1.彼らは活動する。
久城一真は魔法使いである。
「…眠すぎて死ぬ…」
真っ赤に充血した目に緋色の前髪…久城一真は、自分のクラスの自分の椅子に、横向きに座っていた。
「…どうしたの?一真、その目…」
頬杖をついた一真の視線の先には、幼なじみの今城梨紅が、一真と向かい合うように座っていた。
「…1日徹夜しただけでこれさ…」
「弱っ…ヒーリングしようか?」
「いや、もう使った…何の効果もねぇ…ふぁ…」
大きな欠伸をし、目に涙を貯める一真…
「おはよ~さん、お2人さん!」
一真とは対称的に、朝からテンションの高い一真の親友…川島暖がやって来た。
「おはよー暖君。」
「おぅ!…一真?」
「んぁ?おはよ…」
「…今城、これは?」
「徹夜したんだってぇ。」
「弱いなぁお前…回復魔法は?」
「使ったけど効かねぇんだよ…」
「おはようみんな。」
長い黒髪をなびかせ、我らがC組の委員長、山中沙織がやって来た。
「おはよー沙織。」
「おはよう沙織ちゃん。」
「うん…久城君?」
「…おはよう山中…」
「…どうしたの?」
「徹夜したんだとさ。」
「弱いんだね…回復魔法は…」
「もう良いだろ!」
一真は立ち上がると同時に言った。
「何ッ回同じやり取りやらせる気だ!」
「ちょっとは元気出た?」
「出るか!余計に体力削られたわ!…う…」
一真が立ちくらみでふらつき、机に手を着いた瞬間…教室のドアが、勢い良く開いた。
「ん…あ、恋華ちゃん、おはよー。」
入って来たのは恋華だった。恋華は勢い良く一真達に駆け寄り、椅子に座ったままの梨紅に隠れた。
「え…え?恋華ちゃん?」
「おはよう梨紅ちゃん!暖君も!」
「おぉ、おはよう…どうした?」
「お願い、ちょっと匿って!」
「いや…え?」
戸惑う梨紅…そこへ…
「…やっぱりここか…」
正義が入って来た。
「あ、正義君おはよー」
「おはよう今城…一真も。」
「あ~…」
「?どうしたんだ?」
「徹夜したんだってぇ。」
「弱いな…回復魔法は…」
「…いい加減怒るぞ…」
暖の周りに、瞬時に大量の魔法陣が精製された。
「なんでオレ!?」
「…悪い、素で間違えた…」
そう言って、一真は魔法陣を全て消した。
「とにかく正義…速く重野を持って帰ってくれ…」
「あぁ…ほら、恋華…一真もこう言ってる事だし…」
「チャイムが鳴ったら1人で帰るもん!桜田君は先に帰ってて!」
「…だから、悪かったって…機嫌直せよ恋華…」
「うるさぁい!帰れ帰れ!」
「恋華ぁ…」
梨紅や暖の周りをグルグル回って、追いかけっこを始める2人。
「みんな迷惑してるだろ?早く帰るぞ。」
「1人で帰るってばぁ!」
「機嫌直せって…」
「うるさぁい!」
「…」
無数の魔法陣が、暖を挟んだ2人の周りに精製される。
「"エアロ"」
全ての魔法陣から、空気の弾が放たれた。
「きゃぁぁぁ!!!」
「うぉあ!!!」
「ギャァァァァァ!!!!!」
明らかに、暖に当たる弾の割合が多い…
「2人揃って今すぐ帰れぇ!!」
一真が叫ぶと同時に、正義と恋華は全力でC組から出て行った。
「…なんで…オレ…まで…?」
暖が瀕死の体で絞りだした言葉に、一真も瀕死の体で一言だけ絞りだした。
「…事故。」
そして一真は、ふらふらしながらなんとか椅子に座り、机に突っ伏した。
「一真!ホントに大丈夫!?」
「限…界…梨紅、暖に回復魔法かけてやって…ちょっと寝るわ…」
「久城君、保健室行ったほうが…」
「…すぅ…すぅ…」
「速ッ!?」
「ホントに限界だったんだね…」
「…とりあえず、暖君に回復魔法かけなきゃ…」
そう言って、梨紅は椅子から立ち上がり、瀕死の状態で床に転がっている暖の方へ向かった。
この日…奇跡的に、1限目と2限目の教科担当の先生が私用で遅刻し自習となったため、その間ゆっくり休んだ一真と暖は、3限目には復活できた。
放課後のMBSF研究会部室…
「…寝不足治った?」
教科書の英文を和訳する一真に、梨紅が聞いた。
「まずまずかな…てか梨紅、1限目の自習に和訳したの見せてみ?絶対間違ってるから。」
「えぇ…いいよ、謹んで遠慮するよ。」
「遠慮すんなって…オレと暖が和訳してる間、暇だろ?」
「そんな事ないよ、凄く充実した部活ライフを…」
梨紅は顔をひきつらせ、やんわり拒否しようとしたが、その言葉を遮るように、ドアをノックする音が室内に響いた。
「…え?ここに客?」
暖が驚くのも無理は無い…この部室には、顧問の田丸先生すら来ないのだ。
「は~い、どうぞ~。」
「失礼します。」
一真の返事を聞いて、入って来たのは…
「おぉ、正義。」
「…と、恋華ちゃん?」
「こんにちは、少しお邪魔するよ。」
「…お邪魔します。」
正義と、若干不機嫌な恋華だった。
「…あ、球技大会の決勝の…」
「恋華ちゃんの彼氏!」
「…そうか、君が言い出したのか…」
顔をしかめて、暖を見る正義。
「…まさかお前、本当にここに入りに来たのか?」
「「「…え?」」」
「?そうだが…」
「「「えぇぇ!?」」」
何の話も聞いていない梨紅達…
「一真!?何の話?」
「…先々週、幽霊騒ぎで学校に泊まるとかなんとかってあっただろ?梨紅と重野が色々やってる間に、正義と豊がここに入るって話に…でもまさか本気だとは…」
「…まずかったか?」
「いや、ちょっと驚いただけ。」
ちょっと驚いたのは一真だけであり、他の3人はかなり驚いていた。
「豊は?」
「本を読み終わったら…とか。」
「あ~なるほど、わかった…で、重野は?」
「…え?」
自分に話を振られるとは思ってなかった恋華は、キョトンとした顔で一真を見つめる。
「いや、え?って…重野もここに入るのか?」
「…あたしは…」
「ちょっっと待ったぁぁ!!!」
梨紅が立ち上がり、一真達のやり取りに待ったをかけた。
「一真、入部テストの事…忘れて無い?」
「…重ね重ねになるけど…お前も本気で言ってたのか?」
「当たり前じゃない!」
「あんなの何の意味も無いだろ…」
「あるわよ!入部希望者のユーモアの度合いを測るっていう…」
「ユーモアなんか欠片も必要ねぇだろうが!」
討論する2人の部長…その間、暖と沙織は…
「…まったく話に付いて行けてないね、オレ達…」
「うん…幽霊騒ぎって何?」
「さぁ…ちなみに、豊って誰?」
「さぁ…」
「とにかく!」
暖達の会話を強引にぶったぎり、梨紅は正義と恋華を指差した。
「今からテストするから!」
「…テストは筆記か?」
テストを受ける事自体には疑問を持たない正義…
「口頭よ、面接に近いかな?…それじゃあ第1問!」
「ジャカジャン!」
暖が効果音を口で表現する…この辺りの連携は、何故か良く取れている。
「ここはMBSF研究会です。元はSF研究会でした。さて?SFとは何の略でしょう…はい!恋華ちゃん!」
「あたしから!?えっと、え~…SF…す…ふ…!スーパーフジノ!」
「…あぁ、駅前のスーパー?重野ってあのスーパーよく使うの?」
「うん、学校の帰りに夕飯の材料買ったりしてるの。」
「ん~…35点かな…ギリギリ合格。」
「だから、何を基準にしてんだよ…」
「次は正義君!」
暖を無視して、梨紅は正義を指名する。
「サイエンス・フィクションだろ?」
あっさり正解する正義…
「…不ごう…」
「合格!」
正義を不合格にしようとした梨紅に、沙織が被せるように合格を告げた。
「ちょっと沙織?」
「お願い!彼も入れてあげて…少しでも常識ある人を!」
「へぇ…つまり沙織ちゃんは、オレや一真、今城、恋華ちゃんには常識が無い…と?」
暖がゆらゆらと立ち上がった。
「へ~そうなんだぁ、沙織ったら、私や暖君の事をそんな風に思ってたんだねぇ~?」
梨紅は若干陰のある笑みで、ゆっくりと沙織に近づいて行く。
「ち、違うよ?そんな事思って無…」
「2人はともかく、オレもなんだ…そうやってオレ達を見下して、優越感に浸ってた訳か…」
そこに、一真まで加わった。
「く、久城君?」
席から立ち、後退る沙織…追い詰める一真達…そしてさらに、
「あたしもなんだね…初対面なのに…悲しいなぁ…」
「ひぃ!恋華ちゃんまで!」
完全に孤立した沙織…唯一の救いは、
「ま…正義君、助け…」
「いや、オレ部員じゃないから…」
「そんな!」
絶望の縁に立つ沙織…
「囲めぇぇ!」
暖の号令で、一真達が一斉に沙織にとびかかった。
「きゃぁぁぁ!!」
本日の部活、遊びの部…
1対4の罰ゲーム付き鬼ごっこに決定。
悲鳴を上げた割に、沙織は冷静だった。
長机に飛び乗り、暖を飛び越え部室の奥へ…そして沙織は、部室の一番奥の窓を開けた。
「…まさか…」
暖の予想は、的確に当たっていた。
「…ごめんね?」
そう言って、沙織は窓から飛び降りた。
「えぇぇ!?」
窓に駆け寄り、下を覗き込む暖。
飛び降りた沙織は、壁に靴底を擦り付けながら降下し、無事に着地…人間技では不可能だが、半魔の沙織だからこそ可能な技だ。
「…ここ、2階だぞ…」
暖はそれを、唖然とした表情で見つめていた。
「何やってんだ暖、置いてくぞ?」
「はい?」
一真に言われ、暖は部室内に視線を戻す。すると、一真と梨紅、恋華の3人が、窓に足を掛けているではないか。
「あぁ、暖は無理か…じゃ、外から回って来いよ。」
「先に行ってるね!」
「なんか楽しいかも♪」
そう言って、3人は同時に飛び降りた。
「"ソアー・フェザー"」
魔法陣の上に落下した一真の足が、緋色に輝いた。
「よっ!」
一真の腕に掴まる梨紅。
「"重変"10!」
恋華は重力を変えて、ゆっくりと地面に着地した。
「…はいはい、どうせオレは何の力も無い普通の一般人ですよ、空なんか飛べませんし2階から飛び降りたら怪我しますよ!」
ぶつぶつ言いながら部室を出る暖は、まだ正義がいる事に気付いた。
「…恋華ちゃんの彼氏は…」
「…正義だ、桜田正義…」
「オレは川島暖…正義は行かないのか?」
「行っても良いのか?まだ部員じゃ…」
「何言ってんだ、沙織ちゃんが合格って言ってただろ…ほら、行こうぜ?」
「…あぁ。」
そして、部室には誰もいなくなった…
凄まじい勢いで走る沙織…
「な…なんでみんな追ってくるの!?」
それを上空から見ている一真。
(えっと…こちら一真、山中は今、体育館の方に…時速40kmぐらいで逃走中です。)
(車の速さじゃない!?そんなの追いつけないわよ!)
梨紅と恋華は、地上を走って追跡中だ。
(先回りするしか無いな…体育館裏を通り越すから、テニスコートに向かってくれ。)
(了解!)
「恋華ちゃん、テニスコートに先回りするよ!」
「テニスコート?わかった!"重変"5!」
恋華は重力を本来の10分の1まで下げ、校舎を飛び越えて行った。
その光景を、梨紅は思わず立ち止まって眺めた。
「…私も連れて行って欲しかったなぁ…」
梨紅は苦笑しながら、テニスコートを目指して再び走り出した。
一方、体育館裏を逃走中の沙織…
「沙織ちゃん見っけぇ!!!」
暖と正義が、体育館脇の通路から飛び出して来た。
「暖君!正義君まで何で!?」
「いや…暖に(もう部員なんだから来いよ)と…」
「さっきは助けてくれなかったじゃない!」
「…すまん。」
「捕まえるぞ正義ぃ!」
沙織に迫る2人…
「う…ちょっとまずいかな…」
沙織は、今来た道を駆け戻って行った。
「逃げた!追うんだ正義!」
「あぁ、"風飛"!」
風を纏い、正義は空に飛び上がった。
「…あ~…お前も飛べんのな…へぇ…」
暖はそれを、悲しそうな顔で見つめていた。
正義は空で一真と合流した。
「一真、目標は…」
「お前らタイミング最悪だわ…せっかく梨紅達にテニスコートで待ち伏せするように言ったのに…」
(梨紅!暖が馬鹿やって、山中が逆走!)
「はぁ!?」
立ち止まる梨紅…上空の一真を見上げ、信じられない…といった顔をした。
(ちょっ…え?私、どうすれば…)
(そこから左に曲がって校門まで…いや、校舎に沿って進んで、暖と挟み撃ちにしてくれ。)
(了解!…あ、恋華ちゃんは?)
(正義に迎えに行かせるから大丈夫、頼んだぞ!)
(OK!)
梨紅は再び走り出した。
「梨紅はOK…正義、あそこに重野が見えるな?」
「あぁ、見える。」
「事情を説明して、連れて来てくれ。」
「…実はな、一真。」
「喧嘩してるからちょっと…ってのは無しな?」
「…気付いてたのか?」
「馬鹿にしてんのかお前!気づくに決まってんだろ!とにかく行って来い!」
「う…了解だ。」
正義は顔をしかめながら、恋華の元へ向かった。
「…ま、大丈夫だろ…」
正義を見送り、一真は沙織の後を追った。
「…恋華!」
正義は、校舎を軽々と飛び越えてテニスコートへ向かう恋華を呼び止めた。
「へ?…あ、まー君!」
いつの間にか、正義の呼び方が元に戻っている…それに正義は安堵した。
「恋華、作戦が変更になった。」
「え?そうなの?どうすれば良いの?」
「一緒に行こう。連れて来いって言われたんだ。」
「うん、わかった!」
恋華はふわりと舞い上がり、正義の肩に掴まった。
「しっかり掴まってろよ?」
そう言って、正義は空に舞い上がった。不機嫌だったのが嘘のように、上機嫌な恋華に、正義は言った。
「…楽しそうだな、恋華…」
「うん♪鬼ごっこなんて久しぶりだし、いつもは追われる身だからねぇ…追うのって楽しいなぁ♪」
「そうか…」
恋華の言葉に、少し刺々しさを感じた正義は、それ以上何も言わなかった。
「はぁ…はぁ…」
結局、部室の下まで戻って来てしまった沙織。
「…いっそ、空にでも逃げようかしら…」
「そうは行かないわよ、沙織!」
沙織の正面から、梨紅が現れた。
「!!!」
踵を返して走り出そうとする沙織…しかし、
「逃がすかぁぁぁ!!」
ようやく追いついた暖…
「う…」
「そして、追撃のオレ。」
一真が空から降下して来た。
校舎、梨紅、暖、一真に四方を囲まれた沙織…
「…やっぱり空しか…」
「空も無理だよぉ♪」
恋華と正義が、空から沙織達を見下ろしていた。
「君は完全に包囲されている。」
「うぅ…」
正義の一言で、沙織は完全に諦め、地面に膝を着いた。
「梨紅、暖、確保だ。」
「「了解!」」
一真に言われ、梨紅と暖が、左右から沙織の腕を掴む。
それと同時に、正義と恋華が降りて来た。
「新入部員2人、ご苦労だった!」
「そんなに苦労はしてないがな…」
「楽しかったからね♪」
「ん…じゃあ梨紅?2人とも正式に入部って事で良さげ?」
「もちろん!2人がいなかったら、沙織の事捕まえられなかったしね?」
「そんじゃ、うちらの担任に入部届け出したらOKだから。」
「わかった。」
「OK~♪」
「じゃ、部室に帰るか。」
一同は、部室へ向かって歩き出した。
「…で?結局2人はなんなんだ?」
部室に戻り、席に着いた6人…そして一真が、正義と恋華に言った。
「…何がだ?」
「風を操ったり、重力変えたり…普通の人間には出来ないだろ、そんな事…なぁ暖?」
「はいはい、普通の人間のオレは何も出来ませんよ!どうせ!」
「…オレ達は、忍者の末裔だ。」
なんの抵抗も無しに、正義はあっさりカミングアウトした。
「ちょっと、まー君?」
「隠してても仕方ないだろ…」
「…『あの事』はまだ言っちゃ駄目だからね?」
「あぁ、わかってる。」
2人の中で、話がまとまったようだ。
「…で、忍者ってのはあの忍者だよな?城の殿様に仕える。」
「そうだ。オレの祖先と恋華の祖先は、それぞれ違う国の殿様に仕える忍者だった…」
オレの一族は、風を操る忍…通称風忍。恋華の一族は、重力を操る忍…通称重忍。そう呼ばれていた。
どうやって操るか…と言うのは、説明するのが難しい…魔力や霊力と違うが、体内にある力…オレ達が『チャクラ』と呼んでいる物を、重力や風に混ぜて操るんだ。
もちろん、『チャクラ』を混ぜた物しか操る事は出来ない…『チャクラ』の混ぜ方は物によって異なり、オレは風と混ぜる事しか出来ず、恋華は重力と混ぜる事しか出来ない…
「…そして、オレ達の一族には、共通してある役目が…」
「まー君、それ以上は禁止。」
恋華からストップがかかった。
「…まぁ、こんな所か…どうだ?一真。」
「そうだな…割と把握出来たと思う。」
「では今度は、一真達について教えてくれないか?」
「オレ達?オレは魔法使い。」
「私は退魔士。」
「私は半魔。」
「…だからオレは一般人!」
それぞれ、一言で説明終了。
「なるほど…魔法使いと退魔士はわかる。が、半魔…とは?」
「あぁ、それは…」
沙織が半魔になった理由…その出来事を、沙織は自ら正義達に話して聞かせた。
「そんな事が…」
「酷い…」
「うん…まぁ、その魔族は久城君と梨紅が倒してくれたから、もう大丈夫なんだけどね…」
「私は別に…一真1人で倒したようなもんよ?」
「結局、なんであの時一真の髪が伸びたりしたのかって、わかって無いんだろ?」
「あぁ…1つだけ確かなのは、あの時…オレにかけられてた封印が、少しだけ解けた…って事だけだ。」
「封印…」
シリアスな雰囲気の中、下校時間を告げるチャイムが、校内に響き渡った。
場所は変わり、駅前のハンバーガーショップ…
鬼ごっこの罰ゲームで、沙織と暖がハンバーガーを奢る事になったのだ。
「…何でオレまで!?」
「いつもの事…てか、お前が体育館脇から出て来なかったら、もっと早く捕まえられてたからな…迷惑料?」
「なら正義だって…」
「?オレは暖に無理矢理あの場に連れて来られただけだが…」
「汚!」
結局、1人で6人分は厳しいという話になり、暖と沙織の奢りになったのだ。
「…で、どこまで話したっけ?」
「一真にかけられた封印が解けたって所までだ。」
「あぁ、そこか…封印が解けて、物凄い勢いで魔力が吹き出して来て…魔法で校舎を半分ぐらいぶっ飛ばした。」
「あれってお前がやったんだ…ピエールがやったんだと思ってた。」
暖がポテトを摘まみながら言った。
「ちなみに、封印ってどうやって解いたんだ?」
「…」
「…」
暖に質問され、顔をしかめる一真と、顔を真っ赤にする梨紅…
「…?どうしたんだ?」
「「…黙秘で。」」
解答を拒否する2人…しかし、それで諦める程彼らは甘くない…
「うわぁ…ここでそれはめちゃめちゃ怪しいなぁオイ。」
「ちょっと梨紅、大人しく白状しちゃいなさいよ。」
「怪しいなぁ~、何しちゃったのかなぁ♪」
暖、沙織、恋華が2人に迫る。
(…なんとか、でっち上げよう…話合わせろよ?)
(…うん、任せる…)
「…特に何もしてないぞ?」
「嘘をつくな!ネタは上がってんだ!」
暖にそう言われた一真は、観念したように肩をガックリと下げ、言った。
「…すいません、手を繋ぎました…」
「「「…それだけ?」」」
「それだけって…それだけ…だけど…」
溜め息を吐く3人…
「なんか、拍子抜けだわ…」
「がっかりね…」
「つまんなぁい…」
「…なんか、ごめん…」(っしゃあ!!こいつら馬鹿で助かったぁ~…)
安心しきった一真は、チキンナゲットに手を伸ばした。…その時、
「…嘘だな。」
「!!!」
正義が、一真の手を掴んだ。
「な…正義、何言っ…」
「手の平の発汗…瞳孔の動き…会話終了後の脈拍…」
一真から手を離し、正義は言った。
「87,25%の確率で、今の話は虚偽だ。仮にその事実があったにしても、封印が解けた原因は他にある。」
機械的に淡々と、正義は説明した。
(やべぇ…こいつプロだ!)
(ど…どうしよう一真!)
「…どうした?今城、目が泳いでるぞ?」
「ぴぇ!」
完全に正義の独壇場である。最終的に、梨紅の奇声が何よりの証拠となった。
「…ど~ゆ~ことかなぁ…久城君?オレ達に嘘をついたのかなぁ?」
「…黙秘だ。」
「梨紅ぅ?今の奇声はなぁに?あなた、そんな声を出すキャラだったっけ?」
「…キャラを、変えてみようかな~…なんて?」
「それは無理があるよ…まぁ、まー君が嘘って言うなら間違い無いよ♪ねぇ…カズ君?梨紅ちゃん?」
「…白状するんだな…」
「「…」」((…絶体絶命…))
その後…2人が全て白状させられたのは、言うまでもない。
「そっかぁ…遂に梨紅もキスまで…」
「そんな感慨深く言わないでよ!恥ずかしい…」
「…ハレンチね。」
「ハレンチだねぇ♪」
「ハレンチ!?何それ!」
ハンバーガーショップからの帰り道…梨紅はひたすら2人にからかわれていた。そしてその後方では、一真が暖に絡まれている。
「そっかぁ…一真もようやく、大人の階段を一歩…」
「んな大袈裟な物でもねぇだろ…お前だってキスぐらいした事あんだろ?」
「…」
…黙秘する暖に、一真と正義は同時に聞いた。
「「…無いのか?」」
「…黙秘だ。」
「このタイミングの黙秘は、確実に肯定を意味するな…」
「てか、黙秘が流行ってんの?」
「っさいわ!キスなんかしなくても死にゃあしねぇよぉ!!」
「死にゃあしない…でもキスしたい…だろ?」
「…」
無言で頷く暖…切実な思いが、伝わって来る…
「…ちなみに、正義は誰かとキスした事あるのか?」
「!!!」
凄まじい反応を見せたのは、正義では無く恋華だった。顔を真っ赤にし、立ち止まって一真達を振り返った。
「あぁ…あるぞ?」
「誰と?」
「ちょっ!待っ…」
恋華が慌てて、正義の口を塞ごうと突っ込んで来た。…が、
「…アメリカでは、キスは挨拶代わりだったからな…」
「"重変"…500!!」
恋華がそう叫ぶのと同時に、正義が顔面からアスファルトにめり込んだ。
「「正義ぃぃぃ!!!」」
一真と暖は同時に叫んだ。
「「恋華ちゃん!?」」
アスファルトが砕ける、痛々しい音に振り返った梨紅と沙織は、その惨状を見て驚きを露にした。
「…あたしというものがありながら…」
恋華は、泣いていた…
「…まー君のバカァァァァ!!!!!」
正義の体が、さらにめり込む。
「「正義ぃぃぃ!!!」」
「恋華ちゃん!ちょっ…落ち着いて!」
梨紅が、恋華と正義の間に割り込む…が、正義が重力から解放される気配は無い。
「…一真!」
「あぁ…どうか、『オレが』死にませんように…"リミット・エクシード"!」
梨紅に名前を呼ばれると同時に、一真は自らに肉体強化の魔法をかけ、本来の10倍の重力の中に入って行った。
「おぉぉ…重ぉ…」
「頑張れ一真!」
「落ち着いて恋華ちゃん!気持ちはわかるけど…」
一真を応援する暖に、恋華の説得を試みる沙織…
「ぐぅおぉぉぉ…ま…正義ぃぃぃ…」
一真はなんとか正義の元にたどり着き、正義の体を引きずりながら、重力空間から脱出して来た。
「はぁ…はぁ…"リミット・エクシード…キャンセル"」
肉体強化を解除し、倒れる一真…
「梨紅!回復魔法!」
「うん!"ヒーリング"!」
白い光が、正義を包み込む。
「大丈夫か?一真…」
「…一応な。」
一真は上半身を起こし、恋華を見て言った。
「…重野、これはちょっとやり過ぎじゃないか?」
「…」
恋華は無言で、重力を本来の状態に戻した。
「オレだって、多少は重野の気持ち、わかるぞ?でもな…」
「カズ君は…」
一真の言葉を遮り、恋華が言った。
「?」
「カズ君は、やっぱり…まー君の味方なんだね…」
「いや、敵とか味方って話じゃ…」
「じゃあカズ君は、あたしが困ってたら助けてくれるの?」
「そりゃあ、助けるさ…同じ部活の仲間だし。」
「…約束だからね?」
そう言って、恋華はそのまま帰って行った。それを、無言で見送る一真達…
「…あ、梨紅…正義は?」
「大丈夫、外傷はもう治ってるよ…ただ…」
「ただ?」
「眼鏡が…」
梨紅が一真に、フレームが歪み、レンズの砕けた眼鏡を手渡す。
「…」
「直せる?」
「…やってみる。えっと…直す…治す…回復…いや、違うか…戻す…戻すか…"リターン"」
正義の眼鏡が緑色に光り、徐々に元の状態に戻って行く。
「おぉ、さすが一真…一真?」
「はぁ…はぁ…はぁ…」
息切れをしながら、アスファルトに座り込む一真…
「え…一真、大丈夫?」
梨紅が一真に寄り添い、一真の肩を抱いて支える。
「…無理、動けねぇ…なんだこれ…魔法陣使わなかったからって、眼鏡直しただけで?」
一真は驚いていた。先程、正義救出の為に使った肉体強化魔法、
"リミット・エクシード"
自分の身体能力を、名前どうり…限界を超える域にまで引き上げる魔法である。
この魔法は、大量の魔力を使い、使用後の疲労が多い…一真は魔法陣を使わないで発動するため、その疲労もある…
だが、たった今一真の使用した魔法、
"リバース"
一真からすれば、壊れた物を壊れる前の状態に戻す魔法…それだけであり、それ以上でもそれ以下でも無い。
しかし、この魔法の発動に、肉体強化魔法以上に多くの魔力を消費し、使用後…肉体強化魔法以上の疲労が蓄積されたのだ。
「…なんでだ…」
一真は、理解出来ずに混乱していた。
一真がその理由を知るのは、それから…ほんの数時間後の話である。
「…オレは、8歳から15歳までの7年間、アメリカで過ごしていたんだ。」
恋華の攻撃で気を失っていた正義は、一真の家に運ばれ、一真のベッドで目を醒ました。
今、一真の部屋には、ベッドに座る正義…床に座る梨紅、暖、沙織の3人…そして、机に向かって何やら調べ物をしている一真の5人がいる。
そして、暖の「正義って、アメリカにいたのか?」と言う質問を受け、正義がそれに答えている最中である。
「じゃあ、正義君って英語ペラペラなんだ…」
「ん…まぁ、ある程度は話せるっていうレベルだな…」
「ならあれだ、向こうの中学の時の友達と、メールのやり取りとかしてんだ…かっこいいなぁそういうの!」
暖が1人で興奮している。が、正義の返答は、暖の興奮を更に高める事になるのだ。
「いや、オレは中学には行ってない。」
「え?どういう事?」
「小学校を卒業と同時に、大学に入学したんだ。日本で言う…」
「「「飛び級!?」」」
驚く3人…一真も一応聞いてはいるが、反応は無い。
「すっげぇ…これがブルジョアか!」
「…暖君それ、絶対に違うから…」
興奮し過ぎて暴走する暖に呆れながら、沙織は言った。
「ブルジョアって言うのは、裕福な人の事よ…わかる?」
「なんだ、全然違うんじゃん…でも、正義がすげぇって事には変わり無いでしょ?」
「確かに凄いけど、ブルジョアでは無いの。ここ重要だからね?わかった?」
「は~い。」
返事はしたものの、きっと暖はわかっていないのだろう…
「…それで?正義君、大学は卒業したの?」
梨紅が正義に言った。
「あぁ、今年の3月にな。」
「…なら、なんで高校に?」
「それは…恋華が…」
「恋華ちゃんが?」
「『一緒の学校に通いたい』って…」
「…んだよ、ノロケかよ…」
暖のテンションが、一気に下がった。
「ノロケ…なのか?」
「ん~…微妙なとこだよね…」
「ノロケ…うん、ノロケだよ!」
沙織と梨紅により、晴れてノロケと判定された。
「…うわ、ありえねぇ…」
そんな中、場の空気も脈絡も無視し、突然一真が言った。
「…そんなにありえない程のノロケだったのか?」
「え?あ、いやいや…こっちの話。とりあえず、さっきの疲労の原因がわかったんだけど…」
「眼鏡を直した時の?」
「あぁ、ちょっとこれ見てみろ。」
一真の持っている1冊の本…題名は、
『禁じられた魔法、最強の魔法、不可能な魔法、上巻』
「…やけに長い題名の本ね…」
「そこはひとまず置いとけ…問題はここだ。」
一真は、本の185ページを開いて見せる。
「えっと…最強の魔法として最も有名な物は、『時魔法』である…?」
時魔法とは名の通り、
"時を操る魔法"
である。
時魔法の精製には、大量の魔力と複雑な魔法陣が必要となる。使用するに当たってのネックは、魔法陣よりも魔力である。
魔法使いの持つ平均的な魔力数値を50万とする。時魔法…例として、"未来や過去を行き来する魔法"を使うとすると…
1人が行き来するのに必要な魔力は5億…実に、魔法使い1000人分の魔力が必要になるのだ。
更に言えば、"壊れた物体を元の状態に戻す"魔法や、"時間の流れを変える"魔法も、時魔法に属するため、非常に多くの魔力を使う。
もちろん、使用する対象の数や大きさによって必要な魔力は異なるが、どんな時魔法でも、魔法使いが1人で使用する事は不可能だろう。もちろん、時魔法を魔法陣無しで使用する事は、自殺行為である。
「…ちょっと待ってよ、一真…」
梨紅は本から顔を上げ、一真を見ながら言った。
「1人で使用するのは不可能…で、最強の魔法…さらに、魔法陣無しでの使用は自殺行為…?」
「ありえねぇだろ?逆に笑えて来るよな?」
「笑えないわよ!」
梨紅は立ち上がった。
「あんた…あんたが私の為に使ってた魔法…」
「…"スロー・アワーズ"の事か?」
一真と梨紅が中学生の頃、梨紅が一真の宿題を写す時間を作る為に、何度も使用した魔法…
自分の1時間を、1分に変える魔法…
「その魔法"時間の流れを変える"魔法なんじゃないの?」
「…いや、"スロー・アワーズ"は、厳密に言えば"肉体強化"だよ。限りなく"時魔法"に近いけど、あれはオレと梨紅の動きを加速させてるだけだからさ…」
「そう…なら、さっきの"リバース"って魔法が?」
一真は、梨紅の言葉に大きく頷いた。
「間違い無く、"リバース"は"時魔法"だ。しかも魔法陣無し…」
「…悪い、話にまったく着いて行けてないんだけど…」
暖が手を上げて発言した。
「…つまり一真は、一般的には1人で使用するのは不可能と言われている魔法を、1人で使用した…しかも、魔法陣無しという、使用者への負担が多い状態で…そういう事だな?」
正義が上手く纏めた。
「そうそう!流石は正義、飛び級してるだけあるなぁ。」
「へぇ…つまり、一真は普通の魔法使いより、かなり大量の魔力を持ってる…って事か?」
意外にも、暖は1回の説明で多くを理解した。
「その通り!でもまぁ、対象が眼鏡じゃ無かったら危なかったかもな…」
一真は苦笑しながら、本に目を向けた。
「一真、その本に書かれてる魔法暗記して…危険って書いてあるのは、絶対に使っちゃ駄目だよ?」
梨紅が、真剣な表情で一真を見つめて言った。
「…そう言うと思ったよ。でも、1つ問題がある…」
「問題?」
一真は苦笑しながら、梨紅達に本の題名を見せる。
「はい皆さん、題名を読んでみましょう。」
「「「「…『禁じられた魔法、最強の魔法、不可能な魔法、上巻』…上巻?」」」」
そう、上巻…
「…下巻は?」
「父さんの部屋には無かった…だから、下巻の方に書かれた危険な魔法はわからない…」
…沈黙が、一真の部屋を支配する。時刻は21時…
暖達が梨紅に、一真の家から帰る事を許されたのは、これから始まる『下巻探し』…それが一段落する、2時間後…23時の事だった…




