6.彼女らは集い始める。
一面、真っ白な空間…
一真の中にある、エリーやナイトが具現化する空間と、全く同じ場所…つまり、愛の心の奥底である。
そこに、一真と梨紅は降り立った。
「…ここが凉音の中か…梨紅、大丈夫か?」
「うん、大丈夫」
無事、心の中へ入り込めた2人…
2人の目の前には、膝を抱えて座り込む少女がいた。
「凉音だな…」
一真は愛に近づこうとするが…
「…!」
それ以上、愛に近づく事はできなかった。
「…無駄……結界…張った…」
しわがれた、老人のような声が…空間に響いた。
「お前がウィスプか…」
「…そう……囁く者……ウィスプ…何か…用…?」
「あぁ、今すぐ凉音の体から出ていけ」
「直球!?」
一真が答えた。しかし…
「…無理………この人間……殺させる…」
ウィスプはそれを拒否する。
「殺させる?誰を?」
「…"魔界の者を殺す者"」
「…」
一真の考えは、当たっていたようだ。
「でも、凉音じゃオレ達を殺せないぜ?」
「…やって……みなきゃ……わからない……」
「…無駄にポジティブでムカつくなぁこいつ…」
一真が顔をしかめる。
「…おい!凉音!」
一真はウィスプを無視し、座っている愛に声をかけた。
「!」
愛は一真の声に反応し、ゆっくりと顔を上げ、一真達を見つめた。
「…」
一真達を見る目は虚ろで、今にも死にそうに見えた。
「凉音、ウィスプなんかに負けるな!お前の中から追い出してやれ!」
「…」
一真の言葉に、愛は何も返答しない。
「…無駄……今の彼女……抜け殻…思い出…抜けてる…無気力…」
ウィスプが返答した。
「…なら、思い出せよ!妹との…"友美ちゃんとの"思い出!」
「!」
瞬間…愛の目に、光が宿った。
…1番古い思い出は、私が2歳の時…
母親に、友美が私の妹だって言われた…
ゆりかごで眠る友美を見てる私…
母親は私に言った。お姉ちゃん、友美をお願いね?って…
2歳の子供に、何を言っているんだろう…今思えば、そう思う。
でも私は、その言葉を今でも覚えてる…
だから、母親は間違っていなかった。
私が幼稚園に入ると、友美が病気だとわかった。
幼い私は、友美が風邪でもひいたのだろうとしか思わなかった…
でも偶然、両親が泣いているのを見てしまった。
…よくわからないまま、私も泣いた。
友美は、心臓の病気だった…正式な病名や症状を聞かされたけど、幼い私にはサッパリわからなかった…
…ううん、今でも正直わかってない…わかった気になってるだけ…
私は昔から、友美が大好きだった…
両親が友美にばかりかまう事に、少しは反感があったかもしれない…
けど私は、友美が大好きだった。
ある時、私は聞かされた…
友美は、小学校卒業と同じぐらいの時期に死んでしまうらしい…
何を思ったか、幼い私は…友美が死ぬ事を素直に受け入れた。
だから、死ぬ直前まで友美と楽しく過ごそう…笑って死なせてあげよう…
そう思っていた。
だから私は、いつの間にか友美に付きっきりになっていた。
友美に友達が出来れば、自分の事のように喜んだ…その代わり、私は友達の作り方を忘れた。
ただ、恋華だけは特別だった…小学校、中学校、高校も一緒…唯一の友達だった。
でも私は、恋華よりも友美を優先した。
友美がいじめられれば、いじめっ子をボコボコにして、友美の前に突き出してやった…
その度に友美に怒られるが、その代わりにいじめっ子は、友美の友達になった。
だから私は、それを続けた…
中学に上がった頃には、『貴ノ葉の姫小鬼』なんて呼ばれ始めた…
気に入らなかったけど、友美は気に入ったようだ。『姫』の部分だけを…
私が中学に上がって半年…ようやく、友美が死ぬ事を受け入れられなくなった。
もっと友美と遊びたい…もっと友美と一緒にいたい…日に日に、その思いは募っていく…
…思いは実った。
友美は、13歳の誕生日を迎えた。
私は喜んだ…そして泣いた。
もう大丈夫…友美は死なない…そう思った。
…でもすぐに、友美の病気が悪化した…
友美が中2になった年の夏には、入院したままになっていた。
私は毎日、友美の見舞いに言った。
受験勉強も、病室でやった。
むしろ、病室でしかやらなかった。
他の時間は、インターネットや本屋、図書館で、友美の病気について調べる事に費やした。
それを馬鹿にするクラスメートや不良は、ボコボコにしてやった…
調べ物は恋華も手伝ってくれたけど、全く役に立たなかったのは言うまでもない。
そして、貴ノ葉高校に入学…同時に、医者に言われた。
友美の余命は、あと3ヶ月だと…
私はがむしゃらに、病気について調べた。
学校行事なんて興味無かったし、クラスメートが変になったのもどうでも良かった。
でも、カズに出会ったのは衝撃だった…
今までに出会った事が無い人種…それがカズであり、第1印象は変なやつ…
でもカズは、友達の作り方を教えてくれた…
クラスメートが友達になった。
それを友美に言ったら、喜んでくれた。
これで、私が死んでも大丈夫だね…なんて、笑顔で言われた。
友美は馬鹿だ…気の使い方をわかっていない。
私は、病気について調べ続けた…が、限界だった。
途方にくれていた…
そして再び…私の前に、カズが現れた。
カズは私に言った…オレ達を頼れ…と。
私は、それに従った…
藁にもすがる気持ちと、その時は言った…けど私は、カズを信じていた。
だから、もし駄目でも笑って許そうと思っていた。
でも…でもカズは…友美の病気をあっさり治してしまった。
昼前に親から電話があって、学校を早退して病院に行くと…友美が笑っていた。
私は泣いた…友美に抱き着いて、1時間ぐらい泣いていた。
泣き止んだ私に、友美は言った。
今度は私が、お姉ちゃんを守ってあげる番だね…と。
私は笑ってやった…そして言った。
病気が治っても、友美は私が守るよ。
だから私達は、これからは互いに支えあって生きて行く…
それが、私達の"絆"だから。
何故か…カズは、友美を治した事を隠していた。
お礼ぐらい、言わせて欲しかったのに…
何か、後ろめたい事があるのだろうか…
そんな事を考えていると、頭の中に声が響いた。
…愛は、機械的にそう言った。
「……あり得ない……」
しわがれた声と共に、ウィスプが姿を現す。
汚い水色の全身タイツに、2本の触角と尻尾が1本…それに、ハエの羽が生えていた。
「「…キモッ…」」
それを見た一真と梨紅は、同じ感想を述べた。
「…思い出……思い出した……何故……」
ウィスプは首をかしげながら、愛の周りを飛び回った。
「…それだけ、凉音と凉音妹には極太の絆があるって事だ」
「…絆…絆…知らない…わからない…」
頭を抱えてよがるウィスプ…
「…カズ…」
愛が、言葉を発した。
「…何?」
「…あんた、魔族?」
「いや、ただの魔法使いだけど?」
「友美は?」
「人間だよ」
「…そう…」
愛は、その場に立ち上がった。
「…何してんだろ、私…カズの事、信じてたのに…」
「…いや、オレが悪かったんだ…お前には全部話すべきだったのに、隠してた…」
「…やっぱりカズだったんだね、治してくれたの…」
愛は一真に微笑んだ。
「…ありがと、カズ…」
「ん…」
一真は頬を掻きつつ、照れ笑いをした。
「…ギ……ア……アア…」
突然、苦しみを堪えるような声が聞こえた。
「…ん?」
その声は、愛と一真の間でのた打ち回っているウィスプの物だった。
「…お、結界もなくなってるな」
一真がウィスプに向かって右手を伸ばすが…
「待って」
愛が静止した。
「?」
「私が叩き出す」
そう言って、愛は何処からともなく巨大判子を取り出した。
「…よくも私に取り付いてくれたわね…」
愛はウィスプを見下ろし、ゴルフのスイングのように判子を振り上げた。
「…現実に戻ったら、ボコボコにしてやるから…覚えてろよ?」
「………ギ…」
「吹き飛びやがれ!!」
愛は判子を振り抜き…
「…ガヒャ!…」
判子は、ウィスプの頭にクリーンヒットした。
「オリャァァァァァァァァ!!!!!!!!!」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!」
悲痛な叫びと共に、ウィスプは遥か彼方へ飛んで行った。
「…ぅおぅ!」
一真は、現実に戻って来た。
(…梨紅、大丈夫か?)
(…え?うん、大丈夫)
梨紅も無事なようだ。
「じゃあ、凉音は…」
一真が愛を見る。
「…」
愛は無言のまま、ピクリとも動かない。
「…駄目だったのか?」
一真が言うと…
(…いいえ、成功よ?)
愛の耳から、エリーが出てきた。
「!」
それと同時に、愛も意識を取り戻した。
「逃がすかぁ!!」
次の瞬間、愛は体を捻りながら、そう叫んだ。すると…
「……ゲ?………」
なんと、巨大なウィスプが姿を現した。
「"巨大化の判子<大>"…てめぇ、逃げられると思うなよ?」
「げひぃ!!」
愛の鬼のような形相を見て、ウィスプは悲鳴を上げた。
「うりゃぁぁぁぁぁ!!!!!!」
「げひゅう!!」
愛は体を回転させる勢いを利用し、判子をウィスプの脇腹に叩きつけた。
ウィスプは、一真に向かって飛んで行く…
「…オレが決めて良いのか~?」
「駄目に決まってんでしょ!蹴り返せ!」
「O~K~…おらぁ!!」
「ごふぅ!」
一真がウィスプの腹部を蹴った瞬間…ウィスプの背骨が砕ける音がした。
「"銃撃の判子<銃>"」
愛は、飛んで来るウィスプに照準を合わせる。
「…!?ちょっ!待っ!」
一真が危険を察知し、急降下を始めるが…遅かった。
「"ガトリング"!!」
愛は、ウィスプに向かって判子を高速で突き出し続けた。
「ギャァァァァァァァァァ!!!!!!」
空気の弾丸の嵐の中、ウィスプの悲鳴が聞こえる。
「ギャァァァァァァァァァ!!!!!!!!」
一方…一真は、流れ弾に当たらないように必死に逃げ回る。
「「「「わぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」」」」
梨紅達4人は、校舎の壁を抉り、窓ガラスを粉砕する空気の弾丸に恐怖し、部室内を逃げ回っていた。
もちろん、流れ弾が当たるのは部室棟全てであり…被害は甚大である。
「まだまだぁぁぁぁぁ!!!!!」
しかし、愛はやめない…ひたすら弾を打ち出し続けるばかりで…
「いい加減にしてくれぇぇぇぇ!!!!!!!」
一真の涙ながらの叫びも、愛に届く事は無かった…
空気の弾丸を何百発打ち出しただろうか…愛は、ようやく判子を突き出す動きをやめた。
「……………」
愛の放った弾の半分はウィスプに命中し…ウィスプはもう、言葉を発しようともしない。
「まだまだぁ!」
「……ひ…」
愛の声に、ウィスプは小さな悲鳴を上げる。
「はぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
愛は判子をふりかぶった状態で、ウィスプに向かって飛んで行き…
「せやぁ!!」
判子を降り下ろす。
「……げひぃ…………」
頭を叩かれ、力なく落下して行くウィスプ…
地上に激突し、なんとか愛から逃げようと地を這って行くが…
「逃がさない…これで終わりよ!」
愛は、判子を真下に向けて持ち…
「"破魔の判子<破>"」
そう言った。更に愛は、ポケットから小さな判子を取り出し…
「"巨大化の判子<大>"」
長い判子に、<大>の判子を3回押した。
「…さすがにやり過ぎだろ…おい…」
部室の窓枠に着地し、"紅蓮化"を解いて、髪の毛も元の長さに戻り、すっかり普段の状態に戻った一真は、その光景を見て、顔をしかめた。
直径10mの巨大な判子を片手で持っている、小柄な少女…
「…くたばりな!」
愛はそう言って、巨大な判子を地面に押し付けた。
瞬間…凄まじい轟音と共に、地面が揺れ…砂ぼこりが舞い上がり、判子に押されて地面が陥没した。
「…」
地面の揺れや砂ぼこりが収まり、ようやく今の状況がはっきりとわかるようになった。
ボロボロで、今にも崩れそうな部室棟…
<破>の字を中心に陥没したグラウンド…
「…」
一真達は、ただただ無言で部室から…<破>の字を見下ろすしかなかった。
そこへ…
「…失礼します」
「「!?」」
凛とした声が、部室内に響いた。
その声に…一真と正義が、同時に反応した。
「…水無月…」
「…会長…」
振り向きながら、2人は言った。
部室のドアの所にいたのは、正義御用達の情報屋…兼、生徒会会長の水無月恵だった。
「…私が来た理由は、わかりますね?」
「…」
正義は、ゆっくり頷いた。
「よろしい。今回の部室棟の修理とグラウンドの修繕…MBSF研究会で責任を持ってお願いします」
「…凉音1人がやったのに…ですか?」
一真が聞いた。
「連帯責任です」
即答だった。
「凉音はこの部の人間ではありませんが…」
正義が言った。
「それでもやるのはあなた達です」
また即答だった。
「…え?つまり、私達はやるけど、愛ちゃんはやらなくていいって事?」
恋華が言った。
「そうです」
0コンマ1秒の即答だった。
「では、私はこれで…MBSF研究会の部員『全員』で力を合わせて頑張って下さい」
そう言って、生徒会会長水無月恵は去って行った。
「…」
部室内に、初夏の生暖かい風が入り込む…
そして…
「あ~スッキリした!」
窓から、愛が入って来た。
「まったく、私に取り付くなんてふざけた事しなきゃ…あれ?」
愛は、部室内の5人が呆然と立ち尽くしている事に違和感を覚えた。
「…どうかしたの?」
「…どうかしたの…だと?」
一真の体から、殺気という名前の魔力がにじみ出る。
「…何怒ってんの?」
「…何怒ってんの…だと?」
正義からも、殺気が溢れ出す。
「!?マサまで…恋華、何があったの?」
「…愛ちゃんが壊した部室棟とグラウンド…私達が直さなきゃいけないんだって…」
「しかも、部員じゃないお前は手伝わなくて良いんだとよ!」
「…なるほど…」
愛は納得した。ボロボロの部室内と、殺気を放つ一真と正義…呆然と立ち尽くす梨紅と沙織、ワナワナと小刻みに震える恋華を一通り見回し…
「…!」
愛は駆け出した。一真の脇をすり抜け、この空間から脱出するために…
愛には自信があった。普段はコンプレックスである小柄な体を生かし、一真の脇をすり抜けようとするが…
「……あぅ…」
一真に、襟首を持って持ち上げられてしまった。
「…逃げられると思ってんのか?」
「ひっ!」
一真の、鬼のような形相に…愛は小さく悲鳴を上げた。
「それはさすがに許されないよね~?」
「虫が良すぎるでしょ~?」
梨紅と沙織が言った。しかも、満面の笑みの割に殺気はしっかり出しているではないか。
「…愛ちゃん…」
恋華が、愛に声をかけた。
「れ…恋華?」
「…」
恋華は何も言わなかった…が、
「「ひぃぃ!」」
その形相を見て、愛と正義が悲鳴を上げた。
言葉は必要なかったのだ。
その形相に、恋華の全てが込められていたから…
部室内が静寂と殺気に包まれる中…
「…?」
部室のドアが、開かれた。
「………?」
「よぉ、豊じゃん」
ドアを開けて入って来たのは、寺尾豊だった。
「………どんな状況?」
殺気に満ちた部室に、さすがの豊も違和感を覚えたようだ。
「…色々あったんだよ、5分前ぐらいに…」
「………?」
一真に言われ、首をかしげる豊。
「…ところで、何か用か?」
「………」
一真の質問に、豊は無言で頷き、1枚の紙を一真に差し出した。
「お、入部届け…ようやく入部するのか?」
「………」
豊は無言で頷いた。
「そっか、ちょっと待ってな?今からこの『姫ゴブリン』の刑罰を決めるから…」
「ゴブリン!?言わせておきゃあてめぇこの野郎!!」
愛がジタバタと暴れ始めた。
「…ん?」
そんな愛に顔をしかめつつ、一真は豊から受け取った入部届けに違和感を覚えた。
「…2枚重なってんじゃん」
豊の入部届けの裏に、白紙の入部届けが張り付いていたのだ。
「あ…ごめん」
「…いや、ナイスだ豊」
一真はニヤリと笑い、豊の入部届けを長机に置き、白紙の入部届けを恋華に差し出した。
「重野、これに凉音の名前書け」
「!?」
「OK~♪」
静止する愛を無視し、恋華は入部届けを受け取った。
「ふん…無駄よ、私と違って恋華は丸文字だもの…私の字じゃないってすぐにばれるわ」
愛は一真を鼻で笑うが…
「…?凉音、お前…恋華の特技を知らないのか?」
「…は?」
愛は顔をしかめ、声の主である正義を見た。
「恋華は、他人の筆跡を完璧に真似できる」
「出来たよぉ~♪」
恋華は、入部届けを愛に見せつけた。
「!?何それ!そんな特技卑怯よ!」
その筆跡は達筆であり…愛の驚きから判断するに、まさしく…愛の筆跡なのだろう。
「仮にもこいつは怪盗だぞ?筆跡ぐらい変えられるし、声だって変えられる…特殊メイクで、顔を変えるのだって御手の物だ」
「ぶい~♪」
満面の笑みで、恋華は愛にVサインを送る。
「…!?ちょっと!?なんで判子まで押してあんのよ!」
愛が驚き、ポケットを探る。
「だから…恋華には、お前のポケットから判子を盗むぐらい…」
「御手の物だよ♪」
そう言って、恋華は愛に印鑑を見せつけた。
「…私今、本気であんたに恐怖したわ…」
「…さすがにそれはオレも怖いぞ…」
愛と一真が顔をしかめる。
「…じゃ、豊?入部届けを顧問に出しに行こうか」
「………」
豊は無言で頷いた。
恋華から愛の入部届けを受け取り、長机の上の豊の入部届けを持ち、一真は豊と共に部室を出た。
もちろん…
「放せぇ!!下ろせぇ!!ぶっとばすぞこの野郎ぉぉ!!!」
叫び暴れる『姫小鬼』こと、愛を持ったままである。




