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魔法使いの苦悩  作者: 黒緋クロア
第二章 二人は正座する。
14/66

6.二人は2つの戦場を駆ける。


ついに、球技大会の日を迎えた。


バスケ部の水月は、気合いを入れ、朝の4時に登校して来た。


ちょっと早すぎたかな…と思いながら、自分のクラス…1年C組のドアを開けた水月は…固まってしまった。


「な…」


黒板には激励のメッセージ…机と椅子は壁に沿って綺麗に並べられ、マグネット付きのホワイトボードまで…


さらに、まるで魔法を使ったかのように清潔で、女子の更衣スペースまで完備され…魔法?


「遅いぞ、柳瀬…」


教卓の上に、一真が座っていた。


頭にハチマキをし、体操服にジャージのズボン…やる気に満ちた一真が、そこにいた。


「久城君…これ、全部1人で?」


「3時に来たら、誰もいなくてね…暇だったから。」


「3時!?」


水月は驚愕の表情を浮かべると同時に、感動した。


練習中、あんなにやる気を見せなかった久城君が…1番に来て、完璧に教室をセッティングしてくれていた…


「柳瀬、お前もこれを付けてくれ…」


一真は教卓から降りて、沙織にハチマキを手渡した。


「ハチマキ…これも、久城君が?」


「全員分あるぞ…ボディーペイント用の色ペンもある!」


完璧だった…今の彼には、誰も敵わない…目頭が熱くなる水月…だが、涙は見せない…泣くのは、優勝した時だから!


「久城君…絶対に優勝しよう!」


「当たり前だ!絶対に優勝するぞ!!」






…そして、3時間30分後…


C組の生徒は全員がハチマキを装備、ボディーペイントも完了…準備万端の体制で円陣を組んでいる。


水月が言った。


「ここで、このハチマキや、クラスの装飾、ボディーペイント用の色ペン等を1人で準備してくれた、久城君に…一言、激励の言葉を頂きたいと思います!」


オォォォォ!!!!!!


沸き立つクラスメート…一真は1つ、咳払いをして、言った。


「みんな…この5日間、オレ達は毎日バスケの練習をやって来た…その成果を…発揮するのは今だぁぁぁぁ!!!!」


オォォォォ!!!!!!


「絶対に優勝するぞ!!!」


ゥオォォォォ!!!!!


こうして…3日間の、長いようで短い戦いの日々が…始まった。






初日の今日は、C組の5チームまでが出番であり、一真達はC―1チーム…C組では、1番に試合をするようになっている。


「初戦はオレ達、C―1が出番だ…1試合目のDコート!相手はD組だ。」


開会式の終わった体育館には、初戦に出るクラスが集まっていた。


Dコートには、一真、梨紅、沙織、暖、高橋が、円陣を組んだ状態で立っていた。


「…全力で行くぞ。」


「目指すは?」


「60対0!」


「っしゃあ!って、えぇぇ!?」


暖が叫ぶ。60点ということは、1分で3回シュートを決めなければならないと言う事だ。


「スリーポイントなら2回だよ?」


「いや、でも…」


「お前はゴールに向かってボール投げてりゃ良いから!」


「…わかった、そうする…」


「っし、じゃあ…行くぞ!C組ファイト!」


「「「「オォ!」」」」



第1試合、開始を告げる笛の音が、体育館に響いた。








…第1試合、終了を告げる笛の音が、体育館に響いた。


C―1対D―1…


75対0…


もちろん、勝利したのはC組だ。


試合終了後、相手選手と握手を交わし、応援していたクラスメートの元へ向かう一真達…


「「「…やり過ぎたかな?」」」


「ったりめぇだ!アホかぁ!75って何だ!」


軽い罪悪感を感じる一真、梨紅、沙織に、暖がキレながらツッコミを入れた。


しかし、他のクラスメートは歓喜の雄叫びを上げていた。


まるで、魔王を倒した勇者の凱旋の如く…


C組だけ、お祭り騒ぎ…


逆に、他のクラスはC―1の試合を見て、凍り付いていた。


圧倒的な実力差…魔王vs村人Aを思わせる、今の試合…


ちなみに…村人AことD―1は、真っ白に燃え尽きていた。彼らから、他のクラスメートへのアドバイスは、たった1つ…


…勝てると思ってはいけない…


…これだけだ。




「…とにかく!初戦を突破した事に変わりは無いわけで…」


C組の教室で、作戦会議中の一真達…


「次に当たる可能性がある所の試合を、手分けして観戦…つまり、情報収集するべきだと思う。」


「そうだね、少しでも情報がある方が良いし…」


「っし、じゃあ一真案で行こう!」


「よし、じゃあ一度解散だ…みんな、有力な情報を期待してるぞ?」


「「「「了解!」」」」


一真に敬礼をし、4人は教室を出ていった。


「…実は、あんまり期待してないんだけどな…」


一真は溜め息を吐き、自らも敵の試合を観戦するため、教室から出て行った。




「カズく~ん!こっち、こっち!」


体育館の観覧スペース…Bコートの真上の位置に、正義と恋華がいた。


「こっちこっちって…何?」


「あたしの友達が出るの!一緒に応援しよ♪」


「友達?」


「凉音愛だ。」


「あぁ、正気を保ってる人?どの人?」


一真は手すりに寄り掛かり、コートの中を見つめる。


「愛ちゃんはあの子だよ♪F組で、ポニーテールで、茶髪で…」


確かに、茶髪のポニーテールの女の子がいた…床に届くんじゃないかというほど長い髪を、ピンクのハチマキでポニーテールに束ねた…


「…もの凄い小さい子?」


一真がそう言った瞬間…


「!!!」


凉音愛が、コートから一真に振り向き、睨んで来た…驚くべきは、その凄まじい殺気だ。もし一真が、彼女と同じコートに立っていたら…


(…殺されてるかも…)


「愛ちゃ~ん!頑張ってねぇ~♪」


恋華の声援に、愛は拳を突き上げて応える。


「…耳、良いんだね…頑張れ凉音さん。」


一真が普通の音量で言ったにも関わらず、愛はそれに、顔をしかめるという反応を見せ、敵チームの方を向いた。


「愛ちゃん、カズ君に頑張れって言ってもらえて、喜んでたよ?」


「…そう?」

一真は手すりから離れ、正義の脇に座った。


(…あの子、何者だ?)


("貴ノ葉の姫小鬼"のことか?)


(あんな殺気、魔物ですら簡単には出せねぇぞ…)


(オレは彼女について、よく知らないから、なんとも…)


「オレの家を調べられるなら、あの子について調べるのだって出来るんじゃないのか?」


「…」


「そもそも、どうやって調べてんだ?オレの個人情報どうなってんだ?」


「…」


「なんで昨日、梨紅に引きずられるオレを助けてくれなかった?重野なんか手ぇ振ってたぞ?」


「それは関係ないだろ…」


「助け合いの精神を持とうぜ?正義ぃ…」


「…心がけておこう。」


「よし…そろそろ始まるかな?」


一真は再び、手すりに寄り掛かる。そして、試合開始のホイッスルが鳴った。


ボールは愛のチームに…男子Aがボールを運び、シュートを打つ…が、入らずにボールは敵のチームに…


敵男子Aが、敵男子Bにパスを出す…敵男子Bにくっついていた愛が、その場でジャンプし、パスを防ごうとするが…


ボールはあっさり敵男子Bの手に渡ってしまった。


「…」


愛は悔しそうな顔を浮かべ、敵男子Bからボールを奪うために奮闘する。


敵男子Bは、再び敵男子Aにボールをパスする。


愛はなんとかボールを奪おうと、敵男子Aに突進していく。


だが、敵男子Aはすぐに敵女子Aにパスを出した。


愛は瞬時に、目標を敵女子Aに切り替えた。


「…ひぃ!」


敵女子Aは、愛の勢いに怯え、ボールを敵男子Bに渡す…


…これが、悲劇の始まりだった。


ボールを追う愛は、当然敵男子Bの所へ向かう。


ボールを受け取った敵男子Bは、愛を無視してシュートの体制に入る…そこへ、


「ぅぅらぁぁぁ!!!!!」


敵男子Bの左頬に、愛の飛び蹴りが綺麗に入った。


吹っ飛ぶ敵男子B…


それを見て、唖然とする審判とギャラリー…


頭を抱える愛のチームメイト…


愛が着地した瞬間、審判が笛を鳴らした。


「ファール!」


「なんでだぁぁ!!」


愛が審判につっかかる…が、当然だろう…


しかも愛は、審判に殴りかかろうとするのだ。逃げる審判、追う愛…愛を止めようとするギャラリーを殴り倒し、蹴り飛ばし、愛の暴走は止まらない。


「た…退場!失格!」


「てめぇ!このクソ審判がぁぁぁ!!!!」

愛は止まらない…愛のチームメイトも、やれやれといった感じで苦笑し、大人しくコートから出て行く。慣れたものだ…


「…なぁ、正義?」


「…君の言いたい事はわかってるよ一真…」


「…姫小鬼だ。」


「…」


姫小鬼…どこかのお姫様のような、可愛らしい顔、美しく長い髪、スタイルも完璧な愛…唯一のネックは背の低さ…そして、その美貌とは裏腹に、凶暴で暴力的な性格…まさに、小鬼…


「…重野、本当にあの子と友達なのか?」


「うん♪小学校3年生ぐらいの時からかなぁ…親友だって、愛ちゃんが言ってたよ?」


あの子と親友で、よく今の重野恋華があるもんだ…と、一真と正義は同時に思った。


下のコートでは、愛が教師に捕まって連行されている所だ。


「…そう言えば、正義の試合は?」


「オレは明日…と言うか、恋華も同じチームだから、オレ達は…だな。」


「へぇ…なら明日は、ゆっくり見学させてもらおうかな。」


「カズ君、応援してね♪」


「おぉ、するする…そんじゃまたなぁ。」


一真は正義達と別れ、教室へ帰って行った。


「離せこの…持ち上げるなぁ!宇宙人じゃねぇぞ私はぁぁ!!」


一真が行った後の体育館に、愛の叫びが木霊してい




「…で、収穫ゼロか?」


部室の窓際2席の左側…一真は突っ伏した体制で、顔だけを正面に向ける。


一真の正面に梨紅、左側に暖、右側に沙織が座っていた。


「…普通よぉ?収穫がゼロかじゃなく、収穫が有ったかを聞くもんじゃねぇか?」


暖が珍しく正論を言うが…


「だって、まともに情報収集出来そうなやつって、うちの部にいないじゃん」


一真が一蹴した。


「…そりゃまぁ、いないけどよぉ…」


「…てか、高橋は?」


「保健室だよ」


一真の質問に、梨紅が応える。


「…え?あいつ試合中に怪我でもした?」


「ううん、なんでも…廊下を歩いてたら、小鬼に襲われたんだとかで…」


「「小鬼?」」


暖と沙織が首をかしげる。梨紅も、よくわかってないらしい。ただ、一真だけは…


(あ~、あの子に八つ当たりされたのか…)


なんとなく事情がわかり、苦笑いした。


「…で、情報収集は無理…って事で、当初の予定通り、ダラダラと過ごそうか…」


一真が欠伸混じりにそう言うと、沙織が立ち上がった。


「ダメよ!もっと練習しなきゃ…」


「「75対0で勝ったくせに、まだ上を目指すか…」」


一真と暖は呆れ顔だ。


「山中ぁ、休息も必要だぜ?無理は良くないと思うぞ…」


「そうそう、無理して怪我したらもともこもないじゃん?」


「流石にね…明日も試合あるし、今日は休まない?沙織。」


一真、暖、梨紅の提案を聞いて、沙織はしぶしぶ納得した。






放課後、C組の教室は大騒ぎだった。球技大会初日…一真率いるC組は、なんと全勝という快挙を成し遂げた。狂喜乱舞のクラスメート達に、教壇の上に立った水月が言った。


「みんな!初日は凄く順調よ!!これなら優勝も夢じゃないわ!!明日の為にも、今日はゆっくり休みなさい!!!」


オォォォォ!!!!


雄叫びを上げ、続々帰って行くクラスメート達…


その5分後には、教室に残っているのは一真だけになっていた。


一真は窓を全開にし、教室の真ん中に立ち、魔法を唱えた。


「…"クリーン・ウィンド"」


久しぶりの、魔法陣を使わない魔法…心地よい風と共に、教室は本来の姿…机と椅子が、綺麗に並べられた状態に戻った。


一真は窓を開けたまま、自分の席に座り、窓の外を眺める。


クラスメート達が肩を組み、何か歌いながら校門を通り過ぎて行くのが見えた。しかし…その中に、梨紅の姿は無い…


「…一真?」


一真が声に振り向くと、教室のドアの所に梨紅が立っていた。


「あれ?梨紅、帰ったんじゃないの?」


「一真がいないから、探しに戻って来たのよ。」


「へぇ…珍しい事もあるもんだな、梨紅がオレを探すなんて…」


「ふん、どうせ私はいつも探される側ですよ…」


「拗ねるなよ…で、何か用?」


「別に…一真を探したい気分になっただけ。」


そう言って、梨紅は一真の隣の席…つまり、自分の本来の席に座った。


「…思ったんだけどさ?」


「ん?」


「沙織達、少しずつだけど…正気に戻って来てるよね…」


「…」


思い返せば、今日の沙織や暖の発言…昨日までの2人なら、やり過ぎた等とは言わないだろうし、ダラダラと過ごす事も許されなかっただろう…


「…確かに、昨日までとは違うよなぁ…」


「なんでだろ…」


「…球技大会が、終わりに近づいたからとか?」


「それって、逆にテンション上げさせる物じゃないの?正気の人間だって、決勝に近づけばそれだけテンション上がるでしょ?」


「ん~…」


「ん~…」


2人が唸っていると…


「……それは…テンションを無理矢理上げる、必要が無くなったからだよ…」


「きゃああ!!」


2人の背後に、豊が現れた。


「豊…どういう事?」


「今城が言った通り、普通の人間でも決勝に近づけばテンションは上がる…幽霊が無理矢理上げる必要は無くなったんだ。」


「…なら、浄霊する必要も無くなったって事?」


梨紅の質問に、豊は首をゆっくりと横に振った。


「長くこの世に残っていると、どんな幽霊もいつかは悪霊になってしまう…悪霊になると、扱いは魔物と同じ…だから、悪霊になる前に僕の"スピリガン"で…」


スピリガン…霊力を指先の札に集め、放つ。霊を浄霊させる方法の1つで、魔物にダメージを与える事もできる。


「…だから、僕たち…貴ノ葉高校の生徒の為にも、幽霊の為にも、浄霊する必要があるんだ…」


豊の言葉を黙って聞きいる2人…その発言の一言一言に、豊の思いやりが、込められているように感じられた。


外はすっかり日も沈み…あと数日で満月になろう、月が夜空に浮かんでいた。




翌日、球技大会2日目。


今日もC組は快調だった。


8チームある中の7チームが初戦を突破し、2回戦第1試合の一真達は、またもや凄まじい点差(68対0)で勝利を納めたのだ。


今は昼休み…テンションが限界まで上がりきったクラスメート達…そんな中、一真だけは真剣な顔で自分の弁当を見つめていた。


「…一真、どうしたの?」


一真の正面に座る梨紅が、心配そうな顔で言った。


「え…何が?」


「何がって…なんかぼんやりしてるから…」


「そうかぁ?一真はいつもこんなもんだろ?」


「暖君は黙ってて。」


「…確かに、試合の時からちょっと…心ここに在らずって感じだったわよ?久城君、何かあったの?」


沙織が、弁当に箸を伸ばしながら言った。


「…別に、直前にめちゃめちゃ強いチームの試合を見たから…気になっただけだよ。」


「久城君、それって何処のチーム?」


「…D組の8番チーム。」


D―8…言わずもがな、正義と恋華のチームである。






午前11時30分、Bコート…


一真は観覧スペースに立っていた。もちろん、正義達の試合を見るためだ。


「…あ!カズ君だ!」


コートから手を振る恋華に手を振り返したりしながら、試合開始を待つ一真…そこへ、


「…おい、どけ。」


声をかけられ、一真が振り向くが…


「え…あれ?」


誰もいない…


「下だ!バカにしてんのか?」


一真が視線を下にずらす…


「あ、凉音…さん?」


キリッとした強気な瞳…整った顔立ち、長くまっすぐな茶髪、抜群のスタイルを持った小人…凉音愛が、そこにいた。


「ん?私の事知ってんのか?」


「重野からちょっとね…昨日の試合も見てた。」


「あぁ、そう言えばいたなぁ見慣れないのが1人…あれお前か?」


「それそれ。」


「…お前、恋華のなんだ?」


「なんだって……なんだ?知り合い…って言っても、知り合ってまだ1週間経ってねぇな…」


「変なやつ…てか早くどけ!私が試合見れないだろうが!」


一真を押し退け、愛は手すりに寄り掛かる。


「お前、名前は?」


「久城一真。」


「…お前、私が怖くないの?」


「名前言っても名前で呼ばねぇし…」


「質問に答えろ。」


「あ~…怖くない。」


「…本当に?」


意外そうな顔で、愛は一真の顔を見る。


「あぁ、怖くない…まぁ、チームメイトに八つ当たりするのはちょっと勘弁してほしいかなぁ…とは思ってるけど…」


「…何の話?」


「いや、こっちの話。」


「…変なやつだなお前…」


「…で?なんでそんな事を聞いたわけ?」


「…いや、最近は私が一言命令すれば、大抵のやつは素直に従うからね…珍しいなと…」


少し寂しそうな顔で愛は言った。


「…お前いますぐ私にコーラ買って来い。」


突然、愛が一真に言った。


「凉音さんがオレの分もおごってくれるなら考える…」


「…おごってやるわよ…」


「マジ?でもめんどいから嫌だ。試合見たいし…」


「こんな会話も、久しぶりな訳よ…」


愛は少し楽しそうに言った。


「つまんねぇ高校生活送ってんだなぁ。」


とてもつまらなそうに、一真は言った。


「…歯に絹着せないやつだなお前…まぁ、確かにつまらないよ…私に話しかけようなんて奴、クラスにいないし…」


「…話しかけてくれるの待ってんだ…」


一真は呆れたように言った。


「…白馬の王子を待つ姫って柄でも無いだろ…」


「…何が言いたいのよ?」


「待ってるだけで変わらないなら、自分から変えてみたら?って話。」


「…自分から話しかけろって?」


「命令する以外でね。」


しばしの沈黙の後、愛は言った。


「…やってみる。」


「頑張れ~、オレには絶対無理だけど。」


「あんたと一緒にすんな!私に出来ない事なんてないのよ。」


「そうかい、なら大丈夫だな。」


一真はコートの方を見て微笑んだ。


「…一真って言ったっけ?」


愛もコートの方を見ながら言った。


「ん?うん。」


「…変なやつだけど、嫌…」


愛が言い終わらないうちに、試合開始の笛の音が響いた。


「え?何?」


「なんでもねぇよ、始まるぞ。」




試合は一方的だった。正義達が一方的に攻められているように見えるが、敵のチームのシュートはことごとく外れ、1点も入らない…


打って変わって、正義のチームのシュート…特に恋華のシュートは、100%入るのだ。スリーポイントを10本連続で決めて見せる恋華に、一真は違和感を覚えずにはいられなかった。


なんせ、明らかにゴールリングに入るボールでは無いのに、まるでリングに吸い込まれたかのように、軌道を変えてしまうのだ。


「…どうなってんだありゃ…」


一真は呆然と、異様な光景を見続けていた。




「…?なんだお前、恋華の能力知らないの?」


「重野の能力?」


「…知らないならいいや。」


「…いや、めちゃめちゃ気になるんだけ…」


「きゃぁぁぁぁぁ♪」


一真の言葉は、正義達の隣のコートからの黄色い声援にかきけされた。


「なんだ?」


「隣のコートだな…ちっ…」


隣のコートで試合しているチーム…もとい、黄色い声援を受けている男を見て、愛は舌打ちした。


「どうしたよ、舌打ちなんかして…」


「別に…いけ好かないやつがいただけよ。」


「…どれ?」


「見りゃわかんでしょ?あのハーレムの中心にいる男…進藤よ。」


ハーレムの中心にいる男…E組8番チームの、金髪と茶髪の混じった男の事だろう…進藤というらしい。


彼以外のチームメイトは全て女子…しかも、可愛い子ばかりだ。


「…勝つ気ゼロ?」


「バァカ、勝ってんのは進藤のチームだよ。」


「え?あ、マジだ…」


「…なんかムカムカして来た…」


「…いやいや、男があれ見てムカムカするならまだしも…なんで凉音さんが?」


「っるせぇ!私はあぁいうチャラチャラで女たらしな変態野郎が大嫌いなんだ!」


「オレにキレられても…」


「わかってるよ!っせぇなぁ!」


全然わかってねぇじゃん…という思いを心の中に押し止め、再び正義達の試合を見る一真。


「…帰る!」


突然、愛が踵を返して歩き出した。


「重野の試合見ないのか?」


「ここまで来たら恋華の勝ちに決まってんだろ?見ててもしょうがねぇ。」


「同感だけどさ、重野に何か言わないわけ?お疲れ~とか…」


「じゃあ、私がお疲れって言ってたって言っとけ、じゃあな。」


そう言って、愛は観覧スペースから降りて行った。


「言っとけって…まぁ、いいや…」


一真は再びコートに視線を戻した。それと同時に試合終了の笛が鳴り、結果は45対0…一真達には及ばないが、十分圧倒的な勝利だ。


「…お~い、重野?」


一真が(聞こえると良いな)程度の期待を込めて恋華に呼びかけると、恋華はすぐさま一真へ振り向き、手を振った。


「応援ありがと~!」


「あぁ、おめでとう。凉音さんが、お疲れって言ってた。」


「え!愛ちゃんが?後でお礼言わなきゃ♪」


「…で、重野の能力って何?」


「はぅあ!随分唐突だねぇ…でも、それは乙女の秘密だよ♪」


恋華は口元に人差し指を持って行き、一真にウインクして見せる。


「…てか、なんでこの距離で普通に会話出来てんだ?オレ達…」


「え?全然普通だと思うけど…」


「こんな騒がしい中、普通の人間はこの距離で会話出来ません。」


そう言って、一真は手すりに手を着いたまま、軽く伸びをした。


「オレ達が当たるとすれば決勝か…御手柔らかに頼むよ。」


「こちらこそ♪魔法使っちゃ嫌だよ?」


「そりゃあ、重野と正義次第だな。」


「はぅあ~…それじゃあバスケットにならなくなっちゃうよぉ…」






「…ってな感じで、宣戦布告もして来た次第です。」


場面は教室に戻る。


「…どんなノーコンシュートも入ってしまう能力か…この上なく欲しいぞオレは!」


「だろうなぁ、結局ロングシュートしかしないしなぁお前。」


「しかも1本も入って無いし…」


「正直、暖と高橋は戦力外だ。」


「いくらなんでもはっきり言い過ぎだろ!」


「オレ達3人が頑張らなきゃ…」


「…こう見えてオレはなぁ!ガラスのハートの持ち主なん…」


「"エアロ"」


暖の後頭部に、空気の弾が命中した。


「いてぇよ!何すんだお前!」


「この地球上の全てのガラスのハートの持ち主に謝れ…」


「お前、日に日にオレの扱いが酷くなって来てないか?」


「前からこんなもんだろ?そんなに言うなら、暖に1番重要な仕事を頼もうか?」


「…いや、2番目ぐらいに…」


無数の魔法陣が、一瞬で暖を取り囲む。


「喜んでやらせて頂きます!!」


「よし、暖には重野のマークを頼む。」


「よっしゃ!痛ぇ!!」


ガッツポーズと同時に立ち上がろうとした暖だったが、魔法陣に頭をぶつけ、出鼻を挫かれた。


「…どうなってんだ?」


頭を擦りながら、暖は魔法陣をつつく。


「へぇ…魔法陣って触れるんだな…」


一真は関心しながら、魔法陣を消した。


「…って!一真、本気なの?暖君に恋華ちゃんを…」


「え?ダメかな…この中で、1番ストーカーの素質がありそうだと思ったんだけど…」


「…なるほど。」


「まさに適任ね。」


「オイコラてめぇら!好き勝手に言ってんじゃねぇよ!誰がストーカーの素質がありそうだ馬鹿野郎!」


「お前にしか出来ないんだよ!」


「お願い暖君!」


「暖君!」


「頼られても全ッッ然嬉しくねぇぇぇぇ…」


半泣きの暖は、結局…恋華のストーカー役を引き受ける事になった。



6月8日、金曜日。


この日が何の日か…まさか、忘れている人等いないだろう…


そう…


球技大会、最終日である。


ついでに言うと、ここは早朝のMBSF研究会部室…中にいるのは、一真、梨紅、正義、恋華、豊の5人…


時刻は…7時丁度。


「これが、小型の無線だ。」


正義の広げた手の中には、耳栓と小さな肌色のシールが5組入っていた。


「…一見、耳栓だが…」


「いやいや、耳栓だろ?」


「違う、耳栓を改造した受信機だ。」


「やっぱ耳栓じゃねぇか。」


形はともかく、受信機らしい。


「こっちのシールはマイクだ。顎の裏に貼り付けて使う。」


「これって…ピッ○エレキバンだよね?」


「違う、ピップ○レキバンを改造したマイ…」


「もういいって!」


形はともかく、マイクらしい。


「試合がこのまま行くと、オレ達が当たるのは間違いない。よって、決勝では暇な豊に、全権を任せる事になる。」


「………」


「…豊?今日は無口キャラ設定を捨ててくれ…無線の意味が無くなるだろ?」


「…だって…素だし…」


「…だっても何も…まぁ、成るようになるか…」

「作戦としては、幽霊が出現したと同時に豊から全員に連絡…試合終了と同時に、一真が魔法で捕獲…そして、豊が…」


「スピリガンで浄霊…」


「そう、それで終了だ。何か質問は?」


「は~い。」


一真がゆっくりと手を上げた。


「はい、一真。」


「あのさ、オレが魔法で幽霊を捕まえるって、決定事項らしいけど…」


「…?それがどうした?」


「具体的に、どんな魔法で、どうすれば幽霊を捕まえられるわけ?」


「…」


「…」


「…」


「…」


…空気が死んだ。


「ちょっと待て一真…お前、やり方知らないのか?」


「知らねぇ…全く見当もつかねぇ…」


「…」


「「「「えぇぇぇぇぇ!!!!!!」」」」


豊以外の4人の絶叫が、校内に響き渡った。


「待て、待て…落ち着け…とりあえずあれだ、119番に…」


「正義!お前が落ち着け、911番だ!」


「違うわよ!救急もレスキューも、呼んだって仕方ないでしょ!そもそも日本に911は無いわよ!」


「どうしよぉ!もう1回考え直さなきゃ…」


「…心配無い。」


騒ぐ4人に一言言って、豊が静かに席を立ち、ホワイトボードの脇に立った。


「…まず、幽霊が出てくる…」

豊はホワイトボードに小さな円を描く。


「一真、魔法陣に…防御の魔法陣ってあるかな?」


「ん?あぁ、あるよ"プロテクション"」


一真は長机の少し上に、"守護"の魔法陣を精製して見せた。


「うん、じゃあそれで、幽霊を全方向から囲めば…」


豊はホワイトボードの円を、魔法陣らしき楕円で囲んでいく。


「これで大丈夫。幽霊は、魔力や霊力で出来た物をすり抜けたり出来ないんだ。だから、魔力で作った檻からは出られない。」


「なるほど…」


関心しながら、一真は魔法陣を消した。


「後は、僕のスピリガンで撃ち抜くだけ。」


「よし、大丈夫そうだな。」


一真は大きく欠伸をし、腕を真上に伸ばした。


「後は試合を待つばかりだな…まぁ、御手柔らかに頼…」


「絶対に優勝して、図書券を手に入れるぞ!」


正義の言葉を遮り、一真は言った。


「え…私いらないよ図書券…」


「オレには必要なんだよ!欲しい本を買うのに1000円足らないんだ!」


「あ、だからこの前1000円貸してって…」


「そうそう、お前に速攻で拒否られたけどな…」


「…聞いてないか…恋華、そろそろ行こう。」


正義は椅子から立ち上がり、部室から出ようとドアへ向かう。


「あ、うん。じゃあ、またね梨紅ちゃん、カズ君♪」


恋華も椅子から立ち上がり、ドアへ向かうが…


「あ…重野?」


一真が恋華を呼び止めた。


「ぅん?なぁに?」


「試合中、重野にストーカーを1人派遣したんで、よろしく。」


「?」


不思議そうな顔をして、恋華は部室から出て行った。そして、豊も…


「……また後で…」


ゆっくりと部室から出て行った。


「さて、オレ達も行くか!」


「おぉ~!」


一真と梨紅も、部室を出る。


ドアをしっかり施錠し、コートと言う名の戦いの舞台へ…


2人は向かった。


「準備は良いかぁ野郎共ぉぉ!!!」


オォォォォ!!!!!


「…おい。」


C組のコートの真ん中で、円陣を組むクラスメート…


それを、円陣に交わる事なく外側から眺める一真達5人。一真は思わず、円陣を組むクラスメート達に問いかけた。


「お前らは、そんなに気合い入れて何を頑張るつもりだ?」


応援だぁぁ!!


「…わかった、聞いたオレが悪かった…もう何も言わない…続けてくれ…」


「気合い入れて応援するぞぉぉぉ!!!!」


オォォォォ!!!!!


「…やっぱり納得いかねぇ!」


「ほっとけよ一真ぁ、オレ達も円陣組もうぜ?」


「…そうだよ、普通円陣組むのは選手だよな?せめてギャラリーなら、コートの脇で小さくやるもんだよな?」


「気にすんなって!どうでも良いだろうが!ほら、今城も高橋も集まれ!円陣組も!」


暖に強引に集められ、しぶしぶ円陣を組む5人。


「この試合で勝てば優勝だ!気合い入れて行こうぜぇ!!」


「…待って?なんで暖君がリーダーみたいな感じになってるの?」


「そうだよ、山中の仕事だろ?」


「…私の仕事なの?」


「だって委員長だし。」


「関係無いよ!久城君やって!」


「え?だって前の試合までは山中がやってたじゃん…」


「…なんか、急に恥ずかしくなって来て…」


「ほら!だからオレが…」


「「暖君は無い。」」


「暖は引っ込んでなさい!」


「丁寧な口調の割に酷いなお前!女子2人も冷た!」


「そんじゃ、オレが言わせてもらいましょうかね…」


一真は大きく息を吸い込み、言った。


「気合い入れて行くぞぉ!!!」


オォォォ!!!!






C―1とD―8の試合が始まる…


高橋がコートの中心の円の中に立ち、その周りを他のメンバーが囲む。


(…マイクテスト、マイクテスト…聞こえるならこっち向いて。)


突然、一真達のイヤホンに豊の声が届いた。


4人は一斉に、キョロキョロと辺りを見回す。


…どこ?


(…あ、僕は一真達のチーム側のゴールの裏だよ。)


先に言えよ…


4人は一斉に、豊を睨んだ。


(ちゃんと聞こえたね…じゃあ後ほど。)


「…正義、本当にあいつに任せて大丈夫なのか?」


「…正直、オレも不安だ…」


一真と正義が溜め息を漏らす中、円を基準に丁度2人の反対側で、恋華に暖が張り付いていた。


「…あ!あなたがあたしのストーカー?」


恋華から暖への第一声が、これだ…


「えぇ!?いや、別にストーカーじゃ…ただ、マークしろって言われただけで…」


「でもカズ君はストーカーを派遣したって…」


「一真ぁぁ!!」


暖は、反対側にいる一真に向かって叫んだ。


「ん~?」


「オレはストーカーじゃねぇ!!」


「…はぁ?そんなんわかってんよ…」


暖の怒りの理由を、理解しかねる一真。


「でもお前、恋華ちゃんにストーカーって…」


「冗談に決まってんだろ?真に受けんなよ、アホかおま…」


「え!?冗談だったの?」


驚愕の表情の恋華…それに続き、一真の表情も驚愕に染まっていく。


「…おい正義、彼女はアホなのか?」


正義は頭を抱えて溜め息を漏らす。


「…無自覚の天然…って事にしといてくれ…」


「?」


不思議そうな顔をする恋華に、一真も思わず溜め息が…


「だから、ストーカーってのは一真の冗談で、オレは別にそんなんじゃないからね?」


必死に弁解する暖に、恋華は申し訳なさそうに言った。


「あの、ごめんなさい…あたし、冗談とか真に受けちゃう事多くて…えっと…?」


「?あぁ、川島…川島暖。」


「…暖君に嫌な思いさせちゃって、本当に…」


「いやいや、気にしないで良いよ?こんなの全然平気だし…」


「本当?優しいんだね、暖君って…」


その時…


「重野、気をつけろ!暖はストーカーなんて生易しい物じゃない!」


和やかになりつつある場の空気に、一真が凄まじい勢いで水を挿した。


「そいつの正体は、会話した女の子の脂肪を増加させる能力を持った変態だ!!」


「え…えぇぇ!!!そんなぁ!!あたし凄いいっぱい会話しちゃったよ!?」


「残念だが重野…君の体は既に、半分が脂肪に…」


「はぅあぁぁぁ!!!」


「一真ぁ!!てめぇ…いや、恋華ちゃん?一真の冗談だからね?」


「やめてぇ!これ以上あたしの脂肪を増やさないでぇぇ…」


全力で暖から逃げ出す恋華…


「ちょっ!!待ってよ恋華ちゃん!」


それを追う暖…それを見て笑う一真。


「やべぇ、段々楽しくなって来た…」


「酷いやつだな、お前は…」


真面目な顔でそう言う正義…


実は、笑いを堪えるのに必死なだけなのだ。


そして、そんな状況の中…


試合開始を告げるホイッスルが…


体育館に、鳴り響いた。




「「!!!」」


話し込んでいたせいか、一真と正義は反応が遅れ、気付けば…互いのチームの選手がジャンプしている最中だった。いわゆる、ジャンプボールだ。


その結果、なんと今大会で初めて…高橋がジャンプボールで勝利した。


「おぉぉ!!」


歓喜する一真。しかし、ボールの行く先にいるべき男…暖がいないため、ボールは敵の手に渡る。


「えぇぇ!!」



驚く一真…その間に、ボールを持ったD男A(D組男子A)は、一真達側のゴール前にいるD女Aにパスを出す。が、


「おりゃぁ!」


そのパスを、見事な跳躍で梨紅が防いだ。梨紅はそのまま、自ら敵のチームのゴールへボールを運ぶ。


それを防ごうと、梨紅の前に立ちはだかるD男A…しかし、梨紅はD男Aを余裕でかわし、そのまま華麗にゴールを決めた。


沸き上がるギャラリー…そんな中、一真はふに落ちないといった顔でそれを見つめていた。


(おかしいな…重野がいるのに、こんなに簡単に点が入るわけ…ん?)


ふと、一真がコートの角を見ると、暖が恋華を追い詰めていた。


「…さりげなく暖が活躍してんだなぁ…」


恋華がストーカーの餌食になっているうちに、大量に点を稼ぐべく、一真は全力でボールへ向かって行った。






試合開始から8分…18対4で、C組がリードしている。


「…もぉ…限界!」


ここでついに、恋華が動いた。暖に手の平を向け、何かを言うと、コートの中心付近へ戻って来た。


暖は…苦悶の表情を浮かべ、ゆっくりとその後を追って来る。


恋華はハーフライン付近でボールを受け取り…なんと、その場からシュートを放った。


ボールは、弧を描いてゴールの手前に…誰もがそう思った時、ボールが急にゴールに引き込まれた。


「「「!!!」」」


「…」


一真と暖以外の3人が、驚愕の表情でそれを見つめていた。


「…恋華、やり過ぎじゃないか?」


「そうかな?」


一真と梨紅のイヤホンに、正義達の会話が聞こえた。


「…あぁ、明らかなやり過ぎだろ…」


「人間技じゃないよ…」


「ほら、やっぱり…」


「むぅ…」


マイクとイヤホンで会話する4人…恋華以外の3人の顔が、ひきつっているのがよくわかる。


「…か…一真…」


死にそうな声と共に、暖が一真の元へやって来た。


「暖、お前…」


「か…体が重…死ぬ…」


(重野!暖に何したんだ!?)


(え?ちょっと動きを鈍くさせようと…)


(ちょっと!?こいつ今にも死にそうだぞ!)


(でも、あたしの脂肪が…)


「んなの冗談に決まってんだろぉがぁぁぁぁ!!!!!」


一真がマイクで叫ぶが、声が大き過ぎて、マイクを使わずとも聞こえてしまう。


(う~、耳痛いよぉ…)


(早く解放しろ!)


(わかったよぉ…むぅ)


瞬間、暖がその場に倒れ込んだ。


「暖!大丈夫か?」


「ま…マジで死ぬかと思った…」


「これに懲りたら、もうストーカーなんかしちゃいかんぞ?」


「…悪い、一真…それに応える体力が…オレには…」


「"ヒーリング"」


一真は暖に、回復魔法を使った。


「一真…サンキュー…」


「これに懲りたら、もうストーカーなんかしちゃいかんぞ?」


「してねぇから!ってかお前、まさかこの為だけに回復を!?」


「どんだけ~?」


「いかほど~…って、クラァ!」


元気を取り戻した暖に胸を撫で下ろし、一真は再び試合へ…ボールは再び恋華の手にあった。


そして、性懲りも無くハーフラインからのロングシュートを試みる恋華…


「させるかあの野郎…"エアロ"!」


一真の手元から空気弾が放たれ、恋華の手を離れたボールを撃ち抜いた。


「え!?」


恋華の驚きをよそに、ボールは床でバウンドし、梨紅の元へ…


(カズ君!酷いよ!)


(親友をいじめたお返し~)


(あはは…なんかもう、バスケじゃ無いよね、これ…)


無線会話に参加しつつ、梨紅はゴールへシュートを放った。


「お、これは入ったな。」


完全に入ると思われたシュート…しかし、


「…え?」


凄まじい突風により、ボールはゴールリングを弾いた。


(…)


(…試合はフェアにやるべきだ。)


(まー君!)


(お前かぁぁぁぁ!!)


一真の叫びは、ギャラリーの歓声に掻き消された。


「…なんで今のを見て、誰も疑問に思わないんだ?」


暖の最もな疑問に、答える者もいない…


体育館は、完全におかしな事になっていた。


そんな中…ついに…


(…みんな、幽霊が現れた。)


豊から、幽霊出現の知らせが届いた。


残り時間…


…5分。



(豊、どこだ?)


(だから、一真達のゴールの裏に…)


(お前じゃねぇよ!幽霊!)


(あぁ…今は天井にいるよ。)


一真達は一斉に真上を見る。


(…全然見えないよ?)


(私も…一真達は?)


が、恋華と梨紅は見方を教わっていないので見えないようだ。


(やっぱりオレも見えないな…一真はどうだ?)


(オレは…それっぽいのは一応見えた。豊、水色の球体の事か?)


(うん、それだよ。)


一真には見えていた。しかし、一真はそのまま試合に戻った。


(…距離がありすぎて、魔力が届くまでに時間がかかる…なんとか下におろせないか?)


(僕はちょっと無理かな…遠いし…)


(じゃあ重野!)


(ふぇ!?あ、あたし?あたしに出来るわけ…)


(ネタは上がってんだ!お前、"重力を操る"力持ってんだろ!)


(!!!)


驚いて立ち止まり、一真を見る恋華。


("重力"ってか、"引力"に近いか…ちなみに正義、お前は"風"だな?)


(やっぱりバレたか…)


(魔法使いをなめてもらっちゃぁ困る…とにかく重野、やってくれないか?)


(で…でもあたし、見えて無いし…)


(…なら例えば、このコートの半分の重力を変えたりは?天井まで。)


(やった事無いけど…多分できる…かな?)


曖昧な返事をしつつ、恋華は一真の元に駆け寄る。


(豊!)


(わかってる、幽霊がそのコートに入ったら合図するよ。)


一真達が無線で会話する中、ギャラリーから歓声が上がった。


D組が逆転したのだ。


(やた!逆転♪)


(いいから集中しろ!チャンスは一度だぞ!?)


試合終了まで、残り10秒…


9!8!7!6!


ギャラリーがカウントダウンを始める中、何を思ったか暖が、ボールをもらった瞬間思いっきりゴールに向かってそれを投げた。


「ロングシュートだぁぁ!!」


「「ばかぁぁ!!」」


叫ぶ梨紅と沙織…そして、ボールはゴールの真上を通過する…その時、


(来た!)


「重野!」


「"重変"…200!」


コートの半分の床が押し潰されるような音を出す…それと同時に、幽霊が垂直落下…さらに、暖の投げたボールまで…綺麗にゴールのリングを通って落下してきた。


「"プロテクション"×6!」


一真は瞬時に幽霊を囲んだ。同時に、恋華は重力を正常の状態に戻した。


ギャラリーが静まりかえる中、豊が2階から飛び降りた。


「"スピリガン"!」


豊の指先から放たれた霊力の弾は、まっすぐに幽霊に向かって飛んで行った。しかし…


「…え…」


豊のスピリガンは、一真の魔法陣の1面を壊して消えてしまった。


「…一真、魔法陣強すぎるよ…」


「オレのせいか!?」


「"風雲"!」


落下する豊を、正義が風でキャッチした。


「ありがとう正義…一真、なんとかもう一度…」


「わかってる!"エアロ"×50!」


魔法陣の壊れた箇所から抜け出した幽霊に、大量の空気弾を放つ一真…もちろん、魔力で圧縮しているため幽霊にも有効なのだが…


「…!?効いてねぇ!」


「弾が弱すぎるんだ…もっと強い弾を大量に…」


「随分簡単に言うなぁお前!!」(強さなら、魔法陣を使わないウィンドかウィンディ…でも弾数足りないし…操れないし…)


一真が思考する中、幽霊は上空へと逃げ始めた。


「逃げる…一真。」


「一真!」


「カズ君!」


「一真!」


「だぁぁぁぁ!!人事だと思ってお前らなぁ!!」


一真はエアロの魔法陣を目の前に精製し、指に魔力を集中し、高速で書き換え始めた。


「成功するかわかんねぇけど…これで…どうだ!」


書き換えられた魔法陣は、エアロの魔法陣より複雑で…エアロの魔法陣よりも強く輝いていた。


「"ウィンド・ストライク"!!」


エアロよりも圧縮され、エアロよりも速い風の弾が、魔法陣から放たれた。


それに直撃した幽霊は、一瞬動きを止めた。


「"ウィンド・ストライク"×100!!」


その隙を一真が逃すはずもなく、大量の風の弾が幽霊を襲った。


全てが直撃した後に残ったのは、ボロ雑巾のようになった幽霊だけだった。


「…"スピリガン"」


その幽霊に、豊は2発目のスピリガンを放つ。もちろん直撃し、幽霊は光の粒子になって消えていった。


「はぁ…はぁ…」


息切れする一真は、膝に手を着きながら豊を振り返る。


「……」


豊はそれに無言で頷き、一真に親指をグイッと突き出して見せた。


「っしゃぁぁぁ!!!!!」


ゥオォォォォォ!!!!!!!


一真の雄叫びと共に、沸き立つギャラリー…


一真に集まって飛びかかる梨紅達4人。


「やったぞ一真!」


「凄い!凄いよ!」


「優勝だよ一真ぁ!」


「おぉぉ!…え?優勝?」


最後に暖が放った、ハーフラインからのシュート…あの3点により、27対26で、C組が逆転優勝していたのだ。



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