3.彼女らは盗み出す。
「…」
「…」
…現在の状況を説明すると…だ。
床に横たわる一真に、馬乗りになっている梨紅…
せめてもの抵抗に、梨紅の手首を掴んでいる一真…
2人の脇にしゃがみながら、一真の頬を指でつつくエリー…
…と、その3人を見て苦笑しているナイト…
そして、エリーが言った。
「…で、この子が君の心の中にいる理由だけど…」
「このタイミングでカミングアウトはおかしいだろ!?」
一真が叫ぶ。確かに…タイミングとしては最悪である。
「そんなの、君の都合じゃない」
「…あんた本当に女神か?」
「もちろん。それじゃあ、言うわよ?君の心にこの子が入って来れるのは…」
一真を無視して、エリーは話し始めた。
「…君達が、心の中で繋がっているからよ」
「…どういう事?」
一真より先に、梨紅が聞いた。
「そうね…例えるなら、君達の心は1本の木なの」
根本から、太い幹が伸びていて…その幹が、2つに枝分かれした物…それが君達の心。
「だから君達は、心が繋がっているの…テレパシーが使えるのも、それが理由よ」
「…それも、梨紅の親父さんの封印が原因か?」
「そうよ。あの封印は、君達の力を入れ替えたような物…言うならば、その副作用かしら」
「…お前の親父、話をややこしくする天才だな」
「ほっといてよ!」
「…てか、いい加減どけよ!」
「あんたが手を離さなきゃ退けないでしょ!」
「…そろそろ終わりにしなさい」
そう言いながらエリーは、再び言い争いを始めた2人の襟首を持ち上げた。
「…」
「…普通さ?こういうの、筋肉ムキムキのオッサンとかがやる事じゃね?」
エリーに吊るされながら、一真は言った。
「そんなのただの偏見よ」
「そうかい…」
「それより、そろそろ挨拶したらどう?」
エリーは、一真をナイトに向かって突き出した。
「…あ」
「よぉ、はじめまして…だな」
ナイトは笑みを浮かべながら、一真に言った。
「…ナイトメア・ベルグ・ラグナディン…歴代最強の初代魔王…」
「そんな、最強だなんて大袈裟な…」
照れ笑いをするナイトを見て、一真は唖然とした表情をし、エリーに言った。
「…魔王って、もっとこう…邪悪なイメージがあったんだけど…」
「それも君の偏見よ…まぁ、今の魔王はどうだかわからないけどね」
「…てか、そろそろ下ろしてくれよ…」
「…そうね」
そう言うや否や、エリーは手を離した。
「痛っ!」
「あだっ!」
一真と梨紅は、尻餅をついた。
「…あのよぉ!女神ならもう少し優しくしろや!」
お尻を擦りながら、一真はエリーに言った。
「過保護が優しさとは限らないでしょ?」
「おぉぉ…突然まともな事言うなよ、調子狂うじゃん」
「…一真みたいだね」
「嘘つけよ、こんなんじゃねぇよオレ…」
女神を『こんなん』扱いする一真に、ナイトは苦笑した。
「…君達、少しは女神を敬おうとは思わないのかしら?」
エリーは、作り笑い丸出しの顔で2人に言った。
そして一真達は…
「「えぇ、まったく」」
即答だった。
「…そう、よくわかったわ…」
満面の笑みのエリーは、指をパキパキと鳴らしながら言った。
「…第3ラウンド…行ってみようか」
「「!!!」」
エリーの体から、女神とは思えない凄まじい殺気が…一真達に向かって放たれ始めた。
(やべ…本日2度目の地雷踏んだ…)
「…」
顔をしかめる一真と、一真にしがみついて震えている梨紅…
「…覚悟は良いわね?」
そして…エリーの殺気が一真達を包み込む…
「「わぁぁぁ!!」」
一真と梨紅は、同時に飛び起きた。
「はぁ…はぁ…はぁ…」
制服の一真と、パジャマの梨紅…
互いに顔を見合わせ、2人は同時にベッドに倒れこんだ。
「助かったぁ…」
「マジでギリギリだったな…」
「エリー、怖いね…」
「流石は梨紅の前世だ…」
「失礼ねぇ、私はあんなんじゃないわよ」
(…あんなん?)
「「わぁぁ!!」」
再び飛び起きた2人…頭の中に、エリーの声が響いて来たのだ。
一真に抱き着いて震える梨紅…一真はいつでも動けるように、身構えた。
(…夜が楽しみだわ)
そう言って、エリーの声は聞こえなくなった。
残された一真達は、美由希が一真を起こしに来るまでの30分…寄り添って震え続けた。
寝不足…いや、睡眠は十分に取った。
特に一真は、夕飯を抜いて、服を着替えず、風呂にも入っていない…
寝不足の訳が無いのだ。
…それなのに…
「…」
「…」
…2人の顔色は、最悪に更に輪をかけて悪かった…
「…なんでこんなに気だるいのかな…」
「…朝風呂にも入ったのにな…」
「うん…せっかく一緒に入ったのにね…」
「あぁ……………………いや、別々だから…」
一真のツッコミも冴えない…いつものキレが無い…
「…ダルいな…」
「…ダルいね…」
一真と梨紅は、ひたすらダラダラと、学校へ向かって並んで歩いていた。
そこへ…
「…おい!カズ!」
一真は、後ろから呼び止められた。
「んあぁ~?」
ぐったりした表情で、ダルそ~~に、面倒くさそ~~に、一真は振り向いた。
「…よぉ!」
「…?」
声はすれども姿は見えず…
「…下を見ろ」
「え?…ぶっ!」
下を向いた瞬間、一真は何かに右頬を殴られた。
「…おはよう、凉音…」
一真を殴ったのは、愛だった。
「おぅ、目は醒めたか?」
「いや、目は完全に醒めてたんだけどな?このダルさとそれは別問題な訳よ…」
「?よくわからないけど、シャキッとしなさい!そして歩け!」
自分が呼び止めたくせに、理不尽な物言いをする愛…
「歩くけどさぁ…シャキッとはもうちょっと無理かなぁ…」
「そだねぇ…」
歩き始めたものの、2人は依然としてダルそうである。
「あんた達、本当にどうしたのよ!何が原因?」
イライラしながら、愛は2人に言った。
「原因…」
「そりゃあ、女神的な発言が限りなく0に等しい暴力女神が原因に決まってるさ…」
「…何の話か全然わからないわ…ゲーム?」
「いや、夢…むしろ悪夢…」
「…はぁ?」
話にまったく入れない愛を他所に、一真は梨紅に言った。
「そう言えばお前、なんでオレのベッドで寝てたわけ?」
「…え…」
愛が驚き、一真の顔を見上げた。
「え~っと、なんでだっけ…あぁ!確か、最初は自分のベッドで寝てたんだけど…人肌が恋しくなったと言いますか…」
「えぇ!」
愛は視線を、一真から梨紅に移した。
「…で、いつも通りに一真のベッドに潜り込もうと…」
「いつも通り!?」
叫ぶと同時に、愛は顔を真っ赤に染めて、一真の顔を見た。
「あのなぁ…オレはお前の抱き枕じゃねぇぞ?」
「抱き枕…」
愛は頭の中で、今の2人の会話で出てきたキーワードを組み合わせ始めた。
(カズのベッド…人肌が恋しい…いつも通り潜り込む…抱き枕…)
「てか、お前が潜り込んで来たからあんな夢見たんじゃねぇの?」
「何?私と一緒に寝たせいで、女の人に飛び蹴りする夢を見たって言うの?」
「あのなぁ…オレがどんだけボコボコにされてたか見てなかったわけ?」
(抱き枕…抱く…!一緒に寝た…!!)
一真と梨紅の会話は続くが、ようやく愛が考えを纏めたようだ。
「ね…ねぇ、あんた達ってもしかして…毎日?」
しどろもどろに、愛は聞いた。
「毎日!?そんなにやってたら死ぬから!そもそも昨日が初めてだし…」
「!!!」
驚愕の表情を浮かべる愛…もちろん、話はまったく噛み合っていない。
(昨日が初めて…でも、やったって…やったって言った!)
「…でも、今晩もやるような事言ってたよね…」
(今晩も!?)
「…そうか!寝ないで徹夜すれば…」
「あぁ!行かなくて済むじゃない!」
(寝ないで!?徹夜でする!?いかなくて済む!?)
愛の顔が…今にも爆発しそうな程真っ赤になっている…限界に達したようだ。
「わ!わた、わたたたたた…」
テンパって噛みまくる愛…そんな愛に、一真は言った。
「…北斗の○?」
「違うわよ!わ、私!先に行くから!」
そう言って、愛は全力で一真達から逃げ出した。
「…愛ちゃん、どうしたんだろ?」
キョトンとした顔で、梨紅は走る愛の背中を見つめている。
「…凉音も、お前と同じで『妄想族』だったんだな」
なんとなく察しがついた一真は、苦笑いしながら言った。
「…ちょっと!『妄想族』って何!?」
「妄想が趣味の人々の総称…」
「だから私は妄想なんてしないってば!!」
「はいはい…」
「信じて無いでしょ!?本当なんだからね!!!」
こうしてようやく、一真と梨紅は、いつも通りの2人に戻る事が出来た。
「…オレ達に、退魔の仕事を手伝わせてほしい」
「「…はい?」」
正義の言葉に、一真と梨紅は同時に首をかしげた。
今は昼休み…暖を除くMBSF研究会のメンバー5人は、揃って部室に集まっていた。
「…で、例の物は?」
声を低くして、なんとか重々しい雰囲気を作ろうとする一真…
「一真…重々しく言うと、なんだか…ヤバい物の取引してるみたいな気分になるから、やめてくれないか?」
「…マジで?てか、ヤバい物と言えばヤバい物じゃね?」
「いや、まぁ…そうなんだがな…」
「…まぁ良いや。とりあえず2人とも、報告と例の物を頼む」
一真が促すと、正義と恋華が立ち上がった。
「まずはオレから…」
正義は、警察手帳を開いた。
「10時から12時までの見回りの時間帯だったな…10時30から11時30分までの1時間は、ナースが来る可能性は低い」
「確実じゃないわけ?」
「見回りの時間が決められている訳では無いらしい…時計を見て、そろそろかな?と思う時間帯が、11時30分前後なんだ」
「なるほど…OK、なんとかするよ。で、重野は?」
一真が恋華に視線を移す。
「バッチリ!手に入れたよ、友美ちゃんのカルテ」
一真に親指をグイッと突き出して見せ、恋華はファイルに挟んだ友美のカルテを取り出した。
「流石は重野!コピー代は部費から取っといてくれ」
「…?」
一真の言葉に、恋華は首をかしげた。
「…どうした?重野…」
「…コピー?」
「…」
恋華の言葉に、一真達の表情が固まった…そして…手渡されたカルテを見て、顔を青くする一真。
「…オレ、言ったよな?『凉音妹のカルテのコピーを』って…」
「…あり?」
「あり?じゃ、ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!!!!!!!!」
一真が叫ぶ。
「ヤバいよ恋華ちゃん!先生とかがカルテ無くなったって知ったら…」
「大騒ぎになるわね…」
「…………はぅあ!!!どうしよう!」
「反応が遅ぇぇぇ!!!!」
再び叫ぶ一真。するとそこへ…
「…一真?携帯鳴ってるよ?」
「え?…あ、暖からだ…もしもし?」
(よぅ!元気か?)
「お前、病院内で携帯使っちゃ駄目って知ってっか?」
(知ってんよ、ちゃんと外に出てっから!)
「そうかい…で?何か用?」
(いや、特に…なんかさ?看護師さんとか先生とか、朝から血相変えて走り回ってて、気が休まらないんだよねぇ)
「…」
一真の頬を、冷たい汗が流れる。
(何か無くなったのかな…一真?)
「…何?」
(いや、なんとなく…お前が顔をしかめてるような気がし…)
「気のせいだ。それより暖、凉音妹に伝言を頼む」
(伝言?)
「あぁ、今夜10時30分…窓を開けて待っててくれって」
(…なんだそれ?)
「頼んだぞ?じゃあな」
一真は電話を切った。
「…ヤバい!大騒ぎだぞ病院!」
「どうしよぉ!!今から病院に返しに…」
「いや、いくら恋華でも昼間はまずいだろ…」
「それに午後の授業もあるし…」
頭を抱える5人…しかし、梨紅がここで閃いた。
「一真、ホーリエは?」
「…いや、出来ればそれは最後の手段に…」
「何言ってんの!今使わずにいつ使うのよ!」
(馬鹿野郎!ホーリエ=エリーだぞ!)
「…は!」
梨紅はようやく気付いた…が、時すでに遅し…
「一真、頼む」
「カズ君!」
「久城君!」
期待の眼差しを向ける3人…そして…
「…"ホーリエ"」
(梨紅のバカァ!)
(ごめんなさい!)
半泣きの一真の右手から、白い球体が放たれた。
(…)
「ホ…ホーリエ、このカルテを病院に…」
(…ふ~ん…女神的な発言が0に等しい暴力女神を、パシリに使う…そういう事かしら?)
「いえ!そんな…な、何卒よろしくお願いいたします…」
冷や汗ダラダラでホーリエに頭を下げる一真と、一真にしがみついてビクビク震えている梨紅を、正義達は呆然と眺めていた。
(…今晩、私の相手をすると約束するなら…行ってあげなくも無いわよ?)
「…わかりました」
(よろしい)
ホーリエは友美のカルテを持って、窓から飛び出して行った。
「…」
「…」
酷く後悔している2人を、不思議そうに眺める3人…
「…ところで一真?カルテは読んだのか?」
正義が言った。
「…何か、異国の言葉的な物が書かれてて、まったく…まぁ、後で本人に聞くさ」
一真はため息を吐きながら、そう言った。
「これで準備は大丈夫…あとはまぁ、オレの魔力の量次第だな」
そう言って、安心する一真…
しかし…
この後すぐ…
その安心が…
崩れさろうとは…
この時はまだ…
「…あ、あのね?一真…」
梨紅の他…
誰も知らない…
「…まさかとは思うけど…退魔の仕事が入ってるとか言うんじゃないよな?」
「鋭い!流石は一真!」
梨紅の返答を聞き、一真は長机に突っ伏した。
「もぉ~嫌だ…なんだそれ!てか何!?なんなの今日のハードっぷり!」
退魔の仕事→
友美の治癒→
エリーのいじめ
「何料理のフルコースだ馬鹿野郎!」
「…でも、本当にまずいよね…一真、魔力を温存しとかないといけないし…」
「梨紅に任せるしか無いか…でも、流石に1人は無理じゃね?」
一真達が頭を抱える…そんな中、正義が唐突に言った。
「…オレ達に、退魔の仕事を手伝わせてほしい…」
「「…はい?」」
一真達は、同時に首をかしげた。
「実はずっと、一真達に礼をしなきゃならないと思っていたんだ」
「それでね?何が良いか、2人で考えたの」
「結果、一真達の仕事を手伝ってやろうって事になった訳だ…どうだ?」
「…いや、どうだ?って言われても…」
困惑しながら、一真を見る梨紅…梨紅の視線を受けた一真は、正義達に言った。
「気持ちは嬉しいんだけど…どうやって魔物倒すんだ?」
退魔の力を持たない正義達では、魔物を倒すどころか、魔物にダメージを与える事すら難しいのだ。
そして、正義達の考えは…
「…」
「…」
「…え?まさかのノープラン?」
顔をしかめる一真に、正義は言う…
「…どうすればいい?」
「…そりゃあ、退魔の力を手に入れるしか方法は無いだろ…」
「そんな事はわかってる…問題は、どうやって手に入れるかだ」
「お前…なんで微妙に上から目線なんだよ!」
「今城、何か案は無いか?」
一真を無視し、正義は言った。
「え?そんなの、私の血を飲めば良いだけだけど…」
そう言って、梨紅は席から立ち上がった。
「正義君、上向いて、口開けて?」
「?…あ」
正義は、黙って口を開ける。
梨紅は自分の親指を噛み切り、正義の口の中に自らの血を垂らした。
「恋華ちゃんも」
「あ~~…」
恋華の、大きく開いた口にも、梨紅は自分の血を垂らした。
「これでもう、恋華ちゃん達も戦えるよ」
「…なんか、意外にあっけなかったな…」
拍子抜け…といった感じの正義とは裏腹に、恋華は何故か興奮していて…
「梨紅ちゃんの血、美味しい!」
意味のわからない事を口走った。
「ドラキュラかお前は…」
「だって凄く美味しかったんだもん!甘いって言うか…旨味があるって言うか…」
「…変なやつ」
そう言って、正義はため息を吐いた。
「…んじゃ、とりあえず退魔はそっちに任せてOK?」
一真が聞くと…
「…いや、念のために一真も来てくれ」
「なんでだよ…オレに体力使わせんなよ」
「ついでに沙織も来なよ」
「…なんで私も?」
「人数は多い方が楽しいじゃない」
…これは、どこかに遊びに行く相談だろうか…
「それじゃあ、9時30分に一真ん家集合ね?あ、お菓子は100円までだから」
「待て待て待てこの馬鹿…お菓子ってなんだ?しかも100円!?」
「一真の部屋で食べるお菓子よ。ゴミで散らかるといけないから100円にしたの」
「…集合場所オレの部屋!?てか、ゴミは持ち帰れよ!環境破壊だぞ!」
「梨紅ちゃん、質問がありま~す」
一真が文句を言う中、恋華が挙手した。
「な~に?恋華ちゃん」
「消費税は込みですか?別ですか?」
「込みです」
「ケッチィなお前!?消費税5円ぐらい大目に見ろよ!」
ツッコむ一真に、梨紅は口を尖らせ言った。
「ダメよ、105円だと、チ○ルチョコが5個買えるじゃない?各自、う○い棒を1本ずつ10回に分けて買って来なさい!」
「消費税ケチってんじゃねぇよ!しかも買うもの指定!?う○い棒って…粉が床に落ちるだろうがぁ!!」
「そんなのわかってるわよ」
「てめぇ確信犯か!?」
そして、一真と梨紅の夫婦漫才は続く…
しかし…一真は気付かない…
こうしている間にも、自分の体力が減ってきていることに…
~21時00分~
「…お前ら来んの早ぇよ…」
一真の部屋には、既に正義、恋華、沙織の3人が来ていた。
「…てか、マジでう○い棒10本ずつ買って来てんじゃねぇよ!」
「お前も食べてくれ…1人で10本はちょっと厳し…」
「なら買って来るんじゃねぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!しかも全部サラダ味じゃねぇかぁぁぁぁ!!!!!」
「カズ君、近所迷惑だよぉ」
一真のベッドに腰掛けながら、恋華が言った。
「だってこいつ…ってお前!既に完食してんじゃねぇよ!来てからまだ5分も経ってねぇだろ!?」
「お腹すいてるんだもん」
「弁当買って来いよ!う○い棒じゃなくてさぁ!」
「でもお菓子は100円までって…」
「弁当はお菓子に入りません!!」
ツッコミを入れるにつれ、一真の体力は減って行くのだが…一真は、反射的にツッコミをしてしまうのだ。
「…恋華ちゃん、私のお弁当食べる?」
そう言って、沙織はバッグから弁当箱を取り出した。
「良いの!?」
「なんで弁当持って来てんの!?てか山中、う○い棒は?」
「半分は食べたよ?もう半分は恋華ちゃんが…」
「お前15本も食ったのか!?」
「…てへ♪」
お決まりのポーズを取る恋華に…
(うわぁ…殴りてぇ…)
次第にイライラが募って行く一真。
「じゃあ開けるよ?」
そして、沙織が弁当の蓋を開けると…
「…」
「…山中、これは?」
唖然とする恋華と一真に、沙織は言った。
「え?見ての通り、カッパ巻きだけど…」
そう…弁当箱には、食べやすいサイズにカットされたカッパ巻きが敷き詰められていたのだ。
「…これは、あれだろ?山中が食べるために持って来たんだろ?」
「そうよ?」
「沙織ちゃん、カッパ巻き好きなの?」
「うん」
「…どの辺りが?」
「ヘルシーな所かな…」
「…」
(水洗いした生のキュウリかじってろよ!)…と、言いたかったのだろうが、流石にそろそろ体力的に厳しくなって来たようで…一真は、ツッコミたい衝動を必死に抑えていた。
「でも、沙織ちゃんが食べたくて持って来たんだし…」
流石の恋華も、遠慮している…しかし
「大丈夫だよ、もう一箱あるから」
そう言って、沙織はバッグから弁当箱を取り出した。
「あ、もう一箱あったんだ…そっちには何が入ってるの?」
恋華が聞いた。しかし、沙織の解答を予想するのは、至極簡単な事だ…
中身はもちろん、
「カッパ巻き」
「沙悟浄かお前はぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!」
一真は、我慢出来なかった…
「何?山中の先祖ってカッパ?沙悟浄?お前もう、坊さんにお供してテンジクまで行って来いよ」
「そんな事言われても…」
「…カズ君、お醤油もらえるかなぁ?小皿も」
「結局食うんかい!」
「あ、醤油も小皿もここに…」
「持参ですか!」
「か…一真、口の中がパサパサする…」
「てめぇはまだ食ってたのか!?」
「み…水を…」
「お茶ならあるよ?」
沙織が差し出したコップ一杯のお茶を、正義は一気に飲み干した。
「助かった…ありがとう山中」
「いえいえ…もう一杯いかが?」
「む、いただこう」
「…」
カッパ巻きを食べる恋華…お茶を片手にう○い棒を食べる正義…ミスカッパ巻きの沙悟浄沙織…
3人を無言で眺めながら、一真は思うのだ…
(…ボケに対してツッコミが少なすぎる…)
実質、MBSF研究会の部員は、ボケ5人に対してツッコミは一真1人である。
(…せめてあと2人…)
一真はそう思いながら、深~く…ため息を吐いた。
「…お待たせ!」
数分後、梨紅が一真の部屋の窓から入って来た。
「…遅ぇよ…」
ぐったりと床に横たわりながら、一真が言った。
「…なんでそんなに疲れてるの?」
「ツッコミの数が足りないからだよ…」
「?」
不思議そうな顔をする梨紅。
「…とりあえず、沙織達の準備は…」
「万全よ」
一真とは裏腹に、他の3人の準備は完璧なようだ。
「それじゃあ行こうか…恋華ちゃん、一真持ってくれる?」
「は~い、"重変"0」
自分と一真の周りを無重力にした恋華は、一真の足を持って一真を持ち上げ、正義の腕に掴まった。。
「…何故に足?」
「梨紅、しっかり掴まっててよ?"ブラッド・フィン"」
「"風飛"」
梨紅を背負った沙織と、恋華と一真を引いている正義は、一真の部屋の窓から飛び出した。
閑静な住宅街…
時間も時間なので、会社帰りのお父さんなどの人影がまばらである。
そんな中…一真達5人は、道路の真ん中に音もなく降り立った。
「…あと2分か…」
ポケットから携帯を取り出し、時間を確認する正義…どこか落ち着かない様子だ。
「あれ?まー君緊張してるの?」
恋華が、正義の顔を覗き込む。
「…まぁ、多少はな……それより恋華?」
「なぁに?」
「…その格好は何だ?」
正義は、初めて見る恋華の衣装に違和感を感じ、言った。
「これ?退魔用のコスチュームだよ、可愛いでしょ?」
確かに、一見動きやすそうに見えるその衣装…だがそれは、明らかに可愛さをメインに考えた物だった。
「…初夏とはいえ、ちょっと寒そうだぞ?」
「そんな事無いよ?ねぇ、可愛いでしょ?ねぇねぇ!」
「はいはい、可愛い可愛い…ところで一真?」
恋華を軽くあしらい、正義は一真に話を振った。
「ん?」
「…逆にお前は暑そうだな」
「ほっといてくれ…」
一真は何故か、怪盗K.Kの衣装を着ていた。
「…コスプレに目覚めたか」
「違うわ!ただ単に、凉音妹に会う時に正体を隠す必要があるってだけで…」
一真が誤解を解こうとした、その時だ…
「…みんな、来るよ!"ポケット"!」
ゥオォォォン………
梨紅が華颶夜を取り出しつつ言うと、どこからか犬の鳴き声が聴こえた。
「"ファントム・サイズ"」
「"グラビテス"」
梨紅に続いて、一真達も身構える。
「…」
「…!?正義!それは駄目だって!」
何故か正義は、無言で拳銃を構えていた。
「…近距離用の武器が必要だと思って持って来たんだが…」
「だからって拳銃は無ぇだろ!住宅街だぞ!?」
「一真!正面に来たよ!」
梨紅に言われ、道路の先を見てみると…
「…ケルベロス?」
そこにいたのは、体長3m前後の三頭犬だった。
しかも…
「…おい、屋根の上にもいるぞ」
「後ろにも!」
ケルベロスは、3体いた。
「…とりあえず正義、拳銃はしまえ!」
「…」
正義はしぶしぶ、拳銃をしまった。
「…オレの武器は?」
「知るか!重野みたいに何か作れや!」
ゥオォォォン!!
一真が言うと同時に、正面のケルベロス…ケルベロス1が、一真達に向かって走って来た。
「"白の三日月"!」
「"サイズ・スラッシュ"!」
梨紅と沙織が、それぞれの刃を放つ。しかしそれを、ケルベロス1は空中に逃れて避けた。
ゥオォォォン!!
そして、後方のケルベロス…ケルベロス3も、一真達に向かって走って来た。
「"重波"!」
恋華が重力弾を放つが、やはり空にジャンプして避けられる。
「まー君!」
「"風撃・槍"!」
恋華の合図と同時に正義は、空中で身動きの取れないケルベロス3に向かって、風の槍を放った。
そして…
ギャァァァァ…
叫び声と共に、ケルベロス3の右の顔に風の槍が突き刺さった。
「恋華!」
「"重変"500!」
正義の合図で、恋華がケルベロス3を道路に叩きつけた。
「…あれ?この流れ…」
嫌な予感がする一真に…
ゥオォォォン!!!
屋根の上から、ケルベロス2が飛びかかって来た。
「…結局こうなるんかい!」
一真は、足下に高速で魔法陣を描き出した。
「あ~……っし、出来た」
魔法陣完成と同時に、その場から飛び退く一真…そこへ、
ゥオォォォン!!
ケルベロス2が魔法陣の上に着地した。
「"アスファルト・フィスト"!」
キャイン!!
魔法陣から灰色の拳が勢いよく突き出され、ケルベロス2が遥か上空に打ち上げられた。
「…ま~たオレは、面白い魔法作っちゃったよ」
一真が、吹き飛んで行くケルベロス2を眺めながら言った。
灰色の拳、アスファルト・フィスト…道路に描く事で、道路に使われているアスファルトを巨大な拳に変え、魔法陣の上に乗ったものに勢いよく突き出す魔法である。
…なお、使用後は元の道路に戻る。
梨紅と沙織に向かって、飛びかかって来るケルベロス1…
「…は!」
梨紅は勢いよく塀に飛び乗り、塀を足場にケルベロス1の側面に向かって跳躍し…
「せやぁ!」
ケルベロス1の左顔を、その首元から斬り裂いた。
顔を1つ失い、態勢を崩すケルベロス1…そこへ、
「"ブラッド・フィン"」
血の羽を拡げ、死神の大鎌を持った沙織が、ケルベロス1に迫る。
「"ナーブ・カット"…」
落下するケルベロス1と、上昇する沙織がすれ違う刹那…沙織は、その手に持った大鎌で、ケルベロス1の4本の足を斬りつけた。
しかし…
オォン…?
ケルベロス1は、まるで何事もなかったかの用に、空中で態勢を立て直し、道路に着地した。
「…あれ?沙織…今、あいつの足斬らなかった?」
空中で羽ばたき、その場にとどまっている沙織の腕に掴まりながら、梨紅は言った。
「ん?ちゃんと切ったよ?」
「でも、ちゃんと4本足で…」
「うん、だって…」
梨紅と沙織が話しているうちに、ケルベロス1の体が…微かに震え始めた。
「私が切ったのは…神経だけだからね」
瞬間…ケルベロス1は、その場に崩れ落ちた。
「神経だけって…」
「死神はね?この大鎌で、寝ている人間の首の神経を切って、痛みを感じないようにしてから、心臓に手を差し込んで…魂を抜き取るんだよ?」
「怖ッ…死神っていうか、それを淡々と説明する沙織が怖ッ…」
梨紅は顔をひきつらせながら、眼下のケルベロス1を見下ろす。
「"核"はどこだろ…」
「…あ、あれじゃない?真ん中の頭の…」
「え?どれ?」
「ほら、右耳の後ろの…」
「…沙織!あんた目ぇ良すぎ!わからないよ!」
そう言って、梨紅は沙織の腕から手を離した。
落下して行く梨紅…
…キャイン!?
見事、ケルベロス1の上に着地成功…
「えっと?真ん中の右耳の…うわ!本当にあった…」
梨紅が華颶夜で"核"を砕く…すると、ケルベロス1の体が徐々に光の粒子になっていき、やがて…消え去った。
恋華によって道路に叩きつけられ、なおも重力で押さえつけられている、ケルベロス3…
「…風を集めて作る武器…か…」
「まー君!」
「わかってる、もう少しだけ待ってくれ」
正義は目を瞑りながら、右手に風を集め始めた。
(全てを切り裂く風の剣か…不可視の風の弾を打ち出す銃か…)
「ま…まー君…」
正義の名を呼ぶ恋華は、かなり辛そうだ。
ゥ…オォォォ…ン…
ケルベロス3が、重力に逆らって立ち上がろうとしているのだ。
「もう少し…」
(剣か銃か…どっちにすべきか…)
「も…もう…駄…」
ゥオォォォ…!
ついに…二頭犬となったケルベロス3は、軋む体に鞭打って、立ち上がってしまった。
(…よし)
「…両方だ」
正義が、目を開けた。
「まー君!逃げ…」
恋華が正義に向かって叫んだ瞬間…
…風の音。
…ケルベロス3の雄叫び。
…雄叫びを遮り、何かが切り裂かれる音…
立て続けに聴こえた3つの音…
「…え?」
恋華の目の前には、縦に真っ二つにされて、道路に横たわるケルベロス3の姿があった。
そして、ケルベロスの体から赤い光が…
「…"退風弾"」
…聴こえたのは、正義の言葉…小さな銃声…ケルベロス3の核が砕ける音…
「…まー君、凄い…」
恋華は、唖然とした表情で正義を見つめていた。
「…ん、即席にしてはまずまずの出来だな」
正義の手には、拳銃と剣を合体させた、黄緑色の奇妙な武器が握られていた。
「拳銃と剣…欲張りだねぇ、まー君…」
「…まぁな」
恋華に言われ、正義は苦笑する。
「ちゃんと、名前決めてあげなきゃ駄目だよ?」
「言われなくても、既に決めてあるさ」
正義は"剣銃"を構え、言った。
「ウィンド、ピストル、ブレード…縮めて、"ウィル・ブレード"…通称"ウィル"だ」
「…かっこいいけど、安易だね」
「…」
名前に関しては、かなりシビアな恋華だった…
さて…残りのケルベロスは1体だけとなった訳で…
「…落ちて来ねぇなぁ…」
空を見上げる一真…ケルベロス2は、未だに空を飛んでいるらしい。
「…一真、何してんの?」
「…え?」
一真が後ろを向くと、梨紅達4人がそこに立っていた。
「…お前ら、もう終わったわけ?」
「え?あんたまだ終わってないの?」
逆に聞かれ、一真は口を尖らせた。
「だ~って、落ちて来ねぇんだもんよ」
「どんだけ高く打ち上げたわけ?」
「さぁ…月まで飛んでったってのは無いと思うけど?」
「ギャグマンガじゃあるまいし…」
梨紅が肩をすくめる。
「「…あ…」」
空を見上げていた恋華と正義が、同時に何かを発見したようだ。
「来たか!」
一真も見上げてみる…確かに、何かが降って来る。
「梨紅、華颶夜貸して」
そう言って、一真は華颶夜の柄を掴んだ。しかし…
「え?一真は休んでなよ、私が倒してあげるから」
梨紅は華颶夜を手放さなかった。
「いいよ、オレが最後までやるって」
「私が倒してあげるってば」
「いや、いいって」
「やるって」
「貸せって」
「嫌だって」
「…」
「…」
「貸せ!」
「嫌!」
いつの間にか、華颶夜の取り合いに発展しているではないか…
「…おい、そろそろ来るぞ?」
正義が言った。おそらく、ケルベロスが落下するまで残り30秒という所だ。
「オレがやる!」
「私がやる!」
2人が、華颶夜の柄を引っ張り合う…
…すると、
「うわ!」
「きゃ!」
一真と梨紅は、尻餅をついて倒れてしまった。
「いってぇなぁ…急に離すなよ!」
「そっちが離したんでしょ!?」
「はぁ!?そっちが…え…」
「…」
一真と梨紅は、互いに顔を見合わせ…首をかしげた。
「…なんで一真"も"華颶夜を持ってるの?」
「そっちこそ…」
そう…一真の手にも、梨紅の手にも、華颶夜が握られているのだ。もちろん、一真が持っているのは紅蓮・華颶夜姫である。
「久城君、梨紅、来たよ!」
沙織が言った。ケルベロス2は、すぐそこまで迫って来ていた。
「よし、オレが真っ二つに…」
「私がやるってば!」
2人は、同時に華颶夜を構えた。
「"緋の!」
「"白の!」
真上を向いて、左右対象の構えを取る2人…
「「三日月"ぃぃぃ!!!!!」」
完璧なまでにシンクロした2人の動き…寸分の狂いも無く、緋と白の三日月は、同時に放たれた。
「同時…ううん!私の方が早かったんだからね!」
「…なんだ…あれ?」
勝負している気になっている梨紅を無視して、一真は…いつもとは様子が異なる2つの三日月を見つめていた。
普通なら一直線に進むはずの三日月は、何故かドリルのように回転しながら進んでいた。
回転はどんどん増して行き…途中で、2つの三日月が1つに合わさった。
「合体した!?」
一真が叫んだ。1つになった三日月は、純白の槍のような形になり、加速しながらケルベロス2に向かって飛んで行く…
そして、ケルベロス2に当たる直前に…
「…あれ?」
「「消えた…」」
正義と恋華が、そう呟いた…その時だ
まるで、大砲でも打ったかのような轟音と共に、ケルベロスの3つの顔と半身が、一瞬で消し飛んだのだ。
「えぇぇぇぇぇ!!!!!!」
一真達は、同時に声を上げて驚いた。
「なんだ?今のは…」
「ど…ドガ~ン!っていったよ!?ドガ~ン!」
「久城君と梨紅の合体技ね…いつの間に仕込んだの?」
「仕込んでねぇよ…」
「合体技…一真と私が…合体…」
「それ以上進むんじゃない!妄想族!」
一真が梨紅の肩を揺する…
ちなみに、ケルベロス2の残りの半身は、地上にたどり着く前に、粒子になって消えてしまっていた…
「…とにかく、これで仕事は終わり…一真、早く行かないと」
「あ…あぁ、そうだな」
一真は、ポケットから携帯を取り出した。
「あと15分…」
「急げば間に合うな」
「カズ君、頑張って!」
「おぅ、そんじゃ…"ソアー・フェザー"!」
一真の足が一瞬、緋色に輝いた。
「…行ってくる」
怪盗K.Kの仮面を付け、一真は漆黒の夜空へて舞い上がった。
夜の病院…本来なら、どの病室の窓も閉められているはずなのだが…今日に限っては、1部屋だけ窓が開けられていた。
「…すぅ…すぅ…」
部屋から聞こえて来るのは、1人の男子高校生…川島暖の寝息のみだ。
しかし、この病室にはもう1人…中学生の少女が入院している。
「…」
開けられた窓の外を眺める少女…凉音友美である。
昼間、暖に「今夜10時30分、窓を開けて待ってれば、何かが起こるっぽいよ?」と、言われた友美は、言われるがままに窓を開けて待っているのだ。
「…そろそろかな?」
病室の時計が、10時29分になった。
…その時だ。
「…あ、ちょっと早かった…」
「!?」
声に驚いた友美が窓の方を向くと、窓枠に1人の男が立っていた。
「…怪盗さん?」
立っているのはもちろん、怪盗K.Kこと一真である。
「あれ?オレの事知ってんの?」
「あ…はい、新聞読みましたから」
「そっか…それじゃあ、オレがここに来た用件はわかるか?」
一真に言われ、考え込む友美…
「…私の"命"を盗みに来た…とかですか?」
「…君、もうちょいポジティブに考えられないの?」
真面目な顔で言う友美に、一真は言った。
「…怪盗K.K、凉音友美さんの"病気"を盗みに参上いたしました…」
紳士のような優雅な御辞儀をし、一真は病室の中に入り込んだ。
「…私の"病気"を?どうして…」
「君のお姉さんに頼まれたからさ」
「お姉ちゃんが…」
その言い方に驚きは無く、予想はしていた…といった感じだった。
「…本当に、私の病気を治せるんですか?」
「多分」
一真は即答した。
「多分って…」
「オレは医者じゃないから、詳しい事はわからないからさ…ついでにぶっちゃければ怪盗でも無いんだけどね?」
「怪盗でも無いって…ならあなた、一体…」
「…オレ?」
一真はニヤリと笑いながら言った。
「…オレは『魔法使い』さ」
「魔法使い…本当ですか?」
「本当さ。証拠に、魔法を使って見せたい所だけど…君を治すのにどのくらい魔力が必要かわからないから、勘弁してくれ」
「…」
疑わしそうな目で一真を見つめる友美…
「…わかりました。お姉ちゃんも、藁にもすがる思いで貴方にお願いしたんでしょうから…そういう事にしておきます」
「ありがと。でも、お姉さんが直接頼んで来た訳じゃ無いんだ…お姉さんが頼んだ人が、オレに依頼した…」
「って事にしとけ…って事ですよね?」
「…そういう事です。頭の回転速くて助かるよ」
一真は苦笑混じりにそう言った。
「…そんで?何処が悪いの?」
「…聞いて無いんですか?」
「聞いて無いんですよ…」
完全な苦笑いをしながら、一真は言った。
それを聞いた友美は、寝間着の左胸の部分を握りながら答えた。
「…ここです」
「…左胸?」
「"心臓"です」
「あぁ、心臓か…」
一真は頬をポリポリと掻いた。
「…まぁ、位置がわかれば大丈夫だと思うから、早速治療に入ろうか」
「え…詳しい説明とかは…?」
「聞いてもどうせわかんねぇし」
「…本当に大丈夫なんですか?」
「多分」
「…」
友美はもう…それ以上何も言わなかった。
「んじゃ、こっちに背中向けて?」
「背中からなんですか?」
「前は…ほら、胸とかあるし…」
「…」
友美は顔を赤らめ、一真に背中を向けた。
「まずは…集中の魔法陣"コンセントレーション"」
一真が言うと、友美の寝間着に魔法陣が浮かび上がった。
そして一真は突然、友美に言った。
「…病気が治ったら、まず最初に何がしたい?」
「え?突然なんですか?」
「いや、なんとなく…で?何したい?」
一真の質問に、友美は数秒悩み…
「…お姉ちゃんに、お礼が言いたいです」
そう答えた。
「そっか…なら、お姉さんが聞いたら感動して泣き出すぐらいのセリフ、考えておきなよ?」
「…はい…」
「…行くぞ?」
「…お願いします」
友美は、祈るように両手を合わせて握り、目を瞑った。
一真は両手を重ね、それを集中の魔法陣に向けた。
「…"ヒーリング・レボリューション"!」
重ねた両手に複雑な魔法陣が現れ、魔法陣から光が放たれた。
「ぁ…」
光は、集中の魔法陣を貫き、友美の左胸を貫通した。
それは…本当に一瞬の出来事だった。
「…」
光が消えると同時に…友美は気を失い、ベッドに倒れこんだ。
「…」
(…やべぇ…これ、予想以上にキツい…)
一真は、友美に掛布団をかけると同時に、床に倒れてしまった。
午後、11時30分…
「…遅いなぁ、一真…」
一真の部屋の、一真のベッドに、寝間着姿の梨紅がうつ伏せに横になっていた。
「…何かあったのかな…」
一真が帰って来ない事に不安を感じ、梨紅は寝返りをうち、仰向けになった。
…すると、
「…え?」
突然、一真の部屋の天井…梨紅の真上に、魔法陣が現れた。
「…なんで?」
部屋の中に一真は見当たらない…ではいったい何故、魔法陣が現れたのか…
疑問に思った梨紅が、上体を起こそうとした…次の瞬間。
「…きゃっ!」
「…」
魔法陣から、一真が降って来た。
「いったぁ…ちょっと一真、重いよ…」
「…」
一真からの返事は無い…まるで、死んでいるようだ…
「…一真…一真!?」
梨紅は一真の異常に気付き、一真を横に寝かせて飛び起きた。
「"ヒーリング"!」
一真に回復魔法を試みるが…
「…」
無反応だ。
「ちょっと…ねぇ、一真!一真!」
一真の顔から仮面を外し、トレンチコートを脱がして、一真の肩を掴んで揺する梨紅…
…その時だ。
(…梨紅、魔力を注ぎ込むんだ)
「!?」
梨紅の頭の中に、ナイトの声が響いた。
「注ぎ込むって…どうやるの!?」
(梨紅の体内の魔力を、口移しで一真の体内に送り込むんだ)
「口移し…キスね?」
梨紅は、体内にある退魔力の3割を魔力に変換し、何の躊躇いも無く…自らの唇を、一真の唇に重ねた。
(一真…死んじゃ嫌…)




