4.MBSF研究会の親世代。
午後6時30分、久城家リビングにて。
「幸太郎!もっと飲めって!」
「馬鹿野郎お前…お前の方が飲んでねぇだろうが!」
すっかり出来上がった2人の親父が、コップを片手に騒いでいた。
「…一真も、一真のお父さんみたいになるのかな?」
「さぁ…顔は似てても、酒癖まで似るかはわかんないなぁ」
一真と梨紅は親父達から離れ、ソファの前の小さなテーブルで、親父達の酒のツマミの唐揚げなどをおかずに、夕飯を食べていた。
「…お前、親父さんに魔物の事言ったか?」
「うん、勇気君に言われた日に」
「で?」
「ん…ふぁんふぁえっへ言われた」
唐揚げを頬張りながら、梨紅は答えた。
「頑張れって…オレ達任せかよ」
「一真のお母さんと、うちのお母さんの事は任せろって言ってたよ」
「守備範囲狭くね?せめて町内は守らせろよ」
「私に言われても…」
「…なら、オレが言ってやるよ」
そう言って、一真は立ち上がり、酔っ払いの所へ向かう。
「おい、親父さん。来週、せめて町内ぐらい守れよ」
「本当に言った!?」
梨紅が慌てて、一真の隣に駆けつける。
「来週?何のこっちゃね」
「魔物が来るって話だよ、梨紅に言われたんだろ?」
「あ~、聞いた聞いた。任せろ、お前の母さんとうちの母さんはオレが守る!」
「ちげぇよ!守備範囲狭いって言ってんじゃん!町内も守れって!」
酔っ払い相手に、会話がうまく噛み合わない…が、唐突に真人が呟いた。
「…そっか、来週だっけ?魔界から魔物来るの」
「…え?なんで父さんが知ってんの?」
一真が言った。一真はまだ、真人にその事を伝えていないのだ。
「え?だってオレ、未来に知り合いいるし」
「未来に知り合い…何それ、マジで?」
驚愕の表情の一真を他所に、幸太郎は納得したように数回頷いた。
「なるほどなぁ…だからお前、こいつらが生まれた時あんなに落ち着いてたのか。全部知ってやがったな?この野郎」
「まぁな…って、あ~…これ言っちゃ駄目だったんだ。今の無しな」
「いやいや、無理だって…」
一真は首を横に振った。
「でも凄いですねぇ、未来にお知り合いがいるなんて」
愛想笑いを浮かべた梨紅が、真人のジョッキにビールを入れる。
「お!ありがとう梨紅ちゃん」
「いえいえ♪それで?未来の知り合いって、どんな人なんですか?」
(上手い…)
一真は素直にそう思った。酔っ払いは、基本的に口が軽い…そこを突いての情報収集だ。しかし…
「どんな人も何も、あいつはオレの○○の○○だよ」
「…へ?」
真人は、重要な部分を言わなかった。
「あれ?…あぁ、そっか…あいつオレに"アルカナ"の魔法をかけたんだったな…」
「アルカナ?」
"アルカナ"とは、使用者と対象との間の"秘密"を護る魔法である。
"アルカナ"がかかった秘密は、口に出す事はもちろん、テレパシーなどで教える事も出来ないのだ。
「ってわけで、あいつに関する事は言えないんだよ」
「そうなんですか…ちなみに、来週の魔物襲来に関する事はどうですか?」
「ん~…まぁ、なるようになるよ」
真人はそう言ってから、唐揚げを食べ、ビールを飲む。
「ただ、かなり大変だと思うよ?特に一真!」
「…やっぱオレかぁ…」
ため息混じりに項垂れる一真。そんな息子に、真人は更に追い討ちをかける。
「お前は本当に、笑えるほど大変だ!」
「笑えねぇよ」
「ちょっと待ってな?昼間、寺尾神社でお前におみくじ買って来たんだ」
「寺尾神社?…ってか、なんでおみくじ…」
一真の言葉を無視し、真人はおみくじを開けた。
「ん~…お、末吉!」
「果てしなく微妙だ…」
「別れ…旅立ち…出会い…別れ…再会…」
「支離滅裂だし…」
「ラッキーカラーは白、宇宙旅行が幸運の鍵だってさ」
「それ本当におみくじ!?」
今度、豊に文句を言おう。一真はそう、心に誓った。
「大丈夫だよ、死にゃあしないから、絶対」
「何を根拠に言ってんだよ、酔っ払い」
「根拠はあるぞ」
「?」
「…言えないけど」
そして、大爆笑する親父2人。
「…」
一真はしばらく呆けていたが、やがて軽くため息を吐き、ソファに戻って行った。
「…?」
ただ、梨紅は今までのやり取りが一切理解出来ず、ひたすら首をかしげていた。
夜…10時を回った頃だ。
一真と梨紅はリビングから離脱し、真人の部屋か一真の部屋にいるだろう。
「…そろそろ良いんじゃないか?」
幸太郎が、真人に言った。
「そうだな…次はワインでも…」
「違う!」
「…冗談だ」
真人は、焼酎の水割りの入ったコップをテーブルの上に置いた。
「真人。お前、16年も何してた」
「さっき言ったろ?世界平和の為にボランティアさ」
「…冗談だろ?」
「本当だって、世界中回ったんだぜ?」
苦笑しながら、真人は言った。
「…それは、お前の言う未来にいる知り合いに関係がある事なのか?」
「おぉ、鋭いな幸太郎。まぁ言うならば、ちょっとした下準備だな」
「なんでお前だけ…言えばオレだって協力したろうに」
「お前にはお前の役割があるんだよ」
「役割?」
「子供達の教育だよ」
言って、真人はコップを口に運ぶ。
「一真も梨紅ちゃんも、いい子に育ってるじゃないか」
「何言ってやがる、オレは何もしてねぇよ」
「いやぁ、見事に封印が半解じゃないか」
「嫌味か…」
「いや、既定事項だ」
「…何?」
幸太郎は顔をしかめる。
「今月中に、2人の封印は完全に解ける」
「…未来からの情報か…」
「あぁ…未来からすれば、今月が1番大事な時期なんだ」
「…どうせ、詳しい事はオレには秘密なんだろ?」
「まぁな…ただ、触りだけは話しておかなきゃならない」
真人は水割りを飲み干し、コップをテーブルに置き、言った。
「魔物は来週、確実にやって来る…でも、オレ達に出来る事はほとんど無い。これは一真達の戦いだからな」
「…勝てるんだな?」
「○○○○○…あ~、駄目だ、言えない。でもまぁ、梨紅ちゃんは無事だから安心しろよ」
「一真は?」
「…」
幸太郎の問いに、真人は答えなかった。ただ一言…
「…なるようになるさ」
そう言って、真人は自分のコップに酒を注いだ。
翌日、木曜日の朝。
一真と梨紅はテスト休み…学校は休みである。
しかし、一真は何時ものように起きてしまった。
「…意味わかんねぇ…」
これが、本日の一真の第一声である。
何故か女性に抱きしめられていて、その女性の胸に顔を埋めた状態で起床した…というシチュエーションを、あなたは想像出来るだろうか。小説や漫画において、かなりメジャーだと言えるシチュエーションだ。
今の一真は、それに限りなく近く、果てしなく遠い状態にある。
まず、梨紅と密着している。この点は一致する。
しかし、梨紅は背後にいる。実に惜しい。
そして、最も違う点は…
「…首、絞まってんだけど…」
そう、抱きしめられているのではなく、首を絞められているのだ。
つまり一真は、本能的に死が近づいている事を察知し、起床したのだ。
「最悪の目覚めだ…」
一真は梨紅の腕を首から外し、ベッドから降りた。
そして、梨紅に掛布団を掛けてやり、一真は部屋を出た。
階段を降り、リビングに入った一真は言った。
「…酒くさ!!」
匂いだけで酔いそうな酒くささ…あなたにそれが伝わるだろうか。
一真はすぐに、リビングの全ての窓を全開にし、台所の換気扇を回した。
「いくらなんでも飲みすぎだろ…」
一真は、テーブルに突っ伏し、いびきをかいて眠っている幸太郎と、ソファに横になって眠っている真人を交互に見て言った。
「…母さん達は、梨紅ん家かな…」
一真が呟くと同時に、玄関のドアが閉まる音がした。
「噂をすれば…」
一真はリビングのドアを開け、廊下に顔を出した。
「おかえ……」
しかし、そこにいたのは母親達ではなかった。
正義「お邪魔します」
恋華「お出迎えどうも!」
一真「帰れ」
そこにいたのは、制服を着た正義と恋華だった。
恋華「はぅあ!帰れは酷いよカズ君!」
正義「ん、客人に対する態度がなってないぞ」
一真「こんな早朝にやって来る客人の方に問題があるわぁ!!!」
正論…かもしれない。
正義「そう言うな、とりあえず上がるぞ」
恋華「お邪魔しま~す」
一真「…これで良いのか日本の警察…」
顔をしかめる一真を他所に、2人はリビングへ足を踏み入れた。そして一言…
「「酒くさぁ!!」」
一真「…さっきよりマシだし」
鼻をつまむ2人に、一真は言った。
一真「ちょうどいい、片付け手伝え」
恋華「えぇ~、あたし達お客さんなのに…」
一真「重野は食器洗い、正義はテーブルから台所に食器運びな」
正義「なんでオレ達が…」
…文句を言いながらも、正義達は働いた。
正義「はい、恋華」
恋華「は~い。…なんか、新婚さんみたいで照れちゃうね」
正義「…そうだな…」
一真「イチャついてんじゃねぇよ」
テーブルを布巾で拭きながら、一真は2人に言った。
一真「…ってか、お前ら何しに来たわけ?しかも何故に制服?」
正義「学校に行くからだろう」
一真「何しに?」
正義「部活だ」
一真「…」
一真は、呆然と正義を見つめた。
一真「…わざわざ学校に行く必要あんのか?」
正義「なら、何処でやるんだ?」
一真「…学校だな」
3秒考え、一真は言った。
リビングの片付けが終わった頃、ソファに寝ていた真人が起床した。
真人「…気持ち悪い」
一真「飲みすぎだよ…はい、水」
真人「サンキュ…」
真人はコップを受け取り、中の水を一気に飲み干した。それと同時に、真人は正義達の存在に気付いた。
真人「…一真、お友達か?」
一真「違うよ、うちで雇ってる執事とメイド」
「「友達です!!お邪魔してます!」」
真人「いらっしゃい。一真、母さんは?」
一真「梨紅ん家じゃん?…あ、重野。オレの部屋で梨紅が寝てるから、起こして来てくんない?」
恋華「は~い…って、えぇ!?」
恋華は驚き、一真に驚愕の表情を向けた。
一真「…何?」
恋華「か…カズ君のエッチ!!」
一真「何が!?」
一真の言葉を聞かず、恋華はリビングを出て行った。
一真「…なんだ?あいつ…」
正義「いや、今のはお前が悪いだろ…」
一真「…いや、別にエロい事とかはしてないぞ?あいつが勝手にベッドに入って来るんだ」
正義「…お前、ゲイか?」
一真「殺すぞ」
正義「冗談だ」
正義が苦笑混じりに言うと同時に、恋華が階段を駆け降りて来た。
恋華「…」
無言でリビングに入って来た恋華の、その手には…
一真「あのぉ…重野さん?君は何故にグラビテスを構えているのかな?」
一真の言葉の通り、恋華の手には、重力の鎚、グラビテスが握られていた。
恋華「…カズ君の…」
恋華はグラビテスを思いっきり振り被り…
恋華「エッチィィィ!!!」
一真に向かって降り下ろした。
一真「だから何が!?」
一真は、バックステップでその場から下がり、グラビテスの直撃を免れた。
一真「"プロテクション"」
更に一真は、グラビテスから床を守る為に守護の魔法陣を生成する。
正義「…何があったんだ?恋華」
恋華「り、梨紅ちゃんのパジャマがはだけてて、ベッドはぐじゃぐじゃで…」
一真「そりゃ単に、あいつの寝相が悪いだけだって…」
顔をしかめる一真。その横で頭を掻きながら、真人が言った。
真人「グラビテス…?じゃあ君、深鈴の娘さん?」
恋華「え…あ、はい。お母さんの名前は深鈴です」
真人「じゃあ、そっちの君。お父さんはもしかして正樹?」
正義「はい、父は桜田正樹です」
真人は、2人の親の名前をズバリ良い当てた。
真人「深鈴の娘と正樹の息子…君達2人は仲良いの?」
恋華「はい!」
正義「まぁ、そこそこに…」
真人「へぇ…あの2人の子供達が仲良しねぇ…」
一真「?…父さんの知り合い?」
首をかしげながら、一真が言った。
真人「あぁ、同級生だよ。一緒に、幸太郎の手伝いとかもやってたな…」
一真「…マジで?」
正義「…幸太郎っていうのは…」
一真「そこで寝てる梨紅の親父」
恋華「…って事は、うちのお母さんとまー君のお父さんも、退魔の仕事を手伝ってたんだ…」
正義「そうなるな…」
2人は呆然と、お互いを見つめていた。
一真「…で、当時の2人はどんな感じだったの?」
真人「ん?あぁ、めちゃめちゃ仲が悪かったなぁ…顔を合わせれば喧嘩してたし」
昔を懐かしむかのように、真人は微笑んだ。
真人「…まぁ、深鈴が一方的に正樹に喧嘩売ってただけなんだけどね」
恋華「お母さん…」
真人「しかも負けてたし」
正義「それは本当ですか!?」
正義が食いついた。
真人「あぁ、正樹は強かったよ?強固な風の盾に、瞬間移動並の移動速度、風の刃は重力さえも切り裂いた…」
正義「おぉ…」
一真「へぇ…父さんより強かったの?」
真人「どうだろう…正樹と戦った事無いし、わからないな…」
正義「…とにかく、父さんに聞けば今よりは、強くなれるらしいな」
正義はそう言って、どこか誇らし気に笑った。
正義「…恋華より強くなれるかもな」
恋華「む…あたしの方がもっと強くなるもん」
頬を膨らませ、ふてくされる恋華。
正義「そうか…恋華も頑張れよ」
恋華「…うん、頑張る」
真人「…なかなか良いペアだな」
唐突に、真人が口を挟んだ。
真人「正樹と深鈴も、互いに腕を競いあってたよ…仲は悪かったけど、魔物と戦ってる時の息はピッタリだったな」
一真「…喧嘩するほど仲が良い…って事?」
真人「今思えば、そうだったのかもしれないな…」
一真「ふ~ん…まぁ、お前らもその域に達するように頑張れや」
正義「あぁ…ところで、一真は修業しないのか?」
正義が、思い出したように言った。
一真「え?毎日やってんじゃん」
恋華「ううん、カズ君はあたし達の指導ばっかりで、自分の修業は全然やってないよ」
正義「そうだぞ。バスターの強化とか、考えなきゃって前に言ってたじゃないか。どうなったんだ?」
一真「ん~…いくつか考えてるけど、試す機会がなかなかな…」
一真が軽くため息を吐く。そこへ、真人が口を挟んだ。
真人「…バスターって?」
一真「父さんからのプレゼント。正式名称、ディバイン・バスター」
真人「あぁ、聖なる魔法と-ダブル-を使った…なるほど、まだバリエーションが無いのか」
納得した真人は、腕組みをして考え込む。
真人「よし、父さんも考えておこう」
一真「ありがと。で、話は変わるんだけど…重野、梨紅は?」
恋華「あ~……行って来ます」
そう言って、恋華は再び階段を上がって行った。
一真「…全員集まるとは思わなかったなぁ…」
部室の長机に頬杖を着きながら、一真が言った。
梨紅「まぁ、国民の命がかかってるからね」
一真「…何も知らない、普通の高校生で在りたかったな…」
正義「…魔法使いの時点で、普通というのは無理じゃないか?」
一真「…まぁな」
正義に言われ、一真はため息混じりに答える。
一真「…魔物襲来まで、残り1週間弱…まず、それぞれの修業内容の確認から始めるか…」
暖「…お前はまず、もう少しやる気を見せろよ」
暖が顔をしかめながら言った。
一真「馬鹿野郎、見た目に惑わされるな。オレは割とやる気だ」
梨紅「…うん、意外にやる気みたい」
暖「…今城が言うなら、間違い無さそうだな」
一真「そんなにオレが信用出来ねぇか!!」
沙織「…頬杖着きながら言われてもねぇ…」
沙織から、厳しい指摘が入る。
一真「…とりあえず、修業内容確認して…梨紅から」
一真は頬杖を解きながら言った。
梨紅「私?私は…天使化に慣れる練習と、魔法の練習」
一真「ん…イメージトレーニングとかもやっとけな…次、山中」
沙織「私は、遠距離と中距離の攻撃練習ね…」
一真「あと、飛行練習だな…凉音と豊は?」
愛「私は判子の作成と使用練習」
豊「僕は、広範囲の状況把握と結界張りの練習」
一真「凉音はそれでOK、豊は余裕があったらスピリガンの強化もな」
言って、一真は勇気に視線を向ける。
一真「勇気は…」
勇気「今からまた天界行き…だろ?」
一真「あぁ、出来るだけここ周辺に魔物を出現させてほしい」
勇気「任せろ、神の好きにはさせねぇ」
一真「よろしく。次に正義」
正義「当日の住民避難だな、修業は父さんに色々と聞いてみる」
恋華「あたしは、まー君のサポートだね!」
正義は即答し、恋華も続く。
一真「そうだな…そして、最後に暖」
暖「オレは皆のサポートだな!」
一真「あぁ、皆の邪魔だけはしないように頑張れ」
暖「サポートじゃねぇの!?」
完全に足手まとい扱いである。
梨紅「…一真は何するの?」
梨紅が言った。
一真「オレは…」
正義「ちゃんと修業しろよ?」
恋華「サボっちゃ駄目だよ?」
一真「わかってんよ…こう見えて色々考えてるんだ」
言うと、一真は席を立った。
梨紅「どこ行くの?」
一真「人がいない所…お前らちゃんと修業しろよ?あ、暖はちゃんと皆を見張ってろよ」
言うだけ言って、一真は部室をあとにした。
一真がやって来たのは、屋上だった。確かに人はいない。
「"ホーリエ"」
フェンスに寄り掛かるや否や、一真はホーリエを呼び出した。
一真の手から光の球体が飛び出し、空中に静止する。
「…何?」
ホーリエ…いや、ホーリエに意識を移したエリーが言った。
「あんた、オレに色々と話があるんじゃないか?」
「…別に、絶対に話しておかないといけないことは無いわ」
「"真眼"についてのことは?」
「…」
無言になるエリー。
「…あの神様候補から聞いたのね?」
「あぁ、オレは"真眼保持者"で、今まで的確な判断が出来ていたのはそのおかげだとか…」
「しかも、間違った知識を…」
「…え?違うの?」
顔をしかめる一真。
「…仕方ないわね、説明してあげるわ」
天界の宝物は全部で53個ある。
同じように、魔界の宝物も53個、
閻魔界には2個、
三界で、合計108個の宝物があると言われている。
「…その、天界の宝物の1つが"真眼"なんだな?」
「違うわ」
「…はい?」
「"真眼"なんて宝物は、存在しないのよ」
確かに、全知の眼と呼ばれる宝物は天界に存在する。
しかし、それと"真眼"は別物なのだ。
「そもそも、宝物よ?厳重に管理されているに決まってるじゃない」
「…言われてみれば…」
「…でもまぁ、君にそれらしき力があるのは確かなのよね…」
エリーは続ける。
人間には、五感があるわ。
「…視覚、聴覚、味覚、嗅覚、触覚…だろ?」
そう…そして君には、他の人間以上に考える力がある。
五感で得た物を、考える力で分析し、答えを導き出す能力…
それが"真眼"の正体
「…それって、オレだけが持ってる能力じゃないよな?」
「そうね…多くの人間が持っている能力よ。ただ、君はその能力に秀でているの」
「?」
考える力…それは、想像する力…理解する力…把握する力…是非を見抜く力…
「その全ての力を常人以上に持っていて、かつ無意識レベルで実行できる。それが真眼で、それが君」
「…今一、凄さがわからないんだけど…」
「そうね…例えば、テスト」
君は、1回だけ教科書を読み、テストに挑んだ。
普通は、それだけでは高得点は難しい…
でも君には、理解する力と把握する力、そして是非を見抜く力がある。
君は、1回読んだだけで教科書の内容を把握し、理解できる。
そして、自分の解答の正解、不正解を見抜くこともできる。
「…そんな能力なら、今までのテスト全部満点だろうよ…」
エリーの説明を聞いても、一真は納得できなかった。
「もちろん、完全に使いこなせればの話よ?今の君は、1割も使いこなせていないわ」
「…なら、どうすれば使いこなせるんだ?」
「さぁ…知らないわね」
そう言われた一真は、苦笑い気味に聞いた。
「…本当は知ってるけど言わない…ってこと?」
「違うわ、本当に知らないの」
エリーは即答した。
「私が知っていることと言えば…君が"真眼"と呼んでいる物は、君が生まれた時に行われた"封印"によって生まれた…ってことだけね」
「またかよ…あの親父、地味に色々と暗躍してんだな」
ため息混じりに、一真は呟いた。
「…ただ、凉音愛の件に関しては少し違和感を感じたわ」
「…違和感?」
「えぇ。君が"真眼"を使う時は、基本的にピンチの時だったわ」
浄霊の時…霊が逃げる前に、魔法陣の書き替えという荒業を瞬時に成し遂げた。
封魔の時…封魔が放たれる前に、対処方法を瞬時に考え実行した。
「…でも、凉音愛の件…あの時は、特に緊急というわけでは無かった…」
「…確かに、緊急じゃ無かった…けどあの時は、凉音が苦しんでたからなんとかしなきゃ…って思いで…」
「それよ」
エリーが、一真の眼前にグィッと近づいた。
「3つの共通点…それは、君が"本気"になった時に発動したってことよ」
「いやぁ…オレはいつだって本気だぞ?」
「訂正するわ…君が、"1つのこと"に"本気"で"集中"した時に、発動するみたいね」
「…なるほ…いや?ん~…」
一瞬納得しかけたが、一真は再び首をかしげた。
「…君の言いたいことはわかるわ」
エリーが言った。
「1つのことに本気で集中したことなんて、過去に何度もある…」
「あぁ、高校生になってからだって…ゴールデンウィークに北海道に行った時、魔族と戦った時…最低でも2回は本気になった」
「つまり…その2回と、浄霊以降の3回の違いが…」
「"真眼"発動の、もう1つの鍵…」
言った直後、一真は苦笑いする。
「…明らかに"退魔力"だろ」
真眼が生まれたのは、魔力を"退魔力"で封印した時…
前2回との違いは、"退魔力"を摂取したか否か…
「他に鍵っぽいの浮かばないじゃん」
「そうね…ただ、退魔力を"どう"すれば覚醒するの?」
「さっぱりわからない」
一真は即答した。
「あ~ぁ…真眼が使えたら、戦闘がかなり楽になるだろうに…」
「使えない物は仕方ないわよ…真眼のことはひとまず置いておいて、他の修業を始めなさいな」
「他の修業ねぇ…」
そう言って、一真は屋上に横になった。
「…修業する気、あるの?」
エリーが、呆れたように言った。しかし一真は、それに顔をしかめた。
「…あるから横になったんだろ」
「…それってつまり、私と修業する気?」
「駄目か?」
「別に良いけど…珍しいわね、君が自分からなんて」
「…他に、修業っぽい修業が思い浮かばなかっただけだよ」
苦笑しながら、目を瞑る一真。
「…さぁ、オレを地獄に連れて行け」
「お望みとあらば、何処へでも…」
そして一真は、自らの意思で地獄に足を踏み入れた。
日本人を守るため…
仲間を守るため…
大切な人を守るため…
強さを求め、力を求め、一真は修羅の道を行く。




