6.二人は2つの戦場を駆ける。
ついに、球技大会の日を迎えた。
バスケ部の水月は、気合いを入れ、朝の4時に登校して来た。
ちょっと早すぎたかな…と思いながら、自分のクラス…1年C組のドアを開けた水月は…固まってしまった。
「な…」
黒板には激励のメッセージ…机と椅子は壁に沿って綺麗に並べられ、マグネット付きのホワイトボードまで…
さらに、まるで魔法を使ったかのように清潔で、女子の更衣スペースまで完備され…魔法?
「遅いぞ、柳瀬…」
教卓の上に、一真が座っていた。
頭にハチマキをし、体操服にジャージのズボン…やる気に満ちた一真が、そこにいた。
「久城君…これ、全部1人で?」
「3時に来たら、誰もいなくてね…暇だったから。」
「3時!?」
水月は驚愕の表情を浮かべると同時に、感動した。
練習中、あんなにやる気を見せなかった久城君が…1番に来て、完璧に教室をセッティングしてくれていた…
「柳瀬、お前もこれを付けてくれ…」
一真は教卓から降りて、沙織にハチマキを手渡した。
「ハチマキ…これも、久城君が?」
「全員分あるぞ…ボディーペイント用の色ペンもある!」
完璧だった…今の彼には、誰も敵わない…目頭が熱くなる水月…だが、涙は見せない…泣くのは、優勝した時だから!
「久城君…絶対に優勝しよう!」
「当たり前だ!絶対に優勝するぞ!!」
…そして、3時間30分後…
C組の生徒は全員がハチマキを装備、ボディーペイントも完了…準備万端の体制で円陣を組んでいる。
水月が言った。
「ここで、このハチマキや、クラスの装飾、ボディーペイント用の色ペン等を1人で準備してくれた、久城君に…一言、激励の言葉を頂きたいと思います!」
オォォォォ!!!!!!
沸き立つクラスメート…一真は1つ、咳払いをして、言った。
「みんな…この5日間、オレ達は毎日バスケの練習をやって来た…その成果を…発揮するのは今だぁぁぁぁ!!!!」
オォォォォ!!!!!!
「絶対に優勝するぞ!!!」
ゥオォォォォ!!!!!
こうして…3日間の、長いようで短い戦いの日々が…始まった。
初日の今日は、C組の5チームまでが出番であり、一真達はC―1チーム…C組では、1番に試合をするようになっている。
「初戦はオレ達、C―1が出番だ…1試合目のDコート!相手はD組だ。」
開会式の終わった体育館には、初戦に出るクラスが集まっていた。
Dコートには、一真、梨紅、沙織、暖、高橋が、円陣を組んだ状態で立っていた。
「…全力で行くぞ。」
「目指すは?」
「60対0!」
「っしゃあ!って、えぇぇ!?」
暖が叫ぶ。60点ということは、1分で3回シュートを決めなければならないと言う事だ。
「スリーポイントなら2回だよ?」
「いや、でも…」
「お前はゴールに向かってボール投げてりゃ良いから!」
「…わかった、そうする…」
「っし、じゃあ…行くぞ!C組ファイト!」
「「「「オォ!」」」」
第1試合、開始を告げる笛の音が、体育館に響いた。
…第1試合、終了を告げる笛の音が、体育館に響いた。
C―1対D―1…
75対0…
もちろん、勝利したのはC組だ。
試合終了後、相手選手と握手を交わし、応援していたクラスメートの元へ向かう一真達…
「「「…やり過ぎたかな?」」」
「ったりめぇだ!アホかぁ!75って何だ!」
軽い罪悪感を感じる一真、梨紅、沙織に、暖がキレながらツッコミを入れた。
しかし、他のクラスメートは歓喜の雄叫びを上げていた。
まるで、魔王を倒した勇者の凱旋の如く…
C組だけ、お祭り騒ぎ…
逆に、他のクラスはC―1の試合を見て、凍り付いていた。
圧倒的な実力差…魔王vs村人Aを思わせる、今の試合…
ちなみに…村人AことD―1は、真っ白に燃え尽きていた。彼らから、他のクラスメートへのアドバイスは、たった1つ…
…勝てると思ってはいけない…
…これだけだ。
「…とにかく!初戦を突破した事に変わりは無いわけで…」
C組の教室で、作戦会議中の一真達…
「次に当たる可能性がある所の試合を、手分けして観戦…つまり、情報収集するべきだと思う。」
「そうだね、少しでも情報がある方が良いし…」
「っし、じゃあ一真案で行こう!」
「よし、じゃあ一度解散だ…みんな、有力な情報を期待してるぞ?」
「「「「了解!」」」」
一真に敬礼をし、4人は教室を出ていった。
「…実は、あんまり期待してないんだけどな…」
一真は溜め息を吐き、自らも敵の試合を観戦するため、教室から出て行った。
「カズく~ん!こっち、こっち!」
体育館の観覧スペース…Bコートの真上の位置に、正義と恋華がいた。
「こっちこっちって…何?」
「あたしの友達が出るの!一緒に応援しよ♪」
「友達?」
「凉音愛だ。」
「あぁ、正気を保ってる人?どの人?」
一真は手すりに寄り掛かり、コートの中を見つめる。
「愛ちゃんはあの子だよ♪F組で、ポニーテールで、茶髪で…」
確かに、茶髪のポニーテールの女の子がいた…床に届くんじゃないかというほど長い髪を、ピンクのハチマキでポニーテールに束ねた…
「…もの凄い小さい子?」
一真がそう言った瞬間…
「!!!」
凉音愛が、コートから一真に振り向き、睨んで来た…驚くべきは、その凄まじい殺気だ。もし一真が、彼女と同じコートに立っていたら…
(…殺されてるかも…)
「愛ちゃ~ん!頑張ってねぇ~♪」
恋華の声援に、愛は拳を突き上げて応える。
「…耳、良いんだね…頑張れ凉音さん。」
一真が普通の音量で言ったにも関わらず、愛はそれに、顔をしかめるという反応を見せ、敵チームの方を向いた。
「愛ちゃん、カズ君に頑張れって言ってもらえて、喜んでたよ?」
「…そう?」
一真は手すりから離れ、正義の脇に座った。
(…あの子、何者だ?)
("貴ノ葉の姫小鬼"のことか?)
(あんな殺気、魔物ですら簡単には出せねぇぞ…)
(オレは彼女について、よく知らないから、なんとも…)
「オレの家を調べられるなら、あの子について調べるのだって出来るんじゃないのか?」
「…」
「そもそも、どうやって調べてんだ?オレの個人情報どうなってんだ?」
「…」
「なんで昨日、梨紅に引きずられるオレを助けてくれなかった?重野なんか手ぇ振ってたぞ?」
「それは関係ないだろ…」
「助け合いの精神を持とうぜ?正義ぃ…」
「…心がけておこう。」
「よし…そろそろ始まるかな?」
一真は再び、手すりに寄り掛かる。そして、試合開始のホイッスルが鳴った。
ボールは愛のチームに…男子Aがボールを運び、シュートを打つ…が、入らずにボールは敵のチームに…
敵男子Aが、敵男子Bにパスを出す…敵男子Bにくっついていた愛が、その場でジャンプし、パスを防ごうとするが…
ボールはあっさり敵男子Bの手に渡ってしまった。
「…」
愛は悔しそうな顔を浮かべ、敵男子Bからボールを奪うために奮闘する。
敵男子Bは、再び敵男子Aにボールをパスする。
愛はなんとかボールを奪おうと、敵男子Aに突進していく。
だが、敵男子Aはすぐに敵女子Aにパスを出した。
愛は瞬時に、目標を敵女子Aに切り替えた。
「…ひぃ!」
敵女子Aは、愛の勢いに怯え、ボールを敵男子Bに渡す…
…これが、悲劇の始まりだった。
ボールを追う愛は、当然敵男子Bの所へ向かう。
ボールを受け取った敵男子Bは、愛を無視してシュートの体制に入る…そこへ、
「ぅぅらぁぁぁ!!!!!」
敵男子Bの左頬に、愛の飛び蹴りが綺麗に入った。
吹っ飛ぶ敵男子B…
それを見て、唖然とする審判とギャラリー…
頭を抱える愛のチームメイト…
愛が着地した瞬間、審判が笛を鳴らした。
「ファール!」
「なんでだぁぁ!!」
愛が審判につっかかる…が、当然だろう…
しかも愛は、審判に殴りかかろうとするのだ。逃げる審判、追う愛…愛を止めようとするギャラリーを殴り倒し、蹴り飛ばし、愛の暴走は止まらない。
「た…退場!失格!」
「てめぇ!このクソ審判がぁぁぁ!!!!」
愛は止まらない…愛のチームメイトも、やれやれといった感じで苦笑し、大人しくコートから出て行く。慣れたものだ…
「…なぁ、正義?」
「…君の言いたい事はわかってるよ一真…」
「…姫小鬼だ。」
「…」
姫小鬼…どこかのお姫様のような、可愛らしい顔、美しく長い髪、スタイルも完璧な愛…唯一のネックは背の低さ…そして、その美貌とは裏腹に、凶暴で暴力的な性格…まさに、小鬼…
「…重野、本当にあの子と友達なのか?」
「うん♪小学校3年生ぐらいの時からかなぁ…親友だって、愛ちゃんが言ってたよ?」
あの子と親友で、よく今の重野恋華があるもんだ…と、一真と正義は同時に思った。
下のコートでは、愛が教師に捕まって連行されている所だ。
「…そう言えば、正義の試合は?」
「オレは明日…と言うか、恋華も同じチームだから、オレ達は…だな。」
「へぇ…なら明日は、ゆっくり見学させてもらおうかな。」
「カズ君、応援してね♪」
「おぉ、するする…そんじゃまたなぁ。」
一真は正義達と別れ、教室へ帰って行った。
「離せこの…持ち上げるなぁ!宇宙人じゃねぇぞ私はぁぁ!!」
一真が行った後の体育館に、愛の叫びが木霊してい
「…で、収穫ゼロか?」
部室の窓際2席の左側…一真は突っ伏した体制で、顔だけを正面に向ける。
一真の正面に梨紅、左側に暖、右側に沙織が座っていた。
「…普通よぉ?収穫がゼロかじゃなく、収穫が有ったかを聞くもんじゃねぇか?」
暖が珍しく正論を言うが…
「だって、まともに情報収集出来そうなやつって、うちの部にいないじゃん」
一真が一蹴した。
「…そりゃまぁ、いないけどよぉ…」
「…てか、高橋は?」
「保健室だよ」
一真の質問に、梨紅が応える。
「…え?あいつ試合中に怪我でもした?」
「ううん、なんでも…廊下を歩いてたら、小鬼に襲われたんだとかで…」
「「小鬼?」」
暖と沙織が首をかしげる。梨紅も、よくわかってないらしい。ただ、一真だけは…
(あ~、あの子に八つ当たりされたのか…)
なんとなく事情がわかり、苦笑いした。
「…で、情報収集は無理…って事で、当初の予定通り、ダラダラと過ごそうか…」
一真が欠伸混じりにそう言うと、沙織が立ち上がった。
「ダメよ!もっと練習しなきゃ…」
「「75対0で勝ったくせに、まだ上を目指すか…」」
一真と暖は呆れ顔だ。
「山中ぁ、休息も必要だぜ?無理は良くないと思うぞ…」
「そうそう、無理して怪我したらもともこもないじゃん?」
「流石にね…明日も試合あるし、今日は休まない?沙織。」
一真、暖、梨紅の提案を聞いて、沙織はしぶしぶ納得した。
放課後、C組の教室は大騒ぎだった。球技大会初日…一真率いるC組は、なんと全勝という快挙を成し遂げた。狂喜乱舞のクラスメート達に、教壇の上に立った水月が言った。
「みんな!初日は凄く順調よ!!これなら優勝も夢じゃないわ!!明日の為にも、今日はゆっくり休みなさい!!!」
オォォォォ!!!!
雄叫びを上げ、続々帰って行くクラスメート達…
その5分後には、教室に残っているのは一真だけになっていた。
一真は窓を全開にし、教室の真ん中に立ち、魔法を唱えた。
「…"クリーン・ウィンド"」
久しぶりの、魔法陣を使わない魔法…心地よい風と共に、教室は本来の姿…机と椅子が、綺麗に並べられた状態に戻った。
一真は窓を開けたまま、自分の席に座り、窓の外を眺める。
クラスメート達が肩を組み、何か歌いながら校門を通り過ぎて行くのが見えた。しかし…その中に、梨紅の姿は無い…
「…一真?」
一真が声に振り向くと、教室のドアの所に梨紅が立っていた。
「あれ?梨紅、帰ったんじゃないの?」
「一真がいないから、探しに戻って来たのよ。」
「へぇ…珍しい事もあるもんだな、梨紅がオレを探すなんて…」
「ふん、どうせ私はいつも探される側ですよ…」
「拗ねるなよ…で、何か用?」
「別に…一真を探したい気分になっただけ。」
そう言って、梨紅は一真の隣の席…つまり、自分の本来の席に座った。
「…思ったんだけどさ?」
「ん?」
「沙織達、少しずつだけど…正気に戻って来てるよね…」
「…」
思い返せば、今日の沙織や暖の発言…昨日までの2人なら、やり過ぎた等とは言わないだろうし、ダラダラと過ごす事も許されなかっただろう…
「…確かに、昨日までとは違うよなぁ…」
「なんでだろ…」
「…球技大会が、終わりに近づいたからとか?」
「それって、逆にテンション上げさせる物じゃないの?正気の人間だって、決勝に近づけばそれだけテンション上がるでしょ?」
「ん~…」
「ん~…」
2人が唸っていると…
「……それは…テンションを無理矢理上げる、必要が無くなったからだよ…」
「きゃああ!!」
2人の背後に、豊が現れた。
「豊…どういう事?」
「今城が言った通り、普通の人間でも決勝に近づけばテンションは上がる…幽霊が無理矢理上げる必要は無くなったんだ。」
「…なら、浄霊する必要も無くなったって事?」
梨紅の質問に、豊は首をゆっくりと横に振った。
「長くこの世に残っていると、どんな幽霊もいつかは悪霊になってしまう…悪霊になると、扱いは魔物と同じ…だから、悪霊になる前に僕の"スピリガン"で…」
スピリガン…霊力を指先の札に集め、放つ。霊を浄霊させる方法の1つで、魔物にダメージを与える事もできる。
「…だから、僕たち…貴ノ葉高校の生徒の為にも、幽霊の為にも、浄霊する必要があるんだ…」
豊の言葉を黙って聞きいる2人…その発言の一言一言に、豊の思いやりが、込められているように感じられた。
外はすっかり日も沈み…あと数日で満月になろう、月が夜空に浮かんでいた。
翌日、球技大会2日目。
今日もC組は快調だった。
8チームある中の7チームが初戦を突破し、2回戦第1試合の一真達は、またもや凄まじい点差(68対0)で勝利を納めたのだ。
今は昼休み…テンションが限界まで上がりきったクラスメート達…そんな中、一真だけは真剣な顔で自分の弁当を見つめていた。
「…一真、どうしたの?」
一真の正面に座る梨紅が、心配そうな顔で言った。
「え…何が?」
「何がって…なんかぼんやりしてるから…」
「そうかぁ?一真はいつもこんなもんだろ?」
「暖君は黙ってて。」
「…確かに、試合の時からちょっと…心ここに在らずって感じだったわよ?久城君、何かあったの?」
沙織が、弁当に箸を伸ばしながら言った。
「…別に、直前にめちゃめちゃ強いチームの試合を見たから…気になっただけだよ。」
「久城君、それって何処のチーム?」
「…D組の8番チーム。」
D―8…言わずもがな、正義と恋華のチームである。
午前11時30分、Bコート…
一真は観覧スペースに立っていた。もちろん、正義達の試合を見るためだ。
「…あ!カズ君だ!」
コートから手を振る恋華に手を振り返したりしながら、試合開始を待つ一真…そこへ、
「…おい、どけ。」
声をかけられ、一真が振り向くが…
「え…あれ?」
誰もいない…
「下だ!バカにしてんのか?」
一真が視線を下にずらす…
「あ、凉音…さん?」
キリッとした強気な瞳…整った顔立ち、長くまっすぐな茶髪、抜群のスタイルを持った小人…凉音愛が、そこにいた。
「ん?私の事知ってんのか?」
「重野からちょっとね…昨日の試合も見てた。」
「あぁ、そう言えばいたなぁ見慣れないのが1人…あれお前か?」
「それそれ。」
「…お前、恋華のなんだ?」
「なんだって……なんだ?知り合い…って言っても、知り合ってまだ1週間経ってねぇな…」
「変なやつ…てか早くどけ!私が試合見れないだろうが!」
一真を押し退け、愛は手すりに寄り掛かる。
「お前、名前は?」
「久城一真。」
「…お前、私が怖くないの?」
「名前言っても名前で呼ばねぇし…」
「質問に答えろ。」
「あ~…怖くない。」
「…本当に?」
意外そうな顔で、愛は一真の顔を見る。
「あぁ、怖くない…まぁ、チームメイトに八つ当たりするのはちょっと勘弁してほしいかなぁ…とは思ってるけど…」
「…何の話?」
「いや、こっちの話。」
「…変なやつだなお前…」
「…で?なんでそんな事を聞いたわけ?」
「…いや、最近は私が一言命令すれば、大抵のやつは素直に従うからね…珍しいなと…」
少し寂しそうな顔で愛は言った。
「…お前いますぐ私にコーラ買って来い。」
突然、愛が一真に言った。
「凉音さんがオレの分もおごってくれるなら考える…」
「…おごってやるわよ…」
「マジ?でもめんどいから嫌だ。試合見たいし…」
「こんな会話も、久しぶりな訳よ…」
愛は少し楽しそうに言った。
「つまんねぇ高校生活送ってんだなぁ。」
とてもつまらなそうに、一真は言った。
「…歯に絹着せないやつだなお前…まぁ、確かにつまらないよ…私に話しかけようなんて奴、クラスにいないし…」
「…話しかけてくれるの待ってんだ…」
一真は呆れたように言った。
「…白馬の王子を待つ姫って柄でも無いだろ…」
「…何が言いたいのよ?」
「待ってるだけで変わらないなら、自分から変えてみたら?って話。」
「…自分から話しかけろって?」
「命令する以外でね。」
しばしの沈黙の後、愛は言った。
「…やってみる。」
「頑張れ~、オレには絶対無理だけど。」
「あんたと一緒にすんな!私に出来ない事なんてないのよ。」
「そうかい、なら大丈夫だな。」
一真はコートの方を見て微笑んだ。
「…一真って言ったっけ?」
愛もコートの方を見ながら言った。
「ん?うん。」
「…変なやつだけど、嫌…」
愛が言い終わらないうちに、試合開始の笛の音が響いた。
「え?何?」
「なんでもねぇよ、始まるぞ。」
試合は一方的だった。正義達が一方的に攻められているように見えるが、敵のチームのシュートはことごとく外れ、1点も入らない…
打って変わって、正義のチームのシュート…特に恋華のシュートは、100%入るのだ。スリーポイントを10本連続で決めて見せる恋華に、一真は違和感を覚えずにはいられなかった。
なんせ、明らかにゴールリングに入るボールでは無いのに、まるでリングに吸い込まれたかのように、軌道を変えてしまうのだ。
「…どうなってんだありゃ…」
一真は呆然と、異様な光景を見続けていた。
「…?なんだお前、恋華の能力知らないの?」
「重野の能力?」
「…知らないならいいや。」
「…いや、めちゃめちゃ気になるんだけ…」
「きゃぁぁぁぁぁ♪」
一真の言葉は、正義達の隣のコートからの黄色い声援にかきけされた。
「なんだ?」
「隣のコートだな…ちっ…」
隣のコートで試合しているチーム…もとい、黄色い声援を受けている男を見て、愛は舌打ちした。
「どうしたよ、舌打ちなんかして…」
「別に…いけ好かないやつがいただけよ。」
「…どれ?」
「見りゃわかんでしょ?あのハーレムの中心にいる男…進藤よ。」
ハーレムの中心にいる男…E組8番チームの、金髪と茶髪の混じった男の事だろう…進藤というらしい。
彼以外のチームメイトは全て女子…しかも、可愛い子ばかりだ。
「…勝つ気ゼロ?」
「バァカ、勝ってんのは進藤のチームだよ。」
「え?あ、マジだ…」
「…なんかムカムカして来た…」
「…いやいや、男があれ見てムカムカするならまだしも…なんで凉音さんが?」
「っるせぇ!私はあぁいうチャラチャラで女たらしな変態野郎が大嫌いなんだ!」
「オレにキレられても…」
「わかってるよ!っせぇなぁ!」
全然わかってねぇじゃん…という思いを心の中に押し止め、再び正義達の試合を見る一真。
「…帰る!」
突然、愛が踵を返して歩き出した。
「重野の試合見ないのか?」
「ここまで来たら恋華の勝ちに決まってんだろ?見ててもしょうがねぇ。」
「同感だけどさ、重野に何か言わないわけ?お疲れ~とか…」
「じゃあ、私がお疲れって言ってたって言っとけ、じゃあな。」
そう言って、愛は観覧スペースから降りて行った。
「言っとけって…まぁ、いいや…」
一真は再びコートに視線を戻した。それと同時に試合終了の笛が鳴り、結果は45対0…一真達には及ばないが、十分圧倒的な勝利だ。
「…お~い、重野?」
一真が(聞こえると良いな)程度の期待を込めて恋華に呼びかけると、恋華はすぐさま一真へ振り向き、手を振った。
「応援ありがと~!」
「あぁ、おめでとう。凉音さんが、お疲れって言ってた。」
「え!愛ちゃんが?後でお礼言わなきゃ♪」
「…で、重野の能力って何?」
「はぅあ!随分唐突だねぇ…でも、それは乙女の秘密だよ♪」
恋華は口元に人差し指を持って行き、一真にウインクして見せる。
「…てか、なんでこの距離で普通に会話出来てんだ?オレ達…」
「え?全然普通だと思うけど…」
「こんな騒がしい中、普通の人間はこの距離で会話出来ません。」
そう言って、一真は手すりに手を着いたまま、軽く伸びをした。
「オレ達が当たるとすれば決勝か…御手柔らかに頼むよ。」
「こちらこそ♪魔法使っちゃ嫌だよ?」
「そりゃあ、重野と正義次第だな。」
「はぅあ~…それじゃあバスケットにならなくなっちゃうよぉ…」
「…ってな感じで、宣戦布告もして来た次第です。」
場面は教室に戻る。
「…どんなノーコンシュートも入ってしまう能力か…この上なく欲しいぞオレは!」
「だろうなぁ、結局ロングシュートしかしないしなぁお前。」
「しかも1本も入って無いし…」
「正直、暖と高橋は戦力外だ。」
「いくらなんでもはっきり言い過ぎだろ!」
「オレ達3人が頑張らなきゃ…」
「…こう見えてオレはなぁ!ガラスのハートの持ち主なん…」
「"エアロ"」
暖の後頭部に、空気の弾が命中した。
「いてぇよ!何すんだお前!」
「この地球上の全てのガラスのハートの持ち主に謝れ…」
「お前、日に日にオレの扱いが酷くなって来てないか?」
「前からこんなもんだろ?そんなに言うなら、暖に1番重要な仕事を頼もうか?」
「…いや、2番目ぐらいに…」
無数の魔法陣が、一瞬で暖を取り囲む。
「喜んでやらせて頂きます!!」
「よし、暖には重野のマークを頼む。」
「よっしゃ!痛ぇ!!」
ガッツポーズと同時に立ち上がろうとした暖だったが、魔法陣に頭をぶつけ、出鼻を挫かれた。
「…どうなってんだ?」
頭を擦りながら、暖は魔法陣をつつく。
「へぇ…魔法陣って触れるんだな…」
一真は関心しながら、魔法陣を消した。
「…って!一真、本気なの?暖君に恋華ちゃんを…」
「え?ダメかな…この中で、1番ストーカーの素質がありそうだと思ったんだけど…」
「…なるほど。」
「まさに適任ね。」
「オイコラてめぇら!好き勝手に言ってんじゃねぇよ!誰がストーカーの素質がありそうだ馬鹿野郎!」
「お前にしか出来ないんだよ!」
「お願い暖君!」
「暖君!」
「頼られても全ッッ然嬉しくねぇぇぇぇ…」
半泣きの暖は、結局…恋華のストーカー役を引き受ける事になった。
6月8日、金曜日。
この日が何の日か…まさか、忘れている人等いないだろう…
そう…
球技大会、最終日である。
ついでに言うと、ここは早朝のMBSF研究会部室…中にいるのは、一真、梨紅、正義、恋華、豊の5人…
時刻は…7時丁度。
「これが、小型の無線だ。」
正義の広げた手の中には、耳栓と小さな肌色のシールが5組入っていた。
「…一見、耳栓だが…」
「いやいや、耳栓だろ?」
「違う、耳栓を改造した受信機だ。」
「やっぱ耳栓じゃねぇか。」
形はともかく、受信機らしい。
「こっちのシールはマイクだ。顎の裏に貼り付けて使う。」
「これって…ピッ○エレキバンだよね?」
「違う、ピップ○レキバンを改造したマイ…」
「もういいって!」
形はともかく、マイクらしい。
「試合がこのまま行くと、オレ達が当たるのは間違いない。よって、決勝では暇な豊に、全権を任せる事になる。」
「………」
「…豊?今日は無口キャラ設定を捨ててくれ…無線の意味が無くなるだろ?」
「…だって…素だし…」
「…だっても何も…まぁ、成るようになるか…」
「作戦としては、幽霊が出現したと同時に豊から全員に連絡…試合終了と同時に、一真が魔法で捕獲…そして、豊が…」
「スピリガンで浄霊…」
「そう、それで終了だ。何か質問は?」
「は~い。」
一真がゆっくりと手を上げた。
「はい、一真。」
「あのさ、オレが魔法で幽霊を捕まえるって、決定事項らしいけど…」
「…?それがどうした?」
「具体的に、どんな魔法で、どうすれば幽霊を捕まえられるわけ?」
「…」
「…」
「…」
「…」
…空気が死んだ。
「ちょっと待て一真…お前、やり方知らないのか?」
「知らねぇ…全く見当もつかねぇ…」
「…」
「「「「えぇぇぇぇぇ!!!!!!」」」」
豊以外の4人の絶叫が、校内に響き渡った。
「待て、待て…落ち着け…とりあえずあれだ、119番に…」
「正義!お前が落ち着け、911番だ!」
「違うわよ!救急もレスキューも、呼んだって仕方ないでしょ!そもそも日本に911は無いわよ!」
「どうしよぉ!もう1回考え直さなきゃ…」
「…心配無い。」
騒ぐ4人に一言言って、豊が静かに席を立ち、ホワイトボードの脇に立った。
「…まず、幽霊が出てくる…」
豊はホワイトボードに小さな円を描く。
「一真、魔法陣に…防御の魔法陣ってあるかな?」
「ん?あぁ、あるよ"プロテクション"」
一真は長机の少し上に、"守護"の魔法陣を精製して見せた。
「うん、じゃあそれで、幽霊を全方向から囲めば…」
豊はホワイトボードの円を、魔法陣らしき楕円で囲んでいく。
「これで大丈夫。幽霊は、魔力や霊力で出来た物をすり抜けたり出来ないんだ。だから、魔力で作った檻からは出られない。」
「なるほど…」
関心しながら、一真は魔法陣を消した。
「後は、僕のスピリガンで撃ち抜くだけ。」
「よし、大丈夫そうだな。」
一真は大きく欠伸をし、腕を真上に伸ばした。
「後は試合を待つばかりだな…まぁ、御手柔らかに頼…」
「絶対に優勝して、図書券を手に入れるぞ!」
正義の言葉を遮り、一真は言った。
「え…私いらないよ図書券…」
「オレには必要なんだよ!欲しい本を買うのに1000円足らないんだ!」
「あ、だからこの前1000円貸してって…」
「そうそう、お前に速攻で拒否られたけどな…」
「…聞いてないか…恋華、そろそろ行こう。」
正義は椅子から立ち上がり、部室から出ようとドアへ向かう。
「あ、うん。じゃあ、またね梨紅ちゃん、カズ君♪」
恋華も椅子から立ち上がり、ドアへ向かうが…
「あ…重野?」
一真が恋華を呼び止めた。
「ぅん?なぁに?」
「試合中、重野にストーカーを1人派遣したんで、よろしく。」
「?」
不思議そうな顔をして、恋華は部室から出て行った。そして、豊も…
「……また後で…」
ゆっくりと部室から出て行った。
「さて、オレ達も行くか!」
「おぉ~!」
一真と梨紅も、部室を出る。
ドアをしっかり施錠し、コートと言う名の戦いの舞台へ…
2人は向かった。
「準備は良いかぁ野郎共ぉぉ!!!」
オォォォォ!!!!!
「…おい。」
C組のコートの真ん中で、円陣を組むクラスメート…
それを、円陣に交わる事なく外側から眺める一真達5人。一真は思わず、円陣を組むクラスメート達に問いかけた。
「お前らは、そんなに気合い入れて何を頑張るつもりだ?」
応援だぁぁ!!
「…わかった、聞いたオレが悪かった…もう何も言わない…続けてくれ…」
「気合い入れて応援するぞぉぉぉ!!!!」
オォォォォ!!!!!
「…やっぱり納得いかねぇ!」
「ほっとけよ一真ぁ、オレ達も円陣組もうぜ?」
「…そうだよ、普通円陣組むのは選手だよな?せめてギャラリーなら、コートの脇で小さくやるもんだよな?」
「気にすんなって!どうでも良いだろうが!ほら、今城も高橋も集まれ!円陣組も!」
暖に強引に集められ、しぶしぶ円陣を組む5人。
「この試合で勝てば優勝だ!気合い入れて行こうぜぇ!!」
「…待って?なんで暖君がリーダーみたいな感じになってるの?」
「そうだよ、山中の仕事だろ?」
「…私の仕事なの?」
「だって委員長だし。」
「関係無いよ!久城君やって!」
「え?だって前の試合までは山中がやってたじゃん…」
「…なんか、急に恥ずかしくなって来て…」
「ほら!だからオレが…」
「「暖君は無い。」」
「暖は引っ込んでなさい!」
「丁寧な口調の割に酷いなお前!女子2人も冷た!」
「そんじゃ、オレが言わせてもらいましょうかね…」
一真は大きく息を吸い込み、言った。
「気合い入れて行くぞぉ!!!」
オォォォ!!!!
C―1とD―8の試合が始まる…
高橋がコートの中心の円の中に立ち、その周りを他のメンバーが囲む。
(…マイクテスト、マイクテスト…聞こえるならこっち向いて。)
突然、一真達のイヤホンに豊の声が届いた。
4人は一斉に、キョロキョロと辺りを見回す。
…どこ?
(…あ、僕は一真達のチーム側のゴールの裏だよ。)
先に言えよ…
4人は一斉に、豊を睨んだ。
(ちゃんと聞こえたね…じゃあ後ほど。)
「…正義、本当にあいつに任せて大丈夫なのか?」
「…正直、オレも不安だ…」
一真と正義が溜め息を漏らす中、円を基準に丁度2人の反対側で、恋華に暖が張り付いていた。
「…あ!あなたがあたしのストーカー?」
恋華から暖への第一声が、これだ…
「えぇ!?いや、別にストーカーじゃ…ただ、マークしろって言われただけで…」
「でもカズ君はストーカーを派遣したって…」
「一真ぁぁ!!」
暖は、反対側にいる一真に向かって叫んだ。
「ん~?」
「オレはストーカーじゃねぇ!!」
「…はぁ?そんなんわかってんよ…」
暖の怒りの理由を、理解しかねる一真。
「でもお前、恋華ちゃんにストーカーって…」
「冗談に決まってんだろ?真に受けんなよ、アホかおま…」
「え!?冗談だったの?」
驚愕の表情の恋華…それに続き、一真の表情も驚愕に染まっていく。
「…おい正義、彼女はアホなのか?」
正義は頭を抱えて溜め息を漏らす。
「…無自覚の天然…って事にしといてくれ…」
「?」
不思議そうな顔をする恋華に、一真も思わず溜め息が…
「だから、ストーカーってのは一真の冗談で、オレは別にそんなんじゃないからね?」
必死に弁解する暖に、恋華は申し訳なさそうに言った。
「あの、ごめんなさい…あたし、冗談とか真に受けちゃう事多くて…えっと…?」
「?あぁ、川島…川島暖。」
「…暖君に嫌な思いさせちゃって、本当に…」
「いやいや、気にしないで良いよ?こんなの全然平気だし…」
「本当?優しいんだね、暖君って…」
その時…
「重野、気をつけろ!暖はストーカーなんて生易しい物じゃない!」
和やかになりつつある場の空気に、一真が凄まじい勢いで水を挿した。
「そいつの正体は、会話した女の子の脂肪を増加させる能力を持った変態だ!!」
「え…えぇぇ!!!そんなぁ!!あたし凄いいっぱい会話しちゃったよ!?」
「残念だが重野…君の体は既に、半分が脂肪に…」
「はぅあぁぁぁ!!!」
「一真ぁ!!てめぇ…いや、恋華ちゃん?一真の冗談だからね?」
「やめてぇ!これ以上あたしの脂肪を増やさないでぇぇ…」
全力で暖から逃げ出す恋華…
「ちょっ!!待ってよ恋華ちゃん!」
それを追う暖…それを見て笑う一真。
「やべぇ、段々楽しくなって来た…」
「酷いやつだな、お前は…」
真面目な顔でそう言う正義…
実は、笑いを堪えるのに必死なだけなのだ。
そして、そんな状況の中…
試合開始を告げるホイッスルが…
体育館に、鳴り響いた。
「「!!!」」
話し込んでいたせいか、一真と正義は反応が遅れ、気付けば…互いのチームの選手がジャンプしている最中だった。いわゆる、ジャンプボールだ。
その結果、なんと今大会で初めて…高橋がジャンプボールで勝利した。
「おぉぉ!!」
歓喜する一真。しかし、ボールの行く先にいるべき男…暖がいないため、ボールは敵の手に渡る。
「えぇぇ!!」
驚く一真…その間に、ボールを持ったD男A(D組男子A)は、一真達側のゴール前にいるD女Aにパスを出す。が、
「おりゃぁ!」
そのパスを、見事な跳躍で梨紅が防いだ。梨紅はそのまま、自ら敵のチームのゴールへボールを運ぶ。
それを防ごうと、梨紅の前に立ちはだかるD男A…しかし、梨紅はD男Aを余裕でかわし、そのまま華麗にゴールを決めた。
沸き上がるギャラリー…そんな中、一真はふに落ちないといった顔でそれを見つめていた。
(おかしいな…重野がいるのに、こんなに簡単に点が入るわけ…ん?)
ふと、一真がコートの角を見ると、暖が恋華を追い詰めていた。
「…さりげなく暖が活躍してんだなぁ…」
恋華がストーカーの餌食になっているうちに、大量に点を稼ぐべく、一真は全力でボールへ向かって行った。
試合開始から8分…18対4で、C組がリードしている。
「…もぉ…限界!」
ここでついに、恋華が動いた。暖に手の平を向け、何かを言うと、コートの中心付近へ戻って来た。
暖は…苦悶の表情を浮かべ、ゆっくりとその後を追って来る。
恋華はハーフライン付近でボールを受け取り…なんと、その場からシュートを放った。
ボールは、弧を描いてゴールの手前に…誰もがそう思った時、ボールが急にゴールに引き込まれた。
「「「!!!」」」
「…」
一真と暖以外の3人が、驚愕の表情でそれを見つめていた。
「…恋華、やり過ぎじゃないか?」
「そうかな?」
一真と梨紅のイヤホンに、正義達の会話が聞こえた。
「…あぁ、明らかなやり過ぎだろ…」
「人間技じゃないよ…」
「ほら、やっぱり…」
「むぅ…」
マイクとイヤホンで会話する4人…恋華以外の3人の顔が、ひきつっているのがよくわかる。
「…か…一真…」
死にそうな声と共に、暖が一真の元へやって来た。
「暖、お前…」
「か…体が重…死ぬ…」
(重野!暖に何したんだ!?)
(え?ちょっと動きを鈍くさせようと…)
(ちょっと!?こいつ今にも死にそうだぞ!)
(でも、あたしの脂肪が…)
「んなの冗談に決まってんだろぉがぁぁぁぁ!!!!!」
一真がマイクで叫ぶが、声が大き過ぎて、マイクを使わずとも聞こえてしまう。
(う~、耳痛いよぉ…)
(早く解放しろ!)
(わかったよぉ…むぅ)
瞬間、暖がその場に倒れ込んだ。
「暖!大丈夫か?」
「ま…マジで死ぬかと思った…」
「これに懲りたら、もうストーカーなんかしちゃいかんぞ?」
「…悪い、一真…それに応える体力が…オレには…」
「"ヒーリング"」
一真は暖に、回復魔法を使った。
「一真…サンキュー…」
「これに懲りたら、もうストーカーなんかしちゃいかんぞ?」
「してねぇから!ってかお前、まさかこの為だけに回復を!?」
「どんだけ~?」
「いかほど~…って、クラァ!」
元気を取り戻した暖に胸を撫で下ろし、一真は再び試合へ…ボールは再び恋華の手にあった。
そして、性懲りも無くハーフラインからのロングシュートを試みる恋華…
「させるかあの野郎…"エアロ"!」
一真の手元から空気弾が放たれ、恋華の手を離れたボールを撃ち抜いた。
「え!?」
恋華の驚きをよそに、ボールは床でバウンドし、梨紅の元へ…
(カズ君!酷いよ!)
(親友をいじめたお返し~)
(あはは…なんかもう、バスケじゃ無いよね、これ…)
無線会話に参加しつつ、梨紅はゴールへシュートを放った。
「お、これは入ったな。」
完全に入ると思われたシュート…しかし、
「…え?」
凄まじい突風により、ボールはゴールリングを弾いた。
(…)
(…試合はフェアにやるべきだ。)
(まー君!)
(お前かぁぁぁぁ!!)
一真の叫びは、ギャラリーの歓声に掻き消された。
「…なんで今のを見て、誰も疑問に思わないんだ?」
暖の最もな疑問に、答える者もいない…
体育館は、完全におかしな事になっていた。
そんな中…ついに…
(…みんな、幽霊が現れた。)
豊から、幽霊出現の知らせが届いた。
残り時間…
…5分。
(豊、どこだ?)
(だから、一真達のゴールの裏に…)
(お前じゃねぇよ!幽霊!)
(あぁ…今は天井にいるよ。)
一真達は一斉に真上を見る。
(…全然見えないよ?)
(私も…一真達は?)
が、恋華と梨紅は見方を教わっていないので見えないようだ。
(やっぱりオレも見えないな…一真はどうだ?)
(オレは…それっぽいのは一応見えた。豊、水色の球体の事か?)
(うん、それだよ。)
一真には見えていた。しかし、一真はそのまま試合に戻った。
(…距離がありすぎて、魔力が届くまでに時間がかかる…なんとか下におろせないか?)
(僕はちょっと無理かな…遠いし…)
(じゃあ重野!)
(ふぇ!?あ、あたし?あたしに出来るわけ…)
(ネタは上がってんだ!お前、"重力を操る"力持ってんだろ!)
(!!!)
驚いて立ち止まり、一真を見る恋華。
("重力"ってか、"引力"に近いか…ちなみに正義、お前は"風"だな?)
(やっぱりバレたか…)
(魔法使いをなめてもらっちゃぁ困る…とにかく重野、やってくれないか?)
(で…でもあたし、見えて無いし…)
(…なら例えば、このコートの半分の重力を変えたりは?天井まで。)
(やった事無いけど…多分できる…かな?)
曖昧な返事をしつつ、恋華は一真の元に駆け寄る。
(豊!)
(わかってる、幽霊がそのコートに入ったら合図するよ。)
一真達が無線で会話する中、ギャラリーから歓声が上がった。
D組が逆転したのだ。
(やた!逆転♪)
(いいから集中しろ!チャンスは一度だぞ!?)
試合終了まで、残り10秒…
9!8!7!6!
ギャラリーがカウントダウンを始める中、何を思ったか暖が、ボールをもらった瞬間思いっきりゴールに向かってそれを投げた。
「ロングシュートだぁぁ!!」
「「ばかぁぁ!!」」
叫ぶ梨紅と沙織…そして、ボールはゴールの真上を通過する…その時、
(来た!)
「重野!」
「"重変"…200!」
コートの半分の床が押し潰されるような音を出す…それと同時に、幽霊が垂直落下…さらに、暖の投げたボールまで…綺麗にゴールのリングを通って落下してきた。
「"プロテクション"×6!」
一真は瞬時に幽霊を囲んだ。同時に、恋華は重力を正常の状態に戻した。
ギャラリーが静まりかえる中、豊が2階から飛び降りた。
「"スピリガン"!」
豊の指先から放たれた霊力の弾は、まっすぐに幽霊に向かって飛んで行った。しかし…
「…え…」
豊のスピリガンは、一真の魔法陣の1面を壊して消えてしまった。
「…一真、魔法陣強すぎるよ…」
「オレのせいか!?」
「"風雲"!」
落下する豊を、正義が風でキャッチした。
「ありがとう正義…一真、なんとかもう一度…」
「わかってる!"エアロ"×50!」
魔法陣の壊れた箇所から抜け出した幽霊に、大量の空気弾を放つ一真…もちろん、魔力で圧縮しているため幽霊にも有効なのだが…
「…!?効いてねぇ!」
「弾が弱すぎるんだ…もっと強い弾を大量に…」
「随分簡単に言うなぁお前!!」(強さなら、魔法陣を使わないウィンドかウィンディ…でも弾数足りないし…操れないし…)
一真が思考する中、幽霊は上空へと逃げ始めた。
「逃げる…一真。」
「一真!」
「カズ君!」
「一真!」
「だぁぁぁぁ!!人事だと思ってお前らなぁ!!」
一真はエアロの魔法陣を目の前に精製し、指に魔力を集中し、高速で書き換え始めた。
「成功するかわかんねぇけど…これで…どうだ!」
書き換えられた魔法陣は、エアロの魔法陣より複雑で…エアロの魔法陣よりも強く輝いていた。
「"ウィンド・ストライク"!!」
エアロよりも圧縮され、エアロよりも速い風の弾が、魔法陣から放たれた。
それに直撃した幽霊は、一瞬動きを止めた。
「"ウィンド・ストライク"×100!!」
その隙を一真が逃すはずもなく、大量の風の弾が幽霊を襲った。
全てが直撃した後に残ったのは、ボロ雑巾のようになった幽霊だけだった。
「…"スピリガン"」
その幽霊に、豊は2発目のスピリガンを放つ。もちろん直撃し、幽霊は光の粒子になって消えていった。
「はぁ…はぁ…」
息切れする一真は、膝に手を着きながら豊を振り返る。
「……」
豊はそれに無言で頷き、一真に親指をグイッと突き出して見せた。
「っしゃぁぁぁ!!!!!」
ゥオォォォォォ!!!!!!!
一真の雄叫びと共に、沸き立つギャラリー…
一真に集まって飛びかかる梨紅達4人。
「やったぞ一真!」
「凄い!凄いよ!」
「優勝だよ一真ぁ!」
「おぉぉ!…え?優勝?」
最後に暖が放った、ハーフラインからのシュート…あの3点により、27対26で、C組が逆転優勝していたのだ。




