6.MBSF研究会は出動する。
一真達の教室のドアが、勢い良く開かれた。
「一真ぁぁ!!」
一真の名を叫びながら、真っ青な顔をした勇気が教室に飛び込んで来た。
「君ぃ!今は授業中…」
「うるせぇ!!黙ってろ!!」
注意する教師を一喝し、勇気は一真の元に駆け寄る。
「一真、ヤバい…魔物が…」
勇気の言葉はまだ途中だったが、一真にとっては、それだけで充分だった。
何故なら…この展開は、一真が考えていた展開のうちの一つであり…
文字通り…最悪の展開だったから。
「フェザーズ!アルバトロス!全員聴こえるな!」
一真は席から立ち上がり、全員からの返答を待たずに続ける。
「予定が大幅に変更になった!敵は既に貴ノ葉大通りに出現している!フェザーズ2はすぐに職場に連絡!アルバトロス3、フェザーズ3両名は民間人の保護!アルバトロス2はフェザーズ4と現地に!豊と暖もすぐに出動!」
コードネームと本名がごちゃごちゃになりながらも、一真は大声で指示を出す。
「オレと梨紅は先に飛ぶ!フェザーズ2、アルバトロス2両名!自分のチームのメンバーに臨機応変に指示を出せ!」
言い終わると同時に、一真と梨紅は窓枠に飛び乗り…
「"ソアー・フェザー=アクセル・モード"!」
「"天使化"!」
二人は窓から跳躍した。そして、一真は緋色の翼を…梨紅は純白の翼を広げ、凄まじいスピードで貴ノ葉大通りへと飛んで行った。
凉音友美は、絶体絶命の状況にいた。
検査のため、入院していた病院よりも大きな病院のある貴ノ葉大通りに来ていた友美は、運悪く…魔物襲来の現場に居合わせてしまったのだ。
友美は逃げた。周りにいるサラリーマン達と同じように、必死に逃げた。しかし…
「………もう駄目ぇ…」
50mも走らないうちに、友美は立ち止まり、必死に酸素を取り込み始める。
完全な運動不足…長い入院生活が、彼女の身体を貧弱にしてしまったことが原因だろう。
「…お姉ちゃん…」
思わず口に出し、しかし友美は首を振った。
今、姉である愛はいないのだ。自分の身は、自分で守らなければならない。
そう決心した友美は、魔物の大群を振り返った。
数十匹のケルベロス…
気持ちの悪い触手付きのスライム…
土や水、火で出来たゴーレムの大群…
「…無理!」
潔く諦めた友美は、再び逃げるために踵を返そうとした。
「!」
その途中、友美は目撃してしまった。思わず、自分の目を疑ってしまうような光景を…
「お母さぁぁぁん!!!!!」
母親を求め、泣き叫ぶ女の子…その背後には、土のゴーレムが迫りつつあったのだ。
「…え?」
気がつくと友美は、女の子に向かって走り出していた。
そして、その行動を取った自分自身に、驚愕していた。
私に何が出来るの?
私、病み上がりで貧弱な女の子だよ?
頭ではそう考える。それでも友美は、走り続ける。
そして、友美は女の子の元にたどり着いた。
「大丈夫!?早く逃げ…」
友美がそこまで言うと、友美の周りが急に暗くなった。
「あ…」
ゴーレムの影に入ってしまったのだ。
「ゴォォォォォ………」
雄叫びを上げながら、ゴーレムは右腕を振り上げた。
「…」
しかし友美は、動かなかった。
動けなかったのではなく"動かなかった"。
女の子を左手で抱きしめた友美は、ゴーレムの右腕を睨み付けた。
直後、ゴーレムの右腕は振り下ろされた。
「…」
それでも、友美は動かない。目を瞑ることすらしない。
ただジッと…ゴーレムの右腕を睨み付け続ける。すると…
(…右手を伸ばしなさい)
「!?」
友美の頭に、声が響いた。
驚いた友美は思わず、ゴーレムの右腕に向かって右手を伸ばした。
(呪文を唱えて…"イージス"と)
「…"イージス"…?」
友美が呟くと、驚くべきことが起きた。
友美と女の子を包み込むように、金色の球体が現れたのだ。
「ゴォォォォォ………」
ゴーレムの右腕が球体に触れると同時に、球体が金色に輝き、ゴーレムの右腕を押し返した。
「……えぇ!?」
ゴーレムは、仰向けに倒れてしまった。
倒れたゴーレムを、驚愕の表情で見つめる友美。
金色の球体は、ゴーレムの右腕を押し返すと同時に消えてしまった。
「…!あなた、早く逃げて!」
そう言って、友美は女の子の背中を押した。
必死に走り出した女の子は、数秒もしないうちに運良く母親と再会し、人混みの中に消えていった。
「良かった…」
それを見て、安堵の息をもらす友美。しかし…
「…やっぱり良くない」
友美の目の前に、ゴーレムが立ち上がった。
「ゴォォォォォ………」
「う…」
後退りする友美。万事休すか…
…いや、間に合ったようだ。
「"アイス・ゲイザー"!!」
「!?」
友美の目の前にいたゴーレムは、突然地面から突き出てきた鋭く尖った氷に貫かれ、銀の粒子になって消えてしまった。
「…」
「"アクセル・トルネード"!!!」
友美が呆然としているうちに、大通りの真ん中に二つの巨大な緋色の竜巻が発生し、辺りにいた魔物を一掃してしまった。
「…これって…」
そう呟き、友美が空を見上げると…
「…っぶねぇ!危機一髪?」
「友美ちゃん!大丈夫?」
「一真さん!梨紅さん!」
緋色の翼を持つ一真と、純白の翼を持つ梨紅が、友美の元に降下して来ていた。
「友美ちゃん、こんな所で何してんの?」
一真が、顔をしかめながら聞いた。
「あの…検査があって、この近くの病院に行ってて…」
「そっかぁ…まだ病み上がりだもんね?」
「世間話は後にしろよ…とりあえず、友美ちゃんを安全な所まで連れて行くぞ」
言うと同時に、一真は友美を抱き抱える。いわゆる、お姫様抱っこだ。
「安全な所って?」
「確か、大通りの端の方に教会あったろ?まずはそこまで飛ぼう」
「OK、私が先導するね!」
一真と梨紅は翼を広げ、再び空へ舞い上がった。
教会には、十数人の女性と子供達…そして、一人のシスターがいた。
「皆さん、大丈夫ですよ」
魔物に怯え、震えている女性達に、シスターは言った。
「神はきっと、私達を救ってくださいます…さぁ、共に祈りましょう」
そう言って、シスターはステンドグラスに向かって祈り始めた。
それを見た女性達と子供達も、シスターと同じようにステンドグラスに祈り始める。
「神よ…どうか、我らをお救いください…」
シスターが神に懇願する。神が日本を見捨てたとも知らず、シスターは神に祈り続ける。
…そして、祈りは通じた。
神では無く…女神に。
「!?」
教会のドアが勢い良く開かれた。その音に、シスターを始め、教会にいた人間は全員身を竦めた。しかし…
「…女神様…」
誰かが、そう呟いた。
純白の羽…蒼く美しい髪…
教会の扉を開けた梨紅は、女神として迎えられた。
「…一真、聞いた?私のこと女神様だって!」
「聞いてない。空耳じゃねぇの?ってか、早く中入れよ」
一真は梨紅を教会の中に押し込み、扉を閉めた。
「…悪魔?」
「…梨紅が女神でオレは悪魔かぁ…」
誰かの呟きに、一真の心は酷く傷ついた。
「あの、私達は退魔士…です!魔物を退治しに来ました!」
「決して、女神や悪魔ではありませんので、ご安心下さい」
梨紅と一真の声を聞き、シスター達は安堵の息をもらした。
「…あの、一真さん?そろそろ…」
「あ、悪い…」
一真は、自分の腕の中で恥ずかしそうに顔を赤らめている友美を、下に降ろした。
「ありがとうございます…」
「おう。さて、これからどうするかな…」
一真が腕を組み、教会の椅子の背に腰掛けると…
(…こちらフェザーズ2。フェザーズ1、聞こえるか?)
正義から、一真に通信が入った。
「お、正義か…どんな感じだ?」
(…コードネームは使わないのか?)
どこか不満気な正義。どうやら、コードネームが気に入っているようだ。
「はいはい…こちら、フェザーズ1。そっちの状況は?」
(たった今、貴ノ葉大通りに警官を百人向かわせた。オレも今から貴ノ葉大通りに向かう)
「他の連中は?」
(全員、大通りに到着してると思うが…)
「了解、あいつらにはオレが指示を出すから、お前は急いで大通りに…」
(了解だ)
そう言って、正義は通信を切った。
「えっと、次は…凉音、聞こえるか?」
続いて、一真は愛に通信を送るが…
(コードネーム!)
「…こちらフェザーズ1!フェザーズ3、聞こえるか?」
(聞こえるわよ)
「今どこ?」
(大通り入ってすぐの所。フェザーズ4も一緒よ)
「え?重野と勇気は?」
(アルバトロス2と3は、一般人を護送中よ)
「そうか…とりあえず、お前はそのまま教会に来てくれ、妹が待ってる」
(了か…妹?…友美が!?なん…)
一真は通信を切り、友美に向き直る。
「そうだ…あのさ?友美ちゃんに聞いておきたいことがあるんだけど…」
「私に?なんですか?」
「ん…さっき友美ちゃんが使った、魔法について」
「!?」
驚いたのは梨紅だ。梨紅は、驚愕の表情で一真と友美を見つめる。
「…見てたんですか」
「あ、勘違いしないでな?これでも全力で飛んでたんだ。空から友美ちゃんを見つけた時には、既に金色の球体が現れてた…」
「…あれは、自分でもよくわからないんです。頭の中に、右手を伸ばしなさい…呪文を唱えて…"イージス"…って声が響いて…」
「イージス!?」
驚き、声をあらげる一真。
「…一真さん、何か知ってるんですか?」
友美は、首をかしげながら一真に問いかけた。
「…それ、前にオレが考えてたけど、作るの諦めた魔法なんだよね…」
絶対防御魔法イージス
あらゆる物理攻撃、魔法攻撃を防ぐ、究極の防御魔法…の、予定。
「…予定?」
「未完成だったんだ…考えていた当時、攻撃を完全に防ぐための仕組みが、まったく浮かばなかった…」
梨紅にそう答え、一真は続ける。
「でも…友美ちゃんが使ったのは、オレがイメージしていたイージスそのものだった…」
「…誰かが完成させたってこと?」
「いや、オレは梨紅にすら、イージスのことは言ってな…」
そこまで言って、一真は言葉を止めた。
(…エリーかナイト…)
(完成させたのは私よ)
一真の問いかけに、エリーが答えた。
(どうやって…)
(教えないわ。自分で考えなさい)
「…謎は大体解けた…」
エリーに言われ、一真は顔をしかめつつ言った。
「多分、友美ちゃんの病気を治した時に使ったオレの魔力が、友美ちゃんの中に残ってるんだ…その魔力で、イージスを発動した…そんな所だろ」
「…なるほど」
梨紅は、納得したように頷いた。
「友美!?」
「あ、お姉ちゃん」
教会の扉をぶち破らんばかりに勢い良く開き、愛が突入して来た。
「友美、あんた何やってるのよ!」
「病院の帰りだよ、検査だって今朝言ったじゃない?」
「…ごめん、聞いてなかった…」
そう言って、愛は苦笑いする。すると…
「愛ちゃん、速いよ…」
開かれた扉から、沙織が入って来た。
「うわ…久城君、何その翼…」
「あぁ、これ?アクセル・フェザー。まぁ、加速装置みたいなもんだと思ってて」
そう言って、一真は翼を撫でる。
「…てか、梨紅のパクリじゃん」
「うるせぇよ、良いだろ?別に」
愛に突っ込まれ、一真は苦笑する。
「とりあえず、山中と凉音でこの人達を避難させてくれ。オレと梨紅は魔物の討伐に向かうから」
「了解、任せて」
「出来るだけ数減らしときなさいよ?」
「おう!」
「じゃあ二人とも、気をつけてね?」
言うや否や、一真と梨紅は教会から飛び立って行った。
「…よし、早速避難させま…」
愛が言った、その時だ。
「!!!」
教会の窓が割れ、魔物達が入って来てしまった。
「ガァァァァァ!!!!」
「うわ…こいつら、絶対にカズと梨紅が出てくの待ってたわよ!タイミング良すぎるってのよ!!」
「狼型が十体に、ミイラっぽいのが七体…やるしか無さそうね」
愛と沙織は、それぞれの武器を手に構える。
「ガァァァァァ…」
「!?」
しかし、ミイラっぽい魔物の一体が、愛達を無視してシスター達に襲いかかろうとしていた。
「ヤバッ!」
愛が駆け出したが、狼型の魔物が行く手を阻み、間に合わない。
「くっ…」
「…"イージス"!」
瞬間…シスター達に向かって来ていたミイラっぽい魔物が、教会の壁に叩きつけられた。
「え…友美?」
「出来た…お姉ちゃん、こっちは任せて!」
シスター達の前に立ち、友美が言った。
「この人達は、私が守るから!」
「…」
呆然としていた愛だが、友美の言葉を聞くと、不敵な笑みを浮かべ、自分の武器…鉄パイプのような判子を握り直した。
「友美!終わったら全部説明しなさいよ?」
「はい!」
「よし…沙織!」
「いつでも行けるよ?」
沙織は既に、死神の大鎌を手に、戦闘体勢だ。
「愛ちゃん、死亡フラグが立ちそうなセリフは言わないようにね?」
「わかってるわよ、むしろ熟知してるっての」
言って、愛も構える。
「じゃ、行くよ!」
「おぉ!」
『はぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!』
…教会で、沙織達が戦い始めたのと同時刻…
貴ノ葉大通り、メインストリート。
「オラァァァァァ!!!!!」
一台のバイクが、魔物を蹴散らしながら疾走していた。
「……教会で、凉音達が戦ってる…」
バイクの運転手の後ろで、ヘルメットを被った男…豊が呟いた。
「教会!?向かうのか?」
運転手…豊と同様にヘルメットを被った暖が聞いた。
「いや、僕達はこのまま…暖、次の信号右折」
「了解!!」
暖は言われた通りに右折し、一般人を襲っている魔物を跳ね飛ばした。
「オッサン!!早く逃げろ!!」
暖に助けられたサラリーマンは、暖に頭を下げ、全力で逃げて行った。
「……僕達はこのまま、一般人の救助だよ」
豊が言った。結界内のあらゆる情報を知ることが出来る豊と、その足である暖は、逃げ遅れた一般人の救助を行っているのだ。
「…オレ達、めちゃめちゃかっこよくね?」
「……次、二百メートル直進…」
にやける暖を無視して、豊が言った。
「了解!!次はどんな人だ?」
「……女子高生…」
「っしゃぁぁぁ!!燃えてキタァァァァ!!!!」
暖はアクセルを全開にして、走り出した。
「………あ…」
その直後、豊が後ろを振り向いた。
「ん?どうした豊?何か落としたか?」
「いや…正義が入って来た…重野と勇気も一緒…」
「やっと来たか…合流?」
「…直進…女子高生が待ってる」
「そうだった!待ってろオレの女子高生!!!」
馬鹿丸出しな発言と共に、暖は更にバイクを加速させ、女子高生の元へ向かった。
恋華は一人、歩道を走っていた。
途中までは勇気と一緒だったのだが、大通りに入ると同様に二手に別れたのだ。しかし…
「…あっちゃ~…」
二手に別れて割とすぐに、それが失敗だったと悟り、恋華は立ち止まった。
「ピシュィィィィィ…」
恋華は、魔物に囲まれてしまっていたのだ。
「"グラビテス"!」
恋華は、漆黒の鎚を生成し、構える。
が、あまりにも敵の数が多かった。
「…」
魔物を見て、恋華は困惑していた。魔物の数にも困惑したのだが、主な理由は別にある。
「えっと…何?」
その魔物は、なんと言ってよいかわからない、微妙な姿をしていたのだ。
一見、赤いトカゲに見える。しかし、身体に漆黒の鎧を纏っており、背中の穴から火を吹き出している…
「…」
呆然とする恋華。その隙を突いて、トカゲは恋華に襲いかかって来た。
「!!!」
恋華が気付いた時には、手遅れだった。
十数匹のトカゲが、恋華に飛びかかり…
「…"風化・時雨刃烈風"」
「!?」
瞬間…トカゲが全て、細切れになり、消滅した。
「な…何?何!?」
何が起こったかわからず、戸惑う恋華。
「大丈夫か?恋華」
「まー君!!」
正義の声に、恋華が振り向くが…
「…あれ?」
恋華は辺りを見回し、空を見上げるが、正義の姿は何処にも無かった。
「…まー君、どこ?」
「ここだよ」
正義の声と同時に、恋華の前に風が渦巻き始めた。
「え…えぇぇぇぇ!!!!!」
恋華は、悲鳴に近い叫びをあげた。自分の目の前で渦巻く風が、正義の姿になったのだ。
「なんで!?手品!?」
「"風化の術"って言うらしい…空気と同化する術だ」
右手にウィルを持ち、魔物を見据えて構えながら、正義が言った。
「風化の術?…なんか、あたしの重化の術と似てるね」
「重化の術?」
正義の知らない技らしく、正義は首をかしげた。
「お母さんが教えてくれたの。見せてあげるね」
そう言うと、恋華は右腕のワイシャツを肩まで押し上げる。
「いくよ…"部分・重化の術"」
すると、恋華の右腕が、指先から徐々に黒く染まり始めた。
「…なんだ?」
正義が驚きつつ、恋華の腕を見つめる。二の腕半分まで黒く染まると、腕の変色は止まった。
「…もしかしてそれ…ブラックホールか?」
恐る恐る、正義が聞いた。
「うん…正解」
虚ろな瞳で正義を見つめながら、恋華が肯定した。
「…凄く危険な技な気がするのは、オレの気のせいか?」
「気のせいじゃないよ…制御するのが凄く大変で、完全に重化したら、どうなるかわからないの…でも…」
言いながら、恋華はトカゲに向かって駆け出した。
それに反応し、トカゲは恋華に向かって口から火を吐いた。
「…完全に重化しなくても…」
恋華は、重化した右腕を火に向ける。
トカゲの火は右腕に吸い込まれ…
「十分に、戦える」
トカゲの頭から尻尾までが…恋華に抉り取られ、吸い込まれた。
「…ほらね?」
「…恋華、なんか性格変わってないか?」
粒子になって消えていくトカゲを見ながら、正義は顔をしかめる。
「制御が難しいから、常に気を張ってるだけだよ…」
言いながら、恋華は正義に歩み寄って来る。正義を見つめる、恋華の虚ろな瞳…それが、恋華がどれだけ気を張っているかを物語っていた。
「そうか…なら、少し急ぐか」
言って、正義は恋華に背を向けた。それを見た恋華も、無表情で正義に背を向ける。
「…無理はするなよ?」
「…お互いにね」
そして二人は…同時に、魔物に向かって走り出した。
「…ラムダラ、どういうことだ!!」
勇気が携帯に向かって怒鳴る。
(も…申し訳ございません!突然時刻が変更されまして…)
電話の相手…天界にいるラムダラが、狼狽えつつ答える。
「ふざけるな!!魔物の出現時間、場所の指定はお前の管轄だろうが!!」
(そ、それが…操作権限が取り上げられてしまいまして…)
「はぁ!?誰に!!」
(…神です…)
「な……そうか、ならば仕方ないな、怒鳴って悪かった…」
言って、勇気は携帯の電源ボタンを押し、通話を切る。
「……あのクソ神がぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!」
罵声と共に、勇気は携帯をアスファルトに叩きつけた。
「上等だ!!やってやろうじゃねぇか!!意地でも日本を救ってやらぁ!!」
空に向かってそう叫び、勇気は駆け出した。
貴ノ葉大通りの上空…一真と梨紅は、空中に静止し、辺りを伺っていた。
「梨紅…空と下、どっちがいい?」
「下」
一真の問いに、梨紅は即答した。
「じゃ、オレは空か…」
「良いの?一真も下が良かったんじゃない?」
「まさか…オレが下だと、大通りが消し飛ぶぞ」
「そこはあんた、加減しなさいよ」
「お前だって似たようなもんだろ」
「…まぁね」
そして、二人は互いに笑い合う。
「じゃ、気をつけてね…一真」
「梨紅もな…」
一瞬…互いの手の平を重ね合い、二人は地上と空に別れた。
地上に降りた梨紅の前には、大量の魔物…様々なゴーレムや、巨大なミミズ等が雄叫びを上げていた。
「…」
梨紅は無言のまま魔物の群れを見据え、純白の翼を大きく広げた。
一方…空を飛んでいる魔物は、地上の比では無かった。
石で構成された、翼のある像…
翼の生えたトカゲ…
足の無い小人…
等々、多種多様かつ大量の魔物が、うごめいていた。
「…」
一真は無言で、自分の目の前に魔法陣を生成する。
「"エンジェル・フェザー"!!!!」
「"サン・ライト・コロナ"!!!!」
同時に放たれた、二つの技…
天使の翼は魔物を切り裂き、太陽の波動は魔物を焼き払う…
効果は違えど結果は同じ…
魔物は、一匹残らず消え去った。
教会では、沙織達が苦戦をしていた。
「うりゃぁぁぁぁ!!!!」
愛が判子を魔物に叩きつける。判子の文字は、<退>…叩かれた魔物は、粒子になって消えていく。
「せやぁ!!」
沙織が大鎌で魔物を切り裂く。
苦戦しているという割に、敵はどんどん消えていく。
では、何故苦戦しているのか…それは…
『敵、多すぎ!!』
二人は同時に叫んだ。
狼型の魔物は、既に倒したのだが…問題は、ミイラのような魔物の方だった。
奴等は、見た目はミイラなのに、行動はゾンビだった。倒しても、倒しても…窓からどんどん入って来るのだ。
「キリがないったらもぉ!!!ムカつく!!!」
そう言いながら愛は、自分の両手に強化と退魔の判子を押し、ミイラを力の限り殴り飛ばした。
「ホントだね…私もイライラしてきたわ」
ミイラを爪で八つ裂きにしながら、沙織が言う。
「教会は狭い!けど出られない!から、強力な攻撃も出来ない!」
「必要なのは、ピンポイントで魔物だけを倒せる技ね…愛ちゃん、何か無い?」
ミイラの足を大鎌で刈り取りながら、沙織が言った。
「あのねぇ沙織?そんな技があるなら、とっくに使っ…」
言葉を止め、愛はミイラを蹴り飛ばした。
「…あるにはあるわね」
「え?本当?」
「…こちら、フェザーズ3!アルバトロス5、聞こえる?」
ミイラを判子で牽制しつつ、愛は豊に通信を送る。
(…こちら、アルバトロス5。大丈夫?)
「魔物多すぎよ!このままじゃキツいわ…あんた今どこ?」
(…教会の裏の、裏の通り)
「今すぐ来なさい!到着次第、"作戦B"を使うわ」
(Bって言うと…え…本気?…なんだろうね、凉音だし…わかった、すぐに行くよ)
ため息混じりに了承し、豊は通信を切った。
「よし…沙織、時間を稼ぐわよ!」
「どのくらい?」
「とりあえず…五分弱!あと、出来るだけ大量の魔物を教会の中に集めて!」
「!?」
沙織は耳を疑った。愛は、敵を倒さず時間を稼げと言ったのだ。
「…わかった、やってみるわ」
「!?」
沙織の言葉に、愛は耳を疑った。
「…出来るの?」
「ギリギリかな?五分ぐらいなら…巻き添えにならないように、私が合図したら友美ちゃんの所まで下がってね?」
そう言った沙織は、持っていた大鎌を消して、完全な無防備になり、目を瞑った。
「ちょっ…沙織!?」
「…今!下がって!」
目を見開き、沙織が言った。
同時に、愛は友美に向かって跳躍する。
「…"ア・バオ・ア・クゥーの領域"」
愛が着地した瞬間…沙織がそう呟いた。
「…?」
沙織の方を振り向いた愛は、首をかしげた。
全てのミイラが、まるでその場に両足が貼り付いてしまっているかのように、動かない足を動かそうと、必死にもがいているのだ。
「…沙織、何したの?」
愛が沙織に聞いた。
その間にも、ミイラは教会の窓から入り続ける。しかし…入ると同時に、足が動かなくなり、もがき出す…
「新しい技よ…動きを鈍らせる効果があるの」
ア・バオ・ア・クゥーの領域
使用者が指定した空間内に足を踏み入れた者の、自由を奪う技である。
時間が経つごとに、あらゆる動きが制限されていくのだ。
「これで、しばらくは大丈夫」
「そう…じゃ、後は豊待ちね」
そう言って愛は深呼吸し、額の汗を拭った。
それはまるで、漆黒の蝶々…黒アゲハのようだった。
虚ろな瞳…
黒く染まった右腕…
左手に持った黒い鎚…
まるで、重力による束縛から解き放たれたかのように…恋華は、軽やかに舞っていた。
火トカゲの放つ火から身を反らし、右腕で吸い込む。
その後、間髪入れずにグラビテスで叩き潰す。
一連の流れに、無駄は無い…それはまるで演舞…そう、踊っているようにさえ見えた。
「…」
恋華は、自分に飛びかかって来た火トカゲを避け、同時にその腹を右手で撫でる。
それだけ…たったそれだけで、火トカゲは粒子となり、この世からいなくなる。
「…」
恋華は、一言も言葉を発しない。
ただ黙々と、敵に向かってゆっくりと歩き、その脇をすり抜ける。
同時に敵は…粒子になって、消える。
気が付けば…恋華は既に、グラビテスを持ってはいなかった。
持っている必要が無いから…
右腕だけで、十分だったから…
こうして、また一つ…
恋華の動きから、無駄が省かれた。
それは、異様な光景だった。
敵が、一匹…また一匹と、細切れになっていく。
しかし…細切れにしている人物の、姿は無い…
「…」
それもそのはず…彼は…正義は今、風なのだ。
風と完全に同化し、敵を細切れにしているのだ。
今の正義は目に見えず…触れることさえ出来ない。
敵はただ…何をされたか理解することも出来ず、一瞬で粒子となり、消える…
「…」
ようやく、正義が姿を現した。
そう…終わったのだ。
正義の周りにはもう、敵の姿は無かった。
正義が一人…そこに立っていた。
風を従えた、疾風の王の姿が、そこにあった…
恋華の黒い右腕…
正義の風の身体…
二人の先祖…忍者だった彼らは、これを使い、暗殺などを行っていたに違いない…
しかしそれは、二人には関係無い話…
二人はそれを、人殺しには使わないから。
二人は決して、力の使い方を…間違えたりは、しないから…
「…終わったみたいだな」
恋華が最後の魔物を倒すと同時に、正義が恋華に声をかけた。
「…うん…」
恋華は返事をしながら、右腕を元の色に戻していく。
「…はふぅ~…疲れたぁ…」
右腕が完全に肌色に戻ると、恋華の表情が和らぎ、恋華は深く、息を吐き出した。
「お疲れ、恋華」
「まー君もね!」
言いながら二人は、軽くハイタッチを交わした。
「結構倒したよね…千体ぐらい?」
「いや…二人合わせても、百体ぐらいだな」
「はぅあ!?たった百体?」
たった百体…恋華はそう言うが、結構な数字である。
ガッカリした恋華は、ため息を吐き、肩を落とした。
「…確かに、一万に比べれば『たった』だな…でも、千里の道も一歩から…って言うだろ?」
正義は恋華を励ましながら、恋華の頭を撫でてやる。
「…そうだね、もっと頑張らなきゃね!」
立ち直った恋華は、ガッツポーズを取り、気合いを入れた。
すると…
「ぶぉぉぉぉぉ…ん」
巨大な雄叫びが、辺りに木霊した。
『!?』
二人は雄叫びがした方向を振り向き、唖然とした。
「…大きいねぇ…」
「でかすぎだろ…」
その魔物は、三階建てのビルぐらいの大きさのゴーレムだった。
「…これを倒したら、何体倒したことになるの?」
「…一体じゃないか?」
「…はぅあ…」
げんなりする恋華。一方、正義は魔物に左手を向け、既に臨戦体勢を取っていた。
「あいつはオレがやる…恋華は休んでて良いよ」
「…ううん、あたしもやるよ」
そう言って、恋華は魔物に右手を向ける。
「二人の方が、早く終わるよ」
「…そうだな」
互いに微笑み合い、二人は魔物に視線を向けた。
「…"ゲイル…」
正義の左手に、風が集まり始める。
「…"グラビティ…」
恋華の右手に、漆黒の球体が現れる。
そして…
「ぶぉぉぉぉぉ…」
『!?』
雄叫びと共に、ゴーレムが真っ二つになった。
ちなみに…二人はまだ何もしていない。
「…口より手を動かせ。魔物はまだまだ、腐るほどいるんだからな」
粒子になった魔物の下から、一人の男が現れた。
「…勇気?」
「勇気君!」
それは…電気を帯びた槍を持った、勇気だった。
「お前ら、こんな所でイチャついてんじゃねぇよ。とっとと魔物狩れや!」
「…何でキレてるんだ?」
正義が、恐る恐る聞いた。
「そりゃあキレるだろうよ!!二時に現れる予定だった魔物を、神のクソ野郎が十二時に変えやがって!!更に!こんな時に目の前でお前らがイチャついてやがって!!ムカつくことこの上ないわ!!!!」
つまり、ほとんど八つ当たりである。
「…勇気君、あんなに大きな魔物を一人で倒したの?」
恋華が、唖然とした表情のまま言った。
「あぁ。でも別に、大きさがそのまま強さってわけじゃねぇし…あんなの中身スカスカだぜ?」
「へぇ…」
勇気の答えに、恋華は数回頷いた。
「この辺りにはもういねぇな。次に行くか…」
「…?お前、魔物がいるかどうかがわかるのか?」
勇気の言葉に、正義は首をかしげる。
「まぁな…オレは、電波を飛ばしてある程度の情報は得られるんだ。例えば…一真がさっき、七十八体の魔物を一撃で消し飛ばしたこととか…今城が、六十四体の魔物を一瞬で切り刻んだこととか…」
「じゃあ、あたし達が倒した魔物の数もわかるの?」
勇気の言葉を遮り、恋華が言った。
「もちろん。確か…正義が五十五体で、重野が四十九体だったな」
「…やっぱり、一真達には敵わないか…」
正義が苦笑する。しかし…
「はぅあ!!あたしが一番少ない…」
恋華は、軽くショックを受けていた。
「いやいや、他の連中は重野より下だぞ?」
「ホント!?やった!」
勇気の言葉で、恋華は完全に立ち直った。
「立ち直り早いな…」
「ちなみに、山中が三十五体、凉音が三十二体、暖がオレのバイクで十九体、オレが一体、豊が零…」
「お前、さっきの一体だけか…」
「うるせぇ!!オレは今から挽回すんだよ!!」
そう言って勇気は正義達に背を向ける。
「…このまま真っ直ぐ行くと、魔物が百体いる。右には七十…左には六十…ってところだ。百体はオレがもらうから、左右はお前らの好きにしろ。じゃあな」
二人の返事を待たず、勇気は走っていった。
「…右に七十、左に六十か…どうする?」
「あたしは右に行くからね!」
恋華が即答する。
「だと思った…でも、気をつけろよ?」
「うん!まー君は、無理しちゃ駄目だよ?」
「…オレ『は』?恋華もだ…ろ…」
正義が言った時、恋華は既に走り出していた。
「…はぁ…」
一人取り残された正義は、ため息を吐き、左に向かって走り出した。
一方…
「"白の三日月"!」
刀から放たれた白い三日月型の刃が、魔物を数体粒子に変える。
「ん~、まずまずかな?」
梨紅は、華颶夜を手に戦っていた。純白の翼を最小サイズに縮小し、アスファルトの道路を駆け回る。
「はぁ!!」
梨紅は魔物達の中心に向かって走り、すれ違いざまに魔物切り捨てる。そのスピードは、魔法で肉体を強化した一真にも勝る勢いだ。
「"アイス・ゲイザー"×四!!」
梨紅は、自分の四方の地面に四つの魔法陣を生成する。それと同時に、その魔法陣から鋭く尖った氷が突き出し、四体の魔物を串刺しにした。
「"氷槍・風乱"!」
梨紅はその場で回転しながら華颶夜を振り、全方向に衝撃波を放った。
梨紅が生成した氷は、衝撃波で粉々になり、細かな氷の槍となって飛んでいく。
辺りにいた魔物のほとんどが、その氷の槍を受け、粒子になって消えた。
「ふぅ…」
辺りを見回し、魔物がいないのを確認し、梨紅は一息ついた。
「…こちら、アルバトロス1。フェザーズ3、聞こえる?」
右耳に手を当て、梨紅は愛に通信を送った。
(こちら、フェザーズ3…聞こえるわよ?)
「教会の人達、避難出来た?」
(出来てない)
「…え?」
即答する愛に、梨紅は首をかしげる。
(梨紅とカズが行ったあと直ぐに、教会の中に魔物が入って来たのよ。今も教会の中に居るけど、沙織が新技で足止めしてくれてる)
「大丈夫なの?今からそっち行こうか?」
(大丈夫よ、もう豊を呼んであるから)
「そう…気をつけてね、愛ちゃん」
(うん。そっちも気をつけなさいよ?)
「うん…」
愛との通信を切り、梨紅は空を見上げ、呟いた。
「…一真、大丈夫かな…」
「ドリョォォォォォ!!!!!!」
一真に向かって、小型のドラゴンが飛んで来る。
「"アシッド・クリスタル"!!」
空中に生成された魔法陣から、紫色の水晶が現れた。
「"ブレイク"!」
指をパチリと鳴らしながら一真が言うと、水晶が粉々に砕け、辺りに散らばった。
それを警戒しつつも、ドラゴンは一真に向かって突進してくる。
そして、ドラゴンが水晶の欠片に触れると…
「ドリョアァァァァァァ!!!!」
突如、ドラゴンが苦しみ、身を捩らせ始めた。
水晶の欠片に触れた部分が、白い煙を上げながら溶け始めたのだ。
角が溶け、尾が溶け、翼が溶けた時…ドラゴンは、粒子になって消え始めた。
「…自分で言うのもあれだけど…むごいなぁ…この魔法」
ドラゴンが完全に消えるのを見届け、一真は顔をしかめる。
しかし、気を抜くわけにはいかない…何故なら、ドラゴンはまだ、何体もいるのだから。
「…今の魔法は、多用しないようにしよ…気が萎える…」
そう呟き、一真はドラゴン達を見据える。
「ドラゴン相手だと…コロナは避けられそうだな。アシッドはむごい…何か、ちょうど良さそうな新魔法無いかなぁ…」
一真は空中に浮かびながら、腕組みをして考え始めた。
その間にも、多数のドラゴンが一真に向かって飛んで来る。
「…バスターのバリエーションを試すか…いや、まだ早いかな?ってことは…」
一真は呟きながら、目の前に魔法陣を生成する。
この時点で既に、一真は大量のドラゴンに囲まれていたのだが…
「…"アシッド・クリスタル"、"ブレイク"」
多用しないと言ってから、わずか三十秒後…一真はあっさり、その魔法を使った。普段なら誰かのツッコミが入る所だが、今は誰もいない…
『ドリョアァァァァァァ!!!!!』
ドラゴン達の雄叫び…いや、悲鳴が、辺りに木霊する。
顔が溶け…足が溶け…首が…爪が…翼が…目が…
「…モザイク入れなきゃやべぇな、これ…」
そのぐらい、むごい光景だった。さすがに、ドラゴン達が不憫に思えてくる。
気付けば…ドラゴン達の悲鳴も、ドラゴンが溶ける音もしなくなっていた。
一体残らず…粒子になって消えたのだ。
「…やっぱ、気が萎える…てか、気持ち悪くなってきた…」
そう言いながら、一真は口を手で押さえた。
「…昼飯食って無くて良かったぁ…」
何故なら、胃が空だったから。つまり、吐く物が無いのだ。
「…次、行くかな…」
一真は口を押さえたまま、辺りを見回し、魔物がいる方向を見つけ、飛んで行った。




