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魔法使いの苦悩  作者: 黒緋クロア
第四章 怪盗と絆 後編
27/66

2.彼女らは解放される。


「…いきなり何?」


「いいから黙って聞け…ある所に、魔法使いの国があった」




その国には医者がいないから、病気になっても治せる人がいません。


しかしある日…この国の、優しくて人望も厚い王子様が、不治の病にかかってしまいました。


民はそれを悲しみ、王子様の病気を治す魔法を考え始めました。


1ヶ月、2ヶ月と過ぎていき、王子様の具合は悪くなる一方…


半年を過ぎると、王子様の体は完全に病に蝕まれてしまいました。


そんな時、ある魔法使いが遂に、王子様を治す魔法を完成させました。


ただし…その魔法を使って王子様を治す為には、大量の魔力が必要でした。


王子様の為なら…と、全ての国民が魔力を提供しました。


1万人以上の魔法使いの魔力を使い、王子様は元気になりました…




「めでたしめでたし…」


一真は語り終え、梨紅に言った。


「…オレの言いたい事わかった?」


「…全ッ然わかんない…」


首を横に振る梨紅にため息を吐き、一真は正義に言った。


「正義は?」


「…つまり、魔力が足りないって事か?」


「そう!流石は正義」


「…最初からそう言えば良かったじゃない」


満足気に頷く一真に、梨紅が言った。


「このバカ梨紅が!ただ魔力が足りないだけなら、こんな話するわけねぇだろ?痛゛ぁ!」


バカにされた腹いせに、豪快に一真の足を踏み潰す梨紅…


「…どういう事?」


「…つまり、体全体を治すのに1万人分かかるなら、体の1部だけならどうよ?って話だった訳…マジ痛ぇ…」


一真は、足を擦りながら言った。


「…だから、恋華に凉音妹のカルテのコピーを?」


「そう、どこが悪いのか知りたくてな…」


「…なら、ナースの巡回時間を調べる意味は?」


正義が不思議そうに言った。


「医者に見つかると面倒だからな…夜中にこっそりやる為だ」


「なるほど…それにしてもお前、この短時間でよくそれだけの事を考えついたな…」


驚く正義に、一真は言った。


「考える事だけが、オレの十八番だからな…」


「何言ってる、魔法だってあるじゃないか?お前は、知恵と力を持って…」


「いや、魔法はオレの力じゃない」


即答した一真に、正義は眉をひそめて言った。


「なら、誰の力なんだ?」


「それは…」


一真が答えようとした、その時だ…


(…ナイトメア・ベルグ・ラグナディン)


一真の頭に、いつかの女性の声が響いた。一真はその声と同じように、何かの名前を言った。


「…ナイトメア・ベルグ・ラグナディン…」


突如…一真の体から、魔力が吹き出し始めた。


「!?」


驚く梨紅達…しかし一真は、この上なく落ち着いていた。


(…なんだろ…なんか…懐かしい…)


一真は、右手を前に突き出した。


すると、吹き出していた魔力が…右手の甲に吸い込まれて行くではないか…


「…第三の封印…」


梨紅がそう呟いたのが聞こえた。


その後すぐ、魔力が右手に全て吸い込まれ…辺りに、静寂が戻った。


「…一真、今のは…」


「…大丈夫、魔力の量がちょっと…増えただけだ」


一真は言うが、梨紅が顔をしかめながら言った。


「…"ちょっと"?」


「…いや…"かなり"かな?」


平常時の今でさえ、魔力が2倍に増えているのだ…もし一真が本気になったりしたら、数倍から数十倍の増加の可能性も否定出来ない…


「とりあえず、正義と重野は予定通りによろしく!」


「うん、わかってる…けど…」


「…ナイトメア…なんだったか…それって、なんなんだ?」


もっともな質問である。しかし、一真は首を横に振って答えた。


「…正直、オレにもよくわからない」


そして一真は、自分の右手に視線を落とした。


「…わからないけど…懐かしい何か…な、気がする…」


曖昧な返事と共に、一真は顔を上げ、歩き始めた。


「…一真?」


「悪い、先に帰る…重野、正義、頼んだぞ?」


一真は梨紅達にそう言って、家に向かって走り出した。



一真は走っている。飛翔魔法も使わずに、ただひたすら…


(…考えろ…揃っている情報で、何か…)


頭の中で、情報を整理しながら走る一真…器用な男である。


(…"ナイト"の力…確か、そう言ってた…)


…誰が?


(…あの人は、エリーって名乗ってた…)


…いつ?


(重野に、怪盗の衣装と名前を決めてもらった時…)


…その時から、何か変わった事は?


(…)


徐々に、一真は走る速度を落とし始めた。


(…変わった事…何か…何かあったような…)




あの日の翌日、学校に行ったものの…インフルエンザって事になって、昼休みまで重野と部室にいて、飯食って帰った…




(…まだ違うな…)




6時に重野が迎えに来て、博物館の隣の中学校まで飛翔魔法で飛んで行った。




(…ここでもない…)




警察官に変装して、博物館に潜入…警察官達に忘却と眠りの魔法をかけた。




(…)




父さんの作った魔法陣を、ホーリエで…




「…ホーリエだ!」




エリーとの遭遇後に変わった事…それは、ホーリエが"意思"を持った事以外思いつかない。


(…オレはバカか!?なんで考えなかった…ホーリエは妖精じゃない、魔法だ!魔法が意思をもつなんてありえない!)


苦悶の表情を浮かべながら、一真は自分の頭をガリガリと引っ掻いた。


そうしている内に、一真は自宅の前まで帰って来ていた。


「ただいま」


そう言って中に入るが、もちろん返事は無い。


一真はリビングへは入らず、まっすぐ自分の部屋へ向かった。




一真は部屋に入り、ドアを閉め、バッグを机の上に投げ、ベッドに横になって…


「…"ホーリエ"!」


そう言った。一真の右手が光り出し、白い球体が現れた。


ホーリエは部屋の中を一通り旋回し、一真の目の前に制止した。


「ホーリエ…お前に…いや、あんたに聞きたい事がある」


一真の言葉に、ホーリエはクエスチョン・マークを描くように飛んでみせた。


「まず1つ目…あんたの正体は"エリー"だな?」


「…」


ホーリエは一真の問いに、二重丸を描くように飛んで答えた。


「やっぱりか…」


「本当に頭が良いのね…」


「いや、そんな事ねぇよ…むしろ、すぐに気付かなかったオレはバカだっ…」


そのやり取りに、一真は違和感を覚えた。


「…あんた、喋れんの?」


「…え?私の声、聞こえるの?」


「そりゃもう…はっきりと」


一真は、ホーリエこと…エリーとの会話に成功した。




「…なるほど…つまり、君の封印が解けたから、私の声が聞こえるようになったのね?」


一真の手の平に止まっている、エリーが言った。


「可能性としては、それが1番高いと思うよ?確証は無いけど」


ベッドの上で胡座をかいて座り、一真は答えた。


「何にしても、これで君とのコミュニケーションが取り易くなって助かったわ。この魔法の動作だけだと、限界があるもの…」


「ただの退魔力の塊だからなぁ…そもそもあんた、何者なわけ?なんで魔法に自分の意思を…」


「質問は1つずつにしなさい」


「…質問その2!あなたは何者ですか?」


なんとなく…目上の人と話しているような気分になり、一真は丁寧な口調で改めて聞いた。


「よろしい。私の名は、エリル・ヴィアン・フォルトゥリア…あの子の前世であり、初代女神でもあるわ…」


「女神ねぇ…どうりで口調に貴賓が溢れていらっしゃると思いましたよ」


「…バカにしてるでしょ?」


(鋭い!)「そんな事ないさ…それより、質問その3!」


一真は追及されないようにはぐらかした。


「あの子…ってのは、梨紅の事だよな?」


「そうよ」


「つまり、あいつの前世は女神?」


「そうなるわね」


「似合わねぇ~…」




「…へっくしゅん!」


一真が言った瞬間、梨紅の家の玄関辺りから、くしゃみが聞こえた。




「質問その4…いや、5か…なんで梨紅の前世であるエリーがオレの魔法に?」


一真の質問に、一拍置いて、エリーは答えた。


「…私の意思は、ずっと君の中にあった…何度か君に接触を試みたんだけど、ほとんど話せなかったでしょ?だから、退魔力の塊であるホーリエを使ったの。女神の私にとって、これ以上無い『寄り代』なのよ…ホーリエは」


「なるほど………?」


長い解答を聞き終え、一真は納得した。…が、どうにも腑に落ちない顔をしている。


「…てか、そもそも…梨紅の前世であるエリーが、なんで『オレ』の中にいるわけ?普通、梨紅の中だろ?」


「…それは、君達が生まれた時に、あの子のお父様が施した"封印"の行程に原因があるわ…」


「行程…オレの魔力で梨紅の退魔力を、梨紅の退魔力でオレの魔力を…ってやつ?」


「そう…私の意思は、元々あの子の退魔力の中にあった…でも、その退魔力で"封印"が施されたから…」


「退魔力ごと、オレの中に…ってわけか…」


一真はようやく、完全に納得した。


「なら逆に、オレの前世であらせられる…エリーが"ナイト"って呼んでるやつは、梨紅の中…って訳?」


「おそらくは…」


「ちなみに…ナイトメア・ベルグ・ラグナディンってのは、その"ナイト"の事?」


「そうよ…」


肯定するエリーに、一真は言った。


「…ナイトとエリーって、どんな関係?」


「!!!」


一真が言った瞬間、エリーは一真の手から飛び上がり、一真の鼻先へ接近して来た。


「知りたい?私達のなれ初め♪」


とても上機嫌な様子のエリーを見て、一真は思った…


(…やべぇ、ある意味地雷踏んだ)


「ねぇ?ねぇ?聞きたい?聞きたいわよね?」


ずいずいと顔に迫って来るエリーに、一真は言った。


「…いえ、結構です」


「そう…あれは、天界と魔界の戦いの最中だったわ…」


「聞いてねぇし!」


一真のツッコミを無視して、エリーは語り始め…なかった。




「…やっぱり、私達の記憶を見せた方が良いわね、その方がわかりやすいし、感情も伝わるだろうから…」


「へぇ…そうかい…」


一真は、すっかり無気力モードである。そんな一真に、エリーは言った。


「君、早くあの子を呼んでちょうだい」


「え~…嫌だよ面倒くさ…熱ィィィ!!!」


刹那…エリーから、細い光が放たれた。


「口答えせず、早く呼びなさい」


「酷ッ!あんた本当に女神か!?」


「天罰よ」


「何が天罰だ!職権乱用も甚だしいわ!」


「…早く呼ばなきゃ、もう1度天罰を…」


「上等だこの暴力女神!あんな攻撃、不意打ちじゃなきゃ簡単に避けられるわ!」


そう言って、一真はベッドの上に立ち上がった。


「やれるもんならやってみやがれ!」


「…言いたい事は、それだけかしら?」


「へぶっ!!」


そう言うや否や、一真の返事も待たず、エリーは一真の右頬に突進した。


「ゲフッ!」


エリーは間髪入れず、今度は一真の鳩尾に突進した。


そして、一真の体のいたるところに高速で突進して行くエリー…


そのスピードといったらもう…一真が無抵抗でボコボコにされてしまう程である。




1分後…ベッドの上には、ボロキレのようになった一真が横たわっていた。


「…ふぅ、天罰終了…」


「…鉄拳制裁の間違いだろ…」


「久しぶりに、良い運動になったわ…」


「オレはサンドバッグじゃねぇぞ…ゲフッ!」


「黙りなさい」


とどめとばかりに、エリーは一真の上に着地した…もとい、突っ込んだ。


「さぁ、早くあの子を呼んで来て?」


「…」


「…返事が無い、ただの屍のよう…」


「誰が屍だ…"ヒーリング"」


一真は仰向けになり、回復魔法をかけ始めた。


「…あんたって、体があってもあのぐらい速く動けんの?」


「体があれば、もっと速く動けるわよ?」


「ありえね~、勝てる気しねぇ…」


顔をひきつらせ、一真は言った。


「あら…勝つ気でいたの?無理よ、"ナイト"の力があるとはいえ、あなたは人間だもの」


「…その、"ナイト"の力って言葉…妙に引っかかるんだよなぁ…」


一真は上体を起こし、エリーに言った。


「オレの体に流れてるのが、ナイトの魔力だってのはわかる…でも別に、ナイトに魔力を借りてる訳じゃない…前はナイトの魔力でも、今はオレの魔力だ」


「…自分を蝕む力が、君自身の力だと言うの?」


悲し気な口調で、エリーは言った。


「魔法陣や呪文を使わなければ、肉体が崩壊する程の負荷が掛かるのに…君はそれが、自分の力だって言うの?」


「…」


一真は、何も言えなかった…


自分は無力だと、そう告げられたのだ。


『…自分の無力さに、腹がたつ…』


一真の頭には、先ほど病院で聞いた、愛のセリフが浮かんでいた。



…しかし、一真の言った言葉は、愛のセリフとは違っていた。


「…ならオレは、魔法の力を自分の力にしてみせる」


「無理よ」


「返事早ぇよ…」


エリーは即答した。


「人間の体は、魔族のように魔法を使える程、強く出来ていないの…前に君が、魔法陣無しで退魔力を放つ魔法を使おうとした時…」


寺尾神社での一件だ。


「あの時もし、私達が君達に、記憶の断片を見せていなかったら…君の体は、崩壊していたのよ?」


「あの時の映像、やっぱりエリーが…でも、おかしくないか?」


「何かしら?」


「あの映像の中で、ナイトはエリーに回復魔法を使ってた…その時、魔法陣使ってたぞ?」


「魔族は主に、魔法の補助として魔法陣を使うの…あの時は、回復魔法の範囲を一部に集中させて、回復を速めるために使ったのよ」


一真の疑問を、エリーは瞬く間に解消した。


「…なるほど、集中させて効果を高める…」


「あの魔法陣に触れた魔法は、集束される…確か、そんな効果だったはずよ」


それを聞いた一真は、ニヤリと不敵に笑った。


「…ここに来て、凉音妹を助けられる確率が上がったか…」


「?」


「何にしても、やれるだけやってみるさ…魔法陣も呪文も使わず、体への負担もほとんどない、そんな力を手に入れる…」


一真はそう言って、ベッドに横になった。


「…そんな事、本当に出来ると思うの?」


「さぁ?どうだろ…出来るといいなぁ…って感じかな?」


そう答え、一真は目を閉じた。


「…思慮深いようで、探究心旺盛…掴み所が無い所も、仲間想いな…思いやりのある所も…本当にうり二つ…」


エリーはそう呟き、一真の部屋の電気を消して、一真の中へ入って行った…








…一面、真っ白な空間。一真は、そこに立っていた…


「…あれ?ここ、最初にエリーと話した場所じゃん」


一真は、恋華との衣装合わせの途中…意識が飛んで、ここにやって来たのだ。


「今度は何だよ…まさか、実体のあるエリーに殴られるなんて事は…」


「そのまさか…だったりしてね?」


「!?」


一真の耳元で、誰かがそう囁いた。その声の主は、後ろから一真に抱き着き、その暖かな手で、一真の首を撫でた…


「…エリー?冗談だろ?」


「ふふふ…私は構わないわよ?まだまだ運動し足りないもの…どうする?」


「絶対に嫌だ」


「そう?つまらないわねぇ…」


エリーは、ゆっくりと一真から離れた。解放された一真は振り返り、エリーを見た。


綺麗な蒼髪に澄んだ瞳…そこにいたのは、正に女神クラスの美しさを持った女性だった。


(…暴力的な所が無けりゃあ完璧なんだけどなぁ…)


「何か言ったかしら?」


「いえ!滅相も御座いませんです、はい…」


満面の笑みで拳をパキパキ鳴らすエリーに、一真はひきつった笑みでそう答えた。


「…はぁ…本当につまらないわ…ナイトなら、快く相手をしてくれるというのに…さっきの威勢はどうしたの?」


「…天罰は避けられるんですけどねぇ?あんたの拳は目で追う事すら出来んのですよ…」


お手上げのポーズを取る一真。それを見たエリーは、まるでいたずらを考えついた悪ガキの如く、ニヤリと笑った。


「それなら、私が特訓してあげるわ!」


「結構です!」


「私は心置き無く君を殴れるし、君は強くなれる…一石二鳥ね♪」


「話聞けやぁ!!てか、なんで?なんでそんなにオレを殴りたいの!?」


必死に拒絶する一真に、エリーは準備運動をしながら言った。


「別に、君を殴りたい訳じゃ無いわよ?…ごめんなさい、嘘ついたわ…本当は少しだけ殴りたいかも…」


「オイ!」


「なんて言うのかしら…スポーツ?みたいな物よ。私は君を殴るから、君は反撃するなり避けるなりサンドバッグになるなりすれば良いわ」


「それはスポーツじゃねぇぇぇ!!完全にいじめだから!!!今のままじゃオレ、サンドバッグ決定じゃねぇか!!」


一真が文句を言っているうちに、エリーは準備運動を終えてしまった。


「サンドバッグが嫌なら、強くなれば良いのよ。ハンデとして、魔法は使っても良いから…それじゃあ始めるわよ?」


「はぁ!?マジかよ!ちょっと待っ…」


一真が言い終わる前に、一真の眼前にエリーの右拳が迫っていた。


「ぅわぁ!」


一真は咄嗟にそれを弾いた…しかし、


「カハァッ!」


次の瞬間には、一真はエリーによって蹴り飛ばされていた。


豪快に吹っ飛んだ一真は、そのまま床に叩きつけられた。


「うぅぅ…痛ぇ…夢じゃねぇのかよ…」


一真が仰向けに横たわっていると…


「…嘘だろ…」


真上から、エリーが落下して来る様子がはっきり見えた。


「わぁぁぁぁぁ!!!!」


こうして…不本意ながら、エリーの本意によって、一真の地獄の特訓がスタートしたのだった…




一真は横に転がり、エリーの攻撃を避ける。


「危な…!?」


「遅いよ」


一真が起き上がると、エリーは既に一真の背後にいた。


「"プロテクション"!」


「む…」


咄嗟に守護の魔法陣を精製するも…


「ぎゃぁぁぁぁぁ!!」


魔法陣ごと、蹴り飛ばされてしまった。


「あ~…んの野郎!本気でやらなきゃ殺されるじゃねぇか!!」


一真はなんとか着地し、それと同時に足に力を貯め始め…


「"リミット・エクシード"!」


肉体強化の魔法を使うと同時に、足に貯めた力を全て放出した一真は、肉体の限界を越える速さでエリーに向かって走り出した。


しかし…


「…うん、なかなかのスピードね」


凄まじいスピードで駆けて来る一真を見ても、エリーは全く驚いていなかった。


エリーは、突進して来る一真に向かって、カウンターの要領で右拳を突き出した。


ところが…


「…あら?」


右拳を突き出した先に、一真はいなかった。


「はぁ!」


一真は、エリーの背後にいた。


一真の放った下段蹴りは、エリーの足を捉えた。


「!」


足を蹴られ、エリーが僅かによろめいた…


「"ウィンド・ストライク"!」


一真はそのチャンスを逃すまいと、瞬時に魔法陣を精製した。


「…」


エリーは無言のまま、魔法陣に向かって手を伸ばす。すると…


「えぇ~…」


思わず、落胆する一真…エリーの手の先から金色の輪が現れ、魔法陣から放たれた風の弾を吸い込んでしまったのだ。


そして、エリーのアッパーが一真の顎を捉え、一真は再び宙を舞った。


「…あ、私には魔法効かないからね?」


「…さ…最初に言ってほしかっ…た…ガフッ!」


そして一真は、これまた再び床に叩きつけられた。


「あ~…って、ヤベ!」


エリーの追撃を恐れ、一真はすぐに起き上がった。


「あ、今度はすぐに起き上がれたわね…少し進歩したわ」


「あ~、骨が軋む~…肉体強化辛い~…」


立ち上がったものの、一真は既にグロッキーだ。


「肉体の限界を超えた酷使に、魔法陣も呪文の詠唱も無しの真言魔法…体から悲鳴が聞こえるわよ?」


「半分はあんたにボコられたせいですけどね!!てか、真言魔法って言うんだこれ…」


一真は1度、大きく深呼吸をした。そして、エリーに言った。


「…ねぇ?オレがエリーに、キレイに一撃入れたら、終わりにしてくれない?」


「君が私に?良いわよ…でも、キレイに入ったかを判断するのは私だからね?」


「OK~…よし…よし!やるぞ…絶対に一撃入れて終わらせてやる!」


気合いを入れる一真…しかし、気合いを入れすぎた一真は、周りが見えておらず、気付かなかった…


「…一真?」


エリーと一真の闘いを…梨紅が傍観していたのだ。


「行くぞ!この暴力女神ぃ!」


そんな事とは露知らず、一真は肉体強化も使わずに、エリーに向かって駆け出した。


「"レイジング・ファイア"!」


一真の右手から、直径20mもの巨大な火の玉が現れた。


「だから、魔法は効かないって言ってるのに…」


エリーは再び、金色の輪を出し、レイジング・ファイアを吸い込み始めた。


「…!」


しかし…レイジング・ファイアのその大きさ故に、全てを吸い込むには時間がかかってしまう…


(まさか…フェイク?)


エリーはレイジング・ファイアを吸い込みながら、上空や後方、左右を確認するが…


(いない…思い過ごしかしら)


エリーが、吸い込みに集中しようとした…その時だ。


「"カムイ"!」


「な…」


一真は、カムイを使った状態で、レイジング・ファイアの中を突き進んで来ていたのだ。


流石のエリーも、これには驚いた。


「くらえぇ!!」


「がふっ!」


炎を纏った一真の放った、ライフル並のスピードの飛び蹴りは、エリーの腹部に見事命中した。


吹っ飛んで行くエリー…それを見た一真は、床に着地すると同時にガッツポーズを取った。


「っしゃあ!一矢報いた!」


一真は、両腕を天に突き上げた。


…しかし、


「…真言魔法を2つ同時に…盲点だったわ」


「…マジかよ…」


一真は、背筋が凍り付くのを感じた…あれだけ吹っ飛んだのに…威力にも自信があったのに…エリーは、何事も無かったかのように、こちらに向かって歩いてくるではないか。


「あのぉ…今ので駄目ならオレ、サンドバッグになるしか道は無いんだけど…どうよ?」


冷や汗を垂れ流しながら、一真は恐る恐る聞いた。


「ん~…約束しちゃったものね、今日は終わりで良いわよ」


その言葉は…正に女神の一言だった…


「…オレ今、初めてエリーが女神に見えるよ…」


「失礼ね、私は何処からどう見ても女神よ」


頬を膨らませながら、エリーは言った。





「一真!」


そんなやり取りをしていた一真達に、梨紅が駆け寄って来た。


「…え?梨紅?」


「あんたってやつはぁ!」


驚く一真が、梨紅の方を向いた瞬間…


「…うごっ!」


「女の人を蹴り飛ばすなんて!何考えてんのよぉ!!」


梨紅の右拳が、一真の左頬にめり込んだ。


「…こんなんばっかか、オレ…がはっ!」


吹き飛ぶのも、床に叩きつけられるのも、本日3度目である…


「…なかなかのパンチね」


「はぁ…はぁ…はぁ…え?」


肩で息をしながら、梨紅はエリーの方を見た。


「あぁ!あなた…えっと…」


「やっと会えたわね…私は、エリル・ヴィアン・フォルトゥリア…あなたの前世の姿よ」


「エリル・ヴィアン・フォルトゥリア…」


「長いでしょ?エリーで良いわ」


エリーが、梨紅に左手を差し出した。


「私は、今城梨紅…って、前世なんだし、知ってますよね?」


そう言って、梨紅はエリーの手を握った。


「…え?」


握った瞬間…梨紅の左手が輝きだした。


「封印の解放ね…おめでとう」


「…あ、ありがとうございます…」


2人は手を離し、梨紅は自分の左手を繁々と眺め始めた。


「…で、なんでお前ここにいるわけ?」


腫れた左頬を擦りながら、一真は言った。


「なんでって…そもそもここ何処よ?」


「…さぁ?」


首をかしげる2人は、エリーに視線を移し、言った。


「「…何処?」」


「ここは、君の心の中…精神世界よ」


「オレの心の中?」


「そう…言うならば、現実と夢の狭間ね」


「…ちょっと待った」


エリーの説明に、一真が待ったをかけた。


「何かしら?」


「なんでオレの心の中に、梨紅が入って来れるわけ?」


「…それだけ君が、この子の事を強く想ってるって事じゃないかしら?」


「…」


唖然とした表情でエリーを見つめる一真…一方梨紅は、


「やだもぉ一真ったらぁ~♪そんなに私の事愛してくれてるのぉ?」


すっかり有頂天だ。その表情は、幸福に満ち溢れていた。


「…否定はしない…けど…」


「きゃぁぁぁぁ♪♪」


「うるせぇ!!」


喜びの悲鳴を上げる梨紅に、一真はセリフを妨害された。


「…けど、梨紅がここに来た理由はそれじゃないだろ?」


「…どうしてそう思うの?」


「エリーの言った理由が正しいなら、多少なりとも美化された梨紅が現れるはずだ…だけど」


一真は梨紅を指差し、言った。


「ここで奇声上げてるのは、バカで、妄想癖のある、本物の梨紅だ」


「妄想癖なんて無いわよ!?勝手に変なの付け足さないで!」


梨紅は一真に抗議した。が…


「あるじゃん!」


「無いって!」


「あるって!」


「無いって言ってんでしょ!バカ一真!」


「やかましいわ!このブス梨紅!」


「!!!」


梨紅の我慢が、限界に来てしまったようだ…


「…覚悟は良いわね…一真ぁ!!」


「上等だぁ!」


突然始まった、エリーから梨紅へ選手交代しての、第2ラウンド…


「…」


仲良く喧嘩する2人を、エリーは何処か懐かしそうに眺めていた。


「…私とナイトも、よく喧嘩したわね…」


「…そうだな…」


「!」


エリーの言葉に、返答があった。


驚いたエリーは、返答のあった方向…後ろを振り向いた。


「…ナイト…」


「…久しぶり、エリー…」


そこにいたのは、炎のような緋色の長髪に、緋色の瞳を持つ長身の男…ナイトこと、ナイトメア・ベルグ・ラグナディンだった。


「…どうして…ここに?」


目に涙を浮かべながら、エリーはその一言をなんとか絞り出した。


「あの子の封印が解けたからだ…それに、エリーに会いたかったから…」


ナイトは微笑みながら、エリーに言った。


「………バカ…」


涙を流しながら…エリーはナイトに抱き着いた。


「エリー…」


ナイトも、エリーを優しく抱き締めた。


感動の再会を果たした、初代魔王と初代女神…


そして、その背景では…






「うりゃぁぁぁぁ!!!!!」


「おりゃぁぁぁぁ!!!!!」






…感動のムードの欠片も無い、魔法使いと退魔士の壮絶な闘いが、繰り広げられていた。



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