4.彼らは退魔を手伝う。
6月14日、木曜日。
「…」
「あぁぁぁぁぁぁぁぁ………………あだっ!」
一真の腕をしっかり掴み、無言のまま全力で廊下を駆け抜ける恋華と、宙に浮いた状態で乱暴に引っ張られ、壁や床にぶつけられながら、恋華の後に続く一真の姿があった。
マンガやアニメで、引っ張る人間のあまりの速さに、引っ張られる人間が宙に浮く描写を見たことがあるだろうか。
あの状態だ…しかし、恋華が速いわけではない。
一真の周りだけ、無重力にしているだけなのだ。
廊下を駆け抜け、階段を駆け上り、2人は屋上へやって来た。
「…えいっ!」
掛け声と共に、恋華は一真を投げ飛ばした。
「…ぁぁぁぁぁへぶっ!」
無重力から解放された一真は、顔面から屋上の床へ落下した。
「大変だよカズ君!」
「…それはあれか?今のオレの状態よりも大変な事なのか?」
顔は…腫れあがると同時に大量の擦り傷や切り傷に覆われ、Yシャツはボロボロ…ズボンには擦れた後があちこちに…
「カズ君!?どうしたのそれ!」
「犯人はお前だぁぁぁぁ!!!!!」
本気で驚く恋華に、一真は叫んだ。
「…って、そんな事より!」
「そんな事…」
悲痛の叫びを『そんな事』扱いされ、一真はショックを受ける。
「明日だよ!?」
「…何が?」
「怪盗!」
「…?」
すっかり忘れている一真に、恋華は叫んだ。
「一緒に怪盗やってくれるって言ったじゃない!!!!!!」
「…あぁ、その話か…"ヒーリング"」
一真は回復魔法を使いながら、立ち上がった。
「明日かぁ…」
「まだなんの準備もして無いよ!どうするの?」
「…何の準備?」
「衣装合わせとか、顔を隠す仮面とか…」
「…重野が用意したのを適当に着るさ」
「今から衣装合わせするからね!」
そう言って、何処からともなく衣装を取り出す恋華。
「…授業は?」
「1日ぐらい平気だよ!」
「…え?放課後まで続くの?…あ~なるほど、こりゃあ軽く放課後までかかるわなぁ」
恋華の取り出した大量の衣装を見て、納得する一真。
その数は…100着を越えていたのだ。
そして、昼休み…
「…やっぱり黒だよね?」
「夜だもん、赤はちょっとねぇ…」
「てか、そうなると前髪の緋色は目立つよな?」
「格好の的だな…」
「…なんでお前らまで参加してんだよ」
何故か、屋上に全員集合しているMBSF研究会部員達…
誰が持って来たのか、ビニールシートを引いてのランチタイムだ。
「まず、何故に山中と暖が知ってるわけ?」
「彼らは民間協力者だ」
「マジで!?お前らみんな敵か!」
「カズ君動かないで!」
「…」
恋華に怒られ、黙る一真。
「協力って言っても、オレ達は地上から一真達を探して、今城に電話するだけだぞ?」
「そうかい…でも嫌だぜ?オレ…でっけぇ鎌持った山中に追いかけられんの…」
「大丈夫だよ、追いかけるのは正義君と梨紅…私達は、あくまでサポートだから」
「って言ってもなぁ…結果的には2対4だろ?」
「…こんな物かな、どう?梨紅ちゃん、沙織ちゃん」
恋華は梨紅達の脇に立って言う。
「…うん、似合ってるよ?」
「でもちょっと…動きづらそうじゃない?」
「もっとラフな感じにしよっかぁ…」
「…勘弁してくれよ…かれこれ4時間立ちっぱだぞオイ…」
疲れた顔で、一真が言った。
「頑張れ一真~、デートだと思って耐えろ!」
「それでも4時間は長いがな…」
「お前ら…まったく慰めになってねぇのは、言わなくても解るよな?」
「…ちょっと黙って?」
「久城君動かないで」
「カズ君!」
「…いっそ殺して…」
そう言って…一真は泣いた。
「…これが最後ね?」
「やっとか…」
最後の衣装…時刻は17時。結局この日、梨紅と正義の裏工作の末、一真と恋華は病欠という事になった。
「…はい、出来た」
そう言って、恋華は一真から離れた。
漆黒のズボンに漆黒のノースリーブ…その上に、これまた漆黒のトレンチコートを纏い、指先の部分が無い手袋を着けて…
「前髪を黒く染めて、仮面を着ければOKだね♪動き易さとかは大丈夫?」
「うん、普通に動ける…まぁ、さっきの"カラスの着ぐるみ"に比べれば、どんな衣装でも動き易く感じるだろうけどさ」
「あれでも良いよ?」
「謹んでお断りします」
そう言って、軽く体をほぐす一真。
「後は"名前"を決めて、作戦を覚えてくれれば準備OKだよ♪」
「…"名前"って?」
「怪盗"シャイン・アーク"みたいな…」
「いらねぇよ…」
一真は即答した。
「え!?なんで?」
「なんでって…別に、今回だけだし…」
「ダメだよ!名前決めないと、本名が知られたら捕まっちゃうよ?」
「…念には念を…かぁ…わかった。で、どんな名前にするわけ?」
しぶしぶ納得する一真に、恋華は言った。
「ん~…あたしみたいに、本名の並べ替えで決められれば良いんだけどねぇ…」
「…"しげのれんか"を、どうやって並べ替えると"シャイン・アーク"になるわけ?」
一真が首をかしげる中、恋華は空中に指を走らせながら言った。
「ローマ字にするの。
ShigenoRenka
ShineArkGone
ね?」
「なるほど…でも、それだと"怪盗シャイン・アーク・ゴーン"になるぞ?」
「ちょっと無理矢理なんだけどね?"Gone"は予告状と、盗んだ後に置いてくるカードにだけ『盗みに行きます』『行きました』って意味を込めて、書いてあるの」
「へぇ…ちゃんと考えてんだ」
納得しつつ、驚く一真。
「だから、カズ君の名前もちゃんと考えたいの…」
「そっか…久城一真だろ?
くじょうかずま
KuzyouKazuma
…なんも浮かばねぇ…」
早くも挫折した一真。
「う~ん…あたしもちょっと浮かばないなぁ…じゃあ、イニシャルのK.Kを使って考えよう」
「…怪盗K.Kで良くね?」
「え~、それじゃあつまんないもん」
「結局楽しみたいんじゃねぇか…」
顔をひくつかせながら、一真は言った。
「ん~…K.K…K.Kかぁ…」
真剣に悩む恋華を見ながら、一真は言った。
「黒騎士"KuroKisi"とかは?全身真っ黒だし」
「ローマ字読みはカッコ悪いよ…やっぱり英語かなぁ…」
「そうかい…」
否定はする物の、恋華は1つ閃いた。
「騎士…
ナイト…
Knight…
Kだ!これは使おっと♪」
「おぉ…言ってみるもんだな」
自分の案が反映され、微妙に喜ぶ一真。
「あとは…そうだなぁ…カズ君、優しいから…カインド"Kind"…怪盗、カインド・ナイト…どう?」
「優しい騎士…カインド・ナイト…う…?」
瞬間…一真の意識が飛んだ。
綺麗な蒼い髪の女性が、自分を抱きしめている。
(な…なんだ!?これ…これ…また映像?)
寺尾神社で頭に入って来た映像…それに似た感覚だが、今回は眺めるだけでは無く、一真自身がそこにいた。
(…ナイト…私の、愛しい、優しいナイト…)
女性は一真にそう言った。
(あなたは…誰ですか)
一真が問うと、女性は顔を上げた。
(…梨紅…)
その顔は、やはり梨紅に酷似していた。ただ少し、梨紅よりも大人な雰囲気がある。
(…私は…彼女…)
(…梨紅の…前世?)
女性は一真に微笑んだ。
(私"達"の息子…私"達"はあなた"達"の鍵…あなた"達"は私"達"の鍵なのよ)
(鍵って…"核"の?)
(あなたは本当に利口な子…どうかその知恵と、"ナイト"の力で、"娘"を守ってあげて…)
女性の姿が…いや、一真の視界が、白いモヤに包まれて行く。
(ちょっ!ちょっと待って、あんたの名前…)
女性は一真に微笑み、言った。
(私は…"エリー")
そして…完全に視界が白く染まり、一真の意識は薄れて行った。
「…!」
意識を取り戻した一真は、屋上に立っていた。呆けている一真に、恋華が声をかける。
「…カズ君?」
「あ…え?何?」
「その…カインド・ナイト、嫌だった?」
「…いや、気に入ってるよ?怪盗K.K"カインド・ナイト"」
「本当?良かったぁ♪」
満面の笑みで喜ぶ恋華に、一真は微笑む。
「それじゃあ、詳しい作戦はまた明日!先生に見つかるといけないから、ここから飛んで帰るね?」
「送って行こうか?」
「ありがと♪でも、ちょっと寄り道するから、今日は良いや…ごめんね?」
「良いよ、社交事例だし…」
「やっぱりカズ君、優しくな~い!それじゃあまた明日ね♪」
そう言って、恋華は屋上のフェンスに飛び乗り、勢い良く地上に向かって飛び降りて行った。
「…一見、自殺に見えるなあれ…」
怪盗の衣装を着たままの独り言を呟く一真。
「…"ナイト"と"エリー"…ねぇ…」
夕陽を眺めながら、一真は再び呟いた。
一真は迷っていた…
先程の出来事を、梨紅と幸太郎に話すべきか、否かを。
正直な所…一真自身、整理が着いていないのだ。それに、怪盗関係の山場を明日に控えている身…
結局一真は、胸の内に秘めておく事にした。
「…はぁ…」
長い思考を終え、一真は深く息を吐き出した。
一真は今、飛行魔法を使用しての帰宅途中である。
「…夕飯、何かな…」
わざわざ声に出して言う程の事でも無い独り言を言う一真。
「…今日の部活、何したんだろ…」
…どうやら一真は、考える事を止めたらしく、頭に浮かんだ言葉をひたすら口に出しているらしかった。
ダルいなぁ…
眠いなぁ…
そう言えば最近、退魔の仕事無いなぁ…
腹減ったなぁ…
ライトノベルスの新刊出たかなぁ…
…あ、通り過ぎた。
ボ~ッとし過ぎた挙句、自宅を通り過ぎた一真は、そこからUターンし、玄関に降り立った。
「ただいまぁ…」
一真が言うが、返事は無い…だが、生まれてこの方、玄関先での「ただいま」に返事が帰って来た事の無いので、一真は気にしない。
「ただいまぁ」
リビングに入り、2度目の「ただいま」を言う一真。
「「「おかえりぃ」」」
…予想より、返答の数が多かった。
「華子さん、梨紅、いらっしゃい」
「お邪魔してます」
リビングには、華子と梨紅がいた。
「…って事は、親父さんまた出張?」
「ううん、今日は麻雀だって言ってた…お父さんに何か用?」
「無い無い…」
そう言って、一真は梨紅に向かって手をヒラヒラさせる。
「…で?一真、その格好は何?」
「…重野が制服持って帰っちゃったんだよ」
一真はトレンチコートを脱ぎ、ハンガーに掛け、手袋を外してポケットに突っ込んだ。
「母さん、夕飯は?」
「ハンバーグよ?梨紅ちゃんにも手伝ってもらったの」
一真に向かってVサインをする梨紅。
「…ロシアンルーレットかぁ…」
「どういう意味よ!」
「冗談だって…(2割は)」
そう言って、一真は梨紅の正面の席に座った。
「まったく…あ、一真?今日はお仕事になったから」
「…マジか?」
「マジ。22時に隣町の南中学校」
時計を見れば19時…まだまだ時間はある。
「…自転車?徒歩?」
「空」
梨紅は即答した。
「またぁ?お前、楽ばっかしてっと本ッ当に太るぞ?」
「…美由希さ~ん、私のハンバーグ、1つで良いです」
「そうじゃねぇよ!」
「あ、一真が欲しかったの?」
「そうでもねぇ!」
不毛な会話はこの後も続き、結局…空を飛んで行く事になったのだ。
20時…一真の部屋には、梨紅のノートを写す一真と、一真のベッドに横になる梨紅の姿があった。
「…お腹いっぱい…」
「結局2つ食ってんじゃねぇか!」
ノートを写しながら、器用にツッコミを入れる一真。
「だって美味しいかったんだもん…ふわぁ…眠くなってきちゃった」
「お前、そのまま永眠して牛になっちまえ…」
「…それはあれ?遠回しに、牛のように"胸"を大きくしろっていう…」
「深読みせんでいい!てかんな事思ってねぇ!」
なかなか作業に集中出来ない一真…結局、手を止めてしまった。
「…梨紅?」
「ん~?」
「昨日の模擬戦で使った技さ…使わない方が良いと思う」
「…まぁ、流石に気絶するような技はねぇ…ちなみに"飛行術"は?」
「あれも危険だからなぁ…せめて"天使化"ってのが出来れば、どっちも使えると思うけど…」
腕を組んで考える一真。
「…"天使化"ってぐらいなんだから、"羽"ぐらい付いてんじゃない?」
「…そうだな、梨紅の前世があの人なら…付いてんだろうなぁ」
「問題は、どうやって変身するかだよね…」
「変身ってお前…」
一真は苦笑するが…確かに、変身と言っても良いのかもしれない。
「やっぱりこう…呪文とか言うのかな?」
「それは…なんとかライダー的な?それとも、なんたら戦隊的な?」
「出来れば、なんとかムーン的な…」
「絶対に嫌だ!」
一真が全力で拒否する。
「別に一真がそうなるって訳じゃ…」
「お前は好きにしろ、オレが"紅蓮化"する時にもしそうだったら、絶対に使わねぇかんな!」
「…高校生男子が"あれ"は痛いよね」
「何処の同性愛者を喜ばせる気だ…」
一真は1人、冷や汗をかいていた。
…時刻は、21時55分。場所は、隣町の南中学校の校庭…
私服の一真と梨紅が、そこに立っていた。
「…今回は何体?」
「1体らしいけど…最近、警察の情報もあてにならないからなぁ…」
「正義に文句言ってやれ」
「もう言ってあるよ」
「速ッ!お前、そういう時だけは異様に速いよなぁ」
顔をしかめ、一真が言った。
「そうかな?……一真」
梨紅の口調が、シリアスな物に変わった。
「来たか…」
「"ポケット"華颶夜!」
梨紅は華颶夜を取り出し、鞘から抜いて構える。
一真も身構え、準備はOKだ…しかし、
「カズ君!梨紅ちゃ~ん!」
「「…え?」」
場違いな明るい声に振り返ると、恋華が2人に駆け寄って来る所だった。
「2人とも、こんな所で何して…」
「来るな!」
「来ちゃダメ!」
2人が叫ぶが…遅かった。
校庭の真ん中に巨大な黒い穴が空き、中から魔物が出てきたのだ。
その大きさ…と、言うよりもこれは…
「…ドラゴン!?」
「長いなぁ…校庭のトラック1周分ぐらいか?」
そう、ドラゴンだ。その長さ、200mと言った所だろうか…
「クォォォォォォ…………」
雄叫びを上げるドラゴンを見上げ、唖然とする3人…
「…梨紅、ドラゴンの倒し方は?」
「…わかんない」
「…なんで今日に限ってあの親父ぃ…麻雀なんかやってんじゃねぇよ!」
幸太郎にキレる一真…だが、叫んでしまったのは非常にまずかった。
ドラゴンが、一真達を見つけてしまったのだ。
「クォォォォォォ!」
雄叫びを上げながら、3人に突進してくるドラゴン…
「「「わぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」」」
悲鳴を上げながら、全力で逃走する3人。
凄まじい轟音とともに、3人がいた場所に、巨大な穴が空いた。
「洒落にならねぇ…」
(一真!やるしか無いよ!)
(本気?本気と書いてマジ?)
(だってこれ、"デッド・オア・アライブ"ってやつでしょ!)
(…うん、まさにそれだね…)
「重野!」
一真は恋華を呼んだ。
「何!?」
「死にたくなきゃ手伝って!」
「死にたく無いから手伝うぅ…」
泣いている恋華…無理も無い。
「ドラゴンの頭を、重力で抑え込め!」
「はい!"重変"…1000!」
恋華の声と同時に、ドラゴンの頭が校庭にめり込んだ。
(梨紅!こいつの頭に華颶夜を突き刺せ!)
(はい!)
「はぁぁぁぁぁ!!!!!!」
梨紅が跳躍し、ドラゴンの頭上から一気に華颶夜を突き刺した。
恋華の重力の効果で、柄まで完全に突き刺さる華颶夜。
「重野!梨紅にだけ一瞬、反重力全開!」
「"重変"1部-1000!50!」
恋華の重力操作により、華颶夜を持ったまま20m程上空に吹き飛ぶ梨紅。
「"ソアー・フェザー"!」
落下してくる梨紅を、一真が飛行魔法で自らキャッチした。
「重野!そのまま重力全開を維持!」
「はい!」
「梨紅、昨日の砲撃で、華颶夜を突き刺した所を狙えるか?」
「さっき使うなって言ってたじゃん!」
「オレの魔力も使えば大丈夫だろ!」
文句を言いながらも、梨紅は華颶夜をドラゴンの頭の傷跡に向けた。
瞬間、華颶夜が白く輝き始めた。
「…行けるよ!」
「打て!」
「"破魔の月明かり"!」
華颶夜から、昨日の物よりも若干細い光線が放たれた。
しかもこの光線、ドラゴンの頭の真上に来た瞬間、垂直に方向を変えてしまい、狙った部分の手前に当たってしまったのだ。
「何してんの!?」
「恋華ちゃんの重力が強すぎるんだよ!」
「少しぐらい踏ん張れよ…重野!ハンマー使ってそいつの頭をぶったたけ!」
「"グラビテス"!」
重力のハンマーを取り出し、恋華は跳躍した。
「"グラビティ・インパクト"!」
恋華の降り下ろしたそれは、凄まじい勢いでドラゴンの頭にめり込んだ。
「クォッ!!ク…」
瞬間、ドラゴンの胴体から尻尾が勢い良く跳ね上がるが、そのまま力無く校庭に倒れた。
「…頭蓋骨陥没?」
「怖いよ恋華ちゃん…」
冷や汗をかきながら、2人は恋華のもとへ降りて行った。
「はぁ…はぁ…はぁ…はぁ…」
ハンマーを持ったまま、息を荒くしている恋華。
「重野…ちょっとやり過ぎ…いや!そんな事ない、全ッ然やり過ぎてないぞ?」
一真は、恋華の表情を見た瞬間、前言を撤回した。
「ぅぅぅわぁぁぁぁぁぁぁぁぁん…」
恋華、まさかの大号泣である。
「怖がっだぁぁ!怖かったよぉぉぉ…」
「恋華ちゃん、偉かったよ!よく頑張ってた!」
「梨紅ちゃぁぁぁん…」
梨紅に抱き着いてさらに号泣する恋華…
そんな光景を見て、一真は顔をひきつらせながら苦笑していた。
…しかし、
「…クォォォォォォ!!!!!」
「「「!!!」」」
ドラゴンは、蘇った…
重力で押さえられ、退魔刀を突き刺され、退魔力の砲撃を受け、頭蓋骨を陥没させられたドラゴン…
蘇ったどころか、傷一つ見当たらないではないか。
「…嘘ぉ…」
「不死身か?こいつ…」
「…よく考えれば、退魔以外の攻撃って…魔物への効果は薄いのよね…」
「うわ!やらかした…ここに来て凡ミスかましたぁ…」
顔をひきつらせ、ドラゴンを見上げる一真。
「クォォォォォォ…」
雄叫びとともに、ドラゴンはその巨大な尻尾を振り回し始めた。
「…梨紅、何かヤバそうだぞ?」
「だね…」
身構える2人…恋華は梨紅の後ろに隠れ、震えていた。
まるで鞭のようなドラゴンの尻尾は、徐々にその動きを速め…そして、空を切る音とともに、梨紅達に向かって重い一撃を放った。
「!"剣の盾"!」
梨紅は咄嗟に盾を出すが…それは、限りなく無意味な行為だった。
梨紅は、前の盾と後ろの恋華ごと吹き飛ばされた。
そして、木の幹がへし折れ倒れる音がする…
それは、梨紅達が悲鳴を上げる暇も無いほどの…一瞬の出来事…
「梨紅!重野!」
2人に向かって駆け出そうとする一真の目の前に、空から華颶夜が降って来て、突き刺さった。
まるで…
「…」
一真に、闘えと言っているかのように…
「クォォォォォォ!!!!」
尻尾を定位置に戻したドラゴンは、雄叫びとともに一真へと突進して来た。
「…オイ…」
ドラゴンの頭部は、一真に直撃した。衝撃が辺りに拡散し、木々を揺らす…しかし、
「…ク…クォ…」
「…お前…」
信じられない事に、一真は健在だった。しかも、ドラゴンの牙を左手で掴んでいるではないか。
一真は…ドラゴンの突進を、片手で受け止めたのだ。
「…オレの…」
一真の髪の毛が、根本から徐々に緋色に染まって行く…
「…仲間にぃ…」
完全に髪が緋色になると同時に、ドラゴンの牙が一真の左手によって握り潰される。
「クォア!?」
「…何してくれてんだぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!」
一真は、ドラゴンの下顎を蹴り上げた。
「グォァァァァ!!!!」
ドラゴンの上下の牙が全て砕け、ドラゴンは上方に吹き飛ぶ…
さらに華颶夜を手に取り、紅蓮・華颶夜姫に変化させる一真…
その両目は…緋色に染まっていた。
"紅蓮化"である。
「オォォォォォォ!!!!!!」
凄まじい跳躍で、一瞬でドラゴンよりも上に跳んで来た一真。
「オラァァァ!!!」
紅蓮・華颶夜姫を使い、ドラゴンを地面に叩き落とした。
落下の衝撃が、辺りに広がって行く…
「"カムイ"ィィィィ!!!!!」
超高速飛行魔法、カムイを使い、一真は一瞬でドラゴンの頭部側面へやって来た。
そして、ドラゴンの頬の部分に紅蓮・華颶夜姫を突き刺し、すぐに引き抜き…一真は言った。
「"フレイム・バースト=ホーリエ・インパルス"!!!」
圧縮した魔力弾持った右手を、紅蓮・華颶夜姫で空けた穴に突っ込んだ一真。
「…エクスプロード」
一真がそう言った瞬間…ドラゴンの口から、光が溢れ出した。
光は爆音とともに増殖して行き、ドラゴンの皮膚を突き破り、内側からドラゴンを包み込んだ。
「吹き飛べぇぇぇぇぇ!!!!!!!」
「クァァァァァァァァ!!!!!」
そして…光と炎の大爆発により、ドラゴンは消し飛んだ。
辺りに響く轟音…
爆発の衝撃で、校舎の窓ガラスが砕け散った。
辺りに静寂が戻った…一真は地上に降り立ち、先程までドラゴンが飛んでいた空を見上げる。
髪は緋色のままだが、その目は黒に戻っていた。
「一真!」
「!?」
声に驚き、一真が振り返ると…
「梨紅…」
梨紅が、一真に向かって走って来るのが見える。
瞬間…一真の髪は、前髪に緋色を残し、残りは黒髪に戻った。
「一真!大丈…ぅわっ…」
一真に駆けよって来た梨紅を、一真は抱き締めた。
「…一真?」
「…良かった…お前が無事で…」
「…心配…した?」
「当たり前だろ…」
「…ちょっと…嬉しいかも…」
そう言って、梨紅も一真を抱き締めた。
「…あのぉ…」
「「!!!」」
突然声をかけられ、2人は飛び退いた。
「し…重野、無事だったんだな…良かった…」
そこにいたのは、恋華だった。
「邪魔しちゃってごめんね?でも、ドラゴンがどうなったのか知りたくて…」
「いや、邪魔だなんて…その…」
「別に、そんなんじゃ…」
顔を真っ赤に染め、2人はうつ向いた。
ドラゴンの一撃を受け、吹き飛ぶ2人…
「…"重変"後方-1000!」
咄嗟に、恋華が重力の向きを変え、勢いを和らげようとする…しかし、完全に勢いを殺すには距離が足りず、手前にある木に激突してしまう…
「"グラビテス"!"グラビティ・ブースター"!」
恋華は重力のハンマーに、重力による加速をつけ、恋華達が当たる前に、木をなぎ倒したのだ。
「…って訳で、助かったの」
梨紅による説明が終わり、一真は恋華に視線を向けた。
「なるほどな…重野、マジで助かったよ、サンキューな」
「ううん…必死だったから、自分でも何したのかわかってないし…」
いわゆる、火事場の馬鹿力というやつだ。
「でも本当…今回は恋華ちゃんがいなかったら危なかったよね…」
「あぁ…ところで重野、こんな所で何してんの?」
「何って…退魔のお手伝い…」
「そうじゃなくて…こんな時間に、なんで隣町にいるの?って話」
「あぁ、明日の為に下見をしに来たからだよ」
明日盗みに入る博物館は、この中学校の隣なのだ…侵入方法等の確認のため、恋華はやって来たのだ。その帰り、空からたまたま一真達を見つけ、降りて来たら、巻き込まれた…
「…って訳」
「なるほど、さっき言ってた寄り道ってその事だったんだ…まぁ、何にしても助かったよ」
梨紅も大いに頷く。
「う~ん…まぁ、お役に立てて良かったよ♪でもカズ君、よくあんなに大きな魔物を倒せたよね…」
「…見てたのか?」
「うん、梨紅ちゃんと2人で…圧倒的に強かったよね、カズ君」
「一真…あんた、いつの間に"紅蓮化"出来るようになったの?」
「"紅蓮化"?…してたの?オレ」
した覚えのない"紅蓮化"…一真は無意識のうちに、していたようだ。
「あれは多分"紅蓮化"だったよ?髪は緋色になってたし…でも、髪の毛伸びてないから…"紅蓮化"じゃなかったのかも…」
「言うなら、"半紅蓮化"って所か…髪は伸びないし、疲労もたいしたこと無い…」
「でも、凄い魔力だったよ…ねぇ?恋華ちゃん」
「魔力はちょっとわからないけど…うん…なんて言うか、ドラゴンへの"殺気"を感じたよ」
殺気…それが紅蓮化するための条件なのだろうか。
「そう?私は、"殺気"よりもこう…"暖かい"感じの何かを感じたけど…」
「…全ッ然わかんねぇよ、どっちだよ?」
一真は顔をしかめる。"殺気"と"暖かい何か"は、明らかに正反対の物だろう…その両方が、"紅蓮化"への鍵なのだろうか…
「…わかんないね…」
「うん、きっと考えるだけ無駄なんだよ!だからこの話はおしまい!」
梨紅が手を叩いて解散を促す。
「…お前は考えるのがダルいだけだろうが…」
「違うよ!考える気なんて毛頭無いの」
「尚更タチが悪いじゃねぇか!」
とは言うものの、一真にも考えが有るわけでは無いのだ…
「…でもまぁ、今日は疲れたし…帰るか」
「じゃあ、帰りも空で」
「オレ、たった今『疲れたし』って言ったよな?」
「頑張ってよカズ君、私達の周りは無重力にしてあげるから♪」
「それはありがたいね…つまり重野も送って行かなきゃいけない訳だ、ちゃっかりしてんなお前も…」
「エヘヘ♪」
満面の笑みで一真を見る恋華…それを見て苦笑する一真。
「…あ、重野?制服返してくれ」
「制服?…あぁ!カズ君の?どこだったかなぁ…」
恋華は何処からか袋を取り出し、中をあさり始めた。
「えっとぉ……………あった、これ?」
そう言って、恋華はYシャツとズボンを取り出した。
「それそれ…って!ぐちゃぐちゃじゃねぇか!」
「重力圧縮…布団もペラペラになるんだよ?」
そう言って、恋華は一真に向かって親指をグイッと突き出して見せた。
「どうでも良いわ!あ~あ…ズボンしわしわ…」
凹む一真…それを見兼ねた梨紅が、言った。
「…あんた、魔法使いならそのぐらい何とでもなるでしょ?」
「…そっか、魔法使えるんじゃん」
一真はズボンを広げ、手をかざした。
「…"クリーニング"!」
一真が言った瞬間、ズボンが輝き、糸の解れや毛玉等が全て消え去った。
「綺麗になったじゃない、新品みたいよ?」
梨紅がそう言って、ズボンを手に取る。
「…しわは取れてないけどね?」
「意味ねぇだろ!」
そう…綺麗にはなったが、しわは一切消えていなかったのだ。
「へぇ…クリーニングに出せばしわは消えるけど、同じ名前の魔法だからって、同じ効果になるとは限らないんだねぇ」
何故か感心する恋華。
「フン…浅はかだね、久城君…」
「やかましいわ!」
梨紅に鼻で笑われ、怒る一真…
一向に帰る気配の無い3人には関係無く、夜はふけて行った。
6月15日、金曜日…
空は快晴…絶好の怪盗日和と言うべきか…いや、怪盗にとっては曇りの方が良かったのかもしれない。
「…一真、やっぱり行っちゃ駄目だよ!」
一真と向かい合うように自席に座っている、梨紅が言った。
「…今更!?」
突然の事に、一真は驚きを隠せない。
「お前昨日…ノリノリでオレの服選んでたじゃん!」
「昨日は…ほら、その場のノリってあるじゃない?」
苦笑いする梨紅。一真はそれを見て、ため息を吐いた。
「…そのノリのまま、今日の夜までよろしく」
「でも一真、犯罪者になっちゃうのよ?私、嫌だよ?一真が指名手配されたりしたら…」
「良いじゃん、そのまま海賊王目指すよ」
「バカ言ってんじゃないわよ…」
ふざける一真に、今度は梨紅がため息を吐いた。すると…
「一真!?」
暖が、血相を変えて2人に向かって駆けて来た。
「よぉ…何をそんなに慌ててんだ?」
「何をってお前…逆に、お前はここで『何を』してんだ!」
「…はぁ?」
顔をしかめる一真に、呼吸を整えてから、暖は言った。
「お前と恋華ちゃんは、昨日からインフルエンザで休みって事になってんだぞ!」
「…」
「あ!そうだった…」
梨紅が顔を青くする。一方一真は、1度大きくため息を吐き、言った。
「…とりあえず、『バカ野郎!』とか、『アホかぁぁぁ!』とか、言いたい事は山ほどある…キリがない…でも、1つだけ…1つだけ、言わせてくれ…」
一真は、机の中に入れた教科書やノートをバッグに詰め込み、それを持って、席から立ち上がり、言った。
「…『時期を考えろ!』」
季節は初夏…インフルエンザはいくらなんでも無いだろう…
そう言って、一真は教室から飛び出して行った。
~昼休み~
MBSF研究会部室
「…なんで正義と山中が付いていながら、『インフルエンザ』かなぁ…」
「めんぼくない…」
「ごめんなさい…」
MBSF研究会の部員全員が、そこにいた。
「いや、欠席の理由としては確かにありがたいよ?出席日数とかあるから…でもさ?『インフルエンザ』は流石に無いんじゃない?」
「…でも、田丸先生は納得してたよ?」
「うちの担任もだ」
「…この学校、馬鹿しかいねぇのか…」
ため息を吐きつつ、一真は続けた。
「…インフルエンザって、医者に治癒証明を貰わなきゃいけねぇだろ?どうすりゃ良いんだよ…」
「その辺に抜かりは無い」
正義が言った。
「知り合いに医師がいるから、頼んでみよう」
「流石は正義!でも、高確率で違法なんじゃないか?」
「…黙秘だ」
「違法なんじゃねぇか!」
視線を反らす正義に一真が言った。
「…で、一真達はこのまま部室にいるのか?」
暖が、焼きそばパンをかじりながら言った。
「いや、普通に帰るし…」
「?だったらなんで、昼休みまで残ってたんだよ」
「お前達に、どうしても言っておきたい事があったからだ」
「え…何?」
「いや、だから『インフルエンザは無いだろ』って事」
「あぁ、それね…」
梨紅も弁当を開き、食べ始めた。
「治癒証明とか、どうすれば良いかわからなかったからね…それを聞こうと思って、残ってたの」
サンドイッチを食べながら、恋華は言った。
「なるほど…じゃあ、昼飯食べて帰る訳だ」
「あぁ、夜に備えて色々とやることもあるしな」
「怪盗K.Kだもんなぁ…」
「…なんで知ってん?」
昨日決めたばかりの名前を、暖が知っている理由がわからない一真。
「?お前、新聞読んで無いのか?」
「寝坊したから読んで無い」
「ほら、これ」
暖は何処からか新聞を取り出した。
「…なんで持ってんだよ…」
「高橋が持って来たやつ借りた」
その新聞の一面には、予告状を拡大した物が載っていた。
___________
GONE
6月15日、夜9時
N博物館にて
『禁じられた魔法、最強の魔法、不可能な魔法、下巻』
を、いただきに参上致します。
怪盗シャイン・アーク
怪盗Kind.Knight
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「…手回し早すぎないか?」
思わず弁当に伸ばしていた箸を止め、一真は新聞に見入っていた。
「…一真、口が開きっぱなし」
「…」
梨紅に指摘され、口を閉じる一真。
「ヤバいなぁ…緊張してきた」
弁当を掻き込み、手早く片付け、バッグにしまい、一真は立ち上がった。
「帰って寝るわ…重野、6時ぐらいに迎えに来て…"ソアー・フェザー"」
「うん、わかったぁ」
そう言って、一真は窓から飛び降り、空へ舞い上がった。
「…あれで本当に緊張してんのか?」
「…さぁ?」
真相は、一真のみぞ知る…




