9.殲虹は残された日々に想いを馳せる。
「…何、あれ…」
校舎の昇降口から一部始終を見ていたマナは、その光景に唖然とした。
凄まじい魔力を放出し、倒れた一真。
マナが駆け寄ろうとした時、突然現れた女性。
そして今、倒れた一真が立ち上がり、ヴェルミンティアの魔法とは"明らかに違う"魔法を使い始めた。
「かずっ…きゃあっ!」
マナが一真の名前を呼ぼうとした瞬間…一真は、凄まじい勢いで空高く舞い上がった。
…H型の右腕が振り上げられ、空中のハウルを襲う。
ハウルはそれをギリギリで避けるが、カウンターによる反撃までには至らない。
「あおい!」
「…"輝雷の名の元に、我に仇なす者を喰い破れ"」
ハウルの合図と同時に、少し離れた所から、あおいが呪文を詠唱する。
「"エルク=ピアード"!」
あおいが放ったのは、威力、スピード共に高い、雷属性の砲撃魔法…だが、H型はそれを、身体を少し捻るだけで易々避ける。
「…やっぱり"ファラウド"じゃなきゃ…」
「"上級"はダメだって言われたでしょ?」
上級魔法に手を出そうとするあおいに、麻美が言った。
「じゃあ、どうするの?強い魔法は当たらないし、スピードがあっても弱い魔法じゃ…」
あおいに言われ、麻美は考え込む。
必要なのは、上級並のスピードと威力…だが、麻美は攻撃に使う上級魔法を"持っていない"のだ。
この中で攻撃系上級魔法を持っているのは、"輝雷のファラウド"を持つあおいだけ…しかし、あおいに上級魔法を使わせるわけにはいかない。
そうなると、答えは…
「…弾数の多い魔法で、少しずつでもダメージを与えるしかないね」
「ッ…!」
麻美の出した答えに、あおいは下唇を噛んだ。
「…"草乱の名の元に…我に仇なす者を切り裂け、ティム=アシュラン"!」
あおいは大人しく麻美に従い、H型に向かって"鋭利な葉"を飛ばす。だが、その表情には悔しさが滲み出ていた。
「…"光乱の名の元に…我に仇なす者を撃ち抜け、ピルト=アシュラン"」
あおいから離れた場所に移動し、麻美は魔石…フェノアールトから、無数の光の弾を放った。
麻美はあおいの表情から、あおいの気持ちを察している。
だが、あおいに撃たせるわけにはいかないのだ。
もう、これ以上…、
「…あおいの幼い身体に、負荷をかけるわけには…いかない!」
それはまるで、決意…これ以上、あおいやハウルを傷つけたりさせない。そういった思いが、麻美の言葉には込められていた。
そして…
「そう…あいつらに無理はさせちゃいけないんだ」
「え…」
麻美は、後ろを振り向いた。
そこに居たのは…
黒髪に、緋色の前髪。
両足が緋色に輝いている。
緋色の翼を持つ。
麻美と"同じ思い"を持つ男。
「悪い、遅くなった」
久城一真。
…と、
「…誰?」
一真にピタリと寄り添うリラケルプを見て、麻美は首をかしげた。
「誰っていうか…っ痛!」
「良いんじゃない?今思った通り、"ただの"回復魔法って言えば」
言いながら、リラケルプは満面の笑みを浮かべ、一真の手を強く握る。どうやら彼女には、一真の思いが直に聞こえるらしい。
「…何怒ってんだよ」
「別に?」
一真とリラケルプのやり取りを見て、麻美は更に首をかしげる。
「…で、どんな状況?」
「こっちのセリフなんだけど…まぁ、良いけどね」
顔をしかめつつ、麻美は続ける。
「新型のマウンドランド2体が合体。能力も大幅に上がってるよ…初級、中級の魔法はほとんど効果無し。ダメージ薄いか、当たらない」
「そっか…スピードと威力を兼ねた魔法って言えば、あおいの上級ぐらいだしな」
言いながら、一真はH型に視線を向ける。
「ハウルが撹乱…あおいと麻美で弾数勝負…妥当だな」
「一真が来たなら、私とあおいは待機ね」
「いや、ハウルも待機で」
「…え?」
耳を疑い、麻美は首をかしげた。
「だから、3人ともマウンドランドから離れてて、危ないから」
一真の言葉に唖然とした物の、麻美は素直に魔法の放出を止めた。
「ハウル、あおい、直ぐにマウンドランドから離れて。一真からの命令よ」
『了解!』
麻美に返答したあと、2人は直ぐに麻美の元に飛んで来た。
「遅いよカズ兄!」
「悪い…でも、直ぐに終わらせっからさ」
あおいに苦笑して見せ、一真はH型を見据える。
「リラケルプ、両手を使いたい」
「は~い」
リラケルプは答えると、背後から一真に抱き着いた。
『なっ…!』
その光景に、ハウルとあおいが唖然とする。だが、一真はそれに気付かず、緋色の翼を広げる。
「よっしゃ…やるか!」
一真は気合いを入れ、H型へ向かって飛んで行った。
「…なんですか?あれ」
ハウルは、顔を引きつらせながら言った。
「さぁ…よくわからないけど、魔法みたいよ?」
「…じゃあ、カズ兄の趣味…」
あおいの呟きに、3人揃って無言になった。
リラケルプを背負った一真は、ハウル以上のスピードでH型の周りを飛び回る。
H型は腕を振り回すが、攻撃は一真に擦りもしない。
「…よし、あれで行こう」
そう呟き、一真はH型の攻撃がギリギリ"届く"位置に降り立った。
「…一真、当たっちゃうよ?ここ」
「大丈夫だよ」
リラケルプにそう答え、一真は左手を伸ばし、それとは対称に弓を引くように、右手を引いた。
「左手に"ウィンディ"、右手に"ファイアリィ"…」
一真が言うと、一真の左手が黄緑に…右手が緋色に輝いた。
「あぁ…やっぱ発動早いなぁ…」
満足気に微笑み、一真は右手に意識を集中する。
直後、H型の右拳が一真に向かって来る。
「…一真、当たるって」
「大丈夫だって…信じろし」
リラケルプに言って、一真はH型の右拳に狙いを定めた。
右拳と一真の距離が、どんどん縮まって行く。そして…
「…"ティロア"」
ヴェルミンティアの、発射の呪文…一真が唱えたのは、それだった。
一真の右手から"ファイアリィ"が放たれ、左手の"ウィンディ"に当たる。
風の魔法によって強化された炎は、矢の如く右拳に向かって飛んで行く。
「"ブレイズ・アロー=ストライク"!」
炎の矢は右拳の中心に当たり、容易にめり込む。
矢は"障害物"に構わず突き進み、H型の肩まで貫き、飛んで行った。
「…リラケルプ、"水竜の鱗"」
「はい」
一真に言われ、リラケルプは一真に抱き着いたまま、右手を前に突き出す。すると、右手の先から、半透明で不思議な形をした水色の物体が現れる。
直後…轟音と共に、H型の右腕が爆発した。
「カズ兄ッ!」
一真から離れた位置から、あおいが叫ぶ。
「…兄さんなら、平気だよ」
あおいと打って変わって、ハウルの方は冷静だった。
爆発で生じた煙で見えにくいが、ハウルはじっと、一真が居たであろう位置を見つめる。
「…ゲホッ!ゴホッ!」
ハウルの言う通り、一真は無傷だった。ただ、前方からの衝撃は"水竜の鱗"が防いだのだが、煙は防いでくれなかったらしい。
「…まぁ、無傷には変わりないけどさ…」
一真は呟きながら、翼を羽ばたかせ、空高く舞い上がる。
その直後、一真の居た位置をH型の左拳が通過した。
左拳の勢いで煙は晴れたが、そこに一真は居ない…H型はもちろん、麻美達も一真を見失った。
「…一真は?」
麻美が言うが、あおいとハウルは首をかしげるばかりだ。
一真とリラケルプは、麻美達よりも上空に居た。位置は、H型の真上…
「…どうすっかな」
H型を見下ろしながら、一真は考える。
一真の左目には"真眼"が輝いており、解析しているのは"H型を倒す方法"…
「必要なのは…"動きを止める魔法"と"破壊力の高い魔法"…リラケルプ、お前が出来るのは?」
「両方とも」
「それはそれで怖いな…」
一真は呟きながら、再び考える。そして…
「…リラケルプ、前者の方を頼む」
「は~い」
一真に返事をすると同時に、リラケルプは一真から離れる。
「…え?」
リラケルプの行動に、一真は顔をしかめ、下を見下ろした。
落下して行くリラケルプ…自分から遠ざかって行く彼女を見て、一真の顔から血の気が失せる。
「リラ…」
「大丈夫よ」
一真が、リラケルプへ向かって降下しようとした時…リラケルプが言った。
リラケルプは身体を回転させ、下を向くと同時に両手を広げる。
すると、リラケルプの身体が輝いた。それと同時に、リラケルプの落下が止まる。
「おぉ…」
自在に飛び回るリラケルプを見て、一真は驚嘆する。
一真の目には、リラケルプの背に"天使の翼"が見えたのだろう…
「…さて、オレもやらなきゃな…」
呟きながら、一真はH型に向かって右手を伸ばした。
一真とリラケルプが消えたことにより、H型の標的は麻美達3人に移っていた。
それに対して3人のとった行動は、逃げ…
H型の身体の周りを、縦横無尽に飛び回っていた。
「2人共、もう少し頑張って!」
H型の拳を避けつつ、麻美が言った。
「もう少しって言ったって…カズ兄は何処で何してるのよ!」
H型の股の間をくぐり抜け、あおいが叫ぶ。
「大丈夫だよ…兄さんなら、きっと!」
そう言って、ハウルはH型の右肩に視線を向ける。
右肩は焦げて黒くなっており、先程から全く動かない。
(…私にも、もっと強い魔法があれば…)
ハウルの顔が、悔しそうに歪む。すると…
「3人共、そいつから離れて」
透き通るような綺麗な声が、辺りに響いた。
「…リラケルプ」
辺りを見回し、上を見上げたハウルが、リラケルプを見つけた。
「早く離れないと、巻き添えになるよ?」
リラケルプの言葉を聞き、3人は全力で退避する。
しかし、その直後…
「リラケルプ!」
ハウルが叫ぶ。H型の左拳が、リラケルプに向かって放たれたのだ。
だが、リラケルプはそれを避けない。
凄まじい轟音が、辺りに響いた。
その様子を、呆然と見つめる麻美達…しかし、その顔は直ぐに、驚愕に変わった。
「…この程度?」
リラケルプは健在だった。H型の左拳を、右手のみで受け止めていたのだ。
「本当は、このまま壊してあげても良いのよ?だけど、一真に言われてるから…」
リラケルプは言いながら、息を大きく吸い込み…
「…"福音の波動"」
歌を…歌い始めた。
その歌は、この世の物とは思えない、神々しい物…
響く声は、美しい音色と言える…まるで、オーケストラの演奏まで聞こえてきそうだ。
「綺麗…」
ハウルが呟いた。だが、それは他の2人も感じていることだった。
綺麗な歌…声…
3人には、全てが輝いて見えた。
だが…
「…あれ?」
リラケルプの歌声に聞き入っていたあおいは、微かな違和感を覚えた。
リラケルプの歌声に、麻美達は幸福を感じていた。
身体の内から、元気になっていく感覚がある。
しかし、その一方…
「…マウンドランドが…」
同じ音色を聞いていたはずのH型に、異変が生じていた。
一真が破壊した右腕が、付け根から崩れ落ちる…
リラケルプを殴った左腕に、ヒビが入って行く…
「どうなってるの…?」
麻美が呟くと同時に、H型の左拳が崩れ始めた。
"福音の波動"…
それを聞いた味方は、肉体や精神の回復などのプラス効果を得る。
だが、敵が聞いた場合…待っているのは破滅だ。
敵が人間なら、良くて気絶…悪くて精神崩壊…
"福音の波動"は、梨紅とエリーの"福音"そのものだった。
「…なんて魔法なの…」
福音の波動に聞き入りながら、麻美は呟く。
"水竜の鱗"と言う名の盾による防御…
H型の攻撃を片手で防ぐ強さ…
"福音の波動"と言う名の回復兼、攻撃…
リラケルプに魔法のランクを付けるとしたら、間違いなくXクラスオーバー…言うならばXX-イグザス-クラス。
更に、麻美は一真の魔力上昇にも気付いていた。
クラスで言うならば、Sクラス…だが、これが一真の本気かどうかはわからない。
麻美の頬を、冷たい汗が流れる。
一真がこちら側の人間で良かった…麻美は、心底そう思った。
「…あれ、"福音"じゃん」
上空から一部始終を見ていた一真は、首をかしげながら言った。
盾、強さ、福音…容姿まで、一真の中の梨紅が反映された魔法、リラケルプ…
"福音"が使えても不思議は無い。むしろ、梨紅ならH型を倒すのも造作も無いだろう。
「…けど、最後ぐらい決めなきゃな」
そう言って、一真は不敵に笑った。
「…"聖なる魔…聖魔の名の元に"」
一真の詠唱が始まる。聖なる魔の…正確に言えば、聖なる魔の"初級魔法"の詠唱…
「"我に仇なす者を撃ち抜け"」
詠唱完了と同時に、一真の右手の先に魔法陣が現れる。
右手の先の空間に現れた、平坦な普通の魔法陣…一真の右手と手首に現れた、2つの帯状の魔法陣…
「…2つの世界の2つの魔法で、オレの魔法は進化する…」
一真が呟くと、帯状の魔法陣が回転を始め、平坦な魔法陣に魔力が集まり始める。
魔力の集束に、麻美達3人も気付いた。
だが、3人共が何も言えずに居た。
一真の魔法は、凄まじ過ぎる…ありえない程、魔法陣に魔力を集束させていた。
その密度に当てられ、軽く吐き気を覚える程だ。
「…あんなの、撃つの?カズ兄…っ」
呟いた直後、あおいは右手で口を押さえる。
それと同時に、麻美が動いた。
この位置に居ても、まだ危険だと察したのだろう…麻美はあおいとハウルの手を引き、更にH型から離れた。
「よし…行くぜ」
麻美の離脱を確認し、一真はH型に狙いを定めた。そして…
「進化しろ、バスター…撃ち抜け、"ディバイン=ブレイカー"!!」
瞬間…集束した魔力が全て退魔力に変換され、真下のH型に向かって放たれた。
「うわぁ…」
あおいは…いや、あおいだけじゃない。
ハウルや麻美も含め、周辺に居た他の隊員達も、その光景から目を離せずに居た。
H型に降り注ぐ光…恐らく、跡形も残らないであろう、光による破壊…
バスターの威力の更に上を行く、バスターの進化形、ブレイカー…
地球とヴェルミンティア、2種類の魔法…更に、呪文詠唱と魔法陣…魔法陣も、2種類…
更に、一真の持つ魔法知識や技術を集めた、聖なる魔の"初級魔法"…
聖なる魔を放つ者。
この日を境に一真は、"聖なる魔を放つ者"として、動き始めた。
残る鍵を作り…
ヴェルミンティアを、宇宙人から守る為…
元の世界に帰る為…
一真は、戦う。
予言者ティアによる予言より…一真が元の世界に戻るまで。
残り…1ヶ月。
『AD2003、この地、異空の者達に襲われし時…聖なる魔を放つ者現れ、この地を救う。その者、名に一つの真実を宿す者なり。聖なる魔を放つ者、この地を去るも、世界の架け橋となるであろう』
予言者ティアの予言…未来から来た麻美からすれば、規定事項に他ならない。
「…つまり、オレは元の世界に帰るけど、向こうとこっちの世界で交流が始まるってことか?」
「さぁ…何処まで言って良いのかわからないから、ノーコメントで」
一真の質問に、予言者ティアは答えなかった。
ここはティアの城…そして今日は、一真がマウンドランドH型を破壊してから3週間後の週末…
「あんたの言う通りなら、オレがこっちの世界に居るのはあと1週間ってことになるな」
「そうね。ちょうど1週間後よ」
ティアの返答に、一真の表情が微かに曇る。
「…名残惜しい?」
「まぁな…3ヶ月も一緒に居たんだ、別れるのは寂しいさ」
「でも…帰るんでしょ?梨紅ちゃん達の所へ」
「あぁ」
一真の返答に、迷いは無かった。だが、ティアは続ける。
「一真になら、予言に逆らってこっちで生きて行くことも出来る…って言っても、一真は帰る?」
まるで、一真をヴェルミンティアに留まらせようとしているかのように、ティアは言った。しかし…
「帰る。梨紅達の居ない世界なんて、ありえない」
きっぱり、一真は言い切った。
「そもそも、2つの世界で交流が始まるなら、別れたってまた会えるだろうに」
「その考えを肯定した覚えは無いけど…」
「お前の"存在"が証明してんだろうが」
「…まぁね」
未来の一真とティアが繋がっている時点で、一真の考えは確信を持って事実である。
「でも仮に、交流が始まるとしても…それはいったい何年…何十年後の話かしら」
「さぁな…真眼が使えればわかるけど、ここじゃ使えないからわかんねぇ」
言いながら、一真は両手を顔の横で広げて見せる。
「…行かないで~って、あおいとハウルに泣き付かれたらどうする?」
「…それはちょっと辛いな」
そう言って、一真は苦笑する。
「いくら魔法の腕が良くても、心はまだ小学生…なのかな」
「さぁ?どうだろうね」
ティアはそう言って、一真に背を向ける。
「…宇宙人が総攻撃を仕掛けて来るまで、あと"3日"。何にしても…別れの準備も必要なんじゃないかな?」
「…」
ティアの言葉を聞き、一真もティアに背を向ける。そして、扉の外へ向かって歩き始めた。
「…あと、3日か…」
城の外に出た一真は、雲1つ無い空を見上げ、眩しげに目を細める。
ティアの予言…すなわち規定事項によると、宇宙人襲来は3日後…つまり、一真に自由が許される残された時間は、あと2日。
「…って言っても、何をしようか…」
普通に考えれば、お世話になった人達と別れの挨拶だろう…しかし、一真の考えは違った。
(…なんとなく、別れの機会は、"別に用意されている"気がすんだよな…)
一真は、そう思っていた。根拠は無い。ただ、そんな気がしただけだ。
「…あれ?」
一真が商店街を歩いていると、見慣れた後ろ姿を発見した。
ピンクの髪に、ピンクのアホ毛…麻美が、本屋で雑誌を立ち読みしていたのだ。
(何読んでんだ?)
気になった一真は、そっと…後ろから麻美の手元を覗き込んだ。すると…
「…子供向けのマンガ?」
「え!?」
一真の呟きに、麻美が勢いよく振り向いた。
「かっ、かっ、かかか…一真!?」
麻美の頬を、冷たい汗が伝って落ちる。
「果てしなく意外だ…麻美もマンガとか読むんだな」
一真に言われ、麻美の顔が真っ赤に染まる。そんな麻美に、一真は首をかしげる。
「…なんで真っ赤になってんの?」
「え…だって…恥ずかしいし…」
麻美の返答に、一真は更に首をかしげる。
「ちょっと貸してみろ」
そう言って、一真は麻美の手からマンガを取り、読み始めた。
「…マンガや小説から、魔法のイメージを養うことは悪いことじゃないよ」
「…でも、対象年齢とか…」
「いやいや、子供向けのマンガの方が、魔法体型が不安定で、仕組みを考えるのが楽しいんだぞ?」
何処か楽しそうに、一真は語り始めた。
魔法体系、形式、呪文詠唱と魔法陣の組み合わせによる相乗効果、想像と魔法を結び付けるイメージ…
「それさえ出来れば、どんな魔法でもそれなりに使える…魔法を作ることもな」
2人の居る場所は、本屋から公園に変わっていた。
「…それなら、この本に載ってる魔法も使えるようになるの?」
ブランコに揺られ、先程の書店で買った本を読みながら、麻美は言った。
「ん~…"フラントルア・チュリスパルン"…だっけ?」
一真が唱えると、麻美の足下に小さな花が咲いた。
「咲いた!…けど、あの魔法ってもっと…」
「いっぱい花が咲く…って言いたいんだろ?まぁ、ちょっと説明してやるよ」
そう言って、一真は麻美の持つ本の、先程の魔法が載っているページを開く。
「まずは呪文に込められたイメージ理解…"フラントルア"は"地に咲く"、"チュリスパルン"は"花と香り"…繋げると"地に咲く花と香り"」
呪文は、魔法のイメージを固める役割を果たす。呪文が長ければその分、発動する魔法に具体的なイメージを持てるのだ。
「呪文でイメージを固めたら、次は魔法体型…マンガを読む限り、体内の魔力を杖媒体に魔法に変換…なんだ、ヴェルミンティアと同じか」
一真はつまらなそうに言って、ポケットからクロスを取り出した。
「イメージと魔法体型が決まったら、魔力を込めて発動…"フラントルア・チュリスパルン"!」
一真が詠唱すると、ブランコの周り一面に、たくさんの小さな花が咲きだした。
「わぁ…」
その光景に、麻美は思わず見とれてしまった。
マンガを読み、何度も見たいと思っていた光景…人を幸せにする魔法。
「…魔法解除-レヴン-」
一真が、魔法解除の呪文を詠唱する。一真が出した花達は、消えてしまった。
「あ…」
名残惜しそうに呟き、麻美は残念そうにうつむく。すると…
「…ほら、やってみろよ」
「え?」
「魔法の使い方は教えただろ?やってみろって」
一真の言葉に、麻美は驚いた。麻美にも使える…一真はそう言ったのだ。
麻美はポケットからフェノアールトを取り出し、目を瞑る。イメージしているのだ、咲き乱れる花達を。そして…
「…"フラントルア・チュリスパルン"!」
目を瞑ったまま、麻美は呪文を詠唱する。すると、
「ほら、出来た」
「え…」
一真の言葉に、麻美が目を開けた。
一真程の広範囲では無いが、麻美の足下にピンク色の花が咲いていた。
「…出来た?」
「あぁ、初めてにしちゃ上出来だろ」
一真の言葉に、麻美の表情が徐々に笑顔になっていく。
ずっと、憧れていた。マンガに出てくる魔法達…それを使うという、一種の夢を…麻美は叶えたのだ。
「ありがとう一真!」
「どういたしまして」
礼を言う麻美に、ニカッと笑いながら、一真は答えた。
それからしばらくの間、麻美は公園で、マンガに出てくる魔法を片っ端から試していた。
魔法を初めて使えるようになった日に…嬉しさのあまり、何度も繰り返し、覚えた魔法を使った時と同じように。
一真も、それに付き合っていた。
どうせ暇だったから…と、一真は言うが、それは違う。
恐らく今が、麻美との別れの機会だと…そう思ったからだ。
満足気な表情の麻美と、一真は歩いていた。麻美の家に帰る為だ。
「満足したか?」
「もちろん!」
「なら良かった」
そう言って、一真は微笑んだ。そして…
「うん!久しぶりに、魔法が楽しいと思えたよ」
「…そっか」
麻美の本心を、垣間見た。一真は、そんな気がした。
久しぶりに楽しいと思えた。すなわち、久しく魔法を楽しいとは思わなかった。
魔法を使えない人間からすれば、魔法は便利で、使えればとても楽しい…
だが、魔法を使える人間…特に、麻美の世界の人間からすれば、そうは言っていられない。
魔法で喜ぶ人間よりも、魔法で悲しむ人間の方が多い…
確かに、宇宙人が使うのも魔法であり、宇宙人が人間を傷つけているのも事実…だが、人間は人間で…魔法で傷つけあっていたりもするのだ。
そんな世界を…
「変えたい」
麻美は、力強く言った。
「変えられるよ、お前なら」
麻美の言葉を聞いた一真は、そう…言い切った。
「…本当にそう思う?」
「もちろん。てか、オレも手伝うし」
「え…でも一真、元の世界に…」
「予言の最後を思い出せよ」
一真は言って、麻美に視線を向ける。
「…"聖なる魔を放つ者、この地を去るも、世界の架け橋となるであろう"」
麻美の言葉に、一真は頷いた。
「オレ達の世界はいつか、繋がる…その時、麻美がまだ世界を"変えたい"と思っていたら、オレは喜んで力を貸すよ。こっちの世界では大分、世話になったしな」
「…一真が手伝ってくれるなら、出来るかもしれないね」
言って、麻美は微笑んだ。だが…
「出来るってか、やるし。もう色々考えてるよ」
話は、一真の中で勝手に進んでいた。
「考えてるって…どんなこと?」
「とりあえず、ヴェルミンティアの防衛局みたいな物をこっちの世界にも作る。天界からの情報協力とかは勇気にやらせて、基本は魔物の討伐だけど、魔法を悪用する奴の逮捕とかもやって…」
「…話に着いて行けないんだけどなぁ…」
一真の語りに、麻美は顔をしかめながら呟いた。
このやり取り故に、後の『MBSF-Magic-Beast-Subjugation-Federation-魔法獣討伐連合』発足である。
その夜、一真はルイズ・レーヴェルト家の自室で、宇宙人との戦いまでの2日間の過ごし方について考えていた。
ベッドで横になりながら、黒い手袋…『封印の螺旋輪』から変化した、『封印の手袋』をいじり、一真はため息を吐く。そして…
「…考えてても仕方ないか」
そう呟き、一真は手袋を机の上に放り投げる。
それと同時に、部屋のドアがノックされた。
「どうぞ~」
一真が言うと、ドアが勢いよく開かれた。
「カズ兄!明日って暇?」
入って来たのは、あおいだった。
「暇っちゃ暇だけど…どうした?」
「ちょっと付き合って!」
「あぁ」
「じゃ!また明日!」
あおいが言うと、扉が勢いよく閉じられた。
「…なんだったんだ?今の」
扉を見つめながら、一真は言って、顔をしかめた。
宇宙人襲来まで、残り2日…
「カズ兄!早く!早く!」
あおいはそう言いながら、一真の手を引いて走ろうとする。
「えぇ…仕方ねぇなぁ」
気が乗らないとばかりに気だるげに、一真はあおいに合わせて小走りになる。
「てか、何処に行くんだよ」
「色々!先ずは、買い物から!」
そう答え、あおいは正面にある建物…デパートを指さした。
「…そんなに買ってどうすんだ?お前」
一真は、眉をひそめながら言った。あおいは、一真が押すカートに小袋に入ったお菓子が大量に入ったお徳用のお菓子を、山積みにしているのだ。
「何日分の非常食だよ」
「非常食じゃないよ、普通にお菓子買ってるだけじゃん」
「普通ねぇ…」
小袋8つ入りのお徳用のお菓子を、20袋…
「えっと…あ、これも買わなきゃ」
「まだ買うのかよ!」
一真の言葉を無視し、あおいはどんどんお菓子を積んでいった。
「…どうすんだよ?こんなに大量の菓子」
大量のビニール袋を持ち、顔をしかめながら、一真は言った。
「ん~…とりあえず、前に言ってた"異空間魔法"ってやつに入れておいてよ」
「…"ポケット"」
一真が唱えると、袋の下に楕円形の穴が空き、全ての袋を飲み込んだ。
「んで?次は何だよ」
「あとは、貸出し屋台を取りに行くだけだよ」
「貸出し屋台…って、何だ?」
あおいの言葉に、一真は首をかしげながら言った。
「屋台を貸してくれる所があるの。そこで屋台を借りて、今日のお祭りに参加するんだよ」
「なるほどな…ってことはオレは、屋台の手伝いってわけだ」
一真は全てを察したように、苦笑いする。
「うん…今日手伝ってくれる人が、来れなくなっちゃって…私1人じゃ厳しくて…駄目かな?カズ兄…」
あおいは不安そうに、一真の顔を覗き込むように聞いた。だが…
「別に良いよ、暇だし」
不安は杞憂に終わった。
「やった!ありがとカズ兄!」
あおいは、本当に嬉しそうに笑った。
「所で、屋台って何をするんだ?」
「射的だよ、魔法で的を撃つの」
「射的か…ちなみに的は?」
「さっき買ったお菓子」
あおいの言葉に、一真は顔をしかめた。
「…威力によっては、菓子が粉々になるぞ?」
「あぁ!安全装置借りるの忘れてた、カズ兄ナイス!」
そう言って、あおいは一真の手を引いて走り出した。
「はぁ…まったく、こいつは…」
ため息混じりに呟きながら、一真はあおいに着いて行った。
夏祭り…には、時期的に少し早い気もするが、こっちの世界では普通らしい。
「今年の町内会の役員が、うちのお父さんなの。だから私は、その手伝い」
あおいはそう言って、縁日の準備が行われている境内を歩いて行く。
「んで、オレは何を手伝えば?」
あおいの横を歩きつつ、一真が言った。
「屋台を作って、私と一緒に店番してほしいの」
「あぁ…がっつり手伝うんだな」
苦笑しながら、一真は呟いた。
「いらっしゃいませ~」
明らかにやる気の無い、一真の声が響く。
「お兄さん!1回!」
「1回100円だよ~。あと、安全装置付けてな~」
子供は一真に100円を渡し、安全装置を受け取る。的であるお菓子に向かって魔法を放つが、的には当たらなかった。
「…お兄さん!これ、安全装置に細工してんだろ!」
子供の声に、あおいが一瞬だけ固まったように見えた。
「細工なんかしてねぇっつの…ちょっと貸してみろ」
一真はそう言って、子供から安全装置を受け取り、屋台の外に出る。そして…
「"エアロ"、"ブレイク"!」
一真は風の塊を放ち、それを複数に分裂させる。
それらは全てお菓子に命中し、当たったお菓子は全て、下に落下した。
「おぉ!お兄さん、すげぇ!」
「腕を磨いて、出直して来な」
ニカッと笑いながら、一真は言った。
この、一真によるデモンストレーションが効いたのか、あおいの屋台は大盛況だった。
子供だけでなく、大人まで…特に子供は、自分の親がお菓子を獲得するのを見て、親を尊敬の眼差しで見たりしていた。
「…実は、安全装置に細工がしてあるの」
祭が終わり、片付けをする中で、あおいが言った。
「細工?」
「うん…1年目は当たらない、2年目は倒れない、3年目でようやくお菓子を取れる…って感じ」
「長い道のりだな、おい」
あおいの説明に、一真は苦笑する。
「でも、何でカズ兄は当てられたんだろ…」
「多分、向こうの世界の魔法だから…かな」
魔石を使わない一真の世界の魔法は、おそらく、安全装置の細工の効果が無いのだろう。
「なるほど…でも、助かったよカズ兄。お客さんいっぱい来たし!」
そう言って、あおいは大きく伸びをする。お客の入りに、満足したらしい。だが…
「…ねぇ、カズ兄…」
声のトーンを1つ下げ、あおいが一真を呼んだ。
「ん?」
「いつ、帰っちゃうの?」
「…6日後」
「そっか…もう、1週間も無いんだね…」
あおいはそう言って、寂し気にうつ向いた。
「寂しくなるよ…」
「…そうだな」
あおいの呟きに、一真も同意する。
「だけどな、あおい。永遠の別れって話でも無いんだぞ?」
「わかってるけど…寂しいものは寂しいよ」
そう言って、あおいは一真の顔を見上げる。
「…私、カズ兄の弟子ってことで良いんだよね?」
「え…?まぁ、そうだな…」
あおいの言葉に、一真は首をかしげる。
「じゃあ、カズ兄があっちの世界に帰って、次に私と会うまでに…私、もっと頑張って、強くなる」
言いながら、あおいは一真の顔を指さした。
「師匠を越えてやるんだから!」
突然のあおいの言葉に、一真は再び、首をかしげそうになる。
しかし、強気な発言とは裏腹に、あおいの目に涙が浮かんでいるのを見て、一真は微笑んだ。
「あぁ…約束だ」
言いながら、一真はあおいの後頭部に手を回し、自分の体に押し付けた。
「…うぅ…」
あおいは一真に抱き着き、堪えていた涙を溢れさせた。
「でもな?オレももっと頑張って強くなるから、越えるのは大変だぞ?」
「…もっと頑張るもん」
「ん…頑張れよ、あおい…」
一真の言葉と同時に、あおいは大粒の涙を流し、一真に抱き着きながら泣いた。
一真が、ヴェルミンティアであおいの涙を見たのは…これが最初で、これが最後だった。




