エピローグ 変わらない大切なもの
「はぁ…そんな事があったんですか…」
ソファに腰掛けたハウルが、感嘆の息を吐いた。
「あぁ…あの頃は本当に、オレも恋華も弱くてなぁ…」
「アークデーモン1体すら、2人がかりで倒せなかったんだよ?ダメダメだったよねぇ…」
恋華の言うアークデーモンとは、当時『牛魔王』と呼んでいた魔物の事である。
「アークデーモンって…中級下位の魔物ですよね?」
「そう…中級下位レベルの魔物に、オレ達は苦戦してたんだ…」
「当時は魔物のランク分けなんてなかったからね…もう、『ラスボス倒したぁぁ!!』ぐらいの勢いで喜んでたよ?あたし達…」
恥ずかしそうにうつ向く、正義と恋華。
「…大将や中将も、最初は私達と同じだったんですね…てっきり、最初から強かったのかと…」
「そんなわけ無いだろう!オレ達があの後、どれだけ訓練したと思ってるんだ!?」
「そうだよ!あたしなんてそのせいで、期末が赤点ギリギリだったんだから!」
「え?いや、その…ごめんなさい…」
突然怒り始めた正義と恋華に、ハウルはタジタジである。正義達が更に何か言おうとするが…
「こんちは~、恋華居る?」
ブザーも押さずに部屋に入って来た、1人の女性に妨害された。
「へ?あぁ!愛ちゃんだ!久しぶりぃ!」
「…昨日会ったでしょ?」
「…あり?」
昔と変わらぬ小ささと、相変わらず長すぎる髪…ため息を吐く女性は、間違い無く愛だった。
「なんだ、凉音も一真に呼ばれたのか?」
「あ、マサがいる…大将殿も元帥閣下に謁見でございまするか?」
「…恋華と同じ事してるぞ?お前…それに、凉音だって大将だろうが」
「…恋華と同じってのはショックだよ…」
顔をしかめる愛に、恋華は頬を膨らませる。
「酷いよぉ、愛ちゃん」
「冗談だって…(半分は)それより、何騒いでたの?珍しくマサも怒ってたみたいだけど…夫婦喧嘩?」
「違う…オレ達が一真や凉音相手に、ズタボロにされながら訓練させられた事を思い出してな…少々熱くなった」
そう言って、正義は眼鏡を人差し指で押し上げた。
「訓練って…いつの?」
「高1の1学期、期末テスト前のだよぉ…」
「…あぁ、私が無理矢理入部させられてすぐの?でもあの時は、お前ら自分から…」
「…無理矢理?」
愛の言葉に、ハウルが反応した。
「ん?あぁ!ハウルじゃん!」
「お久しぶりです、愛さん」
「何年ぶりかな…2年ぐらい?」
「そうですねぇ…それより、愛さんって無理矢理入部させられたんですか?」
「そうだよ?あの時はホント…入らなきゃ殺されるぐらいの勢いでね…今でもよく覚えてるよ、恋華達のあの殺気…」
そう言って、愛は身震いした。
「そんな、大袈裟だよぉ、愛ちゃん」
「大袈裟じゃないわよ!本当に怖かったんだから!足が震えて立ってられなかったのよ!?」
「…あの愛さんを、そこまで怖がらせるなんて…」
ハウルは、驚愕の表情で恋華と正義を見つめた。
「…でも、正直言うとね?あたし…あんまり覚えて無い…かも」
「!?」
恋華の一言に、愛は氷ついた。
「…マジ?」
「うん…確か、愛ちゃんと一緒に豊君も入部した…よね?」
「……うん…」
肯定の返事をする豊。
「…その前の事は?」
「…忘れちゃった♪」
「…そう言えば、活動記録に書いてある、手に入れた『大切なもの』ってのは…?」
「…エヘヘ♪」
笑顔で答える恋華に、愛と正義はため息を吐いた。
「まぁ、10年も昔の話だ…仕方ないんじゃないか?」
「…そうね、恋華だしね…」
「……仕方ない…」
「酷いよ!みんなしてバカにしてぇ!」
盛り上がる4人…しかし、ハウルは今一話に入れない。
「…ちょっと良いですか?」
「あぁ、悪いわね、ハウル…それじゃあ、恋華とハウルの為にも、ちょっと昔話でも…」
「ありがとうございます…でも、その前に1つだけよろしいですか?」
4人の目が、ハウルの顔を見つめる。
「…寺尾豊中将、いつの間にいらっしゃったんですか?」
恋華達の目が、豊の顔に向けられた。
「…相変わらずだな、お前は…」
「昔っから、いつの間にか加わってるよね…」
「久しぶり、豊君!」
「……久しぶり…」
高1の時よりも背が高く、高1の時と同様に眠そうな瞳…例によって例の如く、豊が混ざっていた。
「…みなさん、驚かないんですね…」
「まぁ、10年の付き合いだからなぁ…いい加減慣れるさ」
驚くハウルに、正義が言った。
「…それじゃあ改めて、私が入部させられた時の話をしましょうかね?」
そう言って、愛はソファに座り、活動記録のページを捲った。




