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魔法使いの苦悩  作者: 黒緋クロア
第七章 魔族襲来 後編
61/66

2.彼らは強くあろうとした。


~pm02:00~凉音愛の自宅前。


恋華、暖、勇気の3人は、豊のノートを取りに行った愛を待っていた。


「はぅあ…暑いねぇ…」


「そうだね…」


「あぁ…これだから人間界は嫌だ…」


四季の素晴らしさに何の興味も無い神様候補を横目に、恋華と暖は辺りに視線を向ける。


この暑いのに元気に走り回る子供たち…


和やかな雰囲気を醸し出す老夫婦…


若い夫婦と小学生ぐらいの親子連れ…親子連れ?


「あれ、正義と沙織ちゃんじゃね?」


若い夫婦だと思った2人は、暖の言う通り、桜田正義と山中沙織だった。






~pm01:30~ファーストフード店前。


図書館で遭遇した2人は、そのまま昼食を伴にし、これからどうしようか…という会話に差し掛かろうとしていたのだが…


「沙織姉ちゃん!」


1人の男の子が、2人に向かって駆けて来ていた。


「あら?太智君じゃない」


少年はどうやら、沙織の知り合いの子らしかった。


「…山中の弟か?」


「ううん、近所の男の子よ」


そう言って、沙織は少し屈む。


「太智君、どうしたの?」


「姉ちゃん、どうしよ…太助が居なくなった!」





太智の話は、こうだ。


午前中に弟の太助とプールに行き、昼に家に戻って昼食を取り、午後は公園で遊ぶ予定が、先に公園に行った太助が居ない。


かなり探し回ったが、手掛かりも無く、捜索範囲を町まで拡げた所、沙織を発見。


「…それで、弟君はどんな格好を?」


「えっと…青い半ズボンに白いTシャツ…って、お兄ちゃん誰?」


事情聴取を始めた正義に、太智は眉を潜めた。


「私のお友達なの、彼、探し物が上手なのよ」


「すげぇ!兄ちゃん探偵か!」


「話が飛躍し過ぎじゃないか?」


苦笑しながらも、正義はメールに太助の情報を打ち込み、貴ノ葉警察署に送信する。


「よし、通報は済んだ。一応、自分たちでも探してみよう」


携帯を閉じた正義は、屈んで、太智の頭に手を乗せる。


「太智君、その公園まで連れて行ってくれないか?」


「うん!こっち!」


正義に言われ、太智は元来た道を戻り始め、沙織と正義はそれに着いて行く。








~pm02:10~凉音家付近。


「良いの?正義君、付き合ってもらっちゃって」


「問題ない。それに、放っておくには忍びないからな」


「そう…(後が大変そうだけどね)」


言って、沙織はチラッと後ろに視線を向ける。






~同時刻~沙織たちの後方の電柱。


「…恋華ちゃん、何か言ってよ、怖いよ」


ひたすら無言の恋華に、暖は怯えていた。


愛の家の前で沙織たちを目撃した瞬間には、恋華は2人の追跡…もとい、ストーキングを開始していた。


放っておくわけにもいかず、勇気と暖も参加することとなった次第だ。


「それにしても…神様候補がストーキングか…」


「言うな、暖…」


勇気はゲンナリした様子で、前の2人を見つめ…


「…んぁ?」


一瞬、沙織と目が合った。


(…気付かれてるし)


勇気は更に、ゲンナリした様子でため息を吐いた。








~pm02:15~凉音愛の自宅前。


「…あら?」


愛が外に出ると、そこには誰も居なかった。


「…まぁ、いいわ。ノート返して来なきゃ」


そう呟き、愛は恋華たちと逆の方向に歩き出した。


~pm03:00~久城一真の自宅リビング。


「…すかぁ…」


「梨紅ちゃん…起きて来たと思ったら、また寝ちゃって…ふふふ」


椅子に座りながら眠る梨紅を見て、美由紀は優しく微笑んだ。



~pm04:00~公園。


「…何か、言いたいことは?」


「まー君のバカ」


腕組みをし、仁王立ちしている正義を、正座で見上げながら、恋華は言った。


「…そっちの2人は?」


『いやもう、ただただ申し訳ないとしか…』


一方、恋華の左隣に正座する勇気と暖は、土下座せんばかりに頭を下げていた。


「ん…それで?恋華は?」


「まー君のアホ」


恋華の発言に、正義の額に青筋が浮かぶ。


「…沙織姉ちゃん、太助は…?」


「ごめんね太智君、もう少しだけ待ってね?」


沙織は太智の頭を撫でながら、正座する3人と正義を見て…


「はぁ…」


浅いため息を吐いた。








~pm03:20~公園へ続く道(前方)


「もう少しで公園に着くよ!」


言うや否や、太智はやや歩みを早める。弟が心配で堪らない…といった様子だ。


「…正義君、どう?」


「まだ有力な情報は入って来ないな…とりあえず、近辺に警官は配備されてるから、不審者が居ればすぐに…」


正義が言うと、まるで待ち構えて居たかのごとく、正義の携帯が鳴った。


「はい、こちら桜田…お疲れ様です、どうですか?…暴れてる?わかりました、すぐに…」


正義は眉を潜め、携帯を閉じた。


「…暴れてるって、不審者?」


「あぁ、なんでも…"巨大なハンマー"と"金色の槍"を振り回す2人組が、一般人を人質にしているらしい」


正義に言われ、沙織は直ぐ様後ろを振り向くが…そこに、3人の姿は無かった。









~pm03:15~公園へ続く道(後方)。


「…マジ、無駄な抵抗とか止めとけってぇ…」


「うるせぇ!仕方ねぇだろ、こいつがやっちまったんだから!」


金色の槍を暖の首に突き付けながら、勇気は言った。


その隣では、恋華が無言で"グラビテス"を振り回し、自分たちを取り囲んでいる3人の警官を威嚇していた。


「だってさぁ、そりゃあ怪しいでしょうよ?仕方ないでしょうよ?電柱に隠れてストーキングですから、軽い職質ぐらいはさ?でもさ、俺たち高校生だぜ?"友達の後をつけて遊んでる"で十分な理由にならねぇ?」


「んなこと俺だってわかってっけど…こいつが反射的に…」


言って、勇気が恋華に視線を向ける。


「…え?正当防衛だよね?」


『完全な公務執行妨害だ!』


首を傾げる恋華に、暖と勇気が叫ぶ。すると…






「…茶番は済んだのか?」






3人の目の前…恋華に反射的にぶっ飛ばされて横たわる警官の前に、明らかに怒っている正義が立っていた。








~pm04:30~寺尾家玄関。


「いやぁ…涼しいわねここ、風が気持ちいいわ」


豊の家の玄関に座りながら、愛は満足そうに言った。


「これで冷たい麦茶でもあれば…いや、催促してるわけじゃないんだけどね?」


「それを催促って言わずに、何て言うのさ」


豊は、ため息混じりに愛に麦茶を差し出す。


「さすが!」


愛は麦茶を受け取り、一気に飲み干した。


「んっ!あぁぁぁぁ…染みるぅぅぅ…」


「………おっさん」


「何か言った?」


愛に睨まれ、豊は視線を反らした。


「ふぅ…それにしても快適ねぇ、この家…蝉の声も聞こえないし、涼しいし…あ、お祭りとかやらないの?」


「過ごしやすさの話は何処いったのさ」


「んなことどうでもいいでしょ?私は祭りに興味があるの」


愛の言葉に、豊はため息を吐く。


「無いよ…まぁ、やったら少しは賑わうのかな…とは考えてるけど」


「なら、やりましょ」


「………そんな簡単に…」


豊の言葉を待たず、愛はおもむろにポケットから携帯を取り出し、電話をかける。


「…あ、もしもし親父?前に町内の祭りの場所探してたわよね?あったわよ、うん、寺尾神社」


「…いやいやいやいや…え?」


豊は話に付いて行けず、呆然としていた。










~pm05:00~久城一真の自宅。


「…あら?梨紅ちゃん?」


美由紀が首を傾げ、辺りを見回す。先程まで眠っていた梨紅の姿が見当たらないのだ。


「帰ったのかしら…」


美由紀はそう呟き、家事を続ける。特に梨紅の心配をするでも無く、いつものことと、気にせずに…




「…何処だろ」


梨紅は、一真の家の屋根の上に立っていた。


その場でゆっくり回転し、360°見回すと…


「…居た」


言うや否や、梨紅は跳躍する。


屋根から屋根へ飛び移り、梨紅は何処かを目指して突き進む。


「私の親父、町内会長でね?ずっと探してたのよ、夏祭り出来る場所」


「あぁ…どうりで、行動が早すぎると…」


床の間に正座し、愛のコップに麦茶を注ぎながら、豊は言った。


「…今更だけど、大丈夫なの?勝手に祭りの会場にしちゃって」


「今更にも程があるし、僕は許可した覚えは無いよ」


「…麦茶が美味しいわねぇ」


豊の言葉に苦笑しながら、愛は麦茶を飲み干した。


「はぁ…とりあえず、父さんに言わなきゃ…」


豊はそう呟き、立ち上がる。そして、家の奥へ踵を返そうとしたが…


「あっ…」


「何…ぶふっ!」


凄まじい勢いで玄関を振り向いた豊の目は見開かれており、それを見た愛は、勢い良く麦茶を吹き出した。


「汚っ…」


「ごめっ、ゲホッ!い、いきなり何よ…」


むせる愛の脇をすり抜け、玄関にあったサンダルを引っかけ、豊は外に飛び出す。


境内に立った豊は辺りを見回す。豊に追いついた愛は、豊が一方を見つめるのを待ち、豊の隣に立った。


「…だから、何なの!?説明!」


「魔物」


豊は一言しか告げなかったが、愛にはそれで十分だった。愛は携帯を取り出し、メール画面を開く。


―――――――――

宛先:


かずま

さおり

だん

まさ

ゆうき

ゆたか

りく

れんか


件名:


緊急!


本文:


情報元、ゆたか


中型魔物1体が、大通りの高層ビルの屋上を、子供1人抱えて飛び回ってるらしい。


近くに誰か居るなら、行け!


――――――――――


「…よし、送信!」


携帯画面の送信完了の文字を確認し、愛は携帯を閉じた。


「…もうちょっと書きようがあったんじゃないの?」


自分の携帯に送られて来たメールを読み、豊は顔をしかめる。


「要点が伝われば良いのよ」


そう答えた愛は、携帯をポケットに仕舞うと同時に、1つの判子を取り出した。


「"飛行の判子<飛>"!豊、行くわよ」


「…やっぱり僕もなんだ…」


ぼやく豊の左腕を掴み、愛は空へ舞い上がった。









~pm05:10~公園。


愛からのメールを確認した5人は、太智を連れたまま、勇気と暖の運転するバイクで、大通りへ向かっていた。


勇気は後ろに恋華を乗せ、暖は後ろに沙織を乗せる。正義と太智は…


「…太智君まで空中じゃなくても…」


恋華の肩に掴まりながら、正義は呟く。


「良いじゃん、楽しそうだし」



答えながら、恋華は後ろを振り向く。


「沙織姉ちゃん!僕、空を飛んでるよ!」


「良かったね、太智君…とりあえず、ちゃんと掴まっててね?」


恋華の力で宙に浮かせた太智を右手で掴みながら、沙織は言った。


「3人乗りは法的に違犯だからな!これで何も言われないだろ?」


「いや、これはこれで不味い気がするが…」


胸を張る勇気に、顔をしかめながら正義が答える。


「ちっ!これだから人間界は…じゃああれか?飛べば問題ないな?」


言うや否や、勇気は右手をアクセルから離し、指を鳴らす。すると…


「うおっ!ちょっ、浮いた!」


暖が騒ぐ。車体が浮かび、不安定になったのだ。


「直ぐに安定する!操作は体で覚えろ!」


「マジっすか!?」


暖は、揺らぐ車体に振り回されながら必死にしがみつく。


「さ…沙織姉ちゃん!凄い飛んでるよ!」


「太智君ちゃんと掴まって!暖君は頑張って!」


「頑張るけど…これ、なんで中途半端にしか浮かばないんだよ!」


暖が勇気に問うが、勇気は既に上空に居て、暖の声は届かない。


暖の運転するバイクは、精々…2階建ての家ぐらいの高さまでしか浮かんでいなかった。だが、暖たちの進行方向には、12階建てのマンションが…


「暖君!ぶつかる!」


「上がれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


崖にぶつかる寸前のラ○ュタの主人公の如く叫びながら、暖は全力で車体を垂直に立てた。すると…


「うぉ…これ、ブレーキか」


垂直の状態で、暖のバイクは静止した。だが、アクセルは握りっぱなしの為…


『わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!』


宇宙へ向かうロケットの如く、3人は大気圏へ向かって飛んで行く。


「何やってんだお前ら!」


勇気の言葉も、3人には聞こえない。


結局…3人が帰って来たのは、それから10分後だった。


「少し、気になることがある」


恋華の肩に掴まったまま、正義は顔をしかめ、言った。


「魔物は何故、人間を連れ去るんだ?」


「食べちゃうんじゃない?」


「なら、何故その場で食べないんだ?人間に見られると不味いことでもあるのか?」


「…無いだろうなぁ、目撃者も食べればいいんだから」


正義と恋華の会話に、勇気が入って来る。


「つまり、食べる以外に目的があるってことだな」


「そうなると、その目的ってのはいったい何だろうな?」


勇気の言葉に、正義と恋華は考える。しかし、2人揃って口を開かない所を見ると、これといった考えは浮かばないらしい。


「まぁ、すぐにわかるけどな…そろそろ到着だ」


言って、勇気は辺りで一番高いビルを捜し、その屋上にバイクを停めようとする。


「…所で、暖たちは大丈夫なのか?」


勇気の運転するバイクから降りた3人は、勇気の後ろに着地した暖のバイクを振り向いた。


「…駄目みたいだな」


勇気の言葉通り、あまり大丈夫では無いらしい。


疲労困憊…ぐったりした3人が、そこに居た。


「…生きてる?」


「うん…体調は最悪だけど…」


「気持ち悪い…」


暖、沙織、太智の3人から、どんよりしたオーラが出ている。だが、勇気は見て見ぬふりをし、辺りを見回す。


「魔物は何処だ…」


呟く勇気に触発されたように、正義と恋華も辺りを見回す。しかし、それらしき影は見当たらない。


「他の場所に行っちゃったのかな…」


「可能性はあるな…豊に連絡してみるか」


恋華にそう言って、正義は携帯を取り出すべく、ポケットに手を入れる。しかし…


「電話する必要はないわよ」


そんな言葉が、空から落ちて来た。同時に、愛と豊が勇気のバイクの上に着地する。


「てめぇ!オレのバイクに…」


「豊、魔物は何処だ?」


勇気を無視し、2人の登場にリアクションも取らず、正義は聞いた。


「…南南東の方角…あっちだよ」


そう言って、豊は自分の後方を指差した。その指の先を追って、正義たちは南南東を見るが…


「…どのビルよ!」


無数のビルに視線を向けながら、皆を代表して愛が言った。


「ここから53m先の、小さなビルの屋上…ここの端に立って下を見れば見えるよ」


豊の言葉と同時に、正義たち3人と愛が駆け出し、ビルの屋上の縁から身を乗り出す。


「…いたな」


正義が呟く。確かに、子供を担ぎ、腕の代わりに翼の生えた、魔人にも見える魔物がそこに居た。


「太智くん、あそこに居るのって弟くん?」


恋華は言いながら、重力を操り太智を手繰り寄せる。


「うぅ…どれ?」


「あれだよ、あの下の…」


「遠くて見えないよぉ…」


目を細めながら、太智は首を振る。確かに、ここと向こうとは距離がある。


「もっと近づかなきゃ…」


「いや…人質が居る以上、下手に動くのは危険だと思うが」


「恋華ちゃんには悪いが、オレも正義に同感だな…皆、ちょっと集まれ」


正義と勇気で恋華を制し、勇気が集合をかける。


「この中で、狙撃に自信のあるやつ」


勇気の言葉に、誰も反応しない。勇気は顔をしかめつつ、更に続ける。


「狙撃に使えそうな、遠距離用の技を持ってるやつ」


これには、正義と恋華、豊が挙手する。

「おぉ…豊が遠距離用の技をねぇ…」


「…座標指定だけなら」


「補助だけか!…まぁ、必要な技ではあるけどな」


勇気は言って、正義と恋華に向き直る。


「んで?お前らの自信の無い理由は?」


「風の弾丸は威力が高く、スピードもなかなかだ。だが、命中率があまり高くない」


「重力の弾は、引力を使って真っ直ぐに飛ばすことしか…」


「つまり、豊の指定した座標を通過するように引力を使って風の弾丸を当てれば良いのね」


2人の意見を聞き、愛が纏める。


「太助くんに当たらない座標指定が重要だな…あと、タイミングもか」


「よし、準備だ…恋華ちゃんは下に降りて、引力を発生させる場所を設定して来て」


「了解!」


返事をするや否や、恋華は屋上から飛び降りた。


「…心臓に悪い降り方しないでよ」


まだ体調が優れないらしい沙織が言い、暖もそれに同意したように頷いた。


「今、pm05:45だろ?じゃあ、pm05:50に作戦開始にしよう」


勇気の決定に、異論を唱える人間は居なかった。


~pm05:50~作戦開始。


「座標…霊結界内586・9225に指定…」


豊が魔物を見据え、細い目を更に細める。豊の目に、魔物にターゲット・マーカーが付いている様子が見えた。


『座標位置の確認、完了!何時でもいけるよ!』


左手で携帯を持った恋華は、右手を座標に向け、地上に立っていた。合図と同時に、引力を発生させる手筈だ。


「よし…正義、頼んだぞ」


「あぁ、任されよう」


勇気の言葉に応え、正義は魔物にウィルの銃口を向ける。


「ウィル、ライフルモードに移行…」


正義が言うと、ウィルの刃が可変し、銃口を挟み込んだ。


「嵐流滅風…"トルネード・スリヴァー"」


正義の回りに風が渦巻き、小さな竜巻を作り出す。あまりの強風に、正義自身も不安定な様子だ。


「…おい、銃口ぶれまくりじゃねぇか、大丈夫か?」


「恋華が居るから、大丈夫だと思うが…」


「いや、いくら引力を使うって言っても限界があるでしょ…」


「…正直、わからないな」


勇気と愛の不安そうな表情に、正義の顔も暗くなる。


『大丈夫だよ!ちゃんとサポートするから!』


「いや、あんたはこの状況を見てないからそんなこと言えるのよ」


電話ごしにそう言って、愛は正義を…魔物から180°後ろを向いている男に、冷めた視線を向ける。


「…マサ、せめて前向きなさいよ」


「…前ってどっちだ?」


「もういいわ…私が打てって言ったら打ちなさい」


愛は額に青筋を浮かべながら言い、豊の肩に右手を乗せ、目をつむる。


「銃口が座標に向いた瞬間に打たなきゃ…」


愛の顔に、緊張の色が見える。思わぬ誤算から、タイミングが命のギャンブル要素がふんだんに盛り込まれた作戦になってしまった。


「…もう少し右向いて…もっと…ちょっと銃口上げて…よし、そのまま…」


愛の微調整に、正義は必死に応える。そして…


「打て!」


「なっ…」


その時が訪れるのは、予想外に早かった。正義は一瞬怯み、僅かにタイミングがずれた。


風を貫く発砲音が、辺りに響く。恋華が引力を使うも、軌道修正が間に合わない。


『くっ…当たって…』


電話を通して、恋華の苦しそうな声が聞こえる。


「ヤバい!外れ…」


愛が思わず目を開ける。正義の放った弾は、魔物の翼を貫いた。


「くそ!失敗だ!」


勇気は言って、屋上から飛び降りる。だが、突然の攻撃に混乱した魔物が、今にも人質に襲いかかろうとしていた。


落下するにつれて、勇気には人質の顔が認識出来始める。それは少年で、太智によく似ていた。


「ビンゴか!けど…」


間に合わない。そんな考えが勇気の脳裏を横切る。


次いで、最悪のケース…人質が襲われた場合の結末が浮かぶ。


魔物に殺される人質…絶望する家族…


人を守る為に人間界へ来た自分は、いったい何だ?子供1人守れないのに、何が人を守るだ?


力が足りない…一真や梨紅にも及ばない…


MBSF研究会でのチーム分け…自分は確実に梨紅の下だと自覚していた。


だからこそ、アルバトロス2…2番目…


今は甘んじて受け入れた。それは、もっと強くなるという意思表示…


自分は弱すぎる…1人じゃ誰も救えない…


だけど、強くなる…人質を危険にさらさないぐらい…絶対に、誰よりも…


だから、今回だけ…今回だけは、どうか…


「間に合ぇぇぇぇぇ!」


矛を取り出した勇気の叫びが、辺りに木霊する。すると…


「…"天竜の矢"」



蒼い色の矢が8本、魔物を貫いた。


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