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魔法使いの苦悩  作者: 黒緋クロア
第四章 怪盗と絆 後編
30/66

5.彼女らは囁かれる。


…そして、放課後の部室である。


「…暖の見舞いは良いのか?」


日本史の宿題をしながら、正義が言った。


「あぁ、もう退院してるだろうし」


「…何?」


正義は顔を上げ、一真を見た。


「今朝、学校来る前に病院行って治して来たからな…凉音妹の件もあるし、なんとかすんだろあいつなら」


「…なるほど、凉音妹の治療は成功したのか…」


「良かったねぇ♪愛ちゃんもきっと喜…」


恋華の言葉を遮って…


「邪魔するわよ!」


部室の扉が勢いよく開かれ、物凄い形相の愛が飛び込んで来た。


「あ、愛ちゃん…どうしたの?」


恋華が愛に聞くが、愛はそれを無視し、一真の元へ真っ直ぐやって来た。


「どうした?…ぅおぅ…」


「カズ…あんた、いったい何したの?」


一真の胸ぐらを掴みながら、愛は言った。


「…何が?」


「友美の事よ!」


「妹がどうかしたのか?」


「しらばっくれんな!」


「うあ!」


愛は、一真の胸ぐらを掴んで持ち上げる…が、


「…」


身長差がありすぎて、立ち上がった一真に、ぶら下がっているような状態になってしまった。


「…座れぇ!!」


「なんなんだお前…」


今の状態だと、愛があまりにも可哀想なため…一真は、大人しく座ってあげた。


「…で?妹が何だって?」


「…本当に知らないの?」


「だから、何を?」


「…治ったのよ、友美…」


「…はぁ!?」


迫真の演技とは、まさにこの事だろう…一真は完璧に、『何も関わって無い人』を演じていた。


「だってお前…不治の病がどうのこうのじゃねぇの?医者はなんて?」


「知らない…医者は、奇跡だって…」


「…」


唖然とした表情もお手の物だ。


「…友美は、魔法使いが治してくれたって言ってたわ…」


「へぇ、魔法使いねぇ…(やべ…凉音妹に他言すんなって言うの忘れてた)」


一真は顔をしかめそうになったが、ポーカーフェイスで乗り切った。


「この辺で魔法使いなんて、カズぐらいしかいないでしょ?」


「まぁな…でも、不治の病を治す魔法なんて、オレには使えないぜ?」


一真は左右に両手を広げ、お手上げのポーズを取って見せる。


「…ならあんた、どうやって友美を治すつもりだったのよ?」


「いや、回復魔法をどうにかして強化して…何回かに分けて凉音妹に使うっていう…」


「…そういえば、友美を治したやつは…私が頼んだやつに頼まれたって言ってたらしいけど…」


(あ~あ、ぬかった…)


「…カズ、友美を治してくれたのは誰なの?どうやって治してくれたの?」


愛は、一真の胸ぐらから手を離し…一真の両肩に手を乗せた。


「私はただ、お礼を言いたいだけなのよ…大切な妹を救ってくれた恩人に…」


「…」


愛の、懇願するような眼差しを受けた一真の胸中は、複雑だった…


自分が治したと言った所で、運命が変わる訳では無い…


でも、万が一という事も、無きにしも有らず…


だから…


「…オレは知らない…」


一真は、愛にそう言った。


「…そう…」


愛は一真の肩から手を離し、うつ向いた。


「…部活の邪魔して悪かったわね…」


愛はそう言って、踵を返し、部室から出ていった。


「…一真、なんで言わなかったんだ?」


「そうだよ!カズ君が治してあげたんでしょ?」


正義と恋華が一真に言うが…


「2人とも、久城君を責めちゃ駄目だよ…きっと何か、言えない理由があるんだと思う…」


意外にも、2人をなだめたのは沙織だった。


「…ありがとう、山中…」


一真は机に両肘を付いて、1度…大きく息を吐いた。


「…全部話すよ…包み隠さずに」


一真は…梨紅以外の3人に、『この世の理』と『道程の導』について話し始めた。








(…絶対におかしい…)


部室棟の階段を降りながら、愛は考えていた。


証拠があるわけでは無いが、愛は友美を治したのは一真だと、確信していた。


(…なんで隠すの?)


愛は、一真が真実を隠す理由を考える…



…そこへ



「…後ろめたい事があるから…さ…」


「!?」


突然、しわがれた声が聞こえた。愛はそれに驚き、振り返る。


「…?」


が、しかし…そこには誰もいない。


「…教えてあげよう…真実を…」


「誰!?」


愛は再び振り返る…


しかし、やはり誰もいない…


「…私は…囁く者、ウィスプ…」


「ウィスプ…」


「…あいつが…君の大切な妹に…何をしたと思う…?」


「…知ってるの?」


「知ってるよ…全部……………知りたい?」


「…」


愛は、黙って頷いた…


愛は…




悪魔の囁きに、耳を傾けてしまったのだ…





「…って訳なんだよ」


一真の説明が終わった。

昨日の夜の出来事全てを、20分程で説明したのだ。


「…わかってくれたか?」


そう言って、一真が恋華達を見回す。うつ向いていた恋華と沙織は、同時に顔を上げ、一真の顔を見て言った。


「「ううん、全然…」」


「…うん、そう言うと思ってた」


2人の返答は予想済みだった一真は、改めて正義に聞いた。


「正義はどうだ?お前なら、オレよりわかりやすく説明出来ると思うんだけど…」


一真は正義に期待していた。最近、優等生キャラが薄れて来てはいるが…彼は紛れもなく、飛び級で大学を卒業済みの、優等生なのだ。


「…」


正義は無言で腕を組み、目を閉じてうつ向いていた。


やがて、ゆっくりと組んでいた腕をほどき、顔を上げ、目を開き、一真を見た。


「…」


しばらく、真顔で一真の顔を見ていた正義は、唐突に言った。






「…サッパリわからない」




「散々引っ張ってそれか!?溜めがなげぇよ!」


一真の期待は、あっさり裏切られた。


「…そう言えばさぁ、正義君?」


今まで黙っていた梨紅が、正義に声をかけた。


「なんだ?今城」


「一昨日言ってた階段の事件って、どうなったの?」


「…あれ?てか、昨日の件はもう終わり?」


「だって聞いても誰もわからないんだし…聞くだけ無駄じゃない?」


「…あぁそうかい、わかりましたよ、そっちの話を続けて下さいよ、邪魔してすいませんでしたよ」


ふてくされた一真は、長机に突っ伏してしまった。


「…それで、どうなったの?」


(無視されたぁぁぁ……)


梨紅に無視され、一真は心に深い傷を負った。


「…これと言った進展は無いが…どうかしたのか?」


「うん…実は一昨日、お父さんに聞いてみたんだけどね?」


「…何を?」


突っ伏した状態で、一真が言った。


「『人間の耳元で何かを囁いて、その人間を殺そうとする魔族や魔物がいないか』って事をよ」


「…で?」


「『いる』んだって、そういう魔族が」


「…マジで?」


一真は無言で、上体を起こした。


「今城、続けてくれ」


正義は警察手帳を取り出し、情報をメモする体勢を取る。


「うん…魔族の種族は『ウィスプ』…人間の頭の中に入り込んで、その人間の悩みに付け込み、殺人衝動や自殺衝動をかきたたせ、死んだ人間の『死ぬ直前』の感情を食べる魔族よ」


「…何?って事は、階段から落ちた人間はみんな自殺…」


「ううん…ウィスプにはもう1つ、魔物や魔族と人間の数を調整する役割があるの」




…つまり、こういう事だ。


魔族や魔物、神や天使が死ぬと、魔法使いや退魔士…つまり、人間に転生する。


逆に、人間が死んだ場合…その人間の一生のうちで、良い行いが多ければ天使、悪い行いが多ければ魔族に、転生するのだ。


そして、魔族や魔物、天使の数と、人間の数の、比率が決まっているのだ。


それを合わせるために、ウィスプが人間界にやって来て、人間を殺し、魔界に転生する人間を増やす…


「…手当たり次第に数千人の人間を殺そうとして、実際に死んだのが数十人…って事か?」


「そうよ」


正義の質問に、梨紅は肯定した。


「ふざけた話だな…てか、その…ウィスプ?そいつら、殺した人間が魔界に転生するかどうかわかってやってんのか?」


「ううん…ウィスプの知能は恐ろしいまでに低くて、そんな事まで考えられないだろうって…」


「マジで手当たり次第かよ…」


一真は顔をしかめる。


「…その『ウィスプ』の被害者達がこの町周辺に固まっているのは何故だ?」


正義が言った。


よく考えれば、本当におかしな話だ。


均衡を保つにしても、世界中でやるのならば…まだ、わからなくもない。


何故…貴ノ葉に集中しているのだろうか。


「…ウィスプは魔族だけど、他の魔族や魔王に雇われる、珍しい魔族なの…だから、ウィスプの雇い主の命令なんだと思う」


梨紅は、自信無さそうに答えた。


「…この辺りに、どうしても殺さないといけない奴がいるって事じゃないか?」


一真が言った。


「…どういう事?」


「魔族と人間の数の均衡を保つために、ウィスプが派遣されて来たんだろ?でも、ウィスプが人間を殺した所で、魔物や魔族が増える事は無い」


「なんで?」


「そんなん、『オレ達』が『退魔』やってるからに決まってんじゃ……あ…」


「…って事は、ウィスプが狙ってるのは…」


この場にいる全員が、顔を見合わせ…正義達3人が同時に言った。


「一真と今城か!?」


「久城君と梨紅!?」


「カズ君と梨紅ちゃん!?」


そして、一真と梨紅は答えた。


「…いやいやいやいや!」


「…3人もだよ?」


「「「…え?」」」


3人は、首をかしげた。



「…なんでオレ達まで?」


3人を代表して、正義が言った。


「だってお前ら、退魔出来んじゃん」


一真は答えた。そう…今となっては、正義も恋華も沙織も…退魔の仕事が出来るのだ。


「…ねぇ、だったら暖君がウィスプに殺されかけたのって…」


「…一歩間違えば、あたし達が暖君みたいになってたって事?」


沙織と恋華が言った。


「…ウィスプからしたら、当たりに『かすった』ってわけか…」


「…まさに、『下手な鉄砲、数うちゃ当たる』…だな」


「…違うよ、結局当たってないじゃん」


梨紅が珍しくツッコミを入れた。


「…とりあえず、暖君に感謝ね」


「…損な役回りだな、あいつ…」


「そうだね…この中で唯一の一般人なのに…」


うつ向く3人…しかし、


「…ウィスプを退魔する事は出来ないのか?」


暖が不憫だという話の流れをぶったぎり、唐突に正義が言った。


「どうかな…一応魔族だし、難しいとは思うけど…」


「不可能では無いんだな?」


「うん…ウィスプは本当に小さい魔族で、1mmも無いぐらいの大きさなんだけど…退魔力を目に集めれば、ウィスプの周りに黒いモヤモヤが見えると思う」


「退魔力だけを集めるのは、オレや恋華には難しいんだが…」


「ん~…まぁ、とにかく力を目に集めてみなよ、一真と沙織も」


梨紅に言われ、4人はそれぞれの力を目に集めた。


「…この部屋には、特に異常は無さそうだな」


部室を見回し、正義が言った。


「こんなんで、本当に見えんの?」


一真が、顔をしかめながら言った。


「見えるよ?…って、一真…目が緋色になってるよ?」


「え、マジで?…いや、お前こそ目が蒼いぞ?」


どうやら2人は、部分的に"紅蓮化"と"天使化"の状態になっているようだ。


「…で?この状態で町を練り歩く訳?」


「いやぁ…沙織達は大丈夫だと思うけど、私達は…ねぇ?」


緋色の目と蒼色の目…変な目で見られる可能性大だ。


…そこへ、


「…」


部室のドアが、再び開かれた。




「!?」




一真達5人は、驚いた…




目に力を集めていたため、偶然にも見えてしまったのだ…




ドアを開けた人間が見えないぐらいの、大量の黒いモヤモヤを…




「…」




無言のまま…一真達は目に力を集める事をやめた。




「!?」




黒いモヤモヤが見えなくなり、ドアを開けた人間が特定出来た。




だからこそ、一真達は再び驚いた。




黒いモヤモヤに包まれていたのは…




「…愛ちゃん…」


恋華が言った。


そう…そこに立っていたのは、紛れもなく凉音愛だった。


「…」


愛は言葉を発する事無く、ただ真っ直ぐに…


「…?」


一真を…睨み付けていた。


「…」


愛は、ポケットから2本の判子を取り出した。


「…"巨大化の判子<大>"」


そう言って、片方の判子をもう片方の判子に押し付けた。


すると、押し付けられた方の判子が、鉄パイプぐらいの太さと長さになった。


「…」


一真を睨み付けたまま、愛は身構える。


一方、一真は…


「…」


身構えはしない物の、身の危険は感じているようで…冷や汗を流している。


「…殺してやる…」


愛の、一真への第一声がこれだった…


「…遠慮しとく…」


一真は、ひきつった笑みを浮かべながら言った。


「…よくも…よくも友美を…」


愛は、一真に向かって殺気を放ち始めた。


しかし、一真は動かない…動いたのは、一真以外の4人だった。


4人は部室の端へ逃げ、成り行きを見守るべく、無言のまま一真と愛を見続ける。


(こいつら…)


一真は4人を一睨みし、再び愛に視線を戻した。


「…妹がどうした?治ったって話なら、さっき聞いたけど?」


「黙れぇ!!」


もの凄い剣幕で、愛は叫んだ。


「全部わかってるのよ…あんたが友美に何をしたのか…あんたの正体が何なのか!」


「…」


愛の言動をサッパリ理解出来ない一真は、ただ無言のまま、愛を見ているしかなかった。


「あくまでしらをきるつもりなら、構わないわ…今すぐあんたを殺して、友美には人間として死んでもらう!」


「!?」


そう叫んだ愛は、長机に飛び乗り、一真に向かって駆け出した。


「"衝撃の判子<撃>"!」


そう言って、愛は一真に鉄パイプのような判子を突き出した。


「"プロテクション"!」


一真は、守護の魔法陣でそれを防ぐ…が、


「!?」


衝撃に耐えきれず、魔法陣ごと窓を突き破り、外へ吹き飛ばされてしまった。




「マジかよオイ…"ソアー・フェザー"!」


一真は空中に魔法陣を精製し、その上に着地した。


魔法陣が収縮し始めると、一真の脚部が緋色に光り…一真は、宙に浮いた状態で静止する。


「…ふぅ…」


落下の心配がなくなった一真は、一息つき、部室の窓を見上げた。


「…」


一真の視線の先には、部室の窓から一真を睨む愛がいた。


「…あれ?」


しかしすぐに、愛は一真の視界から消えてしまった。


(…梨紅?凉音、今何してる?)


(え?えっと…しゃがんで、もぞもぞやってるよ?)


(…その『もぞもぞ』を具体的に教えていただけませんかねぇ?)


一真がテレパシーを使い、梨紅にそう言った所で…


「…」


愛が立ち上がった。


「…なんだよ…何したんだよ…」


不安そうに一真が言うが、愛には聞こえない。


…そして、


「…えぇ!?」


愛は何を思ったか、部室の窓から飛び降りたのだ。


「ちょっ…え?」


一真が、愛を受け止めるべく飛んで行こうとするが…


「…」


愛は、一真同様に空中に静止していた。


(…梨紅?凉音がしゃがんだ時、何か言ってなかった?)


(言ってたよ?)


(何て?)


("飛行の判子<飛>"って)


(最初に言えよ!めちゃめちゃ重要な情報じゃねぇか!)


一真がテレパシーで梨紅に叫ぶ。しかし…もう、そんな余裕が無い事を…一真はすぐに、思い知らされる。


「…カズ…私、あんたには感謝してたんだ…」


空中に浮かぶ愛が、一真に言った。


「感謝?」


「うん…球技大会の時、カズが言ってくれたから…私、クラスに友達が出来たんだ」


「…」


無言で愛の話を聞く一真…いや、訂正しよう…一真は、愛の話を聞いているわけじゃない…


ただ…球技大会の日、自分が愛に『何て言ったのか』を、思い出そうとしているのだ。


「高校に入って初めて、学校が楽しいって思えた…それに、友美の事も…」


愛は、悲しみに満ちた表情で一真を見つめた。


「嬉しかった…友達が出来て、友美も治って…これ以上無い程幸せだった…」


「…」


一真は、思い出すのを諦めた…


「…だけど、あんたは…」


愛の目に、再び殺意の色が見え始めた。


「…オレがなんだよ?はっきり言ったらどうだ?」


「あんたは…『魔族』だった…」


「…はい?」


一真は首をかしげた。


「何の冗談だよ…オレは人間を辞めたつもりは無いぞ?」


「まだ言うか!いい加減に白状しなさいよ!」


「って言われても…」


一真は顔をしかめる。


「それにあんたは、友美まで『魔族』に…」


「待て待て待て待て…」


顔をしかめるを通り越し、一真は苦笑いした。


「凉音妹を『魔族』に?んでオレも『魔族』だ?凉音、妄言も大概にしろよ」


「黙れ!全部知ってるのよ!ウィスプが教えてくれたんだ!」


「!?」


(ウィスプ!?)


一真と梨紅が、同時に驚いた。


「凉音、騙されるな…魔族はオレじゃない、『ウィスプ』の方だ」


「ウィスプが魔族?カズ、どうせならもっと『まし』な嘘をつきなよ」


「嘘じゃねぇよ…てかお前、オレが魔族でウィスプが魔族じゃないって、何を基準に決めてんだよ?」


「ウィスプは嘘をつかないもの、ウィスプの言う事は全て正しいのよ」


「…」


一真はもう、唖然とするしか無かった。


(…おい、洗脳されてねぇ?凉音のやつ)


(きっとまだ、愛ちゃんの頭の中にウィスプがいるのよ…ウィスプが直接、愛ちゃんの考えを操作してるんだわ)


(頭の中って…どうやって退魔すんの?しかもウィスプって、1mm以下の大きさなんだろ?)


「…カズ、せめてもの情けよ…」


テレパシーでの会話の最中、愛の言葉が一真に届いた。


「…苦しまないように、殺してあげる…」


「…!?」


そう言うや否や、愛は一真に向かって飛んで来た。


(速ッ!)


一真は真上に上昇し、愛から離れようとする。


「逃がすかぁ!!」


愛は、その手に持った肌色の鉄パイプ…もとい、巨大な判子の中に、ポケットから取り出した普通の大きさの判子を次々に入れて行く。


「…何だ?」


「冥土の土産に教えてやるわ…この巨大判子は、中に入れた判子の字も使えるのよ」


「…つまり、衝撃以外のも使えるようになったと?(てか、冥土の土産って死語じゃね?)」


「そうよ…"銃撃の判子<銃>"!」


愛は、空気に判子を押して行く…


判子を押された部分の空気が、一真に向かって飛んで来た。


「はぁ!?」


一真は体を捻ってかわすが…


「…痛ぇ!」


空気弾の1発が、左足の甲を貫いた。


「マ…ジかよ…空気に判子とか、反則だろ…」


「避けたの?抵抗しないで死ねばいいのに…」


一真を見上げる愛の顔は、恐ろしい程に冷たく…


それを見た一真は、初めて…幸太郎以外の人間に、恐怖した。




「…本気なのか、こいつ…」


一真は、自らの左足から垂れる血をそのままに…顔を青くして、愛を見つめていた。


「今度こそ殺すよ…"銃撃の判子<銃>"!」


愛は空気に判子を押し、弾を放つ…


「"プロテクション"!」


一真は咄嗟に、守護の魔法陣を精製し、空気の弾を防いだ。


「"ヒーリング"!」


続けて、一真は左足の治療を開始する。


しかし…


「…その盾、邪魔ね」


「!?」


守護の魔法陣の真下には、既に愛がいた。


「"斬撃の判子<斬>"」


そう言って、愛は一真の魔法陣を突いた。


「い!?」


魔法陣は縦に真っ二つにされてしまった。


更に愛は、一真の心臓に向かって判子を突き出す。


「うぉ!」


間一髪の所で、一真は体を回転させ、心臓を守った。


が、一真の左腕に、<斬>の判子がかすってしまった。


「ぐぁ!!」


一真は右手で左腕を抑え、止血しようとするが…


「"銃撃の判子…」


愛の追撃が迫る。


("フェイズ・ジャンプ"!)


一真は咄嗟に、頭上に位相跳躍の魔法陣を精製し、中に飛び込んだ。


「…あれ?」


愛は、標的である一真を見失った。






一真は、部室に飛んでいた。


「いぃぃぃでぇぇぇ!!"ヒーリング"!」


壁に寄り掛かり、左足と左腕に回復魔法を使う一真…


「一真!大丈…」


「バカ野郎、でかい声出すな…」


「えぇ!?あんた今…」


「…ちなみに、大丈夫じゃない…マジで殺されそう…」


苦笑いする一真…しかし、その目は笑っていなかった。


「…梨紅、それに正義達も…オレがあのバカと戦ってる間に、ウィスプを退魔する方法を考えてくれ…」


真剣な顔で、一真は言った。


「そんな…考えるのは一真の仕事じゃない!」


「考える余裕が無ぇ!!お前なぁ!オレ今『マジでくたばる5秒前』だったんだぞ!?」


「わかった、任せろ」


正義が言った。


「…正義?」


「オレ達4人が、責任を持って考える…お前は、凉音に集中してくれ」


「…サンキュー、正義…」


左足と左腕の回復を終え、一真は立ち上がった。


「…一真、何か作戦とかあるの?」


「作戦ねぇ…とにかく、本気でやるしか無いな…"紅蓮化"使ってみるかな?」


「…気をつけてね…」


「あぁ…"ソアー・フェザー"!」


梨紅に見送られ…一真は再び、窓から飛び出して行った。






「…あ、いた…」


下の方に一真を見つけた愛は、一真と同じ高さまで降下して来た。


「逃げたのかと思ったわ」


「失敬な…『戦略的撤退』と言ってほしいね」


そう言って、一真は苦笑した。


「…悪いけどオレ、簡単には死なないぞ?全力で抵抗させてもらうから」


「そう…勝手にしたら?どっちにしろ、私はあんたを本気で殺しに行くから」


愛は、巨大判子を握り直した。


「…本気には、本気で答えるべきかな?」


一真は愛に聞いた。


「そんなの当然よ」


「そっか…ならオレも、本気でやるしかないな」


一真は愛を睨み、両手の拳に力を入れて…言った。


「…"紅蓮化"!」






「!?」


愛の顔に、鳥肌が立った。


それが、恐怖による物なのか、感動による物なのかは、定かでは無い…


しかし、おそらく愛は…恐怖と感動の両方を、感じていたと思う。


それだけ、今の一真は神々しく…そして、恐ろしかったのだ。


「…」


緋色の長髪に、緋色の双眼…体から溢れ出るその魔力は、魔族のそれと何ら変わりない…


…これが、"紅蓮化"だ。


「…正体を現したわね…」


愛が一真を見て、ニヤリと笑った。


「正体ねぇ…まぁ、この姿じゃあ『魔族』って言われても仕方ないか…」


一真は、自分から溢れ出る緋色の魔力を見て、苦笑いした。


「…さぁ…やろうぜ?」


「!?」


一真の、好戦的な笑み…それは、普段の一真からは想像の出来ない物であり…


「…『魔族』め…」


愛が、一真が魔族である事を確信(実際は違うのだが)するのに、十分だった。


「…やってやろうじゃない」


愛は、判子を頭上でクルクルと回し、構え直した。


「先手必勝!!」


そう叫びながら、愛は一真に向かって突っ込んで行った。


「…"レイジング・ファイア"」


一真は、愛に向かって伸ばした右手から、巨大な火の玉を出した。


「!?」


愛は驚き、その場で急停止する…が、火の玉は愛の目前に迫りつつあった。


「…"吸引の判子<吸>"」


しかし、愛は冷静だった。落ち着き払い、火の玉に向かって判子を突き出した。


「…!」


今度は、一真が驚いた。あんなに巨大な火の玉が、瞬く間に判子に吸い込まれて行き、消えてしまったのだ。


「…やるじゃねぇか」


そう言って、一真は再び…好戦的な笑みを浮かべた。




一方…正義達は、一真の変化になど構っていられなかった。


「さて…どうやってあの『ウィスプ』を退魔しようか…」


一真に、任せろと言ってしまった手前…正義は今更、無理だとは言えないのだ。


「…頭の中にいる、1mmの『魔族』なんて…どうやって退魔すれば良いの?」


恋華が言った。


「…前に一真が、牛魔王を倒した魔法…"ディバイン・バスター"ってやつがあるだろ?あれで凉音の中の『魔族』だけを…」


「そんな細かい事、一真に出来るとは思えないけど…」


正義の案を、梨紅が即座に否定する。


「…なら、"バスター"で愛ちゃんごと退魔して、愛ちゃんは後から回復魔法で…」


「当たった瞬間に跡形もなく消し飛びそうじゃない?」


「…そうかも…」


沙織の案も駄目なようだ。


「…カズ君が、新しい魔法を考えれば良いんじゃないかなぁ?」


恋華も案を出すが…


「…考える余裕が無いから、私達が考えてるんじゃない?」


「あ、そっか…」


やっぱり梨紅に否定された。


「…今城には、何か考えが無いのか?」


正義が梨紅に言った。


「…一応、考えてはいるけど…」


梨紅は腕組みをしながら答える。


「一真が新しい魔法を作るのは、余裕が無いから無理…"バスター"は強力過ぎて、愛ちゃんが危険…残りは"ホーリエ"だけど…」


「…何か問題があるのか?」


「…"ホーリエ"は"意思"を持った魔法だけど…その"意思"は今…」


ホーリエの意思…つまりエリーは、現在…閻魔界で奉公中なのだ。


「…なんとかして、『ウィスプ』を愛ちゃんの外におびき出すしか無いわ…」


梨紅は指定席に座り、長机に両肘を乗せ、両手を重ね、額を乗せた。








「"エアロ"×20!」


「"銃撃の判子<銃>"!」


「"ウィンド・ストライク"!」


「"防壁の判子<壁>"!」


2人の戦いは、ますます激しい物になっていた。


「"ファイア"!」


一真が真言魔法を使い、左手から火の玉を放った。


「そんな小さな火の玉…バカにしてんの!?」


そう言って、愛は判子を火の玉に叩きつけようとする。しかし、


「…"ブレイク"」


「な…」


判子は空を切った…一真の放った炎が5つに分裂し、尚且つ愛に向かって飛んで行く。


「ちっ!」


愛は舌打ちし、バトンの如く判子を振り回し、火の玉を打ち落としと行く。


「…熱っ!?」


…が、分裂した火の玉の1つが、愛の右足に命中してしまった。


「詰めが甘いな、凉音?」


一真はそれを見て、ニヤニヤと笑っている…まるで、本物の魔族のようだ…


「く…小細工使いやがって…」


痛みを堪えながら、愛は一真を睨み付ける。


「…治さないのか?」


「…何?」


一真の言葉に、愛は顔をしかめた。


「いや、右足…火傷したろ?」


「…だから?」


「治せよ」


「はぁ?」


愛は顔をしかめつつ、一真を睨み付けた。


「何言ってんの?…こっちはあんたの命狙ってんのよ?」


「ならお前、そのままオレと戦うわけ?」


「仕方ないじゃない、気を抜いた私の自業自得よ…」


「でも、手負いのお前じゃオレは殺せないぜ?」


「…」


愛は考えていた。こいつは何を言ってるんだろう?敵である私に、怪我を治せと言って来た…


「…あんた、自殺願望があるの?」


「無ぇよ!いきなり何言ってんだお前!?」


「なら、私が回復してる間に攻撃するとか…」


「しねぇよ!何処までひねくれてんのお前!?」


ますますわからない…


「…"治癒の判子<治>"」


混乱しながらも、愛は自分の右足に判子を押し付けた。


「カズ…あんた、私を殺す気が無いの?」


「無いよ?」


一真は即答した。


「な…なんで?本気でやるって言ったじゃない!手加減なんかしてんじゃないわよ!」


「手加減なんかするかぁ!!んな事したら死ぬわ!!」


「???」


愛は訳がわからなかった…殺す気は無いが本気だと、一真は言っている…


「…なんで殺す気が無いの?」


率直に、愛は聞いた。


「そんなの…お前が死んだら、『友美ちゃんが』悲しむからに決まってんだろ」


「!?」


(…友美のため?私が死んだら、友美が悲しむから…)


「…!」


一真は見た…紅蓮化状態のため、目に魔力を集めた時と同じ状態にあるのだが…確かに今、一瞬だけ…愛の体から『黒いモヤモヤが消えた』のだ。


「…こんな事してたら、『友美ちゃんが』悲しむぞ!」


「!?」


愛に、明らかな動揺が見える…一真はそれを、見逃さなかった。


「『友美ちゃんを』泣かせて良いのか!?」


「うぅ…あ…」


「『友美ちゃんを』悲しませて良いのか!?」


「や…やめ…」


「『友美ちゃんを』!!!」


「やめてぇぇぇぇぇ!!!!!!」


愛はそう叫び、頭を抱えてその場に丸まってしまった。




「…!」


愛の叫びは、梨紅達の耳にも届いた。


部室内の4人は、窓に駆け寄り、上空の一真達を見上げる。


そこには、緋色の長髪を風になびかせる一真と、耳を塞いで悶絶している愛の姿があった。


(ちょっと一真、あんた何したの?)


梨紅が一真にテレパシーを飛ばす。


(いや、妹の話になるとウィスプから解放されそうになるから…ちょっと言葉責めを)


(え?それって、愛ちゃんの精神がウィスプに抵抗してるって事だよね?)


(そうっぽいけど…)


一真は梨紅にテレパシーを送りながら、考えていた。


確かに、このまま続ければウィスプは愛から出ていくかもしれない…


だが、愛の精神は大丈夫だろうか?


下手をすれば、精神崩壊もあり得る…


…ならば…


(…エリー、聞こえるか?)


(………何?)


(うわ、凄い不機嫌…)


梨紅が思わず顔をしかめた。が、一真はそんな事を一切気にせずに言った。


(エリー、ちょっとこっちに戻って来い)


(…戻れる物なら戻りたいわよ…)


泣きそうな声で、エリーは答えた。


(急いでんだ…ちょっとナイトに代わってもらえ)


(オレに擦り付けるのか…)


(ちょっとだけだって)


(…4人でテレパシーだと、ごちゃごちゃだね…)


全くである。


(…それで?君は私に何をさせようと言うの?)


エリーが言った。


(凉音の頭の中に入って、オレと梨紅の精神を凉音の頭の中に導いてくれ)


(…)


サラッと即答する一真。しかし、それはあまりにもとんでもない事だったらしく…


((…))


ナイトとエリーは、黙り込んでしまった。


(…何?出来ないの?)


(…いえ、出来るわ…出来るけど…もう、仕方ないわねぇ…)


エリーはしぶしぶ了承した。


「"ホーリエ"!」


一真がそう言うと、右手から白い球体が飛び出した。


「頼むぞ?」


「わかってるわよ」


エリーは、愛に向かって飛んで行った。


「!?」


愛はエリーを、一真からの攻撃だと思ったらしく、判子で打ち落とそうとするが…


「遅いわよ」


「あっ…」


エリーは、難なく愛の耳の中へ入って行った。


「よし!(エリー、大丈夫か?)」


(えぇ、耳の中は綺麗よ?しっかり手入れされてるわ)


(知ったこっちゃねぇよ!そんな事聞いてんじゃねぇ!)


(うるさいわね…ちょっと待ちなさいよ、結構大変なんだから…)


そう言って、エリーが一真を諭す。


(…よし、これで良いわ…それじゃあ今から、君たち2人を彼女の『精神世界』に送り込むわよ?やる事はわかってるのよね?)


(あぁ、ウィスプと戦ってる凉音の精神の手助けだろ?)


(そうよ…でも、はっきり言って君がこの手段を考えつくとは思わなかったわ…)


(…どういう事だよ?)


(話は後よ…行ってきなさい)


(おぅ)


(…え!ちょっと待っ…)


梨紅の静止が、エリーの耳に届く事は無かった…



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