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魔法使いの苦悩  作者: 黒緋クロア
第四章 怪盗と絆 後編
26/66

1.彼女らは見舞いに伺う。


久城 一真は魔法使いである。




貴ノ葉病院、B棟2階…久城一真、今城梨紅、山中沙織、桜田正義、重野恋華の5人は、そこにいた。


「…Bの2036号室ってどこだ?」


エレベーターを降りた一真が、言った。


「…部屋の並びからすると、右だな」


正義が正面の2部屋の番号を見ながら答えた。


さて…突然だが、今日は月曜日であり、学校の授業はあった。時刻は午後4時だ。


放課後とはいえ、何故一真達が病院にいて、何故この場に暖が居ないのか…


…それを説明するには、今日の朝まで時間を遡る必要がある。






6月18日、月曜日…


―8:00―


「…ふわぁ…」


窓際最後方の指定席に腰掛け、一真は欠伸混じりに、校門から入って来る生徒達を眺めていた。


インフルエンザの治癒証明も、正義の知り合いの病院でしっかりいただき、完全復活である。


「…何?あんたまた寝不足なわけ?」


欠伸をする一真に、隣の席に座っている梨紅が言った。


「いや、別に…寝不足じゃなくても、朝は眠いじゃん?」


一真は答えるが、視線は校門に向けられたままだ。


「そうだね……1限目ってなんだっけ?」


「さぁ?…てか、今日って何曜日だっけ?」


「え…あんた、そのレベルなの?」


流石の梨紅も、呆れ顔である。


そして…2人の会話が、途絶えた。


「…?」


何やら、廊下の方が騒がしくなって来た…それに敏感に反応した梨紅が、一真に言った。


「…一真、何かあったみたいだよ?行ってみない?」


「…行ってらっしゃい」


「そう…」


一真を残し、梨紅は席を立った。


「…平和だなぁ…」


窓の外を眺めながら、一真は呟いた。


確かに…ゴールデン・ウィーク以降、一真達に休息らしい休息は無かったように思える。


「…静かだなぁ…幸せだなぁ…」


そう言いながら、一真は机に突っ伏した。もちろん、窓の外を見たままだ…


…しかし、


「…何か物足りないな…」


すぐに、顔を上げてしまった。


「…?」


窓の外を見ていた一真の耳に、救急車のサイレンが…いや、訂正しよう。一真の目に、サイレンを鳴らした救急車が、校門から入って来る光景が飛び込んで来た。


「…急患か?」


「一真!大変大変!」


救急車が止まると同時に、息を切らした梨紅が、凄まじい勢いで教室に駆け込んで来た。


「…どったの?」


一真が机に頬杖を着きながら、興味なさそうに梨紅に聞いた。


「だ、暖君が階段から落ちて骨折した!!」


「マジで!?」


瞬間…一真のテンションは、限界を越えて跳ね上がった。


「こっち!」


一真は勢いよく椅子から立ち上がり、倒れる椅子を直そうともせず、先に走り出した梨紅の後を、全力で追った。


廊下を駆け抜け…


階段を飛び降り…


下駄箱を通過…


ギャラリーの中に突っ込み、もがき、ようやく先頭までやって来た一真が見た物は…


「…嘘だろ?」


ドップラー効果を残しつつ、校門から出て行く、暖を乗せた救急車の後ろ姿だけだった。


「一真…」


「クソォォォ!!!最初っから梨紅と一緒に野次馬しに行ってれば…」


「…行ってれば?」


「最ッッ高に面白い場面に出くわせたのによぉ……」


大粒の涙を流して悔しがる一真に、ギャラリーはかなり退いていた。






…そして、放課後…


MBSF研究会の部室には、誰一人集まっていなかった。


ドアはしっかり施錠されており、活動している気配は無い。


しかし…部室の前ドアに、何やら張り紙をしてあるではないか。


その張り紙には、こう書かれていた。





___________


この学校で最もBKで、最もKY男の見舞いの為、本日の部活は貴ノ葉病院で行います。


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


…つまり、暖のお見舞いの為に貴ノ葉病院へ行っているという事だ。


しかし…KYはともかく、BKとは何の事だろうか。


KYとは、言わずもがな…"空気読めない"の略であり…


『オレが現場にいなかったにも関わらず…階段から落ちて、骨折して、救急車で病院に運ばれた?お前…せめてオレが見てる時にやれよ!空気読め!バカ!』


…という、完全な一真の八つ当たりによる物である。


そうなると、残りのBK…


もう、お分かりだろう。


BaKa(バカ)


である。





そして、今に至る…


「…ここだな」


川島 暖のネームプレート…間違いなく暖の病室である。


「入りま~す」


軽くノックをして、一真はドアを開けた。


そこにあったのは、4つのベッド…入って右奥のベッドに女の子が眠っており、左側の2つには誰もいない。


「あれ…部屋、間違えたか?」


「あってるよ、こっちこっち」


ドアを入ってすぐ右…左足を持ち上げた状態の暖が、横になっていた。


「よぉ、元気そうだな…このバカ野郎!」


「!?…いきなり何だ?」


顔をしかめる暖に、梨紅が言った。


「暖君が床に倒れてるのを見て、バカにしたかったんだけど…見れなかったから、悔しがってるんだよ」


「一生の不覚だ…そもそもお前が、もう少しタイミングを合わせてくれればだなぁ…」


「やかましいわ!」


暖はそう言って、ため息を吐いた。


「…お前にはさぁ?思いやりの心ってもんは無いのか?」


「あるからここに来てんだろ?せっかく見舞いに来てやったのに、酷い言いぐさだな…お前」


「いや…まぁ、見舞いに来てくれたのは嬉しいけどな?」


「それに、バカにしたくて見に行った訳じゃねぇ。回復魔法で治してやろうと思って行ったんだ」


「「!?」」


梨紅と暖は、驚愕の表情で一真を見つめた。


(…あんた今朝、泣きながら悔しがってたよね?)


(確かにバカにしたかったさ…でも、回復魔法で治してやろうと思ってたのも本当だよ)


(…割合は?)


(9対1)


(酷ッ!)


顔をしかめる梨紅…代わって暖は、目に涙を浮かべながら、自らの発言を悔いていた。


「…ごめん、一真…お前を疑うなんて、オレ…」


「気にすんな、オレ達…親友だろ?」


そう言って、一真は暖に右手を差し出した。


「一真…」


暖はその手を両手で挟み、泣きながら頭を下げた。


それを見た恋華は、男同士の友情に感動し、自らの目から溢れ出る涙をハンカチで拭いている…


梨紅と沙織はただただ呆れ、ため息を吐くばかりだ。


そして正義が、無表情のまま…言った。


「…茶番はもういいだろう?」


「ま…まー君!なんて事を…」


「そうだな、そろそろ本題に入るか…」


「…え?」


驚く恋華に構う事無く、一真と暖は手を離した。


「…もうちょい続けたかった気もするけどな?」


「続けたって、重野が喜ぶだけだろ?」


笑い合う2人…それを見た恋華は、尚更混乱した。


「恋華、今のは小芝居だ…」


「え…えぇ!?いつの間に打ち合わせしたの!?」


「驚く所、そこなんだ…」


少しずれている恋華に、沙織は苦笑した。


「打ち合わせなんかしてないよ?恋華ちゃん」


「バカ同士、何か通じる物があったのね…きっと」


「失礼だぞ梨紅、オレはバカじゃねぇ」


「オレもバカじゃねぇよ!」


「いや、お前はバカだろ?」


すっかりいつもの調子に戻ったメンバーだが、恋華だけは未だに驚いているようだ。


「まぁ、恋華だし…仕方ないさ」


「む…まー君、それどういう意味?」


「いや、その…恋華はほら、『純粋』だからさ…」


「『純粋』?ん~…」


褒められているような、バカにされているような…恋華は複雑な心境だった。


「…それで?本題って何だよ」


頭の後ろで手を組みながら、暖は言った。


「あぁ、なんか…正義がお前を取り調べしたいらしい」


「…取り調べ?」


正義は、自分のバッグから警察手帳を取り出した。


「率直に聞くが…お前、誰かに突き落とされたんじゃないか?」


「…いや、違うけど…」


「けど?」


「ちょっちょっちょっ待てぇ!」


一真が取り調べを中断させた。


「…なんだ?」


「なんだじゃねぇよ!むしろこっちのセリフだよ!」


「…?」


不思議そうな顔をする正義に、梨紅が言った。


「突き落とされた…って、どういう事?」


「…言ってなかったか?」


「この反応見ればわかんだろ!1から説明してもらおうか、正義?」


一真達に詰め寄られ、正義は渋々言った。


「…本来なら、極秘事項なんだがな…」


そう言って、正義は警察手帳をパラパラとめくり始めた。




…6月2日、午後8時42分。貴ノ葉町周辺の会社から、階段の下で人が死んでいるとの通報があった。


会社名や個人名は伏せるが、死んでいたのはその会社の社員だった。


調べてみると、どうやら階段で足を滑らせ、落下時に頭部を強打したのが死因らしい…つまり、事故死だ。




「…あれ?いつからこの小説はミステリー物になったんだ?」


「一真、し~っ…」


梨紅が、自分の口元に人差し指を持っていき、一真に静かにするよう促した。


「…続けるぞ?」




…それだけなら、ただの事故で捜査は終了…現に、その事件は事故死として処理されたからな。


しかし…事件はそれで終わりじゃなかった…




正義は警察手帳の次のページを捲った。


「…昨日…つまり17日までに、同様の事故死が20件以上報告されている。」


「…異常だな」


一真が思わず呟いた。


「あぁ…だから警察は、貴ノ葉町周辺のあらゆる病院を回り、6月に入ってからの患者で、階段から落ちて怪我をした人間を調べ、事情聴取を行なった…」


正義は警察手帳の次のページを開き、手帳から顔を上げ、一真達を見て言った。


「…6月に入って、階段から落ちて怪我をした人間…何人いたと思う?」


「…50人ぐらいじゃね?」


「いや、100人ぐらいいるんじゃない?」


「…そんなにいるとは思えないけど…」


一真、梨紅、沙織の意見を聞き、正義は言った。


「子供から老人まで…わかっているだけで、2000人を越えている」


「「2000!?」」


一真と梨紅は声を揃えて叫び、沙織達3人も驚愕の表情で正義を見つめていた。


「…"病院に来た人間の数だけで"だ…階段から落ちたが、病院に来るほどの大怪我をしなかった人間もいるだろうから…」


「…倍ぐらい考えといてもいいかもな…」


約半月で、この町周辺に住んでいる人間…およそ4000人が、階段から落ちている…


「…おかしいとは思わないか?」


「思うに決まってんだろ!?思わない方がおかしいだろ!」


「つまり、そういう訳だ…」


正義は、警察手帳を捲った。


「…更に言えば、貴ノ葉高校で階段から落ちた生徒は、暖で20人目…

この病院に入院している患者の半数が、階段から落ちて骨折した人間…

そして、この病院の残りのベッドは、反対側の2つのみ…」


「…つまり、事故の可能性は皆無って事か…」


暖が両腕を組みながら言った。


「そうだ」


「…暖の今の言い方、微妙にかっこよくてムカつくなぁ…」


「ほっとけよ!」


「…とにかく、オレが暖に事情聴取したい理由は以上だ」


正義は、警察手帳のページを数ページ戻した。


「オレが事情聴取した被害者は皆、口を揃えてこう答えた」




『…後ろから押された感じはしなかった…けど、声が聴こえた…』




「「…声?」」


沙織と恋華が、口を揃えて言った。


「あぁ…だが、どの患者もその声がなんと言っていたのかを覚えていないんだ…」


「え…全員?」


梨紅の問いに、正義は無言で頷いた。


「…暖はどうだ?声を聴いたか?なんて言ってたか、覚えてるか?」


「おいおい正義…暖だぞ?部内唯一の一般人のこいつが、そんなの覚えてるわけ…」


一真が鼻で笑おうとした、その時だ。


「…声は聴いた…なんて言ったかも、はっきり覚えてるぞ?」


「ほらなぁ?暖が覚えてるわけ…」


…瞬間…一真達は、時が止まったような感覚を覚えた。


「「「「「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」」」」」


時が動き出すと同時に、一真達は驚嘆の叫びを上げた。


「…っせぇなぁ!病院だぞ!?…痛゛ッ!」


文句を言う暖の頭を、一真が殴る。


「うるせぇバカ!」


「なんで暖君が!?」


「一般人なのに!?」


「暖君なのに!!」


「やかましいわ!しまいにゃ泣くぞこの野郎!」


頭を押さえながら、暖は一真達に言った。


「…詳しく教えてくれないか?」


ただ1人…正義だけが、真面目な顔で暖に言った。


「あぁ…あれはちょうど、あと1段で2階に上がれるって所だった…」


暖がゆっくりと、その時の状況を思い出しながら言った。


「最後の1段…こう…右足に体重をかけたら…」


「「…かけたら?」」


梨紅と沙織が、暖に先を促す…心なしか、2人の声が震えているように思える。


「…聴こえたんだ、突然…かすれた声が…爺さんみたいな…」


「…それで…その声は、なんて?」


正義の言葉に促され、暖は言った。




「『…君は…"魔族"に…なれるかな…?』」




(ヒィッ…)


恋華が小さく悲鳴を上げ、正義にしがみついた。


そして、梨紅も…


「…」


…無言のまま、一真の手の平に、自分の手の平を重ね…握った。




「…あのぉ…」


「…え?」


一真達が、声のした方向…窓際のベッドを見ると…


「今のって…ドラマの撮影か何かですか?」


上半身を起こした状態で、ベッドに横になっている少女が、目を輝かせながら言った。


「…いえ、ただの日常会話ですけど…?」


一真が全員を代表して答えると、少女はとても嬉しそうな顔をして、言った。


「凄いです!日常会話なのに、ドラマの撮影みたいなやり取り…あぁ!私、もうこの世に未練はありません!」


「…」


一真を含む6人が、この子は『イタい子』なのかな?というような表情で少女を見る…


…そして次の瞬間、病室のドアが突然開き、少女が入って来た。


「…あ、すいません…え?」


この病室に他の患者がいないと思っていたのだろう…入って来た少女は軽く頭を下げ、謝った。


しかし、少女は頭を上げて、恋華を見ると、少し驚いた顔をした。


「…恋華、何してるの?」


「え…あ、愛ちゃんだ」


病室に入って来た少女は、凉音愛だった。そして、


「あ!お姉ちゃん」


「…お姉ちゃん?」


…どうやら、ベッドに座っている少女は…愛の妹のようだ。








「へぇ…友美ちゃん、あたし達の1つ下なんだ?」


恋華が言った。ベッドに座っている少女の名は、凉音友美…凉音愛の妹である。


「はい!15歳です♪」


「もぉ、愛ちゃんったらなんで言わなかったの?こんなに可愛い妹ちゃんがいるって…」


「言ったわよ?それも何度も!」


「…あり?そうだっけ…」


恋華はポリポリと頬を掻き、明後日の方向を向いた。


「はぁ、ったくもぉ…おい、マサ…こいつの忘れ癖をなんとかしろよ」


ため息を吐きながら言う愛に、正義は即答した。


「無理だな…バカは死んでも治らん」


「まー君!?」


正義にも見放され、信じられない物を見るような目で正義を見る恋華…


「…まぁ、これ以上老化が進まない事を祈ってるわ…」


「老化!?愛ちゃん!あたしまだ15だよ!?」


「…なら逆に、精神年齢が幼すぎるとか…?」


「沙織ちゃんまで!」


「見た目も幼い感じだしねぇ…」


「梨紅ちゃん!それは関係無いよぉ!」


部のメンバーも、恋華いじりに参加し始める始末だ…


「…一真、結論は?」


暖が促す。一真はそれに大きく頷き…恋華の肩を叩きながら、言った。


「結論は…重野、お前はもう駄目だ…」


「はぅあ!?駄目って何!?あたし、どうなるの!」


恋華は涙目になり、一真にすがりついた。


「どうなるって、そりゃあ…」


一真は暖に視線を向け、暖は軽く頷き、言った。


「…まず、歳を重ねる毎に細胞が衰え始める…」


暖は正義に視線を送った。


「…皮膚に張りが無くなり始め…」


正義は愛に…


「…シワとかシミが出始めて…」


愛は沙織に…


「…白髪になって…」


沙織は梨紅へ…


「…記憶が曖昧になり始めて…」


梨紅から、アンカーの一真へ…


「…やがて、死に至る…」


「死!?いやだぁ!死にたく無いよぉぉ…」


恋華は泣きながら、正義に抱き着いた。


それを見た6人の顔が、いたずらに成功した子供のような表情になっていた。


「…恋華?よく考えてみろ…」


「ヒック…え?」


「…歳を重ねる毎に、肌の張りが無くなって、肌にシワが出始めて、ボケが始まる…」


「…あ…あ、あぁ!あぁぁぁぁ!!!」


正義によるネタバラシと同時に、6人が笑い出した。


「普通じゃん!酷いよみんな!あたし本当に怖かったんだからね!」


そう言って恋華は、1番近くにいた正義の事を、ポカポカと殴り始めた。


「…」


しかし…そんな恋華を、無言で…悲しそうな表情で、友美が見つめていた。


「…?」


それに気付いたのは、ここにいる7人のうち…一真と愛だけだった。





「…オレ、ちょっと飲み物買ってくるわ」


そう言って、一真は席から立ち上がった。


「あ、私も行くよ」


「オレも」


梨紅と正義も、一真に続いて立ち上がった。


「あ、一真?オレにも飲み物買ってきてくんない?」


足を指差しながら、暖は言った。


「しょうがねぇなぁ…青汁買ってきてやんよ」


「…はん!買って来れるもんなら買って来やがれ!まぁ…もし無かったら、お茶で我慢してやってもいいぜ?」


「はいはい、まぁ期待しないで待ってろや」


暖に向かって手をひらひらさせて、一真達は病室から出て行った。






大きな病院になら、どこの病院でも休憩スペースぐらいあるだろう…


一真達3人は入院患者に混じって、休憩スペースの椅子に腰掛けた。


「…凉音さんの妹だけどさぁ…」


唐突に、一真は語り始めた。


「ん?友美ちゃんが…何?」


「…多分、かなり悪い病気なんだと思う」


「…はい?あんた、いきなり何を言い出すわけ?あの子、凄く元気だったじゃない」


梨紅が嘲笑気味に一真に言った。


「…何か根拠があるのか?」


代わって正義は、真面目な顔でそう言った。


「…確かな根拠じゃないけどな?オレ達が重野をからかった時…重野が『普通じゃん!』って言っただろ?あの時あの子、凄く…悲しそうな顔してた…」


「…つまり、あの子は長く生きられない…普通に生きられない…って事?」


梨紅は、真面目な顔でそう言った。


「…あくまで予想だけどな…」


「…そう言えばあの子、『この世に未練は無い』って言ってたな…」


「…じゃあ、本当に?」


「かもな…」


「…『かも』じゃないわ…」


「!?」


一真が驚いて振り向くと、そこには愛が立っていた。


「凄いわね、観察力と推理力…あんた探偵になれるよ」


「…ごめん、勝手に色々と…」


「別に良いわよ…どうせあの子、自分から話すだろうし…」


そう言って、愛は一真達の前に回り込み、一真と向かい合って座った。


「カズの推理通り…友美は医者に、余命1ヶ月って言われてるわ」


「嘘…あんなに元気なのに…」


「…私や他人の前では、元気な振りしてるだけ…本当は、辛くて仕方ない癖にさ…」


愛は、さっきの友美と同じ…悲しそうな顔で言った。


「…医者は『現在の医学ではどうしようも無い』の一点張り…そんなんで納得できるわけないでしょ?だから、自分でも色々調べた…本を読んだり、ネットで調べたり…」


「…」


「でも…何もわからなかった…自分の無力さに、腹が立つよ…」


愛は、自分の膝の上に置いた拳を、力いっぱい握り締める…


「…凉音さん、血が…」


握り締めた拳から、血が滲み出ていた。


「…ちょうど良い、見せてあげるわ…」


そう言って、愛はポケットから小さな筒状の物を取り出した。


「…判子?」


「そう、ただの判子…」


愛は判子を、手の平に押し付けた。


「…治癒の判子、<治>!」


愛が判子を離すと、手の平の<治>の文字が光り出した。


すると…みるみるうちに愛の手の平から傷が消えていくではないか。


「…魔法?」


「さぁ…よくわからないけど、私には昔から、『判子の文字の効果を具現化する力』があるんだ…言うなら、判子使い…って所ね…面白いでしょ?」


愛は判子をポケットにしまった。


「…その力で、あの子は治せなかったんだな…」


「…」


正義の問いに、愛は無言で頷いた。


「やれる事は、全部やったつもり…」


愛の目に、涙が滲む…


「…最近、どうしても考えちゃうんだ…友美が死ぬのは、運命とか…そういった類いの物なのかも…って」


「バカじゃねぇの?」


愛の弱音に、間髪入れずに、一真が言った。


「運命なんて、諦めた人間が使う言葉だぞ?お前、あの子が死んでも良いわけ?」


「な…良いわけねぇだろ!!」


愛は立ち上がり、一真の胸ぐらを掴んだ。


「だったら諦めてんじゃねぇ!最後まで足掻け!」


一真は、臆すことなく愛に言い放った。


「…」


「…」


無言で睨み合う2人…梨紅と正義は、ただ呆然とそれを見ているしか無かった。


「…お前、やれる事は全部やったって言ったな?」


「それが何よ…これ以上私に何が出来るってのよ!」


今にも殴りかかりそうな勢いで、愛は言った。


「…お前が今何をするべきか…教えてやるよ」


そう言って一真は、自分の胸ぐらを掴んでいる愛の手に、自分の手を乗せた。そして、優しい口調で…一真は囁いた。


「…"オレ達"を頼れ」


「…何?」


「"オレ達"に一言、妹を助けてくれと言う事…それが、凉音が妹にしてやれる事だ」


愛が一真の胸ぐらを掴む力が、少しだけ和らいだ…





…が、すぐにまた凄まじい力で胸ぐらを掴まれた。


「…カズ達になら、友美を助けられる…そう言ってんの?」


愛は、半信半疑の様子で一真に言った。


「あぁ…いや、ぶっちゃけ確率は7割って所か…」


「てめぇ…」


「でも、何もしなけりゃ確率もクソも無いぞ?」


「…」


愛は渋々、一真から手を離した。


「…藁にもすがるってのは、こんな気分なんだな…」


愛は苦笑した。


「藁?何言ってんだ、オレ達はタイタニックだぜ?」


「沈むじゃん!」


「だから何だ!」


「なんで強気なの!?」


一真と梨紅のやり取りに、愛は頭を抱えてため息を吐いた。


「…マサよぉ…本当にお前らに任せて大丈夫なのか?」


「さぁな…まぁ、一真が大丈夫だって言ってるからな…大丈夫なんだろう」


…正義は、一真をかなり信頼しているらしい。


「…根拠は?」


「一真は正直なやつだ…冗談は言うが、嘘はつけない…だから、無理な事を大丈夫とは言わない」


「…」


確かにさっき、一真は『絶対に大丈夫!』とは言わなかった…あくまで7割だと言った…


「…マサのお墨付きなら、安心だな…」


愛は一真に向かって、右手を差し出した。


「…カズ、頼む…妹を助けてほしい…」


「…」


一真は愛に微笑み、その手を握った。


「…」


握った瞬間、一真の微笑みは崩れ…ひきつった笑みへと変貌を遂げた。


「…あ…」


愛も異変に気付いたようだ。


2人が手を離すと…一真の手には、愛の血がベッタリとくっついていた。


「…ごめん、カズ…」


「…手、洗って来るわ…」


そう言って、一真は立ち上がった。








「…この野郎、マジで青汁買って来やがった…」


病室に戻った一真達…中に入るや否や、一真は暖に青汁のカンを投げつけた。


「買って来いって言ったじゃん」


「あると思わねぇもんよ!」


「バカだなぁお前…病院の中に無かったら、外に買いに行くに決まってんだろ?」


「嫌がらせ以外の何物でもねぇじゃねぇか!!」


やると言ったらやる男…それが久城一真である。


「とりあえず、そろそろオレ達帰るわ」


「マジで?…もう6時か…ちなみにオレ、全治2週間だってさ」


「は?お前、明後日には強制的に退院だから」


「何で!?」


「期末近いじゃん」


そう言って、一真達は病室から出て行った。


「…期末かぁ…」


暖は顔をしかめ、閉まったドアを見つめた。


「…それじゃあ友美、私も帰るね?」


「うん!またね、お姉ちゃん」


愛も病室から出て行き、中にいるのは暖と友美だけになった。


「…皆さん、同じクラスのご友人なんですか?」


友美が暖に言った。


「ん?まぁ、5人のうち3人はね?後の2人は、同じ部活の仲間…」


「楽しそうですよね…ドラマみたいな会話してたし…演劇部ですか?」


「いや、違うよ」


「じゃあ…ミステリー研究会!」


「残念…でも研究会ってのは合ってる」


「研究会……SFとか?」


「正解!…あ、いや…正確には違うんだっけ…」


「?」


不思議そうな顔をする友美に、暖は言った。


「オレ達は…MBSF研究会だよ」








「…で、どうするの?」


帰り道…梨紅が一真に言った。


「…何が?」


「友美ちゃん!」


「あぁ…そうだった」


一真は振り返り、正義と恋華に言った。


「実は、桜田警部と怪盗シャイン・アークに頼みがある」


「え…あたし達?」


「…何をしろと?」


「シャイン・アークには、凉音妹のカルテのコピーを…桜田警部には、夜10時から12時までの、ナースの見回りの時間を調べてほしい」


「そのぐらい、おやすいご用だけど…」


恋華は正義の方を見る。正義は恋華に頷き、一真に視線を向け、言った。


「…具体的には、どうするつもりなんだ?」


「どうするも何も…魔法使いなんだから、魔法を使うさ」


「でも、魔法で治せるのは外傷だけじゃない…」


梨紅が言った。確かに、一真や梨紅の回復魔法では、病気や睡眠不足は治せない。


「…確かに、"ヒーリング"じゃ無理だ…でも、"細胞レベルの治癒"なら…」


「それって、例の本に書いてあったっていう…」


「うん、不可能な魔法」


「…それで、本当に友美ちゃんの事治せるの?」


「さぁ…」


「…」


歩き続ける一真の腕を掴み、梨紅は一真を引き留めた。


「…?」


「気のせいかな…あんたから、やる気とか、責任感とか、一切感じないんだけど…」


一真のダラけた態度に、梨紅は怒っているのだ。


「…」


無言の一真…1度大きくため息を吐いて、


「…今から、何万年も昔の話だ」


そう言って、一真は突然語り始めた。



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