8.殲虹は封印を解き放つ。
マウンドランドG型…と、言った所だろうか。
自身の身体よりも巨大な両腕を振り回す、どう見てもパワー重視のゴリラ型マウンがそこに居た。
「"樹枝の名の元に、我に仇なす者を貫け…パルス=ピアード"!」
恭助が呪文を詠唱すると、運動場の地面から木の槍が放たれる。
しかし、G型は右手を軽く振り、木の槍を容易に弾く。
「マジかよ…」
恭助が呆然とする中、G型は両腕を地面に着けたまま肘を曲げ、それを伸ばす勢いを使い、跳躍する。
「おぉ!?」
驚きつつ、恭助はバックステップで後ろに飛ぶ。だが、G型は空中で右手をぐるぐると振り回した後、恭助に向かって打ち出して来た。
「そんなん卑怯だろ!?リーチ長…」
「いちいち反応してんじゃないわよ!」
騒がしい恭助を一喝したマナは、飛んで来る拳と恭助の間に割り込んだ。
「ミナ!」
「はい!」
マナの隣に駆けて来たミナ。2人は同時に、G型の拳に向かって両手を伸ばす。
『"流壁の名の元に、我らに仇なす者を弾き返せ…ラ・アロス=シリウル"!』
詠唱と同時に、2人の前に青いバリアが現れる。
「大きさ、半径5mに固定!」
「厚さ、50cmに固定!」
バリアの設定をいじり、前回よりも強化する。そして、G型の拳がバリアにぶつかる。
『よしっ!』
バリアは、G型の拳を防いだ。少しヒビは入ったものの、防いだことに変わりは無い。
だが、G型は右の拳を戻すと同時に、左の拳を放って来た。
『きゃぁぁぁ!!』
ヒビの入ったバリアでは防ぎきれず、バリアが粉々に砕ける。
「"樹枝の名の元に、我に仇なす者を貫け…パルス=ピアード"!」
恭助が木の槍で応戦するが、拳の勢いは止まらない。
G型の左拳がマナとミナに直撃する…その時…
「…返すぞ、左手!」
そう言って、男は拳と2人の間に入り込み、拳を右足で蹴り飛ばした。
蹴り返された左拳は、G型の身体部分に直撃し、空中でバランスを崩したG型は、無様に運動場に落下した。
「ふぅ…大丈夫か?お前ら」
3人を振り向き、G型の巨大な拳を蹴り返した、化物じみた脚力を持つ男が言った。
『一真(君)!!』
長身黒髪にして、緋色の前髪の男…一真がそこに居た。
「遅くなって悪かったな…怪我が無くて良かった」
「てか、お前…足、大丈夫か?」
顔をひきつらせながら、恭助が言った。
「大丈夫じゃねぇよ、ヒビ入ったと思う」
流石の一真も、肉体強化も無しに無傷で居られる程、強靭では無いようだ。
「すぐに回復魔法を…」
「いや、後でいい」
マナの言葉を遮り、一真はG型に向き直る。
「お前ら、早く逃げ…」
「いや、実はそういうわけにもいかなくてな」
一真の言葉を遮り、恭助が苦笑しながら言った。
「なんで?」
「ユニ先生が、『ちょうど良い模擬訓練ね!活躍次第では、中間テストの点数上乗せよ!』って…」
ミナの言葉に、一真は頭を抱える。
「何考えてんだあの担任…」
「ってわけで指示を出せ、一真」
恭助に言われ、一真は顔を上げる。
恭助、マナ、ミナ…3人の目の、やる気と期待に満ちた眼差しに、一真は負けた。
「…恭助とマナは敵の撹乱、ミナはオレの治療な」
『了解!』
返答と同時に、3人は行動に移る。
『"フェルクルク"!』
まず、恭助とマナが空へ上がり、G型の所へ飛んで行く。
「"治癒の名の元に…汝に仇なす者を打ち消せ、アロア=クラルス"!」
ミナは一真の足元に屈み、右足に治癒魔法をかける。
「…クロス」
ポケットからクロスを取り出し、一真は話しかける。
「なんでしょう、マスター」
「光属性魔法の詠唱と同時に、退魔力の自動付加を設定」
「…了解しました。設定の更新までしばらくお待ち下さい」
「…?」
一真とクロスのやり取りを間近で聞いていたミナは、わけがわからず首をかしげた。
G型の周りを飛び回る恭助とマナは、G型が振り回す巨大な両腕を必死に避け続けていた。
『(当たったら即死!)』
それはもう本当に…文字通り必死に、逃げ回っていた。
「…てか、いつまで逃げ回れば良いんだ?」
「私に聞かれても困る!って、あんた何でそんなに余裕なのよ?」
「いやぁ…一真が来るまでにテンションを上げすぎたから、今回は下げめにと…」
「流れとか空気とか全部無視じゃない!我が道を行くのも大概にしなさいよ!?」
恭助に一撃を入れたい物の、今のマナにそんな余裕は無かった。
空気を切り裂く音と共に、マナへ向かって、G型の右腕が迫って来ていた。
「くっ…"守護の名の元に…"」
「馬鹿野郎!!受けようとするな!」
盾の呪文を詠唱しようてするマナに、恭助が叫ぶ。
マナは、完全に判断を誤った。
自分1人の盾では、G型の右腕は防げない。
にも関わらず、その場で盾の呪文を詠唱しようとした為に、逃げることも出来ない。
(あ…やっちゃった…)
マナが頭の中でそう思うと同時に、右腕はマナの鼻先に迫って…
「お姉ちゃん!」
しかし、G型の右腕は空を切った。
「…あれ?」
完全に当たったと思っていた本人…マナは、首をかしげる。
「大丈夫?お姉ちゃん」
「ミナ…」
マナを救ったのは、妹のミナだった。
上空から一気に急降下し、紙一重の所でマナを掠めとることに成功したのだ。
「ありがと、ミナ…」
「ううん。それより、まだあいつを引き付けとかないと…」
ミナはそう言って、G型に視線を向ける。
「…ミナ、一真の治癒は…」
「終わったよ?あと、一真君の合図と同時に、あいつから離れろって言われたよ」
「合図?」
ミナから離れ、自分で空を飛び回りながら、マナは一真の方に視線を向ける。
「…"降り注げ流星…"」
右の手の平をG型に向け、一真は詠唱を初めていた。
「"天駆ける星の煌めきを宿す…無数の光の矢よ"」
「…退魔力充填、30%…35%…40%…」
詠唱と同時に、クロスが魔法に退魔力を付加する。
詠唱と別に退魔力を付加しようとすると、単純計算で倍の時間がかかる。
「"貫け…至光の名の元に…"」
だが、クロスに付加をやってもらうことで、詠唱と同時進行で付加を行うことが出来るのだ。
「"我に仇なす者を突き抜け"」
「60%…65%…70%…」
しかし、やはり付加には時間がかかるようで、詠唱完了と同時には終わらなかった。
「75%…80%…85%…」
「まだかよ一真…そろそろ限界だぞ」
呟き、飛び回りながら、恭助はマナとミナに視線を向ける。
『はぁ…はぁ…』
2人の疲労は、ピークに達していた。全力で飛び続けることは、全力疾走を続けることに匹敵する疲労を、身体に蓄積するのだ。
恭助もサポートをするのだが、あまり役には立ててないようだ。
「も…もう、そろそろ…」
「限界…かも…」
2人の顔が、苦痛に歪む。だが…
「全員、そいつから離れろ!」
ギリギリ、間に合ったようだ。
「90%…95%…100%。退魔力最大付加、完了」
クロスの言葉と同時に、一真の周りの空中に、無数の小さな魔法陣が現れる。
そして、恭助達3人が急上昇をし、G型から離れたのを確認した一真は、G型に狙いを定める。
「"フォスタ・クオ・ライズ=ピアード"!!」
一真が魔法を発動させる。魔法陣から放たれたのは、無数の光の矢…
その全てが、G型に向かって行く。
「すげ…」
上空から様子を見ていた恭助は、その光景に唖然とする。
それは、大量の流れ星…流星群という言葉が的確だろうか。
G型に降り注ぐ、流星群…
G型も、応戦しようと右腕を突き出すが、鋭い光は容易に拳を貫いて行く。
止まることの無い怒濤の攻撃…
中級魔法、フォスタ・クオ・ライズ=ピアード
貫かれたG型は、光の矢によって主要部位を破壊され、轟音と共に爆発した。
「あ…やべぇ、回収しなきゃいけなかったかも」
爆発したG型を見て、一真は顔をしかめる。
標的を失った流星群は、一応は止まった物の、魔法陣は何故か、その場に残っていた。
「退魔力、再充填開始」
「…は?」
クロスの声に、一真は首をかしげる。勝手に再充填を始めたのだ。
「45%…50%…マスター、対象の再設定をお願いします」
「え…んなこと言われても…"レヴン"!」
一真は咄嗟に、魔法解除を試みるが…
「…えぇ…」
解除できなかった。
本気で困る一真の元に、恭助達3人が集まって来る。
「おい一真!凄かったじゃん今の!何だあれ!」
「いや、何だあれって言われても…」
珍しく狼狽える一真。それを見たマナとミナは、首をかしげる。
「一真君、どうかしたの?」
「魔法陣も出したままで…」
「…どうしたもこうしたも無ぇよ…」
顔をしかめつつ、一真は説明を始める。
クロスが勝手に再充填を始めたこと。
対象の再設定を求められたこと。
魔法の解除が出来ないこと。
恭助のテンションがウザいこと。
「おい…」
「…クロス、もう攻撃対象居ないんだけど…」
眉をひそめる恭助を無視し、一真はクロスに言う。
「先程の物と同型の兵器を2体、存在を確認しました」
「…2体?てか、サーチとか出来んだ、お前…」
クロスの言葉を受け、一真は考える。
麻美が言うには、出現したG型は全部で5体。
一真、麻美、あおいとハウルで1体ずつ倒し、残り2体と言うことだろう。
「…んで、その残り2体が何?」
「ここから狙撃します」
『はぁ!?』
一真達4人が叫ぶ。クロスの言葉は、それほどまでに突拍子も無い物だったのだ。
「狙撃…ここから、何処に居るかもわからない敵を、これで…か?」
魔法陣を顎で指しながら、一真が言った。
「座標さえわかれば可能です。マスター、座標指定をお願いします」
そう言われても、一真にはどうしようも無い。
場所がわからない上、座標指定の仕方もわからないのだ。
「…お前ら、座標ってわかるか?」
「座標かぁ…なんとなく、恭助の専門な気がするわね」
恭助を見ながら、マナが言う。だが、
「悪いけど、オレの魔石には座標照準の機能は付いて無いな…」
恭助は否定する。しかし…
「…待て、たしか麻美の魔石には付いてたぞ?」
「マジで!?ちょっ…マナ、麻美に通信!」
恭助の言葉に、一真は興奮し、マナに指示を出す。
「は~い…あ、こちら、マナ=リップ・リバティ。麻美、聞こえる?」
(聞こえるよ、どうかした?)
「何か、一真が話あるって…はい」
言いながら、マナは一真に魔石を向ける。
「麻美、フェノアールトで座標ってわかるか?」
(え…わかるけど…それが…)
「至急、他のマウンドランドの座標を知りたい」
麻美の言葉を遮り、一真が言った。
(他のって…)
「お前とハウル達が倒したマウンドランド以外の2体!」
(え!どうして私が倒したことを…)
「話は後!早くし……あ…」
言葉の途中で、一真の息が詰まる。退魔力の放出により、再び意識が飛びそうになっているのだ。
一真は思う。ここで気を失ったら、目覚めるのは何分…いや、何時間後になるのだろうか…と。
目覚めた頃には、全てが終わっているかもしれない。
このまま、フォスタをもう1度放つことが出来れば、"反逆"を使うことが出来るかもしれないのに…
にも関わらず、心の中へ…一真が抜かなくても、勝手に抜ける剣の元へ行かなければならない。
無駄な時間を、過ごさなければならない…
「……っざけんなぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!向こうに行かなくても剣は勝手に抜けるだろうがぁぁぁぁぁ!!!!!!」
『!!!!!!』
突然叫んだ一真に、恭助達3人…そして、麻美が驚愕する。
瞬間…一真の魔力が増加する。
やはり、封印は勝手に外れるようだ。
「…どうなってんだ…」
一真の魔力が増えたことを疑問に思い、恭助が呟く。しかし、一真は答えない。
「とにかく、急ぎで頼む…麻美」
(う…うん、わかった…いったん切るね?)
通信が切れると同時に、マナは魔石を下ろす。
そして、クロスによる退魔力の充填速度が…
「…退魔力充填、64%…67%…」
あからさまに、遅くなった。
「…座標?」
麻美に話を聞き、あおいが首をかしげる。
一真に頼まれた麻美は、あおいとハウルと合流し、G型の元へ向かっているのだ。
「うん…何で、座標なんて知りたいんだろう」
言いながら、麻美も首をかしげる。そんな中、ハウルだけは明確な答えを出した。
「…狙撃するんじゃないですか?」
『まさかぁ…』
ハウルの言葉に、麻美とあおいが顔をしかめる。
「いくらカズ兄でも、遠距離過ぎるでしょ…」
「…でも、兄さんだよ?」
『…ん~…』
無きにしも有らず…可能性は0じゃない。
「…とりあえず、急ぎましょう」
『はい!』
考えても仕方ない…3人は更に、スピードを速める。
「…静かだなぁ…」
魔法陣に囲まれた一真は、直立不動で呟いた。
「てか…暇だな」
「暇ね」
「そうだね…」
恭助とマナ、ミナも、その場に座り、ぼんやりとしていた。
麻美からの連絡を待つ間、暇を持て余しているのだ。
ちなみに、一真は魔法を解除出来ない為、座ることも出来ない。
「あ~…足ダルい」
一真がぼやく。すると…
「…なぁ、一真?そろそろ教えてくれよ」
一真を見上げつつ、恭助が言った。
「教えろって何を?」
「お前が何者なのか」
恭助の言葉に、マナとミナも頷いた。
「…なんだよ、いきなり」
「固有魔法の件は置いておくにしても、お前の魔法は風変わり過ぎる。自分で言うのもあれだけど、オレは魔法には割と詳しい。だけど、"退魔力"って言葉や"杖にならない魔石"なんて聞いたことも無い。更に言えば、その"髪の毛"だ」
「…髪の毛?」
退魔力やクロスに関する言及は想像出来たが、髪の毛を指摘されるとは思っていなかったらしく、一真は首をかしげる。
「魔法を使う人間は魔力を持っているもんだ。で、魔力を持ってる人間の髪の毛ってのは、何かしらの色に染まってるはずなんだ」
確かに、ヴェルミンティアの人間は皆、髪の毛の色がカラフルだ。緑やオレンジ、白なんかも居る。
「お前の髪の毛…"黒髪"ってのは、存在しないはずの色だ。染めてるようにも見えないし、前髪の緋色も気になる所だけど…」
「…もう良いだろ」
ため息混じりに、一真は呟いた。
「簡単に説明すると…だ。オレの本来の髪の毛は"緋色"。だけど、"退魔力"っていう未知の力で魔力を封印された影響で、髪の毛の色がおかしくなり、魔石にも異常が発生。杖に出来ない代わりに、喋るようになった。さっき魔力が増えたのは、その"退魔力"を放出した影響、封印が少しだけ解けた…ってわけだ」
一真は、早口にでっち上げ話を話した。でっち上げの割に、違和感は無いように思える。
「…その"封印"ってのは、どう言った経緯で…」
「経緯って言うか、突然だったな…白い光が空から降って来たんだ。咄嗟に、一緒に居た幼なじみは守ったんだけどな…」
一真は知らず知らずの内に、昔を懐かしむように微笑んでいた。
でっち上げ話とはいえ、梨紅の話になるとどうしても…感情が入ってしまうようだ。
「…っ」
一真の表情を見て、恭助は言葉を詰まらせる。
信じがたい話の中の、唯一の真実…梨紅への想いが、虚偽と真実の境を揺さぶる。
「…幼なじみって、どんな子なの?」
好奇心からだろうか…マナが一真に聞く。
「ん~…負けず嫌いで、すぐふて腐れて、ちょっと抜けてる所があって…」
『…』
一真の言葉に、3人の顔がひきつる。どうすればそんな子を好きになれるのか…と言った感じだ。
「でも…優しくて、可愛くて、頼りになって…一緒に居ると落ち着くんだ」
言いながら、一真は幸せそうに笑った。
「…少なくとも、幼なじみの存在は嘘じゃないみたいね」
恭助に向かってニヤリッと笑いながら、マナが言った。
「…じゃあまぁ、今日は納得しとくかな…」
ため息混じりに、恭助が言う。そして…
「…!一真、通信が来たわよ」
マナの魔石が、通信を告げて輝いた。
(こちら"空桜"。"殲虹"、聞こえる?)
「まず、座標その1。NT00020095、EK10000596。あおいが抑えてるから」
「お…抑えてるって言っても、力が強すぎて…もう…」
通信から聞こえるあおいの声は、かなり辛そうに聞こえた。
「クロス、座標指定…NT00020095、EK10000596」
「了解。NT00020095、EK10000596。座標指定完了、フォスタ・クオ・ライズ=ピアード、発射します」
一真に応えると同時に、魔法陣から光の矢が放たれる。
「麻美、次は?」
「次は、NT02006528、EK35030021。こっちはハウルが抑えてる」
「…こっちも、あまり持ちそうに無いです」
「座標指定、NT02006528、EK35030021」
「了解。NT02006528、EK35030021。座標指定完了、フォスタ・クオ・ライズ=ピアード、発射します」
クロスの言葉と同時に、魔法陣が収縮していく。
魔法陣は光の塊となり、次の瞬間…光の塊が矢になって放たれた。
「2人とも、もう少し頑張って!」
通信越しに、麻美が声援を送る。だが…
「そ…んなこと、言われても…」
「そろそろ…限界…」
場所は違えど、状況はうり二つ…
2人が、自分たちの口で限界を告げた…その時だ。
『きゃあ!!!』
ほぼ同時…いや、ハウルの方が若干遅かったが、2人は悲鳴を上げた。
空から降り注ぐ光の矢の流星群が、G型を貫いたのだ。
貫かれたG型は爆発…その爆風に、2人は悲鳴を上げた。
「…標的の爆発を確認しました。任務完了です」
クロスが言うと、一真がその場に膝を着いた。
「はぁ…ようやく、束縛から解放された…」
ため息を吐きながら、一真が言った。魔法が解除され、動けるようになったらしい。だが…
「一真!」
前のめりに倒れた一真に、恭助が駆け寄る。
一真の意識は、心の中へ飛ばされて行った。
5つ目の封印の前に、一真は立っていた。
「ったく…なんでさっきは来なくても抜けたのに、今回は来なきゃ駄目なんだよ」
文句を言いながらも、一真は台座の剣を引き抜いた。
溢れ出る魔力。残る封印も、ようやく半分を切った。
「…でも、"反逆"ってどうすりゃ良いんだ?」
一真は呟いた。それに応える声は無い…かと思われた。しかし…
("反逆"は意思)
声が、答えた。
「意思?」
(そう…"反逆"の力の源は、流れに逆らう意思。抵抗する意思)
「抵抗…じゃあもしかして、さっきオレがここに来るのに抵抗したのは…」
("反逆"の力に他ならない)
一真は納得した。同時に、理解した。
反逆の力とは、"我を通す力"
それは、流れに逆らう強い力…多用するのは難しい。
今回、心の中へ来てしまったのは、少し前に心の中に飛ばされない為に使った意思の力が、回復していなかったからだろう。
「…魔力無しでも、"反逆"の力は使えるんだ…」
だが、魔力を使った"反逆" の方が、効果は高いだろう。
「っし!早く目覚めて、螺旋輪に"反逆"使わなきゃな」
そう言って、一真は上を見上げる。すると、一真の意識が現実へ向かって上がり始めた。
だが、一真はまだ知らない。
一真が心の中へ来ている間、現実で何が起こっているのかを…
一真が倒れてから数分。麻美達3人は合流し、学院に向かって飛んでいる途中だった。
「まったく、カズ兄ったら何も言わないんだから…」
「まぁまぁ…遠距離狙撃なんてしたから、兄さんも疲れてたんだよ、きっと」
頬を膨らませるあおいを、ハウルが諭す。
「…確かに、凄いとは思うけど…」
「ここで文句言っても仕方ないでしょ?言うなら直接言わなきゃ」
唇を尖らせるあおいを、麻美も諭す。すると…
("空桜"!応答願います!)
麻美の魔石に、通信が入った。それも、自分の名前を名乗らない程に緊急らしい。
「こちら"空桜"、どうしました?」
(良かった、繋がった…大変なんです!例のマウンドランドが、復活して再び暴れ始めて…)
「そんな!」
通信を聞き、麻美は目を丸くする。あおいとハウルも、似たような表情だ。
(完全に破壊された3体は、動きは無いのですが…3人が倒した2体が、互いに引き寄せ合うように動き始めたんです!)
「…互いに引き寄せ合うように?」
麻美は首をかしげる。だが、その疑問は直ぐに解決することになる。
「麻美姉!あれ!」
あおいが地上を指差し、言った。
あおいが示す先には、2体のマウンドランドが居た。互いに向かって、建物を破壊しながら進んでいたのだ。
「いったい何を…」
ハウルが呟いた、その時だ。
マウンドランドG型は互いに手を繋ぎ、激しく輝いた後…
「合体した!」
あおいが興奮し、鼻息を荒くする。
2体のG型が合体し、手足を備えた人型…言うならばH型に変形したのだ。
「…まずいよ」
言いながら、麻美は顔をしかめる。
ただでさえ強力な両椀…それに匹敵する両足…
「傷つけないで回収は無理かも」
「…麻美姉、回収のこと考える余裕あるんだ…」
麻美の言葉に、あおいが顔を引きつらせる。
「よし…2人であいつの動きを止めてくれるかな?」
『了解!』
その場で静止した麻美を追い越し、あおいとハウルはH型に向かって飛んで行った。
「"舞い上がれ桜火"」
麻美が詠唱を始めると同時に、魔石…フェノアールトが桃色に輝きだす。
「"暖かな春の木漏れ日を宿す""奇跡の大樹の花びらよ"…」
そこまで言って、麻美は詠唱を中断する。
この魔法を使うには、2人がH型から離れる必要があるのだ。
「ハウルちゃん、行くよ!」
H型の周りを飛び回り、無言魔法で"鋭利な葉"を飛ばしながら、あおいがハウルの名を呼ぶ。
「うん…"捕縛の名の元に、我に仇なす者を捕らえよ"」
あおい同様に飛び回りながら、ハウルが詠唱する。
それを確認したあおいは、方向を急変換し、空を目指し始めた。
自分の真上に急上昇していくあおいを追って、H型は両腕を真上に伸ばす。
「…"リュラス=キャプル"!」
瞬間…H型の両腕の付け根に、黄色い光の帯が巻き付いた。
「"捕縛の名の元に、我に仇なす者を捕らえよ、ティム=キャプル"!」
ハウルの捕縛魔法が巻き付くと同時に、あおいは急降下し、捕縛魔法を詠唱する。
魔石…ファナユフィから放たれた赤い帯は、H型の両足の足首部分に巻き付いた。
バランスを崩したH型は、凄まじい音と共にその場に倒れた。
「やった!」
「麻美姉!」
言いながら、ハウルとあおいはH型から全力で離れて行く。
「…"煌めけ、桜火の名の元に"」
2人がH型から離れたのを確認し、麻美は詠唱を再開した。
「"我に仇なす者を撃ち抜け"」
詠唱完了。それと同時に、フェノアールトが一際輝き、2本の光の帯が伸びる。
「"ベルナ・クオ・ピルト=ピアード"!」
魔法発動の呪文と同時に、光の帯とフェノアールトが回転し始めた。
回転の勢いはどんどん増して行く。まるで、扇風機のようだ。
「"ベルナ・アシュラン"…」
麻美が言うと、無数の桃色の葉っぱがフェノアールトから放たれた。
葉っぱは、光の帯とフェノアールトから発生する風に乗り、倒れているH型へと降り注ぐ。
「…"センクリオ"」
追加詠唱とでも言おうか…麻美がそれを唱えたことにより、葉っぱ1枚1枚から、光線が放たれた。
更に、回っていた光の帯がフェノアールトを離れ、数本の光の槍となり、H型に降り注ぐ。
…しかし…
「ブォォォォォォ!!!!」
H型の咆哮と共に、手足を縛っていた2色の帯が弾け飛んだ。
更に、H型は腕を振り回し、麻美の放った葉や光の槍を凪ぎ払う。
「嘘…さっきはちゃんと捕縛出来たのに」
目の前の光景に、あおいは愕然とする。
「…多分、合体したことで強くなったんだと思うよ」
あおい達の元にやって来た、麻美が言った。
「…厄介なことになりましたね」
顔をしかめたハウルが呟くと、H型が立ち上がった。
「とにかく、攻撃を当てないことには始まらないね…2人とも、行くよ?」
『はいっ!』
返事と共に、3人は異なる方向に散り、H型を取り囲む。
…久城一真が目覚めたのは、それとほぼ同時だった。
「…気が付いた?」
一真が目覚めると、女性の声が聞こえた。
「…ミナ?」
目に写った保健室の白い天井を見ながら、一真は声の主であろう人物の名前を呟く。しかし…
「残念、マナよ」
「あぁ…悪い」
双子の姉の方だった。
「別に良いわよ、自分が介抱するようなキャラじゃないってのは理解してるつもり」
言いながら、マナは口を尖らせる。言葉とは裏腹に、少し拗ねているようだ。
「…ごめん」
「だから、良いって…それより、あっちは大変みたいよ?」
「あっち?」
「麻美達」
マナの言葉を聞き、一真は飛び起きた。
「何があった!新しいマウンか!?」
「回収した2体のマウンドランドが合体して暴れてるって…あ、これ機密事項だけど、別に通信を盗聴したりはしてないからね?」
言いながら、マナは不自然に視線をずらす。どうやら、盗聴したらしい。しかし、一真はそんなことを気にしてられなかった。
「行かなきゃ…」
一真は、ベッドから降りようと、身体の向きを変える。しかし…
「無理しちゃ駄目!また倒れるよ!」
一真の肩をマナが掴み、無理矢理ベッドに寝かせようとする。
「大丈夫だって!行かせろよ!」
「駄目だってば!寝てなさいよ!」
押し問答を繰り返す2人。だが…
「いいから…"離せ"!」
「きゃっ!」
一真の言葉と同時に、何かに弾かれたようにマナが一真から離れる。
その隙に、一真はベッドから飛び降り、靴を掴み、保健室から飛び出した。
運動場に飛び出した一真は、直ぐに飛び立とうとした。
「…あれ?」
だが、思い留まった。先程のやり取りに、違和感を感じたのだ。
"離せ"という言葉と同時に、マナが離れた。魔法を使ったわけじゃない。ましてや、マナが従うはずがない。
「…"反逆"…?」
そして、一真は気付いた。左腕の螺旋輪の存在に。
「クロス…」
「"反逆"の使用ですか?」
一真に先駆けて、クロスが言った。
「魔力を使用した"反逆"には、呪文詠唱が必要になります」
「で、その呪文は?」
「既に、マスターと共に…」
クロスの言葉に、一真は吹き出した。だがそれは、苦笑に他ならなかった。
「…呪文はオレと共にある…か…詩人か?お前」
言いながら、一真はクロスをポケットにしまい、右手で左腕の螺旋輪を掴んだ。
「…"反逆の名の元に…我を解き放て"」
瞬間…一真の髪が、根元から徐々に緋色に煌めく。そして…
「"リベリオ・スティリア"!」
一真の周りに、漆黒の風が渦巻く。
風は巻き上がり、一真の髪を逆立たせる。
「…う…」
一真の顔が、苦痛に歪む。
黒く、鈍く輝き始めた螺旋輪…添えていた右手は、螺旋輪から放たれる見えざる何かに弾かれた。
「…ぐ…ぁ…」
一真の左腕が、真上に上がって行く。
「…がぁ!」
螺旋輪から、黒い棘が飛び出した。
「ぐ…ぅぅ…」
それを機に、何本もの黒い棘が螺旋輪から飛び出して来る。
「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!」
一真の咆哮と共に、螺旋輪は一真の左腕から放たれた。
螺旋輪は漆黒の球体となり、空中に漂う。
瞬間、大量の血液が左腕から吹き出す。
「マスター、螺旋輪がマスターから離れました。再構築をお願いします」
「再…構築ったってお前…」
出血でふらつく身体に鞭を打ち、身体は必死に思考する。
「…ラ…シール…ラシール・グローブ…」
右手で左腕の出血を押さえながら、一真は必死に言葉を紡ぎ出した。そして…
「封印-ラシール-・グローブ!!!!」
一真の叫びは、漆黒の球体を手袋の姿に変化させる。
一真の周りを渦巻いていた漆黒の風に、一筋の緋色が混じり、ラシール・グローブを装飾する。
全てが収まった時…1つの手袋が地に落ちた。
(ここは何処だろう…)
一真は、そんなことを考えていた。
現実では無いらしい。何故なら、空も雲も地面も、建物も無いから。
心の中でも無いらしい。だが、どちらかと言えば、心の中の方が近いのかもしれない。
今、一真が居る場所は、辺り一面水色だった。
まるで、水の中のよう…左腕の出血も、水に揺らぐように漂っていた。
(…止血しなきゃ…)
ぼんやりと、一真は考えていた。だが、魔法を詠唱する気力も、考える気力も、底をついていた。
反逆…多大な意思の力が必要な、諸刃の剣。
(…あ~…ダメだ、やる気出ない…)
やはり、気力が無い…指1本、動かすことも出来ない。一真は瞼を閉じた。
もしこのまま、出血が止まらなかったら…
(…ダルい)
考える気力…むしろ、考える気も更々無いといった感じだ。
今の一真にとっては、全てがどうでも良いのだ。
(…梨紅)
訂正しよう。どんな状況にあっても、梨紅のことだけは考えることが出来るらしい。
(このまま死んだら、もう梨紅に会えないんだ…帰るって約束したのに…)
唯一の心残りとでも言わんばかりに、一真の心は急速に、梨紅で満たされて行く。
すると…
(…まったく、仕方ないんだから)
女性の声が、辺りに響いた。一真の良く知る、女性の声が…
(約束、ちゃんと守らないと駄目だよ?)
声と同時に、何かが一真の左腕に触れる。だが、痛みは無い。
それどころか、出血は止まり、傷さえも消えてしまった。
(え…)
一真は驚き、目を開いた。
(おはよう、一真)
(梨紅…)
そこに居たのは、梨紅だった。
見たことも無い服装をしていたが、間違い無く、梨紅がそこにいる。
一真はそう思ったが、同時にそれを否定する。
梨紅がヴェルミンティアに居るはずが無い。何故なら梨紅は、向こうで一真を待っているはずなのだから。
(…私は、本物の梨紅じゃないよ。一真の中の今城梨紅のイメージを、具現化した物…)
(イメージ…?)
(そう、イメージ…)
言いながら、梨紅(?)は一真の右手を、自分の頬に持って行く。
(…触れる)
(一真の魔力で、具現化してるんだよ…向こうで、エリーとナイトを具現化したみたいに)
一真は納得した。一真は、魔力で梨紅そっくりの入れ物を作ったのだ。そこに入るべき意識は無いものの、一真の心にある梨紅のイメージが入り、梨紅に"似た"存在が出来上がったらしい。
(なら…梨紅に似てるけど、梨紅じゃない…お前は…)
(リラケルプ)
梨紅の姿をしたそれは、自分のことをそう呼んだ。
一真は、その名前に覚えがあった。
(…水の女神、リラケルプ…)
(私は一真の魔法の1つ…向こうへ帰る為の鍵の1つとして、一真に力を貸してあげる)
言いながら、リラケルプは一真を抱きしめる。
(向こうに帰ったら…梨紅にも、こうしてあげて。きっと、寂しがってるから)
(…もちろん)
そう言って、一真はリラケルプを抱きしめ返した。
(そろそろ、本当に起きなきゃ…仲間を助けに行くんでしょ?)
(…あぁ)
2人は互いに離れ、しかし、両手を繋いだまま、微笑みあった。
(私も一緒に行くよ。一真と一緒に居たい)
(…何か、梨紅にしては素直過ぎて違和感あるな…)
言いながら、一真は苦笑する。だが…
(何言ってるの?私は一真の中の梨紅のイメージなんだから、私の言葉は一真のストレートな気持ちよ?)
(…え゛)
瞬間、一真の表情が凍り付いた。
(つまり、私が"一緒に居たい"って言ったってことは、一真が私と"一緒に…")
(うわぁぁぁぁ!!!言うな!言うな言うな!)
一真は頭を抱え、顔を真っ赤にして叫ぶ。
(…恥ずかしいね)
(お前が言うなぁぁぁぁぁぁ!!!)
どっちが言っても、一真の気持ちに他ならない。
一真の叫び声が辺りに響くと同時に、一真とリラケルプは、現実へと向かい始めた。
一真が目を開けると、現実にも関わらず、梨紅の…リラケルプの顔があった。
「…リラケルプ」
一真に名前を呼ばれ、リラケルプは微笑んだ。
一真の左腕は、完全に治癒していた。どうやら、リラケルプは回復系の魔法らしい。
「調子はどう?」
「ん…大丈夫じゃないか?多分」
一真はリラケルプに答え、その場に立ち上がる。
「…とにかく、麻美達のところに行かなきゃだ」
ズボンの後ろに付いた砂を払いながら、一真は軽く身体をほぐす。
「リラケルプ。オレ、本気で飛ばすけど…ちゃんと着いて来れるか?」
「大丈夫だよ」
言いながら、リラケルプは一真の手を握る。
「こうすれば…ね」
リラケルプは、一真に微笑んで見せる。一真も一瞬、リラケルプに微笑むが、すぐに空を見上げ、不敵に笑った。
「さぁ…久しぶりに向こうの魔法だ。久しぶり過ぎて忘れてませんように…」
一真が言うと同時に、一真の足下に魔法陣が広がって行く。
「"ソアー・フェザー=アクセル・モード"!」
魔法陣が集束し、一真の両足が緋色に輝く。それと同時に、緋色の翼-アクセル・フェザー-が一真の背中から生えた。




