2.彼らは告白する。
6月12日、火曜日…
今日の一真は、寝不足では無かった。例の本を暗記するのなら、当然徹夜になる…一真自身、そう思っていたのだが…
「"時魔法"、"錬金術"、"不老不死"、"即死魔法"…上巻に書かれていたのはこの4つ…ご丁寧に魔法陣付きで載ってたよ。」
一真は、昨日と同じように自席に横向きに座り、同じく、昨日と同じように一真と向かい合って座る梨紅に言った。
「"即死魔法"以外の3つは、大量の魔力が必要だから、不可能な魔法になってた…"即死魔法"は、上巻で唯一の禁じられた魔法だった。」
「"即死魔法"…一真は使わないよね?」
「誰に使うんだよ…」
「おはよーさん!」
暖がやって来た。昨日と同様に、朝からテンションが高い。
「…暖君とか?」
「使うかぁ!お前っ…恐ろしい奴だなぁオイ…」
「冗談よ冗談!」
「何の話だ?」
暖が、不思議そうな顔で2人を見つめる。そこへ…
「おはよう。」
沙織もやって来た。
「おはよう沙織、暖君もね。」
「2人とも、昨日は夜遅くまで悪かったな…探し物、手伝わせちゃって。」
「気にすんなよ、一真は悪くない。」
「そうだよ、私達は『梨紅』に『強制的』に『やらされた』だけだから、久城君は悪くないよ?」
「ちょっと、私が悪いって言われてる気がするわよ?」
「「気がするじゃねぇよ、間違い無くそう言ってんだよ!」」
一真と暖が同時に言った。それに対して梨紅は…
「私のせい!?一真が下巻を見つけられなかったのが悪いんじゃない!」
無自覚の上に逆ギレ…そこへ、彼が今日もやって来た。
「…ちょっと良いか?」
「おぉ、おはよう正義。」
「ちょっと聞いてよ正義君!昨日、みんなの帰りが遅れたの、私のせいだってみんなが…」
「?正論だろ…」
「…」
正義に言われ、梨紅は完全に沈黙した。
「正義、今日は重野と一緒じゃないのか?」
「あぁ…まぁ、今日も恋華は怒ってるんだが…」
正義は一真に、可愛い封筒に入った手紙を差し出した。
「?何だ?」
「恋華曰く、これを一真に届けたら、許してくれるそうだ。」
「?」
一真は封筒を開き、手紙を読み始めた。
カズ君へ
昨日は迷惑かけてごめんなさい。
みんなにも放課後、部室で謝ろうと思っています。
でも、本題は謝罪ではありません。カズ君は昨日、あたしが困ってたら助けてくれると言いましたよね?
今、あたしは…
すっっっっっっっっごく!!!!!!!!!!!
困っています、助けて下さい♪
放課後、2人きりでお話したい事があります。部活が終わったら、屋上に来て下さい。
あ、この事はみんなには内緒にしてもらえると嬉しいです♪
ではまた部室で!
「内緒って…もろ、音読しちゃいましたけど…」
梨紅に沙織、暖、そして正義にまで、手紙の内容は知れ渡ってしまった。
「…普通、内緒にしてほしいなら…1番最初に書かないか?内緒にしてくれって…」
暖にしてはまともな意見だ。
「…一真、どうする気だ?」
「行くしか無いだろ…行かなかったら昨日の正義の二の舞だろうし…」
「…恋華ちゃん、何の話かな?」
「…愛の告白とか?」
沙織の一言に、4人は一瞬沈黙した…が、
「「「「ないないない…」」」」
同時に否定した。
「それだけは考えられないな…」
「正義一筋って感じだしな…」
「例え捨てられても、想い続けるタイプよね…」
「良く言えば一途よね…」
「…酷い言われような気がするが…」
正義が顔をひきつらせる。
「…とりあえず、オレ以外の4人は、手紙の内容を知らない事にしといてくれ…」
「そうだな…飛び火してほしくないしな。」
「保身第一だもの、もちろん知らない振りするわ。」
「お前ら…まぁ、良いけど…梨紅と正義も、それで良いか?」
「うん、良いよ。(後で、どんな話だったか聞き出さなきゃ…)」
「オレも大丈夫だ。…まぁ、何の話かは予想できるけどな…」
「よし、じゃあ皆よろしく…あ、梨紅?」
「何?(何かな…)」
「通話中」
「え゛…」
「「「?」」」
通話中の意味がわからない3人は、不思議そうな顔で、顔を赤くして苦笑いする梨紅を見つめていた。
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日が沈む…には、まだ1時間程ありそうだが、既に太陽はオレンジ色に輝いており、屋上をその色に染めている。
屋上の扉が開き、一真がやって来た。夕陽が眩しいのか、目を細める…やがてその眩しさに慣れ、夕陽を見つめる一真…
「…屋上で、夕陽を見ながらたそがれる高校生…かっこいいじゃん♪」
そんな一真を、恋華は笑顔で見ている。
夕陽に照らされた恋華も、一真から見ればこの上なく幻想的だった。
「…こんな所に呼び出して、愛の告白でもしてくれんの?」
「違うよ!そんなんじゃないの!」
真っ赤になって、全力で完全に否定する恋華に、一真は吹き出した。
「わかってる…それで?困ってるって…」
「…うん。ただ、その前に…カズ君には、言っておかなきゃいけない事があるの…」
そう言う恋華の頬は、夕陽のせいで赤く染まっていた…
「…なんか、告白される気分になってくるな…このシチュエーション…」
「…ある意味、告白だからね…」
「?」
「あたしの…あたしと、まー君の秘密…そして、あたしの…罪の告白。」
「…」
一真は、恋華の表情…笑っているような…でも泣いているようで…まるで、自らを嘲笑っているような表情を見て、これがいかに重要な話であるかを、悟った。
時を同じくして、1年C組の教室…
忘れ物をした梨紅が、1人で教室にいた。
目当ての物を見つけ、教室から出ようとドアへ向かうと…ドアが、独りでに開いた。
「…正義君?」
そこにいたのは、正義だった。
「今城…少し、話がある。」
「正義君が…私に?」
「あぁ…おそらく、恋華が一真にしているのと同じ話だ。」
「…どんな話?」
「…オレと恋華の秘密についてだ。」
恋華「カズ君は…」
正義「今城は…」
「「怪盗シャイン・アーク」」
恋華「って、知ってる?」
正義「を、知ってるか?」
「「…一応。」」
怪盗シャイン・アーク
最近、ちまたで話題になっている怪盗だ。
予告状を出し、その通りに現れ、盗む…そして、盗んだ物は1週間以内に警察に送られてくるという、目的がよくわからない泥棒である。
恋華「その怪盗シャイン・アークの正体…それが、あたし。そして…」
正義「怪盗シャイン・アークを追う警察…シャイン・アーク事件総指令官…それが、オレだ。」
一真「重野が…怪盗で…」
梨紅「正義君が…警察官…」
にわかには信じがたい話だ。
恋華「信じられないよね…あたしが泥棒で…」
正義「オレが警官なんて…」
「「…」」
あまりの事に、無言になる一真と梨紅…
恋華「…あたしとまー君の一族には、ある使命があるの…」
正義「それが…」
「「封魔の抹殺」」
「「封魔?」」
一真と梨紅は、その言葉を知らない…
恋華「封魔っていうのは、封印された魔物の事…」
正義「今城みたいな退魔士が倒す魔物…そいつらが絵画や陶器に封印されている事がある。」
恋華「その、封印されてる魔物が目覚める前に抹殺する事…それが」
正義「オレと恋華の一族の使命だ。」
「「…なるほど。」」
一真は腕を組みながら、梨紅は机に腰掛けながら数回頷いた。
恋華「信じてくれる?」
正義「信じてくれるか?」
一真達は即答した。
一真「よし、信じよう。」
梨紅「いや、ちょっとまだ…」
…即答はしたが、答えはそろわなかった。
「本当!?」
恋華は驚愕の表情で一真を見つめていた。
「…なんでそんなに驚くかな…」
「だって…絶対に信じてもらえないと思ってたから…」
もっともな考えだ。普通、こんな話をなんの証拠も無しに信じたりはしないだろう…
「…だって、本当なんだろ?」
「本当だけど…」
「ならいいじゃん。」
「…」
あっさりし過ぎて物足りない…これが恋華の正直な気持ちだった。
「…もっとこう…『証拠を見せてみろ!』とか、『そんなの嘘だ!』みたいなの、無い?」
「無ぇよ、刑事ドラマの見すぎだよお前…」
「つまんないのぉ…やっぱり、まー君じゃなきゃダメだなぁ…カズ君、ノリ悪いよ…」
「…ずっと真面目な話だったじゃん!どこから小芝居始めれば良かったってんだよ!?」
「『よし、信じよう』からだよ。じゃあせっかくだし、そこからもう1回やってみよう!」
「マジで言ってんの!?」
恋華プロデュース…怪盗の正体が友達だったと知った男と怪盗のやり取り…
"ノリ"という流れに身を任せた一真は、恋華に従うしか無かった…
「…まぁ、当然だろう…」
教室の正義には、特に驚きは無かった。
「何か、証拠ってある?」
「これは証拠になるか?」
梨紅に言われ、正義は通学カバンの中から手帳を取り出した。
「警察手帳だ。」
「…ちょっと、中見せて」
梨紅は正義から手帳を受け取り、中身を一通り確認する。
「…うん、本物みたいだね…」
「?今城は、警察手帳を見たことがあるのか?」
「うん、お父さんに退魔の依頼が来る時、直接頼みに来る人がいてね?ちょっと前に、見せてもらった事があるの。」
「なるほど…」
正義は納得して、警察手帳を鞄にしまった。
「じゃ、始めるよ?」
「…あぁ…」
恋華プロデュースの珍劇を、しばしお楽しみ下さい。
「…信じて…くれる?」
真面目な顔で、恋華は一真に言った。
「そんなの…信じられるわけないだろ!」
「信じて!」
昼ドラか!…と、どこかの芸人が、思わずツッコミを入れてしまうような雰囲気の中、一真は言った。
「なら、証拠を見せてみろよ…重野が怪盗だって証拠を!」
「…わかった、見せてあげる…」
恋華がそう言うと同時に、恋華の鞄から、漆黒のマントのような物が飛び出して来た。
「これが…本当のあたし…」
マントが恋華を包み込んだ直後…恋華が自ら、マントを剥ぎ取った。
「な…」
一真は驚いた。演技では無く、本心から…
マントを取った恋華は、忍者のような格好をしていた。
口元を隠すマスク、青いリボン…漆黒の装束に、青い蝶の刺繍が映える…
「…怪盗シャイン・アーク…」
「…」
無言で見つめ合う2人…
「…はい、カット♪」
「…ふぅ…」
恋華の合図と同時に、一真は深く息を吐き出した。
「…正直に言え、重野…お前、その姿になる所を見せたかっただけだろ?」
「えへへ♪バレちゃった?」
恋華は再びマントを纏う…マントを取ると、制服姿に戻っていた。
「あと、怪盗の姿になっても証拠にはならないぞ?」
「え!?どうして?」
「コスプレって可能性もあるじゃん」
「酷いよ!コスプレじゃないもん!」
恋華は頬を膨らませ、涙目になる。どうやら、本気で怒っているようだ。
「あ~…悪かったよ、ごめん…」
「…今度コスプレって言ったら、昨日のまー君の刑だからね…」
「…気をつけます」
一真は顔をひくつかせながら、そう答えた。
「…じゃあ、そろそろ本題に入るよ?」
恋華が言った。一真はそれに首をかしげる。
「…本題?」
「困ってるって、言ったでしょ?」
一真は思い出して、数回頷いた。
「あぁはいはい、そうだった…んで?何に困ってるって?」
「実はね、今度の金曜日…15日に、N博物館に盗みに行くって予告状を出したの。」
「N博物館…隣町か…それで?」
「盗むのは、1冊の魔導書…でも、その本は魔法で守られてて、あたしにはどうにも出来ないの…」
この時点で、一真には恋華の考えが全てわかっていた。
「…まさか…」
「お願いカズ君…あたしと一緒に、怪盗をやって下さい!」
「…やっぱり…」
「えぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!」
一真の代わりに、梨紅が驚いた。
「間違い無く、恋華の話はこれだ。」
「一真を共犯者に…犯罪に加担させようとしてるの?恋華ちゃん…」
「しかも、確実に一真はその話に乗る…」
「そんな事…一真だって、泥棒が悪いことだってわかってるはずだよ?」
「…だが、恋華が予告を出した本はおそらく…一真が今、最も欲しい本だから…」
「…流石にそれは…犯罪だろ?一応…」
「捕まらなきゃ大丈夫だよ♪」
「そういう問題じゃ…」
「あたし、本当に困ってるの…」
恋華が上目使いで一真を見つめる。が、
「…でもやっぱり犯罪はなぁ…」
一真には効果無しだ。
「そっか…残念だなぁ…その魔導書の封魔抹殺が終わったら、カズ君に読ませてあげようと思ってたのに…」
「…」
一真は無言だが、少し興味を持った事に、恋華は気付いた。
「盗むっていうより、借りるだけなんだよ?今までだって、ちゃんと返してるもん」
「…確かに…」
「ちなみに、魔導書の題名、教えてあげようか?」
「?」
恋華は…そして正義も、一真と梨紅もよく知るその本の題名を言った。
『禁じられた魔法、最強の魔法、不可能な魔法、下巻』
一真「乗った!」
梨紅「駄目だわ…確実に乗るよ一真…」
2人とも即答したが、やはり答えはそろわなかった。
学校からの帰り道、一真は少し落ち込んでいた。
(…思わず「乗った!」って、言っちゃったけど…確実に犯罪だよなぁ…)
一真はため息を吐いた。もう、今日何度目のため息かもわからない…
(梨紅には絶対言えねぇ…でも、隠しとおす自信もねぇ…)
一真は再びため息を吐き、思わず声に出して言った。
「…どうすっかなぁ…」
「…何が?」
「うぉあ!」
だらだらと歩いていた一真のすぐ後ろに…満面の笑みを浮かべた梨紅が、ピッタリくっついていた。
「…脅かすなよ…ビックリしたぁ…」
「…おかしいなぁ…いつもの一真なら、このぐらいじゃ驚かないよ?」
「…え?」
梨紅の笑顔の裏に…威圧感のある何かがいる…一真はそう感じた。
「一真…私に何か隠してる事無い?」
「…そりゃあ、山ほど…」
「山ほど!?」
驚きのあまり、梨紅は大声で叫んでしまった。
「…いや、ごめん…山ほどは言い過ぎた…」
「う…うん、まぁ…2、3個ってとこよね」
「そんなもんだよ、うん…」
「「…ふぅ!」」
2人同時に額の汗を拭き、歩き出した。
「…恋華ちゃん、なんだって?」
「…重野に口止めされてるから、言えない」
「ふ~ん…私が、どうしても教えて!って、言っても?」
「駄目なもんは駄目。」
「…私が、何の話だったか知ってても?」
梨紅はニヤリと笑った。それに、一真はこう答えた。
「?…知ってんなら、聞く必要無いだろ?」
正論である。
「え?いや、まぁ…そうだけど…か、確認よ!確認!」
「確認ねぇ…」
「ズバリ!実は恋華ちゃんの正体が、怪盗シャイン・アークだった!って話でしょ?」
「!!!」
一真は立ち止まり、驚愕の表情で梨紅を見つめる。それを見た梨紅は、満足そうに笑った。…しかし、
「…そうだったの!?」
「…へ?」
その笑みは、一瞬で崩れた。
「マジかよ!うわぁ…ヤベェ、暖に教えてやろ!あ、警察とかに言ったら、金一封もらえるかな?」
「え…ちょっ…あれ?」
完全にテンパる梨紅の隣で、一真は携帯を取り出した。
「…あ、もしもし?暖?お前さぁ、怪盗シャイン・アークって知ってるよな?」
「えぇ!!!ちょっと待って!一真!」
一真から携帯を奪おうと、掴みかかる梨紅。
「あ、知ってる?それがさぁ!そいつの正体が、実は!!」
「わぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」
涙目で、一真にしがみつく梨紅…そして…
「…バ~カ。」
「…ふぇ?」
梨紅が、一真にしがみついたまま顔を上げると、一真は折りたたみ式の携帯を閉じた。
「嘘に決まってんだろ?オレが友達を売ると思ってるわけ?」
「あ…あぁ…」
「え…お、おい?」
梨紅は一真にしがみついたまま、一真とともにその場に座り込んでしまった。
「…梨紅、大丈…」
「バカァァァァ!!!!!!」
梨紅は泣きながら、一真を殴り始めた。
「いてぇ!いて!いてぇって!このバカ!」
「バカはあんたよぉ!何!?今のドッキリ!」
「他人の秘密をペラペラ喋る口の軽い女への、ちょっとしたお仕置きです」
「う…」
梨紅は一真を殴るのを止めた。
「お前は昔っから、思い込みが激しい所あるよな…オレが恋華の正体を知ってると思い込んで、お前はオレにカマかけようとした…そうだろ?」
「…うん」
「もしオレが、本当に暖と警察に言ってたら、どうするつもりだったんだ?」
「…」
「何も考えてなかったか…猪突猛進、お前の悪い癖だぞ?」
梨紅は黙って頷いた。
「それと、もう1つ…」
一真は梨紅の頬を優しくつねる。
「お前がオレにカマかけようなんざ、100年早ぇ」
「…でもひゃ?恋華ひゃんが怪盗らってのは、ひってたんれひょ?」
(訳、でもさ?恋華ちゃんが怪盗だってのは、知ってたんでしょ?)
「あぁ、屋上ではその話だった」
「らぁ、はくふつかんに盗みに入るのをてつらってって頼まれたれひょ?違う?」
(訳、じゃあ、博物館に盗みに入るのを手伝ってって頼まれたでしょ?違う?)
「…さて、梨紅?そろそろ帰ろうか…」
立ち上がる一真…
「質問に答えなさい」
梨紅は一真の両手を頬から剥がし、立ち上がると同時に一真の背後に回り、一真の首にしがみついた。
「ぐぇ!」
「さぁ、白状しなさい?頼まれたんでしょ…OKしたんでしょ!」
「!!!」
「答えなさい!」
「黙秘…てかお前!マジで絞まってるから!首…」
一真の顔色が、徐々に青くなって行く中…
「…何しとん?お前ら…」
「親父さん!」
「お父さん?」
梨紅の親父…今城幸太郎が、現れた。
「お前達はまた、オレが見てないと思ってイチャイチャと…」
「違うよお父さん!イチャイチャなんてしてないよ!?」
梨紅は、一真の首を瞬時に解放した。
「ゴホッゴホッ…助かったぁ…」
一真はむせながら、空気を求めて深呼吸を繰り返す。
「本当に油断も隙もあったもんじゃない…」
「だから違うってば!」
梨紅と幸太郎のやり取りは、まだ続いていた。
「…親父さん」
不意に、一真が幸太郎を呼んだ。幸太郎は怪訝そうな顔で、一真に視線を向ける。
「…なんだ?」
「話がある」
「…お前が、オレに?」
「一真がお父さんに!?」
幸太郎と梨紅は、同時に驚いた。
ちなみに、幸太郎が驚いた理由は、普段は明らかに幸太郎を嫌い、避けている一真が、自ら幸太郎に話がある…なんて、言って来たからだ。
梨紅が驚いた理由…確かに、幸太郎と同じ部分で驚いたのだろうが…彼女はその一歩先を、暴走しながら進んでいるのだ。
(か…一真がお父さんに話…それってやっぱり、私の事?『梨紅を嫁に下さい、お義父さん!』とか?ウソ!ウソォ!?そんないきなり?こんな道の真ん中で!でも私、まだ15だよ?結婚って確か16から…結婚!?)
暴走以前に、彼女はただのバカだ。
「あぁ…この前の話の続きになるかな?」
「…」
(この前!?私の知らない所で、一真とお父さんが2人で?えぇ!それってもぉ結婚の話で決定じゃ…)
(やかましいわボケェ!!!)
「!!!」
テレパシー通話中だった梨紅を、一真が一喝し、暴走を止めた。梨紅は顔を赤くして、恥ずかしそうにうつ向いた。
「…実は親父さん、そろそろ話そうと思ってたんじゃないの?」
「いや…正直、お前達にはまだ早いと思っとる」
「…何の話?」
今一会話に入り込めない梨紅…
「魔族を倒した時の、封印がどうのこうのって話だよ」
「あぁ、一真の髪が伸びた時の…」
「…いや、そこは『魔族を倒した時の』で良いだろ?」
「良いの!『一真の髪が伸びた時の』で!」
「…とにかく、その時の話だよ」
一真は、梨紅との不毛な会話を終わらせ、幸太郎に視線を向ける。
「親父さん…これから先、いつまた魔族が襲ってくるかわからないんだぜ?親父さんが常にいてくれるなら、話は別だけど…」
「…」
幸太郎は、腕を組んだまま歩き出した。
一真と梨紅も、それに付いて行く。
「…どこまで知っている?」
幸太郎が言った。
「…魔法使いは魔族とかの生まれ変わりで、退魔士は神様とかの生まれ変わりだって事…オレが、歴代の魔王の中でも最強の、初代魔王の生まれ変わりらしいって事…梨紅とのキスで、何かの封印が解けたらしい事…以上。」
「…2番目は知らないが、おそらくそれも本当だろう…あの魔力量は、並の魔族の物じゃないからな…」
幸太郎の返答に、一真は疑問を覚えた。
「親父さん…なんであの時のオレの魔力を知ってんの?」
「なんでも何も、あの魔力を"封印"したのは『オレ』だからな…」
「親父さんが?いつ?」
「お前達が産まれてすぐ…そうか…この話もせにゃならんのか…」
幸太郎は頭をボリボリと掻き、昔話を始めた。
…ありゃあ、16年前の七夕の夜だ…お前達が産まれた。
「随分省いたな…産まれるまでに何か無かったのかよ」
特に無ぇから省いたんだ!黙って聞いてろ!
魔法使いってのは、魔力が血液のように体内を巡っている…血液を送り出す心臓があるように、魔力を送り出す"核"って物が、体のどこかにあるもんだ。
母親から産まれた瞬間に、その"核"に、魔力が注がれる…そういう仕組みだ。
代わって、退魔士…実は退魔士も、魔法使いと同じく"核"を持っている。産まれた瞬間に、"核"に退魔力が注がれる事以外に違いは無い。
区別するために、退魔士の"核"を"聖核"、魔法使いの"核"を"魔核"と呼ぶ事がある…いや、これはさして重要じゃねぇか…忘れても構わねぇぞ。
知っての通り、お前達は同時に生まれた…同じ分娩室…オレも、一真の父親も立ち会ってた。
「え…父さんも?」
あぁ、お前が産まれるのを今か今かと…あんなにそわそわしたあいつを見たのは初めてだった。
「へぇ…」
そして、お前達が産まれた…産声まで同時だったな…
「…いや、そこまで行くと異常だろ…」
「そうだよ、おかしいって…」
確かにかなり気味が悪い…しかし、
「…そんな事、気にしている余裕なんて、その時は無かった…」
幸太郎の声のトーンが変わった。
「…そして、事件は起きた…」
産声と同時に、凄まじい魔力と退魔力を感じたオレ達…オレと真人は、それがお前達の力だと瞬時に察知した。
オレ達が部屋に駆け込むと、お前達の"核"に入りきらなかった力が暴走し、お前達の体を蝕んでいた…
事態は一刻を争う…だが幸い、真人が瞬時に対処法を考えついた。それが、『"核"を複数に分けて封印する』事だった。
オレは覇流鹿を使い、お前達の"核"を9つに分けた。それを真人が、頭、胸、腹、両肩、両手、両足に移動させた。後は封印するだけだ…
だがここで、再び問題が起こった。
お前達の力を封印する力が、オレ達には残っていなかった。
だから仕方なく、梨紅の退魔力は一真の魔力を…一真の魔力は梨紅の退魔力を使って封印した。
「…つまり、お前達は互いに、互いの封印を解く"鍵"なんだ…ここまでは良いか?」
「一応ね」
「私も、大丈夫」
次に、封印が解けた理由についてだ。
さっきも言った通り、お前達は9つの"核"を持っていて、産まれた時に8つの"核"をオレが封印した…
もし、この8つの"核"の封印を解く鍵が同一の物だった場合…全ての封印が1度に解けてしまう。だから、
"核"の封印を解く鍵は8つある…
そのうちの1つが、キスだったってわけだ。
「…こんな所だろう」
「なるほど…でも、おかしくないか?」
幸太郎の話が終わってすぐ、一真が言った。
「オレの"核"の封印が解けて、あの魔力だった…なら、梨紅は?封印解けてないわけ?」
「いや、梨紅の封印も解けている…ただ、一真…お前の腹の傷痕を見せてみろ」
幸太郎に言われ、一真はYシャツを捲りあげた。ヘソの真下に、白い傷痕がある。
「…そこは、お前の"核"がある所だ…普通なら、そこを刺された時点で魔法が使えなくなる」
「げ…マジで?」
「だがお前には、核が9つある…その"核"の代わりに、梨紅とのキスで目覚めた"核"を使い始めたから魔法が使えたんだろう…」
「…ギリギリだったんだな…」
今更ながら冷や汗をかく一真。
「同じように、梨紅の"核"も目覚めただろう…だが梨紅は、2つの"核"の退魔力を全て使い、一真の"核"と外傷を治癒した…その疲労から気絶…あくまでオレの予想だが、おそらくそれで正しいはずだ」
「…そうなん?」
「え?いや…私はよくわからないけど…そうなんじゃない?」
首をかしげる梨紅。
「…ちなみに親父さん、オレ達の封印はどのくらい残ってるわけ?」
「残りは6つだ。」
「…6つ?つまり、封印は2つ解かれてるって事?」
梨紅が幸太郎に言った。
「あぁ、キスで1つ、血を摂取して1つ…そうじゃないなら、お前達が寺尾神社で、あんなに大量の魔物を倒せるはずが無いだろう…」
「…確かに、あの時は正直驚いたよ…魔物1体倒すのに、2人で必死こいてたのにさ…」
「…あの夜、お前達が倒した魔物の総数は500弱…うち、最後の魔法で100体以上を吹き飛ばした」
「…半々にすると、1人200体…2人で1体だった時に比べると…単純計算で400倍も強くなってるって事になるぞ?」
「400!?」
驚愕の表情で、梨紅は口をパクパクさせる。
「…親父さん、オレ達…封印が全部解けたら、どのくらい強く…」
流石の一真も、聞き方が控え目になる。
「…お前、過去や未来を行き来する魔法に、どれだけ魔力を使うか知ってるか?」
「えっと、確か…往復5億。人数で言うと、1000人分…」
「もしお前の"核"が全て解放されたら…10往復は出来る」
「…はぁ!?1万人分!?」
あくまで、産まれてすぐに感じた魔力の量が基準だ…確かな事はわからん
幸太郎は立ち止まった。
「現段階で、お前達の力は通常の10倍…だが、その力を100%出すには、身体への負担が大きい…よって、身体が無意識のうちに力を抑えている状態にある」
「…その100%の力を出した状態ってのが…」
一真は、自らの髪が伸び、緋色になった状態を思い浮かべた。
「そう…それが"紅蓮化"だ。あの状態なら、1万人分の魔力にも耐える事が出来るらしい」
「らしい?」
「オレも、真人に聞いただけだからな…詳しくは知らん」
「…なんで父さんは知ってたんだろ…」
一真達の謎は解かれたが、一真の父親の謎が、新たに生まれた。
「…ねぇ、もしかして私も?」
梨紅は幸太郎に、恐る恐る聞く。
「…蒼い長髪、純白の翼…"天使化"と、真人は言っていた」
「やっぱり私も…一真、私『天使』だって♪」
まんざらでもなさそうな梨紅に、一真はため息を吐いた。
「…今日はここまでだ。帰るぞ」
幸太郎は一真達に先立ち、歩き始めた。
「…『今日は』?まだ何かあんのかよ…」
一真はため息混じりにそう言って、幸太郎に続いて歩き出した。
その夜…ベッドに横になり、幸太郎に教えられた事実を反芻しつつ、一真はただただ天井を見つめていた。
自分の出生時に起きた出来事…
1万人分の魔力…
その"封印"…
"紅蓮化"…
「…ややこしいな、なんか…」
「ホント、頭の中ぐっちゃぐちゃ…」
「うぉ!」
一真は、声に驚き飛び起きた。
「梨紅お前、いつの間に…」
梨紅が、一真の椅子に座っていた。
「5分ぐらい前かな?」
「そうかい…」
安心した一真は、再びベッドに横たわった。
「どうしたよ?話ならテレパシーで…」
「いや、どうしても直接聞かなきゃいけない事があって…」
そう言って、梨紅はおもむろに立ち上がり、一真へ向かって歩き出した。
「…梨紅?」
不思議そうな顔で梨紅を見つめる一真…梨紅はゆっくりとした動きのまま、一真に馬乗りになり、両手を掴み、ベッドに押さえつけた。
「…さっきの続き…話そうか♪」
「さっき?…あ゛…」
さっきの続き…つまり、恋華との話の件だ。
「ねぇ…恋華ちゃん、なんだって?」
「いや…だから、重野が怪盗シャイン・アークだって話を…」
「それだけじゃないでしょ…ねぇ?」
「それだけだって…」
完全に油断していた一真…まさか、梨紅に寝込みを襲われるとは、夢にも思っていなかっただろう。
「…今夜は寝かせないよ?」
「エロいなぁそのセリフ…」
「本ッッ当に寝かせないからね?白状するまでこのままなんだから!」
「…マジで言ってる?」
一真から、冗談を言う余裕が消えた。
一真が抵抗を始めるが、体勢が悪く、上手くあらがえない。
「…お前、ダイエットとか考え…いででででで!!!!!」
梨紅は両膝で、一真の脇を締め付ける。
「女の子にそんな事言って…ちょっと罰を与えないとねぇ?」
「このやろ…」
一真がさらに抵抗しようとした時…枕元にある、一真の携帯が鳴り出した。
「…誰から?」
「…正義君から…」
「正義ぃ?」
一真は携帯を取ろうとするが…
「…梨紅?携帯…」
「…」
梨紅は無言で、一真の左手を解放した。
「…もしもし?」
『一真か?オレだ』
「こんな時間にどうした?」
『恋華が自白した』
「…は?」
一真は思わず顔をしかめる。
『一真に怪盗の手伝いを依頼し、協力するとの返事をもらった…恋華はそう言った』
「…お前、重野に何した?」
『ん?極楽亭で飯を奢りながら、質問しただけだが?』
「…正義よ、重野に伝言を頼む」
一真の握った携帯が、ミシミシと音を立てて軋む。
『…何だ?』
「…覚えてろ?ってな」
そう言って、一真は携帯を切った。
「…はぁ…ん?」
ため息を吐く一真の左手を、梨紅が再び拘束する。
「…いや、もぉ押さえてる意味無いから…」
「恋華ちゃんに協力しちゃダメだから…」
「注文が多いなお前は!」
そして再び、一真の携帯が鳴った。
「今度は誰!」
「…恋華ちゃん」
「はぁ…離して」
一真が言うと、梨紅は一真の左手を解放した。
「…うら!」
「ぅわ!」
一真は瞬時に、梨紅と自分の位置を入れ換えた。
「形勢逆転!」
「酷いなぁ…電話でないの?」
「でない。あいつには明日、大量のエアロをお見舞いしてやる…」
「…ハハハ…凄い顔してるよ、一真…」
渇いた笑い声とともに、梨紅の顔がひきつる。そこへ、ドアが開く音が…
「…あら?お取り込み中かしら…」
久城美由希…毎回毎回、タイミングの良すぎる一真の母親である。
「…」
「…」
「ごめんなさいねぇ、お邪魔しちゃって…」
そう言って、美由希は階下へ降りて行った。
「…なんか、めちゃめちゃデジャヴが…」
「てやぁ!」
「ごふぉ!」
梨紅が一真の腹部を蹴り飛ばし、一真から逃れた。
「痛ぇって!」
「帰る。また明日ね?」
そう言って、梨紅は窓から出て行った。
「…マイペースにも程があるだろ…」
梨紅を見送った後、一真はため息を吐きつつ、そのままベッドに横になり、就寝した。




