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魔法使いの苦悩  作者: 黒緋クロア
第四章 怪盗と絆 後編
29/66

4.彼女らは裏側を知る。


…話は、5分程前に遡る。


「…ん…」


一真が目を醒ますと、目の前に鉄の骨組みがあった。


(…ベッドの下…か?)


一真は、自分のいる位置だけでも把握しようと、首を左右に動かそうとするが…


(…動かねぇ…)


一真の体は、ピクリとも動かない…


(…朝までこのままってのは不味いな…何とかして帰らな…)


一真がそう思った、その時だ。


(…誰か来る…)


廊下から、足音が聞こえて来た。


(ヤバい…最悪見つかるぞこれ…)


一真は必死に動こうとするが、本当に1mmも動かないのだ。


(…どうするよ、オレ…魔法で姿を消すとかしてみるか?無理だ、長時間消してらんねぇ…)


考えてみて、一真はすぐに否定した。


(…テレポートでオレの部屋に飛ぶってのはどうだ?位相跳躍か…やってみる価値はあるな)


思い立ったが吉日…という訳ではないが、一真は病室の床に、残り少ない魔力を使い、魔法陣を精製した。


しかし、ここで問題が起こる…


「……"フェ……ジャ………"」


呪文を、口に出す事が出来ないのだ。


(嘘だろオイ…マジでヤベェから!)


「"……イ………ン…"」


そんな中、足音はどんどん近づいて来る…


(ヤバい…ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい!!!!)


一真の額に、冷たい汗がにじみ出てきた。


(ほんの一言じゃねぇか!?言えよ!気合い入れろ!)


一真は、自分に言い聞かせるように強く思った。


(言えよ!

"フェイズ・ジャンプ"

だ!)


一真は…心の中で、そう叫んだ。




…看護師が、病室のドアを開ける音がした。


しかし、その時既に…


ベッドの下に、一真の姿は無かった…










「…ん…」


「一真!?」


一真が目を醒ますと、目の前に…梨紅の泣き顔があった。


「…梨紅…」


「…うぅ…ぅわぁぁぁぁぁん…」


梨紅は、一真の体にしがみつき、泣き崩れた。


「一真ぁ!一真ぁぁぁ…わぁぁぁぁぁん…」


「…」


一真は、何がなんだかわからないまま…梨紅の頭を撫でた。






「…つまり、友美ちゃんを治す為に魔力を使い切って気絶…少し寝て、回復した魔力を使ってここまでテレポートして来てまた気絶…って事?」


「うん、そんな感じ…どうもご心配おかけしました」


ベッドに横になりながら、一真は言った。


「まったくよ!本当に心配したんだから…」


一真の横に座る梨紅が、頬を膨らませながら言った。


「…でもさぁ、泣かなくてもいいんじゃね?」


「だって、一真が死んじゃったと思って…」


「…いや、嬉しいんだけどね?ただ、お前を泣かしたっていう罪悪感がスゲーのよ…」


そう言って顔をしかめる一真に、梨紅は言った。


「…何おごってくれる?」


「お前ってそんな俗物的なやつだったっけ…」


「それでチャラって事にすれば、罪悪感も消えるんじゃない?」


「…今度な」


「絶対だよ?おごるまで死んじゃ嫌だよ?」


「…素直に死んじゃ嫌だって言えば良いじゃん…」


「…」


梨紅は顔を赤らめ、膝を抱えてうずくまった。




「…あ、そうだ…」


突然、梨紅は顔を上げ、一真のベッドの下に腕を突っ込んだ。


「?何してんの?」


「一真、これ…」


梨紅が取り出したのは…


「…お前、人のベッドの下に刃物仕込んでんじゃねぇよ…」


梨紅は、華颶夜と紅蓮・華颶夜姫を持っていた。


「仕込んでないわよ、おいといただけ。ねぇ、これどうなってるの?なんで2本に別れちゃったの?」


「…親父さんに聞いてみたら?」


少し考え、一真は言った。


「…でももし、お父さんが何も知らなかったら?」


「…駄目だ…言った途端に発狂するぞ?あの親父」


酷い言われようである。


「発狂するかはわからないけど…」


「…ここはやっぱり、『女神様』に聞いてみるしかないんじゃないか?」


「って事はつまり…………寝るの?」


「…」


2人の顔が、みるみるうちにひきつって行く。


「…約束しちゃったしなぁ…」


「…じゃあ私は、徹夜に挑戦してみます」


そう言って立ち上がる梨紅の腕を、一真が掴んだ。


「待てよ…死ぬ時は一緒だろ?」


「…『妄言』も大概にしなよ」


「冷たっ!てか酷ッ!何だお前!さっきまでのお前はどこ行った!?」


「さっきまでの私?それこそあんたの『妄想』なんじゃない?」


梨紅は一真を見下しながら、冷たく言い放った。


「やめるんだ梨紅…お前に『ツンデレ』は無理だ!」


立ち上がりながら、一真は言った。


「そんな事ないわよ!私にだって『ツンデレ』ぐらい…」


「これ以上ボケはいらないんだ!頼むからいつもの梨紅で居てくれよ!」


「私は真面目よ!ボケじゃないわ…だって一真、『ツンデレ』好きなんでしょ!?」


「んな事言った覚えはねぇぇぇぇ!!!!!」


一真は叫んだ。


「勝手にオレのキャラを変えて行くんじゃねぇよ!」


「何言ってんのよ!私、知ってるんだからね?一真の『ベッドの下』にある『本』の事!」


「!?!?!?」


一真は梨紅の言葉に驚き、目を大きく見開いた。


「な…何言って…」


「ここまで言ってもまだとぼけるの?なら…」


梨紅は再び、一真のベッドの下に手を突っ込んだ。


「!?待て!」


「これが証拠よ!」


梨紅は、1冊の本を一真に突き出した。


その本の、題名は…






『魔法少女はツンデレ娘』






「どう!?これでもまだ言い逃れしようって言うの?」


「いや…それ、題名はそれっぽいけど普通のラノベだって…」


「内容よりもまず題名が『イタい』!むしろ『えっちぃ』本の方が衝撃は少ないよ!」


「んな事ねぇだろ…」


「そもそも!なんで『えっちぃ』本じゃないの!?ベッドの下って言ったら『えっちぃ』本を隠す場所でしょ!」


何に怒っているのだろうか…梨紅は一真に理不尽な怒りをぶつけ始めた。


「…いや、てかオレ…持ってないしね?そういう本」


「あんた高校生でしょ!?1冊ぐらい…」


「無ぇよ。更に言えば、持っててもベッドの下になんか隠さねぇ」


「なんで!?」


「お前の出入りが激しいからに決まってんだろ!!」


正論である。


「え~…それじゃあ、『幼なじみのベッドの下でエッチな本を見つけてドキドキ』っていうの出来ないじゃない」


「何に影響されてんだお前!?」


「…恋華ちゃんから借りた少女漫画…」


「小学生か!?」


一真のツッコミが入った所で…


(…いい加減にしなさい)


「な…」


「あ…」


一真達の意識が、エリーによって持って行かれた。








「…あんた、オレ達を強制的にこっちに連れてこれるんだな…」


「徹夜とか、やろうとしても無駄なんだね…」


「…ちょっと凹みすぎなんじゃない?」


床に膝を抱えて座る2人を見て、エリーは苦笑いした。


「…言っとくけど、今からあんたの相手してたらオレは死ぬぞ?」


「わかってるわよ…今日は無しで良いわ」


言われた瞬間、一真はガッツポーズを取った。


「よっしゃ!!…って、ならなんで呼んだわけ?」


「少し、お説教をしなきゃいけないからよ」


「…結局そんな感じなわけ…」


顔をしかめ、その場に正座する一真。


「まぁ、説教と言うか…2人に教えておかないといけない事があるのよ」


「…私もですか?」


梨紅も、一真の隣に正座し、エリーを見上げた。


「えぇ…君達を放っておくと、この世の『(ことわり)』をめちゃめちゃにし兼ねないから…」


「『理』?」


一真の言葉に、エリーは頷いた。


「今から私が話す事…それは、『人の命の重さ』についてよ」




「『人の命の重さ』…『理』…?」


「…それってもしかして、友美ちゃんの事?」


「そうよ…ただ、彼女の事だけじゃないわ」


エリーは、いつになく真面目な顔をしていた。


「率直に言えば…あの子は今週の日曜日、死ぬ事になっていたの」


「なっていたって…」


「『運命』とか?」


「そう…人間の言う所の『運命』よ」


その言葉を聞いた一真達は、唖然とした表情でエリーを見つめていた。


「…仮に、凉音妹が死ぬのが『運命』だったとして…それを決めてんのは誰なんだ?今の神様か?何を基準に決めてんだ?」


「質問が多いわよ。まず最初の質問ね…人の生き死にを決めているのは、神様でも魔王でも閻魔のおじいちゃんでもないわ」


「閻魔なんかがいるのか!?」


「黙りなさい」


「…」


驚く一真を、エリーが一喝した。


「閻魔はいるわ…私とナイトが生きていた時代から…それよりもずっと前から…そして、生き物が生まれた瞬間…閻魔のおじいちゃんが、霊魂を転生させた瞬間…閻魔界にある『道程の(みちのりのしるべ)』と呼ばれる書物に、その生き物の運命が浮き上がるのよ」


閻魔…霊魂…転生…閻魔界…道程の導…


「…さっぱりわからないよ…」


梨紅の頭から煙が出そうな勢いだ。


「…運命は誰かが決めてるわけじゃないのか?」


一真は、少しずつ理解して行こうと、エリーに確認する。


「正確には、『わからない』のよ…『道程の導』を見る事が出来るのは、閻魔のおじいちゃんだけ…閻魔のおじいちゃんがわからないなら、誰にもわからないわ」


「…で、その導の凉音妹のページには、日曜日に死ぬって書いてあったわけな?」


「…さっきまでは…ね?」


エリーは顔をしかめた。


「…?」


「…さっき、閻魔のおじいちゃんに呼び出されたの…」


エリーの話を要約すると、こうだ…




閻魔はいつものように、死んだ生き物…人間や魔物、天使の霊魂を転生させる作業に没頭していた。


転生させる度に、『道程の導』は純白に輝く…その人の運命が書き込まれているのだ。


しかし…まだ転生をさせる前にも関わらず、突然…『道程の導』が緋色に輝き始めたのだ。


閻魔は焦った…


『道程の導』が緋色に輝いたという事は、誰かの運命が書き変わったという事だからだ。


運命は普通、そう簡単に書き変わる物では無い…


それが変わったのだ…なんの前触れも無く。


閻魔は直ぐに、ナイトとエリーを呼び出した。


閻魔に呼ばれて飛んで来た2人は、閻魔が導を確認する間、転生させてもらおうと長蛇の列を作る霊魂達の相手をさせられていた。


その間、閻魔は『道程の導』の書き変えられたページを確認するのだ。


人間の名前は凉音友美。人間界でいう次の日曜日、午後5時13分…姉である凉音愛に看取られ、閻魔界へ…つまり他界。


しかし…その記述は、緋色の×印によって掻き消され、その印以降…物凄い勢いで彼女の運命が書き足されて行くのだ。


そして、最初に書き足された文章は…




…久城一真の手により、凉音友美は延命。




そして、一真のページもまた…




「…え?オレも?」




久城一真…魔力失調により、凉音友美の延命処置後、13時間5分後に閻魔界へ…


以降の運命に×印…




「…死ぬのか!?オレ…」


「死なないわ…その子が君に魔力を注ぎ込んだから」


「危ね~…サンキュー梨紅」


「うん…あれ?って事は、私も…」


「そう…あなたも運命を変えたのよ」




一真の運命が消えた事は、直ぐにナイトに伝えられた。


閻魔によってそれが伝えられるや否や、ナイトは閻魔界から人間界へ戻り、梨紅に一真の延命処置をさせ、閻魔界へ戻った。


しかし…本来、前世が現世の運命に干渉する事は許されておらず、ナイトは罰を受けなければならないのだ。




「…命を救ったのに罰を受ける…それが『理』だってのか?」


一真はエリーに言った。


「…それもまた『理』ね…人を救う事は良い事だけど、救った命は救った者が背負わないといけないのよ」


「…どういう意味?」


「例えば、君が延命させたあの子…あの子がこれから先、大きな犯罪を犯して、たくさんの人間を殺してしまったとするわ…」


一真は、顔をしかめた。


「…まさか、オレのせいになるわけ?」


「そう…君が彼女を助けなければ、多くの命が失われずにすんだ…そういう話になるわ」


「マジかよ…」


一真は、驚愕の表情でエリーを見つめた。





「…でもまぁ、今回はナイトの介入によって、君もあなたもおとがめ無しになったわ…その代わりに、ナイトが罰を受けるんだけど…」


「…納得いかねぇよ、なんでナイトが全部引き受ける必要があるんだ?」


「…そこで、『人間の命の重さ』…よ」


「…?」


一真も梨紅も、眉間に皺を寄せてエリーを見上げた。


「人の命は重いわ。命に代わりは無いもの…命を与える事は出来ない…命を失えば、それで終わり…命は、やり取り出来る物じゃないから…」


「…」


「君達の命がいくつ有っても、彼女の命の『対価』にはならない…人の命は、他人の命をいくつ積んでも…決してそれに見合う事は無いから…」


「…なら、ナイトにはその『対価』が払えるって事か?それが罰なのか?」


「そうよ…」


「…どんな…罰なんだ?」


一真が聞いた。一真は何処か、緊張しているように見える。


「…それは…」


「それは?」


「…閻魔のおじいちゃんの手伝い1週間よ」


「…」


それを聞いた一真は…無言で、何度も瞬きを繰り返した。


「…手伝い?」


「そう、手伝い」


「…それって、命の対価になるほど凄まじい仕事なわけ?」


「いいえ、軽すぎるわね」


「…あんた、命は重いって…」


「もちろん、普通の人間の命なら手伝いで済まないわよ?でも、一真の命だから…」


「オレの命って軽いのかよ!?ショックだよ!」


一真は正座したまま、エリーに向かって叫んだ。


「そういう訳じゃ無いんだけどね…君は特別だから…」


「特別?オレが?何で?」


「今は言えないけど…ただ、君に今…死んでもらうわけにはいかないのよ」


「…」


一真は無言で、エリーの事を見つめる…その瞳には、戸惑いの色が伺えた。


「…とにかく、君達にこれ以上『運命』を変えてもらうわけにはいかないの…わかってくれた?」


「正直、微妙だよ」


一真は即答した。


「…なんで?」


「だってあんた、重要な部分ほとんど言わないし…そもそも、運命を変えれば理が崩れるって…理が崩れるとどうなるんだ?」


「…理は世、世は理…理の崩壊は、世の崩壊…」


「つまり、オレ達が世界を崩壊させかねない…運命を変えすぎると、理が崩れて世界崩壊に繋がる…と…」


「あ~…ようやくわかったわ…一真のまとめが無かったら、サッパリわからなかったよ…」


今にも倒れそうな程、梨紅は衰弱していた。


「…とりあえず、人の命を左右する事は、オレ達には荷が重すぎるってのは実感したよ…」


「…実感?」


「あぁ…凉音妹を治した直後の、意識が飛ぶ程の重圧…魔力が空になった時に感じた、凄まじい絶望感…体力的にも、精神的にも、かなり堪えた…まぁ極めつけは、梨紅を泣かせちゃった事だけどな…」


「…私も、一真の死を目の前にして…絶望感っていうのかな…あの、心が締め付けられるような、嫌な感覚…2度と味わいたくないよ…」


「…そう…それなら多分、もう大丈夫ね…」


エリーは、2人に微笑んだ。


「…世界がどうのこうのなんて話、必要無かったわね…君達が、互いを悲しませたくない気持ちがあるのなら、理が崩れる事も無いでしょう…」


そう言って、エリーは両手を前に突き出した。


「…君達の、心の成長を祝して…」


エリーの両手から、華颶夜と紅蓮・華颶夜姫が現れ、一真と梨紅に切っ先を向けた。


そして…2本の剣は、それぞれの持ち主の体に吸い込まれて行った。


「…エリー、何したんだ?」


「"第四核"の封印の解放よ…これで君達は、更に強くなったわ…」


「…退魔刀が鍵だったんだ…でも、体の中に入っちゃったら…」


「取り出すのは簡単よ…念じるだけだもの」


「あぁ、そう…」


一真は、安堵の息を漏らした。


「…そして、"紅蓮化"と"天使化"が、君達の意思で使えるようになったわ」


「…マジで?なんで突然…」


「今の解放で、君達の魔力と退魔力の総量が、人間の体の限界を越えたのよ…だから、自分で"紅蓮化"や"天使化"が出来るようにならないと、肉体の崩壊に繋がるの…」


「そんな危ないもんなら、解放しなくても…」


「言うなら、これが君達への"罰"ね」


「「…」」


そう言われると、何も言い返せない一真と梨紅…


「…そろそろ朝ね…さぁ、起きなさい」


エリーの言葉と同時に、一真と梨紅の意識は、現実世界へと戻って行った。





…午前8時30分。


一真は1人、病院のロビーにいた。


本来なら、学校に行っている時間なのだが…一真は、暖の見舞いを理由に、友美の様子を見に来たのだ。


「…」


無言のまま、一真は暖の病室の扉をノックしようとするが…


「…おぅ?」


ノックする前に、扉が開かれた。


「先生!先生ぇ!」


看護師のおばさんが、血相を変えて病室から出ていった。


「…なんだ?」


顔をしかめる一真。


「…暖が死んだか」


「生きてるから!ただの骨折だから!」


「冗談だし」


一真が病室入るや否や、いつも通りの会話が繰り広げられる所を見ると…どうやら、暖は無事らしい。


「…じゃあ、凉音妹か…どうしたんだ?」


「さぁ…オレも、たった今起きた所だからなぁ…てか一真、学校は?」


「ん?まぁ、ちょっとな…」


一真達がゆるゆるな会話を続けていると、先生方が病室に入って来た。


「…脈拍正常…熱は…平熱…呼吸も…まさか…」


医師は驚きつつ、看護師陣と共に、凉音妹を担架に乗せ、病室から足早に去って行った。


「…一真、お前昨日…あの子に何したんだ?」


「…知ってたのか?」


暖の言葉に、一真は少し驚いた。


「知ってたも何も、お前をベッドの下に押し込んだのはオレだぞ?」


「マジで!?お前、寝てたんじゃねぇの?」


「へへ、寝たふりだけは得意でね」


「本ッ当にお前の特技は、どうでもいい特技ばっかりだな…」


一真は、暖の顔を見て苦笑いした。


「ほっとけ!!んで?何したんだお前?」


「何したも何も…起きてたんならわかるだろ?」


「いや、サッパリわからなかった…」


「…魔法で凉音妹の病気を治したんだよ」


「どんな魔法で?」


「言ってもわからんだろ…」


「まぁな」


そう言って、欠伸をする暖。


「…言っとくけど、オレが治したってのは秘密だからな?」


「なんで?」


「色々あんだよ…『この世の理』とか、『道程の導』とか…」


「…?まぁ、よくわかんねぇけど…言わなきゃ良いんだな?」


「あぁ、頼む」


「OK、任せろ…オレは口の堅い男だ」


そう言って、暖は一真に向かって右手の親指をグイッと突き出して見せた。


「…言っとくけど、『マジ』だからな?」


「…本気と書いてマジ…とかじゃなく?」


「『真面目に』の略の方のマジだ」


「…わかった、絶対に言わねぇ」


暖は、真面目な顔ではっきりと頷いた。


「信用してるからな?"ヒーリング"」


そう言って、一真は暖の足に、回復魔法をかけた。


「お!サンキュー…でも、どうやって退院させてもらえば…」


「そこは自分で考えろ、オレは今から学校だ」


そう言って、一真は椅子から立ち上がった。


「マジかよ…魔法で治してもらったじゃ駄目か?」


「却下」


「だよなぁ…ま、なんとかするさ」


「放課後、お前がまだ入院してたら来てやるよ」


「おぅ!じゃ、友美ちゃんの完治に乗っかる形で頑張るか…」


「じゃあな」


そして、一真は暖の病室を後にした。






一真は魔法を使わず、徒歩で学校に向かっていた。


何故だろう?いや、特に理由は無い…一真の気まぐれだ。


あえて、それらしい理由を捻り出すとすると…一真は、考えていたのだ。


何について?もちろん、『この世の理』についてだ。


こう見えて…正確に言えば、めんどくさがりなように見えて…


一真は魔法で、何度か他人の命を救って来たのだ。


小学生の時…3階の教室のベランダから落ちたクラスメートを、魔法で助けた。


中学生の時…帰宅途中、火事の現場に居合わせ、2階に取り残された母子を魔法で助けた。


それなのに、何故…今回に限って?


小学生の時も、中学生の時も、一真に罰が下る事は無かった。


…そして、今…


「…!」


目の前の横断歩道を、1人の老婆が渡っていた。


信号は赤…老婆には、トラックが迫っている。


…一真は、駆け出した…


("リミット・エクシード"!)


一真の動きが加速する…


一真は老婆を抱え、間一髪の所で反対側へ渡りきった。


「ふぅ…お婆さん、大丈夫ですか?」


「おやまぁ、ありがとうねぇ…最近の若者は薄情だと思ってたけども、珍しいねぇ」


「そうですねぇ…まぁ、これはオレの性分ですから…」




老婆は一真に頭を下げ、歩いて行った。


(…)


老婆を笑顔で見送った一真…老婆が見えなくなると…


「…"ホーリエ"」


一真の右手から、光の玉が飛び出し…


「うら!」


飛び出した瞬間、一真に捕まえられた。


「おい、エリー…」


「…何?」


「何?じゃねぇよ…説明してもらおうか?」


「だから何…を…」


エリーは、一真の表情を見て言葉を濁した…


一真は…鬼のような形相をしていた…




「…凉音妹を治したら、理がなんだかんだ言ってたのに…老婆を助けても何も起こらないのは、なんでだ」


「…不思議ね」


「それで済ますつもりじゃねぇだろうな?」


そう言う一真の目は、まるで"紅蓮化"の時のように、緋色に変わっていた…


「…不治の病と、交通事故の違い…かしら?」


「…正直に言わなきゃ、このまま公園のトイレの便器に叩きつけるぞ」


「…ごめんなさい、わからないわ…」


さすがのエリーも、一真に圧倒されてしまっている…


「…閻魔とオレが話をする事って出来るか?」


「無理よ…閻魔界に行けるのは、魂になった生き物…もしくは、天界にある『霊道』を通って行くしか…」


「…なら、今すぐにナイト経由で閻魔に伝えてくれ…『なんで、命を助けられたら運命が変わる人間と、変わらない人間がいるんだ?』って」


「…やってみるわ…」


その後…エリーは、数十秒黙っていたが…


「…え…嘘…」


エリーはそう言って、再び黙ってしまった。


「?どうした?」


「ねぇ…私、君に『魔法陣で集中させる』とか、言った事あったかしら?」


「え?あ~…あぁ、前日の夜に『魔族は魔法の補助に魔法陣を使う』的な事を言ってたから、たしかその中に…」


「そんな…」


一真が答えると、エリーは再び黙り込んでしまった。


「…おい、いい加減教えろよ」


「…運命が変わったのは、君の力だけじゃ無かったのよ…」


「…はい?」


エリーの話を要約すると…




本来、『道程の導』には、一真は友美を治そうとするが、治せなかった…と、書かれていたのだそうだ。


だが、治せてしまった…


何故か?


それは…前日にエリーが、自分でも気付かないうちに、一真に助言をしてしまっていたからである。


結果、一真の魔法の効果は格段に上がり、友美の病気を治せてしまった…




「つまり、元女神であるエリーの介入によって、運命が変わってしまったと…」


一真は、満面の笑みを浮かべ、エリーに言った。


「…えぇ…」


答えるエリーに、元気は無い…


「んでもって…梨紅がオレを助ける事が出来たのは、ナイトの介入によってだから、ナイトは今、罰を受けてるんだったな…」


「…」


「でも、その『罰』は…本来エリーが受けるべき物だったって訳だ…そうだな?」


「…えぇ…」


「ふ~ん…へぇ~…」


一真は笑っている…が、その笑顔の裏にあるのが、鬼のような形相であるのは…言うまでもない…


「…じゃ、行ってみようか♪」


「…え?」


一真は、頭上に魔法陣を描き始めた。


「…真上に飛ばせば、天界突っ切って閻魔界まで行けるよな♪」


「…む、無理だと思うわよ?だって、そもそも天界…」


「うるせぇ、行け」


有無を言わさず、一真はエリーに言った。それと同時に、魔法陣も完成…一真が、二重魔法陣の中に退魔力を注ぎ始めた。


「!?ちょっと君、何を…」


「さ~て…閻魔界まで飛ばされるか、宇宙まで飛ばされるか…どっちかなぁ♪」


一真は、その手に握っていたホーリエ…こと、エリーを、魔法陣の中に投げつけた。


「ちょっと待って!私が悪かったわ!ごめんなさい!」


エリーが一真に謝った…驚天動地である。しかし…


「ごめんで済んだら正義いらねぇんだよ…」


つまり、ごめんで済んだら警察はいらない…という事であり、同時に…一真はエリーを許さないという事である。


「ほ、本当にごめんなさい!お願いだから…おじいちゃんの所にだけは!今行ったら私…」


「へぇ、本当にこの方法で行けるんだ…」


…魔法陣への、退魔力の供給が終わったようだ。


「じゃ、女神様…閻魔様によろしくお伝えください♪」


「やめてぇ…許してぇ…一真ぁ…」


…完全に梨紅と化している元女神…


いつもの一真なら、エリーに梨紅を重ねてしまい、発射しなかったかもしれない。


…が、今の一真は一真であって一真で無いのだ…


今の一真は…『鬼』なのだ。


「閻魔界まで吹っ飛べぇぇ!!!"ディバイィィィィィン・バスターァァァァァ"!!!!!!!」


「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!」




…轟音と、悲鳴を残し…ディバイン・バスターこと、エリーは…遥か彼方へ飛んで行った。


「…うん、ちょっとはスッキリしたかな」


一真は背筋を思いっきり伸ばし、満足そうな笑みを浮かべ、学校へと歩き出した。



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