4.殲虹は魔法を評価される。
一真が連れて来られたのは、防衛局の治療施設の反対にある建物…訓練施設だった。
「…訓練施設なんてあったのか…」
麻美に襟を掴まれ、引きづられながら、一真は建物を見上げていた。
「ここでオレに何をしろと?」
「そうだね…とりあえず、自分で歩いてくれると嬉しいなぁ」
「…」
一真はあえて、麻美の言葉を無視した。
訓練施設の扉を開けると、中には…
「麻美姉、遅いよ!」
「お待ちしてました」
あおいとハウルが、それぞれの杖を構えて待っていた。
「ごめんごめん、一真が歩いてくれなくて…」
そう言って、麻美はようやく一真を解放した。
「…へぇ…」
施設の中を見て、一真は驚嘆した。
そこには天井も、壁も無かった。あるのは、果てしなく続く草原と、青い空…
「…映像か?」
「違うよ、擬似的に空間を作ってあるの」
「異空間か…」
麻美の言葉に、一真は納得した。一真の世界で言う異空間魔法…ポケットに近い物らしい。
「…で、オレはここで何を?」
「2人と戦ってもらいます」
一真の問いに、麻美は即答した。
『…え?』
麻美の言葉に、一真達3人は同時に首をかしげた。
「…カズ兄と模擬戦するの!?」
「うん、一真の運動不足解消も兼ねてね」
言いながら、麻美は訓練施設の扉を閉める。
「…あの、よろしくお願いします」
一真に向かって、ハウルは深くお辞儀をする。
「あ…あぁ、よろしく。てか、ハウルの杖は初めて見るな…」
「そうでした…この子の名前は、ファキュロスです」
ハウルが名を呼ぶと、ファキュロスが微かに光る。恐らく、一真への挨拶だろう。
「ファキュロスか…よろしくな」
「そう言えば、カズ兄ちゃんのクロスはどんな杖になるんですか?」
「…あ…」
ハウルに言われ一真は、クロスをまだ杖にしたことが無いことに気付いた。
「杖か…どうやって出すんだっけ?」
「利き手に魔石を持って、"ロッド"って言えば良いんですよ」
ハウルの指示通り、一真は右手にクロスを持った。
「"ロッド"」
一真は呪文を唱えた。しかし…
「…?」
クロスは、何の変化も見せない。
「…マスター、一真。私は、杖にはなりません」
クロスが言った。衝撃の事実だ。
「…どういうこと?」
「私の力は、マスター、一真の望む力に特化した力…マスター、一真は、戦うことを望まなかった」
「…?」
「マスターは、心の最も深い部分で、"全ての大切な物を守る力"を求めていました」
一真の右手で、クロスは続ける。
「マスターの大切な物…自分の命、仲間、想い人の笑顔…その全てを守る為の後押しをすることが、私の役目…」
「…防御主体ってことか?」
「そうなります」
一真の言葉に、クロスが肯定する。
「マスター、"ライフェクト"と唱えて下さい」
「…"ライフェクト"」
一真が言うと、クロスが一瞬、金色に輝いた。
「…おぉ…」
次の瞬間…一真の服装が変わっていた。純白のコートに、金色と緋色の模様…胸元には、真眼の紋章が描かれている。
「"クロス・ライフェクト"…マスターの命を守る、防護服です」
「防護服か…防御主体って言うぐらいだ、あおい達とは比べ物にならないぐらいの耐久度なんだろうな」
一真は言いながら、怪盗の衣装に何処か似ているような防護服を眺めていた。しかし…
「いえ、耐久性は限りなく0です」
クロスの言葉に、一真は一切の動きを止めた。
「…粉々に砕いてやろうか?」
「止めて下さい。確かに、この防護服は攻撃を防ぐ能力は皆無です。しかし、特殊な能力を備えています」
一真に全力で握り締められながらも、クロスは冷静だった。
「…特殊な能力って?」
「命を守る力…それが"ライフェクト"です。具体的に言いますと、あらゆる空間での戦闘が可能になります」
つまり、海中や上空…はたまた宇宙空間ですら、一真は地上と変わらぬ体調でいられるのだ。
「…なんか、微妙だな…まず、そんな特殊な環境で戦うことがあるかがわからねぇし」
「有毒物質や放射能も防ぐことが出来ます。何より、効果範囲の拡張が可能です。コート形態から、最大半径3m以内の全てを守ることが出来ます」
クロスの説明を受けても、一真は何処か、釈然としない様子だった。
「…てか、杖無しでどうやって魔法を使えと?」
「マスターは元々、杖を使用していませんでした。よって、マスターの世界の魔法と同様に、杖無しで使用出来るようにしました」
クロスの言葉に、一真は少し驚いた。
「へぇ…ちゃんと考えてくれてんだ」
「マスターのサポートが、私の役目ですから。ちなみに、コートの右肩部分に小さなポケットがあります。戦闘中は私をそこに入れて下さい」
これも、一真のことを考えてのことだ。戦闘中、クロス自身が一真の邪魔になってはいけないので、自分を収めておくポケットを作ったのだ。
「…何か、至れり尽くせりで申し訳ないな」
「その言葉だけで十分です。マスター、一真」
「…じゃ、そろそろ始めようか?」
一真達のやり取りが終わったことを確認し、麻美が言った。
「ルールは簡単。あおい達は一真を、一真は2人を戦闘不能にすれば勝ちだよ」
言いながら、麻美は3人に白い腕輪を手渡した。
「それは安全装置…訓練で大怪我しないように、魔力の出力を抑えてくれるの。利き手に着けて」
「あぁ…」
言われるがままに、一真は右手首に腕輪を着けた。
「3人とも着けた?それじゃあ…始め!」
『"フェルクルク"!』
麻美の合図と共に、あおいとハウルは空へ舞い上がった。しかし…
「…え?」
一真は、完全に出遅れた。今、ようやくクロスをポケットに収めた所だ。
「"草乱の名の元に…我に仇なす者を切り裂け"」
「"紅炎の名の元に…我に仇なす物を焦がせ"」
その間に、2人は魔法の詠唱を終えてしまった。
「"ティム=アシュラン"!」
「"リュラス=プロネス"!」
あおいの杖からは、無数の葉っぱ。ハウルの杖からは、火の玉が放たれた。更に…
『"シュラード・プロネシア"!』
ハウルの火の玉が、あおいの葉っぱに火を着け、無数の火の玉になって一真に襲いかかる。
「いきなり合体技かよ!容赦無ぇなオイ!」
叫びながら、一真は全力で後方に駆け出した。
「逃げた!あおい!」
「逃がさないよ!」
あおいは、火の玉が一真に向かって飛んで行くよう、照準を合わせる。
「付いて来んなよ!火のついた葉っぱ○ッターの分際で!」
一真は縦横無尽に駆け回り、2人の攻撃を避け続ける。
「…マスター、一真。防御魔法で防いだ方が早いのでは…」
「立ち止まったら、それこそ的になるだろうが…」
クロスの疑問に答えつつ、一真は詠唱を始める。
「"殲皇の名の元に…我に仇なす物を滅っせよ"」
一真が唱えたのは、固有魔法デリスの初級呪文…
「"デリス=アッシュ"!」
効果…不明。
「え…」
突然立ち止まり、自分に右手を向けた一真を見て、あおいは首をかしげた。
何故なら…一真が右手を向けた一瞬で、火を灯した葉っぱが全て灰になり、地に落ちたのだ。
「…!あおい、肩…」
「え…え?何これ…」
あおいの右肩…防護服の一部も、灰になっていた。
「…」
自分の魔法の効果に、一真は唖然とした。
自分の固有魔法がデリスだとわかった日、一真は、図書館の本でデリスの魔法を調べた。
デリスの魔法はいくつかあった。しかし、その全てが効果不明だった。
だからこそ、一真は今まで固有魔法を使わなかった。何が起きるかわからないからだ。
「…破壊と創造…」
すなわち…有を無に、無を有に変える力…
初級だからこそ、完全な無にできなかった。だが、もっと上級の固有魔法を使ったら、あるいは…
「…灰も残らないってか…」
一真は、顔をしかめた。固有魔法デリス…一真が使いたく無い魔法をランキングにした場合、間違いなく上位に食い込むだろう。
「…怖くて他の魔法は試せねぇな…てか、安全装置…ちゃんと機能してんのか?これ」
言いながら、一真は右手の白い腕輪を見つめる。しかし…
「"閃光の名の元に…我に仇なす物を貫け"」
あおいの詠唱が聞こえ、一真は顔をしかめた。
「…人の気も知らないで…」
そう言って、一真はあおい達を見上げる。しかし…
「…あ?」
あおいの隣にいたはずのハウルが、いなかった。
「…"守護の名の元に…我に仇なす者を拒め!"」
「やぁぁ!」
「"デリス=シェルク"!」
一真が後ろを振り返り、緋色の盾を生成するのと、ハウルが一真に殴りかかるのは、完全に同時だった。
「…速いじゃん」
「風の魔法です。光の魔法なら、もっと早く動けるんですけど…」
言いながら、ハウルは一真から一度離れ、もう一度踏み込んだ。
「その武器…さっきの杖とは違うな」
「杖に属性を付加した武器です。これは、闇属性を付加した槍…」
ハウルはその場で回転し…
「"ダルク・ランサー"!」
下から上に槍を振り上げ、一真の盾を切り裂いた。
「…」
一真は素直に、ハウルのことを"強い"と思った。これでまだ、今年11歳…一真と5つしか違わないのだ。
「末恐ろしいな…でも…」
一真は呟きながら、背後も警戒する。
そう…末恐ろしいのが、もう1人…
「"ティム=ソルライヅ"!」
あおいは、一真に向かって純白の光線を放った。かなりの太さだ。
「さすがに避けるか…って!」
「せい!」
ハウルが一真に、追撃を加えて来た。
降り下ろされた槍を、一真は右足を振り上げ、防ぐ。
「おま…巻き添えくうぞ!?」
「大丈夫です。カズ兄ちゃんがいますから」
ハウルはそう言って、不敵に笑った。
「…」
その表情に…目に、一真はため息も出なかった。
完全に、あおいの魔法を一真が防ぐことを確信している。直撃は不味いが、防げないことも無い…ハウルが攻撃して来るから、避けるのも厳しい…
そんな状況を、全て理解した上での行動…確信した目。
…だが、少し甘かった。
「…残念だったな」
「え…きゃっ!」
一真は、ハウルの防護服を掴む。そして…
「おりゃ!」
光線に向かって、投げ飛ばした。
「ハウルちゃん!」
一真の行動に驚きつつ、あおいはソルライヅの向きを脇にずらす。
「"フェルクルク"」
その隙に、一真は飛翔呪文を唱える。
腰から生える緋色の羽…そして、背中からも緋色の羽が生えて来た。
「もごっ!」
次の瞬間…あおいの口は、一真の右手に塞がれていた。
「へぇ…飛翔魔法はこっちの方が使いやすいな」
言いながら、一真はあおいの杖を左手で掴む。
「もごぉぉぉぉ!」
「…何言ってっか、さっぱりわかんねぇ…」
そして一真は、あおいの杖をハウルに向ける。だが…
「"霊・火…斬刃の名の元に…我に仇なす物を断ち切る剣となれ"」
ソルライヅの照準が自分に向けられる中、ハウルは逃げる素振りは見せず、自分の杖の魔石部分に手をかざしながら、呪文を唱えていた。
「"ファキュロス・リュラス=スパーニア…スパーニア・パラディア"!」
ハウルの杖は、闇の槍ダルク・ランサーから、霊火の剣スパーニア・パラディアへと変化する。そして…
「はぁ!」
気合い一閃…霊火の剣は、ソルライヅを切り裂いた。更に、その余波…一真の"緋の三日月"に酷似した物が、一真に向かって飛んで来る。
「"守護の名の元に…"!」
盾の呪文を詠唱しようとしたが、一真はその詠唱を破棄し、あおいを掴んだまま、ハウルの攻撃を避ける。
「…"霊"の部分は、盾をすり抜けるんだったな…」
霊属性は、実体の無い魔法なのだ。盾では防げない。
「オレも武器が欲しいけど…クロスは武器に…」
「なれません」
即答されてしまった。しかし、一真もそれは想定していたようで…
「だとすると、やっぱり…」
一真は、左手に掴んでいるあおいの杖を見て、右手に掴んでいるあおいの顔を見た。
「…?」
「…」
不思議そうな顔をするあおいに、一真は苦笑い気味に微笑んで見せた。
「泥棒!人でなし!」
「だから、借りるだけだって…」
一真は1度地上に下り、あおいの両手を魔法で固定して、あおいからファナユフィを無許可で拝借したのだ。
「…剣や槍に変化させられるかな?」
「どうでしょう…他人の杖で自分の固有魔法を使うことは、可能ではありますが…」
威力は落ちる。クロスの言葉を聞くまでもなく、それは至極当然のことだった。
「…可能なら、やってみるしかないな」
そう言って一真は、先程ハウルがやっていたように、ファナユフィに手をかざす。しかし…
「…ちょっと待てよ?」
一真は、重大な事実に気付いた。
「やべぇ…自分の属性、調べるの忘れた」
「…カズ兄ちゃん、何の為に魔石を手に入れたの?」
あおいの言う通りだ。どうやら一真は、固有魔法の名称がわかっただけで、満足してしまったようだ。
「…まぁ、適当に使えそうなのを混ぜてみるかな」
しかし、自分の失敗をさして気にせず、一真はハウルの呪文を、見よう見まねで詠唱する。
「えっと…"水!雷!火!"」
「3つ!?」
一真の詠唱に、あおいは驚愕する。
「何だよ、邪魔すんなし」
「あのねぇ、カズ兄…属性付加は、1つの魔石に2つまでしか出来ないんだよ?」
それ以上は、魔石の中で飽和してしまうらしい。しかし…
「…1つの魔石に2つまでなら、2つの魔石に4つまで…だろ?」
一真はそう言って、右肩のポケットからクロスを取り出し、左手に持ち、ファナユフィの魔石に押し付けた。
「…カズ兄、何する気?」
あおいの顔が、青ざめる。
しかし、一真が答えるまでも無い。
「…"水・雷・火…斬刃の名の元に…我に仇なす物を断ち切る剣となれ"」
一真が2つの魔石を同時に使おうとしているのは、誰にでもわかる。
ただ、あおいは…聞かずにはいられなかった。それだけだ…
「"ファナユフィ・クロス・デリス=エクセラーダ"」
呪文は、一真の頭に浮かんでいた。こちらの魔法と、一真の世界の簡単な化学反応を混ぜた、爆炎の剣…
「"エクセラーダ・ファム・パラディア"」
詠唱が終わると同時に、一真の着ていたコートが一真から離れ、杖を包み込む。
ファナユフィ、クロス、2つの魔石を包んだ防護服は、杖を剣へと変化させる。
オレンジ色に輝く、諸刃の剣…
「嘘…」
あおいは、オレンジ色の剣…爆炎の剣エクセラーダ・ファム・パラディアを見て、呆然としていた。
一真のやることがわかっていても、それが成功するとは思っていなかったのだ。
「…」
一方…魔法に成功した一真は、剣を見て顔をしかめていた。
真眼で見た、爆炎の剣…その詳細は、あまりにも…
「…危険すぎる」
一真の顔を、冷たい汗が流れる。
2つの魔石と、呪文の詠唱…
その制約故の威力にしても、凄まじ過ぎる。
「…これはちょっと、訓練では使えないな…」
一真はそう呟き、魔法を解除しようとするが…
「…げっ…」
ふと顔を上げ、一真は顔をしかめた。霊火の剣を構えたハウルが、猛スピードで突っ込んで来るのだ。
「ちょっ待っ…ハウル!待て!」
「十分待ちました!武器だって、持ってるじゃありませんか!」
どうやら、一真が武器を手にするまで待っていてくれたらしい。
「空気読んでくれた所悪いんだけど、この剣…」
「問答無用です!」
一真の言葉を聞かず、ハウルは霊火の剣を振り上げる。
「話聞けよ!知らないからな!?」
そう言って、一真は爆炎の剣を構える。
「防ぐだけだぞ、クロス…防ぐだけだからな?」
一真はそう言うが、クロスからの返事は無い。
嫌な予感…それを、一真だけでなく、あおいと麻美も感じていた。
『…よくわからないけど、なんだか物凄いことになりそうな気がする…』
あおいと麻美の見解は、こんな所だ。ただ、一真にはもっと、具体的なビジョンが見えていた。
「…どうか彼女が、無事でありますように…」
「はぁぁぁ!!」
一真が呟くと同時に、ハウルが剣を降り下ろす。
一真はそれを、爆炎の剣でやんわり受け止めた。否、やんわり受け止めた"つもり"だった。
「…え…」
それは、2つの剣の刃がぶつかった瞬間に起こった。
先ず、霊火の剣の"霊"の部分の具現化。これは一真の固有魔法、無を有に変える力が発動したと思われる。
これだけなら良かった。しかし、これだけで終わるわけがなかった。
「…うわぁ…」
爆炎の剣が輝き始めたのを見て、一真は声を震わせる。
そして…それは起こった。
轟く爆音…
立ち込める土煙…
吹き飛ぶハウル…
陥没する地面…
「…」
一真の頬を伝う、一筋の涙…
大爆発…そんな、生易しい物では無い。
核爆発…そこまで大変な物でも無い。
つまり…大爆発以上、核爆発未満の爆発が、2つの剣の間で起こったのだ。
『…』
辺りに、静寂が訪れた。
一真、あおい、麻美…3人は、何も考えられない。しかし、次の瞬間…
『ギャァァァァァ!!!!!』
一真の右手で起こった小さな爆発に、3人は悲鳴を上げた。
「熱ぃ!何!?何だよ!」
一真は剣を手放し、右手の手首を左手でさする。
「…安全装置が、弾け飛んだんだね」
「もぉ!驚かさないでよカズ兄!」
麻美とあおいが、それぞれに額の汗を拭うが…
「…おい、ハウル何処行った…」
『…』
一真の言葉に、2人の顔に、拭い切れない程の変な汗が垂れて来る。
「"キャンセ…"使えない!えっと…"魔法解除-レヴン-"!」
一真が解除呪文を唱えると、あおいを拘束していた魔法と、爆炎の剣の魔法が解けた。
「手分けして探すぞ!」
クロスを掴み、一真は2人に言った。
「…ハウルちゃんが、粉々に…」
「なってない!なってない…と、思いたい…とにかく探せ!"フェルクルク"!」
放心状態のあおいにファナユフィを投げ渡し、一真は空へ舞い上がった。
「…」
一方、麻美は一真の話を途中までしか聞いていなかった。
何故なら…
「…異空間が…」
一真の魔法の影響か…麻美の足下が、草原から訓練施設の床に戻っていたのだ。
この訓練施設は、熟練の魔導師達も使用する施設だ。
SSS-トリプルS-クラスの魔法が飛び交うことも、ざらにある。
確かに麻美は、SSSクラスの魔法同士がぶつかると、訓練施設の異空間に穴が空く…という噂を聞いたことがある。
それが事実だとすれば…
「…今の魔法の威力が、SSSクラスの魔法2つ分ってこと…」
麻美はその仮説を消そうと、何度も首を振った。
あり得ない…そんなことは、あり得ない。
SSSクラスの魔法2つ分…すなわちそれは、"Xクラス"を指す。
魔導師が1人でXクラスの魔法を使うなど、あり得ない…あってはならない。しかし…
「…聖なる魔を…放つ者…」
異世界の住人…
殲虹の魔術師…
久城…一真…
「…」
恐怖…期待…興奮…嫉妬…
様々な感情が、麻美の心の中で複雑に絡み合っていた。
それ故に…麻美は、呆然と立ち尽くすしかなかった。
防衛局の治療施設…前に一真が寝ていたベッドに、ハウルが眠っていた。
奇跡的に、かすり傷すら負っていない。しかし…安全装置が無ければ、どうなっていたか…
「…」
眠るハウルの手を握り、一真は見舞い用の小さな椅子に座っていた。
「…カズ兄、気にしちゃ駄目だよ…訓練だもん」
一真の隣に座るあおいが、一真を見上げながら言った。
「…」
しかし…あおいの言葉に、一真は無反応だった。
一真は、自分が情けなかった。
ハウルの、小さな手を握りながら…
こんなに小さな手の女の子に…一真は、本気だった。
今の自分に出来る、全てを、ぶつけた…
怪我が無いとは言え、ハウルは今…自分のせいでベッドに眠っている。
悔しさ…申し訳なさ…恥ずかしさ…
一真の心に満ちたそれらは、徐々に…怒りへと変化し始める。すると…
「…ん…」
「ハウルちゃん!」
ハウルが、ゆっくりと目を開いた。
「…医療施設ですね…」
呟きながら、ハウルは身体を起こす。
「…?」
「どうした?何処か痛いか?」
首をかしげるハウルに、一真は心配そうに聞いた。
「いえ…それが、全く…」
逆に、痛く無くて驚いたようだ。あれだけの爆発に巻き込まれたにも関わらず、無傷…その謎は、すぐに明らかになった。
「当然です。マスター、一真の大切な方達を、傷つけるわけにはいきませんから」
そう言ったのは、ベッドの脇のテーブルの上にある、クロスだった。
「クロス、お前…」
「私だけではありません。ファナユフィと安全装置の協力故の結果です」
爆炎の剣の効果からハウルを守るため…先ず、ファナユフィと安全装置が、爆発の威力を限界まで下げる。
それでもまだ、ハウルを守るには足りない…
そこでクロスは、ハウルの周りに防壁を作ったのだ。
「マスターの魔法は、大切な物を守るための魔法…私はそのサポートです。もっと信頼していただきたい」
「…」
クロスは大変ご立腹だった。一真はクロスに、色々と言いたいことがあったが…
「…ありがとう」
クロスのおかげで、大分…心に余裕が出来た。そんな気持ちを込めた、感謝の言葉。
「…勿体無きお言葉です、マスター」
クロスは、少し照れながらそう言った…ような気がする。
「…あの、カズ兄ちゃん…」
ベッドの上のハウルが、ほんのり頬を赤く染めながら、一真を呼んだ。
「ん?」
「あの…右手…」
「右手?」
一真は、ハウルの右手に視線を向ける。一真が握っていた手だ。
「もしかして、ずっと…握っていてくれたんですか?」
「あぁ…うん、ずっとだな」
「…嬉しいです…」
ハウルはそう言って、更に頬を真っ赤に染める。すると…
「…カズ兄、私ちょっと飲み物買ってくるね」
そう言って、あおいは病室から出ていった。
「(あ…あおい…)」
「…でも、無事で良かった」
ハウルの呟きと同時に、一真は言った。
「…心配してくれたんですか?」
「…」
「だとしたら…ちょっと複雑です」
ハウルは、悲しそうにうつ向いた。
「さっきのは訓練…とは言え、怪我をしたとしても、それは自己責任…カズ兄ちゃんに非はありません」
言いながら、ハウルは顔を上げる。
「カズ兄ちゃんには、甘さがあります。私やあおい…子供相手で、しかも訓練…カズ兄ちゃんは手抜きです!」
「…そんなこと無ぇよ」
声をあらげるハウルに、一真は言った。
「悔しいけど、あれが今のオレの実力…まごうこと無き全力だった」
ハウルの右手を両手で包み、それに視線を向け、一真は続ける。
「対人戦の経験が無いからな…勝手がわからないってのもある。だけど、例え訓練でも…」
一真は顔を上げ、ハウルの目をまっすぐ見つめる。
「オレは、お前達を傷つけたくない。オレの魔法は、大切な物を守るための力…ハウルの言う甘さが、オレにとっての強さだ」
「…」
ハウルは、しばらく一真を見つめた後、薄く微笑する。
「…カズ兄ちゃんは、優しいです」
「そうか?」
「はい。私は一人っ子ですけど…もし、お兄ちゃんが居たら…カズ兄ちゃんみたいなお兄ちゃんであってほしいと思います」
「お兄ちゃんか…」
一真は呟き、笑いながら、冗談混じりに言った。
「いつでも"お兄ちゃん"って呼んでくれて構わないぞ」
しかし…
「本当ですか!?」
「…へ?」
ハウルの反応に、一真は首をかしげる。
「ほ…本当に、お兄ちゃんって呼んでも…?」
「…うん、まぁ…ハウルがそう呼びたいなら」
「嬉しいです!」
そう言って、ハウルは一真の手を両手で握り締めた。冗談のつもりが、一真は本当にお兄ちゃんになってしまった。
「あ…でも、お兄ちゃんだと子供っぽいかもしれません…」
お前は子供だろうが…と言うツッコミを、一真は口に出さずに飲み込んだ。たった今、"口は災いの元"という諺を思い出したのだ。
「えっと…じゃあ、兄さん!兄さんでお願いします」
「兄さん…」
やっぱ今の無し。ということには、出来なさそうだった。ハウルは、至って真面目だったから。
だから一真は、了承するしかなかった。
「…良いよ、兄さんで…」
「ありがとうございます!」
初めて見る、ハウルの満面の笑み。一真は一瞬、これで良かったような気がした。
しかし…よく考えてみると、これで良いとは思えない。
(…これは、いわゆる"フラグが立った"ということか?)
立てちゃいけないフラグを立てた…一真は、そんな気がした。
「兄さん」
突然、ハウルが一真を呼んだ。
「ん?」
「いえ、その…呼んだだけ…です…」
そう言って、ハウルは顔を真っ赤にしながら、一真から目を反らした。
(…何だこの"プレイ"…)
一真はそう思って、苦笑い気味に顔を引きつらせる。すると、部屋のドアが開いた。
「ただいま!2人のも買って来たよ」
入って来たのはあおいだ。両手に缶ジュースを1本ずつ持ち、もう1本は空中に浮かんでいた。
「おかえり、あおい」
「…2人とも、何でそんなに固く手を繋ぎ合ってるの?」
『…え?』
一真とハウルは同時に、自分達の両手に視線を向ける。
「…あっ…ごめんなさい…」
そう言って、ハウルは一真から手を離す。何処か残念そうだ。
「…怪しいなぁ…何の話してたの?」
ニヤリと笑いながら、あおいがハウルに言った。
「何の話って…模擬戦の話だよ?」
「それから?」
「それからって…」
あおいの追求に、ハウルは困ったように一真に視線を向ける。
「…」
助けを求められても困る…そういった気持ちを込めて、一真はとりあえず、ハウルに満面の笑みを向け、右手の親指をグイッと突き出して見せた。
「…兄さん、何も伝わって来ません…」
やはり、ハウルには伝わらなかった。しかし…
「…助けを求められても困る…ってよ?」
「何でお前に伝わってんだよ…」
何故か、あおいには完璧に伝わっていた。
「それより…ハウルちゃん、カズ兄のこと"兄さん"って呼んだよね?」
「…」
あおいに言われ、ハウルは頬を赤く染め、あおいから視線をずらした。すると…
「…なるほど、カズ兄と麻美姉、結婚するんだ…」
「違うわ!何の話だ!」
あらぬ誤解が生まれた。
「…そっか、ハウルちゃん…寂しがり屋だもんね」
ハウルの自白を受け、あおいは納得した。
「良かったね、カズ兄」
「何が?」
「妹フラグ立って」
「!?」
一真は、飲んでいた缶ジュースを吹き出した。
「に…兄さん、大丈夫ですか?」
「ゲホッ!…何を言い出すんだお前!」
「だって、ティア様がカズ兄にそう言えって…」
「小学生に何を仕込んでんだあの野郎!」
一真がそう言った所で、部屋のドアが開いた。
「ちょっと一真、ティア様に向かって"あの野郎"は無いんじゃないかな?」
頬を膨らませながら、麻美が入って来た。
「小学生に『フラグ立った』なんて言ってほしく無いんだよ!オレは!」
確かに、そんな世の中は微妙に嫌だ。しかし…
「そもそも…フラグって、何?」
「…」
この世界に、ギャルゲーやエロゲーがあるはずも無く、一真自身、説明する気にもなれない。
「…とりあえず、あおい…それは二度と口に出すな…」
「…うん、わかった」
目に見えて疲労困憊な一真に、あおいは大人しく頷いた。
「…とりあえず、今回の訓練の批評とか、始めても良いかな?」
言いながら、麻美は何処からか、3枚の紙を取り出した。
「まず、あおい。詠唱から発動までの時間や、反応速度が全体的に遅いよ。魔法の威力を削ってでも、スピードに回すべきだね」
「えぇ~、威力落とすの~?」
麻美の言葉に、あおいは不満気に口を尖らせる。
「威力があっても、当たらないと意味が無いでしょ?」
「むぅ…でも、一撃必殺の魅力が…」
「発想が男の子だ…」
あおいの言葉に、一真が苦笑する。
「オレも男だ。一撃必殺の魅力はわかる…でもやっぱ、当たらなきゃ意味は無い」
「…」
一真の言葉に、あおいは黙って耳を傾ける。
「威力を削ってスピードに回すのが嫌なら、強力な捕縛魔法で対象を動けなくすれば良い…同時に2つの魔法を使うから、難しいけどな」
この世界の魔法は、基本的に"詠唱魔法"だ。
詠唱魔法の同時詠唱…それは割と複雑で、難しい。いわゆる、右手でAをしながら左手でBをする…みたいな物だ。
「…一真、それ…本気で言ってるの?」
眉をひそめながら、麻美が言った。
「麻美の言いたいことはわかる。こっちの魔法形式でそれをやるのは、かなり難しいよ」
「だったら…」
「でも、無理じゃない」
そう言う一真の目は、確信に満ちていた。
「…まぁ、やるかどうかはあおい次第だけど…」
「やる」
「だよなぁ…」
あおいの即答を予想していたかのように、一真は苦笑した。
「ただし、1つ言っておくぞ」
言いながら、一真はあおいを指差す。
「何?」
「一撃必殺を求めるなら、ソルライヅじゃ物足りない」
「な…」
一真の言葉に、あおいは唖然とした。
「そうだな…目標は"エクセラーダ・ファム・パラディア"だな」
『ちょっ…』
あおい達3人は、同時に顔をしかめた。
「志しは高くあるべきだ。まぁ、エクセラーダなら捕縛魔法いらないけどな」
「…ソルライヅより強い魔法…」
あおいは呟いた。とりあえず、エクセラーダの話は無視することにしたようだ。
「…それじゃあ、あおいは2つの魔法を同時に使う練習…ってことで良いのね?」
「あぁ、本人が望んでるしな」
麻美の言葉に、一真は肯定する。
「ん…じゃあ次はハウルだね」
そう言って、麻美は2枚目の紙を見る。
「そうだねぇ…詠唱、発動スピードは許容範囲。個人的には、一真相手に良くやったと思うよ?」
「…」
麻美の評価に、ハウルは複雑な顔をする。あおい同様に、やはりどこか不満気だ。
「…採点が甘いな」
「え?」
一真の呟きに、麻美は首をかしげる。
「麻美がしてるのは、こいつらと同年代の奴等と比べた評価だろ?それじゃあ駄目だ。こいつらは褒められて伸びるタイプじゃない」
「…じゃあ、私達と同等の魔導師として評価すれば良いの?」
「おう」
一真は即答した。それを受けて麻美は、もう一度紙に視線を向け、しばらく考え込む。そして…
「…あらゆるスピードが遅い。読みが甘い。判断力が乏しい。過信し過ぎ」
「…まぁ、そんな所かな」
麻美の評価に、一真は頷いた。
「ハウルは、自分の力を過信してる傾向がある。ソルライヅの時、自分の読みは正しいと確信してたけど、オレの行動を読めて無かっただろ?」
「はい…兄さんが魔法で防ぐとばかり…」
「そして、読みが外れたことによる焦り…それが判断力を鈍らせた」
「…」
ハウルは、一真の話を真剣に聞いていた。
「精神面も鍛える必要があるな…あとは、先読みする為の想像力を養え」
「はい!」
力強く返事をするハウル。そして…
「…じゃ、最後は一真ね」
一真の評価が始まる。麻美は3枚目の紙を見て、複雑な顔をする。
「…無駄な動きが多い。以上」
「速ぇよ!それだけ!?」
「…だって、指摘のしようが…」
そう言って、麻美は一真に紙を手渡す。
使用魔法ランク
デリス=アッシュ…AAA
デリス=シェルク…AA
フェルクルク…S
ファナユフィ・クロス・デリス=エクセラーダ…X
Xクラス魔導師
主属性
?
「初めて使う魔法なのに、詠唱、発動スピード共に上の下…威力は最上、飛行スピードは上…結論、君は人間じゃありません」
「勝手に結論付けんなよ!人間だよ!」
麻美の言葉に、一真は叫ぶ。
「…この、主属性…?って、どういうことでしょう?」
紙を覗き込みながら、ハウルが首をかしげる。
「それより、最後の魔法だよ…Xランクだって!」
あおいも紙を覗き込み、何やら興奮している。
「…こんなの、学校に提出出来ないよ…」
ため息を吐く麻美を見て、一真は首をかしげる。
「…なんで?」
「なんでって…こんなの出したら、化物が転入してくるって噂になるよ!聖なる魔を放つ者だって、一発でバレちゃうよ?」
「…」
麻美が言うが、一真は今一ピンと来なかった。
「…あくまでオレは、麻美の従兄弟として転入するんだぞ?異世界から来たってバレなきゃ大丈夫だし、そもそも、オレの魔法の何処に聖なる魔の要素があるよ?」
対象を灰にしたり、爆発を起こしたり…むしろ、邪悪な要素しか無いと言える。
「でも…」
「それに、ティアは『基本的に内密』って言ってたろ?いつかはバレちゃうってことさ」
「…うん…」
一真の言葉に、麻美は渋々納得したようだ。
「…でも、転入前にやらなきゃいけないことは…まだまだありそうだな」
一真はそう言って、手元の紙を丁寧に折りたたみ、ポケットに入れた。




