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魔法使いの苦悩  作者: 黒緋クロア
第五章 魔族襲来 前編
38/66

4.MBSF研究会の親世代。


午後6時30分、久城家リビングにて。


「幸太郎!もっと飲めって!」


「馬鹿野郎お前…お前の方が飲んでねぇだろうが!」


すっかり出来上がった2人の親父が、コップを片手に騒いでいた。


「…一真も、一真のお父さんみたいになるのかな?」


「さぁ…顔は似てても、酒癖まで似るかはわかんないなぁ」


一真と梨紅は親父達から離れ、ソファの前の小さなテーブルで、親父達の酒のツマミの唐揚げなどをおかずに、夕飯を食べていた。


「…お前、親父さんに魔物の事言ったか?」


「うん、勇気君に言われた日に」


「で?」


「ん…ふぁんふぁえっへ言われた」


唐揚げを頬張りながら、梨紅は答えた。


「頑張れって…オレ達任せかよ」


「一真のお母さんと、うちのお母さんの事は任せろって言ってたよ」


「守備範囲狭くね?せめて町内は守らせろよ」


「私に言われても…」


「…なら、オレが言ってやるよ」


そう言って、一真は立ち上がり、酔っ払いの所へ向かう。


「おい、親父さん。来週、せめて町内ぐらい守れよ」


「本当に言った!?」


梨紅が慌てて、一真の隣に駆けつける。


「来週?何のこっちゃね」


「魔物が来るって話だよ、梨紅に言われたんだろ?」


「あ~、聞いた聞いた。任せろ、お前の母さんとうちの母さんはオレが守る!」


「ちげぇよ!守備範囲狭いって言ってんじゃん!町内も守れって!」


酔っ払い相手に、会話がうまく噛み合わない…が、唐突に真人が呟いた。


「…そっか、来週だっけ?魔界から魔物来るの」





「…え?なんで父さんが知ってんの?」


一真が言った。一真はまだ、真人にその事を伝えていないのだ。


「え?だってオレ、未来に知り合いいるし」


「未来に知り合い…何それ、マジで?」


驚愕の表情の一真を他所に、幸太郎は納得したように数回頷いた。


「なるほどなぁ…だからお前、こいつらが生まれた時あんなに落ち着いてたのか。全部知ってやがったな?この野郎」


「まぁな…って、あ~…これ言っちゃ駄目だったんだ。今の無しな」


「いやいや、無理だって…」


一真は首を横に振った。


「でも凄いですねぇ、未来にお知り合いがいるなんて」


愛想笑いを浮かべた梨紅が、真人のジョッキにビールを入れる。


「お!ありがとう梨紅ちゃん」


「いえいえ♪それで?未来の知り合いって、どんな人なんですか?」


(上手い…)


一真は素直にそう思った。酔っ払いは、基本的に口が軽い…そこを突いての情報収集だ。しかし…


「どんな人も何も、あいつはオレの○○の○○だよ」


「…へ?」


真人は、重要な部分を言わなかった。


「あれ?…あぁ、そっか…あいつオレに"アルカナ"の魔法をかけたんだったな…」


「アルカナ?」


"アルカナ"とは、使用者と対象との間の"秘密"を護る魔法である。


"アルカナ"がかかった秘密は、口に出す事はもちろん、テレパシーなどで教える事も出来ないのだ。


「ってわけで、あいつに関する事は言えないんだよ」


「そうなんですか…ちなみに、来週の魔物襲来に関する事はどうですか?」


「ん~…まぁ、なるようになるよ」


真人はそう言ってから、唐揚げを食べ、ビールを飲む。


「ただ、かなり大変だと思うよ?特に一真!」


「…やっぱオレかぁ…」


ため息混じりに項垂れる一真。そんな息子に、真人は更に追い討ちをかける。


「お前は本当に、笑えるほど大変だ!」


「笑えねぇよ」


「ちょっと待ってな?昼間、寺尾神社でお前におみくじ買って来たんだ」


「寺尾神社?…ってか、なんでおみくじ…」


一真の言葉を無視し、真人はおみくじを開けた。


「ん~…お、末吉!」


「果てしなく微妙だ…」


「別れ…旅立ち…出会い…別れ…再会…」


「支離滅裂だし…」


「ラッキーカラーは白、宇宙旅行が幸運の鍵だってさ」


「それ本当におみくじ!?」


今度、豊に文句を言おう。一真はそう、心に誓った。


「大丈夫だよ、死にゃあしないから、絶対」


「何を根拠に言ってんだよ、酔っ払い」


「根拠はあるぞ」


「?」


「…言えないけど」


そして、大爆笑する親父2人。


「…」


一真はしばらく呆けていたが、やがて軽くため息を吐き、ソファに戻って行った。


「…?」


ただ、梨紅は今までのやり取りが一切理解出来ず、ひたすら首をかしげていた。






夜…10時を回った頃だ。


一真と梨紅はリビングから離脱し、真人の部屋か一真の部屋にいるだろう。


「…そろそろ良いんじゃないか?」


幸太郎が、真人に言った。


「そうだな…次はワインでも…」


「違う!」


「…冗談だ」


真人は、焼酎の水割りの入ったコップをテーブルの上に置いた。


「真人。お前、16年も何してた」


「さっき言ったろ?世界平和の為にボランティアさ」


「…冗談だろ?」


「本当だって、世界中回ったんだぜ?」


苦笑しながら、真人は言った。


「…それは、お前の言う未来にいる知り合いに関係がある事なのか?」


「おぉ、鋭いな幸太郎。まぁ言うならば、ちょっとした下準備だな」


「なんでお前だけ…言えばオレだって協力したろうに」


「お前にはお前の役割があるんだよ」


「役割?」


「子供達の教育だよ」


言って、真人はコップを口に運ぶ。


「一真も梨紅ちゃんも、いい子に育ってるじゃないか」


「何言ってやがる、オレは何もしてねぇよ」


「いやぁ、見事に封印が半解じゃないか」


「嫌味か…」


「いや、既定事項だ」


「…何?」


幸太郎は顔をしかめる。


「今月中に、2人の封印は完全に解ける」


「…未来からの情報か…」


「あぁ…未来からすれば、今月が1番大事な時期なんだ」


「…どうせ、詳しい事はオレには秘密なんだろ?」


「まぁな…ただ、触りだけは話しておかなきゃならない」


真人は水割りを飲み干し、コップをテーブルに置き、言った。


「魔物は来週、確実にやって来る…でも、オレ達に出来る事はほとんど無い。これは一真達の戦いだからな」


「…勝てるんだな?」


「○○○○○…あ~、駄目だ、言えない。でもまぁ、梨紅ちゃんは無事だから安心しろよ」


「一真は?」


「…」


幸太郎の問いに、真人は答えなかった。ただ一言…


「…なるようになるさ」


そう言って、真人は自分のコップに酒を注いだ。



翌日、木曜日の朝。


一真と梨紅はテスト休み…学校は休みである。


しかし、一真は何時ものように起きてしまった。


「…意味わかんねぇ…」


これが、本日の一真の第一声である。


何故か女性に抱きしめられていて、その女性の胸に顔を埋めた状態で起床した…というシチュエーションを、あなたは想像出来るだろうか。小説や漫画において、かなりメジャーだと言えるシチュエーションだ。


今の一真は、それに限りなく近く、果てしなく遠い状態にある。


まず、梨紅と密着している。この点は一致する。


しかし、梨紅は背後にいる。実に惜しい。


そして、最も違う点は…


「…首、絞まってんだけど…」


そう、抱きしめられているのではなく、首を絞められているのだ。


つまり一真は、本能的に死が近づいている事を察知し、起床したのだ。


「最悪の目覚めだ…」


一真は梨紅の腕を首から外し、ベッドから降りた。


そして、梨紅に掛布団を掛けてやり、一真は部屋を出た。




階段を降り、リビングに入った一真は言った。


「…酒くさ!!」


匂いだけで酔いそうな酒くささ…あなたにそれが伝わるだろうか。


一真はすぐに、リビングの全ての窓を全開にし、台所の換気扇を回した。


「いくらなんでも飲みすぎだろ…」


一真は、テーブルに突っ伏し、いびきをかいて眠っている幸太郎と、ソファに横になって眠っている真人を交互に見て言った。


「…母さん達は、梨紅ん家かな…」


一真が呟くと同時に、玄関のドアが閉まる音がした。


「噂をすれば…」


一真はリビングのドアを開け、廊下に顔を出した。


「おかえ……」


しかし、そこにいたのは母親達ではなかった。


正義「お邪魔します」


恋華「お出迎えどうも!」


一真「帰れ」


そこにいたのは、制服を着た正義と恋華だった。


恋華「はぅあ!帰れは酷いよカズ君!」


正義「ん、客人に対する態度がなってないぞ」


一真「こんな早朝にやって来る客人の方に問題があるわぁ!!!」


正論…かもしれない。


正義「そう言うな、とりあえず上がるぞ」


恋華「お邪魔しま~す」


一真「…これで良いのか日本の警察…」


顔をしかめる一真を他所に、2人はリビングへ足を踏み入れた。そして一言…


「「酒くさぁ!!」」


一真「…さっきよりマシだし」


鼻をつまむ2人に、一真は言った。


一真「ちょうどいい、片付け手伝え」


恋華「えぇ~、あたし達お客さんなのに…」


一真「重野は食器洗い、正義はテーブルから台所に食器運びな」


正義「なんでオレ達が…」




…文句を言いながらも、正義達は働いた。


正義「はい、恋華」


恋華「は~い。…なんか、新婚さんみたいで照れちゃうね」


正義「…そうだな…」


一真「イチャついてんじゃねぇよ」


テーブルを布巾で拭きながら、一真は2人に言った。


一真「…ってか、お前ら何しに来たわけ?しかも何故に制服?」


正義「学校に行くからだろう」


一真「何しに?」


正義「部活だ」


一真「…」


一真は、呆然と正義を見つめた。


一真「…わざわざ学校に行く必要あんのか?」


正義「なら、何処でやるんだ?」


一真「…学校だな」


3秒考え、一真は言った。




リビングの片付けが終わった頃、ソファに寝ていた真人が起床した。


真人「…気持ち悪い」


一真「飲みすぎだよ…はい、水」


真人「サンキュ…」


真人はコップを受け取り、中の水を一気に飲み干した。それと同時に、真人は正義達の存在に気付いた。


真人「…一真、お友達か?」


一真「違うよ、うちで雇ってる執事とメイド」


「「友達です!!お邪魔してます!」」


真人「いらっしゃい。一真、母さんは?」


一真「梨紅ん家じゃん?…あ、重野。オレの部屋で梨紅が寝てるから、起こして来てくんない?」


恋華「は~い…って、えぇ!?」


恋華は驚き、一真に驚愕の表情を向けた。


一真「…何?」


恋華「か…カズ君のエッチ!!」


一真「何が!?」


一真の言葉を聞かず、恋華はリビングを出て行った。


一真「…なんだ?あいつ…」


正義「いや、今のはお前が悪いだろ…」


一真「…いや、別にエロい事とかはしてないぞ?あいつが勝手にベッドに入って来るんだ」


正義「…お前、ゲイか?」


一真「殺すぞ」


正義「冗談だ」


正義が苦笑混じりに言うと同時に、恋華が階段を駆け降りて来た。


恋華「…」


無言でリビングに入って来た恋華の、その手には…



一真「あのぉ…重野さん?君は何故にグラビテスを構えているのかな?」


一真の言葉の通り、恋華の手には、重力の鎚、グラビテスが握られていた。


恋華「…カズ君の…」


恋華はグラビテスを思いっきり振り被り…


恋華「エッチィィィ!!!」


一真に向かって降り下ろした。


一真「だから何が!?」


一真は、バックステップでその場から下がり、グラビテスの直撃を免れた。


一真「"プロテクション"」


更に一真は、グラビテスから床を守る為に守護の魔法陣を生成する。


正義「…何があったんだ?恋華」


恋華「り、梨紅ちゃんのパジャマがはだけてて、ベッドはぐじゃぐじゃで…」


一真「そりゃ単に、あいつの寝相が悪いだけだって…」


顔をしかめる一真。その横で頭を掻きながら、真人が言った。


真人「グラビテス…?じゃあ君、深鈴(ミレイ)の娘さん?」


恋華「え…あ、はい。お母さんの名前は深鈴です」


真人「じゃあ、そっちの君。お父さんはもしかして正樹(マサキ)?」


正義「はい、父は桜田正樹です」


真人は、2人の親の名前をズバリ良い当てた。


真人「深鈴の娘と正樹の息子…君達2人は仲良いの?」


恋華「はい!」


正義「まぁ、そこそこに…」


真人「へぇ…あの2人の子供達が仲良しねぇ…」


一真「?…父さんの知り合い?」


首をかしげながら、一真が言った。


真人「あぁ、同級生だよ。一緒に、幸太郎の手伝いとかもやってたな…」


一真「…マジで?」


正義「…幸太郎っていうのは…」


一真「そこで寝てる梨紅の親父」


恋華「…って事は、うちのお母さんとまー君のお父さんも、退魔の仕事を手伝ってたんだ…」


正義「そうなるな…」


2人は呆然と、お互いを見つめていた。


一真「…で、当時の2人はどんな感じだったの?」


真人「ん?あぁ、めちゃめちゃ仲が悪かったなぁ…顔を合わせれば喧嘩してたし」


昔を懐かしむかのように、真人は微笑んだ。


真人「…まぁ、深鈴が一方的に正樹に喧嘩売ってただけなんだけどね」


恋華「お母さん…」


真人「しかも負けてたし」


正義「それは本当ですか!?」


正義が食いついた。


真人「あぁ、正樹は強かったよ?強固な風の盾に、瞬間移動並の移動速度、風の刃は重力さえも切り裂いた…」


正義「おぉ…」


一真「へぇ…父さんより強かったの?」


真人「どうだろう…正樹と戦った事無いし、わからないな…」


正義「…とにかく、父さんに聞けば今よりは、強くなれるらしいな」


正義はそう言って、どこか誇らし気に笑った。


正義「…恋華より強くなれるかもな」


恋華「む…あたしの方がもっと強くなるもん」


頬を膨らませ、ふてくされる恋華。


正義「そうか…恋華も頑張れよ」


恋華「…うん、頑張る」


真人「…なかなか良いペアだな」


唐突に、真人が口を挟んだ。


真人「正樹と深鈴も、互いに腕を競いあってたよ…仲は悪かったけど、魔物と戦ってる時の息はピッタリだったな」


一真「…喧嘩するほど仲が良い…って事?」


真人「今思えば、そうだったのかもしれないな…」


一真「ふ~ん…まぁ、お前らもその域に達するように頑張れや」


正義「あぁ…ところで、一真は修業しないのか?」


正義が、思い出したように言った。


一真「え?毎日やってんじゃん」


恋華「ううん、カズ君はあたし達の指導ばっかりで、自分の修業は全然やってないよ」


正義「そうだぞ。バスターの強化とか、考えなきゃって前に言ってたじゃないか。どうなったんだ?」


一真「ん~…いくつか考えてるけど、試す機会がなかなかな…」


一真が軽くため息を吐く。そこへ、真人が口を挟んだ。


真人「…バスターって?」


一真「父さんからのプレゼント。正式名称、ディバイン・バスター」


真人「あぁ、聖なる魔法と-ダブル-を使った…なるほど、まだバリエーションが無いのか」


納得した真人は、腕組みをして考え込む。


真人「よし、父さんも考えておこう」


一真「ありがと。で、話は変わるんだけど…重野、梨紅は?」


恋華「あ~……行って来ます」


そう言って、恋華は再び階段を上がって行った。




一真「…全員集まるとは思わなかったなぁ…」


部室の長机に頬杖を着きながら、一真が言った。


梨紅「まぁ、国民の命がかかってるからね」


一真「…何も知らない、普通の高校生で在りたかったな…」


正義「…魔法使いの時点で、普通というのは無理じゃないか?」


一真「…まぁな」


正義に言われ、一真はため息混じりに答える。


一真「…魔物襲来まで、残り1週間弱…まず、それぞれの修業内容の確認から始めるか…」


暖「…お前はまず、もう少しやる気を見せろよ」


暖が顔をしかめながら言った。


一真「馬鹿野郎、見た目に惑わされるな。オレは割とやる気だ」


梨紅「…うん、意外にやる気みたい」


暖「…今城が言うなら、間違い無さそうだな」


一真「そんなにオレが信用出来ねぇか!!」


沙織「…頬杖着きながら言われてもねぇ…」


沙織から、厳しい指摘が入る。


一真「…とりあえず、修業内容確認して…梨紅から」


一真は頬杖を解きながら言った。


梨紅「私?私は…天使化に慣れる練習と、魔法の練習」


一真「ん…イメージトレーニングとかもやっとけな…次、山中」


沙織「私は、遠距離と中距離の攻撃練習ね…」


一真「あと、飛行練習だな…凉音と豊は?」


愛「私は判子の作成と使用練習」


豊「僕は、広範囲の状況把握と結界張りの練習」


一真「凉音はそれでOK、豊は余裕があったらスピリガンの強化もな」


言って、一真は勇気に視線を向ける。


一真「勇気は…」


勇気「今からまた天界行き…だろ?」


一真「あぁ、出来るだけここ周辺に魔物を出現させてほしい」


勇気「任せろ、神の好きにはさせねぇ」


一真「よろしく。次に正義」


正義「当日の住民避難だな、修業は父さんに色々と聞いてみる」


恋華「あたしは、まー君のサポートだね!」


正義は即答し、恋華も続く。


一真「そうだな…そして、最後に暖」


暖「オレは皆のサポートだな!」


一真「あぁ、皆の邪魔だけはしないように頑張れ」


暖「サポートじゃねぇの!?」


完全に足手まとい扱いである。


梨紅「…一真は何するの?」


梨紅が言った。


一真「オレは…」


正義「ちゃんと修業しろよ?」


恋華「サボっちゃ駄目だよ?」


一真「わかってんよ…こう見えて色々考えてるんだ」


言うと、一真は席を立った。


梨紅「どこ行くの?」


一真「人がいない所…お前らちゃんと修業しろよ?あ、暖はちゃんと皆を見張ってろよ」


言うだけ言って、一真は部室をあとにした。








一真がやって来たのは、屋上だった。確かに人はいない。


「"ホーリエ"」


フェンスに寄り掛かるや否や、一真はホーリエを呼び出した。


一真の手から光の球体が飛び出し、空中に静止する。


「…何?」


ホーリエ…いや、ホーリエに意識を移したエリーが言った。


「あんた、オレに色々と話があるんじゃないか?」


「…別に、絶対に話しておかないといけないことは無いわ」


「"真眼"についてのことは?」


「…」


無言になるエリー。


「…あの神様候補から聞いたのね?」


「あぁ、オレは"真眼保持者"で、今まで的確な判断が出来ていたのはそのおかげだとか…」


「しかも、間違った知識を…」


「…え?違うの?」


顔をしかめる一真。


「…仕方ないわね、説明してあげるわ」



天界の宝物は全部で53個ある。

同じように、魔界の宝物も53個、

閻魔界には2個、

三界で、合計108個の宝物があると言われている。



「…その、天界の宝物の1つが"真眼"なんだな?」


「違うわ」


「…はい?」


「"真眼"なんて宝物は、存在しないのよ」




確かに、全知の眼と呼ばれる宝物は天界に存在する。


しかし、それと"真眼"は別物なのだ。




「そもそも、宝物よ?厳重に管理されているに決まってるじゃない」


「…言われてみれば…」


「…でもまぁ、君にそれらしき力があるのは確かなのよね…」


エリーは続ける。




人間には、五感があるわ。


「…視覚、聴覚、味覚、嗅覚、触覚…だろ?」


そう…そして君には、他の人間以上に考える力がある。


五感で得た物を、考える力で分析し、答えを導き出す能力…


それが"真眼"の正体


「…それって、オレだけが持ってる能力じゃないよな?」


「そうね…多くの人間が持っている能力よ。ただ、君はその能力に秀でているの」


「?」


考える力…それは、想像する力…理解する力…把握する力…是非を見抜く力…


「その全ての力を常人以上に持っていて、かつ無意識レベルで実行できる。それが真眼で、それが君」


「…今一、凄さがわからないんだけど…」


「そうね…例えば、テスト」


君は、1回だけ教科書を読み、テストに挑んだ。


普通は、それだけでは高得点は難しい…


でも君には、理解する力と把握する力、そして是非を見抜く力がある。


君は、1回読んだだけで教科書の内容を把握し、理解できる。


そして、自分の解答の正解、不正解を見抜くこともできる。


「…そんな能力なら、今までのテスト全部満点だろうよ…」


エリーの説明を聞いても、一真は納得できなかった。


「もちろん、完全に使いこなせればの話よ?今の君は、1割も使いこなせていないわ」


「…なら、どうすれば使いこなせるんだ?」


「さぁ…知らないわね」


そう言われた一真は、苦笑い気味に聞いた。


「…本当は知ってるけど言わない…ってこと?」


「違うわ、本当に知らないの」


エリーは即答した。


「私が知っていることと言えば…君が"真眼"と呼んでいる物は、君が生まれた時に行われた"封印"によって生まれた…ってことだけね」


「またかよ…あの親父、地味に色々と暗躍してんだな」


ため息混じりに、一真は呟いた。


「…ただ、凉音愛の件に関しては少し違和感を感じたわ」


「…違和感?」


「えぇ。君が"真眼"を使う時は、基本的にピンチの時だったわ」




浄霊の時…霊が逃げる前に、魔法陣の書き替えという荒業を瞬時に成し遂げた。




封魔の時…封魔が放たれる前に、対処方法を瞬時に考え実行した。




「…でも、凉音愛の件…あの時は、特に緊急というわけでは無かった…」


「…確かに、緊急じゃ無かった…けどあの時は、凉音が苦しんでたからなんとかしなきゃ…って思いで…」


「それよ」


エリーが、一真の眼前にグィッと近づいた。


「3つの共通点…それは、君が"本気"になった時に発動したってことよ」


「いやぁ…オレはいつだって本気だぞ?」


「訂正するわ…君が、"1つのこと"に"本気"で"集中"した時に、発動するみたいね」


「…なるほ…いや?ん~…」


一瞬納得しかけたが、一真は再び首をかしげた。


「…君の言いたいことはわかるわ」


エリーが言った。


「1つのことに本気で集中したことなんて、過去に何度もある…」


「あぁ、高校生になってからだって…ゴールデンウィークに北海道に行った時、魔族と戦った時…最低でも2回は本気になった」


「つまり…その2回と、浄霊以降の3回の違いが…」


「"真眼"発動の、もう1つの鍵…」


言った直後、一真は苦笑いする。


「…明らかに"退魔力"だろ」


真眼が生まれたのは、魔力を"退魔力"で封印した時…


前2回との違いは、"退魔力"を摂取したか否か…


「他に鍵っぽいの浮かばないじゃん」


「そうね…ただ、退魔力を"どう"すれば覚醒するの?」


「さっぱりわからない」


一真は即答した。


「あ~ぁ…真眼が使えたら、戦闘がかなり楽になるだろうに…」


「使えない物は仕方ないわよ…真眼のことはひとまず置いておいて、他の修業を始めなさいな」


「他の修業ねぇ…」


そう言って、一真は屋上に横になった。


「…修業する気、あるの?」


エリーが、呆れたように言った。しかし一真は、それに顔をしかめた。


「…あるから横になったんだろ」


「…それってつまり、私と修業する気?」


「駄目か?」


「別に良いけど…珍しいわね、君が自分からなんて」


「…他に、修業っぽい修業が思い浮かばなかっただけだよ」


苦笑しながら、目を瞑る一真。


「…さぁ、オレを地獄に連れて行け」


「お望みとあらば、何処へでも…」


そして一真は、自らの意思で地獄に足を踏み入れた。


日本人を守るため…


仲間を守るため…


大切な人を守るため…


強さを求め、力を求め、一真は修羅の道を行く。



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