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魔法使いの苦悩  作者: 黒緋クロア
第三章 怪盗と絆 前編
18/66

1.彼らは活動する。


久城一真は魔法使いである。




「…眠すぎて死ぬ…」


真っ赤に充血した目に緋色の前髪…久城一真は、自分のクラスの自分の椅子に、横向きに座っていた。


「…どうしたの?一真、その目…」


頬杖をついた一真の視線の先には、幼なじみの今城梨紅が、一真と向かい合うように座っていた。


「…1日徹夜しただけでこれさ…」


「弱っ…ヒーリングしようか?」


「いや、もう使った…何の効果もねぇ…ふぁ…」


大きな欠伸をし、目に涙を貯める一真…


「おはよ~さん、お2人さん!」


一真とは対称的に、朝からテンションの高い一真の親友…川島暖がやって来た。


「おはよー暖君。」


「おぅ!…一真?」


「んぁ?おはよ…」


「…今城、これは?」


「徹夜したんだってぇ。」


「弱いなぁお前…回復魔法は?」


「使ったけど効かねぇんだよ…」


「おはようみんな。」


長い黒髪をなびかせ、我らがC組の委員長、山中沙織がやって来た。


「おはよー沙織。」


「おはよう沙織ちゃん。」


「うん…久城君?」


「…おはよう山中…」


「…どうしたの?」


「徹夜したんだとさ。」


「弱いんだね…回復魔法は…」


「もう良いだろ!」


一真は立ち上がると同時に言った。


「何ッ回同じやり取りやらせる気だ!」


「ちょっとは元気出た?」


「出るか!余計に体力削られたわ!…う…」


一真が立ちくらみでふらつき、机に手を着いた瞬間…教室のドアが、勢い良く開いた。


「ん…あ、恋華ちゃん、おはよー。」


入って来たのは恋華だった。恋華は勢い良く一真達に駆け寄り、椅子に座ったままの梨紅に隠れた。


「え…え?恋華ちゃん?」


「おはよう梨紅ちゃん!暖君も!」


「おぉ、おはよう…どうした?」


「お願い、ちょっと匿って!」


「いや…え?」


戸惑う梨紅…そこへ…


「…やっぱりここか…」


正義が入って来た。


「あ、正義君おはよー」


「おはよう今城…一真も。」


「あ~…」


「?どうしたんだ?」


「徹夜したんだってぇ。」


「弱いな…回復魔法は…」


「…いい加減怒るぞ…」


暖の周りに、瞬時に大量の魔法陣が精製された。


「なんでオレ!?」


「…悪い、素で間違えた…」


そう言って、一真は魔法陣を全て消した。


「とにかく正義…速く重野を持って帰ってくれ…」


「あぁ…ほら、恋華…一真もこう言ってる事だし…」


「チャイムが鳴ったら1人で帰るもん!桜田君は先に帰ってて!」


「…だから、悪かったって…機嫌直せよ恋華…」


「うるさぁい!帰れ帰れ!」


「恋華ぁ…」


梨紅や暖の周りをグルグル回って、追いかけっこを始める2人。


「みんな迷惑してるだろ?早く帰るぞ。」


「1人で帰るってばぁ!」


「機嫌直せって…」


「うるさぁい!」


「…」


無数の魔法陣が、暖を挟んだ2人の周りに精製される。


「"エアロ"」


全ての魔法陣から、空気の弾が放たれた。


「きゃぁぁぁ!!!」


「うぉあ!!!」


「ギャァァァァァ!!!!!」


明らかに、暖に当たる弾の割合が多い…


「2人揃って今すぐ帰れぇ!!」


一真が叫ぶと同時に、正義と恋華は全力でC組から出て行った。


「…なんで…オレ…まで…?」


暖が瀕死の体で絞りだした言葉に、一真も瀕死の体で一言だけ絞りだした。


「…事故。」


そして一真は、ふらふらしながらなんとか椅子に座り、机に突っ伏した。


「一真!ホントに大丈夫!?」


「限…界…梨紅、暖に回復魔法かけてやって…ちょっと寝るわ…」


「久城君、保健室行ったほうが…」


「…すぅ…すぅ…」


「速ッ!?」


「ホントに限界だったんだね…」


「…とりあえず、暖君に回復魔法かけなきゃ…」


そう言って、梨紅は椅子から立ち上がり、瀕死の状態で床に転がっている暖の方へ向かった。


この日…奇跡的に、1限目と2限目の教科担当の先生が私用で遅刻し自習となったため、その間ゆっくり休んだ一真と暖は、3限目には復活できた。





放課後のMBSF研究会部室…


「…寝不足治った?」


教科書の英文を和訳する一真に、梨紅が聞いた。


「まずまずかな…てか梨紅、1限目の自習に和訳したの見せてみ?絶対間違ってるから。」


「えぇ…いいよ、謹んで遠慮するよ。」


「遠慮すんなって…オレと暖が和訳してる間、暇だろ?」


「そんな事ないよ、凄く充実した部活ライフを…」


梨紅は顔をひきつらせ、やんわり拒否しようとしたが、その言葉を遮るように、ドアをノックする音が室内に響いた。


「…え?ここに客?」


暖が驚くのも無理は無い…この部室には、顧問の田丸先生すら来ないのだ。


「は~い、どうぞ~。」


「失礼します。」


一真の返事を聞いて、入って来たのは…


「おぉ、正義。」


「…と、恋華ちゃん?」


「こんにちは、少しお邪魔するよ。」


「…お邪魔します。」


正義と、若干不機嫌な恋華だった。


「…あ、球技大会の決勝の…」


「恋華ちゃんの彼氏!」


「…そうか、君が言い出したのか…」


顔をしかめて、暖を見る正義。


「…まさかお前、本当にここに入りに来たのか?」


「「「…え?」」」


「?そうだが…」


「「「えぇぇ!?」」」


何の話も聞いていない梨紅達…


「一真!?何の話?」


「…先々週、幽霊騒ぎで学校に泊まるとかなんとかってあっただろ?梨紅と重野が色々やってる間に、正義と豊がここに入るって話に…でもまさか本気だとは…」


「…まずかったか?」


「いや、ちょっと驚いただけ。」


ちょっと驚いたのは一真だけであり、他の3人はかなり驚いていた。


「豊は?」


「本を読み終わったら…とか。」


「あ~なるほど、わかった…で、重野は?」


「…え?」


自分に話を振られるとは思ってなかった恋華は、キョトンとした顔で一真を見つめる。


「いや、え?って…重野もここに入るのか?」


「…あたしは…」


「ちょっっと待ったぁぁ!!!」


梨紅が立ち上がり、一真達のやり取りに待ったをかけた。


「一真、入部テストの事…忘れて無い?」


「…重ね重ねになるけど…お前も本気で言ってたのか?」


「当たり前じゃない!」


「あんなの何の意味も無いだろ…」


「あるわよ!入部希望者のユーモアの度合いを測るっていう…」


「ユーモアなんか欠片も必要ねぇだろうが!」


討論する2人の部長…その間、暖と沙織は…


「…まったく話に付いて行けてないね、オレ達…」


「うん…幽霊騒ぎって何?」


「さぁ…ちなみに、豊って誰?」


「さぁ…」


「とにかく!」


暖達の会話を強引にぶったぎり、梨紅は正義と恋華を指差した。


「今からテストするから!」


「…テストは筆記か?」


テストを受ける事自体には疑問を持たない正義…


「口頭よ、面接に近いかな?…それじゃあ第1問!」


「ジャカジャン!」


暖が効果音を口で表現する…この辺りの連携は、何故か良く取れている。


「ここはMBSF研究会です。元はSF研究会でした。さて?SFとは何の略でしょう…はい!恋華ちゃん!」


「あたしから!?えっと、え~…SF…す…ふ…!スーパーフジノ!」


「…あぁ、駅前のスーパー?重野ってあのスーパーよく使うの?」


「うん、学校の帰りに夕飯の材料買ったりしてるの。」


「ん~…35点かな…ギリギリ合格。」


「だから、何を基準にしてんだよ…」


「次は正義君!」


暖を無視して、梨紅は正義を指名する。


「サイエンス・フィクションだろ?」


あっさり正解する正義…


「…不ごう…」


「合格!」


正義を不合格にしようとした梨紅に、沙織が被せるように合格を告げた。


「ちょっと沙織?」


「お願い!彼も入れてあげて…少しでも常識ある人を!」


「へぇ…つまり沙織ちゃんは、オレや一真、今城、恋華ちゃんには常識が無い…と?」


暖がゆらゆらと立ち上がった。


「へ~そうなんだぁ、沙織ったら、私や暖君の事をそんな風に思ってたんだねぇ~?」


梨紅は若干陰のある笑みで、ゆっくりと沙織に近づいて行く。


「ち、違うよ?そんな事思って無…」


「2人はともかく、オレもなんだ…そうやってオレ達を見下して、優越感に浸ってた訳か…」


そこに、一真まで加わった。


「く、久城君?」


席から立ち、後退る沙織…追い詰める一真達…そしてさらに、


「あたしもなんだね…初対面なのに…悲しいなぁ…」


「ひぃ!恋華ちゃんまで!」


完全に孤立した沙織…唯一の救いは、


「ま…正義君、助け…」


「いや、オレ部員じゃないから…」


「そんな!」


絶望の縁に立つ沙織…


「囲めぇぇ!」


暖の号令で、一真達が一斉に沙織にとびかかった。


「きゃぁぁぁ!!」


本日の部活、遊びの部…


1対4の罰ゲーム付き鬼ごっこに決定。





悲鳴を上げた割に、沙織は冷静だった。


長机に飛び乗り、暖を飛び越え部室の奥へ…そして沙織は、部室の一番奥の窓を開けた。


「…まさか…」


暖の予想は、的確に当たっていた。


「…ごめんね?」


そう言って、沙織は窓から飛び降りた。


「えぇぇ!?」


窓に駆け寄り、下を覗き込む暖。


飛び降りた沙織は、壁に靴底を擦り付けながら降下し、無事に着地…人間技では不可能だが、半魔の沙織だからこそ可能な技だ。


「…ここ、2階だぞ…」


暖はそれを、唖然とした表情で見つめていた。


「何やってんだ暖、置いてくぞ?」


「はい?」


一真に言われ、暖は部室内に視線を戻す。すると、一真と梨紅、恋華の3人が、窓に足を掛けているではないか。


「あぁ、暖は無理か…じゃ、外から回って来いよ。」


「先に行ってるね!」


「なんか楽しいかも♪」


そう言って、3人は同時に飛び降りた。


「"ソアー・フェザー"」


魔法陣の上に落下した一真の足が、緋色に輝いた。


「よっ!」


一真の腕に掴まる梨紅。


「"重変"10!」


恋華は重力を変えて、ゆっくりと地面に着地した。


「…はいはい、どうせオレは何の力も無い普通の一般人ですよ、空なんか飛べませんし2階から飛び降りたら怪我しますよ!」


ぶつぶつ言いながら部室を出る暖は、まだ正義がいる事に気付いた。


「…恋華ちゃんの彼氏は…」


「…正義だ、桜田正義…」


「オレは川島暖…正義は行かないのか?」


「行っても良いのか?まだ部員じゃ…」


「何言ってんだ、沙織ちゃんが合格って言ってただろ…ほら、行こうぜ?」


「…あぁ。」


そして、部室には誰もいなくなった…






凄まじい勢いで走る沙織…


「な…なんでみんな追ってくるの!?」


それを上空から見ている一真。


(えっと…こちら一真、山中は今、体育館の方に…時速40kmぐらいで逃走中です。)


(車の速さじゃない!?そんなの追いつけないわよ!)


梨紅と恋華は、地上を走って追跡中だ。


(先回りするしか無いな…体育館裏を通り越すから、テニスコートに向かってくれ。)


(了解!)


「恋華ちゃん、テニスコートに先回りするよ!」


「テニスコート?わかった!"重変"5!」


恋華は重力を本来の10分の1まで下げ、校舎を飛び越えて行った。


その光景を、梨紅は思わず立ち止まって眺めた。


「…私も連れて行って欲しかったなぁ…」


梨紅は苦笑しながら、テニスコートを目指して再び走り出した。




一方、体育館裏を逃走中の沙織…


「沙織ちゃん見っけぇ!!!」


暖と正義が、体育館脇の通路から飛び出して来た。


「暖君!正義君まで何で!?」


「いや…暖に(もう部員なんだから来いよ)と…」


「さっきは助けてくれなかったじゃない!」


「…すまん。」


「捕まえるぞ正義ぃ!」


沙織に迫る2人…


「う…ちょっとまずいかな…」


沙織は、今来た道を駆け戻って行った。


「逃げた!追うんだ正義!」


「あぁ、"風飛"!」


風を纏い、正義は空に飛び上がった。


「…あ~…お前も飛べんのな…へぇ…」


暖はそれを、悲しそうな顔で見つめていた。




正義は空で一真と合流した。


「一真、目標は…」


「お前らタイミング最悪だわ…せっかく梨紅達にテニスコートで待ち伏せするように言ったのに…」


(梨紅!暖が馬鹿やって、山中が逆走!)


「はぁ!?」


立ち止まる梨紅…上空の一真を見上げ、信じられない…といった顔をした。


(ちょっ…え?私、どうすれば…)


(そこから左に曲がって校門まで…いや、校舎に沿って進んで、暖と挟み撃ちにしてくれ。)


(了解!…あ、恋華ちゃんは?)


(正義に迎えに行かせるから大丈夫、頼んだぞ!)


(OK!)


梨紅は再び走り出した。


「梨紅はOK…正義、あそこに重野が見えるな?」


「あぁ、見える。」


「事情を説明して、連れて来てくれ。」


「…実はな、一真。」


「喧嘩してるからちょっと…ってのは無しな?」


「…気付いてたのか?」


「馬鹿にしてんのかお前!気づくに決まってんだろ!とにかく行って来い!」


「う…了解だ。」


正義は顔をしかめながら、恋華の元へ向かった。


「…ま、大丈夫だろ…」


正義を見送り、一真は沙織の後を追った。




「…恋華!」


正義は、校舎を軽々と飛び越えてテニスコートへ向かう恋華を呼び止めた。


「へ?…あ、まー君!」


いつの間にか、正義の呼び方が元に戻っている…それに正義は安堵した。


「恋華、作戦が変更になった。」


「え?そうなの?どうすれば良いの?」


「一緒に行こう。連れて来いって言われたんだ。」


「うん、わかった!」


恋華はふわりと舞い上がり、正義の肩に掴まった。


「しっかり掴まってろよ?」


そう言って、正義は空に舞い上がった。不機嫌だったのが嘘のように、上機嫌な恋華に、正義は言った。


「…楽しそうだな、恋華…」


「うん♪鬼ごっこなんて久しぶりだし、いつもは追われる身だからねぇ…追うのって楽しいなぁ♪」


「そうか…」


恋華の言葉に、少し刺々しさを感じた正義は、それ以上何も言わなかった。






「はぁ…はぁ…」


結局、部室の下まで戻って来てしまった沙織。


「…いっそ、空にでも逃げようかしら…」


「そうは行かないわよ、沙織!」


沙織の正面から、梨紅が現れた。


「!!!」


踵を返して走り出そうとする沙織…しかし、


「逃がすかぁぁぁ!!」


ようやく追いついた暖…


「う…」


「そして、追撃のオレ。」


一真が空から降下して来た。


校舎、梨紅、暖、一真に四方を囲まれた沙織…


「…やっぱり空しか…」


「空も無理だよぉ♪」


恋華と正義が、空から沙織達を見下ろしていた。


「君は完全に包囲されている。」


「うぅ…」


正義の一言で、沙織は完全に諦め、地面に膝を着いた。


「梨紅、暖、確保だ。」


「「了解!」」


一真に言われ、梨紅と暖が、左右から沙織の腕を掴む。


それと同時に、正義と恋華が降りて来た。


「新入部員2人、ご苦労だった!」


「そんなに苦労はしてないがな…」


「楽しかったからね♪」


「ん…じゃあ梨紅?2人とも正式に入部って事で良さげ?」


「もちろん!2人がいなかったら、沙織の事捕まえられなかったしね?」


「そんじゃ、うちらの担任に入部届け出したらOKだから。」


「わかった。」


「OK~♪」


「じゃ、部室に帰るか。」


一同は、部室へ向かって歩き出した。






「…で?結局2人はなんなんだ?」


部室に戻り、席に着いた6人…そして一真が、正義と恋華に言った。


「…何がだ?」


「風を操ったり、重力変えたり…普通の人間には出来ないだろ、そんな事…なぁ暖?」


「はいはい、普通の人間のオレは何も出来ませんよ!どうせ!」


「…オレ達は、忍者の末裔だ。」


なんの抵抗も無しに、正義はあっさりカミングアウトした。


「ちょっと、まー君?」


「隠してても仕方ないだろ…」


「…『あの事』はまだ言っちゃ駄目だからね?」


「あぁ、わかってる。」


2人の中で、話がまとまったようだ。


「…で、忍者ってのはあの忍者だよな?城の殿様に仕える。」


「そうだ。オレの祖先と恋華の祖先は、それぞれ違う国の殿様に仕える忍者だった…」


オレの一族は、風を操る忍…通称風忍。恋華の一族は、重力を操る忍…通称重忍。そう呼ばれていた。


どうやって操るか…と言うのは、説明するのが難しい…魔力や霊力と違うが、体内にある力…オレ達が『チャクラ』と呼んでいる物を、重力や風に混ぜて操るんだ。


もちろん、『チャクラ』を混ぜた物しか操る事は出来ない…『チャクラ』の混ぜ方は物によって異なり、オレは風と混ぜる事しか出来ず、恋華は重力と混ぜる事しか出来ない…


「…そして、オレ達の一族には、共通してある役目が…」


「まー君、それ以上は禁止。」


恋華からストップがかかった。


「…まぁ、こんな所か…どうだ?一真。」


「そうだな…割と把握出来たと思う。」


「では今度は、一真達について教えてくれないか?」


「オレ達?オレは魔法使い。」


「私は退魔士。」


「私は半魔。」


「…だからオレは一般人!」


それぞれ、一言で説明終了。


「なるほど…魔法使いと退魔士はわかる。が、半魔…とは?」


「あぁ、それは…」


沙織が半魔になった理由…その出来事を、沙織は自ら正義達に話して聞かせた。


「そんな事が…」


「酷い…」


「うん…まぁ、その魔族は久城君と梨紅が倒してくれたから、もう大丈夫なんだけどね…」


「私は別に…一真1人で倒したようなもんよ?」


「結局、なんであの時一真の髪が伸びたりしたのかって、わかって無いんだろ?」


「あぁ…1つだけ確かなのは、あの時…オレにかけられてた封印が、少しだけ解けた…って事だけだ。」


「封印…」


シリアスな雰囲気の中、下校時間を告げるチャイムが、校内に響き渡った。




場所は変わり、駅前のハンバーガーショップ…


鬼ごっこの罰ゲームで、沙織と暖がハンバーガーを奢る事になったのだ。


「…何でオレまで!?」


「いつもの事…てか、お前が体育館脇から出て来なかったら、もっと早く捕まえられてたからな…迷惑料?」


「なら正義だって…」


「?オレは暖に無理矢理あの場に連れて来られただけだが…」


「汚!」


結局、1人で6人分は厳しいという話になり、暖と沙織の奢りになったのだ。


「…で、どこまで話したっけ?」


「一真にかけられた封印が解けたって所までだ。」


「あぁ、そこか…封印が解けて、物凄い勢いで魔力が吹き出して来て…魔法で校舎を半分ぐらいぶっ飛ばした。」


「あれってお前がやったんだ…ピエールがやったんだと思ってた。」


暖がポテトを摘まみながら言った。


「ちなみに、封印ってどうやって解いたんだ?」


「…」


「…」


暖に質問され、顔をしかめる一真と、顔を真っ赤にする梨紅…


「…?どうしたんだ?」


「「…黙秘で。」」


解答を拒否する2人…しかし、それで諦める程彼らは甘くない…


「うわぁ…ここでそれはめちゃめちゃ怪しいなぁオイ。」


「ちょっと梨紅、大人しく白状しちゃいなさいよ。」


「怪しいなぁ~、何しちゃったのかなぁ♪」


暖、沙織、恋華が2人に迫る。


(…なんとか、でっち上げよう…話合わせろよ?)


(…うん、任せる…)


「…特に何もしてないぞ?」


「嘘をつくな!ネタは上がってんだ!」


暖にそう言われた一真は、観念したように肩をガックリと下げ、言った。


「…すいません、手を繋ぎました…」


「「「…それだけ?」」」


「それだけって…それだけ…だけど…」


溜め息を吐く3人…


「なんか、拍子抜けだわ…」


「がっかりね…」


「つまんなぁい…」


「…なんか、ごめん…」(っしゃあ!!こいつら馬鹿で助かったぁ~…)


安心しきった一真は、チキンナゲットに手を伸ばした。…その時、


「…嘘だな。」


「!!!」


正義が、一真の手を掴んだ。


「な…正義、何言っ…」


「手の平の発汗…瞳孔の動き…会話終了後の脈拍…」


一真から手を離し、正義は言った。


「87,25%の確率で、今の話は虚偽だ。仮にその事実があったにしても、封印が解けた原因は他にある。」


機械的に淡々と、正義は説明した。


(やべぇ…こいつプロだ!)


(ど…どうしよう一真!)


「…どうした?今城、目が泳いでるぞ?」


「ぴぇ!」


完全に正義の独壇場である。最終的に、梨紅の奇声が何よりの証拠となった。


「…ど~ゆ~ことかなぁ…久城君?オレ達に嘘をついたのかなぁ?」


「…黙秘だ。」


「梨紅ぅ?今の奇声はなぁに?あなた、そんな声を出すキャラだったっけ?」


「…キャラを、変えてみようかな~…なんて?」


「それは無理があるよ…まぁ、まー君が嘘って言うなら間違い無いよ♪ねぇ…カズ君?梨紅ちゃん?」


「…白状するんだな…」


「「…」」((…絶体絶命…))


その後…2人が全て白状させられたのは、言うまでもない。






「そっかぁ…遂に梨紅もキスまで…」


「そんな感慨深く言わないでよ!恥ずかしい…」


「…ハレンチね。」


「ハレンチだねぇ♪」


「ハレンチ!?何それ!」


ハンバーガーショップからの帰り道…梨紅はひたすら2人にからかわれていた。そしてその後方では、一真が暖に絡まれている。


「そっかぁ…一真もようやく、大人の階段を一歩…」


「んな大袈裟な物でもねぇだろ…お前だってキスぐらいした事あんだろ?」


「…」


…黙秘する暖に、一真と正義は同時に聞いた。


「「…無いのか?」」


「…黙秘だ。」


「このタイミングの黙秘は、確実に肯定を意味するな…」


「てか、黙秘が流行ってんの?」


「っさいわ!キスなんかしなくても死にゃあしねぇよぉ!!」


「死にゃあしない…でもキスしたい…だろ?」


「…」


無言で頷く暖…切実な思いが、伝わって来る…


「…ちなみに、正義は誰かとキスした事あるのか?」


「!!!」


凄まじい反応を見せたのは、正義では無く恋華だった。顔を真っ赤にし、立ち止まって一真達を振り返った。


「あぁ…あるぞ?」


「誰と?」


「ちょっ!待っ…」


恋華が慌てて、正義の口を塞ごうと突っ込んで来た。…が、


「…アメリカでは、キスは挨拶代わりだったからな…」


「"重変"…500!!」


恋華がそう叫ぶのと同時に、正義が顔面からアスファルトにめり込んだ。




「「正義ぃぃぃ!!!」」


一真と暖は同時に叫んだ。


「「恋華ちゃん!?」」


アスファルトが砕ける、痛々しい音に振り返った梨紅と沙織は、その惨状を見て驚きを露にした。


「…あたしというものがありながら…」


恋華は、泣いていた…


「…まー君のバカァァァァ!!!!!」


正義の体が、さらにめり込む。


「「正義ぃぃぃ!!!」」


「恋華ちゃん!ちょっ…落ち着いて!」


梨紅が、恋華と正義の間に割り込む…が、正義が重力から解放される気配は無い。


「…一真!」


「あぁ…どうか、『オレが』死にませんように…"リミット・エクシード"!」


梨紅に名前を呼ばれると同時に、一真は自らに肉体強化の魔法をかけ、本来の10倍の重力の中に入って行った。


「おぉぉ…重ぉ…」


「頑張れ一真!」


「落ち着いて恋華ちゃん!気持ちはわかるけど…」


一真を応援する暖に、恋華の説得を試みる沙織…


「ぐぅおぉぉぉ…ま…正義ぃぃぃ…」


一真はなんとか正義の元にたどり着き、正義の体を引きずりながら、重力空間から脱出して来た。


「はぁ…はぁ…"リミット・エクシード…キャンセル"」


肉体強化を解除し、倒れる一真…


「梨紅!回復魔法!」


「うん!"ヒーリング"!」


白い光が、正義を包み込む。


「大丈夫か?一真…」


「…一応な。」


一真は上半身を起こし、恋華を見て言った。


「…重野、これはちょっとやり過ぎじゃないか?」


「…」


恋華は無言で、重力を本来の状態に戻した。


「オレだって、多少は重野の気持ち、わかるぞ?でもな…」


「カズ君は…」


一真の言葉を遮り、恋華が言った。


「?」


「カズ君は、やっぱり…まー君の味方なんだね…」


「いや、敵とか味方って話じゃ…」


「じゃあカズ君は、あたしが困ってたら助けてくれるの?」


「そりゃあ、助けるさ…同じ部活の仲間だし。」


「…約束だからね?」


そう言って、恋華はそのまま帰って行った。それを、無言で見送る一真達…


「…あ、梨紅…正義は?」


「大丈夫、外傷はもう治ってるよ…ただ…」


「ただ?」


「眼鏡が…」


梨紅が一真に、フレームが歪み、レンズの砕けた眼鏡を手渡す。


「…」


「直せる?」


「…やってみる。えっと…直す…治す…回復…いや、違うか…戻す…戻すか…"リターン"」


正義の眼鏡が緑色に光り、徐々に元の状態に戻って行く。


「おぉ、さすが一真…一真?」


「はぁ…はぁ…はぁ…」


息切れをしながら、アスファルトに座り込む一真…


「え…一真、大丈夫?」


梨紅が一真に寄り添い、一真の肩を抱いて支える。


「…無理、動けねぇ…なんだこれ…魔法陣使わなかったからって、眼鏡直しただけで?」


一真は驚いていた。先程、正義救出の為に使った肉体強化魔法、


"リミット・エクシード"


自分の身体能力を、名前どうり…限界を超える域にまで引き上げる魔法である。


この魔法は、大量の魔力を使い、使用後の疲労が多い…一真は魔法陣を使わないで発動するため、その疲労もある…


だが、たった今一真の使用した魔法、


"リバース"


一真からすれば、壊れた物を壊れる前の状態に戻す魔法…それだけであり、それ以上でもそれ以下でも無い。


しかし、この魔法の発動に、肉体強化魔法以上に多くの魔力を消費し、使用後…肉体強化魔法以上の疲労が蓄積されたのだ。


「…なんでだ…」


一真は、理解出来ずに混乱していた。


一真がその理由を知るのは、それから…ほんの数時間後の話である。




「…オレは、8歳から15歳までの7年間、アメリカで過ごしていたんだ。」


恋華の攻撃で気を失っていた正義は、一真の家に運ばれ、一真のベッドで目を醒ました。


今、一真の部屋には、ベッドに座る正義…床に座る梨紅、暖、沙織の3人…そして、机に向かって何やら調べ物をしている一真の5人がいる。


そして、暖の「正義って、アメリカにいたのか?」と言う質問を受け、正義がそれに答えている最中である。


「じゃあ、正義君って英語ペラペラなんだ…」


「ん…まぁ、ある程度は話せるっていうレベルだな…」


「ならあれだ、向こうの中学の時の友達と、メールのやり取りとかしてんだ…かっこいいなぁそういうの!」


暖が1人で興奮している。が、正義の返答は、暖の興奮を更に高める事になるのだ。


「いや、オレは中学には行ってない。」


「え?どういう事?」


「小学校を卒業と同時に、大学に入学したんだ。日本で言う…」


「「「飛び級!?」」」


驚く3人…一真も一応聞いてはいるが、反応は無い。


「すっげぇ…これがブルジョアか!」


「…暖君それ、絶対に違うから…」


興奮し過ぎて暴走する暖に呆れながら、沙織は言った。




「ブルジョアって言うのは、裕福な人の事よ…わかる?」


「なんだ、全然違うんじゃん…でも、正義がすげぇって事には変わり無いでしょ?」


「確かに凄いけど、ブルジョアでは無いの。ここ重要だからね?わかった?」


「は~い。」


返事はしたものの、きっと暖はわかっていないのだろう…


「…それで?正義君、大学は卒業したの?」


梨紅が正義に言った。


「あぁ、今年の3月にな。」


「…なら、なんで高校に?」


「それは…恋華が…」


「恋華ちゃんが?」


「『一緒の学校に通いたい』って…」


「…んだよ、ノロケかよ…」


暖のテンションが、一気に下がった。


「ノロケ…なのか?」


「ん~…微妙なとこだよね…」


「ノロケ…うん、ノロケだよ!」


沙織と梨紅により、晴れてノロケと判定された。


「…うわ、ありえねぇ…」


そんな中、場の空気も脈絡も無視し、突然一真が言った。


「…そんなにありえない程のノロケだったのか?」


「え?あ、いやいや…こっちの話。とりあえず、さっきの疲労の原因がわかったんだけど…」


「眼鏡を直した時の?」


「あぁ、ちょっとこれ見てみろ。」


一真の持っている1冊の本…題名は、


『禁じられた魔法、最強の魔法、不可能な魔法、上巻』


「…やけに長い題名の本ね…」


「そこはひとまず置いとけ…問題はここだ。」


一真は、本の185ページを開いて見せる。


「えっと…最強の魔法として最も有名な物は、『時魔法』である…?」


時魔法とは名の通り、

"時を操る魔法"


である。


時魔法の精製には、大量の魔力と複雑な魔法陣が必要となる。使用するに当たってのネックは、魔法陣よりも魔力である。


魔法使いの持つ平均的な魔力数値を50万とする。時魔法…例として、"未来や過去を行き来する魔法"を使うとすると…


1人が行き来するのに必要な魔力は5億…実に、魔法使い1000人分の魔力が必要になるのだ。


更に言えば、"壊れた物体を元の状態に戻す"魔法や、"時間の流れを変える"魔法も、時魔法に属するため、非常に多くの魔力を使う。


もちろん、使用する対象の数や大きさによって必要な魔力は異なるが、どんな時魔法でも、魔法使いが1人で使用する事は不可能だろう。もちろん、時魔法を魔法陣無しで使用する事は、自殺行為である。


「…ちょっと待ってよ、一真…」


梨紅は本から顔を上げ、一真を見ながら言った。


「1人で使用するのは不可能…で、最強の魔法…さらに、魔法陣無しでの使用は自殺行為…?」


「ありえねぇだろ?逆に笑えて来るよな?」


「笑えないわよ!」


梨紅は立ち上がった。


「あんた…あんたが私の為に使ってた魔法…」


「…"スロー・アワーズ"の事か?」


一真と梨紅が中学生の頃、梨紅が一真の宿題を写す時間を作る為に、何度も使用した魔法…


自分の1時間を、1分に変える魔法…


「その魔法"時間の流れを変える"魔法なんじゃないの?」


「…いや、"スロー・アワーズ"は、厳密に言えば"肉体強化"だよ。限りなく"時魔法"に近いけど、あれはオレと梨紅の動きを加速させてるだけだからさ…」


「そう…なら、さっきの"リバース"って魔法が?」


一真は、梨紅の言葉に大きく頷いた。


「間違い無く、"リバース"は"時魔法"だ。しかも魔法陣無し…」


「…悪い、話にまったく着いて行けてないんだけど…」


暖が手を上げて発言した。


「…つまり一真は、一般的には1人で使用するのは不可能と言われている魔法を、1人で使用した…しかも、魔法陣無しという、使用者への負担が多い状態で…そういう事だな?」


正義が上手く纏めた。


「そうそう!流石は正義、飛び級してるだけあるなぁ。」


「へぇ…つまり、一真は普通の魔法使いより、かなり大量の魔力を持ってる…って事か?」


意外にも、暖は1回の説明で多くを理解した。


「その通り!でもまぁ、対象が眼鏡じゃ無かったら危なかったかもな…」


一真は苦笑しながら、本に目を向けた。


「一真、その本に書かれてる魔法暗記して…危険って書いてあるのは、絶対に使っちゃ駄目だよ?」


梨紅が、真剣な表情で一真を見つめて言った。


「…そう言うと思ったよ。でも、1つ問題がある…」


「問題?」


一真は苦笑しながら、梨紅達に本の題名を見せる。


「はい皆さん、題名を読んでみましょう。」


「「「「…『禁じられた魔法、最強の魔法、不可能な魔法、上巻』…上巻?」」」」


そう、上巻…


「…下巻は?」


「父さんの部屋には無かった…だから、下巻の方に書かれた危険な魔法はわからない…」


…沈黙が、一真の部屋を支配する。時刻は21時…


暖達が梨紅に、一真の家から帰る事を許されたのは、これから始まる『下巻探し』…それが一段落する、2時間後…23時の事だった…




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