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魔法使いの苦悩  作者: 黒緋クロア
第六章 殲虹の魔術師は異世界で伝説になる。
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9.殲虹は残された日々に想いを馳せる。


「…何、あれ…」


校舎の昇降口から一部始終を見ていたマナは、その光景に唖然とした。


凄まじい魔力を放出し、倒れた一真。


マナが駆け寄ろうとした時、突然現れた女性。


そして今、倒れた一真が立ち上がり、ヴェルミンティアの魔法とは"明らかに違う"魔法を使い始めた。


「かずっ…きゃあっ!」


マナが一真の名前を呼ぼうとした瞬間…一真は、凄まじい勢いで空高く舞い上がった。








…H型の右腕が振り上げられ、空中のハウルを襲う。


ハウルはそれをギリギリで避けるが、カウンターによる反撃までには至らない。


「あおい!」


「…"輝雷の名の元に、我に仇なす者を喰い破れ"」


ハウルの合図と同時に、少し離れた所から、あおいが呪文を詠唱する。


「"エルク=ピアード"!」


あおいが放ったのは、威力、スピード共に高い、雷属性の砲撃魔法…だが、H型はそれを、身体を少し捻るだけで易々避ける。


「…やっぱり"ファラウド"じゃなきゃ…」


「"上級"はダメだって言われたでしょ?」


上級魔法に手を出そうとするあおいに、麻美が言った。


「じゃあ、どうするの?強い魔法は当たらないし、スピードがあっても弱い魔法じゃ…」


あおいに言われ、麻美は考え込む。


必要なのは、上級並のスピードと威力…だが、麻美は攻撃に使う上級魔法を"持っていない"のだ。


この中で攻撃系上級魔法を持っているのは、"輝雷のファラウド"を持つあおいだけ…しかし、あおいに上級魔法を使わせるわけにはいかない。


そうなると、答えは…


「…弾数の多い魔法で、少しずつでもダメージを与えるしかないね」


「ッ…!」


麻美の出した答えに、あおいは下唇を噛んだ。


「…"草乱の名の元に…我に仇なす者を切り裂け、ティム=アシュラン"!」


あおいは大人しく麻美に従い、H型に向かって"鋭利な葉"を飛ばす。だが、その表情には悔しさが滲み出ていた。


「…"光乱の名の元に…我に仇なす者を撃ち抜け、ピルト=アシュラン"」


あおいから離れた場所に移動し、麻美は魔石…フェノアールトから、無数の光の弾を放った。


麻美はあおいの表情から、あおいの気持ちを察している。


だが、あおいに撃たせるわけにはいかないのだ。


もう、これ以上…、


「…あおいの幼い身体に、負荷をかけるわけには…いかない!」


それはまるで、決意…これ以上、あおいやハウルを傷つけたりさせない。そういった思いが、麻美の言葉には込められていた。




そして…




「そう…あいつらに無理はさせちゃいけないんだ」


「え…」


麻美は、後ろを振り向いた。


そこに居たのは…


黒髪に、緋色の前髪。


両足が緋色に輝いている。


緋色の翼を持つ。


麻美と"同じ思い"を持つ男。


「悪い、遅くなった」


久城一真。


…と、


「…誰?」


一真にピタリと寄り添うリラケルプを見て、麻美は首をかしげた。


「誰っていうか…っ痛!」


「良いんじゃない?今思った通り、"ただの"回復魔法って言えば」


言いながら、リラケルプは満面の笑みを浮かべ、一真の手を強く握る。どうやら彼女には、一真の思いが直に聞こえるらしい。


「…何怒ってんだよ」


「別に?」


一真とリラケルプのやり取りを見て、麻美は更に首をかしげる。


「…で、どんな状況?」


「こっちのセリフなんだけど…まぁ、良いけどね」


顔をしかめつつ、麻美は続ける。


「新型のマウンドランド2体が合体。能力も大幅に上がってるよ…初級、中級の魔法はほとんど効果無し。ダメージ薄いか、当たらない」


「そっか…スピードと威力を兼ねた魔法って言えば、あおいの上級ぐらいだしな」


言いながら、一真はH型に視線を向ける。


「ハウルが撹乱…あおいと麻美で弾数勝負…妥当だな」


「一真が来たなら、私とあおいは待機ね」


「いや、ハウルも待機で」


「…え?」


耳を疑い、麻美は首をかしげた。


「だから、3人ともマウンドランドから離れてて、危ないから」


一真の言葉に唖然とした物の、麻美は素直に魔法の放出を止めた。


「ハウル、あおい、直ぐにマウンドランドから離れて。一真からの命令よ」


『了解!』


麻美に返答したあと、2人は直ぐに麻美の元に飛んで来た。


「遅いよカズ兄!」


「悪い…でも、直ぐに終わらせっからさ」


あおいに苦笑して見せ、一真はH型を見据える。


「リラケルプ、両手を使いたい」


「は~い」


リラケルプは答えると、背後から一真に抱き着いた。


『なっ…!』


その光景に、ハウルとあおいが唖然とする。だが、一真はそれに気付かず、緋色の翼を広げる。


「よっしゃ…やるか!」


一真は気合いを入れ、H型へ向かって飛んで行った。


「…なんですか?あれ」


ハウルは、顔を引きつらせながら言った。


「さぁ…よくわからないけど、魔法みたいよ?」


「…じゃあ、カズ兄の趣味…」


あおいの呟きに、3人揃って無言になった。






リラケルプを背負った一真は、ハウル以上のスピードでH型の周りを飛び回る。


H型は腕を振り回すが、攻撃は一真に擦りもしない。


「…よし、あれで行こう」


そう呟き、一真はH型の攻撃がギリギリ"届く"位置に降り立った。


「…一真、当たっちゃうよ?ここ」


「大丈夫だよ」


リラケルプにそう答え、一真は左手を伸ばし、それとは対称に弓を引くように、右手を引いた。


「左手に"ウィンディ"、右手に"ファイアリィ"…」


一真が言うと、一真の左手が黄緑に…右手が緋色に輝いた。


「あぁ…やっぱ発動早いなぁ…」


満足気に微笑み、一真は右手に意識を集中する。


直後、H型の右拳が一真に向かって来る。


「…一真、当たるって」


「大丈夫だって…信じろし」


リラケルプに言って、一真はH型の右拳に狙いを定めた。


右拳と一真の距離が、どんどん縮まって行く。そして…


「…"ティロア"」


ヴェルミンティアの、発射の呪文…一真が唱えたのは、それだった。


一真の右手から"ファイアリィ"が放たれ、左手の"ウィンディ"に当たる。


風の魔法によって強化された炎は、矢の如く右拳に向かって飛んで行く。


「"ブレイズ・アロー=ストライク"!」


炎の矢は右拳の中心に当たり、容易にめり込む。


矢は"障害物"に構わず突き進み、H型の肩まで貫き、飛んで行った。


「…リラケルプ、"水竜の鱗"」


「はい」


一真に言われ、リラケルプは一真に抱き着いたまま、右手を前に突き出す。すると、右手の先から、半透明で不思議な形をした水色の物体が現れる。


直後…轟音と共に、H型の右腕が爆発した。






「カズ兄ッ!」


一真から離れた位置から、あおいが叫ぶ。


「…兄さんなら、平気だよ」


あおいと打って変わって、ハウルの方は冷静だった。


爆発で生じた煙で見えにくいが、ハウルはじっと、一真が居たであろう位置を見つめる。






「…ゲホッ!ゴホッ!」


ハウルの言う通り、一真は無傷だった。ただ、前方からの衝撃は"水竜の鱗"が防いだのだが、煙は防いでくれなかったらしい。


「…まぁ、無傷には変わりないけどさ…」


一真は呟きながら、翼を羽ばたかせ、空高く舞い上がる。


その直後、一真の居た位置をH型の左拳が通過した。


左拳の勢いで煙は晴れたが、そこに一真は居ない…H型はもちろん、麻美達も一真を見失った。


「…一真は?」


麻美が言うが、あおいとハウルは首をかしげるばかりだ。






一真とリラケルプは、麻美達よりも上空に居た。位置は、H型の真上…


「…どうすっかな」


H型を見下ろしながら、一真は考える。


一真の左目には"真眼"が輝いており、解析しているのは"H型を倒す方法"…


「必要なのは…"動きを止める魔法"と"破壊力の高い魔法"…リラケルプ、お前が出来るのは?」


「両方とも」


「それはそれで怖いな…」


一真は呟きながら、再び考える。そして…


「…リラケルプ、前者の方を頼む」


「は~い」


一真に返事をすると同時に、リラケルプは一真から離れる。


「…え?」


リラケルプの行動に、一真は顔をしかめ、下を見下ろした。


落下して行くリラケルプ…自分から遠ざかって行く彼女を見て、一真の顔から血の気が失せる。


「リラ…」


「大丈夫よ」


一真が、リラケルプへ向かって降下しようとした時…リラケルプが言った。


リラケルプは身体を回転させ、下を向くと同時に両手を広げる。


すると、リラケルプの身体が輝いた。それと同時に、リラケルプの落下が止まる。


「おぉ…」


自在に飛び回るリラケルプを見て、一真は驚嘆する。


一真の目には、リラケルプの背に"天使の翼"が見えたのだろう…


「…さて、オレもやらなきゃな…」


呟きながら、一真はH型に向かって右手を伸ばした。






一真とリラケルプが消えたことにより、H型の標的は麻美達3人に移っていた。


それに対して3人のとった行動は、逃げ…


H型の身体の周りを、縦横無尽に飛び回っていた。


「2人共、もう少し頑張って!」


H型の拳を避けつつ、麻美が言った。


「もう少しって言ったって…カズ兄は何処で何してるのよ!」


H型の股の間をくぐり抜け、あおいが叫ぶ。


「大丈夫だよ…兄さんなら、きっと!」


そう言って、ハウルはH型の右肩に視線を向ける。


右肩は焦げて黒くなっており、先程から全く動かない。


(…私にも、もっと強い魔法があれば…)


ハウルの顔が、悔しそうに歪む。すると…


「3人共、そいつから離れて」


透き通るような綺麗な声が、辺りに響いた。


「…リラケルプ」


辺りを見回し、上を見上げたハウルが、リラケルプを見つけた。


「早く離れないと、巻き添えになるよ?」


リラケルプの言葉を聞き、3人は全力で退避する。


しかし、その直後…


「リラケルプ!」


ハウルが叫ぶ。H型の左拳が、リラケルプに向かって放たれたのだ。


だが、リラケルプはそれを避けない。


凄まじい轟音が、辺りに響いた。


その様子を、呆然と見つめる麻美達…しかし、その顔は直ぐに、驚愕に変わった。


「…この程度?」


リラケルプは健在だった。H型の左拳を、右手のみで受け止めていたのだ。


「本当は、このまま壊してあげても良いのよ?だけど、一真に言われてるから…」


リラケルプは言いながら、息を大きく吸い込み…


「…"福音の波動"」


歌を…歌い始めた。


その歌は、この世の物とは思えない、神々しい物…


響く声は、美しい音色と言える…まるで、オーケストラの演奏まで聞こえてきそうだ。


「綺麗…」


ハウルが呟いた。だが、それは他の2人も感じていることだった。


綺麗な歌…声…


3人には、全てが輝いて見えた。


だが…


「…あれ?」


リラケルプの歌声に聞き入っていたあおいは、微かな違和感を覚えた。


リラケルプの歌声に、麻美達は幸福を感じていた。


身体の内から、元気になっていく感覚がある。


しかし、その一方…


「…マウンドランドが…」


同じ音色を聞いていたはずのH型に、異変が生じていた。


一真が破壊した右腕が、付け根から崩れ落ちる…


リラケルプを殴った左腕に、ヒビが入って行く…


「どうなってるの…?」


麻美が呟くと同時に、H型の左拳が崩れ始めた。



"福音の波動"…


それを聞いた味方は、肉体や精神の回復などのプラス効果を得る。


だが、敵が聞いた場合…待っているのは破滅だ。


敵が人間なら、良くて気絶…悪くて精神崩壊…


"福音の波動"は、梨紅とエリーの"福音"そのものだった。


「…なんて魔法なの…」


福音の波動に聞き入りながら、麻美は呟く。


"水竜の鱗"と言う名の盾による防御…


H型の攻撃を片手で防ぐ強さ…


"福音の波動"と言う名の回復兼、攻撃…


リラケルプに魔法のランクを付けるとしたら、間違いなくXクラスオーバー…言うならばXX-イグザス-クラス。


更に、麻美は一真の魔力上昇にも気付いていた。


クラスで言うならば、Sクラス…だが、これが一真の本気かどうかはわからない。


麻美の頬を、冷たい汗が流れる。


一真がこちら側の人間で良かった…麻美は、心底そう思った。






「…あれ、"福音"じゃん」


上空から一部始終を見ていた一真は、首をかしげながら言った。


盾、強さ、福音…容姿まで、一真の中の梨紅が反映された魔法、リラケルプ…


"福音"が使えても不思議は無い。むしろ、梨紅ならH型を倒すのも造作も無いだろう。


「…けど、最後ぐらい決めなきゃな」


そう言って、一真は不敵に笑った。


「…"聖なる魔…聖魔の名の元に"」


一真の詠唱が始まる。聖なる魔の…正確に言えば、聖なる魔の"初級魔法"の詠唱…


「"我に仇なす者を撃ち抜け"」


詠唱完了と同時に、一真の右手の先に魔法陣が現れる。


右手の先の空間に現れた、平坦な普通の魔法陣…一真の右手と手首に現れた、2つの帯状の魔法陣…


「…2つの世界の2つの魔法で、オレの魔法は進化する…」


一真が呟くと、帯状の魔法陣が回転を始め、平坦な魔法陣に魔力が集まり始める。






魔力の集束に、麻美達3人も気付いた。


だが、3人共が何も言えずに居た。


一真の魔法は、凄まじ過ぎる…ありえない程、魔法陣に魔力を集束させていた。


その密度に当てられ、軽く吐き気を覚える程だ。


「…あんなの、撃つの?カズ兄…っ」


呟いた直後、あおいは右手で口を押さえる。


それと同時に、麻美が動いた。


この位置に居ても、まだ危険だと察したのだろう…麻美はあおいとハウルの手を引き、更にH型から離れた。






「よし…行くぜ」


麻美の離脱を確認し、一真はH型に狙いを定めた。そして…


「進化しろ、バスター…撃ち抜け、"ディバイン=ブレイカー"!!」


瞬間…集束した魔力が全て退魔力に変換され、真下のH型に向かって放たれた。






「うわぁ…」


あおいは…いや、あおいだけじゃない。


ハウルや麻美も含め、周辺に居た他の隊員達も、その光景から目を離せずに居た。


H型に降り注ぐ光…恐らく、跡形も残らないであろう、光による破壊…


バスターの威力の更に上を行く、バスターの進化形、ブレイカー…


地球とヴェルミンティア、2種類の魔法…更に、呪文詠唱と魔法陣…魔法陣も、2種類…


更に、一真の持つ魔法知識や技術を集めた、聖なる魔の"初級魔法"…




聖なる魔を放つ者。




この日を境に一真は、"聖なる魔を放つ者"として、動き始めた。


残る鍵を作り…


ヴェルミンティアを、宇宙人から守る為…


元の世界に帰る為…


一真は、戦う。




予言者ティアによる予言より…一真が元の世界に戻るまで。


残り…1ヶ月。



『AD2003、この地、異空の者達に襲われし時…聖なる魔を放つ者現れ、この地を救う。その者、名に一つの真実を宿す者なり。聖なる魔を放つ者、この地を去るも、世界の架け橋となるであろう』


予言者ティアの予言…未来から来た麻美からすれば、規定事項に他ならない。


「…つまり、オレは元の世界に帰るけど、向こうとこっちの世界で交流が始まるってことか?」


「さぁ…何処まで言って良いのかわからないから、ノーコメントで」


一真の質問に、予言者ティアは答えなかった。




ここはティアの城…そして今日は、一真がマウンドランドH型を破壊してから3週間後の週末…




「あんたの言う通りなら、オレがこっちの世界に居るのはあと1週間ってことになるな」


「そうね。ちょうど1週間後よ」


ティアの返答に、一真の表情が微かに曇る。


「…名残惜しい?」


「まぁな…3ヶ月も一緒に居たんだ、別れるのは寂しいさ」


「でも…帰るんでしょ?梨紅ちゃん達の所へ」


「あぁ」


一真の返答に、迷いは無かった。だが、ティアは続ける。


「一真になら、予言に逆らってこっちで生きて行くことも出来る…って言っても、一真は帰る?」


まるで、一真をヴェルミンティアに留まらせようとしているかのように、ティアは言った。しかし…


「帰る。梨紅達の居ない世界なんて、ありえない」


きっぱり、一真は言い切った。


「そもそも、2つの世界で交流が始まるなら、別れたってまた会えるだろうに」


「その考えを肯定した覚えは無いけど…」


「お前の"存在"が証明してんだろうが」


「…まぁね」


未来の一真とティアが繋がっている時点で、一真の考えは確信を持って事実である。


「でも仮に、交流が始まるとしても…それはいったい何年…何十年後の話かしら」


「さぁな…真眼が使えればわかるけど、ここじゃ使えないからわかんねぇ」


言いながら、一真は両手を顔の横で広げて見せる。


「…行かないで~って、あおいとハウルに泣き付かれたらどうする?」


「…それはちょっと辛いな」


そう言って、一真は苦笑する。


「いくら魔法の腕が良くても、心はまだ小学生…なのかな」


「さぁ?どうだろうね」


ティアはそう言って、一真に背を向ける。


「…宇宙人が総攻撃を仕掛けて来るまで、あと"3日"。何にしても…別れの準備も必要なんじゃないかな?」


「…」


ティアの言葉を聞き、一真もティアに背を向ける。そして、扉の外へ向かって歩き始めた。








「…あと、3日か…」


城の外に出た一真は、雲1つ無い空を見上げ、眩しげに目を細める。


ティアの予言…すなわち規定事項によると、宇宙人襲来は3日後…つまり、一真に自由が許される残された時間は、あと2日。


「…って言っても、何をしようか…」


普通に考えれば、お世話になった人達と別れの挨拶だろう…しかし、一真の考えは違った。


(…なんとなく、別れの機会は、"別に用意されている"気がすんだよな…)


一真は、そう思っていた。根拠は無い。ただ、そんな気がしただけだ。








「…あれ?」


一真が商店街を歩いていると、見慣れた後ろ姿を発見した。


ピンクの髪に、ピンクのアホ毛…麻美が、本屋で雑誌を立ち読みしていたのだ。


(何読んでんだ?)


気になった一真は、そっと…後ろから麻美の手元を覗き込んだ。すると…


「…子供向けのマンガ?」


「え!?」


一真の呟きに、麻美が勢いよく振り向いた。


「かっ、かっ、かかか…一真!?」


麻美の頬を、冷たい汗が伝って落ちる。


「果てしなく意外だ…麻美もマンガとか読むんだな」


一真に言われ、麻美の顔が真っ赤に染まる。そんな麻美に、一真は首をかしげる。


「…なんで真っ赤になってんの?」


「え…だって…恥ずかしいし…」


麻美の返答に、一真は更に首をかしげる。


「ちょっと貸してみろ」


そう言って、一真は麻美の手からマンガを取り、読み始めた。


「…マンガや小説から、魔法のイメージを養うことは悪いことじゃないよ」


「…でも、対象年齢とか…」


「いやいや、子供向けのマンガの方が、魔法体型が不安定で、仕組みを考えるのが楽しいんだぞ?」


何処か楽しそうに、一真は語り始めた。



魔法体系、形式、呪文詠唱と魔法陣の組み合わせによる相乗効果、想像と魔法を結び付けるイメージ…


「それさえ出来れば、どんな魔法でもそれなりに使える…魔法を作ることもな」


2人の居る場所は、本屋から公園に変わっていた。


「…それなら、この本に載ってる魔法も使えるようになるの?」


ブランコに揺られ、先程の書店で買った本を読みながら、麻美は言った。


「ん~…"フラントルア・チュリスパルン"…だっけ?」


一真が唱えると、麻美の足下に小さな花が咲いた。


「咲いた!…けど、あの魔法ってもっと…」


「いっぱい花が咲く…って言いたいんだろ?まぁ、ちょっと説明してやるよ」


そう言って、一真は麻美の持つ本の、先程の魔法が載っているページを開く。


「まずは呪文に込められたイメージ理解…"フラントルア"は"地に咲く"、"チュリスパルン"は"花と香り"…繋げると"地に咲く花と香り"」


呪文は、魔法のイメージを固める役割を果たす。呪文が長ければその分、発動する魔法に具体的なイメージを持てるのだ。


「呪文でイメージを固めたら、次は魔法体型…マンガを読む限り、体内の魔力を杖媒体に魔法に変換…なんだ、ヴェルミンティアと同じか」


一真はつまらなそうに言って、ポケットからクロスを取り出した。


「イメージと魔法体型が決まったら、魔力を込めて発動…"フラントルア・チュリスパルン"!」


一真が詠唱すると、ブランコの周り一面に、たくさんの小さな花が咲きだした。


「わぁ…」


その光景に、麻美は思わず見とれてしまった。


マンガを読み、何度も見たいと思っていた光景…人を幸せにする魔法。


「…魔法解除-レヴン-」


一真が、魔法解除の呪文を詠唱する。一真が出した花達は、消えてしまった。


「あ…」


名残惜しそうに呟き、麻美は残念そうにうつむく。すると…


「…ほら、やってみろよ」


「え?」


「魔法の使い方は教えただろ?やってみろって」


一真の言葉に、麻美は驚いた。麻美にも使える…一真はそう言ったのだ。


麻美はポケットからフェノアールトを取り出し、目を瞑る。イメージしているのだ、咲き乱れる花達を。そして…


「…"フラントルア・チュリスパルン"!」


目を瞑ったまま、麻美は呪文を詠唱する。すると、


「ほら、出来た」


「え…」


一真の言葉に、麻美が目を開けた。


一真程の広範囲では無いが、麻美の足下にピンク色の花が咲いていた。


「…出来た?」


「あぁ、初めてにしちゃ上出来だろ」


一真の言葉に、麻美の表情が徐々に笑顔になっていく。


ずっと、憧れていた。マンガに出てくる魔法達…それを使うという、一種の夢を…麻美は叶えたのだ。


「ありがとう一真!」


「どういたしまして」


礼を言う麻美に、ニカッと笑いながら、一真は答えた。








それからしばらくの間、麻美は公園で、マンガに出てくる魔法を片っ端から試していた。


魔法を初めて使えるようになった日に…嬉しさのあまり、何度も繰り返し、覚えた魔法を使った時と同じように。


一真も、それに付き合っていた。


どうせ暇だったから…と、一真は言うが、それは違う。


恐らく今が、麻美との別れの機会だと…そう思ったからだ。




満足気な表情の麻美と、一真は歩いていた。麻美の家に帰る為だ。


「満足したか?」


「もちろん!」


「なら良かった」


そう言って、一真は微笑んだ。そして…


「うん!久しぶりに、魔法が楽しいと思えたよ」


「…そっか」


麻美の本心を、垣間見た。一真は、そんな気がした。






久しぶりに楽しいと思えた。すなわち、久しく魔法を楽しいとは思わなかった。


魔法を使えない人間からすれば、魔法は便利で、使えればとても楽しい…


だが、魔法を使える人間…特に、麻美の世界の人間からすれば、そうは言っていられない。


魔法で喜ぶ人間よりも、魔法で悲しむ人間の方が多い…


確かに、宇宙人が使うのも魔法であり、宇宙人が人間を傷つけているのも事実…だが、人間は人間で…魔法で傷つけあっていたりもするのだ。


そんな世界を…






「変えたい」


麻美は、力強く言った。


「変えられるよ、お前なら」


麻美の言葉を聞いた一真は、そう…言い切った。


「…本当にそう思う?」


「もちろん。てか、オレも手伝うし」


「え…でも一真、元の世界に…」


「予言の最後を思い出せよ」


一真は言って、麻美に視線を向ける。


「…"聖なる魔を放つ者、この地を去るも、世界の架け橋となるであろう"」


麻美の言葉に、一真は頷いた。


「オレ達の世界はいつか、繋がる…その時、麻美がまだ世界を"変えたい"と思っていたら、オレは喜んで力を貸すよ。こっちの世界では大分、世話になったしな」


「…一真が手伝ってくれるなら、出来るかもしれないね」


言って、麻美は微笑んだ。だが…


「出来るってか、やるし。もう色々考えてるよ」


話は、一真の中で勝手に進んでいた。


「考えてるって…どんなこと?」


「とりあえず、ヴェルミンティアの防衛局みたいな物をこっちの世界にも作る。天界からの情報協力とかは勇気にやらせて、基本は魔物の討伐だけど、魔法を悪用する奴の逮捕とかもやって…」


「…話に着いて行けないんだけどなぁ…」


一真の語りに、麻美は顔をしかめながら呟いた。




このやり取り故に、後の『MBSF-Magic-Beast-Subjugation-Federation-魔法獣討伐連合』発足である。








その夜、一真はルイズ・レーヴェルト家の自室で、宇宙人との戦いまでの2日間の過ごし方について考えていた。


ベッドで横になりながら、黒い手袋…『封印の螺旋輪』から変化した、『封印の手袋』をいじり、一真はため息を吐く。そして…


「…考えてても仕方ないか」


そう呟き、一真は手袋を机の上に放り投げる。


それと同時に、部屋のドアがノックされた。


「どうぞ~」


一真が言うと、ドアが勢いよく開かれた。


「カズ兄!明日って暇?」


入って来たのは、あおいだった。


「暇っちゃ暇だけど…どうした?」


「ちょっと付き合って!」


「あぁ」


「じゃ!また明日!」


あおいが言うと、扉が勢いよく閉じられた。


「…なんだったんだ?今の」


扉を見つめながら、一真は言って、顔をしかめた。



宇宙人襲来まで、残り2日…


「カズ兄!早く!早く!」


あおいはそう言いながら、一真の手を引いて走ろうとする。


「えぇ…仕方ねぇなぁ」


気が乗らないとばかりに気だるげに、一真はあおいに合わせて小走りになる。


「てか、何処に行くんだよ」


「色々!先ずは、買い物から!」


そう答え、あおいは正面にある建物…デパートを指さした。








「…そんなに買ってどうすんだ?お前」


一真は、眉をひそめながら言った。あおいは、一真が押すカートに小袋に入ったお菓子が大量に入ったお徳用のお菓子を、山積みにしているのだ。


「何日分の非常食だよ」


「非常食じゃないよ、普通にお菓子買ってるだけじゃん」


「普通ねぇ…」


小袋8つ入りのお徳用のお菓子を、20袋…


「えっと…あ、これも買わなきゃ」


「まだ買うのかよ!」


一真の言葉を無視し、あおいはどんどんお菓子を積んでいった。







「…どうすんだよ?こんなに大量の菓子」


大量のビニール袋を持ち、顔をしかめながら、一真は言った。


「ん~…とりあえず、前に言ってた"異空間魔法"ってやつに入れておいてよ」


「…"ポケット"」


一真が唱えると、袋の下に楕円形の穴が空き、全ての袋を飲み込んだ。


「んで?次は何だよ」


「あとは、貸出し屋台を取りに行くだけだよ」


「貸出し屋台…って、何だ?」


あおいの言葉に、一真は首をかしげながら言った。


「屋台を貸してくれる所があるの。そこで屋台を借りて、今日のお祭りに参加するんだよ」


「なるほどな…ってことはオレは、屋台の手伝いってわけだ」


一真は全てを察したように、苦笑いする。


「うん…今日手伝ってくれる人が、来れなくなっちゃって…私1人じゃ厳しくて…駄目かな?カズ兄…」


あおいは不安そうに、一真の顔を覗き込むように聞いた。だが…


「別に良いよ、暇だし」


不安は杞憂に終わった。


「やった!ありがとカズ兄!」


あおいは、本当に嬉しそうに笑った。


「所で、屋台って何をするんだ?」


「射的だよ、魔法で的を撃つの」


「射的か…ちなみに的は?」


「さっき買ったお菓子」


あおいの言葉に、一真は顔をしかめた。


「…威力によっては、菓子が粉々になるぞ?」


「あぁ!安全装置借りるの忘れてた、カズ兄ナイス!」


そう言って、あおいは一真の手を引いて走り出した。


「はぁ…まったく、こいつは…」


ため息混じりに呟きながら、一真はあおいに着いて行った。


夏祭り…には、時期的に少し早い気もするが、こっちの世界では普通らしい。


「今年の町内会の役員が、うちのお父さんなの。だから私は、その手伝い」


あおいはそう言って、縁日の準備が行われている境内を歩いて行く。


「んで、オレは何を手伝えば?」


あおいの横を歩きつつ、一真が言った。


「屋台を作って、私と一緒に店番してほしいの」


「あぁ…がっつり手伝うんだな」


苦笑しながら、一真は呟いた。






「いらっしゃいませ~」


明らかにやる気の無い、一真の声が響く。


「お兄さん!1回!」


「1回100円だよ~。あと、安全装置付けてな~」


子供は一真に100円を渡し、安全装置を受け取る。的であるお菓子に向かって魔法を放つが、的には当たらなかった。


「…お兄さん!これ、安全装置に細工してんだろ!」


子供の声に、あおいが一瞬だけ固まったように見えた。


「細工なんかしてねぇっつの…ちょっと貸してみろ」


一真はそう言って、子供から安全装置を受け取り、屋台の外に出る。そして…


「"エアロ"、"ブレイク"!」


一真は風の塊を放ち、それを複数に分裂させる。


それらは全てお菓子に命中し、当たったお菓子は全て、下に落下した。


「おぉ!お兄さん、すげぇ!」


「腕を磨いて、出直して来な」


ニカッと笑いながら、一真は言った。


この、一真によるデモンストレーションが効いたのか、あおいの屋台は大盛況だった。


子供だけでなく、大人まで…特に子供は、自分の親がお菓子を獲得するのを見て、親を尊敬の眼差しで見たりしていた。


「…実は、安全装置に細工がしてあるの」


祭が終わり、片付けをする中で、あおいが言った。


「細工?」


「うん…1年目は当たらない、2年目は倒れない、3年目でようやくお菓子を取れる…って感じ」


「長い道のりだな、おい」


あおいの説明に、一真は苦笑する。


「でも、何でカズ兄は当てられたんだろ…」


「多分、向こうの世界の魔法だから…かな」


魔石を使わない一真の世界の魔法は、おそらく、安全装置の細工の効果が無いのだろう。


「なるほど…でも、助かったよカズ兄。お客さんいっぱい来たし!」


そう言って、あおいは大きく伸びをする。お客の入りに、満足したらしい。だが…


「…ねぇ、カズ兄…」


声のトーンを1つ下げ、あおいが一真を呼んだ。


「ん?」


「いつ、帰っちゃうの?」


「…6日後」


「そっか…もう、1週間も無いんだね…」


あおいはそう言って、寂し気にうつ向いた。


「寂しくなるよ…」


「…そうだな」


あおいの呟きに、一真も同意する。


「だけどな、あおい。永遠の別れって話でも無いんだぞ?」


「わかってるけど…寂しいものは寂しいよ」


そう言って、あおいは一真の顔を見上げる。


「…私、カズ兄の弟子ってことで良いんだよね?」


「え…?まぁ、そうだな…」


あおいの言葉に、一真は首をかしげる。


「じゃあ、カズ兄があっちの世界に帰って、次に私と会うまでに…私、もっと頑張って、強くなる」


言いながら、あおいは一真の顔を指さした。


「師匠を越えてやるんだから!」


突然のあおいの言葉に、一真は再び、首をかしげそうになる。


しかし、強気な発言とは裏腹に、あおいの目に涙が浮かんでいるのを見て、一真は微笑んだ。


「あぁ…約束だ」


言いながら、一真はあおいの後頭部に手を回し、自分の体に押し付けた。


「…うぅ…」


あおいは一真に抱き着き、堪えていた涙を溢れさせた。


「でもな?オレももっと頑張って強くなるから、越えるのは大変だぞ?」


「…もっと頑張るもん」


「ん…頑張れよ、あおい…」


一真の言葉と同時に、あおいは大粒の涙を流し、一真に抱き着きながら泣いた。


一真が、ヴェルミンティアであおいの涙を見たのは…これが最初で、これが最後だった。



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