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魔法使いの苦悩  作者: 黒緋クロア
第一章 魔法使いは苦悩する。
3/66

2.魔法使いと部活と魔族

翌日の朝、一真が玄関から出ると同時に、梨紅も自宅の玄関から出てきた。





「おはようリク、今日は早いな…昨日は遅刻ギリギリだったのに」


「おはようカズマ、昨日は早く寝たからね、今朝は目覚ましが鳴るよりも早く起きたのよ」





そりゃあ、退魔帰りから寝てりゃあな…と、一真は内心で皮肉る。



一真と梨紅は二人で学校へ行くことが多い…むしろ、いつも一緒と言える。



幼稚園からの、暗黙の了解というやつだ。





「…ねぇカズマ?部活、何に入るか決めた?」


「部活だぁ?んなの入っても…退魔の手伝いとかあるし、無理だろ?」


「えぇ~?私は何か入りたいのに…中学の時も部活入りたかったけど、退魔が大変でそれどころじゃなかったし…」


「me tooだな」


「でも高校入ったし、退魔にも余裕できたかな?って思ってさ」


「…まぁ、確かに中学の時よりは余裕あるなぁ」


「だから、少しぐらい青春を謳歌してもバチは当たらないと思うわけよ」


「…考えたことなかったな、部活に入るなんて…」


「良い機会だし、何かやってみようよ!」


「そうだなぁ…野球部で甲子園目指すか?」



「あ!なら私はマネージャーね♪美人マネージャー」


「…」


「…コメントは?」


「えっと…あ!サッカー部で全国制覇とか!?」


「あ♪なら私はマネージャ…」


「バスケ!」


「マネージ…」


「バレー」


「マネー…」


「アメフト」


「マネ…」


「吹奏楽」


「マ…」


「無いわ!!」


「え~…」


「え~じゃねぇよ!マネージャーばっかりじゃねぇか!」


「だってぇ、練習後の部員にタオルを渡したことをきっかけに始まる恋愛とか…」


「ねぇ!絶対にありえねぇ!」


「夢を壊すなよぉ~♪」


「捨てちまえそんな夢!」


「嫌よ、夢の無い大人になりたくないもん」


「お前のは夢じゃなく、むしろ妄想に近いわ!」


「じゃあ何部に入れば良いのよぉ…」


「…あれは?バトン部とか」


「何?私のチアリーダー姿が見たいの?」


「…」


「図星かよぉ、エロス~」


「エロスって言うなよ…死語だろそれ」


「なら、変態?」


「意味ごと変わってるじゃねぇか…じゃあ…剣道は?退魔にも生かせるし…」


「臭いから嫌…同じ理由で柔道も却下」


「お前はもう…文化系の部にでも入ってろ!」


「…あ!」



「今度は何だ!?」


「カズマと同じ部活にしようかな?って」


「…オレと?」


「それならほら、急に退魔の仕事が入っても大丈夫だし」


「…なら、剣道部に…」


「ぶっとばすわよ♪」


「冗談だって…てか、お前のやりたい部活に一緒に入れば良いじゃん?オレはどこでも良いし」


「…茶道部?」


「…」


「固まらないで、冗談だって」






「…で?結局どうするよ、部活」





一真が決定を促すと、梨紅は即答した。





「今現在、部員が0の文化系の部活に入るわ」


「…何それ?」


「一から作るのめんどいから…」


「作る!?何だそれ、初耳だぞ!?何の脈絡も無しに突然部活を作るとか…」


「目標は、楽しくて辛くない、良い匂いの部活よ!」


「シカトの上に、意味不明な目標を掲げるな!!まずは部活を作るって結論に至った理由を聞かせろって…」


「そりゃあこう…一からサクセスしようぜぇ♪…みたいなノリ?」


「この上なく理解できねぇ…」


「良いのよ、カズマと宿題やるためだけが目的なんだから」


「またお前は脈絡も無く突然…宿題?」






つまり梨紅は、自宅で一真と宿題をすると父親が絡んで来たりして集中できないので、ゆっくりカズマと宿題をする場が欲しかったのだ…そのためには、活動自由な部活に入って、部活動という名目で学校に残れば…





「お父さんも納得、学校だから邪魔されることも無いってわけよ」


「…なるほど、まぁ納得は出来る」





むしろ、一真にとっては梨紅と一緒にいられるだけでOKだったりする。しかし、あの親父のいない場所で梨紅と一緒にいられることは、この上なく幸福だったりもするのだ。






時刻は進み、昼休みである。



一真と梨紅は、二人で職員室へ来ていた。



もちろん、担任の田丸教諭に、今現在部員0の文化系部活があるかを聞くためだ。




「あるぞ」




田丸教諭は即答した。




「本当ですか!?」


「あぁ、SF研究会…去年は3年が1人だけいたんだが、卒業したからな…新入部員もいないし…」


「ちなみに、顧問の先生はどなたですか?」


「オレだ」


「田丸先生が?」


「…あのな?久城…オレは理科全般を専門とする教師だぞ?」


「いやぁ、先生って部活の顧問とかやらなそうなイメージでしたから、意外だなと…」


「…まぁ、形だけで特に指導したりはしないから、やってないようなもんだけどな?」


「そうなんですか…」


「んで?久城と今城は、SF研に入るのか?」


「入ります。」


(即答しやがった…)


「そうか入るか!じゃあ明日、この入部届けを書いてきてくれ」





そう言って、田丸教諭は二人に1枚づつ入部届けを渡す




「あ、問題とかはなるべく起こすなよ?顧問のオレが責任を取らされるから」


「問題…ですか?」


「あぁ、昔…勝手に何かの実験やって、部室を吹っ飛ばしたやつがいてな…」





随分とファンキーな先輩もいたもんである。





「…大丈夫だと思いますよ?さすがに」


「だと良いがな…」





二人は職員室から出て、教室へ戻る。





「いやぁ、聞いてみるもんね!あっさり見つかったわ」


「でもSF研って、なんかオタクっぽくねぇか?」


「え?SFってオタクなの?」


「いや、=オタクってわけでも無いと思うけど…」


「そもそもSFって何よ?何かの略?」


「さぁ…まぁ、略だろうなぁ確実に」


「…スーパー…フィッシュ?」


「凄い魚研究会…凄い魚ってなんだよ」


「ん~…秋刀魚?」


「微妙だよ…秋刀魚を研究することも微妙だし、秋刀魚を選んだお前も微妙だよ」


「じゃあ何?スカイフライ?」


「空を飛ぶ研究会…なんかかっこいいかも」


「でもカズマは魔法で飛べるし…」


「もともこもねぇな…」





教室に着いてからも、二人はSFとは何かを熱く語っていた。





「…お前ら、何の話してんだ?」






暖が二人の井戸端会議に乱入してきた。





「ん?SFって何の略かを考えてたんだ」


「なんだそれ、なんで突然?」


「私とカズマ、SF研究会に入るのよ」


「はぁ?SF研究会…そんなのがあんのか…ちなみに、どんな活動すんだ?」


「とりあえず宿題」


「はぁ?宿題?」


「未定よ未定、これをやる、あれをやるってのは無いの。目指すは、楽しくて辛くない、良い匂いの部活」


「良い匂いってのはよくわからないけど…なんか楽しそうだな」


「そうかぁ?オレは外で運動してるほうが好きだけどなぁ…室内でとか、タルそうだし」


「もちろん、外にも出るわよ?運動も必要だもん…鬼ごっことか…」


「子供か!?しかも二人で!?どんだけつまらないんだそれ!」


「二人で?」


「うん、部員は私とカズマだけなの…」


「すげぇじゃん!ウザイ先輩とかいないし、何をやろうが自由!オレも入る!入れてくれ!」


「はぁ!?お前本気かよ!」


「良いじゃん良いじゃん!入れてくれよぉ!」


「…どうするよ、リク?」


「良いんじゃない?どっちにしろ、最低でも5人は部員がいないと部活として成立しないらしいし」


「よっしゃ!SF研究会に入部だ!」



「え?5人いないといけないのか?」


「うん、私にカズマ、ダン君が入部決定だから、後二人」


「…部員探しかよ」


「まぁ、とりあえず3人でも…あ!一人だけ入ってくれそうな人がいるわ、後で声かけてみよっと」


「…じゃ、また放課後になったら話し合いだな」





昼休みの終わりを告げる金が鳴り響き、一真と梨紅は、昼食を食べ損ねたことに気づいて絶望した。





放課後の教室…そこには、グッタリと机に突っ伏す一真と梨紅の姿があった。



二人以外には、暖と沙織がいるだけだ。他の生徒は、下校したか部活に行ったか…





「…大丈夫か?二人とも」





暖が梨紅と一真を気づかうが…





「「…」」





無反応である…





「…なんでこんなにグッタリしてるの?この二人」


「なんか、昼休みに飯を食べ損ねたらしい」


「そうなんだ…でも、なんで?」


「職員室で、担任に部活について聞いてたんだってさ」


「SF研究会?」


「そうそう…?サオリちゃん、なんで知ってんの?」


「さっきリクに誘われたから、SF研究会に」


「へぇ…じゃあサオリちゃんも入るの?」


「ん~…考え中かな?川島君は?」


「オレはもう入部決定、さっき入部届けももらってきたし」


「へぇ…」





沙織と暖が何気ない普通の会話をしていると…





「お前ら…」


「あんた達…」





ゾンビが現れた。



…いや、梨紅と一真である。





「何か…食い物持ってないか?」


「菓子パンとかおにぎりとか…」


「えっと…悪い、お菓子すら無い」


「私も…でも」



「「でも!?」」





沙織の一言にゾンビが食いつく





「…リク、今日はお弁当だって行ってなかった?購買で買い弁しなくて済むって、喜んでたじゃない?今朝」


「…あ」





梨紅は自分の鞄をひっくり返した。





「…!!あったぁぁ!私のお弁当ぅぅ!!」





,1秒の速業で弁当の包みを開き、中身を一気にかっこむ梨紅。





「…裏切り者…」





その隣で、さらにグッタリする一真。





「…ぷふぅ、あぁ生き返ったぁ…ゲフゥ!」


「リク、はしたないよ…」





梨紅は見事に弁当を平らげた…それはもう、きれいさっぱりと





「今城…お前にはカズマに弁当を分けてやる優しさはないのか?」


「…」





動かなくなった一真の代わりに、暖が文句を言った。





「優しさ?そんなもんで腹は満たされないわ!どっちも中途半端に食べてこの苦しみを長引かせるなら、どっちかが苦しみから解放されるほうが効率的よ!」





梨紅の言葉には、謎の説得力があった…





「…確かに」


「丸め込まれてんじゃねぇよダン…」





一真は重い腰を上げ、バッグを持ってフラフラと教室から出ていこうとする。






「カズマ、どこ行くの?」





すっかり元気になった梨紅に少しだけ殺意が芽生えた一真だが、先程担任から受け取った鍵を鳴らし、言った。





「SF研究会の部室だよ…」


「部室?それならそうと早く言いなさいよ!サオリ、ダン君、行くわよ」


「え?私も?」


「当たり前でしょ?さぁ!GOGO~♪」





沙織と暖の手を引っ張り、一真を追い抜いて歩きだす梨紅…



一真は梨紅の机の脇に下げてある梨紅のバッグを持ち、梨紅の後を追う。





「…リク?」


「何よ?早く来なさいよ、置いてくわよ?」


「…お前、部室の場所知ってんのか?」


「…」


「しかも、鍵持ってんのオレだから」


「…」





梨紅は一真の後ろに廻り、一真の背中を押して行く。





「早く行きなさいよ!日が暮れちゃうわ!」


「あぁ…その可能性は大いにあるな、時間が時間だし、何より腹が減ってグダグダだし」


「根性見せなさいよ!男でしょ!?」





なんとも理不尽この上ないことだ…






貴ノ葉高校、本校舎の2階から伸びる連絡塔を渡ると、部活塔になっている。



運動部以外の部活の部室は、全て部活塔にあるのだ。



一真達は連絡塔を渡り、部活塔2階の最深部に位置する、SF研究会の部室へやってきた。





「…意外と大きいわね?」


「なんか、一時は30人以上部員がいたとか担任が言ってたぞ?」


「30人って…SF研究会に?マジで?」


「いかにも人気の無さそうな部活なのにね…」


「…サオリ?私たち、今からこの部に入るんだけど…」





一真が鍵を開け、ドアを開けると、中から埃が吹き出してきた。





「うわ゛!ゴホッ!」


「う~わ…汚!」


「どんだけ汚れてんだよ!」


「ゴホッ…廃虚ね、廃虚」


「ゴホッゴホッ…早く窓開けようぜ?」





一真と暖は廃虚と化した部室に突入し、何故か暗幕仕様の真っ黒なカーテンを開き、窓を全開にした。





「うわ…明るくなったら更に汚いわね」


「なんて言うか…」


「体育倉庫の中身をぐちゃぐちゃにした感じ?」


「そうそう、そんな感じ」


「…ダン、オレ達は体育委員らしいぞ?」


「何の話だ…ゴホッ!」






一通り眺めた梨紅は、ふと思いついたように一真に言った。





「カズマ、魔法で綺麗にして」


「腹減ってっから嫌だ…」





即拒否である。





「帰りになんかおごるわよ…ダン君が」


「…え?」


「しかたねぇなぁ…」


「いや、しかたないって…おかしくない?何かおかしくないか?」





暖の意見を無視して、一真は魔法の詠唱に取りかかる。





「綺麗に…風か?ん~…クリーン、あ~…"クリーンウィンド!"」





部室がゆったりとした暖かい風で満たされる。



積もっていた埃を窓の外へ吹き飛ばし、床に転がるガラクタは、部室内の棚に綺麗に陳列された。



風が収まると、梨紅と沙織が中に入ってきた。





「…うん♪綺麗になったじゃない、流石はカズマ♪」


「うわぁ…まるで魔法みたい♪」


「いやいや、魔法だっつの…あ~腹減った…ダン、ダブルビーフバーガーセットな?」


「本当にオレがおごるのか!?」


「あ、私はハンバーガーで良いから…もちろんセットで♪」


「私は…アイスコーヒーで良いから」


「こらこらこら?どさくさに紛れて何言って…」



「じゃ、帰るか…母さんに夕飯はいらないってメールしとかないと」


「あ、私もだ!」


「…やっぱり私もハンバーガーセットにしようかな…」





暖を残し、3人は部室から出て行った。





「…マジかよぉ!?てか、ちょっと待って!置いてかないで!」





そう言って部室を飛び出す暖だが、施錠は忘れない。なかなか律義な所もあるのだ。



暖はしっかり戸締まりを確認し、一真達の後を追った。











「あぁ…食った食ったぁ…ゲフッ」


「ちょっとカズマ、汚いわねぇ…ケフッ」


「リクだって…ップ、ゲップしてるじゃない」


「…お前ら全員汚いわ!」





ここは駅前のハンバーガーショップ、BBB…4人掛けの席に座り、暖がおごったハンバーガーを平らげた所だ。





「リク、お前さっき弁当食ったばっかりじゃねぇか…ップ、食べ過ぎは太るぞ?」


「馬鹿ねぇ、ハンバーガーは別腹よ別腹♪」


「…明らかに同じ腹でしょ、デザートじゃないんだから…」


「そうだそうだ!あ、ダン?食後のコーヒーを…」


「あ!私も♪」


「私も…」


「…勘弁して下さい」






…ってなわけで、今日は駅前で解散となった。





「お前らには二度とおごらねぇ!」





そう言って、暖は沙織と一緒に帰って行った。



念のために言っておくが、二人は付き合ってはいない…むしろ、沙織は暖が嫌いなままだ。



一緒に帰るのは、ただ帰る方向が一緒なだけである。




時刻は6時…一真と梨紅は、家路に着いた。





「食ったなぁ…久しぶりに」


「そう?北海道で食べたじゃない」


「オレは食べてねぇよ、お前だけだろ?」


「そうだっけ?あぁ、カズマは寝てたんだよね?」


「気絶だ気絶!お前が首絞めて落としたんだろ!」


「あ~…そうでした」





北海道での思い出話に花を咲かす二人…気が付けば、家の前まで帰ってきていた。





「…あれ?うちの電気ついて無い」


「うちで飯食ってんじゃね?親父さん、まだ出張中だろ?」


「あぁ…じゃあこのままカズマん家に行こうかな?」


「なんで?飯食ったじゃん」


「…おなか減っちゃった」


「お前、マジで太るぞ…」





二人は一真の家に入って行った。





「ただいまぁ」


「お邪魔しま~す」





…その時、





「カズマ!今城!」





沙織を背負った暖が、切羽詰まった様子でやって来た。



背負われた沙織の顔は真っ青で、苦しそうにうめいている。



一真と梨紅は、ただ事では無い気配を察した。





「ダン、山中さんを廊下に寝かせるんだ」


「あぁ!」






暖はゆっくり沙織を下ろし、廊下に寝かせる。



よく見れば、左肩が血で真っ赤に染まっている。



梨紅は玄関の扉を閉め、沙織に駆け寄った。





「ダン君、何があったの?」


「それが…」


「話は後だ、とりあえず応急手当を…"ヒーリング!"」





沙織の体が光に包まれる…



顔色はよくなったが、まだ苦しそうだ。





「…普通の怪我じゃない…ダン、何があった?」


「あぁ…二人と別れてすぐ、茶色のコートを着たやつに襲われたんだ…」








そいつは、暖と沙織の行方を阻むように立ち止まった。



暖は沙織を背に庇い、そいつを怪訝な顔で見つめた。





「…なんですか?」


「…男に用は無い」





そう言って、やつが右手を軽く動かすと、暖の体が真横に吹っ飛び、コンクリートの塀に激突する。





「がぁ!」


「川島君!?」





そいつは沙織の肩を掴み、首筋に噛みついた。





「か…はぁ…」


「あぁ…やっぱり血は若い女のが美味いなぁ…」





沙織の顔が、徐々に青くなっていく。





「…んの野郎ぉ!」


「!!」






暖はおっさんに殴りかかり、右拳がおっさんの顔にヒットした。



おっさんはよろけて、塀に手をついた。





「…ちっ」





おっさんは、無言で走り去った。





「…ってわけだよ」


「血を吸っただ?」





一真が沙織の制服を少しずらすと、塞がってはいるが、2ヶ所に噛みついたような傷跡があった。





「…吸血鬼?」


「ってことは、魔物か?ダン、そいつってどんなやつだった?」


「どんなやつって…茶色のコートを着た普通のオッサンに見えたぞ?髪はオールバックで…」


「…人に見えたんだな?」


「?あぁ」





一真と梨紅は顔を見合わせ、頷き合った。



梨紅はリビングへ向かい、一真は暖に苦笑した。





「ダン、お前は山中さんの命の恩人だぞ」


「?」


「もし、血を吸ったのがただの魔物なら…特に影響は無い、軽い貧血で倒れる程度だ。」


「…なら、あいつは魔物じゃなかったってことか?」





一真は頷く。





「人の形をして、言葉を話した…そいつは魔物じゃなく、魔族…」


「魔族?」



「血を吸う魔物は吸血鬼…血を吸う魔族は、バンパイア…バンパイアに血を全て吸われると、普通は…」





一真はあえて、言葉を区切った。





「…普通は?」




「…死ぬ」






魔族とは、魔物よりも上の階級の生物である。魔神や魔王なども魔族に分類され、滅多に魔界から出て来ないのだ。





「死…!サオリちゃんは死ぬのか!?」


「馬鹿、しっかり生きてんだろ?お前がバンパイアから山中を守ったんだ、血を全て吸われる前に妨害してな」


「…なら、命に別状は…」


「無い」


「だったらなんでこんなに苦しんでんだよ、なぁ!」


「…多分、首の傷から魔族の魔力が山中の中に紛れ込んで、暴れてるんだと思う」


「…それってかなりヤバいだろ!なんとか出来ないのか!?」


「今、リクが調べてる」





ちょうど梨紅の話になった所で、リビングのドアから梨紅が飛び出して来た。





「リク、どうだった?」


「…」





梨紅は無言で沙織の脇に座り、自分の左手の親指を口にくわえ、噛んだ。



ガリッ!と言う音とともに、指から血が流れてくる。





「おい今城、いったい…」


「…そっか、退魔士の血か!」





梨紅は一真に頷き、左手の親指を沙織の口元に持っていき、口の中に血を垂らした。



3滴ほど垂れると、沙織は呻き声を止め、寝息をたて始めた。






「これで一応大丈夫…」


「…はぁ…マジで焦ったし…」


「大丈夫なのか?サオリちゃん、もう…」


「大丈夫だって言ってんでしょ?しつこいと、サオリに嫌われるよ?」


「…」


(既に嫌われてるんだろ?)


(っさい!黙りなさいよ!)





その後、3人は沙織を一真の部屋に運び、ベッドに寝かせた。





「…で?なんで今城の血を飲んだら治ったわけ?」





沙織の座るベッドに腰掛け、暖は一真と梨紅を見つめる。





「説明の前に…」





一真は梨紅の左手を手に取り、右手をかざした。





「"ヒーリング"」





梨紅の親指の傷が、綺麗に治った。





「…ありがと」


「ん…じゃ、ダンの質問に答えましょうかね…簡単に言えば、退魔士の血には魔を退ける力があるんだ。だから、山中さんの中の魔族の魔力とリクの退魔士の血が打ち消しあって…」


「つまり、中和したってことか?」





一真は首を横に振る。





「退魔士の血に、魔力を消す力…破魔の力は無いんだ。」



「…なら、また暴れだしたりするってことか?」


「いや、それは大丈夫だよ。破魔の力は無いけど、魔力を抑え込むことはできる。」


「簡単に言えば、封印ね…」


「…サオリちゃんが、さっきみたいに苦しむことは無い…ってことだよな?」


「あぁ、大丈夫だ。」





一真の一言で、暖は安堵の息を漏らした。





「良かったぁ…マジで、これで助からねぇとか言ったら泣くとこだったぞ?」


「ん~、まぁ、お前が山中さんを運んでこなけりゃ、100パ~死んでたね」


「ダン君、ちょっと見直したよ♪」


「いやぁ…」





顔を真っ赤にして照れる暖を見て、一真と梨紅は笑った。





「…あ…」





沙織が目を醒ました。





「あ、サオリ?目が覚めた?」


「リク…ここ、どこ?」


「カズマん家よ…大丈夫?どこか痛い所無い?」


「痛い所…特に無いよ?でも、なんで私ここに?たしか…川島君と帰る途中に、茶色の…!!」





沙織は上半身を起こして、梨紅の肩を掴んで揺らす。





「川島君が!川島君がコンクリートに壁でドンッて茶色のコートで…」



「ササ、サオリ、ちょっ…お、おち…落ち着いててて?大丈夫だから…」


「サオリちゃん…」





暖が沙織の腕を掴む。そこでようやく沙織は梨紅を揺することを止めた。





「川島君!?大丈夫?怪我は?」


「大丈夫、余裕だし、余裕」


「…良かった」





沙織は再び、一真のベッドに横になった。







沙織には、梨紅が事のあらましをつつみかくさず話した。



魔族に襲われた事…



一歩間違えば死んでいた事…



そして、暖が沙織を助けた事…



沙織にとって、あまりにも衝撃的な話だ…沙織は体の震えが止まらない。





「…ありがとう、川島君…」





沙織は梨紅に支えられ、泣きながら暖に礼を言った。





「礼なんて良いよ、オレはあれよ、サオリちゃんを守れたって達成感で、今にも踊りだしそうだし!」


「…いや、既に踊ってるよお前?」





一真の言う通り、暖は沙織が目覚めてからずっと、奇妙な踊りを続けているのだ…





「え?あ、マジで?」


「え?無意識ですか?」


「もぉ!それ、さっきからずっと目障りなんだけど!せっかく私がサオリに説明してんのに…空気読んでよダン君!」


「あぁ…多分、オレの体がシリアスな空気に耐えられなかったんだな…つまり、空気を読んだ上で無意識に踊ってたっていう…」


「尚更たちが悪いな…」


「いやいや?なかなかポジティブで良いんじゃないか?」



「そういうの、自画自賛って言うんだぞ?」


「なんでカズマも律儀にツッコミやってんのよ!」


「いやもう、長年ツッコミやってるからさ…癖で」


「長年って…ダン君と会ってからまだ1ヶ月じゃない!」


「いや、もっと身近にボケがいるし…」


「なるほどなぁ、だからツッコミ慣れしてたのか…」





一真と暖が頷き合う。





「?身近なボケって誰よ…」


「「お前だよ!」」





同時にツッコミを入れた二人は、笑顔でハイタッチを交わした。





「すげぇ、同時ツッコミとか初めての経験だし」


「こう、何か…オレとダンの間に通じる物があるんだな、きっと」


「あぁ…」


「ちょっと待ってよ!私は納得してないわよ?なんで私がボケなのよ!何処が!?」


「何処がって…今だってオレとダンでお前に同時ツッコミ入れたじゃん?」


「これ以上無い状況証拠だね、うん」


「…うん、今のはリクが墓穴を掘ったわね」


「サオリまで!?何それ!裏切り者!」


「リクうるさい…お前もぉ、そっちで山中さんとシリアスな会話してろって…」



「あ!あ!そうやって私を仲間はずれにするのね?酷いわ!そもそも、サオリもそっち側にいるのに、シリアスな会話なんて出来ないわよ!空…」


「空気読めよ?」


「なんでカズマが言うのよ!」





梨紅が一真に殴りかかり、二人で暴れ出した。



暖は沙織の隣に座り、沙織の手を取る。





「何?川島君」


「…震え、止まったね?」


「え?あ…」





そう、3人のやり取りを聞くうちに、沙織の体の震えは止まり、自然と笑顔になっていたのだ。





「涙も止まってるし…もう大丈夫かな?」


「…うん♪ありがと、川島君…」





沙織は、笑顔で礼を言った。





「…うん、やっぱりお礼は笑顔で言ってもらえると嬉しいね!泣きながらだと、なんかこう…胸が痛む感じ」


「…ごめん」


「あ、またそんな暗い顔してさぁ、笑っててよサオリちゃん…オレは、君に笑っててほしいんだ…」


「川島君…」


「サオリちゃん…オレ、今日みたいな事があったら、また守るから…」


「…」





暖の真面目な視線と優しい口調に、沙織はすっかり魅了されていた…





「かわし…ダン君」



「サオリちゃん…オレは君を…あでっ!」





突然、暖は一真と梨紅に殴られた。





「てめぇ…人が殴られてんのに、女口説いてんじゃねぇよ!」


「サオリに手を出すなんて、良い度胸してんじゃない?」


「???」





指を鳴らし、威嚇する二人。





「「そこに直れぇぇぇ!!!!」」


「ぎゃぁぁぁぁ!!!!」





…ちなみに沙織は、瞬時に安全な場所に避難していた。





「…さて、そろそろ本題に入ろうか」





暖を二人でボコボコにした後、グッタリした暖をベッドに残し、一真は沙織へ向き直る。





「…本題?」


「あぁ、山中さんの中に入った魔族の魔力について…」


「!」





一真の声に、暖が機敏な反応を見せた。



ベッドから飛び降り、一真の胸ぐらを掴む。





「お前、さっき問題無いって!」


「誰が問題あるって言ったんだよ、このアホ!」





暖は一真から手を離し、ベッドに座った。





「山中さんには梨紅の…退魔士の血を飲ませたから、魔力が暴走して苦しんだり、魔物化したりすることは無い。でも…」





暖が再び一真の胸ぐらを掴む。





「でも何だ!」


「うるせぇ馬鹿!大人しく座ってろ!」





一真に一喝され、暖はベッドに戻る。





「…でも、山中さんの中の魔力が消えたわけじゃない…一応、封印って形になってるが、その封印を外すのは割と簡単だ。」


「…外すと、どうなるの?」


「ん~…身体能力が上がったり、翼が生えたり…」


「問題あるじゃねぇか!」





暖が再び一真の胸ぐらを掴もうとするが…






「ダン君うっさい!邪魔!」





梨紅に蹴られ、ベッドに逆戻り。





「…まぁ、問題があるように見えるが、実際はそれらを自在に操れる」


「それって、好きな時に翼を出し入れ出来るってこと?」


「簡単に言えばそうなる、他にも出来ることは色々とあるけどね…で、ここが一番重要」





一真は言葉を区切り、ちらっと暖を見てから言った。





「…山中さんはもう…人間では無い。」


「!」


「!!」





一真に飛びかかろうとする暖を、梨紅が蹴り飛ばす。





「…人間じゃないって、どういうこと?」


「ん…つまりはオレやリクみたいな存在って事かな?」


「久城君や、リク?」


「お前ら、宇宙人だったのか!?」


「ダン、黙れ」


「…ちょっとした冗談じゃんか…」





「オレの中には魔力が流れてる…人間には魔力が流れて無いから、言い方によっては人間じゃない。」


「私の中には退魔の力があるわ…人間には無い力、だから一真の言い方を真似れば、人間じゃない。」


「…じゃあ、私は…魔力があるから、魔女?」



「いや、魔女じゃない。魔法使いの魔力ってのは、血管とは別の、見えない管を使って体を巡ってるんだ。でも山中さんは、傷口から魔力が入って、今は血管を使って魔力が巡ってる。」


「…つまり、私は何?」


「ん~…ぶっちゃけ魔物?」


「!」


「!!」





暖が一真を殴ろうとするが、先に梨紅が一真を蹴り飛ばした。





「言葉を選べ!バカ!!」





転がった一真の代わりに、梨紅が説明を始めた。





「確かに、魔物や魔族は血管に魔力が流れてるわ…でも、それだけで魔物扱いしてるわけじゃないの」


「…なら、何を基準に魔物と、魔物じゃないけど血管に魔力が流れてる人たちを分けるんだ?」


「…殺人衝動を抑えるか、抑えられないかだ」





一真が復活して、三人の輪の中に入る。





「殺人衝動を抑えず、人間を襲うのが魔物や魔族、殺人衝動を抑えられる人たちを…」


「半分魔族って意味で、半魔って呼ぶの」


「じゃあ私は、半魔って事ね?」


「そう、でも人間じゃないわけじゃないのよ?言い換えれば、特別な力を持つ人間ってとこかしら」


「そうそう、オレはそれが言いたかった。」



「あんた、絶対に先生にはなれないわね…」


「…ほっとけ」


「…ちょっと待って?」





沙織が二人のやり取りを妨げる。





「それって、封印を解いたらの話よね?なら、封印を解かなければ…」


「確かに、解かなければ普通の人間と変わらない…」


「でも、既に魔力が血管を流れてるの…後は、力を使えるか使えないかの違い」


「なら、何の為に封印したの?変わらないなら別に…」


「なら、実験してみようか」





一真は立ち上がり、机の上の鉄製の貯金箱を手に取った。






「ダン、ほれ」


「ん?」





一真は暖に、貯金箱を投げ渡す。





「それ、握り潰してみろ」


「はぁ!?鉄製だぞお前、無理に決まってんだろ?」


「…まぁ、普通はな?」





一真は暖から貯金箱を受け取り、沙織に手渡した。





「山中さん、その貯金箱を本気で握り潰したいと思いながら、握ってみてくれ」


「え…」


「バッ…カズマお前、んなの…」


「出来るさ、強く思うんだ…山中さん」


「…」





沙織は右手で貯金箱を握り、目を閉じる。



頭の中で(握り潰したい)と、何度か繰り返した後…



沙織は右手に力を込めた。





「うぉわ!!」


「え?」





暖の驚いた声を聞き、沙織が目を開けた。





「うわ…」





彼女の右手にあった貯金箱は…彼女の右手に握り潰されていた。





「ほらな?」


「いやいや、ほらな?じゃねぇよお前、余裕有りすぎだし…」


「久城君…」


「それが、半魔の力さ…今は封印が効いてるから、封印解除を強く望まないと力は使えない」



「…ちょっと待てよカズマ?もし封印されてなかったら、常に…?」


「ダンさん、ご名答…常に力を使っている状態になる」


「…」


「これが封印した理由さ…まぁ、封印しなかったら完全な魔物になってたからって理由もあるけど」





沙織はまだ唖然としていた。



自分の握り潰した貯金箱を、ジッと見つめ続けているのだ。



やがて顔を上げ、3人を見つめて言った。





「…この力、完全に消す方法は無い…のよね?」


「…無いわ」


「それこそ、山中さんの血を全部抜くぐらいしかな」


「怖いわ!その発想に至ったお前の想像力が怖いわ!」


「後は、神頼みね…」


「神頼みぃ?リクお前、神様信じてんの?」


「ううん、全然…いや、たまに信じたりも…」


「典型的な日本人だなお前…」


「…ねぇ、久城君、リク?」





沙織がすがるような目で二人を見つめる。





「…他の人と違うって…どんな感じ?」


「どんな感じって…まぁ、私はそんなに人間離れした能力は無いから、カズマの方が良い答えを持ってそうかな?」



「なんだよ、人を化物扱いか?…まぁ、そうだなぁ…オレの場合は魔法を使えるって事が特殊な所だ。昔は結構隠してたりもしたなぁ…」


「マジで?なんで?」


「てめぇみてぇに、オレに魔法使わせて楽しようってやつがいるからだよ」


「なるほど…続けて」


「なんでダンが仕切ってんだ…まぁ良い、とにかく人前では極力、力を使わないようにしてるよ、今も。」


「カズマ、話がずれてる…サオリは、他人と違う力を持っているカズマの心境を知りたいの…」


「あぁ、そっか…」





一真は数秒の間、むぅ!っと唸り、沙織に言った。





「そこまで深刻に考えんでも大丈夫だよ、結構普通に楽しく生活出来てるし、ダンみたいな普通の馬鹿な友達も出来るし…」


「親友な、親友!」


「自称だろ、自称」


「…てか、馬鹿ってとこは否定しないんだね」


「…まぁとにかく、自分は人とは違うって思う必要は無いよ?どうしてもそう考えちゃうなら、特殊な力を持って得したって考えれば良い」


「そっか…」


「ポジティブに考えればいいさ!まぁ、ダンを見習えとは口が裂けても言えないけどさ…」


「あぁ!カズマお前、馬鹿な友達って…」



「遅ぇよ!ズレすぎだボケ!空気読め!」


「ポジティブか…うん、わかった!」





沙織は立ち上がり、三人に言った。





「私、ポジティブに考えてみるよ!ダン君みたいに、馬鹿になるぐらい!」


「おう!頑張れサオリちゃん!」





沙織の発言に暖は応援の言葉を即答したが、一真と梨紅は同時にこう即答した。





「「それは止めといた方が良い、むしろ止めて…」」



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