1.彼女らは見舞いに伺う。
久城 一真は魔法使いである。
貴ノ葉病院、B棟2階…久城一真、今城梨紅、山中沙織、桜田正義、重野恋華の5人は、そこにいた。
「…Bの2036号室ってどこだ?」
エレベーターを降りた一真が、言った。
「…部屋の並びからすると、右だな」
正義が正面の2部屋の番号を見ながら答えた。
さて…突然だが、今日は月曜日であり、学校の授業はあった。時刻は午後4時だ。
放課後とはいえ、何故一真達が病院にいて、何故この場に暖が居ないのか…
…それを説明するには、今日の朝まで時間を遡る必要がある。
6月18日、月曜日…
―8:00―
「…ふわぁ…」
窓際最後方の指定席に腰掛け、一真は欠伸混じりに、校門から入って来る生徒達を眺めていた。
インフルエンザの治癒証明も、正義の知り合いの病院でしっかりいただき、完全復活である。
「…何?あんたまた寝不足なわけ?」
欠伸をする一真に、隣の席に座っている梨紅が言った。
「いや、別に…寝不足じゃなくても、朝は眠いじゃん?」
一真は答えるが、視線は校門に向けられたままだ。
「そうだね……1限目ってなんだっけ?」
「さぁ?…てか、今日って何曜日だっけ?」
「え…あんた、そのレベルなの?」
流石の梨紅も、呆れ顔である。
そして…2人の会話が、途絶えた。
「…?」
何やら、廊下の方が騒がしくなって来た…それに敏感に反応した梨紅が、一真に言った。
「…一真、何かあったみたいだよ?行ってみない?」
「…行ってらっしゃい」
「そう…」
一真を残し、梨紅は席を立った。
「…平和だなぁ…」
窓の外を眺めながら、一真は呟いた。
確かに…ゴールデン・ウィーク以降、一真達に休息らしい休息は無かったように思える。
「…静かだなぁ…幸せだなぁ…」
そう言いながら、一真は机に突っ伏した。もちろん、窓の外を見たままだ…
…しかし、
「…何か物足りないな…」
すぐに、顔を上げてしまった。
「…?」
窓の外を見ていた一真の耳に、救急車のサイレンが…いや、訂正しよう。一真の目に、サイレンを鳴らした救急車が、校門から入って来る光景が飛び込んで来た。
「…急患か?」
「一真!大変大変!」
救急車が止まると同時に、息を切らした梨紅が、凄まじい勢いで教室に駆け込んで来た。
「…どったの?」
一真が机に頬杖を着きながら、興味なさそうに梨紅に聞いた。
「だ、暖君が階段から落ちて骨折した!!」
「マジで!?」
瞬間…一真のテンションは、限界を越えて跳ね上がった。
「こっち!」
一真は勢いよく椅子から立ち上がり、倒れる椅子を直そうともせず、先に走り出した梨紅の後を、全力で追った。
廊下を駆け抜け…
階段を飛び降り…
下駄箱を通過…
ギャラリーの中に突っ込み、もがき、ようやく先頭までやって来た一真が見た物は…
「…嘘だろ?」
ドップラー効果を残しつつ、校門から出て行く、暖を乗せた救急車の後ろ姿だけだった。
「一真…」
「クソォォォ!!!最初っから梨紅と一緒に野次馬しに行ってれば…」
「…行ってれば?」
「最ッッ高に面白い場面に出くわせたのによぉ……」
大粒の涙を流して悔しがる一真に、ギャラリーはかなり退いていた。
…そして、放課後…
MBSF研究会の部室には、誰一人集まっていなかった。
ドアはしっかり施錠されており、活動している気配は無い。
しかし…部室の前ドアに、何やら張り紙をしてあるではないか。
その張り紙には、こう書かれていた。
___________
この学校で最もBKで、最もKY男の見舞いの為、本日の部活は貴ノ葉病院で行います。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
…つまり、暖のお見舞いの為に貴ノ葉病院へ行っているという事だ。
しかし…KYはともかく、BKとは何の事だろうか。
KYとは、言わずもがな…"空気読めない"の略であり…
『オレが現場にいなかったにも関わらず…階段から落ちて、骨折して、救急車で病院に運ばれた?お前…せめてオレが見てる時にやれよ!空気読め!バカ!』
…という、完全な一真の八つ当たりによる物である。
そうなると、残りのBK…
もう、お分かりだろう。
BaKa
である。
そして、今に至る…
「…ここだな」
川島 暖のネームプレート…間違いなく暖の病室である。
「入りま~す」
軽くノックをして、一真はドアを開けた。
そこにあったのは、4つのベッド…入って右奥のベッドに女の子が眠っており、左側の2つには誰もいない。
「あれ…部屋、間違えたか?」
「あってるよ、こっちこっち」
ドアを入ってすぐ右…左足を持ち上げた状態の暖が、横になっていた。
「よぉ、元気そうだな…このバカ野郎!」
「!?…いきなり何だ?」
顔をしかめる暖に、梨紅が言った。
「暖君が床に倒れてるのを見て、バカにしたかったんだけど…見れなかったから、悔しがってるんだよ」
「一生の不覚だ…そもそもお前が、もう少しタイミングを合わせてくれればだなぁ…」
「やかましいわ!」
暖はそう言って、ため息を吐いた。
「…お前にはさぁ?思いやりの心ってもんは無いのか?」
「あるからここに来てんだろ?せっかく見舞いに来てやったのに、酷い言いぐさだな…お前」
「いや…まぁ、見舞いに来てくれたのは嬉しいけどな?」
「それに、バカにしたくて見に行った訳じゃねぇ。回復魔法で治してやろうと思って行ったんだ」
「「!?」」
梨紅と暖は、驚愕の表情で一真を見つめた。
(…あんた今朝、泣きながら悔しがってたよね?)
(確かにバカにしたかったさ…でも、回復魔法で治してやろうと思ってたのも本当だよ)
(…割合は?)
(9対1)
(酷ッ!)
顔をしかめる梨紅…代わって暖は、目に涙を浮かべながら、自らの発言を悔いていた。
「…ごめん、一真…お前を疑うなんて、オレ…」
「気にすんな、オレ達…親友だろ?」
そう言って、一真は暖に右手を差し出した。
「一真…」
暖はその手を両手で挟み、泣きながら頭を下げた。
それを見た恋華は、男同士の友情に感動し、自らの目から溢れ出る涙をハンカチで拭いている…
梨紅と沙織はただただ呆れ、ため息を吐くばかりだ。
そして正義が、無表情のまま…言った。
「…茶番はもういいだろう?」
「ま…まー君!なんて事を…」
「そうだな、そろそろ本題に入るか…」
「…え?」
驚く恋華に構う事無く、一真と暖は手を離した。
「…もうちょい続けたかった気もするけどな?」
「続けたって、重野が喜ぶだけだろ?」
笑い合う2人…それを見た恋華は、尚更混乱した。
「恋華、今のは小芝居だ…」
「え…えぇ!?いつの間に打ち合わせしたの!?」
「驚く所、そこなんだ…」
少しずれている恋華に、沙織は苦笑した。
「打ち合わせなんかしてないよ?恋華ちゃん」
「バカ同士、何か通じる物があったのね…きっと」
「失礼だぞ梨紅、オレはバカじゃねぇ」
「オレもバカじゃねぇよ!」
「いや、お前はバカだろ?」
すっかりいつもの調子に戻ったメンバーだが、恋華だけは未だに驚いているようだ。
「まぁ、恋華だし…仕方ないさ」
「む…まー君、それどういう意味?」
「いや、その…恋華はほら、『純粋』だからさ…」
「『純粋』?ん~…」
褒められているような、バカにされているような…恋華は複雑な心境だった。
「…それで?本題って何だよ」
頭の後ろで手を組みながら、暖は言った。
「あぁ、なんか…正義がお前を取り調べしたいらしい」
「…取り調べ?」
正義は、自分のバッグから警察手帳を取り出した。
「率直に聞くが…お前、誰かに突き落とされたんじゃないか?」
「…いや、違うけど…」
「けど?」
「ちょっちょっちょっ待てぇ!」
一真が取り調べを中断させた。
「…なんだ?」
「なんだじゃねぇよ!むしろこっちのセリフだよ!」
「…?」
不思議そうな顔をする正義に、梨紅が言った。
「突き落とされた…って、どういう事?」
「…言ってなかったか?」
「この反応見ればわかんだろ!1から説明してもらおうか、正義?」
一真達に詰め寄られ、正義は渋々言った。
「…本来なら、極秘事項なんだがな…」
そう言って、正義は警察手帳をパラパラとめくり始めた。
…6月2日、午後8時42分。貴ノ葉町周辺の会社から、階段の下で人が死んでいるとの通報があった。
会社名や個人名は伏せるが、死んでいたのはその会社の社員だった。
調べてみると、どうやら階段で足を滑らせ、落下時に頭部を強打したのが死因らしい…つまり、事故死だ。
「…あれ?いつからこの小説はミステリー物になったんだ?」
「一真、し~っ…」
梨紅が、自分の口元に人差し指を持っていき、一真に静かにするよう促した。
「…続けるぞ?」
…それだけなら、ただの事故で捜査は終了…現に、その事件は事故死として処理されたからな。
しかし…事件はそれで終わりじゃなかった…
正義は警察手帳の次のページを捲った。
「…昨日…つまり17日までに、同様の事故死が20件以上報告されている。」
「…異常だな」
一真が思わず呟いた。
「あぁ…だから警察は、貴ノ葉町周辺のあらゆる病院を回り、6月に入ってからの患者で、階段から落ちて怪我をした人間を調べ、事情聴取を行なった…」
正義は警察手帳の次のページを開き、手帳から顔を上げ、一真達を見て言った。
「…6月に入って、階段から落ちて怪我をした人間…何人いたと思う?」
「…50人ぐらいじゃね?」
「いや、100人ぐらいいるんじゃない?」
「…そんなにいるとは思えないけど…」
一真、梨紅、沙織の意見を聞き、正義は言った。
「子供から老人まで…わかっているだけで、2000人を越えている」
「「2000!?」」
一真と梨紅は声を揃えて叫び、沙織達3人も驚愕の表情で正義を見つめていた。
「…"病院に来た人間の数だけで"だ…階段から落ちたが、病院に来るほどの大怪我をしなかった人間もいるだろうから…」
「…倍ぐらい考えといてもいいかもな…」
約半月で、この町周辺に住んでいる人間…およそ4000人が、階段から落ちている…
「…おかしいとは思わないか?」
「思うに決まってんだろ!?思わない方がおかしいだろ!」
「つまり、そういう訳だ…」
正義は、警察手帳を捲った。
「…更に言えば、貴ノ葉高校で階段から落ちた生徒は、暖で20人目…
この病院に入院している患者の半数が、階段から落ちて骨折した人間…
そして、この病院の残りのベッドは、反対側の2つのみ…」
「…つまり、事故の可能性は皆無って事か…」
暖が両腕を組みながら言った。
「そうだ」
「…暖の今の言い方、微妙にかっこよくてムカつくなぁ…」
「ほっとけよ!」
「…とにかく、オレが暖に事情聴取したい理由は以上だ」
正義は、警察手帳のページを数ページ戻した。
「オレが事情聴取した被害者は皆、口を揃えてこう答えた」
『…後ろから押された感じはしなかった…けど、声が聴こえた…』
「「…声?」」
沙織と恋華が、口を揃えて言った。
「あぁ…だが、どの患者もその声がなんと言っていたのかを覚えていないんだ…」
「え…全員?」
梨紅の問いに、正義は無言で頷いた。
「…暖はどうだ?声を聴いたか?なんて言ってたか、覚えてるか?」
「おいおい正義…暖だぞ?部内唯一の一般人のこいつが、そんなの覚えてるわけ…」
一真が鼻で笑おうとした、その時だ。
「…声は聴いた…なんて言ったかも、はっきり覚えてるぞ?」
「ほらなぁ?暖が覚えてるわけ…」
…瞬間…一真達は、時が止まったような感覚を覚えた。
「「「「「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」」」」」
時が動き出すと同時に、一真達は驚嘆の叫びを上げた。
「…っせぇなぁ!病院だぞ!?…痛゛ッ!」
文句を言う暖の頭を、一真が殴る。
「うるせぇバカ!」
「なんで暖君が!?」
「一般人なのに!?」
「暖君なのに!!」
「やかましいわ!しまいにゃ泣くぞこの野郎!」
頭を押さえながら、暖は一真達に言った。
「…詳しく教えてくれないか?」
ただ1人…正義だけが、真面目な顔で暖に言った。
「あぁ…あれはちょうど、あと1段で2階に上がれるって所だった…」
暖がゆっくりと、その時の状況を思い出しながら言った。
「最後の1段…こう…右足に体重をかけたら…」
「「…かけたら?」」
梨紅と沙織が、暖に先を促す…心なしか、2人の声が震えているように思える。
「…聴こえたんだ、突然…かすれた声が…爺さんみたいな…」
「…それで…その声は、なんて?」
正義の言葉に促され、暖は言った。
「『…君は…"魔族"に…なれるかな…?』」
(ヒィッ…)
恋華が小さく悲鳴を上げ、正義にしがみついた。
そして、梨紅も…
「…」
…無言のまま、一真の手の平に、自分の手の平を重ね…握った。
「…あのぉ…」
「…え?」
一真達が、声のした方向…窓際のベッドを見ると…
「今のって…ドラマの撮影か何かですか?」
上半身を起こした状態で、ベッドに横になっている少女が、目を輝かせながら言った。
「…いえ、ただの日常会話ですけど…?」
一真が全員を代表して答えると、少女はとても嬉しそうな顔をして、言った。
「凄いです!日常会話なのに、ドラマの撮影みたいなやり取り…あぁ!私、もうこの世に未練はありません!」
「…」
一真を含む6人が、この子は『イタい子』なのかな?というような表情で少女を見る…
…そして次の瞬間、病室のドアが突然開き、少女が入って来た。
「…あ、すいません…え?」
この病室に他の患者がいないと思っていたのだろう…入って来た少女は軽く頭を下げ、謝った。
しかし、少女は頭を上げて、恋華を見ると、少し驚いた顔をした。
「…恋華、何してるの?」
「え…あ、愛ちゃんだ」
病室に入って来た少女は、凉音愛だった。そして、
「あ!お姉ちゃん」
「…お姉ちゃん?」
…どうやら、ベッドに座っている少女は…愛の妹のようだ。
「へぇ…友美ちゃん、あたし達の1つ下なんだ?」
恋華が言った。ベッドに座っている少女の名は、凉音友美…凉音愛の妹である。
「はい!15歳です♪」
「もぉ、愛ちゃんったらなんで言わなかったの?こんなに可愛い妹ちゃんがいるって…」
「言ったわよ?それも何度も!」
「…あり?そうだっけ…」
恋華はポリポリと頬を掻き、明後日の方向を向いた。
「はぁ、ったくもぉ…おい、マサ…こいつの忘れ癖をなんとかしろよ」
ため息を吐きながら言う愛に、正義は即答した。
「無理だな…バカは死んでも治らん」
「まー君!?」
正義にも見放され、信じられない物を見るような目で正義を見る恋華…
「…まぁ、これ以上老化が進まない事を祈ってるわ…」
「老化!?愛ちゃん!あたしまだ15だよ!?」
「…なら逆に、精神年齢が幼すぎるとか…?」
「沙織ちゃんまで!」
「見た目も幼い感じだしねぇ…」
「梨紅ちゃん!それは関係無いよぉ!」
部のメンバーも、恋華いじりに参加し始める始末だ…
「…一真、結論は?」
暖が促す。一真はそれに大きく頷き…恋華の肩を叩きながら、言った。
「結論は…重野、お前はもう駄目だ…」
「はぅあ!?駄目って何!?あたし、どうなるの!」
恋華は涙目になり、一真にすがりついた。
「どうなるって、そりゃあ…」
一真は暖に視線を向け、暖は軽く頷き、言った。
「…まず、歳を重ねる毎に細胞が衰え始める…」
暖は正義に視線を送った。
「…皮膚に張りが無くなり始め…」
正義は愛に…
「…シワとかシミが出始めて…」
愛は沙織に…
「…白髪になって…」
沙織は梨紅へ…
「…記憶が曖昧になり始めて…」
梨紅から、アンカーの一真へ…
「…やがて、死に至る…」
「死!?いやだぁ!死にたく無いよぉぉ…」
恋華は泣きながら、正義に抱き着いた。
それを見た6人の顔が、いたずらに成功した子供のような表情になっていた。
「…恋華?よく考えてみろ…」
「ヒック…え?」
「…歳を重ねる毎に、肌の張りが無くなって、肌にシワが出始めて、ボケが始まる…」
「…あ…あ、あぁ!あぁぁぁぁ!!!」
正義によるネタバラシと同時に、6人が笑い出した。
「普通じゃん!酷いよみんな!あたし本当に怖かったんだからね!」
そう言って恋華は、1番近くにいた正義の事を、ポカポカと殴り始めた。
「…」
しかし…そんな恋華を、無言で…悲しそうな表情で、友美が見つめていた。
「…?」
それに気付いたのは、ここにいる7人のうち…一真と愛だけだった。
「…オレ、ちょっと飲み物買ってくるわ」
そう言って、一真は席から立ち上がった。
「あ、私も行くよ」
「オレも」
梨紅と正義も、一真に続いて立ち上がった。
「あ、一真?オレにも飲み物買ってきてくんない?」
足を指差しながら、暖は言った。
「しょうがねぇなぁ…青汁買ってきてやんよ」
「…はん!買って来れるもんなら買って来やがれ!まぁ…もし無かったら、お茶で我慢してやってもいいぜ?」
「はいはい、まぁ期待しないで待ってろや」
暖に向かって手をひらひらさせて、一真達は病室から出て行った。
大きな病院になら、どこの病院でも休憩スペースぐらいあるだろう…
一真達3人は入院患者に混じって、休憩スペースの椅子に腰掛けた。
「…凉音さんの妹だけどさぁ…」
唐突に、一真は語り始めた。
「ん?友美ちゃんが…何?」
「…多分、かなり悪い病気なんだと思う」
「…はい?あんた、いきなり何を言い出すわけ?あの子、凄く元気だったじゃない」
梨紅が嘲笑気味に一真に言った。
「…何か根拠があるのか?」
代わって正義は、真面目な顔でそう言った。
「…確かな根拠じゃないけどな?オレ達が重野をからかった時…重野が『普通じゃん!』って言っただろ?あの時あの子、凄く…悲しそうな顔してた…」
「…つまり、あの子は長く生きられない…普通に生きられない…って事?」
梨紅は、真面目な顔でそう言った。
「…あくまで予想だけどな…」
「…そう言えばあの子、『この世に未練は無い』って言ってたな…」
「…じゃあ、本当に?」
「かもな…」
「…『かも』じゃないわ…」
「!?」
一真が驚いて振り向くと、そこには愛が立っていた。
「凄いわね、観察力と推理力…あんた探偵になれるよ」
「…ごめん、勝手に色々と…」
「別に良いわよ…どうせあの子、自分から話すだろうし…」
そう言って、愛は一真達の前に回り込み、一真と向かい合って座った。
「カズの推理通り…友美は医者に、余命1ヶ月って言われてるわ」
「嘘…あんなに元気なのに…」
「…私や他人の前では、元気な振りしてるだけ…本当は、辛くて仕方ない癖にさ…」
愛は、さっきの友美と同じ…悲しそうな顔で言った。
「…医者は『現在の医学ではどうしようも無い』の一点張り…そんなんで納得できるわけないでしょ?だから、自分でも色々調べた…本を読んだり、ネットで調べたり…」
「…」
「でも…何もわからなかった…自分の無力さに、腹が立つよ…」
愛は、自分の膝の上に置いた拳を、力いっぱい握り締める…
「…凉音さん、血が…」
握り締めた拳から、血が滲み出ていた。
「…ちょうど良い、見せてあげるわ…」
そう言って、愛はポケットから小さな筒状の物を取り出した。
「…判子?」
「そう、ただの判子…」
愛は判子を、手の平に押し付けた。
「…治癒の判子、<治>!」
愛が判子を離すと、手の平の<治>の文字が光り出した。
すると…みるみるうちに愛の手の平から傷が消えていくではないか。
「…魔法?」
「さぁ…よくわからないけど、私には昔から、『判子の文字の効果を具現化する力』があるんだ…言うなら、判子使い…って所ね…面白いでしょ?」
愛は判子をポケットにしまった。
「…その力で、あの子は治せなかったんだな…」
「…」
正義の問いに、愛は無言で頷いた。
「やれる事は、全部やったつもり…」
愛の目に、涙が滲む…
「…最近、どうしても考えちゃうんだ…友美が死ぬのは、運命とか…そういった類いの物なのかも…って」
「バカじゃねぇの?」
愛の弱音に、間髪入れずに、一真が言った。
「運命なんて、諦めた人間が使う言葉だぞ?お前、あの子が死んでも良いわけ?」
「な…良いわけねぇだろ!!」
愛は立ち上がり、一真の胸ぐらを掴んだ。
「だったら諦めてんじゃねぇ!最後まで足掻け!」
一真は、臆すことなく愛に言い放った。
「…」
「…」
無言で睨み合う2人…梨紅と正義は、ただ呆然とそれを見ているしか無かった。
「…お前、やれる事は全部やったって言ったな?」
「それが何よ…これ以上私に何が出来るってのよ!」
今にも殴りかかりそうな勢いで、愛は言った。
「…お前が今何をするべきか…教えてやるよ」
そう言って一真は、自分の胸ぐらを掴んでいる愛の手に、自分の手を乗せた。そして、優しい口調で…一真は囁いた。
「…"オレ達"を頼れ」
「…何?」
「"オレ達"に一言、妹を助けてくれと言う事…それが、凉音が妹にしてやれる事だ」
愛が一真の胸ぐらを掴む力が、少しだけ和らいだ…
…が、すぐにまた凄まじい力で胸ぐらを掴まれた。
「…カズ達になら、友美を助けられる…そう言ってんの?」
愛は、半信半疑の様子で一真に言った。
「あぁ…いや、ぶっちゃけ確率は7割って所か…」
「てめぇ…」
「でも、何もしなけりゃ確率もクソも無いぞ?」
「…」
愛は渋々、一真から手を離した。
「…藁にもすがるってのは、こんな気分なんだな…」
愛は苦笑した。
「藁?何言ってんだ、オレ達はタイタニックだぜ?」
「沈むじゃん!」
「だから何だ!」
「なんで強気なの!?」
一真と梨紅のやり取りに、愛は頭を抱えてため息を吐いた。
「…マサよぉ…本当にお前らに任せて大丈夫なのか?」
「さぁな…まぁ、一真が大丈夫だって言ってるからな…大丈夫なんだろう」
…正義は、一真をかなり信頼しているらしい。
「…根拠は?」
「一真は正直なやつだ…冗談は言うが、嘘はつけない…だから、無理な事を大丈夫とは言わない」
「…」
確かにさっき、一真は『絶対に大丈夫!』とは言わなかった…あくまで7割だと言った…
「…マサのお墨付きなら、安心だな…」
愛は一真に向かって、右手を差し出した。
「…カズ、頼む…妹を助けてほしい…」
「…」
一真は愛に微笑み、その手を握った。
「…」
握った瞬間、一真の微笑みは崩れ…ひきつった笑みへと変貌を遂げた。
「…あ…」
愛も異変に気付いたようだ。
2人が手を離すと…一真の手には、愛の血がベッタリとくっついていた。
「…ごめん、カズ…」
「…手、洗って来るわ…」
そう言って、一真は立ち上がった。
「…この野郎、マジで青汁買って来やがった…」
病室に戻った一真達…中に入るや否や、一真は暖に青汁のカンを投げつけた。
「買って来いって言ったじゃん」
「あると思わねぇもんよ!」
「バカだなぁお前…病院の中に無かったら、外に買いに行くに決まってんだろ?」
「嫌がらせ以外の何物でもねぇじゃねぇか!!」
やると言ったらやる男…それが久城一真である。
「とりあえず、そろそろオレ達帰るわ」
「マジで?…もう6時か…ちなみにオレ、全治2週間だってさ」
「は?お前、明後日には強制的に退院だから」
「何で!?」
「期末近いじゃん」
そう言って、一真達は病室から出て行った。
「…期末かぁ…」
暖は顔をしかめ、閉まったドアを見つめた。
「…それじゃあ友美、私も帰るね?」
「うん!またね、お姉ちゃん」
愛も病室から出て行き、中にいるのは暖と友美だけになった。
「…皆さん、同じクラスのご友人なんですか?」
友美が暖に言った。
「ん?まぁ、5人のうち3人はね?後の2人は、同じ部活の仲間…」
「楽しそうですよね…ドラマみたいな会話してたし…演劇部ですか?」
「いや、違うよ」
「じゃあ…ミステリー研究会!」
「残念…でも研究会ってのは合ってる」
「研究会……SFとか?」
「正解!…あ、いや…正確には違うんだっけ…」
「?」
不思議そうな顔をする友美に、暖は言った。
「オレ達は…MBSF研究会だよ」
「…で、どうするの?」
帰り道…梨紅が一真に言った。
「…何が?」
「友美ちゃん!」
「あぁ…そうだった」
一真は振り返り、正義と恋華に言った。
「実は、桜田警部と怪盗シャイン・アークに頼みがある」
「え…あたし達?」
「…何をしろと?」
「シャイン・アークには、凉音妹のカルテのコピーを…桜田警部には、夜10時から12時までの、ナースの見回りの時間を調べてほしい」
「そのぐらい、おやすいご用だけど…」
恋華は正義の方を見る。正義は恋華に頷き、一真に視線を向け、言った。
「…具体的には、どうするつもりなんだ?」
「どうするも何も…魔法使いなんだから、魔法を使うさ」
「でも、魔法で治せるのは外傷だけじゃない…」
梨紅が言った。確かに、一真や梨紅の回復魔法では、病気や睡眠不足は治せない。
「…確かに、"ヒーリング"じゃ無理だ…でも、"細胞レベルの治癒"なら…」
「それって、例の本に書いてあったっていう…」
「うん、不可能な魔法」
「…それで、本当に友美ちゃんの事治せるの?」
「さぁ…」
「…」
歩き続ける一真の腕を掴み、梨紅は一真を引き留めた。
「…?」
「気のせいかな…あんたから、やる気とか、責任感とか、一切感じないんだけど…」
一真のダラけた態度に、梨紅は怒っているのだ。
「…」
無言の一真…1度大きくため息を吐いて、
「…今から、何万年も昔の話だ」
そう言って、一真は突然語り始めた。




