表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法使いの苦悩  作者: 黒緋クロア
第六章 殲虹の魔術師は異世界で伝説になる。
53/66

8.殲虹は封印を解き放つ。


マウンドランドG型…と、言った所だろうか。


自身の身体よりも巨大な両腕を振り回す、どう見てもパワー重視のゴリラ型マウンがそこに居た。


「"樹枝の名の元に、我に仇なす者を貫け…パルス=ピアード"!」


恭助が呪文を詠唱すると、運動場の地面から木の槍が放たれる。


しかし、G型は右手を軽く振り、木の槍を容易に弾く。


「マジかよ…」


恭助が呆然とする中、G型は両腕を地面に着けたまま肘を曲げ、それを伸ばす勢いを使い、跳躍する。


「おぉ!?」


驚きつつ、恭助はバックステップで後ろに飛ぶ。だが、G型は空中で右手をぐるぐると振り回した後、恭助に向かって打ち出して来た。


「そんなん卑怯だろ!?リーチ長…」


「いちいち反応してんじゃないわよ!」


騒がしい恭助を一喝したマナは、飛んで来る拳と恭助の間に割り込んだ。


「ミナ!」


「はい!」


マナの隣に駆けて来たミナ。2人は同時に、G型の拳に向かって両手を伸ばす。


『"流壁の名の元に、我らに仇なす者を弾き返せ…ラ・アロス=シリウル"!』


詠唱と同時に、2人の前に青いバリアが現れる。


「大きさ、半径5mに固定!」


「厚さ、50cmに固定!」


バリアの設定をいじり、前回よりも強化する。そして、G型の拳がバリアにぶつかる。


『よしっ!』


バリアは、G型の拳を防いだ。少しヒビは入ったものの、防いだことに変わりは無い。


だが、G型は右の拳を戻すと同時に、左の拳を放って来た。


『きゃぁぁぁ!!』


ヒビの入ったバリアでは防ぎきれず、バリアが粉々に砕ける。


「"樹枝の名の元に、我に仇なす者を貫け…パルス=ピアード"!」


恭助が木の槍で応戦するが、拳の勢いは止まらない。


G型の左拳がマナとミナに直撃する…その時…


「…返すぞ、左手!」


そう言って、男は拳と2人の間に入り込み、拳を右足で蹴り飛ばした。


蹴り返された左拳は、G型の身体部分に直撃し、空中でバランスを崩したG型は、無様に運動場に落下した。


「ふぅ…大丈夫か?お前ら」


3人を振り向き、G型の巨大な拳を蹴り返した、化物じみた脚力を持つ男が言った。


『一真(君)!!』


長身黒髪にして、緋色の前髪の男…一真がそこに居た。


「遅くなって悪かったな…怪我が無くて良かった」


「てか、お前…足、大丈夫か?」


顔をひきつらせながら、恭助が言った。


「大丈夫じゃねぇよ、ヒビ入ったと思う」


流石の一真も、肉体強化も無しに無傷で居られる程、強靭では無いようだ。


「すぐに回復魔法を…」


「いや、後でいい」


マナの言葉を遮り、一真はG型に向き直る。


「お前ら、早く逃げ…」


「いや、実はそういうわけにもいかなくてな」


一真の言葉を遮り、恭助が苦笑しながら言った。


「なんで?」


「ユニ先生が、『ちょうど良い模擬訓練ね!活躍次第では、中間テストの点数上乗せよ!』って…」


ミナの言葉に、一真は頭を抱える。


「何考えてんだあの担任…」


「ってわけで指示を出せ、一真」


恭助に言われ、一真は顔を上げる。


恭助、マナ、ミナ…3人の目の、やる気と期待に満ちた眼差しに、一真は負けた。


「…恭助とマナは敵の撹乱、ミナはオレの治療な」


『了解!』


返答と同時に、3人は行動に移る。


『"フェルクルク"!』


まず、恭助とマナが空へ上がり、G型の所へ飛んで行く。


「"治癒の名の元に…汝に仇なす者を打ち消せ、アロア=クラルス"!」


ミナは一真の足元に屈み、右足に治癒魔法をかける。


「…クロス」


ポケットからクロスを取り出し、一真は話しかける。


「なんでしょう、マスター」


「光属性魔法の詠唱と同時に、退魔力の自動付加を設定」


「…了解しました。設定の更新までしばらくお待ち下さい」


「…?」


一真とクロスのやり取りを間近で聞いていたミナは、わけがわからず首をかしげた。


G型の周りを飛び回る恭助とマナは、G型が振り回す巨大な両腕を必死に避け続けていた。


『(当たったら即死!)』


それはもう本当に…文字通り必死に、逃げ回っていた。


「…てか、いつまで逃げ回れば良いんだ?」


「私に聞かれても困る!って、あんた何でそんなに余裕なのよ?」


「いやぁ…一真が来るまでにテンションを上げすぎたから、今回は下げめにと…」


「流れとか空気とか全部無視じゃない!我が道を行くのも大概にしなさいよ!?」


恭助に一撃を入れたい物の、今のマナにそんな余裕は無かった。


空気を切り裂く音と共に、マナへ向かって、G型の右腕が迫って来ていた。


「くっ…"守護の名の元に…"」


「馬鹿野郎!!受けようとするな!」


盾の呪文を詠唱しようてするマナに、恭助が叫ぶ。


マナは、完全に判断を誤った。


自分1人の盾では、G型の右腕は防げない。


にも関わらず、その場で盾の呪文を詠唱しようとした為に、逃げることも出来ない。


(あ…やっちゃった…)


マナが頭の中でそう思うと同時に、右腕はマナの鼻先に迫って…


「お姉ちゃん!」


しかし、G型の右腕は空を切った。


「…あれ?」


完全に当たったと思っていた本人…マナは、首をかしげる。


「大丈夫?お姉ちゃん」


「ミナ…」


マナを救ったのは、妹のミナだった。


上空から一気に急降下し、紙一重の所でマナを掠めとることに成功したのだ。


「ありがと、ミナ…」


「ううん。それより、まだあいつを引き付けとかないと…」


ミナはそう言って、G型に視線を向ける。


「…ミナ、一真の治癒は…」


「終わったよ?あと、一真君の合図と同時に、あいつから離れろって言われたよ」


「合図?」


ミナから離れ、自分で空を飛び回りながら、マナは一真の方に視線を向ける。






「…"降り注げ流星…"」


右の手の平をG型に向け、一真は詠唱を初めていた。


「"天駆ける星の煌めきを宿す…無数の光の矢よ"」


「…退魔力充填、30%…35%…40%…」


詠唱と同時に、クロスが魔法に退魔力を付加する。


詠唱と別に退魔力を付加しようとすると、単純計算で倍の時間がかかる。


「"貫け…至光の名の元に…"」


だが、クロスに付加をやってもらうことで、詠唱と同時進行で付加を行うことが出来るのだ。


「"我に仇なす者を突き抜け"」


「60%…65%…70%…」


しかし、やはり付加には時間がかかるようで、詠唱完了と同時には終わらなかった。


「75%…80%…85%…」






「まだかよ一真…そろそろ限界だぞ」


呟き、飛び回りながら、恭助はマナとミナに視線を向ける。


『はぁ…はぁ…』


2人の疲労は、ピークに達していた。全力で飛び続けることは、全力疾走を続けることに匹敵する疲労を、身体に蓄積するのだ。


恭助もサポートをするのだが、あまり役には立ててないようだ。


「も…もう、そろそろ…」


「限界…かも…」


2人の顔が、苦痛に歪む。だが…




「全員、そいつから離れろ!」




ギリギリ、間に合ったようだ。






「90%…95%…100%。退魔力最大付加、完了」


クロスの言葉と同時に、一真の周りの空中に、無数の小さな魔法陣が現れる。


そして、恭助達3人が急上昇をし、G型から離れたのを確認した一真は、G型に狙いを定める。


「"フォスタ・クオ・ライズ=ピアード"!!」


一真が魔法を発動させる。魔法陣から放たれたのは、無数の光の矢…


その全てが、G型に向かって行く。




「すげ…」


上空から様子を見ていた恭助は、その光景に唖然とする。


それは、大量の流れ星…流星群という言葉が的確だろうか。


G型に降り注ぐ、流星群…


G型も、応戦しようと右腕を突き出すが、鋭い光は容易に拳を貫いて行く。


止まることの無い怒濤の攻撃…


中級魔法、フォスタ・クオ・ライズ=ピアード


貫かれたG型は、光の矢によって主要部位を破壊され、轟音と共に爆発した。


「あ…やべぇ、回収しなきゃいけなかったかも」


爆発したG型を見て、一真は顔をしかめる。


標的を失った流星群は、一応は止まった物の、魔法陣は何故か、その場に残っていた。



「退魔力、再充填開始」


「…は?」


クロスの声に、一真は首をかしげる。勝手に再充填を始めたのだ。


「45%…50%…マスター、対象の再設定をお願いします」


「え…んなこと言われても…"レヴン"!」


一真は咄嗟に、魔法解除を試みるが…


「…えぇ…」


解除できなかった。


本気で困る一真の元に、恭助達3人が集まって来る。


「おい一真!凄かったじゃん今の!何だあれ!」


「いや、何だあれって言われても…」


珍しく狼狽える一真。それを見たマナとミナは、首をかしげる。


「一真君、どうかしたの?」


「魔法陣も出したままで…」


「…どうしたもこうしたも無ぇよ…」


顔をしかめつつ、一真は説明を始める。


クロスが勝手に再充填を始めたこと。


対象の再設定を求められたこと。


魔法の解除が出来ないこと。


恭助のテンションがウザいこと。


「おい…」


「…クロス、もう攻撃対象居ないんだけど…」


眉をひそめる恭助を無視し、一真はクロスに言う。


「先程の物と同型の兵器を2体、存在を確認しました」


「…2体?てか、サーチとか出来んだ、お前…」


クロスの言葉を受け、一真は考える。


麻美が言うには、出現したG型は全部で5体。


一真、麻美、あおいとハウルで1体ずつ倒し、残り2体と言うことだろう。


「…んで、その残り2体が何?」


「ここから狙撃します」


『はぁ!?』


一真達4人が叫ぶ。クロスの言葉は、それほどまでに突拍子も無い物だったのだ。


「狙撃…ここから、何処に居るかもわからない敵を、これで…か?」


魔法陣を顎で指しながら、一真が言った。


「座標さえわかれば可能です。マスター、座標指定をお願いします」


そう言われても、一真にはどうしようも無い。


場所がわからない上、座標指定の仕方もわからないのだ。


「…お前ら、座標ってわかるか?」


「座標かぁ…なんとなく、恭助の専門な気がするわね」


恭助を見ながら、マナが言う。だが、


「悪いけど、オレの魔石には座標照準の機能は付いて無いな…」


恭助は否定する。しかし…


「…待て、たしか麻美の魔石には付いてたぞ?」


「マジで!?ちょっ…マナ、麻美に通信!」


恭助の言葉に、一真は興奮し、マナに指示を出す。


「は~い…あ、こちら、マナ=リップ・リバティ。麻美、聞こえる?」


(聞こえるよ、どうかした?)


「何か、一真が話あるって…はい」


言いながら、マナは一真に魔石を向ける。


「麻美、フェノアールトで座標ってわかるか?」


(え…わかるけど…それが…)


「至急、他のマウンドランドの座標を知りたい」


麻美の言葉を遮り、一真が言った。


(他のって…)


「お前とハウル達が倒したマウンドランド以外の2体!」


(え!どうして私が倒したことを…)


「話は後!早くし……あ…」


言葉の途中で、一真の息が詰まる。退魔力の放出により、再び意識が飛びそうになっているのだ。


一真は思う。ここで気を失ったら、目覚めるのは何分…いや、何時間後になるのだろうか…と。


目覚めた頃には、全てが終わっているかもしれない。


このまま、フォスタをもう1度放つことが出来れば、"反逆"を使うことが出来るかもしれないのに…


にも関わらず、心の中へ…一真が抜かなくても、勝手に抜ける剣の元へ行かなければならない。


無駄な時間を、過ごさなければならない…


「……っざけんなぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!向こうに行かなくても剣は勝手に抜けるだろうがぁぁぁぁぁ!!!!!!」


『!!!!!!』


突然叫んだ一真に、恭助達3人…そして、麻美が驚愕する。


瞬間…一真の魔力が増加する。


やはり、封印は勝手に外れるようだ。


「…どうなってんだ…」


一真の魔力が増えたことを疑問に思い、恭助が呟く。しかし、一真は答えない。


「とにかく、急ぎで頼む…麻美」


(う…うん、わかった…いったん切るね?)


通信が切れると同時に、マナは魔石を下ろす。


そして、クロスによる退魔力の充填速度が…


「…退魔力充填、64%…67%…」


あからさまに、遅くなった。







「…座標?」


麻美に話を聞き、あおいが首をかしげる。


一真に頼まれた麻美は、あおいとハウルと合流し、G型の元へ向かっているのだ。


「うん…何で、座標なんて知りたいんだろう」


言いながら、麻美も首をかしげる。そんな中、ハウルだけは明確な答えを出した。


「…狙撃するんじゃないですか?」


『まさかぁ…』


ハウルの言葉に、麻美とあおいが顔をしかめる。


「いくらカズ兄でも、遠距離過ぎるでしょ…」


「…でも、兄さんだよ?」


『…ん~…』


無きにしも有らず…可能性は0じゃない。


「…とりあえず、急ぎましょう」


『はい!』


考えても仕方ない…3人は更に、スピードを速める。






「…静かだなぁ…」


魔法陣に囲まれた一真は、直立不動で呟いた。


「てか…暇だな」


「暇ね」


「そうだね…」


恭助とマナ、ミナも、その場に座り、ぼんやりとしていた。


麻美からの連絡を待つ間、暇を持て余しているのだ。


ちなみに、一真は魔法を解除出来ない為、座ることも出来ない。


「あ~…足ダルい」


一真がぼやく。すると…


「…なぁ、一真?そろそろ教えてくれよ」


一真を見上げつつ、恭助が言った。


「教えろって何を?」


「お前が何者なのか」


恭助の言葉に、マナとミナも頷いた。


「…なんだよ、いきなり」


「固有魔法の件は置いておくにしても、お前の魔法は風変わり過ぎる。自分で言うのもあれだけど、オレは魔法には割と詳しい。だけど、"退魔力"って言葉や"杖にならない魔石"なんて聞いたことも無い。更に言えば、その"髪の毛"だ」


「…髪の毛?」


退魔力やクロスに関する言及は想像出来たが、髪の毛を指摘されるとは思っていなかったらしく、一真は首をかしげる。


「魔法を使う人間は魔力を持っているもんだ。で、魔力を持ってる人間の髪の毛ってのは、何かしらの色に染まってるはずなんだ」


確かに、ヴェルミンティアの人間は皆、髪の毛の色がカラフルだ。緑やオレンジ、白なんかも居る。


「お前の髪の毛…"黒髪"ってのは、存在しないはずの色だ。染めてるようにも見えないし、前髪の緋色も気になる所だけど…」


「…もう良いだろ」


ため息混じりに、一真は呟いた。


「簡単に説明すると…だ。オレの本来の髪の毛は"緋色"。だけど、"退魔力"っていう未知の力で魔力を封印された影響で、髪の毛の色がおかしくなり、魔石にも異常が発生。杖に出来ない代わりに、喋るようになった。さっき魔力が増えたのは、その"退魔力"を放出した影響、封印が少しだけ解けた…ってわけだ」


一真は、早口にでっち上げ話を話した。でっち上げの割に、違和感は無いように思える。


「…その"封印"ってのは、どう言った経緯で…」


「経緯って言うか、突然だったな…白い光が空から降って来たんだ。咄嗟に、一緒に居た幼なじみは守ったんだけどな…」


一真は知らず知らずの内に、昔を懐かしむように微笑んでいた。


でっち上げ話とはいえ、梨紅の話になるとどうしても…感情が入ってしまうようだ。


「…っ」


一真の表情を見て、恭助は言葉を詰まらせる。


信じがたい話の中の、唯一の真実…梨紅への想いが、虚偽と真実の境を揺さぶる。


「…幼なじみって、どんな子なの?」


好奇心からだろうか…マナが一真に聞く。


「ん~…負けず嫌いで、すぐふて腐れて、ちょっと抜けてる所があって…」


『…』


一真の言葉に、3人の顔がひきつる。どうすればそんな子を好きになれるのか…と言った感じだ。


「でも…優しくて、可愛くて、頼りになって…一緒に居ると落ち着くんだ」


言いながら、一真は幸せそうに笑った。


「…少なくとも、幼なじみの存在は嘘じゃないみたいね」


恭助に向かってニヤリッと笑いながら、マナが言った。


「…じゃあまぁ、今日は納得しとくかな…」


ため息混じりに、恭助が言う。そして…


「…!一真、通信が来たわよ」


マナの魔石が、通信を告げて輝いた。


(こちら"空桜"。"殲虹"、聞こえる?)



「まず、座標その1。NT00020095、EK10000596。あおいが抑えてるから」


「お…抑えてるって言っても、力が強すぎて…もう…」






通信から聞こえるあおいの声は、かなり辛そうに聞こえた。


「クロス、座標指定…NT00020095、EK10000596」


「了解。NT00020095、EK10000596。座標指定完了、フォスタ・クオ・ライズ=ピアード、発射します」


一真に応えると同時に、魔法陣から光の矢が放たれる。


「麻美、次は?」






「次は、NT02006528、EK35030021。こっちはハウルが抑えてる」


「…こっちも、あまり持ちそうに無いです」






「座標指定、NT02006528、EK35030021」


「了解。NT02006528、EK35030021。座標指定完了、フォスタ・クオ・ライズ=ピアード、発射します」


クロスの言葉と同時に、魔法陣が収縮していく。


魔法陣は光の塊となり、次の瞬間…光の塊が矢になって放たれた。






「2人とも、もう少し頑張って!」


通信越しに、麻美が声援を送る。だが…


「そ…んなこと、言われても…」


「そろそろ…限界…」


場所は違えど、状況はうり二つ…


2人が、自分たちの口で限界を告げた…その時だ。


『きゃあ!!!』


ほぼ同時…いや、ハウルの方が若干遅かったが、2人は悲鳴を上げた。


空から降り注ぐ光の矢の流星群が、G型を貫いたのだ。


貫かれたG型は爆発…その爆風に、2人は悲鳴を上げた。






「…標的の爆発を確認しました。任務完了です」


クロスが言うと、一真がその場に膝を着いた。


「はぁ…ようやく、束縛から解放された…」


ため息を吐きながら、一真が言った。魔法が解除され、動けるようになったらしい。だが…


「一真!」


前のめりに倒れた一真に、恭助が駆け寄る。


一真の意識は、心の中へ飛ばされて行った。










5つ目の封印の前に、一真は立っていた。


「ったく…なんでさっきは来なくても抜けたのに、今回は来なきゃ駄目なんだよ」


文句を言いながらも、一真は台座の剣を引き抜いた。


溢れ出る魔力。残る封印も、ようやく半分を切った。


「…でも、"反逆"ってどうすりゃ良いんだ?」


一真は呟いた。それに応える声は無い…かと思われた。しかし…


("反逆"は意思)


声が、答えた。


「意思?」


(そう…"反逆"の力の源は、流れに逆らう意思。抵抗する意思)


「抵抗…じゃあもしかして、さっきオレがここに来るのに抵抗したのは…」


("反逆"の力に他ならない)


一真は納得した。同時に、理解した。


反逆の力とは、"我を通す力"


それは、流れに逆らう強い力…多用するのは難しい。


今回、心の中へ来てしまったのは、少し前に心の中に飛ばされない為に使った意思の力が、回復していなかったからだろう。


「…魔力無しでも、"反逆"の力は使えるんだ…」


だが、魔力を使った"反逆" の方が、効果は高いだろう。


「っし!早く目覚めて、螺旋輪に"反逆"使わなきゃな」


そう言って、一真は上を見上げる。すると、一真の意識が現実へ向かって上がり始めた。


だが、一真はまだ知らない。


一真が心の中へ来ている間、現実で何が起こっているのかを…



一真が倒れてから数分。麻美達3人は合流し、学院に向かって飛んでいる途中だった。


「まったく、カズ兄ったら何も言わないんだから…」


「まぁまぁ…遠距離狙撃なんてしたから、兄さんも疲れてたんだよ、きっと」


頬を膨らませるあおいを、ハウルが諭す。


「…確かに、凄いとは思うけど…」


「ここで文句言っても仕方ないでしょ?言うなら直接言わなきゃ」


唇を尖らせるあおいを、麻美も諭す。すると…


("空桜"!応答願います!)


麻美の魔石に、通信が入った。それも、自分の名前を名乗らない程に緊急らしい。


「こちら"空桜"、どうしました?」


(良かった、繋がった…大変なんです!例のマウンドランドが、復活して再び暴れ始めて…)


「そんな!」


通信を聞き、麻美は目を丸くする。あおいとハウルも、似たような表情だ。


(完全に破壊された3体は、動きは無いのですが…3人が倒した2体が、互いに引き寄せ合うように動き始めたんです!)


「…互いに引き寄せ合うように?」


麻美は首をかしげる。だが、その疑問は直ぐに解決することになる。


「麻美姉!あれ!」


あおいが地上を指差し、言った。


あおいが示す先には、2体のマウンドランドが居た。互いに向かって、建物を破壊しながら進んでいたのだ。


「いったい何を…」


ハウルが呟いた、その時だ。


マウンドランドG型は互いに手を繋ぎ、激しく輝いた後…


「合体した!」


あおいが興奮し、鼻息を荒くする。


2体のG型が合体し、手足を備えた人型…言うならばH型に変形したのだ。


「…まずいよ」


言いながら、麻美は顔をしかめる。


ただでさえ強力な両椀…それに匹敵する両足…


「傷つけないで回収は無理かも」


「…麻美姉、回収のこと考える余裕あるんだ…」


麻美の言葉に、あおいが顔を引きつらせる。


「よし…2人であいつの動きを止めてくれるかな?」


『了解!』


その場で静止した麻美を追い越し、あおいとハウルはH型に向かって飛んで行った。


「"舞い上がれ桜火"」


麻美が詠唱を始めると同時に、魔石…フェノアールトが桃色に輝きだす。


「"暖かな春の木漏れ日を宿す""奇跡の大樹の花びらよ"…」


そこまで言って、麻美は詠唱を中断する。


この魔法を使うには、2人がH型から離れる必要があるのだ。




「ハウルちゃん、行くよ!」


H型の周りを飛び回り、無言魔法で"鋭利な葉"を飛ばしながら、あおいがハウルの名を呼ぶ。


「うん…"捕縛の名の元に、我に仇なす者を捕らえよ"」


あおい同様に飛び回りながら、ハウルが詠唱する。


それを確認したあおいは、方向を急変換し、空を目指し始めた。


自分の真上に急上昇していくあおいを追って、H型は両腕を真上に伸ばす。


「…"リュラス=キャプル"!」


瞬間…H型の両腕の付け根に、黄色い光の帯が巻き付いた。


「"捕縛の名の元に、我に仇なす者を捕らえよ、ティム=キャプル"!」


ハウルの捕縛魔法が巻き付くと同時に、あおいは急降下し、捕縛魔法を詠唱する。


魔石…ファナユフィから放たれた赤い帯は、H型の両足の足首部分に巻き付いた。


バランスを崩したH型は、凄まじい音と共にその場に倒れた。


「やった!」


「麻美姉!」


言いながら、ハウルとあおいはH型から全力で離れて行く。




「…"煌めけ、桜火の名の元に"」


2人がH型から離れたのを確認し、麻美は詠唱を再開した。


「"我に仇なす者を撃ち抜け"」


詠唱完了。それと同時に、フェノアールトが一際輝き、2本の光の帯が伸びる。


「"ベルナ・クオ・ピルト=ピアード"!」


魔法発動の呪文と同時に、光の帯とフェノアールトが回転し始めた。


回転の勢いはどんどん増して行く。まるで、扇風機のようだ。


「"ベルナ・アシュラン"…」


麻美が言うと、無数の桃色の葉っぱがフェノアールトから放たれた。


葉っぱは、光の帯とフェノアールトから発生する風に乗り、倒れているH型へと降り注ぐ。


「…"センクリオ"」


追加詠唱とでも言おうか…麻美がそれを唱えたことにより、葉っぱ1枚1枚から、光線が放たれた。


更に、回っていた光の帯がフェノアールトを離れ、数本の光の槍となり、H型に降り注ぐ。


…しかし…


「ブォォォォォォ!!!!」


H型の咆哮と共に、手足を縛っていた2色の帯が弾け飛んだ。


更に、H型は腕を振り回し、麻美の放った葉や光の槍を凪ぎ払う。


「嘘…さっきはちゃんと捕縛出来たのに」


目の前の光景に、あおいは愕然とする。


「…多分、合体したことで強くなったんだと思うよ」


あおい達の元にやって来た、麻美が言った。


「…厄介なことになりましたね」


顔をしかめたハウルが呟くと、H型が立ち上がった。


「とにかく、攻撃を当てないことには始まらないね…2人とも、行くよ?」


『はいっ!』


返事と共に、3人は異なる方向に散り、H型を取り囲む。






…久城一真が目覚めたのは、それとほぼ同時だった。






「…気が付いた?」


一真が目覚めると、女性の声が聞こえた。


「…ミナ?」


目に写った保健室の白い天井を見ながら、一真は声の主であろう人物の名前を呟く。しかし…


「残念、マナよ」


「あぁ…悪い」


双子の姉の方だった。


「別に良いわよ、自分が介抱するようなキャラじゃないってのは理解してるつもり」


言いながら、マナは口を尖らせる。言葉とは裏腹に、少し拗ねているようだ。


「…ごめん」


「だから、良いって…それより、あっちは大変みたいよ?」


「あっち?」


「麻美達」


マナの言葉を聞き、一真は飛び起きた。


「何があった!新しいマウンか!?」


「回収した2体のマウンドランドが合体して暴れてるって…あ、これ機密事項だけど、別に通信を盗聴したりはしてないからね?」


言いながら、マナは不自然に視線をずらす。どうやら、盗聴したらしい。しかし、一真はそんなことを気にしてられなかった。


「行かなきゃ…」


一真は、ベッドから降りようと、身体の向きを変える。しかし…


「無理しちゃ駄目!また倒れるよ!」


一真の肩をマナが掴み、無理矢理ベッドに寝かせようとする。


「大丈夫だって!行かせろよ!」


「駄目だってば!寝てなさいよ!」


押し問答を繰り返す2人。だが…


「いいから…"離せ"!」


「きゃっ!」


一真の言葉と同時に、何かに弾かれたようにマナが一真から離れる。


その隙に、一真はベッドから飛び降り、靴を掴み、保健室から飛び出した。






運動場に飛び出した一真は、直ぐに飛び立とうとした。


「…あれ?」


だが、思い留まった。先程のやり取りに、違和感を感じたのだ。


"離せ"という言葉と同時に、マナが離れた。魔法を使ったわけじゃない。ましてや、マナが従うはずがない。


「…"反逆"…?」


そして、一真は気付いた。左腕の螺旋輪の存在に。


「クロス…」


「"反逆"の使用ですか?」


一真に先駆けて、クロスが言った。


「魔力を使用した"反逆"には、呪文詠唱が必要になります」


「で、その呪文は?」


「既に、マスターと共に…」


クロスの言葉に、一真は吹き出した。だがそれは、苦笑に他ならなかった。


「…呪文はオレと共にある…か…詩人か?お前」


言いながら、一真はクロスをポケットにしまい、右手で左腕の螺旋輪を掴んだ。


「…"反逆の名の元に…我を解き放て"」


瞬間…一真の髪が、根元から徐々に緋色に煌めく。そして…


「"リベリオ・スティリア"!」


一真の周りに、漆黒の風が渦巻く。


風は巻き上がり、一真の髪を逆立たせる。


「…う…」


一真の顔が、苦痛に歪む。


黒く、鈍く輝き始めた螺旋輪…添えていた右手は、螺旋輪から放たれる見えざる何かに弾かれた。


「…ぐ…ぁ…」


一真の左腕が、真上に上がって行く。


「…がぁ!」


螺旋輪から、黒い棘が飛び出した。


「ぐ…ぅぅ…」


それを機に、何本もの黒い棘が螺旋輪から飛び出して来る。


「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!」


一真の咆哮と共に、螺旋輪は一真の左腕から放たれた。


螺旋輪は漆黒の球体となり、空中に漂う。


瞬間、大量の血液が左腕から吹き出す。


「マスター、螺旋輪がマスターから離れました。再構築をお願いします」


「再…構築ったってお前…」


出血でふらつく身体に鞭を打ち、身体は必死に思考する。


「…ラ…シール…ラシール・グローブ…」


右手で左腕の出血を押さえながら、一真は必死に言葉を紡ぎ出した。そして…


「封印-ラシール-・グローブ!!!!」


一真の叫びは、漆黒の球体を手袋の姿に変化させる。


一真の周りを渦巻いていた漆黒の風に、一筋の緋色が混じり、ラシール・グローブを装飾する。


全てが収まった時…1つの手袋が地に落ちた。



(ここは何処だろう…)


一真は、そんなことを考えていた。


現実では無いらしい。何故なら、空も雲も地面も、建物も無いから。


心の中でも無いらしい。だが、どちらかと言えば、心の中の方が近いのかもしれない。


今、一真が居る場所は、辺り一面水色だった。


まるで、水の中のよう…左腕の出血も、水に揺らぐように漂っていた。


(…止血しなきゃ…)


ぼんやりと、一真は考えていた。だが、魔法を詠唱する気力も、考える気力も、底をついていた。


反逆…多大な意思の力が必要な、諸刃の剣。


(…あ~…ダメだ、やる気出ない…)


やはり、気力が無い…指1本、動かすことも出来ない。一真は瞼を閉じた。


もしこのまま、出血が止まらなかったら…


(…ダルい)


考える気力…むしろ、考える気も更々無いといった感じだ。


今の一真にとっては、全てがどうでも良いのだ。


(…梨紅)


訂正しよう。どんな状況にあっても、梨紅のことだけは考えることが出来るらしい。


(このまま死んだら、もう梨紅に会えないんだ…帰るって約束したのに…)


唯一の心残りとでも言わんばかりに、一真の心は急速に、梨紅で満たされて行く。


すると…


(…まったく、仕方ないんだから)


女性の声が、辺りに響いた。一真の良く知る、女性の声が…


(約束、ちゃんと守らないと駄目だよ?)


声と同時に、何かが一真の左腕に触れる。だが、痛みは無い。


それどころか、出血は止まり、傷さえも消えてしまった。


(え…)


一真は驚き、目を開いた。


(おはよう、一真)


(梨紅…)


そこに居たのは、梨紅だった。


見たことも無い服装をしていたが、間違い無く、梨紅がそこにいる。


一真はそう思ったが、同時にそれを否定する。


梨紅がヴェルミンティアに居るはずが無い。何故なら梨紅は、向こうで一真を待っているはずなのだから。


(…私は、本物の梨紅じゃないよ。一真の中の今城梨紅のイメージを、具現化した物…)


(イメージ…?)


(そう、イメージ…)


言いながら、梨紅(?)は一真の右手を、自分の頬に持って行く。


(…触れる)


(一真の魔力で、具現化してるんだよ…向こうで、エリーとナイトを具現化したみたいに)


一真は納得した。一真は、魔力で梨紅そっくりの入れ物を作ったのだ。そこに入るべき意識は無いものの、一真の心にある梨紅のイメージが入り、梨紅に"似た"存在が出来上がったらしい。


(なら…梨紅に似てるけど、梨紅じゃない…お前は…)


(リラケルプ)


梨紅の姿をしたそれは、自分のことをそう呼んだ。


一真は、その名前に覚えがあった。


(…水の女神、リラケルプ…)


(私は一真の魔法の1つ…向こうへ帰る為の鍵の1つとして、一真に力を貸してあげる)


言いながら、リラケルプは一真を抱きしめる。


(向こうに帰ったら…梨紅にも、こうしてあげて。きっと、寂しがってるから)


(…もちろん)


そう言って、一真はリラケルプを抱きしめ返した。


(そろそろ、本当に起きなきゃ…仲間を助けに行くんでしょ?)


(…あぁ)


2人は互いに離れ、しかし、両手を繋いだまま、微笑みあった。


(私も一緒に行くよ。一真と一緒に居たい)


(…何か、梨紅にしては素直過ぎて違和感あるな…)


言いながら、一真は苦笑する。だが…


(何言ってるの?私は一真の中の梨紅のイメージなんだから、私の言葉は一真のストレートな気持ちよ?)


(…え゛)


瞬間、一真の表情が凍り付いた。


(つまり、私が"一緒に居たい"って言ったってことは、一真が私と"一緒に…")


(うわぁぁぁぁ!!!言うな!言うな言うな!)


一真は頭を抱え、顔を真っ赤にして叫ぶ。


(…恥ずかしいね)


(お前が言うなぁぁぁぁぁぁ!!!)


どっちが言っても、一真の気持ちに他ならない。


一真の叫び声が辺りに響くと同時に、一真とリラケルプは、現実へと向かい始めた。



一真が目を開けると、現実にも関わらず、梨紅の…リラケルプの顔があった。


「…リラケルプ」


一真に名前を呼ばれ、リラケルプは微笑んだ。


一真の左腕は、完全に治癒していた。どうやら、リラケルプは回復系の魔法らしい。


「調子はどう?」


「ん…大丈夫じゃないか?多分」


一真はリラケルプに答え、その場に立ち上がる。


「…とにかく、麻美達のところに行かなきゃだ」


ズボンの後ろに付いた砂を払いながら、一真は軽く身体をほぐす。


「リラケルプ。オレ、本気で飛ばすけど…ちゃんと着いて来れるか?」


「大丈夫だよ」


言いながら、リラケルプは一真の手を握る。


「こうすれば…ね」


リラケルプは、一真に微笑んで見せる。一真も一瞬、リラケルプに微笑むが、すぐに空を見上げ、不敵に笑った。


「さぁ…久しぶりに向こうの魔法だ。久しぶり過ぎて忘れてませんように…」


一真が言うと同時に、一真の足下に魔法陣が広がって行く。


「"ソアー・フェザー=アクセル・モード"!」


魔法陣が集束し、一真の両足が緋色に輝く。それと同時に、緋色の翼-アクセル・フェザー-が一真の背中から生えた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ