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魔法使いの苦悩  作者: 黒緋クロア
第六章 殲虹の魔術師は異世界で伝説になる。
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11.殲虹は敵を追い詰める。


「…よし、終わったか」


空にマウンが1体も居なくなると、ザヴォルガはようやく槍の射出を止めた。


『…』


マウンを倒したにも関わらず、生徒たちは皆、グッタリした様子だった。


「…ある意味、地獄絵図だな」


皆で地にひざまづく光景は、一真の心にちょっとした恐怖を与えた。


「…マスター、リラケルプを使うべきかと」


空から降りて来たファローネは、一真に提案する。


「だよな…」


一真はその提案を受け入れ、リラケルプの詠唱を始めた。










「次、何処だったかな…」


空を飛びながら、一真は呟く。


次の目的地は、海岸線だ。




海岸線…こちらも、学院同様に凄まじい量のマウンが飛び回っていた。


海上を縦横無尽に駆け回るマウンに、魔法を放つ隊員達…


それを率いるのは、あおいとハウルだ。


「せやぁ!」


気合い一閃、ハウルの槍がマウンを切り裂く。


「…"ナリュグ・ティム=アシュラン"!」


あおいは後方から、遠距離魔法で応戦…


他の隊員も居るとは言え、きりがないのは言うまでもない。言わなくてもわかる。だが…


『あぁ…きりがない!』


2人は、言わずには居られなかった。




その身に宿す、重壁の力…


母なる大地の持つ力…


その身に込めし遮る力…


汝は拒絶の力なり…


拒め、重壁の名の元に…


我に仇なす者を弾き返せ…




「こ…攻撃中止!全員撤退!」


「急いで!全力で後退!」


突然、辺りに響いた詠唱を聞き、あおいとハウルは慌てて指示を出す。


自分達に背を向け逃げ出す隊員達に、マウン達は容赦無く攻撃をしかける。


だが、それが隊員達に届くことはなかった。




「…"メリフィア・ラド・グラル=シリウル"」


魔法発動と同時に、マウンと隊員達の間に漆黒の球体が現れた。瞬間…マウンの放った光線は、空中でUターンし、マウン達に襲いかかる。


「…2人とも、ナイス指示」


あおいとハウルの目の前に飛んで来て、一真が言った。


「ナイスじゃ無いですよ兄さん!」


「なんで"メリフィア"!?"スタンベル"か"ファローネ"で良いじゃん!」


口々に文句を言う2人に、一真は思わず耳を塞ぐ。


「…ちなみに、"ベルデュラ"も使おうと…」


『全員!逃げてーー!』


必死の形相で叫ぶ2人を見て、隊員達は一目散に逃げ出した。


「…オーバーだよ、お前ら」


その光景に、一真は顔をしかめる。


「でもまぁ、正解だよな」


言いながら、一真は漆黒の球体に視線を移し、両手を広げる。その途端に身構えるあおいとハウル。


「"重力改変"…」


そう言って、一真は両手を叩いた。


すると、漆黒の球体が膨張し、空間が歪み始めた。


互いに引かれ合ってぶつかるマウン、互いに弾かれ合って吹き飛ぶマウン…


一定空間の重力を自由に操るのが、メリフィアの効果だ。


「追加詠唱…"星の力の名の元に…吸い込め、メリフィスト"」


一真が言うと、辺り一帯のマウンがメリフィアに集まり始めた。


メリフィアが、マウンを吸い込んでいるのだ。


「"メリフィスト・ティロア"」


大量のマウンを吸い込んだメリフィアは、今度は逆に、マウンを吐き出した。


凄まじい勢いで発射されたマウンの残骸は、多くのマウンを撃ち落とした。



「うぅ…目がチカチカするよぉ…」


重力改変に当てられ、あおいが顔を青くする。


「んー…やっぱ、"メリフィア"じゃ限界あるな…」


言いながら、一真は腕組みをし、考える。


残る"鍵"は、スタンベル…ドラグレア…ベルデュラ…ファルクスの4つと、聖なる魔だ。


聖なる魔を除く4つの中で、大量のマウンを破壊出来る魔法は2つ…ベルデュラか、ドラグレア…


「…よし、"ベルデュラ"使うぞ。2人とも、詠唱中のサポートを頼む」


『…了解』


どこかグッタリした様子で、2人は同意する。重力改変によるダメージというよりも、これから使用する魔法が"ベルデュラ"だということに、何かしらの抵抗があるようだ。






その身に宿す、至光の白銀(シロガネ)


銀の鎧を身に纏い…


巨大な拳で敵を打て…


貴殿の前に道は無し…


貴殿の後ろに道は出来る…


汝、新たな道を作る者なり…


切り開け、至光の名の元に…


我に仇なす者を突き抜け…






詠唱が終わると、一真の頭上に魔法陣が現れた。


白く輝くその魔法陣は、一真の世界の魔法陣に似て非なる物だ。ヴェルミンティアの物にも似ている。





「カズ兄、"今回は"ちゃんと操ってよ?」


「また"暴走"させたら、本当に使用禁止ですからね?」


2人に睨まれながら、しかし一真は何も言わなかった。




9つの鍵を作った時、一真は2人の前でそれを試したのだ。


ベルデュラ以外の8つは、まずまずの結果だった。だが、ベルデュラは悲惨以外の何物でも無かったのだ。


「…"ベルデュラ・ジオ・ライズ=ピアード"」


魔法発動…2人に軽度のトラウマを植え付けた何かが、今…召喚される。




ゆっくり…本当にゆっくり、それは魔法陣から現れた。


純白の鎧…首から先、手首から先、足首から先の無い、甲冑…


魔法陣から現れた光の騎士ベルデュラは、ゆったりとした動きで身構える。


「…行け、ベルデュラ!」


一真の号令により、ベルデュラは動いた。いや、動いたのは確かなのだが、その動きは瞬きよりも速く、視覚するのは難しかった。


気付けば、マウンが爆発を始めていた。


「…ちゃんと操れてますか?」


「多分!」


「いや、そんな自信満々に言い切られても…」


あおいが呆れるが、正直…一真には自信が無かったのだ。


一真の9つの鍵は、それぞれ…


水の女神リラケルプ=梨紅


風の大剣アヴィスラ=正義


漆黒の娘ファローネ=沙織


雷の針槍ザヴォルガ=勇気


光の騎士ベルデュラ=愛


霊層の筋スタンベル=豊


重壁の鎚メリフィア=恋華


無限の翼ファルクス=暖


蒼炎の竜ドラグレア=一真


と、呼応している。


一真の持つ9人のイメージが、魔法に影響するのだ。


そして、一真の持つ愛…ベルデュラのイメージは…




「…手に負えないじゃじゃ馬」


一真が呟いた瞬間…ベルデュラが勢い良く腕を振り回し、竜巻を起こした。


「…嫌な予感がプンプンだよ」


あおいが顔をしかめる。その嫌な予感は、残念ながら当たってしまう。


まず、ベルデュラの両手首が輝き、両拳が現れる。


「あ…暴走した」


一真が顔をしかめる。ベルデュラは拳を開き、流れるように動かし、両掌を前に突き出す。


"鬼神白掌"


ベルデュラの放った何かが、マウンを焼き払う。


跡形も残らないマウンを見て、あおいとハウルは恐怖する。


爆発すらしない…倒すのでは無く、消す…


ベルデュラが2人に与えた衝撃は、相当の物のようだ。


(あれはもう、"魔法じゃない"…)


2人の深層心理が、そう判断した。




更に、暴走は続く…


「!メリフィアが…」


一真の顔が、驚愕に染まる。


ベルデュラがメリフィアに左手を向けると、メリフィアがベルデュラに向かって飛んで来る。


メリフィアは漆黒の球体から漆黒のハンマーに姿を変え、ベルデュラはそれを掴み、振り回す。


「…あぁ…凉音と重野だからだ…やらかした」


2人が同時に存在して、相乗効果が発生したのだ。


「…駄目だこりゃ」


乾いた笑いと共に、一真は制御を諦めた。


ベルデュラの手の中で、メリフィアは様々な形状に変化する。


最初は鎚型だったが、槍、剣、斧へと変化し、今は鞭になっている。鞭と言っても、それは相当…凄まじい長さだ。


ベルデュラがメリフィアの鞭を振るうと、直線距離で500m以内にいるマウンが消える。


鞭に吸い込まれるのだ。メリフィアの鞭は、すなわち…ブラックホールが鞭になったような物だった。


そして、メリフィアは更に形状を変える。


500m伸びきった状態で、メリフィアの面積が拡大し、巨大な諸刃の剣になる。


「ヤバいヤバいヤバいヤバい!」


『きゃあ!』


メリフィアの形状を見た一真は、あおいとハウルを両脇に抱え、その場に伏せる。


それと同時に、ベルデュラはメリフィアを振り回し、自分を中心に円を描く。


すると、メリフィアの軌跡がそのまま黒く染まり、漆黒の円になる。


"騎螺・黒円刃"


言わずもがな…半径500mの平らなブラックホールである。


それだけ大きいと、吸い込むのはマウンだけではない。


町に生えた木…そびえるビル…あらゆる物が吸い込まれて行く。


もちろん、術者の一真も例外では無い。何しろ、暴走なのだ。


「くっそ…お前ら、しっかり捕まってろ!」


『え…?』


地面に伏せていた一真は、何を思ったか、二人を抱えて立ち上がった。


瞬間…3人は宙に浮く。


『キャァァァァァァ!』


2人の絶叫を聞きながら、一真は目を瞑り、両手を左右に開く。


ベルデュラ(愛)とメリフィア(恋華)を抑えるには、あいつらを呼ぶしか無いだろう…その為に必要なのは、大量の魔力…


「久々の"紅蓮化"!」


一真の髪が伸び、緋色に染まる。


あおいとハウルは、この一真の変化を見るのは初めてなのだが、リアクションする余裕がないようだ。


そして、一真の詠唱が始まる。


「"その身に宿す、霊層の道…


意識を奪う波動をもって…


悲しき心を導こう…


汝の意識を解き放つ…


放て、霊層の名の元に…


我に仇なす者を炙り出せ…"」


("その身に宿す、碧螺の風…


全てを切り裂くその刃…


研ぎ澄まされしその身にて…


愚かなる彼の者の罪を…


断ち切れ、碧螺の名の元に…


我に仇なす者を切り裂け")


声に出しての詠唱と、声に出さない詠唱…


同時にこなした一真は更に、2つ同時に発動する。


「"スタンベル・カイ・スピノ=ルーチェ"!"アヴィスラ・ザン・クード=ティラル"!」


一真の左手から、クリーム色の球体が現れ、右手からは、風の大剣アヴィスラが現れる。


クリーム色の球体…スタンベルは、その形状、面積を急速に広め、騎螺・黒円刃を包み込む。


対象の動きを麻痺させる効果を持つスタンベルのおかげで、メリフィアを含めたベルデュラの動きが止まる。


「ぶったぎれ、アヴィスラァァ!」


動きの止まったベルデュラに向かって、一真は右手を振り下ろす。


だが、流石のアヴィスラも、直径1kmの大円を斬るのには無理がある。


アヴィスラが斬ったのは、ベルデュラを中心100mといった所だろう。


しかし、それで十分だったようだ。


ベルデュラとメリフィアは、魔力の粒子となって消え去った。


「よっしゃ!危なかったぁ…」


一真は空中で、額の汗を拭う。


ベルデュラの暴走の末に、敵のマウンは全て倒せたようだ。


一見、問題ないように思える。だが、付近の家屋は多大な損害を被っていた。


この後、一真があおいとハウルにボコボコにされたのは、言うまでもない。






「痛ぇ…あいつらマジ、加減ってもんをわかってねぇ…」


空を飛びながら、一真は次の目的地へ向かう。


「次は、防衛局…オレがこの世界で、最初に戦った所か…」


懐かしむように言いながら、一真は更に速度を上げ、急いで現地へ向かった。




ヴェルミンティア異空間管理委員会、防衛局。


その名の通り、そこは、この世界の防衛の要である。


「前線部隊は撹乱優先、同士討ちを誘発させて。後方部隊は威嚇と回復魔法を…」


指示を出す麻美も、何処か緊張した様子だ。


(ここが落とされたら、皆の士気が下がっちゃう…)


麻美の頬を、冷たい汗が伝う。


最後の砦である防衛局…そこに、宇宙人の魔の手が伸びている。


明らかな兵力の違い…各自の能力では勝っていても、数が2桁も違うのでは、正直…厳しい物がある。


「なんとかしなきゃ…」


呟きながら、麻美は思考する。自分の持つ魔法を頭の中で一覧にし、今の状況と照らし合わせる。


「…あった!けど…」


それは、長文詠唱の魔法だった。それを使えば、空に浮かぶマウンの半数は確実に落とせるだろう。


だが、長文詠唱を使う時間は無い。今は、サポートで精一杯なのだ。


「…防戦一方ね」


麻美が諦めかけた、その時…やはり、あの男は現れる。






「時間稼げば良いんだろ?」






「…一真?」


声に反応し、麻美が後ろを振り向く。


そこに居たのは…


「…誰?」


緋色の長髪の男だった。


「…いや、一真だけど…」


顔をしかめつつ、一真は言った。


麻美は、あおい達と同様に"紅蓮化"した一真と面識が無いのだ。


「…本当に一真?」


「そうだよ。久城一真、本気モード」


一真の言葉と、その身に宿る馬鹿げた量の魔力に、麻美は納得した。


目の前に居るのは、間違いなく久城一真であることに…


麻美と最初に出会った時の久城一真が、魔力を抑えていたことに…


そして…久城一真が"聖なる魔を放つ者"であることに…





「話を戻すぞ…時間を稼げば良いんだろ?」


「ううん、一真が来たなら一真がやれば良いと思う」


「えぇ…」


一真は強引に、サポート役から主力にされてしまった。


「…オレも少しは倒すけど、お前もやれよ?こう見えてもオレ、疲れてんだから」


そう言って、一真は詠唱を始める。






「"その身に宿す、無限の光…


聖なる光を翼に変えて…


その嘴に貫けぬ物無し…


最強の盾にして…


最強の矛を兼ねる…


全てを護る純白の翼…


飛び立て、無限の名の元に…


我に仇なす者を消し去れ"」






詠唱が終わると同時に、一真の頭上に魔法陣が現れる。


魔法陣に込められる魔力…だが、魔力だけが込められているわけではない。


込められているのは、魔力と…




「"ファルクス・ジオ・フィノ=セイルラ"!」




一真の身体に残った、最後のコンフェシオン…










魔法陣が、純白に輝く。


現れたのは、何かで包まれた物体…


完全に姿を現すと、それは…ベールから解き放たれた。


物体を包んでいたのは、双翼…純白の翼だった。


無限の翼ファルクス…それは、太古に存在した始祖鳥を思わせる姿をしていた。


「羽ばたけ、ファルクス!」


一真が言うと、ファルクスは翼を羽ばたかせ、空へと舞い上がる。


空へ上がったファルクスに気付いたマウン達は、ファルクスに向けて集中攻撃を開始する。


だが、マウンの攻撃はファルクスに届かない。コンフェシオンを使った障壁を纏っているのだ。


ファルクスに当たる直前で、マウンの放つビームはコンフェシオンに変換され、同化する。それは、障壁の更なる強化となる。


そして、ファルクスは障壁を纏ったままマウンに突進していく。


障壁に触れたマウンは、燃料である魔力を奪われ、起動停止…魔力が消えて、障壁を通過したマウンは、ファルクスの嘴で貫かれ、翼で斬られ、尾で砕かれる。


対マウンという視点で見れば、最強の盾と最強の矛を持った、最強の魔法だ。


「これでしばらくは持つだろ…麻美、追撃頼むぞ」


「了解」


一真に応え、麻美は杖を構える。


「"フェノアールト…ジオ・アクスピレイア=モード"」


麻美の詠唱は、フェノアールトを杖から魔石に戻し、腕輪に変化させ、麻美の右腕に巻き付かせる。


「"ジオ・アレスト=ピルト"」


フェノアールトが輝き、全ての準備が整うと…


「"その身に宿す、桜色の衣"…」


麻美の、"上級魔法"の詠唱が始まった。



"その身に宿す、桜色の衣…


桃の光と翠の光…


桃は剣、翠は盾…


剣は花、盾は葉…


舞え、花びらよ…散ることなかれ、舞い上がれ…


舞え、桜衣の名の元に…


我に仇なす者を切り裂け"






詠唱の終了と同時に、フェノアールトが一際煌めく。


麻美の頭上に現れた魔法陣は、桃色に輝き、脈打つ。


それはまるで、胎動…何かが生まれる前兆…


「…おぉ…」


その光景を見た一真は思わず、感嘆の息を漏らす。


真眼を持つ一真には、詠唱と魔法陣から、その魔法の全てを知ることが出来る。


一真も驚く程の、麻美の魔法…それが今、発動する。




「"ケルファ・ジオ・ピルト=ティラル"!」




麻美の詠唱と共に魔法陣から現れたのは、天使だった。


頭上に金色の輪を浮かべ、桃色の衣を纏い、純白の翼を持った、いかにもな天使だった。


「ケルファ、"桜火刃"」


言いながら、麻美は右手を横に伸ばす。すると、天使ケルファも同じ動きをする。


ケルファの伸ばした右手の先から、桜の花びらが吹き出し、1本の剣を形成する。


それと同様に、麻美の手元にも半透明の剣が現れる。


麻美とケルファの動きは、完全に同調していた。


これは"シンクロ・ジオ・アクスピレイア"という魔法技法だ。


召喚した物と魔導師を、"ジオ・アクスピレイア=モード"にした魔石を通じて感覚を繋ぐことで、より細かな動きまで操ることが出来るという物だ。


だが、これの使用はかなり難しい…相当な訓練が必要なのだ。


だからこそ、一真は驚いた。


「…シンクロ率、8割以上…凄いな」


一真もシンクロ出来る魔法を持っているのだが、シンクロ率は良くて7割、悪ければ2割を切る。


「ちなみに、最高シンクロ率は?」


最高シンクロ率…即ち、どれほど完全同調-フル・シンクロ-に近づけるかどうかだ。


この質問に麻美は、驚愕の回答をする。


「フル・シンクロ」


「…マジ?」


一真の目が、驚愕で丸くなる。


フル・シンクロとは、"人間が魔法になること"に同義だ。


「うわぁ…見てぇ…」


「駄目だよ、フル・シンクロしたら暴走するもん」


期待に満ちた目で自分を見る一真に、麻美は顔をしかめつつ言った。


(…まぁ、使ってれば嫌でもシンクロ率上がって行くんだけどね)


内心で呟き、麻美は半透明の剣を握り、振り上げる。


「"華王・風桜閃"!」


麻美が言うと、ケルファの持つ剣の刀身が消える。


直後、ケルファの近くに居たマウンが爆発し始めた。


華王・風桜閃…巨大な剣を小さな無数の鋭利な花びらに変え、辺りに飛ばす技であり、斬るというよりも貫くに近い。


「…だけど、命中率微妙じゃね?」


一真が言った。爆発するマウンより、しないマウンの方が多いのだ。


爆発しなかったマウンは、ケルファに反撃のビームを放つ。


「"翠盾・疾風法衣"」


麻美は前に左手を伸ばし、直ぐに翠色の盾を張る。


ビームを盾で防ぎつつ、命中率の低い攻撃を続ける麻美…それに対して、一真は言う。


「…効率悪くね?」


「うるさいなぁ、放っといてよ!」


一真に応え、麻美はケルファに意識を集中する。


(…ヤバいなぁ、シンクロ率上がって来てる…)


麻美の動きとケルファの動きに、タイムラグが無くなって来ていた。風桜閃の命中率も上がって来る。


麻美はそれに、焦りを覚える。言うならば、暴走"フル・シンクロ"一歩手前の状況なのだ。


「…一真、お願いがあるんだけど…」


暴走したら、止めてほしい…そう言おうとした麻美を、一真は左手で制止する。


「その前に、ちょっとだけ試させてくれ」


言うや否や、一真はクロスを取り出し、麻美の身体に押し付ける。


「え?ちょっと…」


「"クロス・シンクロ"」


麻美の言葉を無視し、一真は言った。


すると、クロスが桃色に煌めき、麻美の中に入ってしまった。


「な…何?何したの?」


「麻美ん中にクロス入れた」


事も無げに一真は言うが、麻美はかなり動揺していた。


「…何の為に?」


「秘密」


「いや、ちょっと…」


麻美が顔をしかめるが、一真は真剣な様子でケルファを見上げる。


「…さっき、フル・シンクロしたら暴走するって言ったろ?てか、実際そろそろしそうだったろ?」


「…よくわかったね」


罰が悪そうに、麻美は苦笑いする。


「まぁな。だから、暴走しないようにしてみた」


言って、一真は右手を上げる。すると、ケルファも右手を上げたではないか。


「え…あれ?」


「ちょっと借りるぞ」


いつの間にか、フェノアールトは麻美の手に握られており、腕輪は一真が着けている。


「ファルクス!」


一真が呼ぶと、ファルクスは空中で旋回し、ケルファへ向かって飛んで来る。


「ファルクス、in…ケルファ!」


飛んで来たファルクスは、そのまま…ケルファの中に入ってしまった。


ファルクスがケルファの中に入ってから、数秒…変化は起こった。


天使ケルファの純白の翼…それが、根本から金色に変色して行く。


翼の先まで金色になると、翼はケルファの身体を包み込んだ。


その様は、まるで金色の卵…ケルファの、2度目の誕生の時が迫っていた。


「…私の魔法に、一真の魔法を合体させたの?」


そこまでの経過を見て、麻美は口を開く。一真の行動は、単純に魔法を合体させただけ…あおいの"葉っぱ"とハウルの"火の玉"みたいな物だ。


だが、規模が違う。レベルが違う。何よりも先ず、発想が違う。


一真のそれは…


「合体じゃない。"進化"だ」


一真はそう言って、前方に右手を突き出す。


すると、空中の金色の卵からも手が突き出し、殻にヒビが入る。


「進化?」


「そう…本来ならあるはずのない、ケルファ・ジオ・ピルト=ティラルの最上位魔法へ」


麻美に応えながら、一真は左手も前に突き出し、何かを抉じ開けるように両手の甲をくっ付ける。


金色の卵の方も、左右の手を甲で合わせ、殻を掴む。


「"クロス・ファルクス…ケルファル・ヴィオ・ピルテリス=ティラマーズ"…」


一真が両手を左右に広げると同時に…


「"聖霊天女ケルファル・ピルテリス"」


金色の卵を割り、それは現れる。


金色の翼、金色の髪…金色とピンクで彩られた羽衣…


聖霊天女ケルファル・ピルテリス…その存在感は、見た者を遺憾無くひれ伏させるには十分だった。


「魔法が進化なんて…聞いたこと無いわよ」


術者の麻美ですら、ケルファルに圧倒されている。と、言うよりも、一真の行動に驚愕する。


「ファルクスは無属性…無属性の無は"無限の可能性"の無なんだよ」


属性の枠に捕らわれない…それ即ち、無なり。


「麻美のケルファも無属性だった。だから、ファルクスで強化出来たんだよ」


「でも、進化して強力になったら、余計にフル・シンクロの操作が難しいんじゃないの?」


もっともな疑問だ。ケルファでさえ危ういのに、ケルファルが操れるのか…


「大丈夫だよ。麻美の魔石…フェノアールトに、ちょっと細工したんだ」


一真はそう言って、フェノアールトに視線を向ける。


「細工?」


「うん。フル・シンクロ中、麻美の意識とフェノアールトもシンクロ出来るようにした」


「…つまり?」


「ある程度の意識を麻美の中に残せるようにした」


言うと同時に、一真は両手を振り上げる。


「ケルファル・ピルテリス!"アデルの光"!」


一真とケルファルが両手を左右に降り下ろすと、ケルファルを中心に光が広がって行く。


光を浴びたマウンは、跡形も無く消えて行った。






「…ファルクス、帰って来い」


一真が言うと、ケルファルの翼がファルクスに変わり、羽ばたいた。


本来の姿に戻ったケルファは、役目を終えたと言わんばかりに魔力となって消える。


「…フェノアールト!」


「え…あれ?」


一真が言うと、フェノアールトは麻美の手から離れ、空中に浮かぶ。


「"ダウンロード"、ファルクスinフェノアールト」


一真の言葉と同時に、ファルクスが一真達に向かって飛んで来る。


だが、向かって来ながらもファルクスは徐々に魔力に変わり始める。


「ダウンロード…って何?」


「つまり、ファルクスをフェノアールトに入れて、麻美に使えるようにすんの」


首を傾げる麻美に、一真は応える。


「何の為に…?」


この質問に、一真は何も応えなかった。


この一真の行動に、特に深い意味は無いのだ。


ただ、ふと…この世界に何かを残したいと思った…それだけだ。


一真は、あおいとハウルにも同じことをしていた。


それぞれの属性に合った魔法を、2人の魔石に入れてある。


理由は、先程述べた通り、特に無い。


今後、役に立つかどうかもわからない。


いわゆる、思い出の品だ。


「…さすがに疲れるな…」


ぼやきながら、一真は次の目的地に向かいだす。


限界に来つつある身体に鞭を打ち…


一真は歩き出した。




予言者ティアの指定した最後の目的地…ティアの城にはまだ、マウンは現れていなかった。


「…良かった…まだ来てない…」


そう呟き、一真は近くに芝生を見つけ、倒れこんだ。










一真の心の中…剣の刺さっていた8つの台座は、それぞれが違う色に輝いていた。


青…翠…紫…黄…白…黒…クリーム色…透明…


8つの台座が作る円の中心に、一真は立っていた。


8つの封印が解放されたことで、9つ目の剣が現れる。


だが、この剣はまだ、抜くことが出来ない。


純粋な退魔力は、既に使い切った。


単純に、魔核の封印が解放されていないだけだ。




『私は鍵を知っている…でも、最後の鍵は私が教えても意味が無いの…君達が自分で見つけないといけないのよ』




エリーの言葉が、一真の脳裏に蘇る。




『ヒントは…そうだなぁ…"想い"かな?』




「想い…」




呟きながら、一真は目の前の剣の柄を両手で握る。


瞬間…一真は自分の中に、ある"想い"を見つけた。


暖かく…柔らかな…優しい"想い"…




「…梨紅」




一真の言葉が、答えだった。最後の封印は、解き放たれた。


一真が剣を引き抜くと、凄まじい魔力が溢れ出る。


8つの台座がそれぞれの光となって、一真の心の空へ上がり、剣に向かって降り注ぐ。


剣はその光を吸収し、緋色に輝く。緋色の剣は炎を発し、炎は蒼く…蒼炎へと洗練される。


「…聖なる魔を放つ者、蒼炎の竜ドラグレアを召喚し、魔を喰らい、絶望を与える…」


サーグルスの予言を思い出し、一真は顔をしかめる。


絶望を与える魔法…それは、誰に絶望を与えるのだろうか…


蒼い剣を見つめながら、一真はしばらく考える。


だが、ふと…考えるのを辞めた。


そして、上を…空を見上げる。


純白な、心の空…


そして一真は、右手で持った剣を、空へと投げ飛ばした。


剣は回転しながら空へ舞い上がる。


高く…高く…剣の形が見えなくなるまで、高く…


数瞬の後…剣の蒼が、空一面に広がった。


一真の心に広がる蒼空…


心に光と闇を持つ、本来の久城一真…


梨紅との繋がりも無く、真の…真だからこそ、不安定な人間。


「…これが、"真人間"ってやつか」


そう言って目を閉じ、一真は深呼吸をする。


素の人間…梨紅と2人で一人前だった半人前から、ようやく…周りの人間と同じスタート地点へ…


「…行くか」


一真が目を開くと、金色と緋色のオッドアイが現れる。


髪は緋色の長髪に…身体から溢れる魔力は、その辺の魔族を軽く超えるレベル…


ヴェルミンティアで言えば、XXX-イグザード-クラスからXXXX-イクスフォス-クラス…


一真の、完全な覚醒だ。






その身に宿す、蒼炎の蒼…


彼方へ轟く、その咆哮…


その身を包む蒼炎は…


全てを焦がす蒼き衣…


白銀の牙で全てを砕け…


漆黒の爪で全てを引き裂け…


喰らえ、蒼炎の名の元に…


我に仇なす者を焼き払え…






「"ドラグレア・ジオ・ファム=ブルーラ"!!!」


現実に戻って来た一真は、芝生に横たわったまま空を見上げ、叫んだ。


空中に現れた巨大な魔法陣…その両脇に、半分ぐらいの大きさの魔法陣が1つずつ。


『バオアァァァァァ!!!』


巨大な魔法陣から、蒼い炎を纏った竜の、首から先が現れる。


左右の魔法陣からは、その竜の両手首から先がそれぞれ現れる。


蒼炎の竜、ドラグレア…


顔と両手のみの、異形の竜が、そこにいた。






「…来たわね」


城の中で、ティアは…麻美は、仮面を外した。


その顔は、今の麻美を大人っぽくしたと言う他は無い。


「ドラグレア…久城一真、最強にして最凶の魔法…の、1つ」


言いながら、大人の麻美は両手を軽く叩き、広げる。


現れたのは、フェノアールトだ。


「フェノアールト、"ペルソナ・ピルテリス"」


麻美の言葉と同時に、麻美の姿が変わる。聖霊天女ケルファル・ピルテリスのような雰囲気だ。


「まだまだな一真君の、お手伝いしてあげなきゃね」


言いながら、麻美は自室を後にした。




一真とドラグレアは、マウンを迎え撃つ形になった。


一真が芝生から立ち上がると同時に、何も無い空間からマウンが現れる。


「"クロス…ジオ・アクスピレイア"、"ジオ・アレスト=ファム"」


一真がクロスを右手で持ちながら言うと、クロスの形状が変わる。小さな羽の生えた腕輪となったクロスが、一真の右手首に巻き付いた。


「行くぞ…ドラグレア」


言いながら一真は、背後に回した右手を、前方に全力で振り抜いた。


すると、ドラグレアの右手も同じ動きをし、漆黒の爪でマウンを切り裂いた。


「シンクロ率、94%…麻美さんから得たデータをサポートプログラムに組み込みました」


「94って…この前まで23%とかだったのに」


クロスの言葉に、一真は苦笑する。クロスを麻美の中に入れた時、クロスは麻美とケルファのシンクロデータをコピーしていた。


クロスはそれを元に、一真とドラグレアのシンクロをサポートするプログラムを作成したのだ。


「まぁとにかく、これでまともにドラグレアを使えるってことだな」


一真はニヤリッと笑い、左右の腕を縦横無尽に振り回す。


ドラグレアの漆黒の爪の前に、マウンたちは次々に切り裂かれていく。


だが、一部のマウンはドラグレアから距離を取り、ドラグレアの顔に向かって攻撃を仕掛けて来る。


「…"喰らえ"、ドラグレア」


一真が言った。それに、ドラグレアは忠実に従う。


マウンの放って来たビームを、口の中で受け止めたのだ。


ドラグレアはそれを咀嚼し、飲み込む。すると、ドラグレアの頭から首が生えて来たではないか。


「もっと"喰らえ"、ドラグレア」


一真は、冷めた口調でそう言った。ドラグレアは、マウンからの攻撃を"喰らい"続けた。


マウンを直接、白銀の牙で砕き、"喰らう"こともあった。


端から見れば、凶暴な竜の暴走にしか見えないその光景は、子供が見ればちょっとしたトラウマになりかねない程の物だ。


ドラグレアは、首、胸、体、足、尻尾、肩、腕と、どんどん身体を完成させて行く。


そして、3体のマウンを右手で掴み、口へ放り込み、噛み砕いた瞬間…最後のパーツである翼も出現し、ドラグレアは完成した。


蒼炎を纏った巨大な竜は、凄まじい威圧感を放っており、熱気すら感じる。


それを感じ取ったのか、マウンがドラグレアから更に距離を取る。


いや…逃げ出したのだ。全力で、ドラグレアから離れようとしている。


「逃がすな」


一真は冷酷に呟き、両手を前に伸ばし、両手首をくっ付け、手の平を前に向け、指を曲げる。


だが、ドラグレアは一真の動きと異なる動きをする。両手を広げ、咆哮したのだ。


同時に、ドラグレアの顔と両手以外の部分が白く輝き、光の球体となる。


ドラグレアは、光の球体を"喰らう"。


瞬間、ドラグレアの口内が、光で溢れた。


「"天焼の白焔"」


一真の言葉を受け、ドラグレアはマウンに向けて光を放つ。


凄まじい勢いで放たれた白い焔は、真っ直ぐにマウンの集団へ向かって行く。


白い焔に触れたマウンは、一瞬で蒸発する。溶けたのだ。


超高温の白い焔は、マウンの集団の中心まで突き進み…


爆ぜた。




その光景は、まるで…マウンが太陽に飲み込まれて行く様子を見ているようだった。


「…ぅあ…」


一真は突然、地面に膝を着く。体力が限界なのだ。


そうしている間にも、白い焔は拡大して行く。このままでは、町を飲み込み兼ねない。


一真も気づいてはいるのだが、身体が動かず声も出ない。


ドラグレアは既に消えてしまっており、今の一真は魔法を使う余裕も無い。


町が消失するのも、時間の問題だろう。






だが、そうはならないのが摂理というものなのかもしれない。




「"封印の名の元に…我に仇なす者を奪え、デリス=ラシール"!」


白焔が町を飲み込む前に、漆黒の光の帯が白焔を取り囲む。


白焔の拡大は止まったが、縮小までには至らない。


「なんて魔法なの…これだから一真の魔法は苦手なのよ」


言いながら、予言者ティア…麻美(大人)は、自分の城の頂上から"デリス=ラシール"を放ち、白焔を食い止める。


白焔の拡大が収まったことを確認した麻美(大人)は、一真の元に降り立った。


「一真、大丈夫?」


麻美(大人)は言うが、一真はそれに、答えることが出来ない。


「駄目みたいね…だけど、話は聞いて。これが、私からの最後の"予言"…"指令"だから」


麻美(大人)は一真の脇にしゃがみ、続ける。


「一真の"ドラグレア"は、XX-イグジス-クラスの魔法…白焔は、XXXクラスの魔法…前に、訓練施設で"爆炎の剣"を使った時、空間が歪んだのを覚えてる?もっとも、歪みを見たのは私だけかもしれないけど」


そこまで一息で言って、麻美(大人)は更に続ける。


「"爆炎の剣"はXクラス…Xクラスの魔法で空間が歪むなら、XXXクラスはXクラス以上のことが起こっても不思議じゃないよね?」


麻美(大人)が問い掛けるが、一真はやはり答えない。だが麻美(大人)は、構わず続ける。


「単刀直入に言うわ…白焔が存在し続けることで、宇宙人の隠れている空間と、ヴェルミンティアの空間が繋がるの」


つまり、敵の大将を引っ張り出せるということだ。


「空間が歪曲するまで、あと20分…敵が現れ次第、"聖なる魔法"で敵を討ちなさい」


言い終えると、麻美(大人)は立ち上がる。


「とっとと終わらせて、あなたの世界に帰りましょ?一真」


言うだけ言って、麻美(大人)は一真を置いて行ってしまった。






(…"ヒーリング")


一真の身体が、ぼんやりと輝く。治癒魔法を無言詠唱したのだ。


「…疲労には、効果薄いんだよな…治癒魔法」


そう、ぼやきつつ、一真はゆっくりと起き上がる。


「残り20分…実質15分か」


一真は両足を開き、膝を曲げ、両手を両膝に着く。


「限界越えじゃ足りねぇな…限界"拡張"して更に"越え"なきゃ」


呟きながら、一真は1度、大きく深呼吸をする。そして…


「"リミット・"エクステンド"・エクシード"!」


一真の唱えた魔法は、肉体強化魔法の強化版…


肉体の限界を無理矢理に底上げし、更にそれを越える…


使用後の肉体疲労が凄まじいことになることは、一真じゃなくてもわかるだろう…


だが一真は、自分の身体に鞭を打つ。魔法の効果で緋色に輝く身体は、まるで命を削って燃やしているように揺らいでいた。




「…"聖なる魔法、即ち退魔"!」


肉体強化した身体で、高速で魔法陣を描きながら、一真は詠唱を開始した。




"闇に蠢く魔を退けし、聖なる力の名は光"


"魔を束ねし光の帯よ、一筋の巨大な弾となれ"


"虹を集め、光に変えろ"


"聖なる魔、即ち光"


"光、即ち退魔の力"


"我が身に宿る魔の力"


"世界に満ちる魔の力"


"あらゆる力を光に変えて"


"全てを撃ち抜く一撃に、神を討つ力を込めろ"




詠唱は終わった。だが、魔法陣は完成していない。


「…っとにマジ、こんなめちゃめちゃ複雑な魔法陣にするんじゃなかった」


顔をしかめ、ため息を吐きながらも、一真は手を動かすのを止めない。


「…つるっ!右腕つるっ!ピキピキ言ってるぅぅぅ…」


泣きそうになりながら、一真は書き続ける。


「…うっ……と……に……ごぁ…ぬぁぁぁぁぁ!完成!」


魔法陣を書き上げた一真は、右腕をグッタリと下げ、左手で擦る。


一真の書き上げた魔法陣は、一見、魔法陣には見えなかった。


だが、一真がそれに左手をかざすと、それは回転し、一真の世界の魔法陣に姿を変える。


「…終わらせるさ、とっととな」


麻美(大人)の言葉に答え、一真はニヤリッと笑った。



一真の作った魔法陣は、"ダブル"…だが、中の魔法陣には何も描かれていなかった。


だが、あくまで表面上は…だ。


一真が高速で、緻密に、魔法陣の基礎に描いた物は、無駄では無い。


一真が魔法陣の基礎に描いたのは、とあるプログラム…






"魔力の集束"という、一見単純なプログラムだ。






「…ちょっと時間かかりそうかな」


一真が呟くと同時に、魔法陣が動き始める。


内側の魔法陣に、凄まじい勢いで魔力が注がれ始めた。


「凄ぇ…」


魔力を注いでいるにしては、余裕のある様子で一真は言った。


それもそのはずだ。一真は魔力を"注いでいない"。


魔法陣に注がれているのは"この世界の"魔力なのだ。


例えば、一真以外の誰かが、その人が魔法を使う為に使っている魔力…


例えば、大気に満ちる膨大な魔力…


それらが、一真の魔法陣に注がれ、球体になる。明らかに容量がいっぱいになっても、外側の魔法陣に触れると同時に圧縮…圧縮、圧縮、圧縮、圧縮…この繰り返しだ。




「ある意味、ブラックホールだな…」


呟く一真に、徐々に余裕が薄れて行くのを感じる。


だが、一真のそれに魔法陣は無関係だ。魔法陣は既に、一真の手を離れている。


問題は、一真の体力…限界拡張による負担は、一真の想像した通りの苦痛を、一真の身体に与え始めているのだ。


(…確実に持たないな…あと1分…いや、30秒か…)


一真が思考しているうちにも、時は過ぎる…一真の身体は限界を迎え、魔法は強制的に解除され、一真はその場に倒れ込んだ。


一真はもう、指1つ動かすことが出来ない状態だった。


意識も朦朧とし、今にも目を閉じてしまいそうになる。


だが…




「カズ兄!」


「兄さん!」




2人の声が、一真の意識を繋ぎ止めた。




「"水癒の名の元に、癒せ!アロア=ウェルル"!」


あおいの魔法が、一真の身体を包み込む。


「…はぁ…はぁ…助かったぞ、あおい」


あおいのおかげで、一真の意識はなんとか回復した。しかし、身体を動かすまでには至らない。


「で…ハウル、めちゃめちゃ恥ずかしいんだけど…」


今の一真は、ハウルに膝枕をしてもらっている状態なのだ。


「何故に膝枕?」


「体調が悪い時は、膝枕が1番なんです」


「何を根拠に…」


そこまで言って、しかし一真は口を閉ざした。軽いツッコミすら、今の一真には辛いのだ。


「…カズ兄がここまで疲労する魔法って、どんな魔法なの?これ」


言いながら、あおいは圧縮を繰り返す魔力の塊に視線を向ける。


「正確には、その魔法で疲れたわけじゃないぞ…今日使った魔法全部の疲労と、肉体強化の後遺症が原因」


そこまで一気に言って、一真はため息を吐く。一真の疲労を察したのか、2人はそれっきり黙り込んだ。


ただただ、圧縮され、少しずつ大きくなっていく魔力の塊を眺める3人…


あおいとハウルは、まだ気づかない。


この、圧縮を繰り返す物体の異常さに…






「…何、あれ…」


一方…麻美は、まだ一真の元に着いてはいないものの、異常には気づいていた。


一真に近づくにつれ、魔法の威力が増して行くのだ。飛翔魔法による飛行スピードが、凄まじい早さになっている。


麻美は思わず、ブレーキをかける。すると…


「え…」


その瞬間、魔法が解けてしまった。


麻美の魔法は魔力の粒子になり、一真へ…いや、魔力の塊へと飛んで行く。


「何なの…」


地面に着地するや否や、麻美は一真に向かって駆け出した。






「…ねぇ、何か変じゃない?ハウルちゃん」


「…あおいも、やっぱりそう思う?」


首を傾げるあおいに、ハウルは同意を示す。


2人は、ようやく気付いたのだ。


『魔力、吸われてるよね?』


2人が言った瞬間、魔法陣による魔力吸収は止まった。


「…やっと溜まったか」


呟いた一真は、再びため息を吐く。今度は、安堵のため息だ。


「あとは、引金を引くだけなんだけど…お前ら、魔法使えるか?」


『魔力、ほとんど吸われちゃいましたけど?』


「だよなぁ…この距離だもんなぁ…しかも、大気の魔力も吸収してっから、しばらく回復出来ねぇー…」


軽い…そして、脱力しきった様子で、一真は言った。すると、タイミング良く…




「3人とも!何してるの!?」




麻美がやって来た。


「ナイスタイミング麻美、世界の命運はお前に掛けられた!」


「…はい?」


自分に向かって弱々しく、親指をグイッと突き出して見せる一真を見て、麻美は首を傾げる。



「この魔法には、生成前に細工をしてあるんだ」


ハウルに膝枕してもらったまま、一真は続ける。


「1つ、魔力の集束…世界に存在する魔力を出来るだけ多く集める為、圧縮を繰り返して密度を上げる」


麻美たちは、魔法陣に視線を向ける。凄まじい量の魔力…あらゆる属性の魔力が、それぞれの色に輝き、蠢いていた。


「2つ、集めた魔力の退魔力化」


一真が言うと同時に、魔力が全て、純白の退魔力に変換される。


「んで、3つ…この魔法陣を貫いた魔法の強化…」


「つまり、私が使った魔法を強化して、敵を倒すってことね」


麻美は、納得したように言った。


「そういうこと…そろそろ現れるぞ」


一真が、魔法陣から、漆黒の光で包まれた白焔に視線を移すと、白焔に紫電が走る。


「来た!」


一真が目を見張り、言うと同時に空間が歪んだ。


歪みは巨大な穴となり、真っ青な空間が見えた。


「あれが、宇宙人の母艦?」


あおいが聞くが、誰も答えない。


他の3人は揃って、宇宙人の母艦を見て呆然としていたのだ。


その形状は、なんとも形容し難い…曲線のみで生成された船…いや、飛行機にも城にも見える。


その回りを飛び回るマウンが、城を守る兵隊といった所か…


「…魔法陣を経由して、あれを撃ち抜いてくれ」


一真が言った。麻美は神妙に頷き、フェノアールトを構える。


「…"無限の名の元に、我に仇なす者を撃ち抜け"」


麻美の魔力が、フェノアールトに注がれる。そして…


「"フィノ=ピアード"!」


麻美は、無色の不思議な光線を放つ。


そして、光線は魔法陣に触れ、吸収された。


「…え?」


首を傾げつつ、麻美は一真を見る。何も起こらないのだ。


「…"引金は魔…弾は光…"」


一真が詠唱する。同時に、魔法陣は脈動を始める。


「"撃ち抜け…ディバイン・クロス・ブレイカー"!」


轟音…衝撃。


魔法陣の大きさから考えても、規格外の巨大な純白の光…


魔法陣から出ると同時に巨大化したそれは、、空間の歪みに向かって真っ直ぐに飛んでいく。


盾になろうとしたマウンは蒸発する間もなく消え去り、母艦も消えるのは時間の問題…かに思えた。


「…障壁持ってんのか、あの船」


発射の衝撃で吹っ飛んだ一真は、地面に仰向けに転がりながら言った。


ディバイン・クロス・ブレイカーは、宇宙人の母艦の障壁に阻まれていたのだ。


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