4.魔法使いと紅蓮・華颶夜姫
(え?リク?大丈夫か?)
(大丈夫じゃないわよ…)
(!?)
(人の名前…大声で叫ばないでよ!…恥ずかしいじゃない)
(そっちかよ…てか、今どこ?まだ近く?)
(それはまた後で…とにかく、カズマは華颶夜を持って来て)
(華颶夜?お前が捕まってるのに?)
(カズマに助けてもらったら、ついでにピエールも退治するのよ)
(ポジティブだなぁお前…その性格うらやましい)
(バカ言ってないで早くしてよ!このままじゃサオリと私、殺されちゃうのよ!?)
(あぁ!わかった…でも)
(何よ?)
(お前から、なんか余裕を感じる)
(はぁ!?こっちはマジで死にそうなのよ?マジでくたばる5秒前よ!?余裕もクソもあったもんじゃ…)
(切羽詰まった人間は、そんなに口数多くないだろ…)
(だってどうせ助けてもらえるし?)
(余裕なんじゃねぇか)
(あんた次第でしょうが!―――――信じてるんだからね?)
(…)
(さっき飛んで来てくれて…ほんのちょっとだけ、嬉しかった)
(…素直じゃねぇなぁ)
(殺すわよ!?)
(冗談だって…すぐに行くから待ってろ――――絶対に助けてやるよ)
(…ねぇ、カズマ?)
(ん?)
(守ってみせる…オレの、命に代えても!!――――って言って?)
(いっその事、くたばって下さい)
(照れるなよぉ♪)
(照れるに決まってんだろ!恥ずかしいわ!)
(アハハハ!そんじゃま、よろしく)
(あ、リク?)
(ん?)
(お前は、守ってみせる…オレの、命に代えても)
(…サオリもね?)
(軽く受け流すんじゃねぇぇぇ!!!)
(冗談だって♪そんじゃ、よろしく)
(あぁ、任せろ)
一真は梨紅との会話を終え、猛スピードで暖の元へ戻って行く
(…っこよかったなぁ…)
不意に、梨紅の声が聞こえてきた。
(リク、通話中)
(え!?マジで!?きゃぁぁぁぁ!!!あいた!)
(あいた?)
(なんでもないわよ!ちょっと頭ぶつけただけ…)
(あっそ…じゃあな)
(うん、またね)
…捕まった人間と、助けようとしている人間の会話とは到底思えない…
「あ、ダンめっけた」
一真は急降下し、暖とすれ違うように道路に沿って飛行する
「カズマ!二人は…」
「話は後だ!」
「え…」
暖が「え?」と言う前に、一真はダンの左手をつかんで舞い上がる
「なんなんだよ突然!」
「悪い!二人を助ける手伝いをしてほしいんだ!」
「え?お…おぉ!オレに出来る事なら喜んでやるぞ!」
「助かるよ、親友!」
「礼には及ばないぜ親友!んで?オレは何を?」
「荷物持ち」
「喜んで損したぁぁぁ…」
梨紅の部屋の窓を開けて、中に侵入する二人の男子高校生…
「お邪魔しま~す」
「お邪魔しま~す…じゃ、ねぇ!何だよお前!不法侵入か!?」
「ちゃんとリクに許可とってある」
「へぇ…タンスの引き出しを開ける許可は…」
「開けたら殺すそうだ」
「…気をつけま~す」
「…あった。ダン、これ持って」
「何これ?長い筒…笛?」
「真剣」
「ぅおい!嫌だよ!持ちたくねぇよ!指紋付けたくねぇよ!警察に突き出されたく…」
「突き出さねぇよ!深く考えすぎだっつの」
「ならカズマが持てよ!」
「悪いな…オレがそれを持つと、魔力を吸われて魔法が使えなくなるんだ」
「…あ、ほら、オレにも魔力が…」
「何言ってやがるバァカ!てめぇは超純粋なナチュラル一般人だろうが!」
「っせぇよ!魔法使えるのがそんなに偉いか!自慢か!?」
「馬鹿野郎…馬鹿野郎!」
「だからなんで!?なんで2回!?」
「オレだって普通の…お前みたいなナチュラル一般人だったらどんなに幸せか…」
「…?」
「オレだって、普通に学校行って、普通に勉強して、普通に部活して、普通に彼女作ったりしたいさ…」
「…出来ないん?」
「まず、普通に学校に行く事が出来ない」
「通ってんじゃん」
「お前は、魔法を使って空を飛んで通学するのが普通だと言うのか?」
「なら歩けば…」
「主にてめぇが使わせてんだろうが!」
「そんなのお前次第でなんとでも…」
「もう二度と、ダンには魔法使わねぇ」
「冗談きついぜ♪オレが留年しちまうじゃねぇか」
「知らんわ!」
「はい、次…普通に勉強…これは?」
「一応普通に勉強してる…が!」
「何だよ」
「宿題を忘れて、魔法を使ってオレの宿題を写す時間を作ったりするのは…」
「今城か…」
「お前もだろ」
「それもあれだろ?お前次第だろ」
「そんな事…あるか?」
「…次、部活?部活は入っただろ?」
「果たして普通と言えるのだろうか…魔法使いに退魔士に半魔に馬鹿が集まった部を」
「さりげなく一般人のオレを同じカテゴリーに入れんな!しかも馬鹿って…」
「次!」
「無視!?」
「これが重要だ…」
「何だっけ…学食?」
「彼女だ!」
「作れば?お前、結構モテてるじゃん?オレと違ってなぁぁ!!!」
「それはお前が手当たり次第にちょっかい出すからだろうが!それに、モテるってもみんな魔法目当てだろ…」
「じゃああれか?好きな人がいるのか?」
「…」
「図星かよ!マジで?誰?誰!?」
「修学旅行の夜中に盛り上がるネタは良いっ…」
「あれか?魔法使いだから、その子と付き合ったり出来ないとかか?」
「…」
「おいおいおいお~い!!しっかり青春してんじゃねぇか!!何だよそのシチュエーション!激レアじゃん!燃えるじゃん!」
「お前もポジティブだなぁ…」
「お前がネガティブすぎんだよ!まぁ、相手は今城だとして…」
「なんで!?」
「違うのか?」
「違…わ、ないけど…」
「てか、みんな知ってるしね?お前が今城好きだって」
「はぁ!?何それ?何それ!?ありえねぇ!」
「あんだけ仲良さげで熱々バカップルやってんのに、付き合ってねぇ方がありえねぇ!」
「…」
「てか、絶対今城もカズマの事好きだって…」
「マァジでぇ!?それは確かか!?」
「確かかはわからん」
「何だよ…ぬか喜びかよ…」
「…んでそんなにネガティブかなぁ!ポジティブに行けよ!」
「…オレがポジティブになったら、お前とキャラ被るぞ?」
「ふ…却下だ!このキャラは譲らね…」
「いらねぇし」
「盛り上げて断ち切るの止めろや!!」
(カズマ~?)
梨紅の心の声が響いた。
「あ…ダン、ちょっと待ってろ(はいはい?こちらリクの部屋のカズマ)」
(…変な事してないでしょうね?)
(変な事…修学旅行の夜中に盛り上がる事なら…)
(何よそれ…あんた、助けに来る気あんの?)
(あるよ!むしろ助けに行く気しかねぇよ!)
(そう、ならいいわ…今、貴校の屋上にいるから)
(学校かよ!ピエールは?)
(サオリを口説いてる)
(はぁ?何だそりゃ)
(とにかく早く来てよ?こっちは毒リンゴ食べた白雪姫状態で待ってるから)
(寝たまま連れて帰るのめんどいから起きてろ)
(…はぁ、鈍感ねぇ)
(ほっとけ)
(じゃ、待ってるから)
梨紅との通信が切れた。
「よし、行くぞ?ダン」
「どこに?」
「学校の屋上に」
「何しに?」
「二人を助けに」
「誰が?」
「オレ達が」
「どこ…」
「ぶっとばすぞ♪早くそれ持て!」
「オレは場を和ませようと…」
「いらん事すな!行くぞ、"スカイ!"」
暖の左手を掴み、一真は梨紅の部屋から飛び出した。
窓を閉め、華颶夜を持った事を確認し、二人は学校へ向かって行った。
「…なぁ、カズマ?」
「何?」
「オレって行く意味あんの?」
「馬ッ鹿お前…あるに決まってんだろ!」
「いやいや、一般人ですよ?オレ」
「良いか?よく聞け一般人」
「おう」
「オレがピエールの野郎を引き付けるから、その間にダンは屋上の二人を救出するんだ」
「なるほど…でも、どうやって?」
「どうやってって…二人が縛られてたらハサミとかナイフで切って…ダン、刃物持ってる?」
「バッグにハサミなら…てか、この剣じゃ駄目なん?」
暖は右手に持った華颶夜を一真に見せる。
「無理無理!それ、退魔士にしか抜けないから」
「じゃあ、カズマにも抜けないんだ…」
「…」
「カズマ?」
「と…とにかく、ダンはハサミで二人の救出を…」
「あ~…それなんだけどさ?」
「あ?」
「…ごめん、今城の家にバッグ忘れた」
「てめぇ!!凡ミスしてんじゃねぇよ!!」
「ドンマイ♪」
「それはお前のセリフじゃねぇぇ!!そしてオレは絶対に言わねぇ!!」
「てか、ドンマイってどういう意味?」
「意味知らないくせに使ってんじゃねぇよ!!気にするなって意味だよ!」
「へぇ…あのさぁカズマ?さっきから思ってたんだけど…」
「今度は何だよ!」
「…お前、この1時間で…もっそい髪伸びてねぇ?」
「はぁ!?お前何言って…え?」
実際、暖の言った通りだった。一真の髪は、耳が半分隠れるぐらいの長さだったはずなのに、今では肩の辺りまで伸びて来ていた。
「なんだこれ!気持ち悪!」
「怖い話にあるよな…髪が伸びる人形の話」
「関係ねぇだろ…まぁ良い、とりあえずスルーだ」
「スルー?なんでだよ、気になるじゃん」
「学校着いたし」
一真は校庭の真ん中に暖を下ろした。
「じゃあ暖、お前は校舎内から屋上に行ってくれ。作戦は、さっき言った通りだから」
「…え?いや、だからバッグ忘れたって…」
「ドンマイ!」
「気にすんなってお前…」
「あ、ちゃんとその剣リクに渡せよ?」
「注文が多いなお前は!」
「だから、ドンマイって!」
「うるせぇよ!オレもドンマイを正しく使いたいよ!」
「ドンマイ♪」
「だぁからぁ!」
「うるせぇ!早く行け!」
「酷くね!?」
「…なんだか、下が騒がしいな?」
ピエールが屋上のフェンス越しに下を見ると、ちょうど一真が屋上へ上がって来るところだった。
「な…」
ピエールが後ずさると、一真がフェンスに着地し、そのまましゃがみこんだ。
「よぉピエール、二人を返してもらおうか?」
「貴様…何故ここがわかった!?」
「それは言えないんだなぁ…言ったら殺されちゃうから」
「?」
一真はちらっと、屋上のドアの所で縄で縛られている梨紅を見た。
「遅い!アウト!」
「セーフじゃん!生きてるし」
「…ようやく血にありつけると思えば…魔法使いのくせに、何故魔物の邪魔をするのだ!!」
「…魔法使いとか、関係無いし」
「何?」
「魔法使いだからとか、退魔士だからとか、そんな事はどうでも良いんだよ!お前はオレの仲間を誘拐した、だから助けに来た!それだけだ!」
「馬鹿な…退魔士が仲間だと?魔法使いのくせに…」
「だぁから、関係無いっつってんだろ!!」
「お前は知らないのか!?魔法使いと退魔士が、何故敵対しているのか」
「知らねぇし、興味無い」
「教えてやろう…」
「聞いてねぇし!」
ピエールは勝手に話を進め始めた。
「魔法使いってのはな、魔族や魔物が前世の人間なんだよ!」
「へぇ…」
「逆に退魔士は、神や天使が前世の人間だ!だから、魔法使いと退魔士は敵対して…」
「だから、そんなの知らねぇって、どうでも良いから」
「どうでも良い!?オレは魔族だ!お前の前世も魔族…オレ達は仲間…」
「ふざけんなコウモリ野郎、お前とオレが仲間?寝言は寝て言え馬鹿野郎!」
一真はフェンスの上に立ち上がり、ピエールを指差して言った。
「前世が魔族だか何だか知らないけどなぁ、今は人間なんだ!それに、例えオレが魔族だったとしても、仲間を誘拐したお前を仲間だとは認めねぇ!」
断言した一真を、ピエールは…いや、梨紅も沙織も、唖然とした表情で見つめていた。
「…それは、全ての魔族を敵に回す発言ですよ?今ならまだ…」
ピエールが、最後のチャンスを与えてやるような事を一真に言おうとしたが…
「上等だ…リクと二人でてめぇら全員退けてやるよ」
一真はピエールを指していた指を下ろし、手の平をピエールに向けた。
「"ファイア"」
一真の手から火の玉が放たれ、ピエールに向かって飛んでいく。
「…残念ですね…」
ピエールは火の玉をかわし、4枚の翼で空に舞い上がる。
一真もピエールを追って空へ舞い上がり、今まさに…空中戦が始まろうとした所で…
「…よし、行ったか…」
暖が屋上に現れた。
「ダン君!こっちこっち!」
「おぉ!今城、サオリちゃん、無事?」
「無事だから、早く縄をほどいて!!」
暖は梨紅の前を通り過ぎ、沙織の縄をほどきにかかった。
「え?ちょっと!順番的に私が先に…」
「よし!待ってろ?今ほどいてやるから―――――――ごめん、結び目固すぎて無理!」
「え!?ダン君、刃物とか持って無いの?」
「忘れた」
「あんた!いったい何しに来たのよ!?」
「オレが聞きたいわ!!とりあえず、爪で縄をちょっとづつ…」
「馬鹿!そんなことしてたら朝に…」
「あ…」
沙織の驚く声と共に、沙織を縛っていた縄がするするとほどけていく。
「すげぇ!サオリちゃんが爪で縄切ったよ!ほ~ら見ろ今城?爪で切れたじゃん!」
「サオリ!私のも切って!」
「ちょっと待って…爪だけに意識集中するの難しいの…」
梨紅の傍らに座り込み、ギュッと目を瞑る沙織。
「…よし!」
沙織は右親指の爪で、梨紅の縄を切断した。
「よし!ダン君、華颶夜!」
「華颶夜って?」
「その剣!」
「あ、これ?」
暖から華颶夜を奪い取り、鞘から華颶夜を抜く梨紅。
「サオリ、ダン君連れて避難して」
「うん!」
「…あれ?オレって超足手まとい?」
「まぁ…ぶっちゃけ?」
「け!どうせナチュラル一般人ですよ!オレはよ!」
「ダン君…そのうち、一般人で良かったって思える時が来るよ、きっと…」
「サオリ、下手な慰めは逆効…」
「サオリちゃんは優しいなぁ…」
「…そうね、ダン君は凹むような人間じゃなかったわね!サオリ!早く行って!」
「あ、今城?」
「何よ!」
「カズマの髪…ありゃなんだ?」
「髪?」
「あ、そういえば伸びてたよね?あれって…」
「…」
梨紅は昼間の一真の顔を思い浮かべる。
キリッとした瞳に耳が半分隠れるぐらいの黒髪と、一筋の緋色…
次に、フェンスに立っていたさっきの一真を思い浮かべる。
キリッとした瞳に…肩まである黒髪に、一筋の緋色…
「…え?何あれ!?」
梨紅は驚き、ピエールと空中戦を繰り広げる一真に視線を向けた。
ピエールの拳と、一真の右足がぶつかりあう。
「"フレイム・クロス!"」
一真の右手から炎が伸び、1mぐらいの剣になった。
一真はそれをピエールに振るうが、ピエールは後ろへのけぞりそれをかわす。
「んん!…はぁ!」
ピエールが一真に拳を向けるが…
「"フレイム・バースト"」
「!――――ちぃ!」
一真の放った火の玉は、ピエールの目の前で爆発した。
一真はそれから距離をおき、空中で止まる。
(カズマ!カズマ!)
(おぉ、どうしたリク?ダンに二人を助けに行かせたんだけど…)
(来たわよ!何の役にも立たなかった!)
(やっぱり?で、状況は?)
(サオリの半魔の力を使って、二人とも自由にはなったわ。華颶夜も受け取った)
(よし、なら二人を安全なところに…)
(その前に、私達3人からあんたに質問があるわ)
(質問?)
(…その髪はいったい何!?)
(知るか!今はどうでも良いだろうが!)
(気になるのよ!なんで突然伸びてんのよ!)
(こっちが知りたいわ!それに、マジでそれどころじゃないし…)
爆発の時に生じた煙が消えると、そこには4枚の翼で包まれたピエールが浮かんでいた。
正確には、今の爆発で2枚の翼が砕け、残り2枚の翼だ。
「はぁ…はぁ…」
「"ウィンディ!""ウォーティ!"」
一真は、先日土の魔物を倒した魔法で追撃を試みる。
「"ストーム・ストライク!"」
風と水が混ざり合い、暴風雨となってピエールに直撃する。
「グァァァァァァァ!!!」
暴風雨に運ばれ、ピエールは学校の屋上へ叩きつけられる。
(悪い、そっちに…)
(馬鹿!まだ二人が逃げて無いのに!)
一真は全速力で屋上へ向かって飛んでいく。
「ぐ…あの魔法使い…魔力の量が馬鹿げてるぞ…ん?」
ピエールが、自由になった2人に気づいてしまった。
「サオリ、早く行って!」
「逃がしません!!」
ピエールが翼を羽ばたかせると、コウモリの大群が梨紅達に向かって飛んで来た。
「もぉ~…カズマのバカァ!!!」
(なんでオレ!?)
「二人とも、私の後ろへ!」
梨紅は華颶夜を地面に突き刺し、握りを両手で挟む。
「退魔流剣術三刃…"剣の盾"」
華颶夜が一瞬光り、華颶夜の柄から透明の物体が現れた。
それはコウモリの大群から3人を守り、数秒で消えてしまった。
こちらのダメージと言えば、梨紅の頬を一匹のコウモリがかすって行き、少量の血が流れたぐらいだ。
「すっげぇ…今城って、本当に魔物と闘ったりしてんだな…」
「今さら何言ってんのよ!早く行って!」
「あ、うん!ダン君行こう!」
二人は屋上のドアから校内に逃げて行った。
梨紅は華颶夜を構え、その横に一真が降り立った。
「ナイス判断リク!あそこでお前が盾を使うとは思わなかったなぁ…」
「あのねぇ?私だって成長してんのよ。いつまでも子供じゃないの!」
「へぇ…そんじゃま、魔族を倒せるぐらい成長したって事を、証明してやりましょうかね?」
「おぅ!」
二人はそれぞれの構えを取り、ピエールを迎え撃つ体制を整えた。
しかし、肝心のピエールは指先にコウモリを乗せ、ニヤニヤと笑っているのだ。
「…リクさん、あの人笑ってますよ?」
「目を合わせちゃ駄目よ?カズマさん。あれが噂の変質者よ、変質者!」
「いやねぇ、これだから春は嫌よ…」
「…君たちは公園で井戸端会議をしている主婦か?」
ピエールには、二人にツッコミを入れる余裕まであった…これには二人も驚いた。
「随分と余裕じゃないか?さっきまでボロボロだったのに」
「違うわよカズマ、あいつ多分ドMなのよ!だから、痛いのが逆に快感を…」
「違います!」
ピエールは咳払いをして、話し始めた。
「私が何故余裕なのか…簡単です、もはや私に、あなた方の攻撃は効かないからです。」
「へぇ…なんで?」
「特別に教えてあげましょう…」
「口が軽くて助かるわ…」
「この、指先のコウモリには、退魔士の血が付着しています。」
「あぁ、さっきの頬をかすったコウモリね?」
「そう…そして、伝承によれば"退魔士の血を飲んだ者は、人でも魔族でも、退魔士の力を持つ事ができる"らしいのです!」
「なるほどねぇ…退魔士になれば魔法は効かないし、退魔刀の攻撃もダメージ軽減…ってわけか」
「ご名答!」
ピエールは両手を上に突き出し、歓喜のポーズを取る。
「…でもよぉ、その伝承って正確なのか?」
「…へ?」
一真の一言に、ピエールが気の抜けた声を出す。
「だってさぁ、普通魔族が退魔士の血を飲んだら、浄化とかされそうなもんじゃね?」
「…それもそうよね、魔を退く人間の血だし…」
「飲んだ瞬間蒸発したりしてな?」
「悲惨な終わり方ねぇ…」
「…」
二人の会話を黙って聞いていたピエールは、唾を飲み込み、冷や汗をダラダラ流していた。
「「…で?飲むの?」」
「…飲みますよ、飲みますとも!どうせこのままじゃ退治される身です!人間に退治されるぐらいなら、自決の方がマシです!」
そう言って、ピエールはコウモリに着いていた梨紅の血を舐めた。
「…おぉ…」
ピエールは、信じられないと言う顔で自分の手を見つめる。
「おぉ…おぉぉぉぉぉ!!!!!!」
「なんだ?なんだ!?」
「どっちなの…退魔の力を手に入れた?それとも蒸発?」
「おぉ―――――――美味い!素晴らしい味!」
ピエールの2枚の翼が黒から白に変わった。
「…マジで?」
「退魔の力ゲット?」
「ふ…"フレア!"」
一真がピエールに業火を放つが…
「…は!」
ピエールはそれを片手で防いだ。
「ヤバいんじゃね?」
「本気でヤバいんじゃない?」
「ふふふふふ…すっっぶぁ~~らすぃい!!!!これでもう、私に敵はいません!!」
高らかに笑い、ピエールは二人に両手を突き出した。
「"ヘル・フォース"」
巨大な紫の球体が、ピエールの手から放たれた。
「カズマ下がって!退魔流剣術三刃…"剣の盾!"」
梨紅が盾を出すが、紫の球体は盾ごと二人を吹き飛ばした。
「きゃぁ!!」
「ごはぁ!」
一真は屋上の壁に叩きつけられ、梨紅は一真にぶつかった。
「ぉぉぉぉ…背骨が折れる…」
「痛~い…口の中切ったぁ…」
「本気でヤバいよこれ…どうする?」
「とりあえず、あいつを華颶夜で斬るしかないんだから、カズマは隙を作る!」
「だよなぁ…」
一真はピエールに向かって走り出す。
「そんな直線的な動きで、私に攻撃が届くと…」
「"リミット・エクシード!"」
一真は肉体強化の魔法を使った。
加速した一真の動きに反応が遅れたピエールは、横っ面に豪快な蹴りをくらって吹っ飛んだ。
「ごぉ!!」
「おらぁ!」
金網にめり込むピエールに、一真は追撃の飛び蹴りを放つ。
ミシミシとピエールの腹部が悲鳴を上げるが、ピエールは自分の腹にめり込んだ右足を左手で掴み、一真を投げ飛ばした。
「リク!行け!―――――――痛で!」
「ん―――――りゃあ!!!」
梨紅は槍投げのように助走をつけ、ピエールに華颶夜を投げつけた。
華颶夜は真っ直ぐピエールに飛んでいき、あと数秒で胸に突き刺さるという所で…
「ふん!」
ピエールにキャッチされてしまった。
「これが退魔刀ですか…触れた者の持つ魔力を吸い取り、形を変える刀…」
「へぇ、そうなんだ…って!バカリク!華颶夜取られたじゃねぇか!」
「あんたが行けって言ったんでしょ!馬鹿!」
「…君たちは、人の話を静かに聞けないのですか?」
「うるさい!人の話って、あんた魔族じゃない!早く華颶夜返しなさいよ!」
「もちろん、お返ししますよ…」
ピエールは華颶夜に、わざと自分の魔力を吸わせ始めた。
純白だった華颶夜は漆黒に色を変え、形はまがまがしく、殺意を剥き出しにしたような形状になった。
「それではお嬢さん、お返ししますよ?」
ピエールは先ほどの梨紅のように助走をつけ、華颶夜を槍投げのように梨紅へ放った。
「げぇ!あんた私の華颶夜に何すんのよ!」
文句を言いながら、梨紅は華颶夜を避けようと一歩踏み出す…が…
「"シャドー・ハント"」
「え…」
梨紅はその動きを止めた…ピエールの魔法で、止まらざるを得なかったのだ…
漆黒の華颶夜は真っ直ぐ梨紅の心臓へ向かっている…
「え?嘘!?ちょっ…いやぁ―――――――あ…」
華颶夜が、梨紅に刺さる事はなかった…
一真が…梨紅と華颶夜の間に飛び込んだのだ。
華颶夜は一真の腹部に突き刺さり、その形は元の刀に戻っていた。
…だが、純白だった刀は…一真の血で深紅に染まっていた…
「カ…ズマ…」
「…肉体、強化…してて…良かった…」
一真は背中に刺さった華颶夜を抜き、その場に倒れた。
「カズマ…カズマ!」
梨紅は一真を抱き起こし、ひたすらあたふたしている。
「…リク?」
「喋らないで!死んじゃう…死んじゃうから!」
梨紅の目から涙が溢れ出る。
「…お前が、夢に見たのって…」
「喋らないでって…夢?」
(夢を見たの…カズマが死んじゃう夢)
「そう…そうよ、これよ、夢のままよ」
「ハ…ハハ、お前、予知夢とか見れるんだな…すげぇじゃん」
「お願い、喋らないで…本当に死んじゃうよ!」
「まだ大丈…夫だ、夢の中のオレは…まだ、死んで無いだろ…」
「え…?」
「死ぬ前に…リク、キスして…くれよ」
「カズマ…」
「そう言ったんだろ?夢の…中のオレは」
「うん…うん…」
「それが最後か…その後に、一発…逆転があるのかは、わからないけどさ」
「…」
「してみる価値…あると思うんだ…」
「うん…」
二人の会話を、ピエールは黙って見つめている…
若い二人の最後の別れは、邪魔してはいけないと、彼は考えている…
なかなかに、空気の読める魔族である。
梨紅は一真を抱え直し、一真の顔に自分の顔を近づける。
「リク、ずっと好きだったぞ…」
「…私もよ」
「マジで!?あでで…」
「馬ぁ鹿…ふふふ」
「ハハ…マジで死んでも、悔いは無いな…」
「死なないよ…」
「?」
「…勘だけど」
「期待できそうだな…お前、選択問題得意だし」
「…ファーストキスだからね?」
「…実はオレも…ファーストがファイナルにならないと良いなぁ…」
そして…
「じゃ、行くよ?」
「おぉ…」
「…」
「?」
「目…閉じてた」
「あぁ…悪い」
一真は目を閉じ、梨紅は一真の唇に自分の物を徐々に近づけて行く…
二人の唇が触れそうになった時、梨紅は不意に早口で口を動かした。
そして、二人の唇は交差した…
寸前に梨紅が言った言葉は、一真の耳には届かない…
口を動かしただけだから…
しかし…
彼女は、確かに言ったのだ…
一真、大好き…と…
屋上の空気が変わった。
その変化に最初に気付いたのは、ピエールだった。
「…ん?」
さっきまでは、確かに若い二人の最後の別れの雰囲気だったはずだ…
だが今は…
「痛い――――――これは、殺気?」
瞬間、梨紅と一真の足下から真っ赤なオーラが渦巻き始める。
「な…」
ピエールはそのオーラに本気でびびっていた…
一真から唇を離した梨紅は、そのまま床に倒れてしまう。
そして、一真は…
「う…ぉぉ…あれ?リク?」
一真は起き上がり、梨紅を抱き起こそうとするが…
「…あれ?オレ、傷…え!?」
一真は自分の腹部を触ってみる。
服は切れているが、傷口は消えていた…でも綺麗にではなく、真っ白な傷跡が痛々しく残っていた…
「え…なんで?」
一真が立ち上げると、一真の長い髪がサラサラと風にゆらいだ。
…そう、緋色に煌めく、長い髪が…
「…はぁぁぁぁぁぁ!?!?!?!?!?!?!?」
確か、昼間の一真の髪は耳が半分隠れるぐらいの黒髪に一筋の緋色だったはずだ…
それがついさっき、肩まである黒髪に一筋の緋色…
そして遂に…腰まである、煌めく緋色髪に…
「何が、どうなってんだ…ん?」
一真が髪をいじっていると、転がっていた華颶夜がカタカタと揺れ始めた。
華颶夜は突然跳ね上がり、一真はそれを思わず手にとった。
「あ!触っちった…え?」
不思議な感覚が一真を襲う。
いつもなら、触れた瞬間に力が抜けてしまうのに…
「華颶夜…?」
今回は、平気だった…華颶夜は一真の周りを渦巻く真っ赤な魔力を吸い取り、緋色の大剣に形を変える。
(退魔士の血を飲めば、人間でも魔族でも退魔の力を…)
(痛~い…口の中切った…)
「…リクの血を…オレが?」
一真は、気付かずに退魔の力を手に入れていたのだ。
(…紅蓮・華颶夜姫)
「え…リク?」
一真は梨紅を振り返るが、完全に気絶しているようだ。
「…紅蓮・華颶夜姫?」
一真は手に持った大剣を見つめながら、確かめるようにもう一度、その名を言った。
それを見つめ続けていたピエールは、ようやく足の震えを止める事に成功し、一真に話しかける。
「…炎のような緋色の長髪…その魔力…貴様、まさか魔王の…」
「魔王!?オレ、前世魔王?」
「ただの魔王じゃない!歴代の魔王の中で最強と言われた、初代魔王の…」
「生まれ変わり…」
「…多分」
「"フレアァ!"」
超巨大な業火球が、ピエールと屋上を吹き飛ばす。
「あんたは正確な情報って物を持ってないのか!?」
そのツッコミに、答える者はいなかった…
「…あれ?――――――――――なんだこれ!屋上が…やっべぇ!母さんに怒られる!!」
「…魔王の生まれ変わりが、母親を恐れるとは…情けない…」
ピエールは生きていた。ボロボロの体をボロボロの羽根で羽ばたいて支えるその姿は、哀れとしか言いようがない。
「…リクは気絶してるし、華颶夜…あ、紅蓮・華颶夜姫も使える…これは、オレにピエールを倒せって事か?」
「はぁ…はぁ…こ、ここは一度撤退…」
「させると思ってんの?」
一真は紅蓮・華颶夜姫を水平に構える。
「ピエール、お前がこの場にいられるのも、あと10秒だ。」
そう言って一真は笑うが、ピエールは一真の話を聞かずに背を向けて逃げ出した。
「退魔流剣術一刃…改…"緋の三日月"」
一真は紅蓮・華颶夜姫を振るい、ピエールに緋色の三日月を放った。
巨大な三日月は、真っ直ぐピエールへ向かって飛んでいく。
それも、物凄いスピードで…
「く…ぉぉ!!」
ピエールはボロボロの翼を必死に羽ばたかせ、かろうじて三日月をかわすことに成功した。
しかし…
「…あれ…?」
ピエールは避けた。確かに、一真の放った三日月を避けたのだ。だが…避けた瞬間、一真がピエールの脇を通り過ぎて行ったのだ。
ピエールの後方で静止した一真は、こう言った。
「魔法流剣術…"カムイ斬り"」
飛翔魔法第三段階…"カムイ"
そのスピードは音速を超え、あまりの速さ故に、今まで一真には制御ができなかった魔法である。
一真はそのスピードを持って、紅蓮・華颶夜姫でピエールを縦に斬ったのだ。
ピエールは一真を振り返り、言った。
「…やられちゃいましたね…その剣がただの退魔刀なら、まだ逆転の可能性はあったんですがね…」
「…?これって普通の退魔刀じゃないのか?」
「退魔なんて生易しい物じゃありません…退魔の力と魔力が合わさった、浄化の力を持つ刀…言うならば、破魔刀ですかね…」
「破魔刀…紅蓮・華颶夜姫」
「まさか私が、浄化されてこの世を去る事になるとは…あ、そろそろ時間のようです。」
ピエールの体が、白く光り始める。
足下から徐々に、白い粒子になって空へ登り始めた。
「魔法使い…」
「ん?」
「私が人間に転生することになったら…その時は、仲間と呼んでいただけますか?」
「ん~…考えとく」
ピエールは微かに微笑み、粒子になって天に登って行った。
「…妙に人間っぽい魔族だったな…口は軽いし空気読むし…」
一真は背筋を伸ばし、軽く整理体操のように体をほぐす。
「…まぁ、嫌いじゃないけどさ…あんな感じのやつ」
そう天に向かって言うや否や、一真は学校の屋上で寝ている梨紅の元へ向かうのだった。