10.殲虹は最終決戦に挑む。
その夜、一真は自室でぼんやりしていた。
麻美とあおい…と、来たら次はハウルだろう。そんなことを考えながら、一真は自室のドアに視線を向けた。
すると、ドアをノックする音が響いた。
「どうぞ~」
きっとハウルだ。そう思った一真の予想は、外れた。
「カズ兄、明日暇?」
入って来たのは、あおいだった。
「まさか明日も手伝いか?」
「違うよ、私は手紙を渡しに来ただけ」
そう言って、あおいは一真に手紙を投げ渡した。
「じゃあ、おやすみカズ兄」
そう言って、あおいは一真の部屋から出ていく。だが、扉が閉まる直前…
「…絶対負けないからね!」
捨て台詞のようにそう言って、あおいはドアを閉めた。
「…はは」
一真はそれに、なんとなく微笑み、あおいから受け取った手紙に視線を向けた。
兄さんへ
兄さんが元の世界に帰るまで、1週間も無いと聞きました。
正直な所、凄く寂しいです。たった数ヶ月だけでしたが、兄さんはまるで、本物のお兄ちゃんのようでした。
一人っ子の私には、お兄ちゃんが居る感覚がわかりませんが…まぁ、なんとなくです。
麻美姉はお姉ちゃん。
あおいは双子の姉か妹。
兄さんは、お兄ちゃん。
兄さんと出会ってから、本当に楽しかったです。
だからこそ…この寂しさがあるんでしょうね。
兄さんとの日々は楽しかったです。だけど…
2人だけの思い出が欲しいと言うのは、わがままでしょうか。
もし良ければ明日、私とデートして下さい。
朝の10時に、噴水前。
よろしくお願いします。
ベッドに横になり、手紙を読み終えた一真は、手紙を持った手を脱力させ、ベッドに倒れさせた。
「…行くべきなんだろうな…」
それは、別れの思い出を作るため…
必ずしも、ハウルの為になるかはわからないが…
それも1つの、別れの形なのかもしれない。
初夏の陽射しに、涼しい風…波の音の代わりは、噴水の音。
白いワンピースを着たハウルが、噴水の前に立っていた。
クリーム色のなめらかな長髪に、かぶっているのは麦藁帽子。
辺りをキョロキョロと見回し、左手首に付けた腕時計をしきりに気にしている。
一真との約束の時間は、朝の10時。
現在の時刻…9時30分、25秒…
「…ちょっと早く来すぎたかな」
そう呟きながら、ハウルは苦笑する。
ハウルは、なんとなくだが一真は、約束の時間よりも早く来る…ような気がしていたのだ。
だが、どうやら予感は外れてしまったようだ。
「…はぁ」
ため息を吐きつつ、ハウルは空を見上げる。雲1つ無い、青空を。
「…あ…」
瞬間…ハウルの表情が、ほころんだ。
空高くから、ハウルに向かって降りてくる一真を見つけたのだ。
ハウルの予感は、当たっていた。
「よぉ、早いなハウル」
降り立つと同時に、一真はそう言ってハウルに、2本持っていた缶ジュースの内の片方を手渡した。
「ありがとうございます。…いや、兄さんこそ早いですね…ちょっと嬉しいです」
缶ジュースを開けながら、ちょっと…いや、本当に嬉しそうに、ハウルは微笑んだ。
「そうか?まぁ、喜んでもらえたなら良かった」
そう言って、一真は缶ジュースを開け、少し飲んだ。
「今日、何処に行くか…とか、考えてあるのか?」
唐突に、一真が聞いた。
「はい、まず最初は…」
「あ~っと、言わなくて良いよ?決まってるならそれでOK」
ハウルを制し、一真は言った。ハウルはそれに、首をかしげる。
「そういうのって、知らない方が楽しいもんだと思うからさ…」
「…そうですね、そうかもしれません」
一真の説明に納得したのか、ハウルが微笑む。
「それじゃ、ちょっと早いですけど行きましょうか」
ハウルは缶ジュースの中身を飲みほし、一真に言った。
ハウルのデートプランその1。
ショッピング。
「…子供服売り場…」
ハウルに付いてデパートに入り、一真は売り場の名前を呟いた。
「まぁ、子供ですから」
苦笑いしつつ、ハウルは言った。
「兄さん、どっちが良いと思いますか?」
2着の服を持って、ハウルは一真に言った。
ハウルが持っているのは、ピンクのTシャツと水色のTシャツ。一真はそれを見比べ、考えた末に…
「…ピンクかな」
「じゃあ、下は?」
一真が答えるや否や、ハウルはTシャツから、ジーンズとスカートに持ち変えていた。
「…スカート」
「わかりました!」
ハウルは笑顔でそう答え、レジに向かって行った。
「…ファッションのこととか、やっぱわかんねぇ…」
エスカレーターの脇にあるベンチに座りつつ、一真は呟く。
今は、ハウルの着替え待ちだ。
「お待たせしました」
ついさっき買った服を身に着けたハウルが、一真の前にやって来た。
「お、似合ってんじゃん」
「ありがとうございます!」
一真の言葉に、ハウルは嬉しそうに微笑んだ。
ハウルのデートプランその2。
映画。
「そしてやはり、見る映画はアニメ…」
落ちは予想済みだと言わんばかりに、一真は頷いた。
「確かにアニメですけど…ベストセラー小説を映画化した物ですよ?」
「原作は面白かったよ。映画はどうだろうねぇ…」
言葉とは裏腹に興味津々に、一真はハウルに付いて入って行った。
…2時間後。
「いやぁ…なんて言うか…どうだった?」
映画館から出てきた一真は、ハウルに言った。
「凄く面白かったです!特に、怪盗と警官の恋の部分とか!」
「そう…面白かったなら良かった」
言いながら、一真は複雑な表情だった。
「兄さんは、面白く無かったんですか?」
「いや、面白かったよ?ただ、デジャブと言うか…小説の時から、あれ?って思ってたけど、映画にすると…まさかのノンフィクションと言うか…」
一真の言葉に、ハウルは首をかしげた。
ハウルのデートプランその3。
食事。
「…普通にファミレスで良かったんじゃないか?」
「そうですね…ちょっと後悔してます」
ハウルが選んだ店は、ちょっと高級感漂う固そうな店だった。
一真に関しては、違和感は無い。年相応かと言えば若すぎる気もするが、身長が若さをカバーした形だ。
ただ、ハウルに関してはそうは行かない。何せ、小学生だ。一真を最低ラインとしても、4年は早い。
「…料理も、食べたことの無い物ばっかりです。食べ方すら、ちょっと…」
「まぁ…小学生でコースメニューは…なぁ」
そう言って、一真は苦笑する。ハウルも、力無く微笑んだ。
「…美味しい」
一真の見よう見まねで食べ始めたハウルは、料理を口にすると、思わず呟いた。
「けど、こういう場所ってドレスとか着てた方がいいんですよね?」
「まぁ、ファーストフード感覚で入る店ではないな」
「ですよね…」
そう言って、ハウルは苦笑する。料理のおかげか、先程よりは元気になったようだ。
「…でもまぁ、良いんじゃないか?」
一真が、少し寂し気に微笑みながら言う。
「"次"に来た時の予行練習だと思えば」
その、一真の言葉に、ハウルは思わず、ナイフとフォークの動きを止めた。
「次って、いつですか?」
「最低でも4年後だろ。そのぐらいになれば、ハウルも様に…」
「そうじゃなくて…」
言いながら、ハウルは苦笑する。
「次に会えるのはいつか…ってことです」
「…どうだろうな」
言いながら、一真はナイフとフォークを皿に置く。
「会えるのは確かだけど、具体的な日にちはわからない…それこそ、4年後かもしれないし10年後かもしれない」
「…ですよね」
一真の言葉に、ハウルはうつ向く。
「…兄さんは、寂しく無いんですか?」
「寂しいよ?当たり前じゃん」
一真はそう言って、笑ってみせる。
「でも、まぁ…お前らがどのくらい成長したかを見るのが、楽しみでもある」
「楽しみ…」
ハウルは、信じられない…といった表情をした。
ただ寂しいだけの自分とは違い、一真はもっと先に居る。
ハウルはそれを、痛感した。
ハウルのデートプランその4。
ウィンドウショッピング改め、散歩。
「…」
「…」
食事を取ってから、2人の間に会話は無かった。
ハウルは、自分の中で葛藤していて、一真はそれを察し、あえて口を挟まない。
ハウルならきっと、答えを見つけられる。
一真はそう信じ、ふと、空を見上げる。
「…な…」
瞬間…一真は立ち止まり、目を見開いた。
一真の目にうつったのは、たくさんの黒い亀裂の入った空。
いくつかの亀裂からは、銀色の何かがその一部を覗かせていた。
「…1日早いんじゃないか?」
一真は顔をしかめつつ、聞こえないとわかっていながら、予言者に向かって呟いた。
「…ハウル!」
「ひゃい!?…はい!」
一真の少し先を歩いていたハウルは、驚きながら一真へ振り向いた。
「すぐに麻美達に連絡してくれ」
言いながら、一真はポケットからクロスを取り出す。
「宇宙人との最終決戦だ…ってな!」
ハウルの連絡から5分…アクオ・ベルベオンは、非常警戒体制に入った。
防衛局全ての職員が、宇宙人との戦いに備える。もちろん、職員だけでは無く、高等部以上の学生も…だ。
「…最終決戦とか言ってたな」
学校の校庭で、恭助は呟いた。
「言ってたわね…」
「じゃあ、今日の戦いで全部終わらせるってことかな…」
マナとミナが、空を見上げながら呟いた。
大量のマウンが、今にも襲って来そうな空を…
「…これも、既定事項か?」
防護服に身を包んだ一真は、予言者ティアの城に乗り込み、ティアに向かって言った。
「そうだよ…マウンの襲来は、予言よりも1日早い」
ティアは、さも当然のことのように言った。だが、見る人が見ればわかるだろう…ティアの口調に見える、ティアの心中が。
「…何の為に、わざと嘘の予言を?」
「私の予言なんかあてにならないって事を、教えるため」
即答だった。
「何で?」
「…私も、一真と一緒にヴェルミンティアから居なくなるから」
「どういうこと?」
ティアの言葉に、一真は首をかしげる。
「宇宙人を倒した一真を、元の世界に送り届けるのが、私の任務なのよ」
「任務…誰かからの命令ってこと…」
「聞かないで」
ティアの言葉に、一真は黙り込んだ。
「ごめんね…今の一真に、全てを知られると困るんだ」
「なんだそれ、オレが歴史を変えかねないとでも言いたげじゃん」
一真の言葉に、今度はティアが黙り込んだ。
「図星…ってか、未来の人間から警戒されてるオレって…」
言いながら、一真は顔をしかめる。
「仕方ないでしょ、貴方は"久城一真"なんだから」
「どういうことだそれ…もう、存在自体が要警戒か!」
不服そうに、一真は言った。
「まぁ、そうなるわね」
否定は無く、一真からすれば、まさかの肯定だった。
「…その扱い、割と傷つくんだけど」
「未来の一真も、同じこと言ってたよ」
ティアの言葉に、一真は顔をしかめる。
「まぁ何にしても、宇宙人を倒さないことには元の世界に帰れないんだから、頑張りなさい」
「って言われても、どうすりゃ…」
「指示は私が下すわ。"予言を元に"ね」
そう言って、ティアは一真を指差し、続ける。
「先ずは、レディア神山ね…最初に宇宙人が攻撃して来る所よ」
「レディア神山…レディア神山!?」
思わず2度、一真は繰り返した。彼処には、本物の予言者が居るのだ。
「お前もっと早く言えよ!」
一真は慌てて、ティアの城から飛び出した。
「サーグルス!」
予言者の名前を叫びながら、一真は『カムイ、ソアー・フェザー=アクセル・モード、フェルクルク』を併用した、凄まじい身なりで凄まじいスピードを出し、既にマウンからの攻撃を受けている、レディア神山の洞窟に突入した。
(久しいな…聖なる魔を放つ者)
「いや、久しいなってあんた…」
あまりにも落ち着き払ったサーグルスの態度に、一真は顔をしかめる。
(ここは直に崩れる。早く逃げろ)
「わかってるよ、オレはあんたを助けに来ただけだ。死にたかない」
言いながら、一真はサーグルスの魔石に手を伸ばす。しかし…
(無駄だ…私はここから動けない)
「…なんで」
一真の手は、見えない壁に阻まれ、サーグルスに届かない。
(ここから出ないことも、予言の対価だからだ)
「じゃあ、何か?このままここ崩れて、あんた埋まっちゃって…」
(埋まっても意識は残るから、実質…生き埋めだな)
「…成仏しちゃえよ」
溜め息混じりに、一真が言った。
(私が成仏…考えてもみなかったな)
「なんで?」
(自分じゃ何も出来ないからな)
「あぁー…」
一真が納得した所で、サーグルスは続ける。
(もともと動けぬ身…私はこのまま生き埋めになり、素質ある者に予言を与え続けよう)
「…いや、成仏してもいいんじゃないか?」
サーグルスの言葉に、一真は異義を唱える。
「てか、出来るなら成仏したいんだろ?」
(出来る物なら…な。だが…)
「"反逆の名の元に、解き放て…リベリオン"!」
反逆の言葉と共に、一真はサーグルスの周りにあった見えない壁を破壊する。
(…どうやら、成仏の時が来たらしいな)
「切り替え早ぇなオイ!」
言いながら、一真は魔石を掴む。
「危なっ…」
同時に、魔石があった場所に天井が崩れ落ちて来る。
それを引金に、洞窟は崩壊を始める。
「マジかぁぁぁぁ!」
落下する天井に追われながら、一真はサーグルスを持って走る。
(…久城一真)
「…お?初めて名前呼ばれた気がするぞ」
走りながら、一真は少しだけ驚く。
「で、何?まさしく最後の言葉になりそうだけど」
(久城一真に予言を授ける)
「遺言?予言という名前の遺言ですか?」
走っているせいか、一真のテンションが微妙におかしくなっているように思える。
(聖なる魔を放つ者、久城一真。王に反逆し、世界を超える)
(世界を超えし魔術師、聖なる魔をもって愛する者を救う)
(魔術師は空を駆け、星を超える)
(魔術師、数ヶ月の後に再会を果たす)
(魔術師、数年の後に世界を揺るがす物を作り出す)
(こんな所か…)
「…………あんたマジ、この状況で考えさせんなよ!」
予言を聞き終えた一真は、真っ先に文句を言った。
(ついでに言うと、遺言もある)
「っざけんなよ!覚えてらんね…」
(この魔石は、戦いが終わるまでマスターを久城一真とする)
「…何て?」
サーグルスの遺言に、一真は立ち止まりそうになる。
(その後のことは任せる)
「任せるって…じゃあ、キョウコに渡すかな」
2人が話しているうちに、外の光が見えて来た。しかし…
「崩れたぁぁぁぁぁぁ!」
入り口が閉ざされ、光は失われた。
「くっそ…」
一真は立ち止まり、左目に意識を集中する。
「厚い…かなり強い魔法じゃなきゃ…しかも、酸素が足りないな…残り5分って所か」
緋色に輝く真眼が、辺りをぼんやりと照らす。
(どうするつもりだ?)
「"聖なる魔を放つ者、風の大剣アヴィスラを持って、一閃の軌跡を煌めかせる"…だろ?」
一真は答え右手を握りしめ、左肩に持って行く。そして…
「"その身に宿す、碧螺の風…"」
残り時間4分20秒で、"上級魔法詠唱"が始まる。
"その身に宿す、碧螺の風…
全てを切り裂くその刃…
研ぎ澄まされしその身にて…
愚かなる彼の者の罪を…
断ち切れ、碧螺の名の元に…
我に仇なす者を切り裂け"
詠唱の終了と共に、一真の右手が黄緑色に輝きだした。
「"アヴィスラ・ザン・クード=ティラル"!」
発動と同時に、一真は右手を振り上げる。
瞬間…一真の目の前が縦に裂けた。射し込んだ光が、一真を照らす。
("聖なる魔を放つ者、風の大剣アヴィスラを持って、一閃の軌跡を煌めかせる"…煌めきの軌跡、しかと見届けた)
サーグルスの言葉を聞きながら、一真は外に飛び出した。
「…すっげ」
一真は思わず、そう呟いた。
一真の魔法…アヴィスラ・ザン・クード=ティラルは、黄緑色に輝く巨大な剣だった。
その一撃は、山を二つに割らんばかりに強力だ。
「ぶったぎれ!アヴィスラぁぁぁぁ!!!」
叫びながら、一真は空中のマウンに向かって右手を振る。
直に持っているわけではないが、アヴィスラは一真の右手の動きに忠実に従い、マウンを切り裂いて行く。
数分もしないうちに、レディア神山を攻撃していたマウンは、一機も居なくなった。
(見事)
一真の鮮やかな攻撃を目の当たりにしたにしては、サーグルスの言葉は短かった。
「そりゃどうも」
言われた一真も、素っ気なく返事をする。
だが、一真はわかっている。
言葉は短くとも、サーグルスは一真を認めてくれているのだ…と。
(これで、ようやく私の役目は終わったのだな)
サーグルスが言うと、サーグルスの魔石が輝き始めた。
「…行くのか」
(あぁ…)
サーグルスが答えると、魔石が一際激しく輝いた。
「…え?」
一真は自分の目を疑った。目の前に、半透明な女性が立って居たのだ。
(…懐かしいな…自分の身体が、記憶の彼方から戻って来る)
「あんた、女だったのか…」
茶髪でロングヘアーのサーグルスを見て、一真は唖然とした表情を見せる。
(どうやらそうらしいな。すっかり忘れていた)
そう言って、サーグルスは重さを確かめるように、自分の胸を下から持ち上げる。
一真はなんとなく、その光景から視線を反らした。
(…久城一真、礼を言っても言い足りない程、感謝しているぞ)
一真が視線を戻した時には、もうすでに、サーグルスの身体が半分以上、光の粒子になりつつあった。
「…礼には及ばないよ」
どこか寂しそうに微笑みながら、一真は言った。
(そうか…だが、言わせてほしい。ありがとう…そして、さよなら…だ)
サーグルスは一真に右手を差し出す。一真はそれに応え、右手でサーグルスの手を掴もうとする。
残念ながら、握ることは出来なかったが、互いの右手が重なった時、サーグルスは嬉しそうに微笑み…
「…さよなら、サーグルス」
サーグルスは完全に、光の粒子になって…消えた。
「そう…彼女、ようやく"閻魔界"に行けたのね」
一真からの報告を聞いて、ティアが呟いた。それに、一真は首をかしげる。
「…"閻魔界"?こっちにも閻魔界があるのか」
「いいえ、閻魔界は1つ…一真の世界の閻魔界は、こっちの世界の閻魔界でもあるの」
ティアの説明によると、閻魔界は一種の異世界らしい。
どの世界で死んでも、転生するのは元の世界なのだ。
「つまり、生きてるうちに元の世界に戻れなくても、死んだ魂は元の世界に帰れるってことか…」
そう結論付け、一真は顔をしかめる。
「…まさかオレ、死んで帰るってんじゃ…」
「安心して、ちゃんと連れて帰るから」
ティアの言葉を聞いて、一真は安堵する。どうやら、生きて帰ることは出来るらしい。
「それじゃあ、次の指令を頼むよ」
気を取り直した一真は、ティアに言った。
「次は…学院よ。恭助たちを助けに行って」
ティアの言葉と同時に、一真は踵を返して歩き出す。だが直ぐに、一真はティアに振り返って、言った。
「…てか、いちいち戻って来なきゃ駄目なのか?その次の場所も教えとけば…」
「…学院の次は、海岸線と防衛局…最後はこの城の真上ね」
「了解」
一真は今度こそ、ティアの城を後にした。
学院への攻撃は、まだ…始まっていなかった。
だが、始まるのは時間の問題だ。
「…流石にこの量は無いだろ…」
そう呟いたのは、恭助だった。
マウンは徐々に増えて行き、今では空を埋め尽くしていたのだ。
だが、攻撃はして来ない。どちらかからの攻撃が、開戦の合図なのは明白だ。
だからこそ、こちらからは手が出せない。敵の数が多すぎるのだ。このまま開戦すれば、勝機は薄い…
「援軍とか、無いの?」
「生徒と教師だけに任せるって、酷すぎるよね…」
マナとミナが、援軍を寄越さない防衛局に対して、口々に文句を言う。
「せめて、1人ぐらい来ても良いですよね…」
キョウコも不満そうだ。だが、一応…援軍は来た。
「どうも、防衛局から来ました」
申し訳なさそうに腰を低くして、一真がやって来た。
「てか、お前も生徒だろうが」
「まぁな」
恭助に返事をしながら、一真は空を見上げる。
「…じゃ、開戦しましょうか」
『本当に援軍1人!?』
身体をほぐし始めた一真に、4人が叫ぶ。
「良いんだよ、人数多くても困るし…じゃ、いくぞ?"その身に宿す、漆霧…"」
そう言って、一真は勝手に呪文の詠唱に入った。
同時に、魔力を察知したマウンが攻撃を仕掛けて来る。
「勝手に始めんなよ!"樹枝の名の元に…"」
完全に一真の行動から、戦いが始まってしまった。
前線に立って戦う近接戦闘部隊の少し後ろで、恭助は中距離魔法を唱え、マナ、ミナ、キョウコは盾の魔法を唱える。
学院の全ての生徒と教師が、戦いに参加していた。
そんな中、一真は詠唱に集中しているのだ。
「一真を守れ!そうすりゃ何とかなる!」
恭助が叫ぶが、そんなことは誰もがわかっていた。
誰もが、一真の力を信じているのだ。
そんな気持ちに応えるように…
一真は、3つ目の鍵を唱える。
その身に宿す、漆霧の黒…
行く手を遮る漆黒の霧…
いざなわれるは快楽の果て…
対価は汝の命なり…
美しく妖艶な暗黒の娘よ…
いざなえ、漆霧の名の元に…
我に仇なす者を惑わせろ…
ファローネ・ジオ・ダール=ゼッフォ
詠唱が終わり、発動まで一気に済ませ、一真は左手を真上に伸ばす。
「行け…ファローネ」
一真の左手に、漆黒の光が集まる。色が黒いのに、眩しいのだ。
漆黒の光は形を変え、人の形になる。
「…これ見たら山中、どんな顔するかな…」
言いながら、一真は顔をしかめる。ファローネの姿は、沙織そっくりなのだ。
暗黒の娘ファローネ…暗黒の娘を想像する時、一真の頭には沙織しか浮かばなかったのだ。
「…きっと、こんな顔をするでしょうね」
言いながら、ファローネは一真を振り返って顔をしかめて見せる。
「…良いから行ってくれ」
「フフフ…」
一真の言葉に妖艶に微笑み、ファローネは天に上がって行った。
ファローネの魔力を感じ取ったマウン達は、空へ上がって来るファローネに攻撃目標を変更した。
「おい一真、また女の子かよ」
ファローネを見た恭助は、そう言って苦笑する。
「まぁ見てろって…凄いから」
言いながら、一真は目を閉じ、左手を真横に伸ばし…
「…"その身に宿す、砕雷の轟…"」
更なる、上級魔法の詠唱を開始した。
「…生ぬるいわね」
マウンからの光線による攻撃を避けながら、ファローネは空へ上がって行く。
「…あら?」
ファローネが「生ぬるい」と言った直後、マウンの光線がファローネの腹部を直撃し、風穴を空けた。
「口ほどにも無ぇぞ一真!」
その光景を目の当たりにした、恭助が叫ぶ。マナ達も、唖然とした表情をしている。
だが、一真は特に気にする様子も無く、詠唱を続けていた。
「…残念、ハ・ズ・レ」
言葉と同時に、腹部を貫かれたファローネが揺らぎ、消える。
「それは幻…駄目じゃない、ちゃんと狙わなきゃ…」
声は、ファローネの幻を貫いたマウンの背後から聞こえた。
自分の背後に居る、ファローネの存在を察知したマウンは、振り向き様に光線を放つ。しかし…
「ごめんね?私も幻なの」
光線はファローネを貫通し、反対側に居たマウンを貫いた。
「視覚、聴覚、触覚…あなた達に味覚と嗅覚があるとは思えないけど、それらを乱し、惑わせる…」
味方を破壊したマウンの後ろで、ファローネがそう言うと同時に、ファローネの両手に黒い霧が生まれる。
「"幻惑の漆霧"」
瞬間…霧はファローネを中心に、広範囲に広がった。
霧はマウンの中に侵入し、察知機能…人間で言う五感を司る器官を、狂わせる。
『…さぁ、乱れなさい』
霧によって侵されたマウンの察知機能は、使い物にならなくなった。
今のマウンには、カメラ越しに見る仲間のマウンが全てファローネに見え、察知機能でも、互いがファローネに見えるのだ。
そこから始まったのは、壮絶な同士討ちだった。
絶え間無く起こる爆発に、地上の生徒と教師達は歓喜の声をあげる。
「すげぇぞ一真!流石はお前の魔法だな!」
恭助が一真に言うが、一真はそれも聞き流す。
魔法を放つタイミングを伺っているのだ。
「…呆気ないわね」
空中で足を組み、そこに肘を着き、顎を乗せ、退屈そうに呟きながら、ファローネは高見から、マウンの同士討ちを眺めていた。しかし…
「…あら、向こうも少しは考えてるみたいね」
言いながら、ファローネは妖艶に微笑んだ。
「マウンが合体を始めたぞ!」
地上の生徒のうちの1人が言うが、そんなことは言われなくても誰もがわかっていた。
「…あのマウンドランド、新型だぞ」
そう言ったのは、教師だった。流石は教師と言った所か…合体の過程を見ただけで、それが今までのマウンドランドでは無いとわかったらしい。
「…新型…ねぇ…」
呟きながら、一真はようやく目を開いた。
「新型かぁ…B型って所かしら」
体勢をそのままに、ファローネは呟いた。
合体したマウンは、鳥型のマウンドランドになったのだ。
「…でも、マスターの方が何枚も上手ね…もう手は打ってあるもの」
ファローネが言うと同時に、一真はニヤリと笑った。
その身に宿す、砕雷の轟…
天空を踊る金色の槍…
嵐のごとく降り注ぐ…
全ての雨を雷に変え…
貫け、砕雷の名の元に…
我に仇なす者を打ち砕け…
詠唱と同時に、一真の左腕の方向に、巨大な漆黒の輪が現れた。
一真が左腕を動かすと、それに合わせて輪も動く。
一真は、空に浮かぶマウンドランドB型が、輪の中に入るように照準を合わせる。
「お前ら、耳塞げ!」
一真が言う。一真の周りに居た生徒たちは、戸惑いながら耳を塞ぐ。
…一真の声が聞こえなかった生徒たちには、御愁傷様としか言いようがない。
「"ザヴォルガ・シン・エルク=ライザー"!」
魔法発動と同時に、漆黒の輪の外側に、巨大な金色の槍がいくつも現れる。
雷を纏った金色の槍は、漆黒の輪の回転を引金に、1本ずつ空へ向かって放たれる。槍は放つと同時に補填され、この1連の流れのスピードが徐々に加速されて行く。
放たれた槍はマウンドランドに当たり、そこから雷が生まれ、雷鳴が轟き、マウンドランドの爆発音も響き渡る。
雷を嫌がる生徒や教師の叫び声も相まって、まさに、阿鼻叫喚…
ザヴォルガの威力は、あおいのファラウドに匹敵する物があった。




