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魔法使いの苦悩  作者: 黒緋クロア
第三章 怪盗と絆 前編
21/66

4.彼らは退魔を手伝う。


6月14日、木曜日。


「…」


「あぁぁぁぁぁぁぁぁ………………あだっ!」


一真の腕をしっかり掴み、無言のまま全力で廊下を駆け抜ける恋華と、宙に浮いた状態で乱暴に引っ張られ、壁や床にぶつけられながら、恋華の後に続く一真の姿があった。


マンガやアニメで、引っ張る人間のあまりの速さに、引っ張られる人間が宙に浮く描写を見たことがあるだろうか。


あの状態だ…しかし、恋華が速いわけではない。


一真の周りだけ、無重力にしているだけなのだ。




廊下を駆け抜け、階段を駆け上り、2人は屋上へやって来た。


「…えいっ!」


掛け声と共に、恋華は一真を投げ飛ばした。


「…ぁぁぁぁぁへぶっ!」


無重力から解放された一真は、顔面から屋上の床へ落下した。


「大変だよカズ君!」


「…それはあれか?今のオレの状態よりも大変な事なのか?」


顔は…腫れあがると同時に大量の擦り傷や切り傷に覆われ、Yシャツはボロボロ…ズボンには擦れた後があちこちに…


「カズ君!?どうしたのそれ!」


「犯人はお前だぁぁぁぁ!!!!!」


本気で驚く恋華に、一真は叫んだ。


「…って、そんな事より!」


「そんな事…」


悲痛の叫びを『そんな事』扱いされ、一真はショックを受ける。


「明日だよ!?」


「…何が?」


「怪盗!」


「…?」


すっかり忘れている一真に、恋華は叫んだ。


「一緒に怪盗やってくれるって言ったじゃない!!!!!!」


「…あぁ、その話か…"ヒーリング"」


一真は回復魔法を使いながら、立ち上がった。


「明日かぁ…」


「まだなんの準備もして無いよ!どうするの?」


「…何の準備?」


「衣装合わせとか、顔を隠す仮面とか…」


「…重野が用意したのを適当に着るさ」


「今から衣装合わせするからね!」


そう言って、何処からともなく衣装を取り出す恋華。


「…授業は?」


「1日ぐらい平気だよ!」


「…え?放課後まで続くの?…あ~なるほど、こりゃあ軽く放課後までかかるわなぁ」


恋華の取り出した大量の衣装を見て、納得する一真。


その数は…100着を越えていたのだ。









そして、昼休み…


「…やっぱり黒だよね?」


「夜だもん、赤はちょっとねぇ…」


「てか、そうなると前髪の緋色は目立つよな?」


「格好の的だな…」


「…なんでお前らまで参加してんだよ」


何故か、屋上に全員集合しているMBSF研究会部員達…


誰が持って来たのか、ビニールシートを引いてのランチタイムだ。


「まず、何故に山中と暖が知ってるわけ?」


「彼らは民間協力者だ」


「マジで!?お前らみんな敵か!」


「カズ君動かないで!」


「…」


恋華に怒られ、黙る一真。


「協力って言っても、オレ達は地上から一真達を探して、今城に電話するだけだぞ?」


「そうかい…でも嫌だぜ?オレ…でっけぇ鎌持った山中に追いかけられんの…」


「大丈夫だよ、追いかけるのは正義君と梨紅…私達は、あくまでサポートだから」


「って言ってもなぁ…結果的には2対4だろ?」


「…こんな物かな、どう?梨紅ちゃん、沙織ちゃん」


恋華は梨紅達の脇に立って言う。


「…うん、似合ってるよ?」


「でもちょっと…動きづらそうじゃない?」


「もっとラフな感じにしよっかぁ…」


「…勘弁してくれよ…かれこれ4時間立ちっぱだぞオイ…」


疲れた顔で、一真が言った。


「頑張れ一真~、デートだと思って耐えろ!」


「それでも4時間は長いがな…」


「お前ら…まったく慰めになってねぇのは、言わなくても解るよな?」


「…ちょっと黙って?」


「久城君動かないで」


「カズ君!」


「…いっそ殺して…」


そう言って…一真は泣いた。








「…これが最後ね?」


「やっとか…」


最後の衣装…時刻は17時。結局この日、梨紅と正義の裏工作の末、一真と恋華は病欠という事になった。


「…はい、出来た」


そう言って、恋華は一真から離れた。


漆黒のズボンに漆黒のノースリーブ…その上に、これまた漆黒のトレンチコートを纏い、指先の部分が無い手袋を着けて…


「前髪を黒く染めて、仮面を着ければOKだね♪動き易さとかは大丈夫?」


「うん、普通に動ける…まぁ、さっきの"カラスの着ぐるみ"に比べれば、どんな衣装でも動き易く感じるだろうけどさ」


「あれでも良いよ?」


「謹んでお断りします」


そう言って、軽く体をほぐす一真。


「後は"名前"を決めて、作戦を覚えてくれれば準備OKだよ♪」


「…"名前"って?」


「怪盗"シャイン・アーク"みたいな…」


「いらねぇよ…」


一真は即答した。




「え!?なんで?」


「なんでって…別に、今回だけだし…」


「ダメだよ!名前決めないと、本名が知られたら捕まっちゃうよ?」


「…念には念を…かぁ…わかった。で、どんな名前にするわけ?」


しぶしぶ納得する一真に、恋華は言った。


「ん~…あたしみたいに、本名の並べ替えで決められれば良いんだけどねぇ…」


「…"しげのれんか"を、どうやって並べ替えると"シャイン・アーク"になるわけ?」


一真が首をかしげる中、恋華は空中に指を走らせながら言った。


「ローマ字にするの。

ShigenoRenka


ShineArkGone


ね?」


「なるほど…でも、それだと"怪盗シャイン・アーク・ゴーン"になるぞ?」


「ちょっと無理矢理なんだけどね?"Gone"は予告状と、盗んだ後に置いてくるカードにだけ『盗みに行きます』『行きました』って意味を込めて、書いてあるの」


「へぇ…ちゃんと考えてんだ」


納得しつつ、驚く一真。


「だから、カズ君の名前もちゃんと考えたいの…」


「そっか…久城一真だろ?


くじょうかずま


KuzyouKazuma


…なんも浮かばねぇ…」


早くも挫折した一真。


「う~ん…あたしもちょっと浮かばないなぁ…じゃあ、イニシャルのK.Kを使って考えよう」


「…怪盗K.Kで良くね?」


「え~、それじゃあつまんないもん」


「結局楽しみたいんじゃねぇか…」


顔をひくつかせながら、一真は言った。


「ん~…K.K…K.Kかぁ…」


真剣に悩む恋華を見ながら、一真は言った。


「黒騎士"KuroKisi"とかは?全身真っ黒だし」


「ローマ字読みはカッコ悪いよ…やっぱり英語かなぁ…」


「そうかい…」


否定はする物の、恋華は1つ閃いた。


「騎士…


ナイト…


Knight…


Kだ!これは使おっと♪」


「おぉ…言ってみるもんだな」


自分の案が反映され、微妙に喜ぶ一真。


「あとは…そうだなぁ…カズ君、優しいから…カインド"Kind"…怪盗、カインド・ナイト…どう?」


「優しい騎士…カインド・ナイト…う…?」


瞬間…一真の意識が飛んだ。








綺麗な蒼い髪の女性が、自分を抱きしめている。


(な…なんだ!?これ…これ…また映像?)


寺尾神社で頭に入って来た映像…それに似た感覚だが、今回は眺めるだけでは無く、一真自身がそこにいた。


(…ナイト…私の、愛しい、優しいナイト…)


女性は一真にそう言った。


(あなたは…誰ですか)


一真が問うと、女性は顔を上げた。


(…梨紅…)


その顔は、やはり梨紅に酷似していた。ただ少し、梨紅よりも大人な雰囲気がある。


(…私は…彼女…)


(…梨紅の…前世?)


女性は一真に微笑んだ。


(私"達"の息子…私"達"はあなた"達"の鍵…あなた"達"は私"達"の鍵なのよ)


(鍵って…"核"の?)


(あなたは本当に利口な子…どうかその知恵と、"ナイト"の力で、"娘"を守ってあげて…)


女性の姿が…いや、一真の視界が、白いモヤに包まれて行く。


(ちょっ!ちょっと待って、あんたの名前…)


女性は一真に微笑み、言った。


(私は…"エリー")


そして…完全に視界が白く染まり、一真の意識は薄れて行った。








「…!」


意識を取り戻した一真は、屋上に立っていた。呆けている一真に、恋華が声をかける。


「…カズ君?」


「あ…え?何?」


「その…カインド・ナイト、嫌だった?」


「…いや、気に入ってるよ?怪盗K.K"カインド・ナイト"」


「本当?良かったぁ♪」


満面の笑みで喜ぶ恋華に、一真は微笑む。


「それじゃあ、詳しい作戦はまた明日!先生に見つかるといけないから、ここから飛んで帰るね?」


「送って行こうか?」


「ありがと♪でも、ちょっと寄り道するから、今日は良いや…ごめんね?」


「良いよ、社交事例だし…」


「やっぱりカズ君、優しくな~い!それじゃあまた明日ね♪」


そう言って、恋華は屋上のフェンスに飛び乗り、勢い良く地上に向かって飛び降りて行った。


「…一見、自殺に見えるなあれ…」


怪盗の衣装を着たままの独り言を呟く一真。


「…"ナイト"と"エリー"…ねぇ…」


夕陽を眺めながら、一真は再び呟いた。



一真は迷っていた…


先程の出来事を、梨紅と幸太郎に話すべきか、否かを。


正直な所…一真自身、整理が着いていないのだ。それに、怪盗関係の山場を明日に控えている身…


結局一真は、胸の内に秘めておく事にした。


「…はぁ…」


長い思考を終え、一真は深く息を吐き出した。


一真は今、飛行魔法を使用しての帰宅途中である。


「…夕飯、何かな…」


わざわざ声に出して言う程の事でも無い独り言を言う一真。


「…今日の部活、何したんだろ…」


…どうやら一真は、考える事を止めたらしく、頭に浮かんだ言葉をひたすら口に出しているらしかった。


ダルいなぁ…


眠いなぁ…


そう言えば最近、退魔の仕事無いなぁ…


腹減ったなぁ…


ライトノベルスの新刊出たかなぁ…


…あ、通り過ぎた。


ボ~ッとし過ぎた挙句、自宅を通り過ぎた一真は、そこからUターンし、玄関に降り立った。


「ただいまぁ…」


一真が言うが、返事は無い…だが、生まれてこの方、玄関先での「ただいま」に返事が帰って来た事の無いので、一真は気にしない。


「ただいまぁ」


リビングに入り、2度目の「ただいま」を言う一真。


「「「おかえりぃ」」」


…予想より、返答の数が多かった。


「華子さん、梨紅、いらっしゃい」


「お邪魔してます」


リビングには、華子と梨紅がいた。


「…って事は、親父さんまた出張?」


「ううん、今日は麻雀だって言ってた…お父さんに何か用?」


「無い無い…」


そう言って、一真は梨紅に向かって手をヒラヒラさせる。


「…で?一真、その格好は何?」


「…重野が制服持って帰っちゃったんだよ」


一真はトレンチコートを脱ぎ、ハンガーに掛け、手袋を外してポケットに突っ込んだ。


「母さん、夕飯は?」


「ハンバーグよ?梨紅ちゃんにも手伝ってもらったの」


一真に向かってVサインをする梨紅。


「…ロシアンルーレットかぁ…」


「どういう意味よ!」


「冗談だって…(2割は)」


そう言って、一真は梨紅の正面の席に座った。


「まったく…あ、一真?今日はお仕事になったから」


「…マジか?」


「マジ。22時に隣町の南中学校」


時計を見れば19時…まだまだ時間はある。


「…自転車?徒歩?」


「空」


梨紅は即答した。


「またぁ?お前、楽ばっかしてっと本ッ当に太るぞ?」


「…美由希さ~ん、私のハンバーグ、1つで良いです」


「そうじゃねぇよ!」


「あ、一真が欲しかったの?」


「そうでもねぇ!」


不毛な会話はこの後も続き、結局…空を飛んで行く事になったのだ。






20時…一真の部屋には、梨紅のノートを写す一真と、一真のベッドに横になる梨紅の姿があった。


「…お腹いっぱい…」


「結局2つ食ってんじゃねぇか!」


ノートを写しながら、器用にツッコミを入れる一真。


「だって美味しいかったんだもん…ふわぁ…眠くなってきちゃった」


「お前、そのまま永眠して牛になっちまえ…」


「…それはあれ?遠回しに、牛のように"胸"を大きくしろっていう…」


「深読みせんでいい!てかんな事思ってねぇ!」


なかなか作業に集中出来ない一真…結局、手を止めてしまった。


「…梨紅?」


「ん~?」


「昨日の模擬戦で使った技さ…使わない方が良いと思う」


「…まぁ、流石に気絶するような技はねぇ…ちなみに"飛行術"は?」


「あれも危険だからなぁ…せめて"天使化"ってのが出来れば、どっちも使えると思うけど…」


腕を組んで考える一真。


「…"天使化"ってぐらいなんだから、"羽"ぐらい付いてんじゃない?」


「…そうだな、梨紅の前世があの人なら…付いてんだろうなぁ」


「問題は、どうやって変身するかだよね…」


「変身ってお前…」


一真は苦笑するが…確かに、変身と言っても良いのかもしれない。


「やっぱりこう…呪文とか言うのかな?」


「それは…なんとかライダー的な?それとも、なんたら戦隊的な?」


「出来れば、なんとかムーン的な…」


「絶対に嫌だ!」


一真が全力で拒否する。


「別に一真がそうなるって訳じゃ…」


「お前は好きにしろ、オレが"紅蓮化"する時にもしそうだったら、絶対に使わねぇかんな!」


「…高校生男子が"あれ"は痛いよね」


「何処の同性愛者を喜ばせる気だ…」


一真は1人、冷や汗をかいていた。




…時刻は、21時55分。場所は、隣町の南中学校の校庭…


私服の一真と梨紅が、そこに立っていた。


「…今回は何体?」


「1体らしいけど…最近、警察の情報もあてにならないからなぁ…」


「正義に文句言ってやれ」


「もう言ってあるよ」


「速ッ!お前、そういう時だけは異様に速いよなぁ」


顔をしかめ、一真が言った。


「そうかな?……一真」


梨紅の口調が、シリアスな物に変わった。


「来たか…」


「"ポケット"華颶夜!」


梨紅は華颶夜を取り出し、鞘から抜いて構える。


一真も身構え、準備はOKだ…しかし、


「カズ君!梨紅ちゃ~ん!」


「「…え?」」


場違いな明るい声に振り返ると、恋華が2人に駆け寄って来る所だった。


「2人とも、こんな所で何して…」


「来るな!」


「来ちゃダメ!」


2人が叫ぶが…遅かった。


校庭の真ん中に巨大な黒い穴が空き、中から魔物が出てきたのだ。


その大きさ…と、言うよりもこれは…


「…ドラゴン!?」


「長いなぁ…校庭のトラック1周分ぐらいか?」


そう、ドラゴンだ。その長さ、200mと言った所だろうか…


「クォォォォォォ…………」


雄叫びを上げるドラゴンを見上げ、唖然とする3人…


「…梨紅、ドラゴンの倒し方は?」


「…わかんない」


「…なんで今日に限ってあの親父ぃ…麻雀なんかやってんじゃねぇよ!」


幸太郎にキレる一真…だが、叫んでしまったのは非常にまずかった。


ドラゴンが、一真達を見つけてしまったのだ。


「クォォォォォォ!」


雄叫びを上げながら、3人に突進してくるドラゴン…


「「「わぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」」」


悲鳴を上げながら、全力で逃走する3人。


凄まじい轟音とともに、3人がいた場所に、巨大な穴が空いた。


「洒落にならねぇ…」


(一真!やるしか無いよ!)


(本気?本気と書いてマジ?)


(だってこれ、"デッド・オア・アライブ"ってやつでしょ!)


(…うん、まさにそれだね…)


「重野!」


一真は恋華を呼んだ。


「何!?」


「死にたくなきゃ手伝って!」


「死にたく無いから手伝うぅ…」


泣いている恋華…無理も無い。


「ドラゴンの頭を、重力で抑え込め!」


「はい!"重変"…1000!」


恋華の声と同時に、ドラゴンの頭が校庭にめり込んだ。


(梨紅!こいつの頭に華颶夜を突き刺せ!)


(はい!)


「はぁぁぁぁぁ!!!!!!」


梨紅が跳躍し、ドラゴンの頭上から一気に華颶夜を突き刺した。


恋華の重力の効果で、柄まで完全に突き刺さる華颶夜。


「重野!梨紅にだけ一瞬、反重力全開!」


「"重変"1部-1000!50!」


恋華の重力操作により、華颶夜を持ったまま20m程上空に吹き飛ぶ梨紅。


「"ソアー・フェザー"!」


落下してくる梨紅を、一真が飛行魔法で自らキャッチした。


「重野!そのまま重力全開を維持!」


「はい!」


「梨紅、昨日の砲撃で、華颶夜を突き刺した所を狙えるか?」


「さっき使うなって言ってたじゃん!」


「オレの魔力も使えば大丈夫だろ!」


文句を言いながらも、梨紅は華颶夜をドラゴンの頭の傷跡に向けた。


瞬間、華颶夜が白く輝き始めた。


「…行けるよ!」


「打て!」


「"破魔の月明かり"!」


華颶夜から、昨日の物よりも若干細い光線が放たれた。


しかもこの光線、ドラゴンの頭の真上に来た瞬間、垂直に方向を変えてしまい、狙った部分の手前に当たってしまったのだ。


「何してんの!?」


「恋華ちゃんの重力が強すぎるんだよ!」


「少しぐらい踏ん張れよ…重野!ハンマー使ってそいつの頭をぶったたけ!」


「"グラビテス"!」


重力のハンマーを取り出し、恋華は跳躍した。


「"グラビティ・インパクト"!」


恋華の降り下ろしたそれは、凄まじい勢いでドラゴンの頭にめり込んだ。


「クォッ!!ク…」


瞬間、ドラゴンの胴体から尻尾が勢い良く跳ね上がるが、そのまま力無く校庭に倒れた。


「…頭蓋骨陥没?」


「怖いよ恋華ちゃん…」


冷や汗をかきながら、2人は恋華のもとへ降りて行った。


「はぁ…はぁ…はぁ…はぁ…」


ハンマーを持ったまま、息を荒くしている恋華。


「重野…ちょっとやり過ぎ…いや!そんな事ない、全ッ然やり過ぎてないぞ?」


一真は、恋華の表情を見た瞬間、前言を撤回した。


「ぅぅぅわぁぁぁぁぁぁぁぁぁん…」


恋華、まさかの大号泣である。


「怖がっだぁぁ!怖かったよぉぉぉ…」


「恋華ちゃん、偉かったよ!よく頑張ってた!」


「梨紅ちゃぁぁぁん…」


梨紅に抱き着いてさらに号泣する恋華…


そんな光景を見て、一真は顔をひきつらせながら苦笑していた。


…しかし、



「…クォォォォォォ!!!!!」


「「「!!!」」」


ドラゴンは、蘇った…


重力で押さえられ、退魔刀を突き刺され、退魔力の砲撃を受け、頭蓋骨を陥没させられたドラゴン…


蘇ったどころか、傷一つ見当たらないではないか。


「…嘘ぉ…」


「不死身か?こいつ…」


「…よく考えれば、退魔以外の攻撃って…魔物への効果は薄いのよね…」


「うわ!やらかした…ここに来て凡ミスかましたぁ…」


顔をひきつらせ、ドラゴンを見上げる一真。


「クォォォォォォ…」


雄叫びとともに、ドラゴンはその巨大な尻尾を振り回し始めた。


「…梨紅、何かヤバそうだぞ?」


「だね…」


身構える2人…恋華は梨紅の後ろに隠れ、震えていた。


まるで鞭のようなドラゴンの尻尾は、徐々にその動きを速め…そして、空を切る音とともに、梨紅達に向かって重い一撃を放った。


「!"剣の盾"!」


梨紅は咄嗟に盾を出すが…それは、限りなく無意味な行為だった。


梨紅は、前の盾と後ろの恋華ごと吹き飛ばされた。


そして、木の幹がへし折れ倒れる音がする…


それは、梨紅達が悲鳴を上げる暇も無いほどの…一瞬の出来事…


「梨紅!重野!」


2人に向かって駆け出そうとする一真の目の前に、空から華颶夜が降って来て、突き刺さった。


まるで…


「…」


一真に、闘えと言っているかのように…


「クォォォォォォ!!!!」


尻尾を定位置に戻したドラゴンは、雄叫びとともに一真へと突進して来た。


「…オイ…」


ドラゴンの頭部は、一真に直撃した。衝撃が辺りに拡散し、木々を揺らす…しかし、


「…ク…クォ…」


「…お前…」


信じられない事に、一真は健在だった。しかも、ドラゴンの牙を左手で掴んでいるではないか。


一真は…ドラゴンの突進を、片手で受け止めたのだ。


「…オレの…」


一真の髪の毛が、根本から徐々に緋色に染まって行く…


「…仲間にぃ…」


完全に髪が緋色になると同時に、ドラゴンの牙が一真の左手によって握り潰される。


「クォア!?」


「…何してくれてんだぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!」


一真は、ドラゴンの下顎を蹴り上げた。


「グォァァァァ!!!!」


ドラゴンの上下の牙が全て砕け、ドラゴンは上方に吹き飛ぶ…


さらに華颶夜を手に取り、紅蓮・華颶夜姫に変化させる一真…


その両目は…緋色に染まっていた。




"紅蓮化"である。




「オォォォォォォ!!!!!!」


凄まじい跳躍で、一瞬でドラゴンよりも上に跳んで来た一真。


「オラァァァ!!!」


紅蓮・華颶夜姫を使い、ドラゴンを地面に叩き落とした。


落下の衝撃が、辺りに広がって行く…


「"カムイ"ィィィィ!!!!!」


超高速飛行魔法、カムイを使い、一真は一瞬でドラゴンの頭部側面へやって来た。


そして、ドラゴンの頬の部分に紅蓮・華颶夜姫を突き刺し、すぐに引き抜き…一真は言った。


「"フレイム・バースト=ホーリエ・インパルス"!!!」


圧縮した魔力弾持った右手を、紅蓮・華颶夜姫で空けた穴に突っ込んだ一真。


「…エクスプロード」


一真がそう言った瞬間…ドラゴンの口から、光が溢れ出した。


光は爆音とともに増殖して行き、ドラゴンの皮膚を突き破り、内側からドラゴンを包み込んだ。


「吹き飛べぇぇぇぇぇ!!!!!!!」


「クァァァァァァァァ!!!!!」


そして…光と炎の大爆発により、ドラゴンは消し飛んだ。


辺りに響く轟音…


爆発の衝撃で、校舎の窓ガラスが砕け散った。






辺りに静寂が戻った…一真は地上に降り立ち、先程までドラゴンが飛んでいた空を見上げる。


髪は緋色のままだが、その目は黒に戻っていた。


「一真!」


「!?」


声に驚き、一真が振り返ると…


「梨紅…」


梨紅が、一真に向かって走って来るのが見える。


瞬間…一真の髪は、前髪に緋色を残し、残りは黒髪に戻った。


「一真!大丈…ぅわっ…」


一真に駆けよって来た梨紅を、一真は抱き締めた。


「…一真?」


「…良かった…お前が無事で…」


「…心配…した?」


「当たり前だろ…」


「…ちょっと…嬉しいかも…」


そう言って、梨紅も一真を抱き締めた。




「…あのぉ…」


「「!!!」」


突然声をかけられ、2人は飛び退いた。


「し…重野、無事だったんだな…良かった…」


そこにいたのは、恋華だった。


「邪魔しちゃってごめんね?でも、ドラゴンがどうなったのか知りたくて…」


「いや、邪魔だなんて…その…」


「別に、そんなんじゃ…」


顔を真っ赤に染め、2人はうつ向いた。




ドラゴンの一撃を受け、吹き飛ぶ2人…


「…"重変"後方-1000!」


咄嗟に、恋華が重力の向きを変え、勢いを和らげようとする…しかし、完全に勢いを殺すには距離が足りず、手前にある木に激突してしまう…


「"グラビテス"!"グラビティ・ブースター"!」


恋華は重力のハンマーに、重力による加速をつけ、恋華達が当たる前に、木をなぎ倒したのだ。




「…って訳で、助かったの」


梨紅による説明が終わり、一真は恋華に視線を向けた。


「なるほどな…重野、マジで助かったよ、サンキューな」


「ううん…必死だったから、自分でも何したのかわかってないし…」


いわゆる、火事場の馬鹿力というやつだ。


「でも本当…今回は恋華ちゃんがいなかったら危なかったよね…」


「あぁ…ところで重野、こんな所で何してんの?」


「何って…退魔のお手伝い…」


「そうじゃなくて…こんな時間に、なんで隣町にいるの?って話」


「あぁ、明日の為に下見をしに来たからだよ」


明日盗みに入る博物館は、この中学校の隣なのだ…侵入方法等の確認のため、恋華はやって来たのだ。その帰り、空からたまたま一真達を見つけ、降りて来たら、巻き込まれた…


「…って訳」


「なるほど、さっき言ってた寄り道ってその事だったんだ…まぁ、何にしても助かったよ」


梨紅も大いに頷く。


「う~ん…まぁ、お役に立てて良かったよ♪でもカズ君、よくあんなに大きな魔物を倒せたよね…」


「…見てたのか?」


「うん、梨紅ちゃんと2人で…圧倒的に強かったよね、カズ君」


「一真…あんた、いつの間に"紅蓮化"出来るようになったの?」


「"紅蓮化"?…してたの?オレ」


した覚えのない"紅蓮化"…一真は無意識のうちに、していたようだ。


「あれは多分"紅蓮化"だったよ?髪は緋色になってたし…でも、髪の毛伸びてないから…"紅蓮化"じゃなかったのかも…」


「言うなら、"半紅蓮化"って所か…髪は伸びないし、疲労もたいしたこと無い…」


「でも、凄い魔力だったよ…ねぇ?恋華ちゃん」


「魔力はちょっとわからないけど…うん…なんて言うか、ドラゴンへの"殺気"を感じたよ」


殺気…それが紅蓮化するための条件なのだろうか。


「そう?私は、"殺気"よりもこう…"暖かい"感じの何かを感じたけど…」


「…全ッ然わかんねぇよ、どっちだよ?」


一真は顔をしかめる。"殺気"と"暖かい何か"は、明らかに正反対の物だろう…その両方が、"紅蓮化"への鍵なのだろうか…


「…わかんないね…」


「うん、きっと考えるだけ無駄なんだよ!だからこの話はおしまい!」


梨紅が手を叩いて解散を促す。


「…お前は考えるのがダルいだけだろうが…」


「違うよ!考える気なんて毛頭無いの」


「尚更タチが悪いじゃねぇか!」


とは言うものの、一真にも考えが有るわけでは無いのだ…


「…でもまぁ、今日は疲れたし…帰るか」


「じゃあ、帰りも空で」


「オレ、たった今『疲れたし』って言ったよな?」


「頑張ってよカズ君、私達の周りは無重力にしてあげるから♪」


「それはありがたいね…つまり重野も送って行かなきゃいけない訳だ、ちゃっかりしてんなお前も…」


「エヘヘ♪」


満面の笑みで一真を見る恋華…それを見て苦笑する一真。


「…あ、重野?制服返してくれ」


「制服?…あぁ!カズ君の?どこだったかなぁ…」


恋華は何処からか袋を取り出し、中をあさり始めた。


「えっとぉ……………あった、これ?」


そう言って、恋華はYシャツとズボンを取り出した。


「それそれ…って!ぐちゃぐちゃじゃねぇか!」


「重力圧縮…布団もペラペラになるんだよ?」


そう言って、恋華は一真に向かって親指をグイッと突き出して見せた。


「どうでも良いわ!あ~あ…ズボンしわしわ…」


凹む一真…それを見兼ねた梨紅が、言った。


「…あんた、魔法使いならそのぐらい何とでもなるでしょ?」


「…そっか、魔法使えるんじゃん」


一真はズボンを広げ、手をかざした。


「…"クリーニング"!」


一真が言った瞬間、ズボンが輝き、糸の解れや毛玉等が全て消え去った。


「綺麗になったじゃない、新品みたいよ?」


梨紅がそう言って、ズボンを手に取る。


「…しわは取れてないけどね?」


「意味ねぇだろ!」


そう…綺麗にはなったが、しわは一切消えていなかったのだ。


「へぇ…クリーニングに出せばしわは消えるけど、同じ名前の魔法だからって、同じ効果になるとは限らないんだねぇ」


何故か感心する恋華。


「フン…浅はかだね、久城君…」


「やかましいわ!」


梨紅に鼻で笑われ、怒る一真…


一向に帰る気配の無い3人には関係無く、夜はふけて行った。




6月15日、金曜日…


空は快晴…絶好の怪盗日和と言うべきか…いや、怪盗にとっては曇りの方が良かったのかもしれない。


「…一真、やっぱり行っちゃ駄目だよ!」


一真と向かい合うように自席に座っている、梨紅が言った。


「…今更!?」


突然の事に、一真は驚きを隠せない。


「お前昨日…ノリノリでオレの服選んでたじゃん!」


「昨日は…ほら、その場のノリってあるじゃない?」


苦笑いする梨紅。一真はそれを見て、ため息を吐いた。


「…そのノリのまま、今日の夜までよろしく」


「でも一真、犯罪者になっちゃうのよ?私、嫌だよ?一真が指名手配されたりしたら…」


「良いじゃん、そのまま海賊王目指すよ」


「バカ言ってんじゃないわよ…」


ふざける一真に、今度は梨紅がため息を吐いた。すると…


「一真!?」


暖が、血相を変えて2人に向かって駆けて来た。


「よぉ…何をそんなに慌ててんだ?」


「何をってお前…逆に、お前はここで『何を』してんだ!」


「…はぁ?」


顔をしかめる一真に、呼吸を整えてから、暖は言った。


「お前と恋華ちゃんは、昨日からインフルエンザで休みって事になってんだぞ!」


「…」


「あ!そうだった…」


梨紅が顔を青くする。一方一真は、1度大きくため息を吐き、言った。


「…とりあえず、『バカ野郎!』とか、『アホかぁぁぁ!』とか、言いたい事は山ほどある…キリがない…でも、1つだけ…1つだけ、言わせてくれ…」


一真は、机の中に入れた教科書やノートをバッグに詰め込み、それを持って、席から立ち上がり、言った。


「…『時期を考えろ!』」


季節は初夏…インフルエンザはいくらなんでも無いだろう…


そう言って、一真は教室から飛び出して行った。






~昼休み~

MBSF研究会部室




「…なんで正義と山中が付いていながら、『インフルエンザ』かなぁ…」


「めんぼくない…」


「ごめんなさい…」


MBSF研究会の部員全員が、そこにいた。


「いや、欠席の理由としては確かにありがたいよ?出席日数とかあるから…でもさ?『インフルエンザ』は流石に無いんじゃない?」


「…でも、田丸先生は納得してたよ?」


「うちの担任もだ」


「…この学校、馬鹿しかいねぇのか…」


ため息を吐きつつ、一真は続けた。


「…インフルエンザって、医者に治癒証明を貰わなきゃいけねぇだろ?どうすりゃ良いんだよ…」


「その辺に抜かりは無い」


正義が言った。


「知り合いに医師がいるから、頼んでみよう」


「流石は正義!でも、高確率で違法なんじゃないか?」


「…黙秘だ」


「違法なんじゃねぇか!」


視線を反らす正義に一真が言った。


「…で、一真達はこのまま部室にいるのか?」


暖が、焼きそばパンをかじりながら言った。


「いや、普通に帰るし…」


「?だったらなんで、昼休みまで残ってたんだよ」


「お前達に、どうしても言っておきたい事があったからだ」


「え…何?」


「いや、だから『インフルエンザは無いだろ』って事」


「あぁ、それね…」


梨紅も弁当を開き、食べ始めた。


「治癒証明とか、どうすれば良いかわからなかったからね…それを聞こうと思って、残ってたの」


サンドイッチを食べながら、恋華は言った。


「なるほど…じゃあ、昼飯食べて帰る訳だ」


「あぁ、夜に備えて色々とやることもあるしな」


「怪盗K.Kだもんなぁ…」


「…なんで知ってん?」


昨日決めたばかりの名前を、暖が知っている理由がわからない一真。


「?お前、新聞読んで無いのか?」


「寝坊したから読んで無い」


「ほら、これ」


暖は何処からか新聞を取り出した。


「…なんで持ってんだよ…」


「高橋が持って来たやつ借りた」


その新聞の一面には、予告状を拡大した物が載っていた。


___________


GONE


6月15日、夜9時


N博物館にて


『禁じられた魔法、最強の魔法、不可能な魔法、下巻』


を、いただきに参上致します。


怪盗シャイン・アーク

怪盗Kind.Knight


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


「…手回し早すぎないか?」


思わず弁当に伸ばしていた箸を止め、一真は新聞に見入っていた。


「…一真、口が開きっぱなし」


「…」


梨紅に指摘され、口を閉じる一真。


「ヤバいなぁ…緊張してきた」


弁当を掻き込み、手早く片付け、バッグにしまい、一真は立ち上がった。


「帰って寝るわ…重野、6時ぐらいに迎えに来て…"ソアー・フェザー"」


「うん、わかったぁ」


そう言って、一真は窓から飛び降り、空へ舞い上がった。


「…あれで本当に緊張してんのか?」


「…さぁ?」


真相は、一真のみぞ知る…



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