表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法使いの苦悩  作者: 黒緋クロア
第六章 殲虹の魔術師は異世界で伝説になる。
51/66

6.殲虹は家に帰りたい。

久城一真が異世界、ヴェルミンティアに来て、1ヶ月が経った。


一真は今、国立、ヴェルミンティア魔導学院高等部戦技科に、麻美の従兄弟…一真・ルイズ・レーヴェルトとして編入し、人生初の魔法学校生活を送っている。


友達も出来た。勉強も面白い。周りが全員魔法使いだから、頼られることも少ない。


正に、一真にとって順風満帆の学生生活…の、はずなのだが…






「…」


魔導学院の制服を身に纏った一真は、自分の机に突っ伏していた。


体育で疲れた…というわけでは無い。前の授業は国語だったのだ、疲れるはずが無い。


では、何故…


「…刺激が足りない…」


つまり、一真の順風満帆には、平和過ぎるのもいけないし、事件が起きすぎるのもいけない…


ややこしいことこの上ない。


要するに、一真は…


「…ホームシックってやつか」


そういうことだ。


過去に何があったにしても、やはり、一真は一真の世界が恋しいのだ。


「…はぁ…」


「一真君、どうかしたの?」


溜め息を吐く一真に、青色の髪の女の子が話しかけて来た。


「…ミナちゃん…」


「具合悪いの?回復魔法使ってあげようか?」


「いや、大丈夫…ありがとね」


ミナ・リップ・リバティ…水属性の魔法を得意とする女の子だ。


水属性は、回復魔法が多い…だが、流石にホームシックは治せないだろう。だから一真は、微笑みながら断った。


「ミナ、諦めなさい。一真の病気は、魔法じゃ治せないのよ」


そう言いながら、一真とミナの元に、青色の髪の女の子が近づいて来た。


しかも、ミナとうり二つの顔…違うのは、髪の長さぐらい…ミナは長髪だが、彼女はショートカットだ。


マナ・リップ・リバティ…ミナの双子の姉だ。


「お姉ちゃん…魔法じゃ治せない病気って?」


「…」


ミナが首をかしげる中、一真は無反応だった。何故なら、マナの言葉が容易に想像出来たから…


「そう…その名も、恋の病!」


「恋の病!?」


(やっぱりか…)


一真は、溜め息を吐いた。何処の世界にも、マナのようなキャラは居るものらしい。


「さぁ、自白するのよ一真!恋の病なんでしょ?」


マナが、一真に詰め寄る。その好奇心に満ちた眼差しは、何処か…凉音愛に似ているように、一真は思った。


「…そうだな、そんな感じかもしれない」


『本当に!?』


「…」


…声が、増えていた。


マナ、ミナ、そして麻美…更に、もう1人…


「…転入してから2週間、お前はずっとそんな目で女子を見て居たのか…」


秋月恭助…緑色の長髪を後ろで束ねた彼は、酷くショックを受けていた。


「見てねぇよ…お前と一緒にしないでくれ」


一真の言葉と同時に、マナ達3人が恭助から離れる。


「この影響力の違いは何だ…」


恭助は、更にショックを受けて項垂れる。


(…暖のポジションかな…)


そんな恭助を見て、一真はそう思った。


(…完全にホームシックだ)


どうしても、向こうの仲間達を思い浮かべてしまう…


一真は再び、溜め息を吐いた。


「…それで、誰が好きなのよ?」


一真の溜め息を無視し、マナが問い詰める。


「…故郷に残してきた、幼なじみ」


一真は素直に答えた。


向こうに帰りたい気持ち…すなわち、梨紅に会いたい気持ち…


その等式が、一真の頭の中にあった。


「なんだ、学校の中には居ないの?」


マナが、不安そうに口を尖らせる。野次馬根性が丸見えだ。


「…じゃあ、何か楽しい事でもして気を紛らわせようぜ?」


恭助が言うが、具体例は浮かんでいなさそうだ。


「…そうだ!今日って放課後に、魔法研究学科の新魔法のお披露目があるよ」


「…?」


ミナの言葉に、一真が僅かに反応した。


魔導学院高等部、魔法研究学科…


戦技科とは違い、魔法の研究…新魔法の開発を行う学科だ。


「なんでも、20人で作る巨大な魔法だって…」


「…何時から何処で?」


一真が身体を起こし、ミナに聞いた。


「確か、16時から校庭でやるって…」


「よっしゃ、行こうぜ恭助」


「前のりだな!」


椅子から立ち上がる一真と、行く気満々の恭助だが…


『授業はちゃんと受けなさい!』


『えぇ…』


それぞれ、麻美とマナに捕まってしまった。



そして、放課後…


「…ほら、やっぱり前ノリしとくべきだったじゃん」


見学に集まった多くのギャラリーの最後尾で、一真が口を尖らせる。


「大丈夫だよ、20人で作る巨大な魔法だよ?ここからでも見えるよ」


「…ふぅ…」


ミナに言われ、一真は渋々頷いた。


「…本当に、一真って魔法好きよね…」


呆れながら、マナが呟いた。

あらゆる魔法に興味を示す一真は、転入から3日も経たない内に、『魔法が異常に大好きな編入生』という、レッテルを貼られていたのだ。


もちろん、周りよりもこちらの魔法に携わった期間が短く、勉強しなければならないのもある。だがやはり、1番の理由は、一真が持っている元々の探求心だろう。


「だって、面白いじゃん」


マナの呟きに、一真はそう答えた。


「…おっ、来た来た…」


校庭の様子を伺っていた恭助が、そう呟いた。どうやら、魔法研究学科の生徒達が準備を始めたらしい。だが…


「…全然見えないし」


一真は、不満そうに呟いた。


「探索系の魔法は、恭助の専門分野だからねぇ…」


「唯一の特技よね?」


「褒めてんの?貶してんの?」


マナと麻美の言葉に、恭助が眉をひそめる。


「…探索って、霊属性だったよね?」


一真が突然、隣のミナに聞いた。


「え?…うん、そうだよ?」


「サンキュ」


ミナに礼を言って、一真はポケットに手を入れ、クロスを握り締める。


("霊層の名の元に…我に仇なす者を炙り出せ…スピノ=ルーチェ")


一真が、頭の中で魔法を詠唱する。すると、クロスが輝き、一真の足下から霊属性の魔力が辺りに放たれた。


スピノ=ルーチェ…豊の霊結界の如く、範囲内の情報を得る魔法である。


(…よし、見える)


どうやら、恭助の見ている物と同じ物が、一真にも見えるらしい。


23人の、白衣を来た男女…背中には、魔法研究学科の文字…


その全員が、円形に広がり、それぞれの杖を頭上に掲げていた。


「…始まるぞ」


一真も見ているとは知らずに、恭助が解説を始める。


「人数は23…円形に広がって、杖を上に挙げてる」


「…ありゃ駄目だな」


一真は、思わず呟いた。


「…何が?」


「立ち位置が微妙にずれてるし、杖の高さもバラバラ…やろうとしてんのは合体魔法なんだろうけど、あれじゃ確実に失敗だよ」


『…』


一真の解説に、4人が黙り込む。


「一真…お前、見えてんのか?」


「…えっと、断片的に…」


恭助の言葉に、一真は嘘をついた。


そして、合体魔法の詠唱が始まる。


『"光轟の名の元に…我に仇なす者を押し潰せ(す)…ライズ=ボルジア(ン)"!』


23人の声…それすら、微妙にずれている。


だが…


『おぉ…』


魔法は、成功していた。巨大な光の塊が、23人の頭上に浮いている。


「…」


周りの生徒から感嘆の息が漏れる中、一真は1人、眉間に皺を寄せる。


円も、杖位置も、詠唱もバラバラ…それなのに、形を成した光の球体…そして、魔法研究学科の生徒達の、達成感に満ちた笑顔…


(…何かがおかしい…)


一真がそう思った時…不意に、魔法研究学科の生徒達の顔から笑みが消えた。


「…何だ?」


そう言って、恭助が首をかしげる。


巨大な光の球体…それが徐々に、漆黒に染まって来ているのだ。


「まだ続くのかな?」


「…でも、慌ててるみたいだよ?あの人達…」


麻美の呟きに、ミナが答える。ミナの言う通り、魔法の下にいる23人が、必死の形相で杖に力を集中させていた。


「…まさか、暴走!?」


マナが叫ぶ。その瞬間、見学していた生徒のほとんどが、凄まじいスピードで校舎内へ避難し始めた。


「…逃げ遅れたな」


『…』


恭助の声に、女の子3人がうつ向く。そんな中、一真は…


「…」


一真は無言で、漆黒の球体を眺めていた。ただし…球体を凝視するその左目は、金色に変色し、緋色の文様が描かれていた。


真眼…全てを知る眼の、端末…


(…何だ?あれ…)


一真は、眉をひそめた。



漆黒の球体の、内部…一真の左目には、光属性の魔力とは異なる魔力を放つ物体が映っていた。


「…あれが元凶か…」


魔法として形を成すはずのない魔法…それを無理矢理、形にしている物体…


「…マウン?」


一真は、首をかしげる。その物体は、数週間前に一真が大量に破壊した、宇宙人の兵器にそっくりだったのだ。


「…麻美、マウンだ」


「え!?何処?」


「あの魔法の中」


一真は言いながら、漆黒の球体に右手を伸ばす。


「恭助、マナ、ミナ、ちょっと下がってろ」


一真の言葉に、恭助が首をかしげる。


「一真、何する気だよ」


「あの魔法を消す」


一真の言葉に、3人は唖然とする。だが、一真はそれを気にせず、麻美に指示を出す。


「麻美は、マウンの捕獲を頼む」


「了解。"フェノアールト、ロッド"!」


一真に言われ、麻美が杖を構える。


「よし」


一真が、漆黒の球体に向き直る。すると…


「ちっ…気付かれた」


漆黒の球体が、一真達に向かって来る。それを見た一真は、顔をしかめた。


「マウンごと吹き飛ばすぞ」


「出来ればマウンは残してほしいんだけど…」


一真の言葉に、麻美が苦笑する。


そんなやり取りの間にも、漆黒の球体は一真達に…校舎に向かって来る。


「じゃあ…出来るだけ、頑張ってみるよ」


一真はそう言って、右手に意識を集中する。右手の手の平に、白い光が溢れ出す。


「…マナ、ミナ、校舎にバリアを張ってくれ」


『バリア?』


一真の言葉に、2人は首をかしげる。


「早く!校舎が壊れるぞ!」


『えぇ!?』


一真に言われ、2人は慌てて校舎へ向かう。


「一真、まだなの?」


「あと1分ぐらい…」


麻美の言葉に応え、一真は左手を右手に添える。光は、右肘まで届いていた。


「一真、オレは何をすれば良いんだ?」


「マナミナの作ったバリアを守ってくれると助かる!」


「了解!」


恭助は一真に敬礼し、校舎へ向かって駆け出す。


『"流壁の名の元に…我らに仇なす者を弾き返せ…ラ・アロス=シリウル"!』


マナとミナによる、合体魔法…研究学科の実験なんかより、ずっと洗練された物だ。


2人の杖から放たれた青い光が、校舎を包むバリアになる。


「一真!OKだ!」


「おう!」


恭助の言葉に、一真が応える。


「"懺悔の名の元に…我に仇なす者を浄化せよ"」


一真が呪文を詠唱する。右手に貯めたコンフェシオンを使用した、ヴェルミンティア式の魔法だ。




この学校に編入してから、一真は自分の魔法についての実験と考察を重ねていた。その結果、いくつかの事実が判明したのだ。


まず…コンフェシオンを身体の外に放ち、魔核の封印を解いていくと、魔力は増えるが、当然…コンフェシオンの量は少なくなる。


つまり、コンフェシオンを放つ為の"タメ"が必要になるのだ。


だが、魔力が増えるのだから、コンフェシオンを操ることは段々楽になっていく。


更に実験と考察を重ねた一真は、コンフェシオンと光属性の魔法の相性が良いことに気付いた。つまり…




「…"ライズ=コンフェシオン"!」


一真の右手から、まばゆい光が放たれる。一真の世界で言う、ディバイン・バスターと同じ原理の魔法だ。


「すげぇ…」


恭助が、思わず呟いた。一真の放ったライズ=コンフェシオンは、漆黒の球体の8割方を消し去り、遥か彼方へ飛んで行った。


「麻美!」


「"捕縛の名の元に…我に仇なす者を捕らえよ…ピルト=キャプル"!」


一真の言葉と同時に、麻美が呪文を詠唱する。麻美の杖から放たれた光の帯は、漆黒の球体の中心に居たマウンに巻き付き、地面に引きずり下ろす。


「マナ!ミナ!球体の残りから校舎を…」


『わかってます!(るわよ)!』


2人は同時に応え、バリアに意識を集中する。しかし…


『うっ…』


思いの外、球体の威力が残っていた。バリアをもってしても、まだ球体は残っていた。


「"樹枝の名の元に…我に仇なす者を貫け…パルス=ピアード"!」


すかさず恭助が、地面から木の槍を放つ。上手く球体を貫いた物の、あと少し…球体が残っている。


「"殲光の名の元に…我に仇なす者を貫け!"」


一真が咄嗟に、固有魔法を詠唱する。


「"デリス=ピアード"!」


一真が右手を振り抜くと、漆黒の槍が放たれ、球体を消し去った。だが…


「…あっちゃあ…」


漆黒の槍が校舎に擦り、屋上付近に風穴が空いた。


結局、校舎への被害は一真の空けた風穴のみ…それも、一真が修復したので、実質被害0だ。


マウンが関わっていたことから、魔法研究学科の23人もお咎め無し…この件の処理は、異空間管理委員会に委託された。






一真は、悩んでいた。魔核を解放するか否かを…だ。


正直な話…コンフェシオンは有効に活用出来ている。光属性の魔法と併用して、バスター並の魔法として使用可能になった。


8つの台座…抜いた剣は2つ。そして、今…


「…"第3の封印"」


3つ目の剣が、光を放っていた。


たった2本解放しただけで、"タメ"に必要な時間が大幅に増えたのだ。3本目を解放したら、更に"タメ"に時間がかかる。


「…まだ、良いかな…」


一真はそう言って、封印に背を向けた。しかし…


「…ん?」


物音が聞こえた。一真の背後からだ。


振り向いた一真は、首をかしげる。触れてもいないのに、第3の封印の剣が震えていたのだ。そして…


「…えぇぇ…」


剣が、真上に吹き飛んだ。台座から、魔力が溢れ出す。


「強制的に…」


一真には最初から、選択権が無かったらしい。


こうして、一真の魔力は着々と、元の量に近づき始めていた。








一真が目覚めると、そこは教室だった。それも当然だ。心の中に入る為に、急いで教室に戻り、机に突っ伏したのだから。


「暗いな…何時だ?」


一真が目を凝らし、時計を見る。


「6時だよ」


応えたのは、麻美だった。


「異空間管理委員会から呼ばれてるよ、一真」


「…"ティアから"の間違いだろ」


言いながら、一真は席から立ち上がり、バッグを背負う。


「悪いな…待っててもらったみたいで」


「ううん、全然…報告書、書いてたし」


先程の、マウンに関する報告書だろう。


「そうか?ならいいけど…」


「うん…それじゃあ、そろそろ行こうか」


麻美も、自席から立ち上がる。


2人は揃って教室を出て、異空間管理委員会…ティアの城へ向かった。








「宇宙人の活動が、本格的になって来る…この世界の先に、混沌が見える…」


まるで、自分が予言したかのように、ティアは言った。


「…つまり、今日みたいな事件が多くなってくるわけだ」


自分なりの解釈を、一真が答えた。


「そういうこと。忙しくなると思うけど、頑張ってほしい」


「お任せ下さい!」


麻美が即答する。そして…


「…一真、返事は?」


「え?オレも?」


麻美に言われ、一真が眉をひそめる。


「当たり前じゃない!何の為に編入したと思ってるのよ!」


「…知らないんだけど…」


一真はそう言って、顔をしかめる。自分が学校に編入したことが、麻美たちにとっての有益であるということは…


「…おい、まさか…」


「久城一真…君は、異空間管理委員会の"嘱託"になったんだ」


嘱託…つまりは、仕事を手伝う契約をした…みたいなことだ。


「嘱託!?聞いてねぇよ!」


「当然だよ。昨日付けで、尚且つ私が勝手にやったのだから」


「はぁ!?」


一真はもう、唖然とするしか無かった。


「ちなみに…ヴェルミンティアにはまだ、異世界人の為の法律は無い」


「オレ、人権とか一切無いんだ!」


酷い扱いだ。


「ルイズ・レーヴェルトの姓を名乗っているものの、今の君は全てが偽りの経歴…意味はわかるね?」


脅しまでかけてきた。


一真はもう、何も言えなかった。


「ちなみに、コードネームだが…」


「そんな物まで…」


そう言ったものの、よく考えてみると、異空間管理委員会はこの世界ではかなり大きな機関…コードネームぐらい、あっても不思議じゃないのかもしれない。


「君のコードネームは、"殲虹"よ」


「せんこう?」


「"殲滅の虹"で"殲虹"」


このコードネームに、麻美は吹き出しそうになった。


一真にピッタリだと思ったのだ。この世界に来た翌日の一真は、まさに"殲虹"だった。


「"殲虹"ねぇ…」


「管理委員会嘱託、殲虹の一真。今後とも、頑張ってくれ」


「はぁ…」


一真は、溜め息に似た返事をした。


どうやら…一真には、ホームシックになっている暇も無いらしい。



久城一真…改め、一真=ルイズ・レーヴェルト。


ヴェルミンティア異空間管理委員会、嘱託。防衛局魔導隊、Xクラス魔導師。


固有魔法、デリス


コードネーム…"殲虹"




「…はぁ…」


麻美に渡された紙を読んで、一真は溜め息を吐いた。


学院の事件から、3日が経った。

生徒達も、ようやく事件の話題に飽きたらしく、平穏な学校生活が戻って…


「一真!おい一真!」


…来なかった。


「…うるせぇぞ恭助。人の名前を連呼すん…」


「固有魔法を見せろ!」


「…はぁ…」


またか…と、言った感じに、一真は再び溜め息を吐いた。


例の事件の最後…一真の使った固有魔法が、それを目撃した生徒達の興味を目一杯、惹いてしまったのだ。


この3日…毎日だ。毎日、一真は魔法をせがまれていた。


「嫌だって言ってんだろ」


「見せろって言ってんだよ!」


不毛な問答の繰り返しだ。




一真の固有魔法…"デリス"に関する生徒達の認識は、曖昧だ。




黒いから、属性はきっと闇だ。


だけど、闇属性の魔法は基本的に"幻覚魔法"…あんな攻撃、出来るとは思えない。


それなら、闇をメインに他の属性の魔法を組み合わせて…




等々、興味のあることについて色々な可能性を考えている彼らは、戦技科にいながら魔法研究も怠らない優秀な生徒と言える。


「吐け!」


その"優秀な生徒"の代表が、恭助だ。


(うざい…)


一真は顔をしかめ、椅子から立ち上がる。


「おい、何処行くんだよ?」


「調理室」


恭助に適当に答え、一真は教室を後にした。


「授業始まるぞ!ってか、何で調理室…」


恭助の声を聞き流し、一真は調理室方面に歩き出した。






調理室に行くと言ったものの、一真が到着したのは屋上だった。


調理室は、他のクラスが使用中なのだ。しかし、そんなことは大した問題ではない。そもそも一真は、1人になれるなら何処でも良かったのだ。


屋上に出た一真は、屋上の真ん中まで歩き、仰向けに寝転がった。


「…はぁ…」


一真の溜め息には、ほんの少しの解放感が含まれていた。


見上げた空は、雲1つ無い晴天…聞こえるのは、風の音だけ…


「…静かだなぁ…」


一真は、今の現状に満足だった。この世界に来て、ようやくプライベートな時間を過ごせているような気がするのだ。


後で麻美に怒られるだろうが…そんなこと、今はどうでも良い。


ただただこの時間を、堪能したいと思った。しかし…


「…あの…」


「ん?」


一真は首をかしげ、右を向いた。


「サボりは、いけないと思います」


1人の女の子が、一真のプライベートな時間に踏み込んで来た。


「…えっと…」


誰?なんでここに?ってかそっちもサボりじゃん?


そんな疑問が頭をよぎり、一真は、何を言うべきかわからなくなった。


「私、キョウコと言います。キョウコ=セントラルです」


「あ…どうも。オレは…」


「"久城"一真さん…ですよね?」


その一言で、一真は飛び起きた。


『なんでオレの名前…』


一真とキョウコが、同時に言った。


「…未来が見える魔法か」


「そうです。霊属性の亜種に属します」


一真が言い当てることも知っていたらしく、キョウコは微笑みながら答えた。


「なるほどね…ティアなんかより、よっぽど予言者らしいな」


一真はそう言って、その場に座り込んだ。


「それで?予言者キョウコはオレに何か用が?」


「…キョウコで良いです。予言者は止めて下さい」


そう言って、キョウコは複雑な表情で苦笑いする。


「私がここに来たのは…あなたに伝えるべきことがあるからです」


先程とは一転…真剣な表情で、キョウコは続ける。


「今日のお昼過ぎ…アクオ・ベルベオンに、大量のマウンが現れるの」


「…アクオ・ベルベオンの何処に?」


驚く前に、一真は質問した。


アクオ・ベルベオンは国の名前であり、地名は他にあるのだ。しかし…


「…さぁ?」


キョウコには、具体的な場所まではわからないらしい。


「アバウトだなオイ!範囲でかいわ!」


「一応、辺りの風景は見えるの。だけど、場所の名前を特定出来なくて…」


「…ちょっと来てくれ」


そう言って、一真はキョウコの手を掴み、走り出した。



授業中にも関わらず、教室の後ろのドアが、勢いよく開かれた。


「一真君、遅刻なんだからもう少し静かに…」


「授業中止!お前らちょっと手伝え!」


教師の言葉を遮り、一真が叫ぶ。すると…


「おい、真ん中空けろ真ん中」


「机は全部、端に退かせ~」


一真の号令に応じて、クラス全員が動きだす。教師は、唖然とするしか無かった。


「麻美、直ぐにあおいとハウルを召集出来るように、待機」


「了解」


一真に応え、麻美はポケットからフェノアールトを取り出す。


「あと…誰か、アクオ・ベルベオンの地図を出してくれ」


「地図だな?ちょっと待ってろ」


生徒の1人が、ポケットから小さな球体を取り出し、宙に放り投げる。すると、それは教室の真ん中で巨大化し、世界地図になった。


「えっと…"範囲、アクオ・ベルベオンに固定"」


言葉と同時に、地図がアクオ・ベルベオンだけを映し出す。


「これで良いか?」


「サンキュ。次に、恭助」


「おう、どうした?」


「この子の頭の中…考えてることを、教室の壁に映してほしい」


そう言って、一真はキョウコを恭助に向かって突き出す。


「…どちらさま?」


「えっと…初めまして、隣のクラスの、キョウコ=セントラルと言います」


「あぁ…オレは、秋月恭助。よろしく」


「挨拶とか良いから、早くしようよ早く!」


互いに挨拶する2人に、一真が言った。


「あぁ…つまり、霊属性の"同調"と"映写"の併用だな?」


恭助はそう言って、キョウコの右肩に手を乗せる。


「"映写の名の元に…汝の思いを映し出せ…スピノ=ミベルラ"」


呪文を詠唱した恭助の左手から、壁に向かって何かが放たれた。


半透明のスライムに似たそれは、壁にぶつかると同時に、正方形に広がり始めた。


「…何、これ…」


そこに映った映像を見て、麻美が呟いた。


凄まじい量のマウンが、津波の如く押し寄せて来る…


逃げ惑う人々…破壊される家屋…


「ここが何処だかわかるやつ、居ないか?」


一真の言葉に、クラスメートは皆で首をかしげる。


建築様式などから、アクオ・ベルベオンであることは判る。だが、具体的な地名はわからない…と、言った感じだ。


「キョウコ、マウンが来るのは何時頃かわかるか?」


「正確な時間はちょっと…でも、私に見えるのは極近い未来だから…」


数分から数時間…猶予は無い。


「どうする…誰か、地理に詳しいやつ…」


頭を抱える一真。だが…


「…ユニちゃんに聞いてみたら?」


「そうだよ、ユニちゃん地理の先生だし」


「…なるほど、担任か…」


一真は呟き、教室から飛び出して行った。






「…これは…」


恭助の映し出した映像を見て、眼鏡をかけた茶髪の女教師が眉をひそめる。


ユニ=スプリング先生。地理の先生で、一真達の担任である。


「先生、何処だかわかりますか?」


「ん~…建築様式は"純ベルベオン式"…風車…風の強い地域…木…広葉樹…山…山?あっ…」


ユニ先生は、一真達に向き直る。


「"レディア神山"よ、この山」


「地図で言うと何処ですか?」


一真が言うと、ユニ先生がポケットから魔石を取り出し、地図に向かって放り投げる。


「ここが"レディア神山"…学院からだと、方角は北ね」


先生の魔石が白く輝き、地図に山の位置を示す。


「麻美、現地に向かいながら、あおい達も召集してくれ」


「了解。あと、応援の小隊も呼んでおくね」


一真に応え、麻美は教室を後にする。


「よし…皆、ありがとな。助かった」


一真はそう言って、教室の窓枠に飛び乗った。


「頑張って来いよ一真!」


「負けるんじゃないわよ!」


「あぁ、ちょっと行ってくるわ」


クラスメートの声援に応えながら、一真は外に飛び出し…


「"フェルクルク"!」


空高く、舞い上がった。


よく考えてみれば、おかしな話だ…と、一真は思っていた。


彼女は…キョウコは、未来を見ることが出来る。つまり、キョウコの見た未来は、実際に起こることだ。


一真がどんなに急いでも、あの村は壊滅してしまう…


そう決まっている。それ故に"予言"…


"予言者"ティアでさえ、未来を知っていること故に、束縛されているにも関わらず、キョウコは何の対価も無しに知り、動いている。


…魔力のみを対価に、そんなことが可能なのだろうか。


「…無理だろ」


一真は呟いた。そんなことは不可能だと…そう、結論付けたのだ。


だが、一真は現地に向かっていた。何故なら、彼女の"予言"に"真実の部分"が混じっていると思えたからだ。


だが…それが"真眼"がもたらした結論か、あるいは一真の気まぐれかは、定かではない。




現地に到着した一真は、安堵の息を吐いた。


「当たりだ…」


恭助の映し出した映像にあった光景が、そこに広がっていた。ただし、マウンはまだ居ない。


「カズ兄!」


一真が辺りを見回していると、空からあおいが降りて来た。


「来たか。ハウルと麻美は?」


「ハウルちゃんは空から警戒、麻美姉はまだ来てないみたいだよ」


杖を構えつつ、あおいが言った。


「そうか…まぁ、今のところは問題なさそうだな」


そう言って、一真はその場に腰を下ろす。


「…あおい、"宿題"はやったか?」


一真の言葉に、あおいは顔をしかめる。


「…読んだよ…中級魔法に関する本…」


「どうだった?何か覚えたか?」


「…1つだけ」


申し訳なさそうに、あおいはうつ向いた。


一真の言う宿題とは、"中級魔法を覚えること"だ。


今まで使っていた魔法は、全て"初級"に位置する魔法であり、これが"中級"になると、詠唱が長文になる。だがその分、魔法の威力も上がる。


「おぉ…1つでも大したもんだ。攻撃系の魔法だよな?」


「うん。雷属性の威力高め…スピードもそこそこだよ」


あおいの言葉に、一真は微笑む。彼女は、やはり、一撃必殺を求めているらしい。


「ただ…」


あおいは、浮かない顔をしていた。


「…どうした?」


「…威力が強すぎて、反動で後ろに飛ばされちゃうんだよ。あと、意識も飛んじゃうし」


「…やっぱり、まだ早かったかな…」


中級魔法は、中学3年生ぐらいで勉強を始めるのが常識なのだ。しかし一真は、小学生の2人に中級魔法を覚えさせようとしている。何故なら…


「大丈夫!もっと練習して、ちゃんと使えるようにするから」


2人が、中級魔法を望んだから…


正直な話…一真は、2人が中級魔法を覚えることに反対だった。


魔力量や、身体の成長…諸々の理由故に、まだ早いと思ったのだ。しかし…


『教えてくれないなら、独学でも…』


と、2人に言われたのだ。放っておいてもやるのなら、指導した方がまだマシ…そう思った一真は、渋々了承したのだった。


「無理はするなよ?何度も言うけど、本当はまだ早いんだから」


「うん、わかってる」


素直に返答し、あおいは空を見上げる。


「…でもね、ハウルちゃんは2つ覚えたんだよ?中級魔法」


「えぇ…」


一真は思わず、顔をしかめる。初級魔法よりも遥かに難しい中級魔法を、短期間で2つ…


「まぁ…両方、武器化系統の魔法だけど」


「それでもちょっと頑張り過ぎだろ…」


そう呟き、一真は空を見上げる。


「…お、麻美も来たみたいだな」


空中のハウルに、麻美が合流するのが見えた。2人は二言三言話した後に、下に降りて来た。


「一真、マウンは…」


「まだみたいだ。そもそも、本当に来るかどうかもわからない」


一真の言葉に、麻美は眉をひそめる。


「…最悪の場合を考えて、ここに来た…ってこと?」


「そんな所かな。でも、何かが起こるのは確かだと思う」


一真はそう言い切って、一真はハウルに視線を移す。


「ハウル…お前、頑張り過ぎ」


「…え?」


突然の指摘に、ハウルは首をかしげる。


「"宿題"の話だよ」


「あ…あぁ、中…"宿題"ですか」


そう言って、ハウルは額にかいた冷や汗を袖で拭った。



「…宿題って?」


麻美が首をかしげる。しかし、正直に話すわけにもいかない。


「…図書館で本を借りて、属性に関する知識を深めろって言ってあったんだよ」


尋常じゃない冷や汗をかきながら、一真が言った。


「そう…あんまり2人に無理させちゃ駄目だよ?」


「もちろん!」


麻美に即答しながらも、一真の中で罪悪感が増えて行く。


誰にも秘密で、2人が中級魔法の勉強を始めてから、積もりに積もった麻美への罪悪感…


だが…その罪悪感は、今日を境に、軽減することになる。




『こちら、応援部隊A。コードネーム"空桜"-くざくら-、応答願います』


麻美の魔石に、通信が入る。"空桜"は、麻美のコードネームだ。


「こちら空桜。どうかしました?」


『神山の裏側にて、多数のマウンを発見。今までに観測されたことの無い動きを見せています』


「マジで来たか…」


そう言って、一真は顔をしかめる。


「…それで、マウンはどんな動きを?」


『合体です』


麻美の言葉に、応援部隊隊員は即答する。


『ただ…今までのような、単純な合体ではなく…』


「変形が入ったか!」


『そう…そうです、変形が…』


「よぉし、期待出来そうだ」


隊員の報告に、一真は満足気にうなずく。しかし…


「…何に期待してるのかな…一真?」


「いや…別に」


麻美に睨まれ、一真は苦笑する。


…そして、遂に…


『合体したうちの1体が、そちらに向かっています!』


「あおい、ハウル、一真、準備して!」


『はい!』


麻美の言葉に、あおいとハウルが構える。


「"ライフェクト"!」


防護服を着て、一真も準備万端だ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ