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魔法使いの苦悩  作者: 黒緋クロア
第七章 魔族襲来 後編
62/66

3.魔族、再び。


蒼い矢を放った者を確認する前に、勇気は矛を振りかぶる。


「"電熱の鹿火"!」


矛が熱を帯び、辺りに熱気を放ち始める。勇気は魔物の頭上から、矛を降り下ろした。


「"ヒート・エンド"!」


魔物を真っ二つにすると同時に、勇気は人質の少年の襟首を掴み、跳躍する。そして…


「ギャァァァァァァァァァァァァ!」


断末魔の叫びと共に、魔物が爆発した。その爆風が人質を襲う前に、勇気は離脱したのだ。


「危なっ…坊主、大丈夫か?」


勇気が手元の少年、太助に聞くが、返事が無い。


「気絶してるのか…まぁ、仕方ないか」


勇気は軽く微笑み、それからようやく、蒼い矢を放った者を確認しようとする。だが…


「…何処だ?」


矢の飛んできた方向を見ても、誰の姿も見えない。否、勇気の見える範囲には、誰も居ない。


「いったい誰が…ん?」


勇気が呟くと同時に、遥か遠くで何かが動いた。


それは、ビルからビルへ飛び移り、勇気に向かってやって来る。


「…マジかよ」


勇気は、その人物を見て驚愕した。


しかし、その人物が"今城梨紅"であることに驚いたわけでは無く、梨紅が矢を放った距離…数kmという距離と、的確に敵を撃ち抜いたことへの衝撃が大きかった。


「…あのレベルを超えてこその"神"か…」


勇気は呟き、フッ…と力を抜き、矛をしまった。






「あ~あ、結局梨紅ちゃんに良いところ持ってかれちゃったね」


口を尖らせながら、恋華が残念そうに言った。


「よくあんなに遠くから狙撃出来たわね…」


沙織も賞賛する。しかし、梨紅は何を言われても無反応だ。それは…


「…すぅ…すぅ…」


梨紅は、立ったまま眠っていた。沙織達はそれに苦笑する。普通なら、この状況で立ったまま眠るなんてありえないが、それでも今の梨紅は、先程の段違いの退魔能力を払拭するほどの親近感があった。眠る梨紅に、皆、安心したのだ。


「…てか、爆睡なんですけど…この子」


暖がそう言って、立ったまま寝ている梨紅の肩に手を置こうとした…その時だ。


梨紅は暖の手を避け、逆にその手を掴み、軽く暖に足払い…続けざまに体勢を崩させ、関節技を決めつつ、床に押し付けた。


「ギャァァァァァァァァァァァァ!」


「…ふぇ?」


暖の上に乗った状態で、梨紅は目を覚ました。


「どんな条件反射よ!」


愛が言い、豊と恋華が大いに頷く。


「あれ…私、寝ちゃってた?」


「今城!痛い痛い痛い!早く退いて!」


「うわっ!暖君私の下で何してるの?」


「ギャァ!関節入ってるって!早く退いて!」


「え?」


「ギャァァァァァァァァァァァァ…あ…」


暖は、力尽きた。







~pm19:00~公園。


太助と太智を自宅へ送り届け、8人は公園へやって来た。


「皆、やっぱり訓練続けてるんだね」


言いながら、梨紅は沙織達を見回す。


「まぁ…なんとなくね?」


沙織の言葉に、正義達も頷く。


「考えることは皆同じ…ってことだな」


一真が居なくなり、戦力がた落ちの中、踏ん張るのは自分達だけだ。


一真が居ない分、一真の穴を埋める為に、もっと強く…


勇気の持っている"強くなりたい"という思いは、この場に居る全員が胸に秘めていた。


「目指せカズ君レベルだからね!」


恋華は言うが…


『いや、それはちょっと難しいかと…』


数名…沙織、愛、豊の3人は乗り気では無いようだ。


「なんで!?カズ君が9人居たら最強じゃん!」


『それはそれで、世界的にNGだと思う』


一真×9=世界崩壊…


この公式が、脳内に浮かぶ3人…


「…あるかもな」


「十分にありえるな」


「周りからの一真の認識って…」


暖が顔をしかめる。だが…


「…それでも、一真ぐらいにならなきゃいけないの」


唐突に、梨紅が言った。


「私は、一真を超えるぐらい強くなりたいの…一真の隣に立てるぐらいになりたいの」


梨紅の言葉に、全員が聞き入る。梨紅の考える強さの釣り合い…それは、恋愛における感情に似ていた。


相手がどんなに素晴らしい人間かは、理解している。


互いの気持ちも通じ合っている。


相手は、それだけで構わないと言う。


だが、それではこちらが満足出来ない。


対等で無いと思ってしまう。自分が、相手に思っているように、相手にも思ってもらいたい…


そう思うから、人は自分を磨く…梨紅は強さを求める。


正義と恋華の関係にも通じる考えだ。互いにライバルでもある2人に、梨紅は一真との理想の関係を見た。


だから、梨紅はこの場に居る誰よりも訓練を重ねている…"寝る間も惜しんで"。


理想を求めて…一真の隣に、胸を張って立てるように。


梨紅にとっての眠りは、休息ではない。眠ること即ち、修行の始まりなのだ。


一真が居ない今、ナイトもエリーも梨紅の中に居る。魔法と体術のプロが揃っているのだ、この機会を逃す梨紅ではない。


「…実際になれるかは抜きにして、やはり全員、一真を目指すべきなのかもしれないな」


正義の言葉に、視線が集まる。


「一真はこの中で1番強い…目標にするなら、身近な人間が手っ取り早いだろ」


「…身近な人間が、世界最強の可能性を否定出来ないけどね」


苦笑しながら言う愛に同意するように、正義以外の全員が頷く。


「なら、世界最強を目指せばいい。一真より強くなったやつが世界最強だ」


「単純な話…」


「そうね、いつかぶっ飛ばしましょ」


呟く豊と、握りこぶしを手の平に打ち付ける愛…


「皆、ライバルだね!」


「ある意味で…ね。基本的は仲間よ」


燃える恋華と、諭す沙織…


「あぁ…完全に蚊帳の外だわ、オレ」


「そうだな、暖はとりあえず、バイクで空を飛ぶ練習でもしてろよ」


暖と勇気は口々に言い、場を和ませる。


「次に会うときは、必ず皆、前よりも強くなっておこうね!」


梨紅がそういって、場を閉める。


それぞれがそれぞれの方法で、前に進む。


競い合い…励まし合い…


切磋琢磨の関係性。


一真が居ないうちに、8人は1つ先のステップに進む。





















場所は移り、魔界のとある城…とある部屋。


何かを煮込むようなグツグツという音が、ドア越しに聞こえて来る。怪しさ満天のその部屋には、"実験中"の札がかけられていた。


「…なるほど、ここでガーゴイルを入れて、土竜の触角でかき混ぜる…蒼く輝いたら、夜叉骸骨の頭を…」


何やら怪しげな実験中らしい。声から判断するに、中に居るのはラバラドルのようだ。


(…何をしているのやら)


ドアの前に立つリエルは、眉をひそめる。


ラバラドルの作戦など高が知れている…とは言え、気にはなる。


リエルは気配を殺し、ドアを開く。実験に夢中のラバラドルは、開閉音に気付かない。


「…何、これ…」


「よし、完成だ!」


リエルの驚愕と同時に、それは完成したらしい。


「…ラバラドル様」


「うぉあ!リエル貴様、いつの間に…まぁいい、見ろ!こいつが人間界を滅亡させる秘密兵器だ」


言って、ラバラドルはリエルの方を向き、両手を広げる。


「名付けて、キメレイオ・ザンデスベルガ!」


「…」


ラバラドルの言葉に無反応で、リエルはそれを見つめる。


それは、巨大な魔物だった。ドラゴンよりも、遥かに巨大な魔物…


「こんなものが暴れたら、人間界が滅ぶのは…」


「時間の問題だ!は~っはっはっはっは!」


ラバラドルの高笑いが、城に響き渡る。


どうやら、一真の居ない人間界でもう一波乱ありそうだ。



何かが、おかしい…


進藤勇気はふと、違和感を覚えた。何に?最近の、魔物の出現に関してだ。


数日前、大量の魔物が襲来して以来、それまでは基本的に夜に出現していた魔物が、昼間に頻繁に現れ始めた。


しかも、その報せが天界から入って来ない。今では、豊と梨紅が察知し、それを仲間内にメールして報せるという流れが出来上がっていた。


天界の、魔界の動きを観測する施設…[サーフェリオス]の観測所は、何をしているのか…


勇気は憤りを胸に、観測所を訪れた。だが、観測所は正常に動いていた。ただ1つ、日本の魔物出現に関する情報が来なくなったことを除けば…


「…何が起こってやがる」


勇気は呟き、天界から人間界を…日本を見下ろす。


恐らく今も、梨紅達は退魔を行なっているだろう…だが、天界ではそれがわからない。


観測機の異常?だとしたら、まだ救いようがある。だが…


「…何者かの妨害」


一真なら、そう言う気がする…故に勇気は、それを確信していた。


ならば、早急に手を打つ必要がある。先ずは、日本の情報を閲覧しなければならない。だが当然、プロテクトが掛かっている。パスワードが暗号化されているのだ。


暗号解読…そんな四文字熟語が、勇気の頭に浮かぶ。


俗に言うハッキング…そんなスキル、勇気は持ち合わせて居ない。


諜報天使ラムダラでは、足が付く…凄腕のハッカーが必要だった。


「…凄腕のハッカーなら、居るぞ」


「マジか!?」


勇気が相談したのは、警察官兼高校生、桜田正義だった。


勇気は直ぐに、正義の言う凄腕のハッカーに面会を求めた。そして…


「勇気、こちら…水無月恵さんだ」


「こんにちは、進藤君」


可愛らしい女性が、勇気に微笑みかける。


「…そういやこの人、ハッカーなんだったな」


勇気は言いながら、生徒会長…水無月恵に軽く会釈する。


「…それで、対価はどうすれば?」


勇気は、彼女のことを知っている。彼女は、ギブアンドテイクの精神を重んじる。当然、見返りが必要だが…


「大丈夫、ハッキングのついでに、欲しいものは自分で手に入れるから」


そう言って微笑む恵に、勇気は背筋が凍る。


ハッキングのついでに手に入れる…それは当然、天界の情報だろう。


今まで閉ざされていた、天界の情報に通じる扉と、その鍵の一部…勇気はそれを、悪魔に売り渡そうとしている…


「…良いぜ、好きなだけ持って行けよ」


勇気は不敵に笑い、恵の前にあるPCに小さな機械を取り付ける。


「雷を操るオレの能力で、ちょっと細工しただけの物だけどな、これで天界の観測所データベースにアクセス出来る」


「ありがと、暗証番号の暗号は右にある数字かな?」


「あぁ、ちなみに、左下にあるのは天界の…日本で言う五十音だ」


「そっか…先ずは、天界の言葉を覚えなきゃいけないね」


そう言って、恵は観測所データベースのページから、五十音表に視線を移す。


「はぁ…久城君みたいに、魔法で誰とでも話せれば楽なんだけどな…」


「会長なら、魔法ぐらい使えそうですが」


「そう?今度、久城君に教えてもらおうかしら」


正義と恵が談笑を始めたので、勇気は静かに、生徒会室を後にした。


「…それで?ハッカー水無月は何の情報を手に入れる気なんですか?」


「さぁ、何でしょう…桜田警部には、わかってるんでしょ?」


恵の言葉に、正義は軽く微笑む。


「…全てでしょう?あなたは、知識欲の赴くままに、人間界の全てを知ろうとしている…よって、天界の全てを知ろうとしている」


正義の言葉に、恵は答えなかった。だが、恵の顔は、信じられない程ニンマリと、笑っていた。


こんなやり取りがあったことを、勇気は知らない…そして、あと勇気に出来るのは、待つことだけだ。


吉報は、勇気が考えていたよりも早く訪れた。


「…8時間は早すぎるだろ」


顔をしかめ、言いつつも、勇気は足早に恵の元に向かう。足早と言うより、駆け足に近い。




生徒会室の扉の前で、勇気は息を整える。深呼吸をしてから扉に手をかけ、一気に開く。そして…


「ハッキング出来たのか?」


一応、勇気は聞いた。そういう報せを受けたから来たにも関わらず…だ。


「電話で、そう言ったと思うけど…」


「にわかには信じがたいからな…なにせ、天界を揺るがす大事件だ」


言って、勇気はニヤリッと笑う。それと同時に、恵の机の上にある、いくつもの書類の束が目に入った。


「それ、全部天界の…」


「天界って言っても、意外と黒い所なのね…人間とどっちが黒いかしら」


恵の意味深な発言に、勇気は二の句が継げなくなる。


天界に黒い部分が無いとは思って居なかった。だが、こうもあっさり黒いと言われるとは勇気も思わなかったのだ。


「…"天界の闇"って所だな」


「そうね…それで?ハッキングは出来たけど、君は何を望んでいるの?」


勇気の精一杯の強がりをいなし、恵は真っ直ぐに勇気を見つめる。

「今の日本の、魔物出現状況が知りたい」


「じゃ、この紙に出してあるから」


恵は速答し、勇気に1枚の紙を手渡す。


「…やっぱり、データは隠されてたのか」


紙を見ながら、勇気は顔をしかめる。


紙には、ここ数日の魔物の出現時間、出現場所が、記されていたのだ。


「…会長さんよぉ、もう1つ頼まれてくれないか?」


「何かしら?」


返答して来た恵の耳に、勇気は小声で呟く。


「…なるほど、構わないわよ?ただ、対価として…」


「そのデバイスで良いだろ?いつでも天界にハッキング出来るぜ」


言って、勇気はPCに挿してある機械を指差す。


「…まぁ良いわ、交渉成立にしといてあげる」


「よっしゃ、頼んだぜ会長さん!」


ガッツポーズと共に、勇気は部屋を飛び出した。


「あんなにはしゃいじゃって…何も知らないって幸せね、ある意味」


冷たく言って、恵は机の上に置いてある書類の、1番上の束を掴む。


その書類には…


「『天地創造計画-アマテラス-』…魔界と人間界、閻魔界を"乗っ取る"なんて…」


ため息を吐きながら、恵は机の上に書類を投げる。


「…まぁ、私が生きてる間には関係なさそうだし、良いかな」

言うより早く、恵はPCからデバイスを引き抜き、電源を落とす。


天界が企む世界征服の計画を知りながら、恵は我関せずだ。


今までもそうだった。誰が生きるも死ぬも、自分が関係の無い話ならば、何も関わらない。


ハッカーとしての恵は、そういう人間だった。だからこそ、証拠は残らない。


「そろそろ、帰りましょうか」


恵は時間を確認すると、部屋の戸締まりを確認し、電気を消し、廊下に出て、"侵入者対策のトラップ"を作動させ、鍵を閉めた。







その翌日から、退魔の効率は格段に上がった。


勇気は恵に、"魔物出現の2時間前に、8人の携帯に通知メールを送る"ように設定させたのだ。しかも、セキュリティと隠蔽もバッチリだ。


これで、安心…全てが上手く行った。










勇気はそう思ったが、彼もやはり、詰めが甘い…いや、詰めがどうとかいうレベルの話では無い。




「…"考えが"甘かった」




勇気はそう呟き、メールを見ながら顔を歪めることになる。


だがそれは、数日後の話…


1学期の修了式の話だ。



修了式とは…自分の成績に、一喜一憂する日である。


MBSF研究会の面々も、例外では無い。ちなみに、この日は夏休みの補講に参加する人間を発表する日でもあり…


『…はぁ…』


MBSF研究会からも若干名、補講参加者が出た。


「何をしているんだ、まったく…」


正義が、呆れたように言った。だが、それにくってかかる人間は居なかった。


「あぁ…夏休みという名の補講期間が始まる…」


暖の呟きが、部室の空気を重くする。そして、まるでその空気を反映したかのように、この日の空は暗雲が立ち込めていた。


「…そろそろ帰りましょうか、雨が降る前に」


外を眺めていた沙織の言葉に、皆が席から立ち上がる。すると…


「…あ、メールだ」


恋華が言った。すると、他の7人にもメールが届く。


「………魔物」


8人同時に届くメール…即ち、魔物出現メールだ。ハッカーに天界を売ってまで得た、貴重な情報源だ。しかし…


『え…』


8人全員が、メールを読んで目を見開いた。




種族不明

時間不明

緊急度レベル5(MAX)




緊急度以外、何もわからない…即ちこれは、


「緊急事態!」


梨紅が言うと、全員が同時に動いた。


『勇気!』


「…やっぱ、オレか…」


全員に詰め寄られ、勇気は渋々、部室を後にした。






「…なるほど、エラーね…」


勇気は恵のもとを訪れていた。


「まぁ、こちらのミスでは無いけれど、確認はしてみるわ」


「あぁ、頼むぜ」


勇気の返事を待たずに、恵は再びハッキングを開始する。


「…あ、やっぱりハッキングがバレてるわね…パスが変更になってるわ」


「バレてるって…会長さん、危ないんじゃ」


「そんなヘマはしないけど…やっぱり、急に退魔の効率が上がれば不審に思われるわね」


言いながら、恵は凄まじい勢いで文字を打ち込み始める。


「ふん…少しは暗号を複雑にすれば良いのに…」


鼻で笑いながら、恵はキーボードのエンターキーを押す。


「…あら、大変…アマテラス関連じゃない」


「アマテラス?な…」


「こっちの話…とりあえず、プロテクトを外した情報を送るわ」


勇気に質問される前に、恵は情報を転送し、天界の情報への足跡を消す作業を開始する。


「…なんだ、これ…」


送られて来た情報を見て、勇気は唖然とする。


魔王の息子…従者…???…


日本時間、15時47分


場所、貴ノ葉大通り


緊急度レベル5




「まずい…前回の魔物襲来並にまずい!」


勇気は生徒会室を飛び出し、部室へ向かう。


「…"天地創造計画-アマテラス-"の前倒しか…だけど、出鼻を挫けばもしかしたら…」


恵はキーボードを叩き続け、新たな情報にアクセスする。


「アマテラス…天照…天のみを照らす…黒幕は誰なの…?」


恵の知的好奇心に、火が着いたようだ。恵は更に、キーボードを叩くスピードを早める。あらゆるセキュリティのパスワードをハッキングし、奥へ奥へと沈んで行く…


「…まだ、まだ先に…」


恵の顔が、不敵に笑う。




…そして、恵はたどり着く。




「…ファイル"サンクチュアリ"?」


神の領域に、恵は踏み込んだ。



勇気が部室に戻ると同時に、正義が部室から出てきた。


「おぉ、何処行くんだ?」


「警察に、住民の避難指示を出しにな…必要だろう?」


「さすが、良い読みしてるぜ正義」


「…その読み、外れていてほしかったがな」


残念そうに呟きながら、正義は部室を後にする。


「…ホント、オレも思うぜ…嘘であってほしいってな」


勇気も、正義と同様に呟きつつ、部室へと入って行く。


「お帰り、遅かったね」


勇気を出迎えたのは、窓枠に腰掛けた梨紅だけだった。


「あら?…他の連中は?」


「皆、それぞれの準備があるから、1回帰るって」


外に視線を向け、耳にかかる髪を後ろに流し、梨紅は答える。


「そっか…今城は、準備とか良いのかよ」


「私は大丈夫、必要なのは退魔刀の華颶夜だけだし、手元にあるからね」


言って、梨紅は窓枠から降り、ロッカーに歩み寄る。


ロッカーを開き、中から布袋を取り出した梨紅は、更に布袋を開き、鞘に収まった華颶夜を取り出した。


「やけに準備が早いじゃねぇの」


「持ち歩いてるからね、常に…いつ魔物が来るかわからないじゃない?」


梨紅にしては、妙にしっかりしている。勇気はそう思って、ふと…呟いた。


「…一真みてぇだ」


「そうかなぁ…一真はもっと、色々考えてたよ」


華颶夜を鞘ごと、腰に巻いたベルトに差し入れながら、梨紅は言う。


「例えば…一真なら、最初のメールの時点で何か言ってたと思う」


「まさか、いくら一真でも…」


「ううん、それが一真だよ…皆が目指してるのは、そのレベルなんだよ」


言って、梨紅は笑う。誇らしげに…そして、寂しげに…


「…まぁでも、そのレベルに1番近いのは、間違いなく今城だと思うぜ?」


「そう?…ありがと」


照れたように笑い、梨紅は再び窓枠に腰掛ける。


「オレなんか、まだまだだぜ?精々、正義と同レベルだ」


「勇気君はまだまだ先が永いでしょ?私達より寿命が何倍もあるんだし」


「その分、お前らの何倍も生きてんだぜ?お前ら15、6だろ?こちとら1500越えてるからな」


「…そんなに違うの?」


梨紅は驚き、顔をひきつらせる。見た目は自分達と変わりないにも関わらず、この年齢差は予想外だった。


「お前らが生まれる前から死んだ後まで、オレの見た目はほとんど変わらない…」


「そうなんだ…じゃあ、300年ぐらいずっと高校生出来るんだね」


「嫌だし、かったりいじゃん」


鼻で笑い、勇気は自分の椅子に着く。そして、頬杖を着きながら、更に続ける。


「人付き合いとかさ…人間ってのは、めんどくせぇよ」


「300年あったら、友達いっぱい出来るじゃん」


「300年あれば、最初に出来た友達を忘れるには十分だな」


「いやぁ、私達を忘れるのは無理でしょぉ」


梨紅は不敵に笑い、勇気を指差す。


「私達が死んだら、神様になった勇気君に付きまとうからね」


「うわ…なんて迷惑な奴らだ」


そう言いながらも、勇気は笑っていた。


こいつらとずっと一緒…それも悪くない。と思える程に、勇気はMBSF研究会のメンバーを認めていたのだ。


メンバーは、勇気にとって初めての、仲間なのだ。


「…ま、仲間の為にも頑張らねぇとな」


勇気は小さく呟き、窓の外に視線を向ける。


空は曇っているが…所々に、日が射し始めているように見えた。




貴ノ葉大通りは、平時の賑やかさを潜め、静寂に包まれていた。


空は暗雲途切れること無し、宙に霧無し視界良好…


車の通らない大通りの真ん中で…8人は魔物出現に備えていた。



「豊、あと何分?」


「5分」


退屈そうな愛の言葉に、豊が即答する。


「5分かぁ…長いわね」


「気を抜かない方が良いと思うよ?何が起こるかわからないし」


「わかってるわよ、うるさいわねぇ…」


豊の指摘に、愛は口を尖らせる。その様子を見て、恋華が微笑む。


「…何か、平和だよねぇ」


「少なくとも、あと4分はな」


腕時計を見つめながら、正義が呟く。そう、あと4分は平和で、何事も起こらないはず…しかし、


「黒渦だ!」


暖が叫ぶ。魔物が出現する漆黒の穴、黒渦が、空に現れたのだ。更に…


「…ちょっと待て、何だ?あの大きさは…」


他のメンバーが唖然とする中、正義だけが、その巨大な黒渦の異常さを口にした。


直径500mと言った所か…普段見ている黒渦の500倍はある。


「何が出てくるってんだ…」


額に汗をかきながら、勇気は呟く。勇気の額の汗が、頬を伝い、顎に至り、落下する。


汗の落下は、非常にゆっくりした物に感じられた。


全てがスローモーション…しかし、誰も動くことはない。


固まったまま、動かない。


そして、勇気の汗が…地に落ちた、その時だ。




巨大な黒渦から、足が落ちて来た。否、巨大な右足の爪先から付け根が見えた。


それだけで、8人は更に言葉を失う。


地に足着けた時の地響きだけで、暖は尻餅をついて倒れてしまった。



次いで、左足も現れる。


続く地響きに、ビルが揺れる。


黒渦から現れた下半身だけでも、十分な脅威になりうるのは明白だった。


「こ…こんな巨大な魔物、居るもんなのか?」


「少なくとも、私は初めて見たかな」


「オレも、聞いたことすら…あ?」


暖の言葉に梨紅と勇気が答えるが、勇気には心当たりがありそうだ。


「…勇気、あれはいったい何だ」


「もしかすっと…魔物の合成体かもしれねぇ」


「…合成獣-キメラ-か?」


「こっちで言うならそれだな」


「なるほどな…納得だ」


『納得じゃねぇよ、説明しろ!』


勇気と正義のやり取りに、暖と愛は叫ぶ。


「簡単に言えば、あれは魔物を無理矢理合体させた、造られた魔物ってことだ」


「何匹…何千匹の魔物を合わせればこのでかさに…」


呆れたように、沙織が言った。


「あのでかさだ…暴れられると厄介だぞ」


「"グラビティ・ストライク"!」


正義が言うと同時に、恋華が漆黒の光線を放つ。


光線はキメラの右膝に当たり、その表面を薄く抉った。


「先手必勝!」


「うわぁ…変身途中のヒーローを攻撃しちゃった悪役キャラね、こいつ」


「えぇ!?駄目だった?」


「駄目なわけねぇだろ!"雷遠-らいおん-"!」


愛に冷めた目で見られ、自信を失いつつあった恋華を一喝し、勇気は雷の塊を放つ。


雷の塊は、その名を忠実に表すようにライオンの形に変化し、恋華が抉った箇所に噛みついた。


「オレも加勢しよう…"風刃・輪皇旋-りんおうせん-"!」


正義が左手を振り上げると、黄緑色の巨大なブーメランが現れた。それは勢い良く、回転しながら飛んで行く。


勇気のライオンが膝を噛みきって離れると同時に、正義の輪皇旋が鋭く、残った膝を切り裂いた。


「切断しやがった!凄くね!?お前ら!」


暖が興奮しながら叫ぶ。同時に、バランスを失ったキメラが倒れ始めた。


「ようやく上半身がお出ましね」


「ここからが本番よ」


沙織と、指をパキパキと鳴らす愛が言った。


最初に黒渦から現れたのは胴体、次いで、両手だった。


倒れる時、人間がそうするように、手を前に突き出したのだ。


腕、肩と、順に現れ、最後は顔だ。



「ブォォォォォォォ!」



顔が見えたと同時に、キメラが咆哮する。禍々しく、威圧感に満ちたそれは、完全に、梨紅たち8人に向けられていた。


「…皆、来るよ」


梨紅は言って、華颶夜を鞘から抜いた。


それを合図に、7人も身構える。


今世紀最大の戦いが、今…幕を開けた。




背の高いビルの屋上…梨紅たちを見下ろすようにして、その2人は立っていた。


「ぬ?またあいつらか」


王子ラバラドルと、従者リエルだ。


「無駄なことを…親父クラスの強さを持つザンデスベルガが、たかが人間に倒せるわけが無い!」


ふんぞり返り、ラバラドルは高笑いを始める。


(…どうするつもりかしら、倒せるとは思えないけど…)


リエルは梨紅を見つめながら、思考する。


(ナイトメア様の転生体も居ないのに、勝てる見込みなんて…ん?)


リエルがそう考えると同時に、梨紅の瞳がリエルを捉える。


(気付かれた…あれは、フォルトゥリアの転生体ね…)


リエルが梨紅を見つめる中、梨紅はリエルから視線を反らす。だが…


(しっかり殺気は飛ばして来る…信用はされてないみたいね)


リエルは苦笑し、今のやり取りに全く気付かないラバラドルに視線を向ける。


「やれ!ザンデスベルガ!殺してしまえ!」


(…こんな子が、魔界の王になれるのかしら…)


冷めた目でラバラドルを見つめながら、リエルは事の成り行きを見守ることに決めた。



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