1.殲虹は異世界に降り立った。
久城一真は魔法使いである。
そこは一面、真っ青な空間…
水で満たされた極太のパイプの中を、流されていく感覚…宇宙空間に近い感覚かもしれない。
「…気持ち悪い…」
が、一真はその感覚をお気に召さないようだ。
ちなみに、髪は既に元通り…緋色の前髪意外は、黒髪に戻っていた。
一真が自分の世界を出て、かれこれ…何時間経ったのだろうか。
持って来たコンフェシオンの半分も、多少は少なくなった。色々な世界に、少しずつ押し付けて来たのだ。
「…」
一真が観察した限り、ここ…時空の狭間の仕組みはこうだ。
まず、正面に延びた極太のパイプ…このパイプ、実は隣にもある。
極太のパイプが、列を成して並んでいるのだ。
一つのパイプだけでも無数の世界があるにも関わらず、パイプも無数にある。
「…帰れるかなぁ…オレ」
その事実に気付いた時、一真は本気で心配になった程だ。
次に、それぞれの世界から伸びる上下のパイプ…
これはどうやら、時間を司っているらしい。
つまり、この時空の狭間…
・世界を司る極太のパイプ
・時間を司るパイプ
この二つで形成されているのだ。
「…あれは…」
一真が、三つ隣のパイプのとある世界の上下に延びるパイプをチラッと見て呟く。
「…気のせいかな」
一瞬、黄色い服を着たメガネの少年が見えた気がしたが…どうやら、一真の気のせいだったらしい。しかし…
「…なんだかんだで、何かいっぱい居るじゃん」
辺りを見回し、一真は言った。
確かに周りは、巨大な船などで溢れていた。異世界を行き来する船や、タイムマシンだろう。
「この分だと、異世界交流なんかも近いうちに始まったりしそうだな…」
一真が呟きつつ、何処か満足気に頷いた…その時だ。
「…あ、ヤバ…」
事件が起こった。
言い忘れたが、隣合ったパイプは稀にパイプで繋がっていたりするのだが…
一真は、隣のパイプに入ってしまったのだ。
「ちょっ、待っ…コンフェシオン重いよ!!」
一真が左手で掴んでいるコンフェシオン…少なくなったとはいえ、まだまだ量はある。
一真は必死に右腕と両足をバタつかせ、なんとか元のパイプに戻ろうとする。そして…
「おるぁあ!!」
なんとか、右手をパイプに引っ掛けることに成功した。
「うっく…お…お…キッッツいぃ…」
可笑しな体勢になりながらも、一真は片足をパイプに突っ込む。
「…そっか!コンフェシオンを…」
一真は、左手に持っていたコンフェシオンを体内に戻す勢いを利用し、元のパイプに突入した。
「い…今のは本気でヤバかった…」
一真は右手で、額の冷や汗を拭った。
…しかし
「…え?」
一難去って、また一難…
「うお!おあぁぁぁぁぁぁ!」
異世界の入り口である、金色の亀裂…
勢い余って、一真はそこに突っ込んでしまったのだ。
一真の入った世界。
そこは…
一方その頃…と、言うべきか。
一真の突入した世界は、大変なことになっていた。
「…」
その女の子は、空中に静止していた。
髪はピンク色。ショートカットに、ハート型のアホ毛。白いマントを羽織り、その手にはピンク色の球体の付いた杖。一真と同い年ぐらいの、典型的な魔法少女がそこにいた。
「麻美姉、この辺りにはもういないみたいだよ?」
薄い茶髪のショートカットを、白い髪止めで止めている女の子が言った。
その子もまた、赤い球体の付いた杖を持っている。この子は、小学校高学年…といった所か。
「そうみたいね、ちょっと西に行ってみようかな…あおい、ハウルを連れて来て」
「了解です!」
麻美にあおいと呼ばれた少女は、元気に返事をし、南へと飛んで行った。
「…」
しかし、言葉と裏腹に…麻美はまだ、ターゲットがこの辺りにいると睨んでいた。
何故なら…彼女の崇拝する予言者が直直に、麻美にこの場所を指示したからだ。
「ティア様…」
遠い空を見ながら、麻美はそう呟いた。一種のトリップ状態だ。
しかし…
「麻美姉ぇぇ!!!」
「!」
あおいの叫びが、麻美を現実に引き戻した。
麻美は、マントの下…腰の部分から生えたピンクの羽根を羽ばたかせ、あおいに向かって飛んで行く。
…程なくして、麻美は事態を理解した。
「ハウルちゃん!」
あおいが叫ぶ。その視線の先では、一人の女の子…黄色い水晶の付いた杖を持ったクリーム色の長髪の女の子が、大量の機械兵-マウン-に囲まれていた。
本来なら、あおいと麻美が助けに行く所なのだが…
「くっ!…」
麻美とあおいの周りにも、マウンが現れる。
「ちょっ…多すぎるよぉ!」
そのあまりの量に、あおいは悲鳴をあげた。
ハウルの周りに四体…
あおいの周りに四体…
そして、麻美の周りには七体のマウン…
「ハウル!あおい!逃げるわよ!!」
『了解!』
麻美の言葉を聞き、黄色と赤の羽根を羽ばたかせ、二人はすぐさま飛び上がった。
その後を追い、麻美も飛び上がる。実を言うと、今回の麻美達の任務は偵察"のみ"なのだ。
本来の彼女達ならば、この程度の数のマウンを倒すのは造作もないのだが…
「まったく…これじゃ何の為に魔力制限したのかわからないわね」
麻美が、顔をしかめながら言った。
マウンには、魔導士の魔力を探知する機能が付いている。よって、偵察部隊は基本的に、魔力を制限するリミッターを装備しているのだ。
麻美達も例外では無く、それぞれの杖にリミッターが付いている。だが、リミッターも完璧では無い。
完全に魔力を遮断することが出来ず、マウンの探知に引っかかる場合があるのだ。
「…なんとかならないかしら…このポンコツ」
「あ…麻美姉、こんな時に何を言ってるんですか…」
麻美の言葉に、ハウルが苦笑しつつ言った。
「…リミッターに関する文句は帰ってからね…二人とも、この状況の打開案はあるかな?」
「…残念ながら、浮かびません…」
麻美の問いに、ハウルは悔しそうに答える。しかし…
「…あります!」
しばらく考えた末に、あおいは言った。
「ハウルちゃん、あの呪文だよ!」
「…え…もしかして、噂の」
「うん!」
あおいの返答に、ハウルはため息を吐いた。
「…どういうこと?」
「…クラスで噂になってるんです。その呪文を唱えると、予言の勇者が現れるとか…」
「…」
ハウルの解説に、麻美は複雑な表情を浮かべる。
「ハウルちゃん!一緒に唱えよう!」
「…うん、まぁ…良いよ、駄目で元々…」
あおいは言い出したら聞かない…それを熟知しているが故に、ハウルはあおいを止めない。
麻美もあえて口を挟まなかったのは、駄目なら諦めると思ったからだ。
「"来たれ!聖なる魔を放つ者!"」
「"太陽に架かる、虹の輪を潜り!"」
『聖なる乙女に祝福を!』
「…聖なる乙女…」
呪文のその部分に、麻美は顔をしかめる。自分なら、恥ずかしくて言えない…そう思ったのだ。
「"暗黒の世を照らせ!"」
「"汝の聖なる魔をもって!"」
『"我に祝福を…仇なす者には滅びを与えよ!"』
そこまで詠唱し、二人は空中に急停止。マウンに振り向き、杖を構え、言った。
『"シェント・ジオ・デリス=トゥルーラ!"』
瞬間…空から純白の光が降り注ぎ、全てのマウンを消し去った。
『…』
あまりの衝撃に、三人は固まってしまった。麻美とハウルは、状況が理解出来ずに…あおいは、ただ純粋に…三人揃って驚いていた。
しばしの思考の後に、三人は同じ行動を取った。
光が降って来た空を、見上げたのだ。
「…え?」
ヴェルミンティアに突入した一真は、首をかしげた。
まず、目に入ったのは空だ。太陽が一つ、月が三つある。
次に目に入ったのも、また空だ。左右のどちらを見ても、空しか無い。そして…
「…わぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
一真が後ろ…いや、"下"を向いた瞬間…一真の身体が落下を始めた。
「高度がおかしいだろぉぉぉぉ!!!!」
落下しながら、一真は叫ぶ。一真が出現した場所は、確かにヴェルミンティア…ただし、上空…飛行機が飛ぶような高度だったのだ。
「ひ、飛○石は何処に!?」
意味のわからない発言をしつつ、一真はポケットを漁る。かなり混乱しているようだ。
そうこうしているうちに高度はどんどん下がり、地上が見え始めた。
「…駄目だ、焦るな!バ○スだ…違う、バル○じゃねぇよ!!魔法だ魔法!」
ここでようやく、一真は自分が魔法使いであることを思い出したようだ。しかし…
「…」
一真は、見てしまった。
機械のような物に追われている、三人の女の子を。
「"コンフェシオン・…」
一真は真下に左腕を伸ばし、照準が狂わないように左手首を右手で抑え、両目を見開く。
「…ストライク"!」
一真が言うと同時に、一真の左手から純白の光が放たれた。
光は真っ直ぐ真下に飛んで行き、機械のような物を全て消し去った。
「よし!…って、あぁぁぁぁぁぁ!!!魔力使っちゃったぁぁぁぁぁ!!!」
せっかく梨紅から借りた魔力を、一真は今の一撃…コンフェシオンの"加工"に使ってしまったのだ。つまり…
「飛べねぇぇぇぇ!!!!!」
一真もう、ただひたすら…真下に向かって落ちて行く。
「退いてくれぇぇぇぇぇ!!!!!」
一真は必死に、麻美達に向かってそう叫んだ。
『…』
一真の叫びは、しっかり三人の耳に入った。
三人はタイミングを見計らい、落下してくる一真を避ける。そして…
「…」
「…」
すれ違い様…落下していく一真と、麻美の目が合う。そして…
(助けて下さぁぁぁぁい!!!!)
(…え?)
その一瞬に、一真は必死にアイコンタクトを送る。麻美は奇跡的に、それを理解した。
「…"捕縛の名の元に…我に仇なす者を捕らえよ!ピルト=キャプル"」
落下していく一真に杖を向け、麻美は呪文を唱える。
すると、ピンク色の球体から、ピンク色の光の帯が伸びて来た。
帯は真っ直ぐ一真に向かって行き、一真の左足に巻き付いた。
「…ふぅ…」
一真の落下が止まり、麻美はホッと、胸を撫で下ろした。
そして、麻美は杖を構え直し、ゆっくりと一真を引き上げ始める。
「…あの人、何者だろう」
「聖なる魔を放つ者だよ!」
「そう…なのかな?やっぱり…」
自信満々に、一真を聖なる魔を放つ者だと言うあおいとは裏腹に、ハウルは眉をひそめる。
「…麻美姉は、どう思いますか?」
「私は…多分、彼がそうなんだと思う」
「!」
麻美が肯定するとは思っていなかったのか、ハウルは驚き、目を見開く。
「…それは、何か理由があっての判断ですか?」
「…私達がここに偵察に来たのは、予言者ティア様からの命令…ただ、偵察以外にも、私達がここに来た意味があるとしたら…」
「…」
ハウルは無言で、ゆっくりと上昇してくる一真に視線を向ける。
考えすぎ…と、ハウルは思った。しかし、言わなかった。
ハウルも、予言者ティアの予言の的中率を知っているし、何より…予言者ティアの考えを読むことは誰にも出来ない…
あらゆる可能性が、予言に導かれるのだ。
「…でも…」
麻美は、自分の手元まで昇って来た一真の顔を見て、顔をしかめる。
「…違うかもしれない」
「ですよね…」
昇って来た一真は、気絶していた。一真の名誉の為に言っておくが、落下の恐怖で気絶したわけでは無い。
急停止した時の衝撃が、もろに頭に来たのだ。
「えぇ!?絶対そうだよ!」
ただ一人、あおいは一真を聖なる魔を放つ者だと信じて疑わない。
しかし、当の本人は気絶中…
説得力は、欠片も無かった。
「…」
一真が目を開くと、そこは一面真っ白な空間…しかし、振り向けば漆黒が広がっていた。
「心の中か…ってことは、生きてるんだ、オレ…」
そう呟き、一真は苦笑する。
今…ここには、一真しかいない。
ナイトも…エリーも…そして梨紅も、向こうの世界だ。
一真の心には、一真が一人だけ。そして…
「…?」
一真は首をかしげる。見覚えの無い物が、心の中にあったからだ。
それは、八つの台座に刺さった、八本の剣…
一真は、一番近くにある台座に近づいてみた。よく見れば、台座に何か書かれているようだ。
「…"第一の封印"…?」
台座の文字を声に出して読み、一真は台座に刺さっている剣に手をかけた。すると…
「うぁっ…え?」
剣は、簡単に引き抜けた。そして…
「うぉわ!!」
剣の刺さっていた場所から、魔力が勢い良く吹き出して来た。
どうやら、封印されているのは一真の魔力のようだ。
「…何でこんな簡単に解けるんだ?」
首をかしげつつ、一真は隣の台座…第二の封印の剣に手をかける。しかし…
「…駄目か」
剣を引き抜くことは、できなかった。
「…あぁ、なんだ…真眼使えば良いんじゃん」
そう呟き、一真は左目に意識を集中する。すると、左目が金色に変色し、緋色の紋章が浮かび上がった。
「"第二の封印"…退魔力による魔力封印の二つ目。封印を解く為には、体内の退魔力濃度を下げ、耐性のある魔力で…」
そこまで言って、一真は左目を閉じ、頭を抱える。
「…"魔核"の封印じゃねぇか…」
ため息を吐き、一真は左目を開く。その目は真眼では無く、普通の目に戻っていた。
魔核が封印されているとなると、流石の一真も凡庸な魔法使いになってしまう。
これでは、未知の異世界で生きて行けるかどうか…
不安を胸に、一真は目を閉じた。
「…」
一真が目を開けると、そこには真っ白な天井があった。
薬品の匂いもする。どうやら、医務室のようだ。
「…ん…」
一真は、腹部に軽く力を入れ、上体を起こした。すると…
「起きたぁ!」
「うぉわ!」
突然の奇襲に、一真は飛び退く。そして、背後の壁に思いっきり後頭部を打ち付けた。
「痛ぇ!」
「アハハハ!バ~カバ~カ!」
「…」
一真は後頭部を押さえつつ、目の前で自分を指さして笑う女の子を見て、顔をしかめた。
「笑っちゃ駄目だよ、あおいが驚かせたんだよ?」
「だってハウルちゃん!ゴチンッ!って、ゴチンッ!って!アハハハハハ!」
大爆笑する薄い茶髪の女の子。それを諭そうとする、クリーム色の髪の女の子。
一真は二人を見比べ、最終的に、薄い茶髪の女の子…あおいを見て、言った。
「…"サイレント"」
「アハ………?…!?!?」
あおいは、突然声が出なくなったことに驚愕の表情を浮かべる。
「ちょっと黙っててな?そっちの女の子に、聞きたいことがあるんだ」
一真はあおいにそう言って、ハウルに向き直る。
「初めまして、オレは久城一真。一真って呼んでくれ」
「あ、こちらこそ初めまして…ヴェルミンティア異空間管理委員会、防衛局魔導隊魔導士、ハウル=プリアデルです」
ハウルはそう言って、一真に敬礼して見せる。しかし…
「…?」
かろうじて一真が理解出来たのは、ハウルが魔導士…魔法使いであるということだけだ。
「…もしかして、ご存知無いですか?」
「…とりあえず、ここが何処かって話から始めてくれるかな?」
首をかしげるハウルに、一真は苦笑いして見せた。
「ここは、防衛局魔導隊の治療施設です」
「…もうちょっと広い感じで…」
「え?えっと…王都アクオ・ベルベオン…では?」
「もう一声!」
「…ヴェルミンティアです」
不思議そうに苦笑いしつつ、ハウルは答えた。
「ヴェルミンティア…それがこの"世界"の名前かな?」
「世界…ですか?」
ハウルが首をかしげた…その時だ。
「!!!!!」
あおいが突然、赤い宝石を頭上に掲げた。
宝石は輝き、室内が一瞬…赤い光で覆われた。
「はぁ…はぁ…はぁ…」
「…あれ?サイレントが解けてる…」
あおいの息切れが聞こえ、一真は首をかしげる。
「そ…束縛解除の呪文なんて、三年生でマスターしたもん!」
疲れ切った表情をしつつ、あおいは胸を張って言った。
「…三年生?呪文を学校で?」
あおいの言葉に、一真は首をかしげた。
「そうだよ?あなただって、学校で習ったでしょ?」
「いや、独学…てか、オレの世界に魔法の学校なんか無いよ」
「…世界?」
一真の言葉に、今度はあおいが首をかしげる。
一真は、頭をポリポリと掻きつつ言った。
「…多分、オレ…こことは違う世界から来たんだ」
「!?」
「やっぱり!」
一真の暴露に対する二人の反応は、異なる物だった。ハウルは驚愕…あおいは納得だ。
「…やっぱりって?」
「あなた、"聖なる魔を放つ者"なんでしょ?」
「…?」
一真は首をかしげる。流石は異世界…一真の知らないことだらけだ。
「…この世界の、予言者の予言の一つなんです…」
首をかしげる一真に、ハウルが説明を始めた。
「…つまり、その"聖なる魔を放つ者"ってのが、オレ…だと?」
「いえ…そう信じて疑わない人が、ここにいる…ってことです」
一真とハウルは、揃ってあおいに視線を向ける。
あおいは小さなパイプ椅子に腰掛け、満面の笑みで一真を見つめていた。
「…はぁ…」
その状況に、一真はため息を吐く。
聖なる魔を放つ者。すなわち、名に一つの真実を宿す者…
一つの真実…
一真…
(高確率でオレじゃねぇか…)
その結論に、一真は泣きたくなった。
「…?」
一真の複雑な表情を見て、ハウルは首をかしげる。
「…確かに、日付や状況を考えると…一真さんが"聖なる魔を放つ者"である可能性は高いですけど…」
言いながら、ハウルは後ろ髪を右手で掻き揚げ、払う。
「…正直に言うと、一真さんから感じることの出来る魔力量は、人並み以下なんです…だから少し、違和感が…」
「…なるほど」
もっともな意見だ。と、言わんばかりに一真は頷いた。
「聖なる魔を放つ者って言うぐらいだ…さぞかし凄まじい魔力を持ってるんだろうよ」
「…じゃあやっぱり、一真さんは聖なる魔を放つ者じゃないんですか?」
「えぇ!?違うの?」
ハウルの言葉に、あおいは勢い良く椅子から立ち上がり、驚愕の視線を一真に向ける。
「さぁね…オレにはわからないよ」
「でも昨日、"聖なる魔"で私達を助けてくれたじゃん!」
あおいが一真に詰め寄る。そんなあおいに、一真は諭すように言った。
「…あれは魔法じゃない。完全な"聖"だ」
「"聖"?」
「簡単に言えば、魔を退ける力…退魔力ってやつさ。オレの世界では、大雑把に言うと…魔力を持つ魔法使い、退魔力を持つ退魔士、そういった力を持たない人間…全ての人間は、この三つに分かれる」
「それじゃあ一真さんは、退魔士なんですか?」
ハウルの質問に、一真は首を横に振った。
「オレは魔法使いだ。でも、退魔力も使える。だけど今は、魔力が退魔力で封印されちゃってて、魔法をあまり使えない…」
「…?なんか、その話変だよ」
一真の説明に、あおいが首をかしげる。
「退魔力が使えるのに、退魔力で魔力が封印されてる…なら、退魔力を操って封印を解けば…」
「そうしたいのは山々なんだけどな…まぁ、説明はダルいから省くけど」
そう言って、一真は両腕を真上に伸ばし、軽くほぐす。
「とにかく、オレは異世界人。地球って星の、日本って国から来た魔法使いだ」
一真がそう言うと同時に、部屋のドアが開いた。
「あら、起きたのね?」
「…」
一真は、部屋に入って来た女性を見て唖然とした。
ピンク色の髪に、ハート型のアホ毛…どちらかと言えば可愛い容姿だが、髪色にインパクトがありすぎた。
「この人は麻美=ルイズ・レーヴェルトさん。私達の上司です。麻美姉、こちら、久城一真さんです」
ハウルに紹介され、一真と麻美は軽く会釈する。
「…あ、ついでに言うと、私の名前は真神あおいです」
そう言って、あおいも一真に会釈した。
「麻美姉、一真さんは異世界から来たんだそうで…」
「そう…ってことは、予言の人で間違いなさそうだね」
「…やっぱり、そうなんですかね…でも、それにしては妙に魔力値が低くありませんか?」
「聖なる魔っていうのが、魔力のことかはわからないよ。むしろ、聖なる物…なのかもしれないじゃない?」
麻美の意見に、一真は少しだけ驚いた。一真が思っていたよりも、麻美は聡明な女性のようだ。
「あなたに詳しい話を聞きたい所だけど…今はちょっと時間が無いんです。動けるかな?」
「…?動けるけど…移動すんの?」
一真は答えながら、ベッドから降りた。
「うん、まずは逃げなきゃいけないの」
「逃げる…何から?」
「宇宙人」
「…」
一真は、何かの冗談かと思った。が、どうやら違うらしい。
麻美の真剣な表情を見て、一真は素直に頷いた。
部屋から出た一真は、思わず感嘆の息を吐いた。
そこは、女神と天使が描かれたステンドグラスがある、神秘的な建物。教会…いや、聖堂だった。
一真が、ステンドグラスから差し込む光がかもしだす神秘的な雰囲気に浸る中、一真の前にいる三人は、それどころでは無い様子だった。
「二人とも、"魔石"は持ってる?」
「持ってます」
「持ってるよ!」
麻美の問いに、二人は答える。一真はそれに、首をかしげた。
「…"魔石"って?」
「これのことだよ」
そう言って、あおいはポケットから赤い宝石を取り出した。
「"魔力増強水晶石"略して"魔石"ちなみに、この子の名前は"ファナユフィ"」
言いながら、あおいは宝石…ファナユフィを右手に握り、頭上に持ち上げた。
「ファナユフィ、"ロッド"!」
あおいが言うと同時に、ファナユフィが光を放つ。すると、ファナユフィから黄色とピンクのパーツが出現し、あおいの身の丈程の長さの杖になった。
「へぇ…こっちの世界だと、魔法を使うのに杖が必要なのか…」
あおいの杖を見た一真は、そう言って数回頷いた。
「…来たわね」
麻美が、聖堂の入り口を指差した。
すると、浮遊するロボットがビームを放ちながら、一真達の方へ向かって来ていた。
「…あれが宇宙人?」
一真が顔をしかめつつ、呟いた。
「宇宙人の魔導兵器よ、無差別に人間を攻撃するの」
「って事は、無人なんだな?」
「そうだけど…」
麻美が言い終わる前に、一真は走り出していた。
ロボットの放つビームを避け、瞬時に間合いを詰めた一真は、ロボットの背後に回り込み、身体を捻り…
「よっ!」
ロボットを、地面に蹴り落とした。
『…』
その光景を見た三人は、唖然とするしかなかった。
「…え?これで終わり?」
当人の一真も、困惑していた。
「…確かに、マウン…あ、さっきの魔導兵器のことね?マウンは、物理攻撃でも破壊は可能よ?ただし、マウンには物理攻撃用のシールドがあるから、魔法攻撃での破壊より難しいの」
聖堂の出口に向かって歩きながら、一真は黙って、麻美の解説を聞いていた。
「ちなみに、肉体強化の魔法を使ったりは…」
「使えるけど、使ってない。小さい頃から、ちょっとわけ有りで…脚力だけはかなり鍛えてたからな…」
言いながら、一真は顔をしかめた。全力で逃げなければ、梨紅の父親…幸太郎に襲われる。という嫌な思い出が、一真の脳裏をよぎる。
「それにしても、ちょっと異様だよ…君の蹴った箇所、唯一マウンのシールドが薄い、いわば弱点なの。そこを瞬時に見抜いて、ピンポイントで…」
「…偶然だよ」
一真はそう言うが、実際は違う。
(…"真眼"のことは、黙っとくか…)
そう、"真眼"だ。だが決して、一真が自ら使おうと思ったわけじゃない。"真眼"が勝手に起動したのだ。
「…てか、今はまだ魔力が足りないから、あんまり魔法を使いたくないんだよね」
「それなら大丈夫よ。君の世界はどうか知らないけど、この世界の大気は魔力で溢れてるから、回復も速いから」
「へぇ、そうなんだ…」
(回復が速くても、最大量が少ないんじゃ意味が無ぇ…)
麻美の言葉に、一真は内心、顔をしかめた。すると…
「一真さん、麻美姉、マウンです!」
ハウルが叫ぶ。四人の前方から、数体のマウンがやって来ていた。
「…さすがに、この数は魔法を使わなきゃ無理かな…」
一真は呟き、右手を後方に向けて構える。
「?君、魔石は?杖は?」
「"ファイアリィ"!」
一真は麻美の問いを無視し、右手を大きく振り抜き、速度のある火の玉を放った。
火の玉は容易にマウンを貫き、数体いたマウンは全て爆発した。
「速ッ!」
「凄ッ!」
ハウルとあおいが、簡潔に感想を述べる。
「…やっぱ魔力使うなぁ…」
一真が呟き、ため息を吐いた。
「…もう一回聞くよ?」
麻美はそう言って、一真の両肩を掴み、一真の目を見て言った。
「君、魔石と杖は?」
「あぁ…オレの世界では、魔石も杖も使わないんだ。いや、使う人もいるな…オレは使わないけど」
「…なら今の魔法、杖も魔石も呪文詠唱も魔法陣も使わずに?」
「あぁ、真言魔法っていうんだ」
一真の言葉に、麻美は驚愕を隠せずにいた。
「…今の、魔法ランクAAの魔法よ?」
「魔法ランク?」
魔法ランクとは、魔法の威力や魔導師の魔力量を現す物であり、E(シングルE)からSSS(トリプルS)まである。
「ただし、SSSを越える魔力量、威力が存在した場合は、Xを使うわ」
「なるほど、ランク分けか…」
さすが、魔法使いの世界。一真の世界とは、魔法に関する全てにおいて次元が違う。
「ちなみに、麻美さんの魔法ランクって…聞いても良いですか?」
「私はSSクラス。でも、呪文詠唱も杖も魔石も使わないとしたら、私に使えるのは精々BBランクの魔法ぐらいだよ…」
何処か悔しげに、麻美は言った。
「…それと、私の事は麻美で良いよ」
「あぁ…こっちも、一真で良い…?」
一真はそう答え、マウンが来た方向を向いた。そして、
「…悲鳴…」
「え?」
呟くや否や、麻美達を置いて、一真は駆け出した。
麻美達はしばらく唖然としていたが、すぐに、
「…あの人、凄く強いじゃないですか…魔力は少ないのに」
「異世界には、あんなに強い人がいるんだね…」
「そうだね…案外、本当に彼が"聖なる魔を放つ者"なのかもね」
それぞれの思いを口にしながら、一真の後を追った。




