2.殲虹は預言者と出会う。
聖堂を出ると、緑溢れる中庭になっていた。
「きゃぁぁぁ!!」
…そして、おそらくここの職員であろう方達が、マウンに襲われていた。
「2…4…6……20か…"エアロ"×5」
空中に浮かぶマウンの数を把握した一真は、手元に5つの魔法陣を生成し、空気の弾を放った。
一真はまず、空気の弾の1つを手近なマウンに当ててみる。
しかし、破壊するまでには至らない…
同じマウンにもう一度当ててみると、今度は破壊でき、マウンは爆発した。
「エアロで二発か…"ランス"!」
一真が言うと、空気の弾の一つの形が変わり、槍のように鋭くなった。
ランスは近くのマウンを貫通し、マウンは爆発した。
「…使い方次第で、エアロ一発か…"ランス"」
一真は、残り二つの空気の弾も槍のように鋭くし、二体のマウンを破壊した。
「あ…ありがとうございます!」
マウンに追われていた女性職員が、一真の所へ駆けて来た。
「オレの後ろに下がってて下さい」
「は…はい…」
一真に言われ、女性職員は一真の後ろに下がった。
「…残り16体か…てか、凄いなこの世界…使っても使っても、魔力が全然減らねぇ」
一真は右手を前に出し、魔法陣を生成した。それと同時に、生成に使った魔力が補填される。
「大気の魔力か…"エアロ・ランス"×16」
一真の声に従って、16個の魔法陣から1つずつ、空気の槍が飛び出して来た。
空気の槍はマウンに向かって飛んで行き、対象を貫き…爆発。
「…ちっ…」
一真が舌打ちした。どうやら、1発外したようだ。
マウンが一真にビームを放って来た。
「"プロテクション"!」
一真は目の前に、守護の魔法陣を生成し、ビームを防いだ。すると、
「"槍帯の名の元に、我に仇なす者を貫け…ピルト=ランベル"!」
一真の背後から桃色の光の帯が飛び出し、最後のマウンを貫いた。
「…麻美?」
一真は振り向き、首をかしげた。
「本来は私の仕事だからね」
一真の視線の先には、杖を構えた麻美が立っていた。その杖の先から、桃色の光が伸びている。
「それが麻美の魔法?」
「そうよ、属性は光。魔石の名前は、フェノアールト」
「へぇ、属性分けもしっかりされてんだ…」
一真は感心したように、数回頷いた。
「そっちの世界では、属性分けもランク分けもしてないの?」
「多分…少なくとも、オレは聞いた事ないなぁ…」
二人が会話をする中、マウンに追われていた職員達が、一真達の所へ集まって来た。
「…麻美、この人達どうする?」
「そうだね…まず、一真の意見から聞きたいかな」
「オレならこのまま連れて行く」
一真は即答した。
「…理由は?」
「オレは、宇宙人がどんだけの戦力を持ってるか知らないけど…もし、この建物を軽々吹き飛ばすような兵器を持っていたなら、連れて行く方が断然安全だと思う」
「…うん、的確な判断だと思う」
麻美は納得し、頷いた。すると、
「麻美姉ちゃん!カズ兄ちゃん!」
聖堂の方から、杖を持ったあおいとハウルが、走って来た。
「奥には誰もいなかったよ!」
「マウンもいませんでした」
二人は麻美と一真に敬礼する。
「二人とも、ご苦労様」
「…?カズ兄ちゃんって…何だよ突然」
一真が首をかしげつつ、あおいに言った。
「いや、別に!カズ兄ちゃんが強いから、こびを売ろうなんて考えてるわけじゃないから!」
「バレバレだよあおい…」
「いい性格してんなぁお前…」
あおいの明らかな虚言に、一真とハウルは苦笑した。
「…さぁ、そろそろ行くよ?」
麻美が先頭に立ち、一真達は職員を引き連れ歩き出した。
…20分後。
「"ブレイズ・キャノン"!」
一真の手から火の玉が飛び出し、三体のマウンを破壊した。
「弱ッ!やっぱ、一度に使える魔力量が少ねぇな…てか、この建物広すぎだから!出口まだか!?」
一真が、最後方にいる麻美に言った。
「"ピルト=ランベル"!………あと少しだよ、次のT字路を右に曲がって直進すれば出口」
「…てか、職員残りすぎじゃね!?」
一真が後ろを振り向く…
最初は十人前後だった職員達も、その人数が今では三桁に達していた。
「仕方ないよ、不意打ちされたんだもん…」
そう言って、麻美は苦笑した。
現在、先頭は一真とあおい…最後尾は麻美とハウルが守っており、その間に職員達がぞろぞろと歩いているのだが…
(…見せ物じゃねぇぞ…)
彼らは、一真が魔法を使う度にどよめくので、一真は内心、かなり恥ずかしかったりするのだ。
「…カズ兄ちゃん、来るよ!」
そんな一真の心情を無視し、あおいが一真に言う。前方から、三体のマウンが向かって来ていた。
「…あおい、お前がやってみろよ」
一真はさりげなく、魔法を使うのを拒んだ。
「…えぇ!?なんでいきなり…」
「いや、お前はどのくらい強いのかな?って…」
頬を掻きながら、一真は言った。
「ちなみに、ランクは?」
「…Bクラス」
「属性は?」
「基本は水で、後は…光と土、雷を少々…」
「へぇ…じゃあ、攻撃に使える魔法…」
「質問は後にしてよ!来るって言ってんじゃん!」
自分を質問攻めにする一真に、あおいは叫ぶ。すると、
「"サスペンド"」
一真はマウンに左手を伸ばし、停止の呪文を唱える。
マウンはその場に停止し、動かなくなった。
「…で、攻撃に使える魔法は?」
「…え?えっと…一種類…あ…」
一真の魔法に驚きつつ、あおいは答えた。そして、答えたことに後悔した。
「少な!」
「うるさぁい!」
あおいは顔を真っ赤にして、杖で一真に殴りかかった。
「あ、悪い…思わず…」
一真はそう言って、あおいの杖を掴んだ。
「…お詫びに、水の魔法を見せてやるよ」
そして、一真は高速で魔法陣を描き始めた。
「………よし、即席だけど問題ないだろ…"アクア・スラッシュ"!」
一真が完成させた魔法陣から、水の刃が放たれた。
横に一列に並んでいたマウンは、三体そろって真っ二つになり、爆発した。
おぉぉぉ…
(…結局使ってるし…しかも二回…)
職員達がどよめき、一真は顔をしかめた。
「凄ぉい!水って、補助専門の魔法なのに…」
あおいは驚き、目を丸くしながら言った。
「…そんなの偏見だって、どんな魔法も使い方次第さ」
一真がそう言った所で、出口が見えて来た。
「…」
外に出た一真は、わかりやすく嫌そうな顔をした。
空を埋め尽くす程のマウンが、そこにいたからだ。
「…重野がいればなぁ…」
一真は思わずぼやいた。確かに、恋華がいれば重力でマウンを集めることが出来るだろう…しかし、ここは異世界だ。恋華どころか、MBSF研究会のメンバーは一真しかいない。
「…あおい?お前、マウンを集められる魔法とか持ってない?」
「持ってない!」
「無駄に元気良く答えんなよ…」
一真が苦笑いする中…ようやく、職員達と麻美達が出てきた。
「麻美、マウンを集められる魔法とか…」
「持ってない」
あおいを上回る即答だった。
「…ハウルは?」
「持ってないです…すいません」
「いや、気にしないで良いよ…とりあえず、三人で職員を安全な場所に避難させてくれ」
そう言って、一真は空のマウンを見上げる。
『ちょっと待った!』
一真の言葉に、3人がストップをかけた。
「…何?」
「何って…一真はどうするの?」
「マウンの足止め」
一真は、当然だろ?と言わんばかりに、麻美に言った。
「駄目だよ!そんな危険な…」
「じゃあ、マウンに見つかる可能性が高い状態のまま、この人数でぞろぞろ避難すんの?流石に守りきれねぇって…」
「…」
一真の言葉を、麻美は否定出来なかった。確かに、足止めは必要だ。
「…それなら、私が足止め…」
「馬鹿…子供2人に、土地勘の無いオレだぞ?いざって時に、地の利を活かせる人間が必要だろう」
「…」
これもまた、否定出来ない事実だった。
「…カズ兄ちゃん、大丈夫?」
あおいが、心配そうに言った。
「大丈夫に決まってんだろ?余裕だ余裕」
一真はそう言って、あおいの頭を撫でる。
「2人とも、麻美のサポート頼んだぞ?」
「はい、了解です」
「…うん」
一真の言葉に、ハウルとあおいは頷いた。
「よし…麻美、頼むぞ」
「…わかった。その代わり、絶対に死んじゃ駄目だよ?」
「当たり前じゃん。死にたくねぇもん」
一真はそう言って、ひらひらと手を振って見せる。
「ん…それじゃあ、先頭はあおいとハウルね。行こうか」
『はい!』
あおいとハウルは先頭に立ち、職員を率いて歩き始めた。
「…避難が終わったら、すぐに戻って来るね」
そう言って、麻美は列の最後尾に付いた。
麻美の言葉に、一真は無言で、軽く手を振って応えた。
「…よし、行くか!」
麻美達が見えなくなると、一真は軽く身体をほぐし、気合いを入れる。しかし…
「"ソアー・フェザ…"あれ?」
飛翔の魔法が、発動しない。
「…おい、嘘だろ?」
ソアー・フェザーの魔法陣を見て、一真は頭を抱えた。
途中までしか描けていないのだ。おそらく、魔力不足が原因だろう。
更に、悪いことは続く…
「…!うぉわ!」
一真に向かって、空のマウンがビームを放って来た。どうやら、失敗したとはいえ、魔法を使おうとしたので、発見されたらしい。
「…最悪だ…」
一真は、ため息を吐いた。しかし、足止めという当初の目的は、どうやら果たせそうだ。
「足止めで死ぬなんて洒落になんねぇよ…"リミット・エクシード"!」
一真は肉体強化の魔法を使用する。どうやら、こちらは成功したようだ。
「…てか、逃げ回るしか無いとかありえねぇだろ…」
一真はひたすら、マウンからの攻撃を避け続ける。
時に、身体を捻り…時に、跳躍し…一真は、一心不乱に避け続ける。
「…せめて、何か武器が…武器…?」
自分の呟きに、一真は首をかしげる。
「…あるかも、武器」
一真はそう言って、走りながら自分の右手を見つめた。そして…
「来い…来いよ…」
一真は、祈るようにそう呟き、叫んだ。
「"紅蓮・華颶夜姫"!」
…それは、緋色の大剣。そう…一真が、自分の世界から唯一持って来ていた、相棒…
一真は、自分の右手から現れた紅蓮・華颶夜姫を、全力で振り抜いた。
刀身から、緋色の三日月型の刃が飛び出し、4体のマウンを切り裂いた。
「"緋の三日月"…」
呟き、一真はニヤリと笑った。そして、マウンに向かって走り出す。
当然、マウンは一真にビームを放ってくる。しかし、一真の手には紅蓮・華颶夜姫がある。
「…ふっ!」
一真はビームを、紅蓮・華颶夜姫で切り裂いた。さらに…
「"ソアー・フェザー"!」
華颶夜姫を地面に突き刺し、一真は再び、飛翔の魔法陣を生成する。
紅蓮・華颶夜姫は退魔刀の変化した物…マウンのビームから魔力を吸収し、魔法陣の生成に活用したのだ。
一真の両足に魔法陣が集束し、一真の足が緋色に輝いた。
「っしゃ!成功…」
一真は華颶夜姫を構え、マウンに向かって飛翔した。
「…」
一真と別れた麻美達は、職員を連れて、防衛局から離れた森の中に到着した。
その森の中から、局の上空に浮かぶマウンが見えるのだが…
「…!?」
その数が、一気に減った。減ったのは1割ぐらい…約200体だろう。
しかし、これで終わりはしなかった…大きな爆発が収まると、今度は小さな爆発が頻繁に始まった。
(…まさか、1体ずつ近距離で?)
麻美がそう考えるや否や、緋色の三日月が姿を現し、またマウンが爆発する。
「…」
唖然とするしかなかった…確かに、やろうと思えば麻美にも出来るだろうが…それは、魔石や杖、呪文を使えばの話だ。
杖も呪文も使わない…魔石に至っては、知りもしなかった…そのくせ、AAランクの魔法を簡単に使って見せる…
「…化物…」
そうとしか、言い様が無かった。
真っ赤な三日月…
橙色の炎…
黄色の光…
緑の竜巻…
青い吹雪…
藍色の渦…
紫色の水晶…
「虹みたいだね…」
「綺麗…」
あおいやハウルだけではない…避難して来た職員も、一真の使う多彩な魔法に見とれていた。
「…全てを殲滅する虹…」
誰かがそう呟いた。
「殲滅する虹…"殲虹"…か…」
呟きを受け、麻美が言った。
これが後に、一真が"殲虹-センコウ-の魔術師"と呼ばれる事になる、由縁である。
「"ブレイク"!」
指を鳴らしながら、一真が叫ぶ。
紫色の水晶…アシッド・クリスタルが弾け、酸の水晶の欠片が飛散する。
欠片に当たったマウンは、爆発したり、ショートして落下していったりと、確実に破壊されていく。
「ふぅ…ようやく半分ぐらいか?」
一真は空中に静止し、辺りを見回す。
マウンのビームを華颶夜姫で吸収。
吸収した魔力で魔法陣を生成。
魔法発動。
さっきからずっと、これの繰り返しだ。
しかし、繰り返す中でわかったことがある。今の一真の、魔法使用に関する状況だ。
使った瞬間に使った魔力が補填されるとはいえ、一度に使える魔力は限られている。
例えるなら、今の一真のMPが20だとしよう。エアロの魔法陣生成に1、ファイアリィの生成に15、MPを消費すると考える。
エアロの魔法陣なら、最大20個同時に生成出来る。しかし、ファイアリィは1度に1発が限界である。
ちなみに、MP21以上の魔法の場合…
例えば先程の"ブレイズ・キャノン"。この魔法は本来、50の魔力を使用する魔法だと仮定する。
しかし、一真のMPは20…RPGなら「MPが足りない!」と、表示される所だ。
だが一真は"ブレイズ・キャノン"を放った。これは、"真言魔法"だからこそ成せることだ。
"魔法陣魔法"の魔法陣を描く場合、生成に必要な魔力は固定されているので、魔力が足りない場合、魔法陣も途中までしか描けない。つまり、失敗だ。
だが、"真言魔法"は違う。
例え、本来の姿がMP50を消費するとしても、20の魔力なら20の魔力分の姿になるのだ。
しかし当然、威力もそれなりに下がるわけだ。
だが一真は、いわゆる上級の"魔法陣魔法"の使用を、紅蓮・華颶夜姫によって可能にした。
どうやら、マウンのビームのMPは15~20…ビーム1発で、ファイアリィ並の魔力を消費しているらしい。
つまり、マウンのビームを2~3発、紅蓮・華颶夜姫に吸収させれば…
「"ブレイズ・キャノン"!」
一真は言いながら、紅蓮・華颶夜姫を振り抜く。
すると、華颶夜姫から巨大な火の玉が放たれ、大量のマウンを破壊した。
このように、本来の"ブレイズ・キャノン"を放つことも可能になるのだ。
「…とはいえ、まだまだ数が多いな…」
一真は空中に静止し、辺りを見回す。
「…ん?」
首をかしげつつ、一真は眉をひそめた。
1部のマウンが、一真から離れた所で、1ヶ所に集中し始めていたのだ。
「…もしかして、合体?…うわぁ…凉音あたりが喜びそうだな」
そして間もなく、全てのマウンは合体し、変型し、巨大な大砲になった。
「…センス無ぇ…凉音あたりが発狂しそうだ」
愛の怒りの形相を想像しつつ、一真自身、がっかりしたような表情になった。
巨大な大砲は、ところどころ綻びが見えた。おそらく、2000体のマウンがいて初めて完全になる予定だったのだろう…
しかし、問題があるのは装飾だけで、砲撃は出来るようだ。大砲の中に魔力が集まり始め、照準が一真に合わせられた。
「…まずいな…」
一真は、背後をチラッと見て呟いた。
一真の背後には、防衛局がある。おそらく、この世界ではかなり…価値のある建物だろう。重要度は、こちらの国会議事堂に匹敵するかもしれない。
「守るしか無いか…いや、違うか…」
言いながら、一真は紅蓮・華颶夜姫をマウン製の大砲に向けた。
「壊すしかない…だな」
「…"ディバイン・バスター…」
一真は、紅蓮・華颶夜姫を中心に、ディバイン・バスターの魔法陣を生成した。しかし、内側の魔法陣は生成出来ていない。
「…内側なら…」
一真は呟きながら、体内の魔力で内側の魔法陣を生成する。
「よし!…あれ?」
魔法陣は完成した。しかし、一真は違和感を感じた。
完成した魔法陣が、徐々に…薄れていくのだ。
「ヤバ…純粋な退魔力に耐えられてねぇじゃん!」
純粋な魔力と、純粋な退魔力…完全に、水と油だ。
「えっと…あ、"梨紅の魔力"だ!」
一真は咄嗟に、"梨紅の魔力"を薄く伸ばし、バスターの魔法陣をコーティングする。
どうやら、上手くいったようだ。魔法陣は色を取り戻し、一真は額の汗を拭った。
それと同時に、マウン製の大砲から、紫色の光線が放たれた。
「えぇ!?早っ!」
一真は焦った。まだ、内側の魔法陣に文字を入れていないのだ。
「どうするよオレ…どうすんだよ…!」
一真は悩み、悩んだ末に、高速で指を動かし、ディバイン・バスターの内側に、文字を刻み、放った。
「"ディバイン・バスター=コンフェシオン"!!!」
一真は叫んだ。それと同時に、轟音が辺りを揺らす。
バスターでコンフェシオンを放ったようなもの…そして奇しくも、純粋な魔力で純粋な退魔力を放つこの魔法は、遥か昔…ナイトとエリ-が、同族に放った物と同じ仕組みだった。
当然…そして容易に、紫色の光線とマウンで出来た大砲は…純白の光線により、跡形もなく消し飛んだ。
「…すげ…」
一真は、自分の放った魔法の威力に驚愕した。そして…
「ん…?っく!」
動悸…そして、突然の息苦しさが、一真を襲った。
一真の意識が、遠のく…
「…」
そこは、純白と漆黒に支配された空間…一真の心の中だ。
そこにあるのはもちろん、8つの台座に刺さった、7本の剣…
「…ん?」
一真は首をかしげた。7本の剣のうちの1本…"第二の封印"が、光を放っているのだ。
一真は、恐る恐る封印に近づいていき、剣の柄を掴む。すると…
「…うぉっ…」
剣は、いとも簡単に台座から抜けた。前回は抜けなかった剣が、今回は抜けたのだ。
そして、台座から魔力が溢れ出した。
そして再び…一真の意識は現実へ戻っていく。
「…は?」
一真は首をかしげた。空が下にあって、地面が上にあったからだ。
「…あぁぁぁぁぁぁぁ…」
一真は、落下していた。頭から、地上へと…
しかし、今の一真には何の問題も無い。なにしろ、封印を更に解放したのだ…飛翔魔法程度なら、使えるだろう。
「カズ兄ちゃん!!」
…しかし、一真が魔法を使うよりも先に、一真を呼ぶ声が聞こえた。
「…?」
一真が振り向くと、腰から白い翼を生やしたあおいが飛んでいた。
「"捕縛の名の元に、我に仇なす者を捕らえよ!ティム=キャプル"!」
あおいの杖から、黄緑色の光の帯が飛び出し、一真の身体に巻き付いた。
「おぉ…サンキューあおい、助かった」
「どういたしまして!」
あおいは得意気に胸を張って見せた。
「それにしても…本当に1人でやっつけちゃうなんて…」
言いながら、あおいは一真をたぐりよせる。
「言ったろ?大丈夫だって」
「確かに言われたけど、そんなの信じられるわけ…」
「んじゃ、これからは信じろよ?」
そう言って、一真はニヤリと笑った。
「…信じるなって方が、無理だよ」
一真の言葉に応え、あおいは苦笑した。すると…
「一真、無事?」
「あおい!」
一真とあおいのもとに、腰から桃色の翼を生やした麻美と、黒い翼を生やしたハウルがやって来た。
「無事だよ!」
「説得力ないけどな…」
黄緑色の光で吊るされた一真は、顔をしかめる。
「まったく…あおいったら、突然飛んで行くんだから」
ハウルは頬を膨らませ、あおいに言った。
「で…でも、そのおかげでカズ兄ちゃんは助かったんだよ?ねぇ?そうだよね?」
あおいは必死に、一真に助けを求める。
「…まぁな」
「ほらぁ!」
一真の肯定に、あおいは嬉しそうに胸を張った。
「何にしても、無事で良かったわ」
そう言って、麻美は深く息を吐き出した。
「そろそろ下に降りようか…一真、飛べるよね?」
「あぁ…"ソアー・フェザー"」
一真の足元に、飛翔の魔法陣が生成された。
「どこに降りれば良い?」
黄緑色の光から解放された一真は、麻美に聞いた。
「そうね…私に着いてきてくれれば良いわ」
そう言って、麻美はゆっくり降下を始めた。
「…誰に会えって?」
一真は首をかしげつつ、麻美に聞き返す。
「だから、予言者ティア様だよ」
宙に浮いたまま、麻美は応えた。
地上に降りた一真達は、防衛局の後方にある、巨大な建物へ向かっていた。
そこに、予言者がいるらしい。
「…会ってどうしろと?」
「一真のこれからの事を聞くの。一真が"聖なる魔を放つ者"なら、ティア様のお導きがあるはずだからね」
「…はぁ…」
麻美の言葉に、一真はため息を吐いた。
防衛局の後方…そこにあったのは、巨大な城だった。
「…王様でも住んでんのか…」
一真は城を見上げ、口をポカンと開けたまま呟いた。
「ううん、王様が住んでる城…ベルベオン城は、ティア様の城の後ろの城だよ」
「…"ソアー・フェザー"」
麻美の言葉を聞いて、一真は飛翔魔法を使い、舞い上がった。
「…マジかよ」
手前の城のてっぺんに着地した一真は、先程ポカンと開いていた口を、更に広げていた。
予言者の城のてっぺんから見上げる程、後ろの城…ベルベオン城は大きかったのだ。
「凄いでしょ?この世界で1番大きな建造物なんだよ」
一真の隣に飛んで来た麻美が、ベルベオン城を見上げながら言った。
「…富士山の半分ぐらい…か…?」
「富士山?何?」
「こっちの世界の山の名前。オレの国で1番でかい山」
言いながら、一真は足下の城を見下ろす。
「…そう考えると、こっちの城は小さく感じるな…」
「ティア様は謙虚なの!城なんか必要ないっておっしゃってたもの」
「なら、なんで建ってんだよ」
地上へ向かいながら、一真が呟く。
「ティア様がおっしゃった時には、既にこの城は建ってたの。王様の命令のあと、一晩で建てたからね」
「仕事早すぎんだろ…迷惑な程早いぞ、それ」
一真は顔をしかめ、地上に降り立った。
「カズ兄ちゃん、ベルベオン城はどうだった?」
「あぁ…でか過ぎて、首が痛くなる」
あおいの質問に応え、一真は首に手を添え、首を回した。
「…じゃ、会いに行きますか…予言者に」
「…もうちょっとピシッと出来ないかな?これから、偉い人に会うんだから」
気だるげな様子の一真の前に着地しながら、麻美が眉をひそめつつ言った。
「大丈夫だって、ポーカーフェイスは得意だから」
「…ポーカーフェイスって?」
「良いから行こうぜ、待たせたら悪いだろ?」
「え…ちょっ、押さないでよ、わかったから!」
麻美の質問を受け流し、一真は麻美の背中を押し、歩くように促した。
「…なんか、暗いな…」
城の中に入った一真は、城内の雰囲気に眉をひそめた。
城内はとても暗く、たいまつの炎が不気味に揺れている。壁に描かれた魔法陣は、ほとんどが魔除けのようだ。
「…なんで魔除けの魔法陣ばっかり…」
「…一真、壁の魔法陣が何の魔法陣かわかるの?」
麻美が、不思議そうに首をかしげる。
「ん…なんとなくな…」
一真は危なく"真眼"の存在をばらす所だった。間一髪だ。
「なんとなくでも凄いよ…この世界の魔法学者は、誰もわからなかったんだから」
「知識だけはあるもんでね…でも、ぼんやりとしかわからないよ」
これは本当だった。真眼を持ってしても、完璧には解析できなかった。
どうやら、予言者ティアは相当なやり手のようだ。
「この先にティア様がいらっしゃるわ…一真、失礼の無いようにね」
麻美は、大きな扉の前で立ち止まり、一真を振り返って厳重に注意する。
「わかってるっての…」
うんざりした様子で、一真は適当に返事をした。
「…じゃあ、行くよ?」
麻美が言うと、一真の背後のあおい達が、緊張したように身構えた。
「…?」
一真はそれを不思議に思いつつも、視線はドアから離さなかった。
「…ティア様、異空間管理委員会、防衛局魔導隊、麻美=ルイズ・レーヴェルトです」
麻美が言うと、ドアがゆっくりと開いた。しかし、麻美への返事は無かった。
ドアの向こうは、大きさ、雰囲気ともに、防衛局の聖堂のような部屋だった。
「いらっしゃい。麻美、あおい、ハウル…」
白いマントに漆黒の仮面…声は、魔法か何かで無理に変えているようだ。
身の丈ほどの杖を持った人間が、部屋の奥に立っていた。そして…
「…ヴェルミンティアへようこそ、久城一真」
「!」
予言者は、一真の名前を知っていた。
「…なんで、オレの名前を?」
「予言者だから…じゃ、解答にはならないかな?」
予言者ティアの解答に、一真は目を細める。
「…解答にはなるかもしれないけど、オレが納得できる解答では無いですね」
「なるほど…だとすると、私は君の納得できる解答を持ち合わせてはいない…と、いうことになるね」
「…」
一真は無言で、更に目を細めた。
「…自慢の頭で、考えてみたらどうだい?考えごとは得意だろう?」
ティアはそう言って、ゆっくりと椅子に腰掛けた。
「それとも…もう答えは出てるのかな?もしそうなら、他の3人には席を外してもらっても構わないよ」
仮面越しに一真を見つめながら、ティアは一真を挑発するように言った。
「…麻美、2人を連れて席を外してくれ」
「…あおい、ハウル…」
一真に言われ、麻美は2人に声をかける。
3人は無言で、ティアの部屋から出て行った。
「さて、一真…君の考えを聞かせてもらおうか」
ティアは足を組み、肘掛けに両肘を乗せ、言った。
「…その前に、口調を元に戻したらどうだ?違和感ありすぎだぞ」
「…」
一真の指摘に、ティアは黙りこんだ。
「あんたが女性だってことはわかってる。それに、口調がコロコロ変わる…演技は苦手なんだ?」
一真が聞くが、ティアは答えない。
「何から話そうかな…やっぱり、予言の種明かしからが良いか」
一真は近くの椅子に座り、話し始めた。
「予言と聞いて、オレが思い浮かべたことは2つ…1つは、あんたが本物の予言者であること…実際、熟練の魔法使いなら、魔法を使えば出来ないことも無いだろう」
一真は指を2本立て、ティアに向けながら話す。
「そしてもう1つは、あんたが未来から来た人間なんじゃないか?ってこと」
そう言って、一真は手を下ろした。
「個人的には、後者だと思ってる。オレの名前を知っていたのも、あんたがオレの知り合いの未来の姿だとすれば、辻褄は合うしな」
「…私が君と知り合いだという、確証はあるかな?」
ようやく口を開いたティアは、挑戦的に一真に言った。しかし、一真はそれに対して微笑んだ。
「…向こうの部屋の魔法陣…オレの筆跡だったよ。でも、オレにはあの魔法陣を完璧に解析することはできなかった。つまり、オレがまだ知らない魔法生成方法が用いられていることになる…」
一真は立ち上がり、まっすぐにティアを見据えた。
「よって…あの魔法陣は未来のオレが生成した物であり、あんたはオレ…もしくは、未来のオレと知り合いである。あ、未来のオレとは確実に知り合いだろうね」
一真の話が終わり、室内にしばしの静寂が訪れた。そして…
「…正解だよ」
ティアは、感嘆の息を吐きながら言った。
「参ったなぁ…ここまで完璧に指摘されると、逆に清々しくなるよ」
ティアは椅子から立ち上がり、一真を指差した。
「でも、私が誰かはわからないでしょ?」
「いや、目星はついてる」
一真は即答した。自分の背後の扉を親指で指差し、続ける。
「あの3人のうちの誰か…だろ?多分、麻美かな」
「…」
一真の言葉に、ティアは一真を指差したまま、固まってしまった。
「図星かよ…ちなみに、あんたがあの3人に席を外してもらいたかった理由を考えたら、それしか浮かばなかった」
顔をしかめつつ、一真は言った。
「…そういう、何でも見透かしちゃう所…あんまり好きじゃないな…」
観念したのか、ティアは変声を解き、素の声で話し始めた。
その声は、紛れもなく麻美の物だった。
「…ちなみに、私が麻美だってわかったのは何で?」
「あ、それはただの勘」
「どうしよう…私、どんどん君を嫌いになっていくよ…」
ティアは…麻美はそう言って、自分の杖を軋むほど握り締めた。
「…そもそも、なんで真眼を使えないのに全部わかるのよ…魔法陣の意味が無いじゃない」
麻美の言葉に、一真は首をかしげた。
「…あの魔法陣、真眼を使えなくする為の魔法陣だったのか?ただの魔除けじゃ…」
「上っ面は魔除けよ…"絶対守秘領域"の魔法を守る為のね」
麻美の説明で、一真は納得したようだ。
「…なるほど、アルカナを広範囲に広めたのか…」
何度も頷きながら、一真は呟いた。
「…で、オレはどうすれば元の世界に帰れるんだ?」
「…随分と唐突に話題を変えたね」
「切実なもんでね」
一真は、真剣な眼差しを麻美に向け、言った。
「…そんなに帰りたい?」
「もちろん、今すぐにでも」
麻美の問いに、一真は即答した。しかし…
「梨紅ちゃんと、約束してるから?」
「…」
次の問いには、一真は答えなかった。
「ふっふっふ…私は何でも知っている。そう!何故なら私は、予言者だから!」
言いながら、麻美は勢い良く両手を振り上げた。
「未来から来てんなら、知ってて当たり前だろうが」
突然テンションを上げた麻美に、それを見て引いている一真のツッコミが入った。
「…とにかく、オレは早く帰りたいんだ!梨紅と約束してるし、それに…」
「友達が無事か、気になる?」
再び椅子に腰掛けながら、麻美は言った。
「みんな無事だよ?疲れてはいるみたいだけど…」
「…本当か?」
一真の目が、僅かに揺らいだように見えた。
「本当だよ?予言者を信じなさい!…なんてね」
そう言って、麻美は仮面の下で微笑んだ。すると…
「…良かった…」
そう呟き、一真はその場に座り込んだ。
「そっか…無事か…」
「…ひょっとして、ずっと心配してたの?マウンと戦ってる間も?」
「…」
麻美の言葉に一真は黙り込んだ。
「図星みたいだね…まったく、教えておいて良かったよ…これから3ヶ月もこっちで暮らさないといけないのに、ずっと心配してたら病気になっちゃうとこ…」
「…は?」
突然、一真は顔をしかめ、麻美を凝視した。
「お前、今…何て言った?」
「だから、そんなに心配してたら、心配し過ぎて病気になっちゃうって話だよ」
「違ぇよ!その前にお前、何か不吉なこと言ったろ!」
一真は立ち上がり、麻美を指差す。
「…あぁ!3ヶ月?そうだよ、君は3ヶ月、こっちの世界で暮らすの」
「3ヶ月…」
正直、長いのか短いのか、わからない日数だ。
「ちなみに、君が自分の仕事を果たさなかった場合は…元の世界には帰れません」
「はぁ!?オレの仕事って何だよ!」
「"聖なる魔を放つ者"」
麻美は、ただ一言だけ言った。それで全て伝わってしまうのだから、仕方がない。
「…つまり、宇宙人を倒せと?」
「その通り。でも、今の君じゃ無理かな…」
麻美は顎に手を添え、考えながら言った。
「…本来の魔力を取り戻す必要があるね」
「…他にもありそうだな…とりあえず、オレの仕事ってやつを全部、羅列してくれない?わかってんだろ?予言者なんだから」
一真は腕組みをし、足を踏み鳴らしていた。どうやら、珍しくイライラしているらしい。
「…良いよ、教えてあげる。1回しか言わないから、よく聞いて」
麻美は了承し、一真の仕事について説明を始めた。
「過去の私の協力のもと、麻美=ルイズ・レーヴェルトの従兄弟として、国立、ヴェルミンティア魔導学院高等部戦技科に転入し、生活せよ」
説明は、以上だった。
「…はい?」
「まぁ簡単に言えば、身分を偽ってこっちの魔法学校に通えってことだよ」
「…何の為に?」
一真の疑問に、麻美は右手の人差し指を口元に運んで見せた。
「それは秘密…あ、そうそう忘れてた」
言いながら、麻美は杖を一真に向けた。
「"封印の名の元に…我に仇なす者を奪え、デリス=ラシール"!」
麻美の杖から漆黒の光の帯が放たれた。帯は一真を取り囲み、一真の左手首に螺旋状に貼り付いた。
「…何これ?」
「封印-ラシール-の螺旋輪。対象の能力の内、使用者の望む能力を封印する魔法だよ」
麻美の言葉を聞くと同時に、一真は、凄まじい勢いで顔に汗をかき始めた。
「…何を封印しやがった」
「地球-向こう-の魔法などなど…」
「ふざけんなぁぁ!!!」
即答…それ故に質が悪かった。一真は叫び、魔法陣を生成しようと右手を伸ばすが…
「無駄だよ。ラシールは一真の考えた魔法…強力だし、解き方は私にもわからないの」
「そんな魔法使うんじゃねぇぇぇ!!!!」
一真は叫び、魔法を使用した麻美と、作成した未来の一真を恨んだ。
麻美の言う、地球の魔法などなど…とは、一真の能力の半分以上を指していた。
地球の魔法は使えない…
紅蓮・華颶夜姫も使えない…
魔力を使用する技の全てが、使用不可らしい。
ただし、退魔力を用いた能力…退魔力の放出と、真眼の使用のみ、可能のようだ。
それを知った瞬間、一真はコンフェシオンを使ってラシールの螺旋輪を除去しようとしたのだが…
「…!」
右手にコンフェシオンを溜め始めると同時に、左目の真眼が疼いた。そして、一真は顔をしかめつつ、右手に溜めたコンフェシオンを辺りに散りばめた。
真眼によると、コンフェシオンを使ってラシールの螺旋輪を除去することは出来ないらしい…
理由は、ラシールの螺旋輪が一真の左腕の"内部"にまで侵食しているからだ。
螺旋輪の除去…その為には、一真の左手ごと吹き飛ばすしか無いのだ。
「…はぁ…」
一真はため息を吐き、忌々しそうに螺旋輪を睨みながら、右手で螺旋輪を撫でた。




