12.殲虹は異世界を2回救った。
「…いや、でも…なんで貫けないんだ?」
一真は首をかしげる。一真の想像する、ディバイン・クロス・ブレイカーの威力は、障壁すら容易に貫くはずなのだ。
だが、実際は阻まれている。
「…麻美、引金が弱ぇよ」
「え…私のせい?」
顔をしかめる麻美に、一真は頷いてみせる。
弱い魔法は、強化にも限界があるのだ。
「上級魔法なら、一撃だったのに…」
「…なんか、ごめん」
溜め息を吐く一真に、麻美は謝る。が、納得はいっていない様子だ。
「…あ、でも貫けそうですよ?障壁」
ハウルの言葉に、3人は母艦へ視線を向ける。
丁度、障壁にヒビが入る所だった。ヒビは真ん中から徐々に、外側へ広がって行き、数瞬の後…障壁は砕け散った。
貫いたものの、ディバイン・クロス・ブレイカーの勢いは、残念ながら衰えてしまったようで…
「…倒せなかったか…」
一真は言いながら、顔をしかめて母艦を見据える。
なんとかして母艦を倒さなければ、この戦いは終わらない…ならば、どうする。
「…やるしか無いな」
言いながら、一真は起き上がろうとするが、上手く立ち上がることが出来ない。
「兄さん、無理しない方が…」
ハウルの言葉に、一真は何も答えない。
何かを決心するかのように、目を閉じて、眉をひそめる。そして…
「"リミット・エクステンド・エクシード"!」
再び、限界拡張の魔法が一真の身体を蝕み始める。
リミットは…長くて5分だ。
一真はハウルの膝から飛び起き、宇宙人の母艦を見据える。
「"フェルクルク"!"ソアー・フェザー=アクセル・モード"!"カムイ"!」
麻美達3人には目もくれず、一真は母艦へ向かって飛んで行った。
一真は飛ぶ。凄まじいスピードを維持しつつも、一真の体感スピードは、徒歩に相当する遅さだ。
肉体の限界というリミットを目前に、一真の頭脳は、未だかつて無い程に思考を巡らせていた。
全ての魔核が解放されたものの、一真の中に残存する魔力はそんなに多くは無い。
一真の手持ちは、魔石のクロスとサーグルス、そして…
「…"紅蓮・華颶夜姫"」
一真の右手から、緋色の大剣が現れる。
一真は、華颶夜姫に2つの魔石を押し付け、詠唱を始める。
「"彼の剣に、水・雷・火・光…斬刃の力を宿せ…白焔と黒光の帯と共に…我に仇なす物を断ち切る剣となれ…クロス=ファム・デリス・サーグルス…"」
一真の詠唱が済むと、紅蓮・華颶夜姫の中に2つの魔石が入り込む。
「"華颶夜・クロス・デリス=サーグリア・インフィニア"!」
紅蓮・華颶夜姫の形状が、大幅に変化する。
更に、麻美(大人)の封印した白焔と、封印に使用した漆黒の光が、華颶夜に集まり始める。
「"インフィニア・ライズ・デリス・キャバリアー"!」
一真の手の中で…紅蓮・華颶夜姫は、金色の焔を纏った白と緋色の剣に変化した。
爆炎の剣、エクセラーダ・ファム・パラディアを超える剣…金焔の剣、インフィニア・ライズ・デリス・キャバリアーの完成である。
「…くっ…」
一真の表情が、一瞬だけ曇った。金焔の剣の生成に、時間を掛けすぎたのだ。
リミットまで、残り1分を切った。だが、一真は既に、母艦に到達しつつあった。
「ぶったぎれ!"インフィニア"ァァァァァ!」
一真はスピードを上げ、母艦に突っ込んで行く。そして…
「"金色焔乃神威斬"!」
一真は剣を逆手に構え、母艦の表面に突き立て、滑る様に進む。
「おぉぉぉぉぉぉぉ…!」
気合い一閃…一真は母艦の後方まで飛び、剣に着いた血を払うが如く、剣を振るう。
瞬間…母艦の、一真が斬った部分から金色の炎が発火し、爆発する。
爆発は連鎖し、母艦の内部、外部問わず、あらゆる部位が爆発し始めた。
「一真!」
地上から空を見上げながら、麻美は一真の名を叫んだ。
あおいとハウルは、爆発を呆然と見ることしか出来ず、声を出す余裕も無い。
何より、一真が爆発に巻き込まれたことによるショックが大きい。あんなに弱った一真を見るのは、初めてだったのだ。
一真の元に行きたくとも、3人揃って魔力切れ…成す術が無い。
一真の身体は、今度こそ限界だった。
薄れ行く意識を、懸命にこらえさせ、一真が最後に見たもの…
それは、金色に燃える宇宙人の母艦と、1人の人間の姿だった。
その人間は、杖を一振りさせ、穏やかなメロディを奏で始めた。
その音色に包まれながら、一真の意識はゆっくりと…深淵へと沈んで行った。
次に一真が目を覚ましたのは、戦いの翌日の昼だった。
「…おぉ、生きてた…」
目を覚ますや否や、一真はそう言って苦笑する。すると…
「ファナユフィ、ロッド!」
「ぐおふ!」
あおいによって、一真の腹部に杖が振り下ろされた。
「痛ぇ…おま、あおい!何すん…」
「カズ兄ぃぃぃ!」
「兄さぁぁぁん!」
一真が文句を言う前に、あおいとハウルが泣きながら、一真に抱き着いて来た。
「お前ら…」
2人の様子を見た一真は、微笑みながら、2人の頭を撫でる。
「悪い、心配かけたな…」
「本当だよ!」
「本当ですよ!」
泣きながら、一真の顔を睨み付ける2人を、一真は抱きしめる。
「まぁ正直、生きてるのが不思議でしょうがないけどな…何があったか教えてくれないか?」
一真が覚えているのは、燃える母艦と歌だけだ。優しく、しかし激しい…暖かで、そして雄々しい…そんな歌…
「…あの後…母艦が、爆発したんです」
ハウルが嗚咽を抑えつつ、話し始めた。
金色の焔に包まれ、母艦の爆発は時間の問題だと、誰もがわかっていた。
だが、一真は帰って来ない…ハウル達の不安は最高潮に達しており、気が気ではない。
そんな中、歌が響いた。一真の覚えている、あの歌が…
ハウル達がその歌に首を傾げると同時に、母艦は爆発した。
一真を知る全ての人間が、一真の名を叫ぶ。一真が母艦に突っ込んで行ったことを、何故か皆が知っていたそうだ。
凄まじい爆発だったが、時空の歪みに阻まれたのか、ヴェルミンティアには爆発の衝撃が来なかった。
だが、歌は変わらずに響き渡る…皆が爆発に視線を向ける中、それは現れた。
たくさんの、虹色の音符…
それが道になり、それを纏った何かを導いていた。
虹色の音符を纏っていたのは、一真だった。
意識の無い一真は、虹色の音符の道を滑るように、ハウル達のもとに降りて来た。
「…こんな、ところです…」
話し終わると、ハウルは再び一真の胸に顔を埋めた。
「歌…虹色の音符…」
ハウルの話を聞いても、一真にはその正体がわからずにいた。
真眼で見ればわかったものを、力を使い果たした一真は、真眼を使えなかったのだ。
「…カズ兄、あれからまる1日眠ってたんだよ?」
既に一真から離れ、涙を拭いていたあおいは、溜め息混じりにそう言った。それに対して一真は…
「…"たった"1日?」
あおいの予想した驚きとは、真逆の方向に驚いていた。
限界拡張を2回に、上級魔法を10数回…たった1日で回復出来るものだろうか。
「…考えてても、仕方ないか…」
とにかく、終わった。それが、大切なことだ。
「そうだハウル、お前に"ドラグレア"を…」
一真がハウルに呼びかけるが…
「…すぅ…すぅ…」
「寝てるー…」
泣き付かれて寝ているハウルに、一真は苦笑する。
「ハウルちゃん、徹夜でカズ兄に付きっきりだったからね…」
「マジか…」
一真は驚き目を丸くしたが、すぐに微笑み、ハウルの頭を撫でる。
「ありがとな、ハウル…"ダウンロード・ドラグレアinファキュロス"」
一真はハウルの魔石にドラグレアを入れ、自分の眠っていたベッドにハウルを寝かしつける。
「…あおいも、ありがとな」
「いや、私は徹夜とかしてないし…」
「いや、バレバレだから…目の隈とか」
一真に指摘され、あおいはばつが悪そうに苦笑する。
「あおいも寝た方が良いぞ?」
「ううん!全然大丈夫だよ、元気だし」
そう言って笑うあおいの顔は、明らかに疲れていて…
「…"スリープ"」
一真はあおいを、強制的に眠らせた。
「…すっかり平和になったみたいだな」
一真が眠っていたのは、防衛局の医療施設だった。
一真はそこから出て、防衛局の屋上から下を見下ろしていた。
勝利を祝しての宴会と言った所か…あっちこっちで乾杯の音が聞こえ、笑い声が響いている。
「…本当に、終わったんだ…」
一真はそう言って、大きく伸びをする。
これで、一真の仕事は終わった。あとは、元の世界に帰るだけだ。
「…皆、元気かな」
一真の脳裏に、仲間たちの顔が浮かぶ。
3日後には会える…それが、一真にはたまらなく嬉しかった。
しかし、一真は知らない…
帰る前に、もう一波乱あることを…
宴は…一真が元の世界に帰る、前日まで続けられた。
どのお店も休業、休業…そんな中でどうやって宴をするのかと言えば、八百屋やら肉屋、飲食店などの店長たちの心意気のおかげに他ならない。
豪快なオヤジたちは、自分たちの店の商品や料理を、率先して食べ、飲み、騒いでいるのだ。
便乗と言う名の悪魔に取りつかれたように、人々は皆、大いに騒ぐ。
当然、一真も最初は宴に参加していた。
だが、一真の行く所行く所…人々は一真を讃え、崇め、祭るのだ。一真の気は、いっこうに休まる気配がない。
そんな一真の行き着いた先は、学院の屋上だった。
「…ん?」
屋上のドアを開いた一真は、首を傾げる。先客が居たのだ。
「あ、一真君…」
「キョウコか、ちょうど良かった」
一真はそう言って、先客…キョウコ=セントラルに近づいて行き、ポケットから何かを取り出し、手渡す。
「…?これは…」
「キョウコの先祖…サーグルスの魔石。キョウコに渡すように頼まれたんだ」
サーグルスとの約束を果たし、一真は屋上の柵に寄りかかって座る。
「先祖って…ん、よくわからないけど、確かに受け取りました」
そう言って、キョウコは魔石をポケットにしまった。ポケットにしまわれる瞬間…一真が一瞬だけ見た魔石は、淡く輝いているように見えた。
「…で?キョウコはなんでここに?」
一真が何気なく聞くと、キョウコは空を見上げながら呟いた。
「夢を見たの…ここで、一真君に会う夢」
「予言の次は予知夢か…」
一真は疲れたように笑い、キョウコと同じように空を見上げる。
「…予知夢だけじゃないんだよ?ここ数日、今までよりも鮮明に声が聞こえるの」
「へぇ…そうなんだ」
キョウコの言葉に、一真はさほど興味も無さそうに言った。
だが、次のキョウコの言葉に、一真は興味を示さずにはいられなかった。
「…"聖なる魔を放つ者、久城一真…女神の元へ帰する為、王に剣を向ける"」
「…は?」
一真は顔をしかめ、キョウコの顔を凝視する。
キョウコの顔…目は遠くを見るように細く…何かに取りつかれたように口を開け…本当に"予言者"のような雰囲気を醸し出していた。
「"王に剣を向ける反逆者…槍を持った兵隊に囲まれて…不敵に笑った"」
一真はもう、座って居られなかった。直ぐ様立ち上がり、キョウコの肩を掴み、揺する。
「王に剣を向ける反逆者…オレが?もっと、具体的に…」
「"兵隊は倒れ、王は怒り…反逆者は剣を振り下ろす"」
一真は、揺するのを止めた。考えうる中で、最も最悪のシナリオだ。
「"王は言う…『神に反逆する愚か者…』それが、反逆者が聞いた王の最後の言葉であり、反逆者はそれに答える。後、王は玉座より転げ落ち…動かなくなった"」
一真の顔が、青くなる。明日、自分は何をするのか…まさか、犯罪を犯すのか…そんなことを考えながら、一真はキョウコの言葉の続きを待つ。
「"反逆者の最後の言葉は…"」
「言葉は…」
「…あ、これで予言は終わ…」
「嘘ぉぉぉぉぉぉぉ!そこでぇ!?そんな中途半端な終わり!?」
一真の顔の青さは、一気に吹っ飛んだ。驚愕の結末だ…落ちがない。
「大丈夫ですよ、なんとかなります」
「説得力って言葉知ってる?今の君にはそれが皆無だよ?わかる?」
一真は早口にそう言って、頭を抱える。
王に反逆する自分…兵隊を倒し、王に剣を振り下ろす自分…
「それで帰るって、後味悪すぎんだけど!」
一真が言うと、キョウコは首を傾げる。そしてキョウコはふと、柵の上を見上げた。
「久城一真」
一真の頭に影を落とし、柵の上から誰かが一真の名を呼んだ。
「…ティア…」
柵を見上げ、一真は忌々しそうに麻美(大人)を見た。
「何の用だ」
「王様からの指令を伝えに来た」
「断る!断固拒否だ!帰れ!」
全力で拒否する一真を無視し、麻美(大人)は続ける。
「明日、正午…ベルベオン城に来ること。王に謁見の後、あなたを元の世界に導く」
「ノォォォォォ!」
本日何度目かの一真の叫びが、ヴェルミンティアに響き渡った。
翌朝…ほとんど寝ていない一真は、ベッドに横になり、虚ろな瞳ですぐ脇の壁を凝視していた。
とてもじゃないが、胸を張って帰れる状況ではない…
「…はぁ…」
だが、だからと言って、この世界に留まる気も無い。
「まぁ…なるようになるかな」
その場の判断に任せる。それが、一真の出した結論だった。
一真は仰向けになり、右手を顔に持っていき、両目を塞ぐ。
少しでも、睡眠を取る為に。
それから、何時間経っただろうか…一真の部屋に、誰かが入って来た。
「一真、そろそろ起きたら?」
麻美だった。麻美は一真を軽く揺すり、起床を促す。
「ん…今、何時…?」
「もう、11時半だよ」
麻美の言葉から、数瞬のブランクの後…一真の意識は、覚醒した。
「やべぇ!遅刻する!」
「ギリギリだと思うよ?まぁ、準備出来たらリビングに来てよ」
そう言って、麻美は部屋を出る。ドアが閉じた瞬間、一真は全力で、身仕度を整え始めた。
「起こしてもらっといてアレだけど…もう少し余裕持って起こしてくれても良かったんじゃね?」
「良いじゃない、間に合うんだから」
麻美はそう言うが、一真は溜め息を吐く。自分にご飯と寝床を与えてくれた麻美の両親に、ちゃんとしたお礼の言葉を言う暇も無かったのだ。
「麻美の両親に、申し訳ない」
「大丈夫だよ、気にしすぎだって一真は…」
「バッカお前…常識として、しっかりやるべきだって」
ベルベオン城に向かって飛びながら、2人は言い合う。すると…
「遅いよカズ兄!」
「こんにちは、兄さん」
あおいとハウルが、合流して来た。
「よぉ、お前らも呼び出しか?」
「カズ兄の付き添いだよ」
「見送りです」
「そっか…ありがとな、2人とも」
言って、一真は嬉しそうに微笑んだ。
だが、その微笑みはすぐに、しかめっ面に変わる。
「…皆、ちょっとストップ」
ベルベオン城の手前…ティアの城の頂上に、一真は人影を見つけた。ティアだ。
「…行くの?」
自分の前に停止した一真に、ティアは問う。
「あぁ」
それに対する一真の返答は、単純かつ、明快だった。
「そう…じゃあ、案内するわ」
言って、ティアは指を弾き、鳴らす。
すると、ティアの腰から、麻美と同じ色の光の羽が生える。
「…私と同じ?何で…」
「さぁ…"偶然"じゃないかな」
そう言って、ティアは4人の先頭を切って飛ぶ。
首を傾げる麻美を横目に、一真は苦笑し、ティアの後を追った。
ティアに導かれた先は、緑溢れる美しい庭園だった。
「…ここから上は、城って言うより宮殿だな…」
「…何が違うの?」
「造り」
一真の回答に、あおいは首を傾げるだけだった。
「予言者ティア様!殲虹の一真様!空桜の麻美様!"散雷-さんらい-のあおい様!""翠凰-すいおう-のハウル様"!ご来場!」
5人が庭園から中に入ると同時に、衛兵がそう叫んだ。
「…さんらい?」
「…すいおう?」
「2人のコードネームね…今回の戦いで、正式に決定したみたい」
麻美の言葉に、2人は大喜びだ。コードネームをもらったということは、ようやく…上の人間に認められたということだ。
「散雷と翠凰か…かっこいいじゃん」
そう微笑む一真に、2人は満面の笑みを向ける。
「さぁ、先へ進むわよ。王が待ってる」
歩き始めたティアの後を追って、4人は歩く。
赤い絨毯を歩く5人…扉をくぐると、衛兵が頭を下げる…それを何度か繰り返し、行き着いた先は…
「玉座か…」
豪華な装飾…それに、一真は顔をしかめる。
豪華な玉座の必要性は、一真からすれば皆無だ。
そんなことをする金があるなら、もっと宇宙人対策に使えたはずだ。
そもそも、宇宙人に対して王は…"上に立つ者"は何をした?
「いや…考えても仕方ないか」
一真は首を振り、玉座を見据えた。
「よく来たな…英雄たちよ」
玉座に向かって、1人の男が歩いて行く。
一真以外の4人はその場にひれ伏し、衛兵も、ひれ伏した。
「…?一真、王様の前よ?早く…」
「だから?」
『な…』
一真の言葉に、玉座の間は震撼する。
「む…肝が座っておるな」
「そうか?多分、自暴自棄になってるだけだと思うぞ」
『(タメ口!?)』
玉座にはもう…頭を下げる者は居なかった。
兵たちが見守る中、一真は腕組みをし、玉座に座る王を見据える。
「…で、用件は?出来れば手短に頼むぞ」
『!?』
『…はぁ…』
一真の言葉に驚愕する兵たちを他所に、麻美たち3人は溜め息を吐く。
「ふむ…手短にか…んー…」
王は目を閉じ、しばらく考える。
「…まぁ、世界を救ってくれてありがとう…って所か」
「別に…オレはちょっと手助けしただけだ。あんたがもっと戦力強化に取り組んでたら、オレは不要だったしな」
『(…手助け?しっかり全てを終わらせてたような…)』
その場にいた、一真以外の全ての人間が、同時に思った。
「そう謙遜するな…そなたに褒美を取らせる」
「要らねぇって」
褒美すら断り、一真は顔をしかめる。
「そうか…では、折り入って頼みが…」
「却下…あんたの頼みを聞く気は無い」
王の言葉を全否定する一真。王は、表面上は笑っているが、額に青筋が浮いているのは気のせいではないだろう。
「では、防衛局魔導隊への"命令"…」
「本日午後0時をもって除隊済みだけどな」
「ならば国民として命ずる!」
王は遂に立ち上がり、一真を指差し、言った。
「王直属の兵として、我に仕えよ!」
「謹んで、お断り申し上げる。オレはもう、"てめぇ"の国の民じゃねぇ」
一真の度重なる暴言に、王は怒り狂い、一真に杖を向け、怒りのままに魔法を放つ。
「…即死魔法…禁じられた魔法…」
一真は呟きながら、右腕を振り抜く。
「"ファム=ブルーラ"」
一真の放った蒼炎の火の玉が、王の放った即死魔法を消し去る。
「なるほどな…なんでこんなやつが王になれたのか不思議だったけど…この魔法が使えるからか」
一真の瞳が、緋色に変わる。そこにあるのは、純粋な怒りの感情だ。
「即死魔法によって国民を縛り付ける…恐怖を与えて人を操る…そんな人間に、王の資格は無い!」
「衛兵!そいつを捕らえろ!」
一真の言葉と王の叫び…衛兵は王に従い、一真に杖を向ける。
「一真!」
麻美たちは立ち上がり、一真に駆け寄ろうとしたが、衛兵によって止められる。
「…2、4、あー…30人弱か」
一真は呟き、身構え、不敵に笑う。
「"紅蓮・華颶夜姫"」
一真は剣を出し、王に向ける。
「貴様!我に刃を向けたな!」
「正当防衛だろ?」
「我は、死を操る神だ!神に反逆する愚か者めが!」
怒れる王は、とんでもないことを口走り、腕を振るい、衛兵に合図する。
「…お前マジ、調子に乗るなよ?」
一真が目を細めると、一真に杖を向けていた衛兵に、赤と黄色の光の帯が巻き付き、捕縛した。
「え…」
麻美が驚き、両脇を振り返る。
『…』
無言でそっぽを向く2人の姿が、そこにあった。
衛兵が倒れる中で、一真は王を睨み付ける。
「たかが即死魔法で神?中二病も大概にしろよ、オレだって使えるっての」
一真は剣を向けたまま、王を見下すように顎を突き出す。
「何が神だ!こっちにゃ本物の女神が付いてんだよ!」
一真が叫ぶ。すると、一真のすぐ隣に梨紅の…リラケルプの姿が現れ、王に微笑み…いや、嘲笑し、消えた。
「今後、お前に即死魔法は使わせない…"封印の名の元に…我に仇なす者を奪え、デリス=ラシール"!」
一真が言うと、漆黒の光の帯が放たれ、王の首に巻き付く。
それに驚いた王は、無様に慌て、玉座から転げ落ちる。
「お前の"声"と"魔法"を封印させてもらった」
王は、一真の声を聞いたかどうかも危うい…玉座から落ちた時に頭を打ち、動かなくなったのだ。
「…なるほど、キョウコの予言はこういうことだったわけな…」
一真は1人納得し、剣を下ろした。
「…そんじゃ、ティア?」
「そうね…帰りましょうか」
ずっと傍観していたティアは、一真に向かって歩いて行く。
「…カズ兄、本当に帰っちゃうんだね」
その声に、一真はあおいを振り返る。
「…そんな、寂しそうな声出すなよ…」
「だって…」
そこまで言って、あおいはうつ向く。視線をずらすと、麻美は無言で一真を見つめ、ハウルは…
「…ひっぐ…えぅ…っぐ…」
「号泣!?」
その様子に一真は驚き、そして…微笑んだ。
一真は3人に向かって歩いて行き、しゃがみ、あおいとハウルを抱き寄せる。
「ありがとな、2人とも…3ヶ月、楽しかったよ」
一真の言葉に、あおいも声を上げて泣き始める。
「またな…」
一真は2人を、強く抱き締めた。
「麻美も、ありがとな…てか、麻美に一番世話になったかな」
「そう?まぁ、こっちも楽しかったわよ、4ヶ月…従兄弟との生活」
そう言って、麻美は微笑む。一真は麻美に微笑み返し、あおいとハウルを抱き締める手を緩める。
「じゃあ、3人とも元気でな?」
言って、一真は3人から離れ、ティアへ歩み寄る。
「…そんで?どうやって帰るんだ?」
「あなたの魔法で」
一真の問いに、ティアは即答した。
「…何?オレがやんの?」
「知ってるでしょ?世界を越える魔法を使うには…」
「あぁ…大量の魔力が必要ってか」
一真はゲンナリした様子で言い、目を閉じる。
「…時空を越える魔法…空間に歪み…空間に穴…空間を斬る…」
一真は呟き、考えを纏め、目を開いた。
同時に、一真の脳裏にハウルの魔法が浮かび、一真は薄く微笑む。
「"彼の剣に、時空を切り裂く力を宿せ"」
一真は紅蓮・華颶夜姫を右手で握り、左手を添え、言った。
「"異世界を越える術をもって…我を我が世界へいざなえ"」
一真の詠唱が進むと、一真のズボンのポケットからクロスが飛び出し、紅蓮・華颶夜姫の中に入り込んだ。
「"クロス=エクシード・ザン・ボイド"」
詠唱完了と共に、紅蓮・華颶夜姫が虹色に輝き始めた。
「"時空剣・華颶夜"」
一真は、時空を切り裂く剣となった華颶夜を両手で握り、振り上げる。
青い亀裂が、空間に走った。
亀裂は瞬く間に拡がり、一真とティア、2人が入ることが出来る程のスペースが出来上がる。
「…これで良いんだよな?帰れるよな?」
「大丈夫よ、私が知ってる魔法だもの」
ティアの言葉に、一真は安堵する。
2人は亀裂の中に入り、麻美たちへ振り向く。
3人は、一真に向かって手を振っていた。
「…ありがとう」
一真はそう言って、3人に拳を突き出して見せる。
瞬間…空間の亀裂が塞がり、一真の存在はヴェルミンティアから消え去った。
魔導師の世界、ヴェルミンティア。
この世界には、出来たばかりの伝説…に、なりうる話がある。
聖なる魔を放つ者…
世界を救った英雄…
王への反逆者…
3つの呼び名を残したその者は、真の名を久城一真と言う。
彼はこの世で最も強く、最も優しく、最も自由な男だった。
時空を越えてやって来た彼は、異世界から来たにも関わらず、ヴェルミンティアを救う為、尽力した。
異世界から来た彼は、自分の弟子として2人の女の子を育てた。
2人の女の子は後の、"エルクの翼"と"クードの翼"である。
彼は、"ライズ・ケルファ・ハート"の部下であり、同僚であり、友であり、家族だった。
彼はヴェルミンティアを救った後、彼の世界に帰ることにした。
王はそれを止めたが、自由な彼を止めることは出来なかった。
王とは、かの有名な暴虐の王…ベルベオン・ジール・テンペリオである。
死を操るテンペリオは、彼に死を操る術を封じられ、玉座から離れることとなる。
彼はヴェルミンティアに真の平和をもたらした。
名は、久城一真。
殲滅の虹…殲虹の一真。
反逆者の英雄…聖なる魔を放つ、予言の勇者…




