)


痛みに顔をひきつらせながら、梨紅は地面に落下して行く。今狙われると、回避が間に合わない…絶対絶命の最中、梨紅は見た。




2つの銃口が、梨紅では無く正義たちに向けられていた。




「…駄目ぇ!」


地面に身体を打ち付ける直前、梨紅は翼を広げ、アスファルトすれすれを高速で飛行する。


発射された弾丸と光線を追い抜き、倒れている正義たちの前に、勢いを殺す間もなくスライディングで強引に着地し…


「"蒼姫・聖剣の防壁"!」


蒼姫を地面に突き刺し、退魔力の防壁を張った。


防壁は弾丸を消し去り、光線を受け止める。


「…ぐっ」


だが、弾丸は連射され、光線は止まる気配が無い。正義たちを安全な場所に避難させる暇がないどころか、防壁が崩れるのも時間の問題だ。


「う…くっ…ぐ…あぁぁぁぁぁぁぁ!」


梨紅が咆哮する。自分の持つ全ての退魔力を、防壁に注ぎ込んだのだ。


防壁を強化し、瞬間的に作った時間で、梨紅は正義たちに駆け寄り、それぞれの服を掴む。


梨紅が駆け出すと同時に、防壁が破られた。


弾丸と光線が地を抉り、破片が梨紅たちを襲う。


だが、梨紅は破片を見てはいなかった。破片どころか、弾丸のことも、光線のことも頭から消し飛んでいた。


ただただ、前から疾走してくる煌めくバイクを見て唖然とするしか無かった。


(…暖君、何してるの?こっちに来たら…)


梨紅が頭で考えた瞬間、バイクが空中に浮き、同時に運転手が飛び降りた。


バイクは空中を走り続ける。煌めきは完全な光りとなり、バイクは光の矢になった。


飛び降りた暖は、地面にスライディングするように着地する。ヘルメットも着けず、危険極まりない。


だが、驚くべきは暖の行動では無かった。


バイクが変化した光の矢は、卵から放たれた弾丸、光線、砕けたアスファルトを竜巻のように巻き込みながら、卵に向かって上昇して行くのだ。


「何あれ!暖君、何したの!?」


梨紅の問いに暖は答えず、ただただ虚ろに卵を見上げていた。



光の矢となった勇気のバイクは、宙に浮かぶ卵を擦り、空へと消えて行った。


「惜しい!けど、今のうちに逃げるよ!」


言って、梨紅は駆け出す。しかし、暖は動かず、虚空を見つめたままだ。


「暖君!」


「…んあ?」


不意に、暖の目に光が戻った。呆けたような声を出し、暖は卵を見上げる。


その目に入ったのは、銃口…


「…ぎゃぁぁぁぁぁぁ!」


暖は瞬時に踵を反し、駆け出した。同時に、暖が居た場所に弾丸が撃ち込まれる。


「何で!何でこんな最前線にオレが!?」


梨紅に追いつき、暖が叫ぶ。


「え?だって、暖君が自分からバイクで突っ込んで来たんじゃん」


「マジで!?何も記憶に無いんだけど!」


「暖君ね、意識が無い方がかっこいいよ」


「マジか!ちなみにオレ、何を…ぎゃぁぁぁぁぁ!」


背後の爆発に、暖が悲鳴を上げる。


「今城!なんとかしてくれ!」


「5人も引きずってる人間にどうしろと!?」


「目から何か出せるっしょ!」


「涙しか出ないよ!」


そんな中、再び背後で爆発が起こる。


『きゃぁぁぁぁぁ!』


2人で悲鳴を上げながら、続けて逃げる。


「…あれ?でも、何で光線は撃って来ないんだろ?」


梨紅は呟く。確かに、先程から地を抉っているのは弾丸のみ…光線は来ない。


「暖君、こっちから見て右側の銃口って、どうなってるか見える?」


「右側?えっと…」


言って、暖は振り返る。しばらく眺め、顔を青ざめさせながらゆっくり前を向いた。


「…魔力充填率、80%ってとこかな」


泣きそうな顔で、暖は言った。どうやら、光線を放つ為の魔力を溜めているらしい。


「なぁ、脇道とか入った方が良いんじゃね?」


「ダメだよ、ただでさえ道路を破壊されてるんだよ?ビルなんて倒されたら…」


「仕方なくね!?そんなん気にしながらよく戦って来れたな!」


暖が叫ぶ中、後方で起こっていた爆発が止んだ。


「…急に静かにならね?」


「充填が終わったんじゃないかな」


梨紅の言葉を聞き、暖が振り返る。


「…そのようです、はい」


右側の銃口が、怪しく輝いていた。更に、銃口の向きが梨紅たちを狙って変更される。


「暖君、どうするの?」


「こっちのセリフだよね!オレに何を期待出来るんだよ!言ってて悲しくなるよ!」


「意識を飛ばして!」


「そんなに頼れるの!?意識無いオレ!」


暖が言うと同時に、卵から光線が放たれる。


光線は真っ直ぐに梨紅たちに向かって飛んでくる。直撃コースだ。


「来たぁぁぁぁぁ!」


「暖君、何で喜んでるの?」


「ビビってんだよ!てか何でそんなに落ち着いてんだよ!?」


「…前」


慌てる暖に、落ち着き払った様子で梨紅が言う。


2人の前方から、女の子が駆けて来ていたのだ。


「"重変"500!」


光線は直角に屈折し、アスファルトに押し付けられる。


「恋華ちゃん、ナイス!」


「遅くなってごめんね!今のうちにもっと遠くに…」


「…てか、大通りを真っ直ぐとか逃げ切れないだろ…」


全力で駆けながら、暖は言った。すると…


「…え?だって逃げがメインじゃないし」


梨紅がそう言って、両手で掴んでいる5人に視線を向ける。


「まだ1割回復って所よね?」


「…いや、オレはもう大丈夫だ」


「オレもだ。今城、右手離して良いぞ」


声と同時に、梨紅は右手に掴んでいた正義と勇気を前方に放り投げる。


「左手も大丈夫よ」


「豊、いけるわね?」


「うん、割と」


梨紅は更に、左手に持っていた3人も放り投げる。


「お…お前ら、大丈夫なのか?」


『余裕!』


暖の言葉に、全員が同時に応える。だがそこに、余裕は見えない。


だが、全員がその場で立ち止まり、卵を見据える。


恋華の重変が持続している為、もうしばらくは持ちそうだ。


「少しでも良い、回復に専念するぞ」


正義が言うと同時に、暖と恋華以外の6人は目を瞑る。


大気中から力を体内に取り込む…本当に微量だが、星の力を借りるに等しい。


「…もっと大量に取り込めないものか」


珍しく、正義がぼやく。焦っているのだろう…額に汗が見える。


そんな中、恋華が苦悶の表情を作る。


「…ちょっと、ヤバいかも…」


「あぁ…若干押されてるね…」


暖の冷静な発言が、事態の緊急性をあやふやにする。


そして…


「…あぅっ!」


ガラスが割れるような音と共に、重変の壁が破られた。




「散って!」


梨紅の号令と共に、全員がその場を離れる。


光線は重変の空間を突き破り、梨紅たちが居た場所を抉る。だが、どうやら魔力が切れたようで、すぐに光線の射出が止まった。


「魔力の充填前に接近して!弾丸は避ける!」


再び、梨紅の号令がかかる。各自が走る中、すぐに皆の頭に疑問が浮かぶ。


弾丸が発射されないのだ。


「…まさか、弾丸の分も魔力込めてんのか!」


暖が叫ぶ。どうやら、そうらしい。先程よりも、勢い良く魔力が充填されて行く。


「このまま近づくのは不味いんじゃないか?」


「良いの!発射と同時に迎え撃つから」


正義の言葉に梨紅が応える。そして…




「全員で同時に技を出して、少しでも時間を稼いでる間に、光線の下を駆け抜ける!」




梨紅の作戦に、一瞬…場が凍りつく。


「はぅあ!かなりギャンブルじゃない?それ!」


「けど、面白そうね…少しでも防げれば、上手く死角に入れるわ」


恋華の不安げな言葉に、愛が希望を与える。


「一瞬も防げない可能性もあるが?」


「だからギャンブルなんじゃない?ちなみに、賭けてるのは命ね」


正義と愛の会話の後、皆が何も言えなくなる。


「…文字通り命がけだけど、降りたい人は立ち止まっていいんだよ?」


口を開いたのは梨紅だった。そして、梨紅は更に続ける。


「ちなみに私は、走り続けるよ。立ち止まったら、未来は無い…一真を待つことも出来ない気がするから」


「…だけど、この賭けに勝ったとしても、あれを倒せるかはわからないわよね?それでも…」


「走り続ける」


沙織が諭そうと試みるが、梨紅はそれを遮り言った。


「もし、止まっても進んでも結果が同じなら…進むっきゃないっしょ!」


そして、梨紅は満面の笑みを見せる。その顔に、迷いは無く…


『…はぁ』


仲間たちの迷いすら、消し去った。


「まったく、とんだ部長様だな」


言って、正義が梨紅よりも一歩、前に出る。


「強情だねぇ、梨紅ちゃん」


「女はそのぐらいが良いのよ」


「…凉音のは強情じゃなく独裁に近いけどね…痛っ」


恋華、愛、豊が正義に並ぶ。


「仕方ないわね…付き合ってあげるわよ」


「オレもだ。引くのは性に合わねぇ」


「結果が同じってんなら、オレも一緒で構わないよな!」


沙織、勇気、暖…全員が梨紅よりも前を走っていた。


「…皆、ありがと」


梨紅はそう呟き、蒼姫を握る手に力を込める。


「私が合図したら、光線の中心目掛けて同時攻撃!」


『了解!』


全員が横一列になり、走り続ける。それとほぼ同時に、卵の魔力充填が終わった。


今までに無い禍々しいオーラを纏う銃口が、梨紅たちを狙う。そして、銃口から光線が…


「…今っ!」


梨紅は言葉と同時に、蒼姫を振り抜く。


「"グラビティ・ストライク"!」


「"ゲイル・ストライク"!」


「"ライトニング・ストライク"!」


「"ウィネの嵐"!」


『"霊乱舞・スピリランス"!』


竜の形をした斬撃…重力の塊…疾風迅雷…漆黒の砂嵐…霊力の槍…


竜を元にして全てが重なり、蒼い竜が銃口に向かう。


竜は、銃口から放たれた光線の、丁度中心を捕らえた。


それにより、若干の時間が稼がれる。いや、それどころか竜は光線に喰らい付き、対抗していた。


その光景を見ながら、梨紅たちは駆け抜ける。作戦は成功したかに見えた。


だが、光線を喰らっていた竜が限界を越えてしまった。ここで、予想外の事態が起こる。


最後の力を振り絞り、竜は光線を噛み砕いたのだ。竜は消え、光線はあらゆる方向に飛び散る。


空に散り…アスファルトを抉り…ビルを貫き…


光線の何本かが、梨紅たちに迫っていた。


「う…」


予想外の事態に、身体が、頭が、上手く動かない。




光線を防ぐ力は残っていない…避けようにも、光線の数が多い。




(…あ…これは不味いかな)




光線が迫り来る刹那、梨紅は心の中で一真に呼びかける。




(ごめん、一真…待ってるって言ったけど…駄目かも)




この世界には居ない一真…1週間前に、旅立った一真…手も、心も、届かない世界に居る一真への謝罪…




だが、梨紅の心の声は…














(…謝るなよ)


(え…?)


(お前、ちゃんと待っててくれたじゃん)










声は…届いた。



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