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魔法使いの苦悩  作者: 黒緋クロア
第三章 怪盗と絆 前編
22/66

5.彼らは結果として成し遂げる。


緊張してきた…


帰って寝る…


そう言って、部室から飛び出した一真。


現在、午後5時55分…


一真の部屋へやって来た、怪盗シャイン・アークこと、恋華は…驚いた。




「…」




一真は…




「…すぅ…すぅ…」




「…本当に寝ちゃってる…」


そう、本当に寝ていた。


「カズ君、起きて?時間だよぉ」


一真を揺する恋華。


「…ん…ふぁ…もぉ?」


上体を起こし、一真は眠そうに目を擦る。


「…あ~、緊張する…」


「どこが!?凄くリラックスしてるように見えるよ!」


思わずツッコミを入れてしまう恋華。


「…初ツッコミ、いただきました」


「そんなのどうでも良いよ!早く着替えて!」


「はいはい…」


そう言って、一真はベッドから降り、ハンガーに掛けてあったトレンチコートを手に取り、袖を通した。


「はい、おしまい」


手袋を着けながら、一真は言った。


「はぅあ!衣装着たまま寝てたの!?」


「…なんか不味かった?」


「しわが!」


「お前の衣装袋に入れておくよりよっぽどマシだろうが…」


一真は欠伸をしながら言った。


「…で?確か、昨日の中学校の屋上で待機だっけ?」


「そう…そこから様子を見て、頃合いを…」


「あ~…細かい説明は、向こうに着いてからにしよう」


そう言って、一真は窓から外に出る。


「"ソアー・フェザー"…重野、早く掴まれよ」


「待ってよ!カズ君、マイペース過ぎるよ!」


そう言って、恋華は一真の肩に掴まった。


「悪い、緊張してるもんで…行くよ?」


一真は空に舞い上がった。


「絶ッ対緊張してない!むしろ慣れてるよ!"重変"0!」


文句を言いながらも、恋華は自分の周りを無重力にし、一真の負担を減らした。


そして2人は、隣町へと飛んで行った。




「…」


そんな2人を、梨紅は自分の部屋の窓から無言で眺めていた。


「…こちら今城…みんな、聴こえる?」


『聴こえるぞぉ』


『聴こえるよ、梨紅』


『問題ない』


梨紅の着けている耳栓型イヤホン(魔法使いの苦悩、第一章後編参照)から、暖、沙織、正義の声が聴こえる。


「対象Rと対象K、そちらに向かいました」


『了解…あ、こちら川島!対象Rと対象K、A地点通過…ってか早すぎ!』


『よし…今城と暖は合流して、すぐにこちらへ向かってくれ』


『了解!』


「了解」


梨紅は階段を降り、キッチンへ向かった。


「お母さん、学校の友達と一緒に、怪盗シャイン・アークの野次馬に行ってくるね!」


「あれ?夕飯は?」


「帰って来てから食べる!行ってきま~す!」


「車に気をつけるのよぉ~」


「は~い!」


華子にしっかり返事をし、梨紅は玄関から飛び出した。








…午後8時。


予告時刻まで、残り1時間。


博物館の周辺や内部への、警官配置が開始されていた。


「…」


博物館の中を巡回する警察官…


「…ん?君、ちょっと」


「はい?」


立ち止まる、2人の警察官。


「見ない顔だけど…貴ノ葉署からの応援?」


「はい!貴ノ葉署、刑事第一課、窃盗犯係、警部捕、久城一真と申します!」


そう言って、我が物顔で警官に敬礼する一真…






時間は、30分程遡る…


「…カズ君、そろそろ…」


「おぅ、警官のコスプレして潜り込むんだな?」


「コスプレじゃなくて変装だってばぁ!」


こんなやり取りの末、現在に至る。






「警部捕!し、失礼しました!自分は、長柄署、刑事第一課、窃盗犯係、巡査部長の鈴村であります!」


「あ、これはどうも初めまして…」(ちっ…まいったなぁ…変なのに捕まっちゃった)


内心で舌打ちしながら、一真は続けた。


「なんか、凄い人数が投入されてますよね…オレ、別件の聞き込みでたまたまこの辺りに居たら、召集されたんで…詳しく知らないんですよぉ…」


「そうでしたか…まぁ、怪盗シャイン・アーク相手なら、この人数でも少ないぐらいですよ?」


「本当ですか?なら、なんでもっと導入しないんだろ…」


「そりゃあ、うちには桜田警部がいますからね…知ってます?最年少で警部になった…」


「あぁ、噂は良く耳にしますよ」


よく知らないくせに、出任せを言う一真。


「日曜日の事件で桜田警部が、怪盗シャイン・アークから美術品を取り返したんで、上の方々が舞い上がっちゃって」


「それは凄いですねぇ(なるほどなぁ…だから月曜日、あの2人喧嘩してたんだ…)あ、そろそろ怒られるから…もう行きますね?お互い、巡回頑張りましょう」


一真は適当に言いくるめ、奥へ向かって歩いて行った。


「…あの人も、結構若かったなぁ…警部と同い年ぐらいじゃないか?」


歩いて行った一真の背中を見ながら、鈴村は首をかしげ、やがて巡回に戻って行った…





(…首尾は?)


(ん~、警察官1人に本名を名乗った事以外は問題ないかな?)


(…カズ君それ、大問題だよ…)


巡回と称して難無く展示室に入り込んだ一真と恋華。


(大丈夫だって、忘却の魔法かけるから)


(でも、その人を探すのって大変なんじゃない?)


(うん、だから…)


一真は大きく息を吸い込み、叫んだ。


「怪盗シャイン・アークだぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」


「えぇぇ!?」


隣にいた恋華は、驚愕の表情で一真を見つめた。


凄まじい量の足音と共に、博物館の中にいた警察官が展示室に駆け込んで来た。


「"フォーゲット"!&"スリープ"!」


一真は瞬時に、警察官達の足下に"忘却"の魔法陣を…頭上には、"睡眠"の魔法陣を作った。


そして、一斉に倒れる警察官達…


「…何したのカズ君!」


「ん?オレの名前と、あの人達がここにいる理由を忘れさせて、眠らせた」


「はぅあ~…便利だねぇ、魔法って…」


ポケットから携帯を取り出し、時間を確認する一真。


「…そろそろやるか?」


「そうだね、じゃあ……変身!」


恋華の合図と共に、2人は警察官の制服を脱ぎ捨てた。


「…変身って程でも無いだろ…」


変装をといただけである。


「そうだね…昨日のカズ君の方が、変身っぽかったもんね…」


そう言って、恋華は軽く頬を膨らませた。


「…何拗ねてんだよ、小動物…」


「拗ねてないもん…小動物でもないもん!」


怒る恋華を無視して、一真は目当ての品を見つめた。


「…これって…」


その本は、魔法陣の上に置かれていた。しかも、その周りにも魔法陣が…


「3つの魔法陣…」


「カズ君、大丈夫?」


心配そうに見つめる恋華。


「ん…多分大丈夫…"ホーリエ"!」


一真の手の平から、光の球体が現れた。


「ホーリエ、この魔法陣を全部、一度に無効化できるか?」


一真の問いかけに、球体は空中を円形に回って"○"と答えた。


「凄ぉい!カズ君、その子…妖精?」


「どうなんだろ…意思はあるみたいなんだ」


球体ことホーリエは、魔法陣の中に入り込み、一際大きく輝いた。


「眩し…」


恋華が目を覆う中、一真はその光を見つめていた…


光が収まると、一切の魔法陣が消えていた。


「サンキュー、ホーリエ」


ホーリエはその場でクルクルと回り、一真の右肩に止まった。


「良いなぁ、妖精かぁ…」


恋華が羨ましそうにホーリエを眺める…痺れを切らした一真が言った。


「…重野、早く盗れよ…」


「はぅあ!忘れてた…」


恋華は本を掴み、代わりにGONEのカードを置いた。


「さて、逃げるか…ん?」


一真が出口に向かって歩き出す中、恋華がその場から動かない。


「どうした?重野…」


「…大変だよ…これ、封印が解けかかってる!!」


恋華の切羽詰まったその表情に、一真は、事は急を要すると悟った。


(梨紅!聴こえるか?)


(え…テレパシー?どうしたの?)


(緊急事態だ!正義と一緒に、屋上に来てくれ!)


(わかった!)


「行くぞ、重野」


テレパシーを終えると、一真は恋華の腕を掴み、駆け出した。


「え…ちょっ…カズ君!?」


「緊急なんだろ?屋上に正義呼んだから、とりあえず屋上に行くぞ」


「まー君って…どうやって呼んだの!?」


「黙秘!」


2人は階段を駆け上がる…その途中、本から漆黒のモヤが吹き出して来た。


「はぅあぁ!!」


「げ!!急ぐぞ重野!」


一真達はさらにスピードを上げ、数秒で屋上への扉の前までやって来た。


「…あ!カズ君、鍵は!?」


「ぅらぁぁぁぁ!!!!」


鍵の掛かっていたドアを、一真は蹴り飛ばした。




「…んな無茶苦茶な…」


吹っ飛んで来たドアをかわし、正義は呟いた。


「…一体、何があっ…」


「まー君!パス!」


正義の一真達への問いかけは、途中で中断させられた。


恋華の手を離れた、モヤを吹き出す本は、正義のもとに真っ直ぐ飛んで行った。


「む…ん?」


それをキャッチした正義は、その黒いモヤを見て、全てを悟った。しかし…


「…今城!」


何を思ったか、正義は本を梨紅に向かって投げた。


「えぇ!?ちょっ…一真!パス!」


受け取るや否や、梨紅は一真に本を投げる。


「はぁ!?重野!」


「嫌!まー君!」


「今城!」


「一真!」


「重野!」


「まー君!」


「今城!」


「一真!」


「重っ………って!アホかぁぁぁぁぁ!!!!!!」


一真は本を、全力で屋上に叩きつけた。


無限に続くと思われたパス回しは、一真の手によって終止符を打たれたのだ。



「なんで回してんだよ!正義と重野が封印すんだろ!?」


一真の問いに、それぞれが順番に答えた。


「あたしには荷が重いから、まー君に渡したんだけど…」


「ここまで来ると、もうどうしようも無いと思って、今城の退魔の力でなんとかならないかと…」


「私は、ここはこのまま回して行って、誰かが止めるのを待とうと…」


「1人だけ確信犯がいるじゃねぇか…」


一真は顔をしかめながら、たった今自分が床に叩きつけた本を見下ろした。


「で、このままだとどうなるわけ?」


「"封魔"が出てきちゃうんだよぉ…」


恋華が即答した。


「…つまり、"退魔"って形になるんだな?」


「あぁ…ちなみに、封印から解放された封魔を倒す術を、オレ達…封印の一族は持ち合わせていない」


「いや、そんな悪い知らせをここでカミングアウトされても…」


一真の顔が、さらにひきつる。






そして…






悪い事と言う物は…






「クォォォォォォ……………」







…時に、重なる事がある。


「!?一真!」


「…この鳴き声だけは、絶対に聞きたくなかった…」


4人が空を見上げると、灰色のドラゴンがそこにいた。


「…ドラゴン…」


「はぅあぁぁぁぁ!!!!!!昨日のだよぉぉぉ!!!」


「どんな回復力があれば、1日で復活出来んだよ…」


昨日、一真が粉々に吹き飛ばしたはずのドラゴンが…今や、完全に復活していた。


そして、本から出ていた漆黒のモヤは


「こっちは何だ…」


モヤは空へ舞い上がり、ドラゴンのすぐ下にとどまった。一真はそれを見つめながら、足下の本を拾った。


「…梨紅、山中を呼んで、手伝ってもらえ…」


切羽詰まった様子で、一真は言った。


「…暖君は?」


「今回は流石に…避難させとこうか」


「…2人とも、聴こえた?」


梨紅がマイクを使って、2人に言った。


『聴こえたよ、今からそっちに行くね!』


『こちら川島!ドラゴン見物の野次馬の中にいるんだけどさ、動けないんだよね…』


「じゃあ、暖君はそのまま野次馬に混ざってようか」


『了解!』


暖とのやり取りが終わってすぐ、屋上に沙織がやって来た。


「お待たせ!」


「一真、どうするの?」


梨紅が一真に聞く。


「どうするってもなぁ…あれ?」


一真の持つ本から、紙切れが落下した。


「あぁ!一真が本壊した!」


「窃盗に破損…もう駄目だな…」


「待て待て待て待て!違うから、なんか…手紙みたいな…」


梨紅と正義にブーイングされながら、一真はそれを拾った。


「"息子へ"…だって…」


「え、本当に手紙なの?差出人は?」


梨紅に言われ、一真は封筒を裏返す。


「…"久城 真人より"…」


「久城真人って、一真のお父さんじゃない…」


そう…久城真人は、一真の父親である。


「…父さんからオレへの手紙が、なんでこの本に挟まってんだ?」


「さぁ…開けてみたら?」


梨紅が開封を促すが…


「クォォォォォォ…」


「…いや、あいつらをなんとかしてからゆっくり…」


一真が封筒を本に戻そうとすると…


「うぉ!」


肩に止まっていたホーリエが、急に封筒の周りを回り始めた。


「…すぐに読めって?」


一真の問いに、ホーリエは円形に飛んで答え、そのまま梨紅の方に飛んで行き、梨紅の肩に止まった。


「え、何?妖精?」


驚く梨紅に、一真は頭を掻きながら言った。


「…もぉ、妖精って事で良いや…でもなぁホーリエ?敵はかなり手強いんだぞ?」


その問いにホーリエは、沙織、恋華、正義、梨紅の順に肩に止まって見せた。


「…私達を信じろ…ってよ?」


「…何分ぐらいもつ?」


一真は全員を見回しながら言った。


「「「「…20分」」」」


何故か、4人は声を揃えてそう答えた。


(…なんか、頼れる仲間って感じで良いなぁ…)


一真は内心、この上なく喜んでいた。


「わかった!出来るだけ早く合流するから…それまで頼む」


全員が一真に、親指をグイッと突き出して見せた。


例えるなら、ラスボス手前の勇者一行、最後のイベントシーンの雰囲気だ。


…しかし、


「ブモホォォォォォォ!!!!!」


そんな雰囲気は、この上なく下品な雄叫びによってぶち壊された。


漆黒のモヤの中から、槍を持ち…鎧を身に纏い…巨大な角を生やした、豚鼻の魔物が現れたのだ。


「…牛魔王?」


そう、それはまさしく、西遊記に出てくる牛魔王だった。


「…何分もつ?」


一真は、改めて聞いた。それに4人は、再び口を揃え…答えた。


「「「「…1分」」」」


「ブモホォォォォォォ!!!!!!」


「クォォォォォォ!!!!!!」


巨大な2体の魔物の雄叫びが…漆黒の夜空に、木霊した。




梨紅…沙織…正義…恋華の4人が、魔物に向かって飛んで行ってすぐに、一真は封筒から手紙を取り出した。


___________


一真へ


久しぶり…と言うのも、変な気がするな。


一真が物心つく前に、僕は外国へ渡ってしまったからね…


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


「…本当に、父さんからの手紙だ…」


一真は手紙を読み進めた。


___________


この手紙を読んでいるという事は、一真に良い友達が出来たって事だね…父さんは嬉しいです。


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


「ハハハ…良い友達って、怪盗だけどねぇ…警察官もだけど」


___________


しかし…それは同時に、父さんが封印した魔物が復活したという事だ。


その封印を解いたのは、おそらく一真で間違い無いだろう…その点は、反省しなさい。


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


「オレ!?」


一真には、思い当たる節が無かった。


「…いや、待てよ?父さんが封印したって事は、魔力で封印したって事だ…ホーリエは退魔力の塊…あ~…マジだ、オレだわ…」


つまり、魔力を退魔力で無効化したため、封印が解けてしまったのだ…一真は納得し、手紙に視線を戻した。


___________


しかしまぁ、そいつを封印する事しかできなかった僕と幸太郎にも非はある…


だから、僕らの尻拭いをさせて申し訳ないと言う謝罪の気持ちと、一真とその友達の無事を祈る気持ちを込めて、16年分の誕生日プレゼントを送ろうと思う。


2枚目の手紙の裏を見てごらん?


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


「プレゼント…2枚目?」


一真は、封筒の中に入っていた、もう1枚の紙を取り出した。


「…白紙の魔法陣?」


そこには、魔法陣の枠組みだけが書かれていた…しかも、魔法陣の中に魔法陣を書く仕組みだ。


___________


それは、二重魔法陣…僕はそれを"ダブル"と呼んでいる。


"ダブル"は、普通の魔法陣…"シングル"よりも面積が広く、より複雑な魔法陣を描ける分、威力も数倍から数十倍に跳ね上がる。


使い方は、外側の魔法陣に本来の魔法を書き入れ、内側の魔法陣に形状や詳しい効果を書き入れる…つまり、能力を"付加"するんだ。


"ダブル"を"シングル"として使用する事も出来る。その際は、外側に本来の魔法を書き入れ、内側には"ノーマル"の魔法陣を書き入れるんだ。


ノーマルの魔法陣は、2枚目の手紙の裏に書いてある。使うと良い。


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


「…凄いなこれ…」


一真は、二重魔法陣とノーマルの魔法陣を、魔力を集めた指でなぞった。


___________


この二重魔法陣理論は、僕が考えた物だ。しかしこれは、僕と一真しか知らない。今後、誰かに言うつもりも無い。一真も、絶対に他言しないでほしい。


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


「…父さんって、実は凄い魔法使いなのかな…」


まだ見ぬ父に、尊敬の念を覚える一真。


___________


そして、2つ目のプレゼント…と言うか、最後のプレゼントだ。


この手紙が挟まっていた本の、300ページを読んでみなさい…きっと今、一真が1番知りたい魔法が載っているから…


その魔法と、二重魔法陣理論…この2つが、僕からのプレゼントだ。


近いうちに、家に帰ると思う。


大きくなった一真に会うのを、楽しみにしています。


息子へ…久城真人


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


「…近いうちに帰る…父さんが…いや、それより今は…」


一真は手紙を封筒にしまって、トレンチコートのポケットに突っ込み、手に持っている本の300ページを開いた。


「…"聖なる魔法"?」




"聖なる魔法"


魔法陣例、無し


最も不可能な魔法である。


魔力と退魔力の合成魔法。


魔力と退魔力をどちらも持っている魔法使いのみ使用可能(そのような魔法使いは前例が無い)魔力は純粋な物で無ければならない。


破魔の効果が高く、凄まじい威力を持つとされる。




「…」


一真は、不思議でならなかった。手紙をこの本に挟んだのは、15年以上前の話のはずなのに…何故、ここまで的確に全てを見抜いているのだろうか…


まるで、予知能力でもあるかのようだ。


…いくら考えた所で、推測の域を出ない事を悟り、一真は考えるのを止めた。


「…とにかく、"聖なる魔法"と"ダブル"を使えって事か…」


しかも、"聖なる魔法"の魔法陣例は無い…つまり、1から一真が作らなければならないのだ。


「…考えてる時間は無いな…とっくに1分経ってるし」


一真は頭の中で、ある程度魔法陣のイメージを固め…


「…"ソアー・フェザー"!」


梨紅達の所へ、飛んで行った。




「…1分、もつと思うか?」


恋華を背負って飛ぶ正義は、背中の恋華に言った。


「頑張るしかないよ!出来るだけ長く…ううん、私達で倒すぐらいの気持ちで行かないと!」


「…燃えてるなぁ」


「だって…捲き込んだの、あたしだし…」


恋華なりに、責任を感じているらしい。その表情からは、恋華の悔やみの気持ちがひしひしと伝わって来るようだ…


「…なら、全力でやろう…オレも全力で行く」


そんな恋華に、正義が言った。


「まー君…」


「気にするな、責任を取るのは慣れてる…それに、オレ達2人ならあんな魔物余裕だろ?」


「…ありがと」


恋華の表情が、少し和らいだ。そんな中…


「ブモホォォォォォォ!!!!」


牛魔王に似た魔物の槍が、2人に迫りつつあった。


「行くよ!まー君!"重飛"」


「あぁ!」


恋華と正義は上下に別れ、槍をかわした。


「"重波"500!」


恋華の手から黒い球体が放たれた。それは牛魔王の右手に命中し、命中した部分の重力が10倍に跳ね上がった。


「ブモ!?」


落ちないように必死に翼を羽ばたかせる牛魔王…


「まー君!」


「あぁ…"風撃乱舞"」


正義から、大量の風の弾が放たれ、牛魔王を取り囲んだ。


「"無限"!」


風の弾は、牛魔王に向かって一斉に飛んで行った。










「クォォォォォォ……」


ドラゴンの尾が、梨紅と沙織に迫る。


「沙織!」


「大丈夫!」


沙織はそれを難無くかわした。


「凄いスピード…」


「落ちないように気をつけてね!」


梨紅は今、沙織の背に乗っているのだ。


「気をつけるよ!"白の三日月"!」


左手で沙織に掴まり、右手の華颶夜で白い三日月を放つ梨紅。


白い三日月は、ドラゴンの胴体に命中した。


「…こんな不安定な状態で、よく当たるよね…」


「でも、あんまり効果無いみたい…」


梨紅の言う通りだ。ドラゴンの胴体には、傷一つ付いていない。


「やっぱり"砲撃"じゃなきゃ…」


「駄目だよ!今、梨紅に倒れられたら…」


「…こんな時、一真だったら…」


必死に打開策を考える梨紅…そして、


「…沙織!全速力で飛んで!」


何かを思いついたようだ。


「全速力で…どこに?」


「ドラゴンの尻尾から、体に沿って!」


「えぇ!?無茶だよ!」


「お願い!」


「…」


沙織は一瞬躊躇ったが、梨紅の言う通りに飛んだ。


「ありがと…後は…」


梨紅は華颶夜に退魔力を込め始めた。


「…梨紅、砲撃は…」


「…私達は、時間を稼げれば良いの…大丈夫よ」


そして、沙織はドラゴンの尻尾に到達した。


「行くよ、梨紅!」


「OK!」


梨紅は沙織から身を乗り出し、ドラゴンの体に華颶夜を突き刺した。


「クォォォォォォ!!!!!!!!」


「はぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」


苦痛の叫びを上げるドラゴンの胴体を華颶夜が突き進む。


退魔力を込めた華颶夜は、ドラゴンの鱗を容易に切り裂いた。


「梨紅!そろそろ頭だよ!」


「そのまま突っ切って!」


「了解!」


うねるドラゴンの体に合わせ、沙織は微妙に方向を変えながら、頭の先まで到達した。


「沙織、ありがと…後は任せて」


「え…ちょっ!梨紅!?」


何を思ったか、梨紅は沙織から飛び降りたではないか。


梨紅は落下しながら、悶え苦しむドラゴンの口に華颶夜を向けた。


「私だって、やる時はやるのよ!」


そして、ドラゴンが梨紅の方を向いた瞬間…


「"破魔の月明かり"!」


華颶夜から、砲撃が放たれた。


砲撃はドラゴンの口に入り、胴体を突き破り、尻尾まで貫通した。


「クォォォォォォ…………」


力無く雄叫びを上げるドラゴン…


「キャァァ!!」


梨紅の方は、砲撃の勢いに耐えられずに逆向きに吹き飛んだ。


「梨紅!」


吹き飛ぶ梨紅に向かって飛ぶ沙織…しかし、


「痛ッ!」


沙織が追いつく前に、梨紅は何かにぶつかった。


「無茶するなぁ、お前…」


梨紅を受け止めたのは…


「一真!?」


「…何驚いてんだよ」


不思議そうな顔をする一真が、そこにいた。


「…遅いよ一真、もう倒しちゃったよ?」


「凄いじゃん、ついでにあっちも倒せよ」


「いや、それは…ちょっと…」


苦笑いする梨紅に、一真は笑いかけた。


「まぁ、ちょっと詰めが甘いけどな…あれ見てみ?」


「え?」


一真の指差す方向を見ると、ドラゴンの肉片の中に、赤く光る物体が見えた。


「ホーリエ!」


一真が言うと、梨紅の肩に止まっていたホーリエが、赤い物体に向かって飛んで行った。


ホーリエが赤い物体を貫くと同時に、ドラゴンの肉片は消え、ホーリエもその姿を消した。




「…あ!"核"を破壊しなきゃいけないんだった…」


そう、大型の魔物を倒す時は、"核"の破壊が必須なのだ。


「昨日は壊し損ねたからなぁ…今日も壊し損ねたら、明日もあいつと戦わなきゃならなかったんだぞ?」


「…反省してます…って、ちょっと?あんただって昨日壊し損ねたんじゃない!」


「だから、今日はちゃんと破壊したろ?」


「一真が昨日壊してれば、今日は戦わずに済んだんじゃない!」


宙に浮いたまま、言い合い始めた2人。


「ならそもそも!昨日の敵がドラゴンだって言わなかったお前が悪いんだろ!」


「知らなかったのよ!仕方ないじゃない!」


「お前がそれ知ってたら、こんな事になってねぇのに…」


「何よ!」


「何だよ!」


「…いい加減にしなさい!!!!」


そんな2人の間に、沙織が仲裁に入った。


「喧嘩してる場合じゃないでしょ!恋華ちゃん達がまだ戦ってるのよ!?」


「「あ…」」


2人が恋華達の方を向くと、牛魔王が槍を振り回している所だった。


「やっべ…山中、梨紅を頼む」


「うん、まかせて」


梨紅を沙織の背中に乗せ、牛魔王の方を見る一真。


「…一真、大丈夫?」


「大丈夫だよ、梨紅がドラゴン倒してくれたしな…山中、梨紅を安全な場所に降ろしてから、オレと合流してくれ」


そう言って、一真は正義達の方へ飛んで行った。


「…さて、どこが安全かなぁ…」


「…沙織?」


辺りを見回す沙織に、梨紅が声をかけた。


「ん?なぁに?」


「お願いがあるの」


「…凄く嫌な予感がするわ…何?」






…梨紅のお願いはさておき…






「ブモホォォォォォォ!!!!!」


牛魔王、未だ健在。


「…全く効果が無いみたいだな…」


「悔しいなぁ…あたしにも、"退魔"の力があれば…」


退魔の力を持たない2人の攻撃は、すぐに回復されてしまうのだ。


「"風撃"!槍!」


風の弾を槍のように鋭くした物を、正義は放った。


それは牛魔王の左腕に突き刺さる…しかし、傷跡は瞬く間に消えてしまう。


「…ここまで自分の無力さを見せつけられると、流石に気が滅入るな…」


牛魔王に、精神的に追い詰められている正義…


そんな正義に…


「!?まー君!」


「!!!」


「ブモホォォォォォォ!!!!!」


牛魔王の振るった槍が、すぐ横に迫っていた。


(くっ!避けられないか…)


正義が諦めかけた…その時だ、






「"ウィンディ"!」






突如現れた竜巻が槍を斜め上に弾き、正義への直撃コースから外した。


「大丈夫か正義!」


竜巻を放ったのは、もちろん一真だ。


「…1分はもっただろ?」


「あぁ、助かった…サンキュな」


「カズ君!!」


恋華も、正義と一真の元に飛んで来た。


「重野もサンキューな?」


「もぉ…遅いよカズ君!」


「悪い悪い…」


苦笑する一真…そこへ、


「ブモホォ!ブモォ!」


槍を弾かれて怒っているのか、牛魔王が雄叫びを上げた。


「下品な鳴き声しやがってまぁ…とりあえず、オレが作戦を練り終わるまでの間…2人は、あいつの周りを飛び回って撹乱してくれ」


「「了解!」」


一真から離れ、左右に散って行く2人。


(…さて、どうするか…)


実を言うと一真には、梨紅をキャッチした時点で既に、1つの作戦が浮かんでいたのだ。


しかし、その作戦はあまりにも…タイミングが難しすぎる。


(見るからに硬そうな体に加えて鎧…やっぱりやるしかないかなぁ…)


「…集合!!」


飛び回らせた2人に、集合をかける一真。


2人はほぼ同時に、一真の元へ飛んで来た。


「もう練り終えたのか?」


「あぁ…まぁ、考えるまでも無かった…みたいな?」


「それで、どんな作戦なの?」


「牛魔王の動きを、1分で良い…完全に…いいか?完ッ全に!止めてほしい」


「「…どうやって?」」


2人は同時に聞いた。


「手段は任せる、ぶっちゃけ自信が無いから、1mmも動かさないでほしい」


「そんな無茶苦茶な…」


「…わかった、やってみる」


渋る正義とは裏腹に、恋華は頷いた。


「…本気か?恋華…」


「うん…今のあたしには、それしか出来ないと思うから…」


「…なら、オレも付き合うぞ。恋華1人にやらせるわけにはいかないしな」


「…そんなに重野に良い所見せたいのか…」


「!?な…そんなんじゃ…」


一真の一言に、正義は顔を赤くする。


「とにかく、頼むよ2人とも…」


「うん、任せて!」


「あぁ…」


2人は再び、牛魔王の元へ飛んで行った。


「…正義をからかう時は、重野関係で攻めれば面白そうだな…」


どうでもいい考察をしつつ、一真は2人を見送った。



「…とは言った物の、恋華には何か考えがあるのか?」


恋華に並行して飛びながら、正義は言った。


「…エヘヘ、実は何も…」


「おい…」


正義の顔に、冷や汗が浮かぶ。


「まー君!頼りにしてるよ?」


「…」


頼りにされるのは嬉しい…しかし、あまりにも無理がある…


複雑な心境の正義は、恋華にはっきりと言った。


「…まかせろ」


正義は強がった。


「よし、まずはあの槍を破壊するぞ」


「了解!…でも、どうやって?」


「…考えはある」


正義は恋華の耳元で、何かを囁いた。


「…なるほど…さすがまー君!」


「まぁ、実際に出来るかはわからないんだがな…」


「自分を信じて!大丈夫、きっと上手くいくよ!」


「…あぁ」


2人は同時に…正義は左手を、恋華は右手を前に突き出した。


「…"風破掌"!」


「…"重破掌"!」


正義の右手に風が集まり、球体を形成し、その中で風が乱回転を始める。


対する恋華の左手には、重力の塊…小さなブラック・ホールが現れた。


「…行くぞ、恋華…」


「…うん…」


緊張の面持ちの2人は…ゆっくりと、2つの球体を重ね合わせた。


「「"重螺・削り風"」」


漆黒の風の塊を、2人はそう呼んだ。


「ブモホォォォ!!!」


それに危険を感じたのか、牛魔王は2人に向かって正面から槍を突きつけた。


それに、正義達は正面から立ち向かった。


「削り取れ!」


「吸い込んで!!」


2人は手を重ね、槍の先に漆黒の球体を押し付けた。


風に削られた槍の欠片が、ブラック・ホールの中に吸い込まれて行く。


「ブモ!?」


咄嗟に、牛魔王は槍から手を離した。


それでもなお、槍はブラック・ホールに吸い込まれて行く。


やがて、槍は全てブラック・ホールの中に消えさった。


それと同時に、2人の手の平から球体も消えた。


「…成功だ!」


「やったぁぁ!!」


歓声を上げる2人…しかし、喜びもつかの間…


「ブモホォォォォ!!!」


激怒する牛魔王は、拳を頭上に振り上げた。


「"帯風"!」


正義の腕から、風の帯が放たれた。


風の帯は、頭の上に振り上げられた牛魔王の腕に巻き付き、縛り上げる。


「ブモォ!?」


「まだだ!"帯風"!」


正義は、更に大量の風の帯を放ち…両足、胴体、顔を、グルグル巻きにした。


「恋華!」


「"重変"…対象に重力属性付加!重力値1000!」


牛魔王の体が軋む音がする。


恋華の行動を簡潔に説明すると、牛魔王の体を地球にしたのである。


正確に言うと、牛魔王の体に、地球のように重力を発する能力を強引に付加したのである。しかも、地球の重力の20倍の重力を…


それにより、牛魔王は身動きが取れなくなった。


「…よし、これでどうだ一真!」


正義は、一真を振り返り、言った。しかし…


「まだだ!」


「なんでだ!」


「羽ばたいてんじゃん!」


一真の言う通り、牛魔王は翼で必死に羽ばたいていた。


「無理だ!オレと恋華が、奴に外傷を負わせても…」


そう…退魔力の無い2人では、すぐに再生してしまうのだ。


「…やるしかないか…」


一真は魔法陣を描くべく、右手を振り上げた。そこへ…


「やぁ!」


「え…」


大鎌を持った沙織が、牛魔王の翼を片方、根本から切り裂いた。しかも、再生しないではないか。


梨紅の血を飲んだ沙織の攻撃は、魔物に有効らしい。


「山中!」


「遅れてごめんね!久城君!」


「気にすんな!そのままもう片方も…」


一真が沙織に指示を出すが、何故か沙織は苦笑いし、首を横に振った。


(ちょっと!私もいるのよ?)


「…え?」


突然、梨紅からテレパシーが来た。


「はぁぁぁ!!!」


牛魔王の真下のビルから、梨紅が"飛行術"で飛んで行く様子が見えた。


「梨紅!?」


「せやぁぁぁ!!!」


梨紅はそのまま、牛魔王の最後の翼を切り裂いた。


「"重変"0!」


落下すると思われた牛魔王を、恋華がその場に留まらせた。


「久城君!」


「一真!」


「カズ君!」


それぞれが、一真の名前を叫ぶ。


(一真!)


「…最高だわお前ら…鳥肌立って来た」


一真は、仲間達の成果に感動しつつ、魔法陣を高速で描き始めた。


父親からの贈り物、二重魔法陣…


その内側の魔法陣には、"ノーマル"の魔法陣を描き…


外側には、一真オリジナル…"聖なる魔法"の魔法陣を描く。


「よし…うぉ!」


魔法陣が完成すると同時に、一真の魔力が自動的に退魔力に変換され始めた。


「全員!そいつから離れてくれ!!」


一真の合図で、一斉に牛魔王から離れる梨紅達…


それと同時に、魔法陣への退魔力の供給が完了した。


そして…魔法陣が、純白の光を放ち始める。






「行くぜ…オレの新魔法!」


一真は右手を牛魔王に向けて伸ばし、狙いを定め…言った。




「"ディバイン・バスター"!!!!!」




轟音と共に、魔法陣から白い光が放たれた。


先日の寺尾神社での、一真と梨紅の合体技と同じ名前…しかし、威力は段違いに上がっている。


何よりその光線の太さ…あんなに巨大だった牛魔王の、首から膝までを易々と吹き飛ばし、"核"もろとも消し去ってしまったのだ。


「…父さん、プレゼントにしてはでかすぎるよ、これ…」


魔法を放った一真本人でさえ、新しい魔法のその威力に、完全に退いているのだ。


「…」


「…」


「…」


「…」


梨紅達も、ただただ唖然とするしかなかった…まさに、一撃必殺…


そしてようやく、砲撃が収まり、辺りに静寂が戻った。


「…」


一真は無言のまま、博物館の屋上へ降り立った。それに続くように、梨紅達も続々と一真の元に降りて来た。


「…」


誰も、口を開かない…しかし、梨紅が沈黙を破り、言った。


「…一真?」


「…何?」


「あのさ…正義君と恋華ちゃんがあいつの事動けなくしたり、私と沙織が翼を斬ったりしたけど…」


「うん…」


「…やらなくても良かったんじゃない?」


4人の視線が、一真の顔に集中する。


「い…いや!そんな事は無いぞ?みんながいなかったら、絶対に避けられてた…今回の勝利は、みんなのおかげだ!うん!」


冷や汗を浮かべながら、一真は言った。


「…そ、そうよね?そうだよね!」


「うん、私達、頑張ったよね!」


「あぁ、頑張ったさ」


「そうだよ!あたし達、カズ君の役に立てたんだよ!」


そう言って、5人は笑い合った…自分達の健闘を讃え合い、勝利を掴んだと言う喜びを分かち合った。


…しかし、その笑いは心なしか乾いているように聴こえた。





翌日の新聞は、一面…怪盗と言うか、ドラゴンや牛魔王の話で持ちきりだった。


「『怪盗シャイン・アーク、怪盗K.K、予告通りにあらわる!』ドラゴンや悪魔を従え…」


「従えてねぇよ!」


新聞を読む暖に、一真は言った。


「何か?お前にはオレ達がドラゴンと戯れてたように見えたのか?あ?」


「オレじゃねぇよ!新聞に書いてあんだよ!」


一真に新聞を突きつける暖。


「はぁ…あんなに頑張ったのに、世間には正しく伝わらないのね…」


梨紅はため息を吐き、長机に頬杖を着いた。

「仕方ないよ…まぁ、怪我人とか出なくて、良かったじゃない?」


そんな梨紅を、沙織が苦笑しながら諭す。


「でも、封魔が解放されたら危険だっていう教訓にはなったよね?」


「…その対価として、オレは始末書書かなきゃいけないわけだ…」


ポジティブな恋華と、ネガティブな正義もいる。


今日は土曜日…授業は無いのだが、MBSF研究会は活動中である。


「…すげぇ、怪盗シャイン・アークが魔物だって説が出てるぞ?」


「嘘ぉ!?」


一真から新聞を引ったくる恋華。


「…はぅあ!『退魔士への討伐依頼検討中か?』だって!」


「え?じゃあ、私と一真で恋華ちゃんを?」


「仕方ない、せめてもの情けだ…ディバイン・バスターで一瞬で葬り去って…」


そう言って、一真は右手でピストルを形作り、恋華に向ける。


「じょ、冗談に聞こえないよぉ~…」


両手を上げて、いやいやと首を左右に振る恋華。


「下らない…マスコミが勝手に言ってるだけだろ」


正義は眉一つ動かさず、ひたすら始末書に文字を書き込み続ける。しかし、正義は急に顔を上げた。


「一真、本は?」


「ん?ちゃんと持って来てあるぞ」


そう言って、一真はバッグから昨日盗んだ本を取り出し、正義に投げ渡した。


「おい一真、雑に扱うなよ」


「良いんだよ、著者の息子だからね、オレは」


「…何?」


正義が本の背表紙を見てみると、確かに


著者、久城真人


と、書かれていた。


「へぇ…あの本、一真のお父さんが書いたんだ…」


「あぁ、父さんは魔法の研究に多大な貢献をしてるらしくて、結構色々書いてるらしいんだ」


これは昨日、一真が美由希に聞いた事だ。


「父さんの部屋にある本、半分以上は父さんの書いた物らしいよ?」


「へぇ…凄いんだね、一真のお父さん。うちのお父さんとは大違い…」




「ぶぇっっくしょぃぃ!!!!」


梨紅が言った瞬間、幸太郎は自室で豪快にくしゃみをした。



「…そもそも、父親の書いた本なら、尚更丁寧に扱うべきじゃないか?」


「…あぁ、そうかも」


正義に指摘され、一真は頷いた。


「それで、下巻にはどんな魔法が書いてあったの?」


梨紅が一真に聞いてくる。


「ん…"聖なる魔法"だろ?あとは、"死者の蘇生"…"細胞レベルの治癒"…"異次元の行き来"…これだけだな…」


一真は、一息に全て言った。


「あとは…」


「あとは?」


「…最後のページが、多分…父さんからオレへのメッセージだった」


そのページには、こう記されていた。




___________


…上巻、下巻を通し、8つの魔法を記した。


いずれも、何らかの理由で不可能だったり、禁止されていたりする魔法である。


しかし…私は、ここに記した魔法を、たった1人で使用可能な人間を知っている。


もし、その人間がここに書かれた魔法を使う時が来たならば…


どうか、私利私欲の為では無く、大切なものを守る為に使ってほしい…


それが、私の望みである。


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


「…なるほど、良い父親じゃないか」


「まぁな…顔も知らない父親だけど…近いうちに帰って来るらしいから、会うのが楽しみだ」


そう言って、一真は嬉しそうに笑った。そんな一真の顔を見た梨紅は、一真にこう言った。


「…ファザコン?」


直後、梨紅の額が長机に叩きつけられた。


「いっっったぁい!!」


「バカ言ってんじゃねぇよ、アホ」


そう言いながらも、一真は笑っている…そして突然、暖が呟いた。


「結局…今城はバカなのか、アホなのか…どっちだ?」


「どっちだろ…むしろ両方じゃ…」


「このバカ一真ぁ!!」


暖と話していた一真の胸ぐらを掴み、梨紅は一真に飛びかかった。


「…あぁ…なんか、ようやく平和になった感じだ…」


自分の背後で、一真と梨紅がぎゃあぎゃあと喚き合っているのを知りながら、暖は言った。


「本当…ここのところ、ずっと忙しかったけど…やっと一息着けそうだね」


沙織も、安らかな顔でそう言った。


「…あ、ねぇねぇ?」


すっかりリラックス気分の2人に、恋華が呼びかけた。


「ん~?何?恋華ちゃん」


「あのさ、昨日の活動記録って…あたしが書いても良いのかな?」


「良いと思うよ?誰が書いても」


「うん、じゃああたし書くね?」


そう言って恋華は席を立ち、互いに頬をつねり合ったまま横たわっている一真達を跨ぎ、棚から活動記録を取り出し、再び一真達を跨ぎ、席に着いた。


「さてと!何から書こうかな~♪」


「…随分と楽しそうだな?恋華」


始末書を書きながら、正義が言った。


「え?そうかな…」


「あぁ、オレの付き添いで入部した恋華の方が、ここの部を堪能してる気がする」


「そんな事…」


否定しようとする恋華だが、少し考え…


「でも…うん、結構楽しいかな…」


恋華は、指先でシャーペンをクルクル回しながら言った。


「カズ君がいて…梨紅ちゃんがいて…暖君がいて…沙織ちゃんがいて…まー君がいる…」


恋華は正義に笑いかけながら、言った。


「あたし、ここが好きになっちゃったのかも♪」


「…そうか」


素っ気ない返事だが、正義もどこか…嬉しそうだ。


「…そうだ!」


何を思ったか突然、恋華は自分のバッグからハサミとノリを取り出した。


そして恋華は、新聞の記事をハサミで切り取り、ノリで活動記録に貼り付けた。


「…これでよし♪」


そして、恋華は書き始めた…


"未来"へ繋がる"今"を、忘れない為に…


「…う~ん…」


「?…書き始めから悩んでるのか?」


「エヘヘ…日記とか、苦手なんだよねぇ…」


恋華は苦笑しつつ、悩んだ末に、こう書き出した。






今日…あたしは、凄く『良いもの』を手に入れました。


あたしは『それ』を、一生の宝物にします。


重野 恋華






「…よし♪書けた!」


「待て…いくらなんでも早すぎるぞ?」


正義が顔をしかめて言うが…


「これで良いんだもん」


恋華はそう言って、活動記録を閉じた。しかし、正義はすぐにそれを手に取り、恋華の書いたページを読んだ。


「…『良いもの』ってなんだ?」


「黙秘♪あ、でも…10年ぐらいしたら、教えてあげてもいいかな?」


「…随分と先の話だな…」


「そう?10年なんて、あっ!と言う間だよ♪」


そう言って、恋華は正義に微笑んだ。



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