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魔法使いの苦悩  作者: 黒緋クロア
第五章 魔族襲来 前編
39/66

5.MBSF研究会は違和感を覚える。


…7月9日、月曜日。


「…」


午前6時30分、一真は既に起床していた。


今日はテスト返却日…兼、魔物襲来予定日である。


本来なら、体調を万全にしておくべき日であり…もちろん、今日の一真の体調は…


「…ダルい」


最高…に、最悪だった。


何故なら…今日が襲来予定日にも関わらず、今日の夢の中でさえ、エリープロデュース、地獄巡りツアー式修業…が、行われていたからだ。


「…今すぐ魔物が来たら、確実に死ぬぞ?オレ…」


目頭を押さえ、顔をしかめる一真。


ベッドの上でぼんやりしていても、特に体調が良くなるわけでも無い…


そう思った一真は、非常にめんどくさそうに、ゆっくりとベッドから降り、部屋を出た。


リビングには、真人と美由希がいた。


「おは……」


一真は、真人の服装を見て固まってしまった。


ゴワゴワした服とズボンに、毛皮のコート…地球温暖化で、気候がおかしくなって来ているように感じることもあるが…さすがに、夏は暑いままだ。


「…父さん、どこ行くの?」


「ん?ちょっとカナダまでね…」


「…それ、完ッ全にちょっとの範疇越えてるよね」


言いながら一真は、真人が自分の行く末であることを、薄々感じていた。


「いや、16年に比べればちょっとだと思うぞ?」


「…じゃあ、今回はすぐに帰って来るってこと?」


「うん…正月には戻れると思う」


「そっか…出来れば、一緒に魔物と戦ってほしかったんだけどなぁ…」


一真は、残念そうに言った。


「いやぁ…オレがいても、足手まといにしかならないよ…退魔力も持ってないし」


真人は苦笑し、一真を真っ直ぐ見据える。


「それに…この戦いは一真達の戦いだ。オレや幸太郎は、参加しちゃいけない」


「…?」


首をかしげる一真。


「まぁ、何年かしたら一真にもわかるさ」


「…」


真人は一真の頭に手を置いて、微笑んだ。


「…じゃ、オレは行くよ」


「行ってらっしゃい、真人さん」


「…行ってらっしゃい、父さん」


「うん、行ってくる…あ、ちょっと待った」


リビングから出ようとした真人は、一真を振り返り、何処からか1冊の分厚いノートを取り出した。


「一真、これ餞別な」


「餞別?………!?」


一真はノートを受け取り、中を見て驚いた。


「父さん、これ…」


「オレの16年の集大成…かな?」


言って、真人は玄関へ向かう。


ゴワゴワした靴を履き、真人は一真達を振り返った。


「一真、母さんを頼むぞ」


「うん…」


「あと、日本もな」


「それはちょっと荷が重いよ…」


苦笑する一真。それに、真人も微笑む。


「大丈夫、一真達なら出来るよ」


「…まぁ、頑張るよ」


「あぁ、頑張れよ」




そして、真人は旅立った。


真人は、大丈夫だと言った。


未来を知る男の言葉…


それが信用できるか否かは、定かでは無い。




「…それで、これがその"餞別"のノート?」


梨紅が、ノートの中を見ながら言った。


「あぁ…凄いだろ?それ」


一真が、黒板の方を見ながら言った。


「うん…凄いね、魔物図鑑」


真人が残していったノートは、まさに魔物図鑑だった。


あらゆる魔物の特徴や弱点…対処方法が記されている、素晴らしい物だった。


「…父さんの16年の集大成だってさ」


「16年…世界中回って、調べてたんだね…」


梨紅は魔物図鑑を閉じて、一真に返した。


「…絶対に勝たなきゃね」


「あ~…」


「…ちょっと一真?テンション低くない?」


「…疲れてんだよ…」


言うや否や、一真は机に突っ伏した。


「疲れてるって…あんた、いつも屋上で寝てるだけじゃない」


「殴るぞ…」


「冗談だよ、エリーと修業してるんでしょ?」


「わかってて言ったんなら尚更たちが悪い」


そう言って、一真は梨紅と反対方向を向くが…


「久城ぉ~」


「…一真、先生呼んでるよ?」


「…」


テストを受け取るべく、一真は席を立った。


「前回より落ちてるな…もっと頑張れよ?」


「はい…(うるせぇな!忙しかったんだよ!ぶっとばすぞこのハゲ!!)」


心の中で教師に罵声を浴びせ、一真は席に戻って言った。


「…一真、通話中だよ…」


席に戻ると、隣の席で梨紅が耳を押さえていた。どうやら、一真の教師への罵声を全て聞いていたようだ。


「…」


しかし、一真は無言で席につき、テストの点数や梨紅には目もくれず、窓の外に視線を向けた。


今日は、あいにくの曇り空…あれ以来、青空は見れていない。








一真「…さて、今日が魔物襲来予定日なわけだけど…」


部室の窓際の席に座り、体調が少し回復した一真は言った。


一真「勇気、どんな感じ?」


勇気「あぁ、魔物襲来は明日の午後2時…出現場所は、ここから北に2kmぐらいの地点から、半径1km以内に限定したぞ」


一真「おぉ!よくやっ…」


正義「ちょっと待て」


正義が、長机に広げた地図を見ながら言った。


正義「ここから北に2km…貴ノ葉大通りのど真ん中じゃないか」


一真「アホかお前ぇ!!!!場所選べよ場所!!!」


勇気「やかましい!!場所なんて選んでられるか!!!限定出来ただけでもめっけもんだ!!」


正義「…あ、山口さんですか?すいません、明日の13時30分、貴ノ葉大通りに警官を配置するよう課長に…」


叫び合う2人を横目に、正義は早速、部下に電話で指示をし始める。


豊「……半径1kmなら…僕が結界張れるよ…」


唐突に、豊が挙手し、呟くように言った。


一真「お、それなら魔物は出れないけど人間は出れる…もちろんあった方が良いけど…豊が大変じゃ…」


豊「大丈夫、頑張る」


豊は、力強くそう言った。


暖「おぉ!なんか男らしくなったな豊!」


そう言って、暖が豊の背中を叩く。


豊「!?ゴホッ…ゴホッ…」


愛「…やっぱり豊は豊ね」


むせる豊を見て、愛が鼻で笑った。


一真「まぁなんにしても、日時が定まったのは大きい…勇気の活躍に感謝だな」


勇気「礼には及ばねぇよ、もともとオレが言い出した話だしな」


愛「そうよ、むしろ釣銭よこしなさいよ」


恋華「愛ちゃん…勇気君のおかげで日本人を助けられるんだよ?」


愛「冗談よ、冗談」


おそらく…恋華が何も言わなかったら、愛は本気だっただろう。


暖「…ところでさ、チーム分けとかしねぇの?」


暖が言った。


沙織「…チーム分け?どうして?」


暖「だって、こういう時ってチーム分けするもんじゃん?普通」


沙織「…暖君の普通が私達の普通とは限らないよ?」


暖「沙織ちゃん…微妙に傷つくんだけど…」


沙織との会話の末、暖は心に小さな傷を負った。


梨紅「…でもさ、分けておいても良いんじゃない?不測の事態とかあるかもしれないし」


梨紅が、暖の意見に肯定の意を見せる。


一真「そうだな…あんまり考えたくないけど、暖が何かやらかすかもしれないし」


暖「オレ限定!?」


一真「まぁ、オレも賛成かな…」




一真の肯定が効いたのか、暖の意見が採用されることになった。




結果…

Aチーム

一真

正義

沙織

Bチーム

梨紅

恋華

勇気



一真「…3チームに分けた方がキリ良かったんじゃね?」


正義「トランシーバーの周波数の関係上、2チーム分けが限界なんだ」


暖「なぁ、チーム名どうする?」


ここに来て再び、暖が提案してきた。


一真「いらねぇよ、AとBで良いし」


暖「それじゃつまんねぇだろ!!」


一真「…もう、勝手にしろや…」


ため息混じりに、一真が言った。




暖「よっしゃ!みんなでチーム名考えよう!」


拳を振り上げ、暖が言った。


梨紅「チーム名かぁ…コードネームは決めないの?」


梨紅が首をかしげる。


暖「よし、コードネームも決めよう!」


暖は即答した。


正義「…おい一真、放っておいて良いのか?」


一真「もぉ知らん、オレは疲れた…」


正義の問いに、一真はため息を吐きながら答える。


勇気「コードネームは、チーム名+数字で良いんじゃねぇか?」


勇気がそう言った瞬間、恋華が勢い良く挙手した。


恋華「はいはい!あたし3番!」


暖「ならオレ4番!」


豊「僕は5番」


一真「なんでさりげなく控え目なんだお前ら…」


3人を見て、一真は苦笑する。


勇気「なら、オレが2番で今城が1番だな」


梨紅「私が1番で良いの?勇気君が1番の方が…」


勇気「良いんだよ、こういうのは能力順だから」


豊「……なら僕4ば…」


暖「4番は譲らねぇ!!」


暖が、豊を指さしながら言った。


一真「野球じゃねぇぞ」


正義「ちなみに、Aチームの1番は当然一真だぞ」


沙織「2番が正義君、3番が愛ちゃん、4番が私ね」


愛「え?沙織、4番で良いの?」


沙織「うん、4番ってなんかかっこいいし」


一真「だから野球じゃねぇって…」


暖「次はチーム名だ!」


一真の言葉を無視し、暖が続ける。


暖「個人的には、魔法使いと退魔士…ウィザードとデビルキラーなんかが良いと思ってる!」


勇気「安易だな…オレはリーダーの名前から、トゥルー(真実)とクリムゾン(紅)を押す」


勇気が暖に対抗してきた。


愛「…久城組と今城組で良いんじゃない?」


言ったのは愛だ。


正義「どこのヤクザだ」


豊「…センス無い」


愛「な…センス無い!?豊てめぇ!!!」


正義と豊に却下された愛は、豊の胸ぐらを着かんで揺さぶり始めた。


梨紅「ん~…色も良いかもね?レッドとホワイトとか」


沙織「赤組と白組になっちゃうよ?」


梨紅「アハハ、運動会みたい」


一真「却下」


梨紅と沙織のやり取りを聞いて、一真が却下する。


恋華「ラブ&ピース!!」


正義「勘弁してくれ」


突然叫んだ恋華に、正義が即座に頭を下げる。


暖「ウィザードとデビルキラー!」


勇気「トゥルーとクリムゾン!」


愛「久城組と今城組!」


梨紅「赤組白組~」


恋華「ラブ&…!!」


正義「やめろって…」


一真「…」


一真は、騒がしくなって来た室内を見回し、ため息を吐き、立ち上がった。


一真が立ち上がると、騒いでいた部員達が一真に視線を向け、一瞬で静かになった。


梨紅「…一真?」


一真「…お前らにピッタリで、なおかつ!かっこいいチーム名を考えついた」


そう言って、一真は正義を指さした。


一真「まずはAチーム!チーム名は、フェザーズ」


正義「フェザーズ…?」


一真「そしてBチーム!」


続いて、暖を指さす一真。


一真「チーム名…アルバトロス」


暖「アルバトロス…」


一真「両方とも、何かしらの意味がある名前だ…どう?」


そう言って、部員達を見回す一真。


暖「ならオレは、アルバトロス4…かっこいいじゃん!」


勇気「アルバトロス2か…」


豊「アルバトロス5…」


恋華「アルバトロス3!」


どうやら、アルバトロスの4人は気に入ったようだ。


正義「フェザーズ2か…良いんじゃないか?」


愛「私はフェザーズ3ね…うん、シンプルで良いわ」


沙織「正直なんでも良かったけど、フェザーズなら喜んで賛成するわ」


フェザーズも了承…


梨紅「じゃあ、一真のチームがフェザーズ。私のチームがアルバトロスってことで決定ね!」


こうして、MBSF研究会に2つのチームができた。


正義「…一真、ちょっと良いか?」


沙織「私も、久城君にちょっと聞きたいんだけど…」


一真「?」


正義と沙織が、一真を部室の端へ連れて行く。


正義「率直に聞こう…お前、アルバトロスの意味知っててチーム名付けたのか?」


一真「もちろん。これ以上無いほど的確な名前だと思うけど?」


沙織「じゃあ、こっちのチームがフェザーズなのってもしかして…」


一真「うん、全員飛べるから」


「「…」」


唖然とする正義と沙織…なんだかんだで、結局安易な意見が通ってしまっていたのだ。


ちなみに、アルバトロスの意味をご存知だろうか?


アルバトロス…日本語に訳すと、アホウドリである。



…これは夢だ。


一真はそう確信していた。

何故なら…辺り一面真っ白であり、更に言えば、自分の目の前に、エリーとナイトが立っていたからだ。

疑いようも無い、完全な夢だ。


「…さすがに、今日は休ませてくれない?明日が本番なんだけど…」


一真はエリーに、疲れきった表情を見せながら言った。


「大丈夫よ、今日は修業なんてしないから」


「助かったぁ…」


言いながら、一真はその場に座り込んだ。


「…ってことは、オレに何か話があるってことだよな?わざわざ夢に出て来るぐらいだし」


「話…というより、私達からの餞別を渡すためね」


そう言って、エリーは一真に向かって右手を伸ばした。すると、エリーの手の平から緋色の球体が現れた。


「…何それ?」


「君の"魔核"の封印を解く鍵よ」


「ちなみに、オレも持ってる」


ナイトの左手の手の平からも、緋色の球体が現れた。


「あんた達が持ってたのか…」


「そうよ。さぁ、受け取りなさい」


緋色の球体はエリーとナイトの手を離れ、一真に向かって飛んで行き、一真の両肩に入って言った。


「これで、残りの封印はあと1つね」




梨紅とのキスで1つ


梨紅の血を飲んで1つ


前世の名前で1つ


退魔刀で1つ


16歳の誕生日に1つ


エリーから1つ


ナイトから1つ


合計7つ…




「…で、最後の1つは?」


一真は、首をかしげながら言った。


「さぁ…わからないわ」


「…今回のそれは、知ってるけど言わないってことだろ」


「そうよ」


エリーは即答した。そして、微笑みながら続ける。


「私は鍵を知っている…でも、最後の鍵は私が教えても意味が無いの…君達が自分で見つけないといけないのよ」


エリーは、まるで親が子を優しく諭すかのように、一真に言った。しかし…


「…ヒントとか無いの?」


「…君、私の話をちゃんと聞いてた?」


エリーの口調に、少量の怒りが混じる。


「聞いてたさ…最後の鍵は自分で見つけないといけないんだろ?でも、何もわからないんじゃ見つけようが無い。だから、少しは情報くれても良いんじゃない?って思ったわけよ」


「…正論のような、屁理屈のような…」


「まぁまぁ、ヒントぐらい良いんじゃないか?」


今一納得出来ないエリーを他所に、ナイトが言った。


「ヒントは…そうだなぁ…"想い"かな?」


「"想い"?」


「そう、"想い"」


「…ヒント2は?」


「あるわけ無いでしょ。もう行きなさい、あの子が待ってるわ」


「え?ちょっ…」


一真の言葉は途中で掻き消され、一真の意識は夢の中から飛ばされて行った。


「まったく…あの子は頭が良いと言うか、悪知恵が働くと言うか…」


ため息を吐きながら、エリーが言った。


「頭が良いから、悪知恵が働くんだ。大丈夫、あいつは悪い方には進まないよ」


ナイトは微笑み、エリーの頭を撫でながら言った。


「…あ、エリー?」


「何?」


「左腕…服が破けてるぞ」


ナイトの言うとおり、エリーの服の左腕の部分が少し破けていた。


「あぁ、これ?これはね、このままで良いの」


「…なんで?」


エリーは満面の笑みを浮かべ、破けた箇所を擦りながら、嬉しそうに言った。


「これはね?あの子が、全力の私に傷を付けた記念なのよ」










「…」


まだ外は暗い時刻…一真が目を開けると、そこには梨紅の顔があった。しかも…


「…起こしちゃった?」


梨紅の両目は、しっかり開いていた。


「…今何時?」


「3時ぐらいかな…エリーに起こされちゃってさ」


「ってことは、梨紅も鍵もらったんだ…」


一真の問いに、梨紅は黙って頷いた。


「…なんだか落ち着かなくて、一真の部屋に来ちゃった」


「…オレも同じだよ」


同じベッドの中で、2人はもぞもぞと動き、身を寄せ合う。


「…一緒に寝て良い?」


「何を今更…」


「…ありがと」


そう言って、梨紅は一真の胸に顔を埋める。一真は梨紅の背に腕を回し、軽く抱きしめた。


「…なんか、落ち着く…」


「…オレも…」


そして、2人は一緒に眠りに落ちた。


梨紅を抱きしめながら、一真は思った。


やっぱりオレは、梨紅が好きだ…と。


梨紅が何よりも愛しく、大切だ…と。


そして、一真は誓う…


梨紅を、絶対に守る…と。





それはきっと、自分への誓い…


それはきっと、自己満足…


彼女を必死で守るのは、自分が悲しみたくないから…


自分が死んだら彼女が悲しむとわかっているのに、自分は命がけで彼女を守る…


好きだから…


大切だから…


愛しているから…


それでも、彼女を1番傷つけるのは自分なのだ。


愛しているが故に、愛する者を傷つける…


大切にしたいのに、それを自分が1番傷つけている…


矛盾している…


矛盾しているからこそ、彼は苦悩する…


矛盾を解消する方法は無いか…


この方法はどうだろう…いや、駄目だ。


あの方法はどうだろう…いや、駄目だ。


その繰り返しが、"苦悩する"ということだ。


悩むことに苦しみを伴う…


苦しいから悩む…


正しい答えが出るかはわからない…


いつになったら答えが出るかもわからない…


そもそも、答えが出るかもわからない…


…本当に答えがあるのかどうか…それもわからない…


しかし、わからないからといって、考えることをやめるわけにはいかない。


考えに考え、考えぬいて…


彼は、自分なりに答えを出すだろう。


しかし、出る答えは1つとは限らない。


正しい答え…間違った答え…


それを彼は、選択しなければならない…


そして、彼はまた苦悩する。


納得出来なければ、考え直す。


そして、彼はまた苦悩する。




「…」


目が覚めた一真は、少し不機嫌だった。

何故なら、嫌な夢を見た気がするから…

自分の出した答えが、間違ってると言われた気がしたから…

もっと悩み、もっと苦しめと、言われた気がしたから…


「…」


しかし、どんな夢だったかは思い出せない。

それは、あくまで夢だから。


「…」


一真が、窓の外に視線を向ける。

外は明るくなっていた。

そう…決戦の日の、朝がやって来たのだ。






正義「各自、装備を確認してくれ」


午前8時、MBSF研究会部室。

一真達9人は、正義の持って来たマイクとイヤホンを受け取り、装備していた。


一真「よし…みんな、無理はするなよ?」


暖「お前が1番無理しそうだろうが!」


一真「…」


暖に言われ、苦笑いする一真。


梨紅「一真、絶ッ対に無理しちゃ駄目だよ?」


沙織「そうよ、久城君が1番暴走しがちだし…」


恋華「あたし達を守ろうとか、考えすぎちゃ駄目だよ?」


愛「私達、カズが思ってるほど柔じゃないからね」


一真「…なんでそこまで釘打たれなきゃならねぇんだよ…」


女性陣に言われ、タジタジの一真。


暖「よし、円陣組もうぜ!!」


勇気「おう!」


豊「………」


暖が言うと同時に、勇気と豊が暖と肩を組む。


一真「…」


苦笑しながら、一真も勇気と肩を組む。


暖「おぉ!珍しく乗り気だな一真!!」


一真「まぁ、たまにはな」


梨紅「じゃあ私も!」


梨紅は一真と肩を組む。それに続いて、沙織、正義、恋華、愛も、肩を組んでいく。


一真「っし…暖、お前が仕切れ」


暖「マジで!?オレで良いの?」


一真「あぁ…最後ぐらいお前にやらせてやるよ」


暖「嫌だよ!!縁起でもねぇよ!!やる気無くすわ!!」


結局、一真が仕切ることになった。


一真「よし…絶対に勝つぞ!!」


おぉぉ!!


一真「死ぬなよお前ら!!!」


おぉぉ!!


一真「…えっと…木更○~…キャッ…」


違う違う違う!!!


一真「何言えば良いかわかんねぇよ!!!」


梨紅「だからって木更○キャッツは無いでしょ!!」


半ギレの一真に、梨紅が言った。


暖「野球じゃねぇぞ!!」


一真「それ前にオレがお前に言ったセリフじゃねぇか!!」


沙織「…で、どうするの?」


沙織の一言で、場が静まりかえる。


梨紅「…MBSF~…ファイト、オ~…?」


一真「ダセェ…あうっ!」


発言直後、一真は梨紅のアッパーを真横から顎に受けた。


暖「何かこう…意気込みを入れたいよな」


愛「意気込み?」


暖の提案に、愛が顔をしかめる。


暖「うん。行くぞぉ!!的な?」


正義「的な?と言われても、何も伝わって来ないが…」


恋華「え?あたしには伝わったよ?元気ですかぁぁぁ!!!みたいな感じでしょ?」


暖「そうそう!さすがは恋華ちゃ…」


一真「さすがじゃねぇよ馬鹿。お前らもう黙ってろ…」


馬鹿二人を一喝する一真。その後、しばらく目を瞑って何かを考えていたようだが、何も浮かばなかったようで…


一真「…無しで」


梨紅「ここまで引っ張って!?」


一真「いや、なんかもう飽きたし…」


そう言って、一真は円陣から離れる。


一真「一応、気合いは入れた感じだし…大丈夫じゃね?」


沙織「…まぁ、下手に変な気合いの入れ方してグダグダになるよりはマシかもね」


沙織の言葉と同時に、円陣は完全に解体された。


一真「…2時に来るんだよな?」


勇気「え?…あぁ、そう、2時…って、いきなり何だよ?」


突然話題を振られた勇気は、少し狼狽しつつ答えた。


一真「いや…なんとなく…な」


一真も、何処か歯切れが悪い。




結局、朝はこのまま解散となった。

一真達にしては珍しく、なんとなく違和感の残る会合だったように思う。

そう思ったのは、一真達全員だ。


何かがおかしい…


そんな思いが渦巻く胸中…一真だけが、違和感とは別に、嫌な予感を感じていた。




魔物が来るのは2時…




勇気がもたらした情報…


部内でただ一人…一真はそれに、疑心を抱いていた。


勇気を疑っているわけでは無い。あくまで、情報を…だ。


一真の考えを、簡潔に述べよう。




魔物が襲来する時刻…




『何故』2時なんだ?



「…何故って…理由なんてあるの?」


梨紅は、自分の席で頬杖を付きながら、隣の席の一真に言った。

現在の時刻は、11時55分。四時限目の授業中である。

しかし、授業と言ってもテスト返却であり、既にテストは返却済み…はっきり言ってしまえば、自由時間だ。


「…勇気に詳しく聞いたわけじゃ無いけどさ…あいつの言い方だと、時間も場所も、全てコントロール出来た…みたいな印象を受けるんだよ」


一真は腕組みをし、目を瞑ったまま言った。


「…つまり勇気君は、あえて2時にした…ってこと?」


梨紅の問いに、一真は無言で首を縦に振り、肯定の意を示した。


「でもそうなると、2時にした理由がわからない…」


「…私達に、お昼を食べて、食後の休憩を取る時間をくれたとか?」


「なら、余裕を持って3時とかにすれば良いだろ?」


「何言ってんのよ、3時はおやつの時間じゃない」


「関係ねぇだろ…何?お前、魔物と戦いながらおやつ食べるつもりなのか?」


一真は顔をしかめ、嘲笑気味の視線を梨紅に向けた。


「…そもそも、おかしなことはまだある」


視線を前方に戻し、一真は続ける。


「時間や場所は指定出来るのに、出現する魔物の数は指定出来ないなんて、変じゃね?」


「え?だってそれは、本当は出来ないけど勇気君が頑張って…」


「優先順位が間違ってんだよ。お前、一万匹の魔物が一度に来るのと、時間と場所はバラバラだけど、魔物が一匹ずつ一万回来るのと、どっちが良いよ?」


「…一万回」


そう、優先すべきは時間と場所では無く、一度に出現する魔物の数のコントロールなのだ。


にも関わらず、魔物の数はコントロール出来ない…


「…でも、魔物の数のコントロールが出来なくて、せめて時間と場所だけでも…って思ったのかもよ?」


「仮にそうだとしても、コントロール出来なかったことをオレ達に伝えるんじゃないか?」


正論である。


「なら…勇気君は最初から、魔物の数をコントロールすることを考えてなかった…ってこと?」


「…だとすれば、それは何故か…お前にわかるかな?」


一真は梨紅に向き直り、足を組みつつ、聞いた。


「私にわかるわけないじゃない…一真だってわからないんでしょ?」


「…オレは既に、一つの結論に達してる」


驚きの発言である。


「…聞かせてよ、一真の出した結論」


しかし、梨紅はあまり驚いていないようだ。その口調からは、一真の言葉を全て、真実として受け止める覚悟すら感じられる。


そして、一真は言った。




「…魔物の数、時間、場所…その全てが、コントロール『出来ない』とすれば、全部辻褄が合うんだ」




つまり、魔物達は最初から、2時に貴ノ葉大通りのど真ん中に現れる予定であり、天界側に出来ることがあるとすれば、それを事前に知ることだけであると、一真は言っているのだ。




「…ちょっと待ってよ」


梨紅の表情が、みるみるうちに青ざめていく。


「その考えが正しかったとして、もし…もし、天界が手に入れた情報が間違ってたら…」


梨紅がそう言った瞬間…時計が午後0時を回った。

お昼を告げる鐘の音が、町中に響き渡る。




…そして、最悪の知らせが飛び込んで来た。



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