エピローグ 魔法使いと退魔士と
一真が目を覚ますと、自宅のリビングに横にされており、美由希、華子、暖、沙織、そして梨紅の顔が見えた。
「うぉあ!!何見てんだよ…」
「何見てんだよじゃねぇよ…」
暖が、上の歯と下の歯を離さずに、少量の怒りを込めた言い方で言った。
「どんだけ心配したと思ってんだこのハゲ!」
「そうよ久城君、本当に心配したんだから!」
「ダン…山中…」
そして梨紅は…
「…ふん!」
「ぐ、ぉぉ!!!」
一真の腹部に、全力で拳を降り下ろした。
「な…に、しやがる…」
「心配かけた罰よ、安いもんでしょ?」
「こん~の野郎…」
「まぁとにかく、無事で良かったわぁ!」
「本当本当、カズ君が死んじゃったら、母さん泣いちゃう!」
梨紅以外の面々は、それなりに一真を労ってくれた。
暖の話を聞くと、沙織と二人で校庭まで逃げたは良いが、屋上で大爆発が起こった事に驚き、急いで引き返した所、屋上に梨紅が倒れていて、空から降りてきた黒髪長髪の青年も、地に足が着いた瞬間気絶したと…
「そんで、オレがカズマを背負ってお前んちまで運んだってわけよ!」
「そうだったのか…ありがとなダン」
「まぁ、普段世話になってるしな?これぐらいはやらないと…」
「しかしお前、本当に今日は荷物持ちしかやってないなぁ…」
「ほっといてくれ!」
ダンとのやり取りの最中に、梨紅が突然一真のワイシャツを捲り上げた。
「お…ぉい!馬鹿!お前…何して!!!」
「傷跡…塞がってるね、完全に」
5人が一真の腹部を覗き込む。
「うわ!一ヶ所だけ白くて気持ち悪!」
「お…男の子の裸…」
「あら!カズマ君たら、たくましいじゃない♪」
「腹筋割れてる!腹筋!」
…上から、暖、沙織、華子、美由希である。
「え?ちょっ…見るなぁ―――――――!!!!!」
ただいまの時刻、午後8時…
大変賑やかな、久城家である。
夜…電気もついていない真っ暗な一真の部屋で、一真はベッドに横になり、枕に頭を乗せ、掛布団を掛け、目を瞑り…
簡単に言えば、眠っていたのだ。
静寂に包まれた部屋…
そこに、どこからか風が入ってきた。
誰かが窓を開けて入ってきたのだ。
それが誰かは、言わずともわかろう…
が、あえて言おう…梨紅である。
梨紅は一真が寝ているベッドに潜り込み、一真に寄り添った。
「…まだ、起きてるぞ?」
一真が両目を開き、天井を見つめる。
「…知ってる」
「知ってても来るんだ…」
「うん…」
会話が途切れる。
一真はちらっと、隣に寝ている梨紅を見た。
梨紅の瞳に、涙が溜まっていたのに気付いた。
「リク?」
「…怖かった」
「…まぁ、初めての魔族戦だったから…」
「違う…」
「違う?」
「魔族なんて、魔物と一緒よ…カズマと一緒なら、怖くなんかない…」
「…」
「私が…怖かったの…は…」
梨紅が泣きながら、一真に抱きついてきた。
「カズマが…ガズマがじんじゃうんじゃないがっで…」
「…」
一真の寝巻きを握りしめながら泣きじゃくる梨紅を、一真は抱きしめた。
「ごめん…心配かけさせて…」
「…許ざないもん、カズマなんか嫌い…大ッ嫌い…」
梨紅はさらに強く一真に抱きつく…一真の骨が、ミシミシと悲鳴を上げ始めた。
「…許してくれとは思わないよ…」
「…」
「でもオレは、これからもずっとお前を助ける…リクが嫌って言っても絶対に…体張って」
「…嫌だよぉ」
「…」
「…死なないでよぉ…もう…あんな気持ち、嫌…」
「…」
「…馬鹿カズマ!全然反省してないじゃない!!」
梨紅は掛布団を跳ね飛ばし、一真に跨がり、顔や体を殴り始めた。
一真はそれを防ごうともせず、ただ無抵抗に殴られ続けた。
「馬鹿…馬鹿、馬鹿、馬鹿!馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿ぁぁぁ!!!!!」
殴り疲れて大人しくなった梨紅を、一真は抱きしめた。
「う…ぅぅ…うわぁぁぁぁ―――――――――――――!!!!!」
梨紅は、それから数時間泣き続けた…
梨紅が泣きつかれて眠るまで、一真は梨紅を抱きしめていた。
そして、彼は決意した。
もう二度と、梨紅を悲しませはしないと…
これから先、梨紅の拳は絶対に防ごうと…
そして…
明日、散髪に行こうと…
梨紅に殴られて腫れた顔を撫で、
突然腰まで伸び、
いつのまにか緋髪から黒髪に戻っていた長髪に指を通し、
一真は気絶するように眠った。
翌朝…一真が起きると、梨紅はいなかった。
早朝に、自分の部屋に帰ったのだろう。
昨夜のやり取りを思い出し、一真は頭を抱える。
「…痛ッ―」
腫れた部分に手が触れてしまい、顔がジンジンする。
「…"ヒーリング"」
一真は自分の顔に回復魔法をかけ、腫れを消してから階下へ向かった。
「おはよう母さん」
「おはようカズ君…あら?急がないと遅刻しちゃうんじゃない?」
「ん…床屋に行ってから学校行くよ。」
「…そうねぇ、その頭じゃ…ねぇ?あ、学校に電話しないと…」
そう言って、美由希は階段の脇にある電話へパタパタとスリッパを鳴らしながら走って行った。
「あ…リクに言っておかないと…」
一真はソファーに座り、心の声で梨紅に話しかけた。
(おはよ~リク、起きてるか?)
(…何?)
返事はしたものの、不機嫌なオーラが声を通して伝わってくる。
(なんだよお前、寝てたのか?遅刻するぞ…)
(黙れ)
(…え?)
思ってもみない返答に、一真は驚いた。
(お前…どうした?なんでそんなに…)
(うるさいわね!何の用よ!!)
(!!えっと…今日、床屋に行ってから学校行くから…)
(だから?)
(へ?)
(だから…何?)
(いや、それだけ…だけど…)
(それだけ?たったそれだけの事を言うために、私は朝からあんたの心の声を聞かされたってわけ?へ~…)
可笑しい…あまりにも、昨日とは違いすぎる。
(…お前、本当にリクか?)
(当たり前でしょ?くだらない事聞いてくるんじゃないわよ、馬ぁ鹿)
(…)
一真も、だんだん腹が立って来たようだ。
(おい…なんでキレてんだか知らないけどなぁ?言い方ってもんがあるんじゃないか?)
(はぁ?別にキレてないですけど?指を振りながら言ってもいいわよ?「キレてないですよ」)
(くだらない事言ってんじゃねぇよ…キレてんじゃねぇか)
(だから…キレてないって言ってんでしょ!しつこいのよ!死ね!)
(はぁ!?意味わかんねぇ…いきなり何だってんだよ!)
(うるさいって言ってんでしょ!あんたなんか、昨日死んじゃえば良かったのよ!)
(!!!)
流石にこれには一真も堪えた…心の底から、怒りと悲しみが沸き上がって来た。
(お前…本気で言ってんのか?)
(……そ、そうに決まってんでしょ?何言ってんの?)
(…)
(そもそも、誰が助けてって言ったのよ?勝手にしゃしゃり出てきて、勝手に刺されてくたばりそうになってりゃ世話ないわ)
(…)
(大っ嫌いなあんたに助けられるぐらいならね?殺されてたほうがましだっ…)
(…もう、いい…)
一真は静かに、心の声を梨紅に送った。
(お前の言いたい事は良くわかった…お前はオレが大嫌いで、死んでほしくて、一緒にいるのなんかそれこそ死んだほうがまし…そうだな?)
(そうよ!その通り、私はあんたの声を聞いただけで耳が腐りそうになって、あんたを見ただけで視力が下がり続けるのよ!)
(…わかった、ならオレは、お前とは絶対に関わらない…部活も辞める、宿題も見せない、教えない…退魔士の仕事も手伝わない!)
(え!…あ、じ…上等よ!せ~せ~するわ!)
(心の声も、もう使わなくて言いな?耳が腐ったら大変だからな)
(…)
(最後に一つだけ聞かせてくれ、これで終わりにするから。)
(?)
(お前昨日、オレが「好きだった」って言った時、「私も」って言ったよな?ありゃなんだ?)
(…くたばる人間への、弔いの言葉よ…)
その一言で、全てが砕け、色褪せた。
(わかった…じゃ、二度と心の声で話す事はないだろう…肉声で話す事も、ないと嬉しいんだけど…)
(!!!)
(また、学校で会いましょう…今城さん)
(!ちょっ…カズ…マ…)
ブチッ…
一真は強引に心の声での会話を終わらせた。
その目には涙が溜まっていたが、あくびで誤魔化せる程度だ。
しかし、学校では…
誰もいない教室…自分の椅子に座る梨紅は、溢れ出る涙を拭かず、声を上げて泣いていたのだ。
これが、暖命名のカズリク戦争…
一真と梨紅、始めての大喧嘩の始まりである。
「?どうしたのカズ君、顔が真っ青よ?」
「…いや、大丈夫…寝不足なだけだから」
「そう?あ、先生には病院に行って、3時間目ぐらいには行くって言っておいたよ?」
「わかった…」
一真は床屋へ行き、長い黒髪を元の長さに戻してもらい、家に帰り、シャワーを浴び、10時に家を出た。
登校中の一真はひたすら憂鬱で、これからの事を苦悩していた…
好きな女の子にボロクソに言われ、とどめにはっきり大嫌いと…
「…学校、行きたくねぇ…でも、行かないと単位が…でもリクの顔見たくねぇ…」
登校時間30分、ずっと同じ言葉を繰り返しつつも、学校へ到着。
一真が恐る恐るドアを開けると…教室の中に梨紅の姿はなかった。
一真は安堵の息を漏らし、自席へと向かう。
ドアから半分ぐらい進んだ位置に達した時、暖が寄って来た。
「お!よぉカズマ、散髪で遅刻とは、重役出勤ご苦労!」
「おはようダン、昨日はありがとな?」
「気にしない気にしない!ドンマイだドンマイ!」
「お!微妙に使い方合ってるっぽいぞ?それ」
「ふ!オレはもう、自由にドンマイを使えるようになったんだ…ドンマイマスターだ!」
「ドンマイマスター…なんか嫌だなそれ…」
「ドンマイ!…っと、それどころじゃないぞカズマ!」
暖が一真の両肩を掴み、真面目な顔で言った。
「どうしたんだ?何かあったか?」
「それを聞きたいのはオレの方だ!お前、今城と何かあ…やっば…」
暖が言葉を止め、冷や汗を流しながら教室のドアを見つめる。
「ん?どうした?ダ…」
「ぅぅりゃぁぁぁぁ!!!!!!」
一真の後頭部に、ドアから助走をつけた梨紅の飛び蹴りが突っ込んだ。
一真は吹っ飛び、梨紅はさらに追い撃ちをかけるべく一真に馬乗りになる。
「うわぁ…」
暖はいち早く危機を察知し、教室のドアへ避難済みだ。
そこへ、沙織が息をきらせて教室へ駆け込んで来た。
「あぁ!間に合わなかったぁ…」
「サオリちゃん…どうなってんの?」
「いやぁ…飲み物でも飲んで落ち着かせようとしたんだけど…」
「ほらリク、コーヒー」
「…ありが…!!」
梨紅はコーヒーを受け取らず、食堂の椅子から勢いよく立ち上がる。
「ど…どしたの?」
「…あいつの匂いだ…あいつが来たぁ!!」
そう言って、梨紅は食堂から飛び出していった。
…今に至る。
「馬鹿ぁぁぁ!!馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
もっそい勢いで一真を殴り続ける梨紅。
「はぁ!?匂いって…あいつは獣か…」
「獣の鼻を持つ…あれは…」
暖と沙織は梨紅に視線を向ける。
「うん…あれは…」
あまりの速さに、梨紅の腕が6本に見える。
「「…阿修羅だ」」
三面六手の阿修羅象…涙を流しながら一真をボコボコにする姿は、まさにそれだ。
「ぅわぁぁぁぁ!!!!!!」
「…く…こ……いい加減にぃぃ…しろぉ!!」
耐えかねた一真が、梨紅を止めようと右手を伸ばした。
…それがいけなかった。
「ぐぱぁぁ!!」
「…え?」
梨紅は奇妙な声を上げて吹っ飛んだ。
一真は梨紅の顔を押さえようと、平手を伸ばしたはずだった…そして、目を瞑ってしまっていた…どちらも失敗だった。
一真の右手はしっかりと握られており、突き出した右拳は梨紅の左頬に綺麗に入っていた。
「うわぁぁ!!り…リク!!ごめん!!」
一真はすぐさま梨紅に駆け寄ろうとするが…
「…あれ?」
体が動かない…梨紅に殴られ続け、ダメージが貯まりすぎたようだ。
「ちょっ…リク!大丈夫!?」
ドアの方から沙織が梨紅に駆け寄る。
「…あ…う…あ…あ…」
頬を押さえ、信じられないような表情で一真を見つめる梨紅を、沙織が抱き抱える。
「リク?大丈…」
「うわぁぁぁぁぁん!!カズマが殴ったぁぁぁぁ――――――」
そう言って、梨紅は沙織に抱きつく。
一真は「もう、どうにでもしてくれ…」と、諦めながら、その場で気絶していた。
一真は、保健室で意識を取り戻した。
真っ白な天井に独特の匂い…そして、布団がかけられてるとすれば…
「保健室か…」
と、一真が即答出来るのもうなずける。
「なんか…最近気絶すること多くないか?オレ…」
一真は独り言のつもりで、自嘲した。しかし、一真が気付かないだけですぐ脇のパイプ椅子に人が座っていたのだ。
「そうだね…低血圧かな?」
そう答えたのは、沙織だった。
「山中…?なんでここに?」
「保健委員の当番なの。今は昼休みよ」
「昼休みか…リクは?」
「ダン君に見張らせてるわ。あの子、休み時間の度に(あいつを殴りに行くんだぁぁぁ!!)って…大変だったのよ?」
「あ~ごめん…あれ?」
何故自分は謝ったのか…迷惑をかけたのは梨紅なのに。一真は浮に落ちないと言った表情をする。
「…喧嘩してても、やっぱりリクのこと気にしてるんだね?久城君って」
「そりゃあ…目が覚めた瞬間、あいつに殴られたんじゃ堪ったもんじゃないからな」
「本当にそれだけ?」
「…あいつの事、殴っちゃったし…」
「あぁ…リクのほっぺ、腫れてたよ?…久城君程じゃないけど…」
「…"ヒーリング"」
一真は本日二度目の回復魔法で、怪我を治癒する。
「ねぇ…なんで喧嘩になったの?」
「…リクから聞いてねぇの?」
「いやぁ…聞けないでしょ?あの状態のリクじゃ」
「…まぁな」
「それで?二人の間にいったい何が?」
「…所々、恥ずいとこは省くぞ?」
「恥ずいとこって…ん~まぁいいや、話して?」
「…昨日、山中がダンを連れて逃げた後に、オレはリクを庇って死にかけたんだ。」
「ほぉほぉ…」
「まぁ、その後なんだかんだで復活して、オレは魔族を倒した。」
「省いたねぇ…物凄く」
「そんで夜、山中達が帰った後…リクと話した。」
「何を?」
「魔族と戦った事…あいつは怖かったって言ってた。あ、魔族との戦いがじゃなくて…オレが死ぬんじゃないかって…」
「…続けて?」
「それでオレが、心配かけてごめんって言って…そしたら、許さない…カズマなんか大嫌いだ!って…」
「…」
「オレは…許してくれなくても良い、お前がいやって言っても、オレはお前を体張って助け…」
「それだ!」
沙織は一真の眉間に人差し指を着きつけた。
「?」
「リクは久城君が死ぬんじゃないかと思って、怖かったって言ったんでしょ?」
「あ…あぁ、言った。」
「それなのに久城君は、死んでもお前は守る的な発言をしたわけだ!」
「…まぁ、そうなる…かな?」
「馬ッ鹿だなぁ!リクは久城君に死んでほしくないのよ!」
「いやいやいや、それは無いよ。今朝、あいつに言われたんだ…」
「なんて?」
「カズマなんか、昨日死んじゃえば良かったんだ!って…あんたに助けられるぐらいなら、殺されてたほうがまし…」
「本ッ当に君は馬鹿だなぁ!むしろ愚かだよ!愚か者だよ!」
「な…え?」
「そんなの嘘に決まってんじゃん!リクは久城君に、自分の為に死んでほしくないの!自分の為に君が死ぬなら、自分が死んだほうがましだって言いたかったの!」
「…」
「久城君、リクの気持ちわかってない…リクのこと考えてるようで、全然考えてない…リクはさ?久城君と対等でいたいんだよ。守られるんじゃなく、一緒に戦いたいんだよ…」
「…じゃあ」
「?」
「あいつが言った事は全部ウソか?死ねって言ったのも…嫌いって言ったのも…オレを見るだけで視力が下がり続けるってのも…」
「…まぁ、最後のは確実にウソでしょ…」
「…あいつ、今流行りのツンデレってやつか…」
「…わかりやすく言えば…そうかな?」
「そっか…嫌われたわけじゃないんだ…」
一真の表情が、目に見えて明るくなる。
ニヤニヤが止まらない…正直キモい。
「…解決できそう?」
「うん…多分大丈夫だと思うよ?…後一回、ボコボコにされるかもしれないけど。」
「そう…」
「ありがとう、山中…なんか、ダンに似てきたなお前。」
「…それって、良い意味で?悪い意味で?」
「両方」
「何それ!」
保健室に、二人の笑い声が響く…
今城 梨紅は怒っていた。
昼休みの教室、ほとんどの生徒が机を寄せあい、それぞれの輪の中で弁当を食べている。
いつもの梨紅なら、その輪の一つに入って楽しく弁当を食べるのだが…
今日の梨紅はいかんせん、近寄り難いオーラを発していて、普通の人間では近づくことが出来ないのだ…
「…今城?そろそろ機嫌治したらどうだ?」
不機嫌なオーラの中、わざわざ弁当を持って梨紅の隣…一真の席へ座った暖。おそらく、彼はこのクラスで唯一、今の梨紅に近づける普通の人間だろう…
「…何が?」
梨紅は非常に不機嫌な様子で暖に返答する。
「何がって…カズマのことだよ。そろそろ許してやれば?」
「嫌だ。絶対許さない。」
「…てか、何があったん?」
「別に…何もないわよ」
「いやいや…ならなんで怒ってんだよ?」
「…あいつが鈍感で、馬鹿で、自分勝手で、人の事何も考えてなくて、そのくせ…」
「ただいま~!ダン君、見張りご苦労♪」
沙織が保健室から帰って来た。梨紅の後ろに立ち、暖に敬礼し、梨紅の前の席に座る。
「おかえり沙織ちゃん…」
「どう?少しは機嫌治った?」
「…」
あからさまに不機嫌なオーラが出続けているにも関わらず、沙織は暖に質問した。
「…いや、全然…」
「だよねぇ?見ればわかるし」
「だったら何で聞いたの…」
「そりゃあ、部下の状況報告を聞くのは上司の勤めですから。」
「…オレ、いつのまにか部下にされてる?でも、部活に入ったのはオレの方が先じゃ…」
「…部活の中は実力次第で格が決まるのよ」
梨紅が会話に入って来た。
「先輩後輩は無いけど、上下関係は実力順…普通の人間のダン君は、もちろんしたっぱ。」
「えぇ!聞いてねぇし!」
「ちなみに、私は係長なんだってさ。」
「オレ達は会社員か?」
「ダン君は巡査よ?」
「警察官か!?」
「だって、魔物と戦って市民の安全を守るんだから…」
「え!?いや、宿題したり遊んだりする部活じゃ…」
「まぁ、表向きは…ね?」
梨紅と沙織がニヤリと笑い、暖が(騙されたぁ…)と、顔を手で覆う。
「…それでも、部長は二人なんだろ?」
「…部長は、私一人よ…」
せっかく機嫌が治りかかっていたのに、暖の一言で逆戻りしてしまった。
「カズマは部活、辞めるって…」
「はぁ!?カズマのやつ何言って…」
「ダン君!」
沙織が口元に人差し指を立て、(し~)と、静かにするように指示する。
立ち上がりかけていた暖は、大人しく一真の席に座った。
「…それに、一真がいたって…部長じゃなくて、あいつは署長よ…」
「…」
「…」
「もう…あいつと私は対等じゃな…」
(あ~…今城君、今城君)
「!!!」
梨紅が突然立ち上がり、梨紅の椅子が音を立てて倒れる。
クラス中の生徒が梨紅の方を向くが、それも一瞬だけだった。
「梨紅?」
「今城、どうした?」
沙織と暖を無視して、梨紅は怪訝な表情をしながら、一真の心の声に返答した。
(何よ…心の声は使わないんじゃなかったの?)
(気にするな)
(はぁ?あんたねぇ…)
(部長、今すぐ部室に一人で来い)
(?)
(…署長がお待ちです)
(な…)
そう言って、一真は心の声を切った。
「…あいつぅ…」
梨紅の顔は怒りに満ちていて、真っ赤になっている。
「り…リク?」
「お…おい、今城?大丈…」
「…トイレ行ってくる」
そう言って、梨紅は倒した椅子もそのままに、歩いて教室を後にし…廊下に出た瞬間、全速力で走り出した。
「…なんだ、トイレ我慢してたのか。」
「…あんたも鈍感ねぇ…」
「?」
残された沙織と暖は、梨紅の椅子を元に戻し、それぞれの輪の中へ戻っていった。
梨紅は走った。
脱兎の如くとは良く言った物だが、今の梨紅は明らかにウサギより数倍速い。
連絡棟に差し掛かりながら、梨紅は思った。
何故一真は自分を呼んだのか…しかも、絶対的に人気のない部室に…
数秒考え、梨紅は結論付けた。
そんな事はどうでも良い…と。
部室の前に着いた梨紅は、走って来た勢いのままに部室のドアを開けた。
「…カズマァァ!!」
地獄の底から聞こえたのではないかと錯覚するほどの大声に、一真もさすがにびびった…
「…怖いよ、お前」
「っさい!」
梨紅は一真に駆け寄り、その右頬に思いっきり右拳をめり込ませた。
「…」
一真はよろけて倒れる。しかし、梨紅はさっきのように追い撃ちをかけたりはしなかった。ただ、息をきらせてその場に立ちすくんでいるだけだ。
「…追い撃ち、かけないのか?」
「はぁ…はぁ…とりあえず…はぁ…さっきの…おかえしよ…はぁ…はぁ…」
「…対等…か」
「…」
一真は立ち上がり、口元から流れ出た少量の血を親指に取り、梨紅へ向かって歩き出す。
「!…はぁ…な、何よ?…やる気?」
「…」
梨紅は身構えるが、一真は梨紅の前で立ち止まる。さっき血を着けた親指を、一真は梨紅の唇に擦り付けた。
「!!何すんのよ!!」
梨紅が叫ぶと同時に、梨紅の周りに風が渦巻いた。
「!?あんた、魔法使うなんて卑きょ…」
「魔法を使ってんのはお前だよ」
「…うよ!!―――――え?」
梨紅が落ち着くと、風も治まった。
「退魔士の血を摂取すると、退魔の力が宿る…だから、魔法使いの血を摂取すれば、魔法を使えるようになるんじゃないかな?ってさ…試しに何か使ってみろよ」
「…"フライ"」
梨紅の体が空中に浮かび上がる。
「うわぁ…本当に…私うぁ!!」
突然、梨紅の魔法の効果が切れ、落下した。
「痛たたた…何なの?」
一真は、尻餅をついた梨紅に手をさしのべ、梨紅は少し躊躇いながらもその手を掴んだ。
「一時的な物なんだと思うぞ?さっき思い出したんだけど、オレも昨夜ピエールを倒した後…華颶夜に魔力吸われて気絶したんだ…」
「へぇ…でも、何で私に魔法を?」
「これで、オレ達は対等だぞ」
「!!!」
梨紅は驚きの表情で一真を見つめる。一真は苦笑しながら続けた。
「お前が今朝、オレに言った言葉の意味…昨日の夜、布団の中で言った言葉の意味…全部わかったから」
「…」
「お前は、オレと対等で居たかった…守られるんじゃなく、助け合いたかったんだ…」
「…気付くのが遅いわよ…鈍感」
梨紅は涙目で一真を睨み付ける。
「悪い…オレ、お前を守らなきゃって思うあまり、お前を御荷物扱いしてたんだな…」
「そうよ…私はカズマみたいに魔法で魔物にダメージを与えられない…でも、カズマは魔物に止めをさせなかった…それぞれの役割があると思ってたのに…」
「オレは、退魔の力を手に入れた…」
「魔法を使える、退魔の力で止めをさせる…私はいらないじゃない?カズマ一人で退魔士の仕事出来るじゃない…」
梨紅は大粒の涙を流しながら、溜め込んでいた気持ちを吐き出した。
「前にカズマは言った…私が必要だって…」
「…うん」
「今も、私が必要?」
「あぁ、必要だよ。」
「本当に?」
「…なら、お前はどうなんだ?」
「?」
梨紅は、自分に向けられた質問の意味を、理解できなかった。
「今のリクは、オレと同じ状態だ…魔法も退魔も使える…今のお前に、オレは必要か?」
一真は改めて、梨紅に質問する…
梨紅は即答した。
「必要よ…」
「オレも同じだよ…」
一真は梨紅の、腫れている方の頬に手をかざす。
「"ヒーリング"」
一真の手元が白く光り、梨紅の頬の腫れは消えた。
「あ…待ってカズマ」
「?」
一真は続け様に、自分の頬も治そうとするが、梨紅に止められた。
「私が治す…」
梨紅は一真の頬に手をかざし、一真の真似をして言った。
「"ヒーリング"」
梨紅の手元が真っ白に輝いた…それは、一真の使った治癒魔法よりも純粋な光…その光は二人を包み込み、部室内に光が満ちる。
「…不思議な気分だ…」
「うん…暖かいね…」
癒しの光は部室から飛び出し、貴ノ葉高校の全域に行き届いた。
光は人の怪我を、病気を、心の傷を治し…
全ての生徒、全ての学校関係者を、幸せな気持ちにして…
ゆっくりと、皆の中に消えていった…
部室から教室への道すがら、二人は終始笑顔だった…
二人だけじゃない…高校全体に、笑顔が溢れていた…
梨紅の使った治癒魔法は、人を幸せにする魔法だった…
喧嘩していた二人も仲直りし、購買で大人気の焼きそばパンを買い損ね、悲しみの底にいた生徒達まで、笑顔に変えたのだ。
そして、一真は一つの決心をした。
「リク…」
「ん?なぁに?」
「オレ、魔法を控えるのやめたわ」
「?」
「なんか…人が幸せになれる魔法って、良いもんだな…って思った。」
「…そっか」
梨紅は一真の前に立って、笑顔で言った。
「でも、前から魔法を控えてるようには見えなかったけどね♪」
「控えてたんだよ!」
二人の笑い声が、廊下に響いた。
そして…
二人の関係は、友達以上恋人未満に戻った。
もちろん、一真が部活を辞める事はなく、退魔の仕事も、二人てやることになっている。
ただ…
二人の心の距離は、少し縮まったのかもしれない。