1.MBSF研究会は話し合う。
久城一真は魔法使いである。
「…」
耳が半分隠れるかどうか、微妙な長さの黒髪に、一筋の緋髪が混じった前髪…
一真は箒を片手に、貴ノ葉高校の中庭の芝生に横たわり、そのやる気の無さそうな半開きの瞳で、雲1つ無い青空を眺めていた。
「一真ぁ、掃除してよ」
一真と同じく箒を持った、黒髪のショートカットの女の子が、一真を見下ろしながら言った。今城梨紅だ。
「…下着見えるぞ?」
「!?」
一真の言葉に、梨紅は顔を赤くして、ジャージのズボンに手を掛けた。
「って、ジャージなんだから見えるわけ無いでしょ!」
「…残念…ぶっ!」
一真の顔に、箒が叩きつけられた。
「痛ぇよ馬鹿!チクチクするだろうが!」
一真は箒を退かし、立ち上がった。
「うっさい!エロ一真!」
梨紅は箒を振り被り、一真の頭に向かって降り下ろした。
「ふっ!」
一真はそれを、右手に持った箒で防ぎ、その場から飛び退き、間合いを取った。
「…やるじゃない」
そう言って、梨紅は箒を構える。
「ふっふっふ…返り討ちにしてくれるわ!」
一真もノリノリで、箒を構える。
「…掃除しろよお前ら…」
黒髪で短髪の男…川島暖が、顔をしかめながら言った。
「黙れうつけもの!売られた喧嘩は買うのが礼儀じゃ!」
「そうじゃ!」
「…誰なんだお前ら…」
珍しく暖がツッコミを入れた。
「…放っておけば?」
肩より少し長い、薄い栗色の髪の女の子…山中沙織が言った。
「沙織ちゃん…委員長がそれでいいの?」
「先生に怒られても、『注意しても止めてくれないんです』って言えば大丈夫だよ」
「…なるほど」
微妙に黒い発言に、暖はあっさり納得した。
「…ここで会ったが百年目!」
「今日こそ決着をつけようぞ!」
何気に、沙織に止めてもらう事を期待していた2人は、止めてもらえず…踏ん切りがつかなくなった…つまりもう、やるしか無かった。
「小次郎覚悟ぉ!」
「オレが小次郎かぁぁ!」
2人は叫び、互いに箒で斬りかかった。しかし…
「…恋華」
「"重変"100」
「「げふん!」」
一真と梨紅は、顔から芝生に叩きつけられた。
「…何してるんだ?お前達…」
短い黒髪に、眼鏡をかけた、武士のような顔立ちの男…桜田正義が言った。
「遊んでるのか喧嘩してるのかわからなかったから、とりあえず叩きつけちゃった…ごめんね?カズ君、梨紅ちゃん」
黒髪をツインテールにしている女の子…重野恋華が、2人の脇にしゃがみ、謝るが…
「…いや、むしろ助かった…」
「あ…ありがとう、恋華ちゃん…」
「…?」
逆に礼を言われ、恋華は首をかしげた。
「…で?お前らサボり?」
立ち上がりながら、一真が正義達に言った。
「失敬な…お前達と一緒にするな」
「いや、オレ達はどう見ても掃除中だろうよ?」
「掃除してるのは暖と山中だけじゃないか。それとも、箒でチャンバラするのが掃除なのか?」
正義の言葉に…
「「そうだよ」」
2人は即答した。
「…」
2人があまりにも気持ち良く言い切ったので、正義は反論に困った。
「…何を集めてたの?」
恋華が、正義の代わりに聞いた。
「「空気中の塵」」
2人は、声を揃えて即答した。
「…なるほど」
「納得するなよ…」
顔をしかめながら、正義が恋華に言った。
「…お前らは仲良くごみ捨てか…」
一真は、正義が持っているごみ袋を見て言った。
「…わかってて、サボりかどうか聞いたのか?」
「いや、てか…重野はサボりだろ?」
「え!?違うよ!サボりじゃないよ!」
「だってお前、ごみ袋持ってないじゃん」
一真の言う通り、恋華は手ぶらだった。
「ち、違うもん!下駄箱まではごみ袋持ってたもん!でも、まー君が持ってくれるって…」
「ほほう…正義さん、地味にポイント稼ぎですか?」
「…」
正義は無言で、一真達から、赤くなった顔を反らした。
「良いなぁ、恋華ちゃんは…優しくしてもらえて」
梨紅は、一真をチラ見しながら言った。
「…」
「私もか弱い女の子なんだけどなぁ~…」
梨紅は、無言の一真をじっくり見つめながら言った。
「…[か弱い]ねぇ…」
一真が、めんどくさそうに顔をしかめ、梨紅の顔を見た。
「…何よ」
「…[可愛い]の間違いじゃないか?」
「なんですっ…て…え?」
梨紅は、一真の顔を見て固まってしまった。
「なにぃ!?ひ、否定すると見せかけて、持ち上げるだと…」
暖が驚き、目を丸くしながら言った。
「…つまり、ただのノロケね…」
沙織はそう言って、掃除を続ける。
「…えっと…その…」
梨紅は頬を赤く染め、うつ向いてしまった。
梨紅がうつ向くのを確認すると、一真は正義に、左手の親指をグイッと突き出して見せ、『どうだ!』と言わんばかりに胸を反らした。
「…いや、別に勝負とかしてたわけじゃないから」
正義は、手を横に向けて振りながら言った。
「ノリ悪いなぁ…なら…」
一真は振り向きざまに、暖を指差した。
「…?」
不思議そうな顔をする暖。続いて一真は、沙織を指差した。
「…!?」
暖は気付いた。驚愕の表情を一真に向け、自分の顔を指差し、口パクで言った。
(…オレが?)
一真はそれに、大きく頷いた。
更に暖は、沙織の方を指差し…
(…沙織ちゃんに?)
口パクで言った。もちろん一真は、それにも大きく頷き…
(…逝って来い♪)
口パクで、暖を励ました。
「…えっと…その…」
暖は沙織の方を向く。
「…?」
不思議そうな顔をする沙織の肩に、暖は手を置いた。
「さ…沙織ちゃん、あの…」
暖が沙織の目を見つめる。
…しかし
「ごめんなさい!」
瞬殺だった。
「まだ何も言ってませんけど!?」
「いや、その…なんとなく…」
「なんとなく『ごめんなさい』ってなんですか!?」
「暖、落ち着けって…」
一真が暖と肩を組む…いや、一真が一方的に肩を組もうと、暖の肩に手を乗せた。
「一真…告ってないのに振られたぞ…」
「てか、あまりにも鬼気迫る感じでオレも引いたよ」
「励ませよ!」
「嫌だ!」
「えぇ…」
今にも泣きそうな勢いの暖…そんな暖の耳元で、一真は囁いた。
(冗談はさておき…死ぬのはまだ早いぞ?)
(誰も自殺するなんて言ってねぇよ!)
(とにかく待て…良いか?お前は、勘違いしてる)
(…勘違い?)
暖は、一真の言葉に耳を傾ける。
(お前が何か言う前に、ごめんなさいって言われたのは事実だ…でもな?お前、ごめんなさいって言われる前に山中に何かしたろ?)
(…肩に手を置いた?)
(そう!肩に手を置いた…つまり、お前は山中に触れた!)
(…だから?)
暖の理解力の無さを嘆くように、一真はため息を吐いた。
(…良いか?告る前に振られる程に嫌われてるなら、肩に手を置いた時点で拒否される!)
(なるほど!…いや、でもオレ、振られたし…)
(だからお前は馬鹿なんだ…そんなの照れ隠しに決まってんだろ?)
(…つまりオレには…)
(まだ可能性がある!)
一真がそう言った瞬間、暖は自分の肩から一真の手を降ろし、両手でしっかり握り締めた。
「一真…オレ、諦めない!」
「そうだ!いつでもポジティブであれ!それがお前だ!」
そう言って一真は正義を振り返り、左手の親指をグイッと突き出して見せ、『どうだ!』とばかりに胸を反らすが…
「…いや、馬鹿の扱いの上手さをアピールされても…」
正義は、顔をしかめるしか無い。そこへ…
「…何してるのよ、あんた達…」
「?」
誰かの声がした。一真が辺りを見回すが…声は聞こえど姿は見えず。
「…死ね!」
突如…殺意の込もった拳が、一真の腹部に放たれた…が、
「おっと!」
一真はそれを、なんとか防いだ。
「よぉ凉音…さすがに『死ね』はないだろ…」
「…ちっ」
足元まで伸びた茶髪に、小学生並の低身長…貴ノ葉の姫小鬼こと、凉音愛がそこにいた。
「愛ちゃん、掃除サボってちゃ駄目だよぉ?」
恋華が愛に言った。
「…え?あんた達、サボってるんじゃないの?」
「失敬な…サボってるのは一真と暖と今城だけだ」
「じゃあ…豊は?」
そう言って、愛は正義の背後を指差した。
「…?」
正義が振り返ると…
「………」
木の根元に座って本を読んでいたのは、短めの黒髪に細い目…眠そうなネコを思わせる顔立ちの男、寺尾豊だった。
「豊お前…何、優雅な午後の一時を送ってんだよ…」
「………」
一真の言葉を無視し、豊は本のページをめくった。
「…結局、部員全員で掃除サボってんじゃない」
愛が正義を鼻で笑った。
ちなみにこの8人、クラスメートでは無い…愛の言った通り、とある部のメンバーである。
その部の名称は、
MBSF研究会
ちなみにこれは、略称である。
本来の正式名称は…
M…魔法使いと退魔士と一般人その他諸々で
B…勉強したり遊んだりその他諸々をする
SF研究会
その略称が、MBSF研究会である。
「そもそも、高校生にもなってジャージで掃除ってどうなの?」
愛が正義に詰め寄り、言った。
「オレに言われてもなぁ…」
正義は恋華に視線を送り、助けを求める。
「…あ、そう言えばあたし…聞いた事あるかも」
「え?うちの学校が掃除に力を入れる理由?」
愛が恋華を見て、首をかしげる。
「うん、確か…理事長さんが潔癖症なんだとか…」
「微塵も関係無いでしょ!」
愛が言った。さらに沙織が続ける。
「あ、それなら私も聞いた事あるよ」
「マジで!?」
暖が驚く。
「うん…でも、それが掃除に力を入れる理由かはわからないけどね?」
「…よし、諜報部員に調べてもらおう」
一真の言葉に、暖、沙織、恋華、愛の4人が頷いた。
「…まさか、オレの事じゃないだろうな?」
正義が、不安そうに顔をしかめる。
「正義以外に誰がいるんだよ」
当然だろ?とばかりに、一真は言った。
「豊がいるだろ…校内の浮遊霊に聞き込みさせればいいじゃないか」
正義が反論し、梨紅以外の6人が、木の根元に座って本を読んでいる豊に視線を向けた。
「………」
しかし豊は、無言で読書を続ける。
「…豊、諜報部員やってくれるか?」
「………」
一真の言葉に、豊は本をめくる指を止めた。
「………」
一真達が見守る中、豊はゆっくりと…
「………」
…読んでいたページに、栞を挟んだ。
「…」
一真達は無言で、豊の動きを見ている…ただ、愛だけは落ち着かない様子だ。
「………」
更に豊は、その場にゆっくりと…
「………」
…立ち上がった。
「…」
それを見た愛は、顔をひきつらせ、貧乏揺すりを始めた。
「………」
立ち上がった豊は、ゆっくりと後ろを振り返り…
「………」
…お尻に付着した土を払う。
「…」
愛の貧乏揺すりは更に激しさを増し…額に青筋が浮かぶ。
「………」
豊はゆっくり一真達の方を向き、1人1人の顔を見つめ、たっぷり尺を取った上で…言った。
「…ダルいから嫌だ…」
「ぶっ殺す!!!」
豊の言葉に、愛がキレた。
「だりゃぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
奇声を上げながら、豊に飛びかかろうとする愛だが…
「まぁ待て」
一真が愛の襟首を掴み、引き留めた。
「放せぇぇぇぇぇ!!!!!!気がすむまで殴らせろぉぉぉぉぉ!!!!!」
ジタバタともがく愛を持ち上げた状態で…
「…ってわけで正義、ガンバ」
一真が言った。
「…オレもダルいんだけど…」
「会長に聞けば一発じゃねぇか」
一真の言う会長とは、この学校の生徒会長…水無月恵の事であり、同時に彼女は、世界中のあらゆる情報を持ち合わせている腕利きの情報屋なのだ。
「…情報料はどうしろと?」
「ゴブリン引き取ったんだから、少しぐらいサービスしてくれんじゃね?」
「てめぇ!また言いやがったなこの…降ろせぇ!持ち上げてんじゃねぇぇ!!」
一真に吊るされ、暴れる愛を見て、一真はため息を吐いた。
一真はそのまま、ひたすら妄想中の梨紅に視線を向け、言った。
「…[か弱い女の子]なんて、天然記念物並に希少だと思うね…」
そして一真は、空を見上げる。
「…正義?ついでに、[か弱い女の子]はどこにいるのかも調べてもらってくれ」
「…自分で調べてもらえよ…」
正義はため息を吐き、一真同様に空を見上げる。
「…」
暖も、沙織も、恋華も、豊も、そして愛も…
一真と同じように、空を見上げた。
「…何かあるの?」
愛が言った。
「ん…"空"がある」
「…は?」
一真の答えに、愛が眉をひそめる。
「…そう言えば一真、さっきも"空"見てたよな?芝生に横になって…」
「UFOでも探してるの?SF研究会らしく」
暖と沙織が言った。
「…いや…」
一真は首を振り、空を見上げながら言った。
「…見納めとこうと思って…」
「…は?」
一真の言葉に、豊と梨紅以外の5人がまゆをひそめた。
「…」
一真は無言で、空を見上げ続ける。
…掃除の終了を告げるチャイムが鳴り始めても、一真は見上げ続ける…
名残惜しそうに…
まるで…
これからしばらく、青空を"見ることが出来なくなる"事を、知っているかのように…
~放課後~
[MBSF研究会の部室]
梨紅達7人は、期末試験に向けて勉強中である。
…そう、7人は…
「…一真?勉強しないの?」
梨紅が、自分の隣の椅子に逆向きに座り、空を眺めている一真に言った。
「…」
しかし、一真は梨紅の言葉を無視して、ぼんやりと空を眺め続けるばかりだ。
「…一真?」
「…」
「お~い」
「…」
「ねぇ、一真?」
「…」
「…はぁ…」
梨紅は諦め、ため息を吐いて勉強に戻った。
「…見納めとか言ってたよな?さっき…」
暖が呟いた。それに、梨紅達6人が顔を上げる。
「あぁ、言ってたな…しかし、どういう意味なんだか…」
「…だから、近いうちに青空が見れなくなるって事じゃないの?」
正義に、愛が言った。
「…オレが知りたいのは、『何故』空を見れなくなるかなんだが…」
眼鏡を押し上げながら、正義が言った。
「…死期を悟ったとか?」
「沙織ちゃん…縁起でも無い事言わないでくれよ」
沙織の言葉に、暖が苦笑する。
「…梨紅ちゃんは、何か知らないの?」
恋華が梨紅に聞いた。
「ん~…」
(…はぁ…こんな時、ナイトとエリーが居てくれたらなぁ…)
梨紅は腕を組み、考え込む。
ちなみに、ナイトとエリーというのは一真と梨紅の前世の姿であり、初代魔王と初代女神である。
現在は、死んだ魂が赴く世界、"閻魔界"へ、閻魔の手伝いをしに行っているのだ。
「…全然わからない」
梨紅は腕を左右に広げ、首を横に振った。
「…となると、考えても無駄だな」
梨紅の返答を聞き、正義はそう言って勉強に戻った。
「薄情なやつねぇ…少しは考えたら?」
愛が顔をしかめながら、正義に言った。
「…考えるのは一真の仕事さ」
正義は顔を上げずに言った。
「凉音は、ここに入って日が浅いから知らないだろうが…こいつの考えは常に、真に迫る…というか、正しい」
正義は、シャーペンで一真の方を指して言う。
「オレが知る限り、3回…」
体育館にやって来た幽霊を浄霊した時…
恋華と怪盗をやって、封魔の封印が解けた時…
そして、愛をウィスプから助けた時…
「それを全て、一真は一瞬で考える…一真はオレ達の頭脳で、オレ達は一真の手足…そんな所さ」
「…そりゃ言い過ぎだよお前…」
正義の言葉に、一真が答えた。
一真は椅子ごと振り返り、顔をしかめながら続けた。
「それじゃあまるで、お前らがオレの手下みたいじゃんか」
「…オレは別に、それでもいいと思ってる」
正義が顔をあげ、一真の顔を見て言う。
「実際、警察はそうだしな」
「ここは警察じゃない…高校の部活だぜ?最近じゃ、退魔すら部活の延長になりつつある…先輩後輩関係も無い…オレ達はみんな平等だよ」
「…そうかな…」
口を挟んだのは沙織だった。
「退魔だけを考えると、やっぱり2人は私達の先輩だよ…強さもそうだけど、判断力も…」
「…え?山中、本格的に退魔する気なん?」
「…え?違うの?だって退魔は部活の延長になりつつあるって…ねぇ?」
沙織は周りを見回す。それに応えるように、正義達5人は頷いた。
「微力ながら、これからも協力するつもりだが?」
「右に同じだよ♪」
正義と恋華が言った。
「…まぁ、友美を助けてもらった恩もあるしね」
「………」
愛は言ったが、豊は頷くだけだった。
「オレも戦うぜ!」
暖が言った。
「…いや、お前は無理だろ?」
「馬鹿お前…オレの逃げ足なめんなよ?」
「戦う気ゼロじゃねぇか!」
「違ぇよバカ!戦略的撤退って言う…」
「バカはお前だバカ!戦略もクソもあるか!このバカ!」
「バカバカ言うなぁぁ!!」
「…あんた達小学何年生?」
一真と暖のやり取りを見て、梨紅が言った。
「基本的に、精神年齢が低いよね…久城君も暖君も」
「違うぞ山中!逆コ○ン君は暖だけだ」
「逆コ○ン君?」
一真の言葉に、暖は首をかしげる。
「見た目は子供、頭脳は大人…の、逆だな」
正義が言った。
「つまり…見た目は大人、頭脳は子供って事ね」
「…はぅあ!それって暖君じゃん!」
「あぁ、なるほど…だから逆コ○ン君ね?アハハハハ…って、違うわぁぁぁぁ!!!」
机を両手で叩き、暖が抗議しようと立ち上がるが…
「ナイス!ノリツッコミ」
一真が両手を上げ、暖にハイタッチを促す。
「イエ~イ!」
それに乗ってしまった暖。
「…で、お前ら本当に良いのか?」
「…あれぇ…オレの件は終わりぃ?」
暖は顔を歪ませ、大人しく着席した。
「何がだ?」
「これ以上退魔に関われば、マジで空見れなくなるぞ?」
「…さっきから聞きたかったんだが、何故お前は空を見れなくなると考えているんだ?出来ればわかりやすく説明してほしいんだが…」
「…じゃ、それも含めて色々説明しようか…」
そう言って、一真は椅子を正しい向きに直し、腰かけた。
「…先週の水曜日、1つの事件が起きました…何の事だかわかるな?」
「あぁ
"凉音愛、襲撃事件"
だろ?」
「そう…"凉音事件"だ」
「待ちなさいよ!何!?何なのよその事件名!」
愛が不満そうな声を上げた。
「…で、"凉音事件"だけど…イテッ」
「無視するなぁ!」
愛が一真に消しゴムを投げつけた。が、一真は無視して話を進めた。
「…事件が起こった理由を覚えてるか?」
「…理由?」
「そんなの、カズが私に友美の事を…」
「秘密にした事以前に、もっと根本的な原因があるだろ?」
「…友美が入院してた事?」
「戻りすぎだバカ」
「バッ…てめぇ!」
愛が一真に筆箱を投げつけた。が、一真はそれをキャッチし、中に消しゴムを入れ、投げ返した。
「…律儀ね」
「…正義、答えろ」
沙織の言葉を無視して、一真は正義に言った。
「…"ウィスプ"だろ?」
「そう、"ウィスプ"だ。やつが来なければ、町内連続階段落下死事件も、凉音事件も起きなかったわけだ」
「正確には、"貴ノ葉町連続怪死事件"だ」
律儀に訂正する正義をよそに、一真は続けた。
「次に、"ウィスプ"が魔界から人間界にやって来た理由だ」
「えっと…確か、魔界と人間界の人口の調整だったよね?」
恋華が言った。
「そう…でも、本当の狙いはオ…」
「私達…」
「…そう、オレ達…退魔の出来る人間だ」
梨紅にセリフを取られ、今一スッキリ出来ず、一真は言った。
「…で?それが空と何の関係があるわけ?」
暖が言った。
「…"ウィスプ"の依頼主のターゲットはオレ達…でも"ウィスプ"は、凉音によって豪快に退魔された…つまり」
「依頼失敗か」
「そう、失敗したんだ…ちなみに暖?」
「あ?」
「お前なら、1度失敗したらどうする?」
一真は暖に、ポジティブな解答を求めたのだが…
「キッパリ諦める」
ネガティブ全開な解答が返ってきた。
「…"ディバイ~ン…"」
一真と暖の間に、小さな魔法陣が生成され始めた。それを見て、暖は焦って言った。
「バッ!お前、冗談だって!さっきも言っただろ?オレは諦めないって!」
「そう、諦めない」
魔法陣は消え、暖はホッと胸を撫で降ろした…が、
「"エアロ"」
「痛っ!」
暖の後頭部に、空気の弾が直撃した。
「…つまり一真は、魔界側から再びオレ達を狙う魔物や魔族が送られて来ると?」
正義が、眼鏡を押し上げながら言った。
「そう…だから本当は、空が見れなくなるんじゃなく、空を見る『暇』がなくなるの方が正しいかな…」
自分の言った言葉を自分で訂正しながら、一真は部員達を見回した。
「…つまり、オレ達が退魔を続けようが続けまいが、魔界側に命を狙われる事に変わりは無いわけか…」
「…そうだな、考えてみれば…関わればもクソも無かったわ…」
間の抜けた顔で、一真が言った。
「って事は、あたし達…カズ君と梨紅ちゃんの手伝いして良いんだよね?」
「あぁ、むしろその方が安全だろうからな…あと、もう1つ気になる事があるんだ」
恋華の質問に答えつつ、一真が言った。
「気になる事?」
「あぁ…基本的に、魔物や魔族が出現するのは夜ってのが、退魔の常識なんだ」
「…は?でも"ウィスプ"が私に取り憑いたのって…」
「あぁ、まだ日が高かった…暖に至っては朝だ…おかしいだろ?」
「…確かに、長年退魔士やってるけど…今まではずっと夜だったよ」
梨紅が一真に肯定する。
「そもそも退魔って仕事自体、謎が多いんだよなぁ…退魔の依頼は毎回警察から来るってのもよくわかんねぇし…正義、警察はどこで魔物絡みの事件だって判断してんだ?」
眉にしわを寄せながら、一真は正義に言った。
しかし正義は、口をポカンと開け、頭上に?マークを浮かばせるだけだった。
「…正義?」
「…退魔の依頼は、警察から来るのか?」
「…え?」
正義の返答に、一真は首をかしげた。
「…これでもオレは、警察内の情報に詳しい方なんだが…そんな話、聞いた事ないぞ?」
「んなアホな…じゃあ、退魔の依頼ってどこから来てんだ?」
「…天界からだ」
一真の疑問に、誰かが答えた。
「…天界?」
「あぁ、天界だ」
声の主は、言うと同時に部室のドアを開けた。




